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釣りのエッセイ

2017年06月10日
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カテゴリ:釣りのエッセイ

 

いやいや、最近はブログでも書くことが少ない。その為か、暫く更新をしていない。

何しろ、プライベートな事はラインで済ませる事が多く、自分やパパズインの近況は、フェイスブックで述べる事が多い。

ただ、そのフェイスブックも友達の数が4000人を超えた2年程まえから、半数近くも削ったが、それでも承認数も多いので、すぐにそれ以上の数になってしまう。
まあ、軽く友人としての付き合いのつもりだが、それでも、此方から一方的に削除するのも失礼な話なので、その判断だけでも難しい。

商業的な部分も多いSNSなので(この場合、フェイスブックやツイッターなど)、行き過ぎにならない程度には宣伝のお手伝いもする。
また、実際に良いものは良いという。
でも、それがプレッシャーになる程まではしないので、その辺りは理解を頂いているだろうか。

政治的な発言からも、遠ざかるようにしている。
しかし、本当に稀にだが、書かずにいられない事もある。主義主張には、ついつい引き込まれてしまう。そこが、ソーシャルメディアたる所以なのかも知れない。

 

BS1の番組「キャッチ」で、SNSの発言からの失敗談をやっていた。主にアメリカニューヨークでのインタビュー。

 

中々面白い。

まあ、これは日本でもありそうなことだ。例えば、酔った勢い、怒った勢いで
SNS上の発言、この失敗談は圧倒的に多いようだ。

そんな時に押して頂いた「いいね」ほど、後で振り返ると、心のこもらない希薄さを感じるという。

「いいね」は自分の発言に対してなので、気にしないと言っても、友人たち、その心の深層も判るような気がする。
気にせずに「いいね」やコメントの少ない方(交流の無い)は削除するのだが、その辺りも仕事上で付き合いがあったりすると躊躇する。
ま、高々が
SNSなので、あまり遠慮したくないのだが・・・。

 

ブログ更新の頻度が少なくなる分、SNSの発信が多くなる。
それは、僕の場合、日常の発信で、例えば「おはようございます」から日常報告だ。

それは、このSNSを商業的に限定している方と違い、同級生、親戚、更に、昔の音楽仲間、その辺りにまで、日々元気であることを伝える目的も無くはない。
人づてにであっても、ショウソクが伝わっていくのも悪くないことだ(多少は、健康的な見栄を張る部分もあるが・笑)。

ブログの場合は、この繋がりが薄く感じるのと、どうしても時間的なずれ、タイムラグを感じてしまうからだ。

ただ、ブログの場合は、SNSに比べると文字数は多い。私の場合だけかも知れないが、発信したい中身、其処を十分に伝えるのは、SNSの短い文だけでは不十分に感じるのだ。

確かに長文のSNSは、最後まで読むのが辛くなるが、ブログは腰を据えて読む、そんな気分なる。

 

1週間ほど前、お客様の佐野さん夫妻が釣りに来る。その時に、その奥方が23キロ越えのカンパチを釣った。それは大喜びのはなしだが、これを伝えるのであれば、SNSで十分だ。

そして、昨日の話だが、今度はご主人がリベンジに。そのご主人が20キロ越えのカンパチを釣った。これも、釣果報告だけであればSNSで十分なのだ。

しかし、ご夫婦の釣りだけからこそ、此処にご主人の心の中に大きな葛藤があったとしたら、それは思い過ごしだろうか。

奥様がカンパチを釣った時の喜びの反面、自分が釣れなかった悔しさ。
更に昨日、自分に魚をヒットした時の手応え、魚が浮き上がるまでの大型の期待。
更に更に、釣ったときの嬉しさ半分、奥様のビッグワンには届かなかった、その「な~んだ!」みたいな悔しさ(笑)。

私の思い過ごしかも知れないが、相当に悔しかったのでは?と思ってしまう。

しかし、こんな話を、即時SNSで発信するのは、そりゃ失礼かも知れない。
しかし、これが少々時間を置いからの、こんなブログであれば、それは笑って許されるだろう。

佐野さん、許してね。


 







Last updated  2017年06月10日 20時19分28秒
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2017年01月15日
カテゴリ:釣りのエッセイ

まあ、取材や撮影ではいろんなことが起きる。

 

しかし、それを誌面では語れないことも多く、

そりゃ、まともには言えない話もある。

 

 

決してドラマチックではない失敗談ほど、それは最高に面白い話になる。

 

そんな裏話、まず目に触れることはないのだから・・、こりゃ黙っていられない。

 

先日、私のソルトワールド誌連載取材を、久々に八丈島で行った。

 

アングラーは、ネーチャーボーイズテスターとして復帰の親方(竹下恵介)、

それに、私の相棒と言っても良い、船上カメラマンのサントス(大川)だ。

 

1月、ジギングのような沖釣りの冬季取材は、かなりのリスクがある。

 

高い山を2つ有し、離島の割には風裏のある八丈島なので、

西高東低、多少の冬の嵐でもできる事が多いと踏んでの釣りだった。

 

釣りの内容は、誌面で語るので、ここで述べるのは控えたい。

 

ただ、釣行では何かが起こるか判らない、

そんな触れる事の少ない、ドタバタの部分を切り取り、
塞いだ口から漏らすことにする(オイラはおしゃべりだからね~)。

 

2日目、朝からの出船、大しけの中なので、沖のポイントは限られる。

同じポイントの23か所をグルグル回る、そんなジギングだ。

それでも、ポツポツと魚を拾い、冬季のジギングとしては上々。

 

昨日は少々、船酔い気味だった親方とサントス。

 

今日も大波だが、少しは馴れたか?動きはマズマズのようだ。

 

「うぉ~い、親方、気分はどうだ」

 

「パパ~、上々です。魚も釣れたし~」

 

「サントス、少し渋って来たけど、ここらで一緒に遊ぼ~」

ジギングをする事を促す。 

 

サントスは、釣りが上手い。

 

僕の取材では、時々食い渋りで竿を出し、何かの間違いで魚を釣ってしまう。

 

「な~んだ、魚いるじゃないっスか~。フンフン」

 

こんな嫌味なセリフで、他アングラーのヒンシュクを買うのが毎度だ。

僕には、それが楽しい。

 

釣りはタイミングで、誰にヒットするかわからない部分もある。

 

強運なサントスは、そんな時にチョットだけ竿を出して釣ってしまう。

 

何時か青ヶ島の釣行で、食い渋りになって写真撮りも暇になったとき、

ヒトの竿を借りて、25キロ越えのビッグなカンパチを釣り、

「ひっひっひっ、疲れたわ~」、とのたまって大ヒンシュクだった。

 

他にも多くの取材で、アングラーを尻目に、そんなフザケタ真似をする。
 

ロッドを持つと、我を忘れてムキになる。

それは、釣り好きの誰もが持つ本性だが、

息子ぐらい離れた年齢だけに、
そんなガキっぽい性分が僕には好ましい。

 

そして今回も、親方からの借り物のロッド振り、

120メートルの水深、着底もままならない状況で、それが起こった。

 

私が、気が付いた時には、既にロッドは海面に突き刺さり、本人は必死の形相。

 

まあ、もともと釣りのキャリアもあり、手慣れたやり取り。

 

それでも、ギャ~ギャ~言いながら浮き上がってきたのは巨大なヒラマサだ。

 

「お~お、タモに入らないね~」

 

潤航丸船長の純ちゃんは、慣れた手つきでギャフに替えて手にする。

 

22キロぐらいあるぞ~」

ガシっとギャフを入れ、一気に引き上げた・・・。

 

ところが、ところが、上手の手から水が漏れた。

 

上まで持ち上げたつもりの魚が長すぎた。

 

その長い尾鰭が、船べりを叩き、巨大ヒラマサは海側にドボン。

 

ありゃありゃありゃ、みなの溜め息をよそにラインをちぎって海中へ沈んでいく。

 

 

あ~あ、涙、涙、涙。 奴には、これまでで最大魚のヒラマサか~~。

 

サントスは「ク~~、う、う、う」暫くは放心状態。

 

でも、こんな事があっても、船代を決してオマケする事の無い潤航丸船長(笑)。

 

 

まあ、誌面には書けない、こんな裏話でした。

 

 

でも、僕には相当に愉快な釣行だ。

 

読者みなさん、こんな裏話があった事を心の隅に置いて、

ソルトワールド3月号、僕の連載を楽しみにして欲しい。






 

 

 







Last updated  2017年01月16日 08時00分50秒
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2016年01月10日
カテゴリ:釣りのエッセイ
寒い日が続く。

でも、今年は暖かい方だ。

エルニーニョ現象からくるものらしい。

なんにでも原因があるのだ。


家内の肩こりは尋常ではない。

こんな寒い時は特にひどい

頭痛も伴えば、吐き気も酷い。

もう何十年も続いている。

でも、どんな医者に聞いても原因が曖昧。

結局のところ、最終的には「ストレス」が原因という事で落ち着く?。

ところが、どうも、この「ストレス」という言葉が良く判らない。


先日、口唇ヘルペスを発症した。

先生曰く「まあ、原因は多くある。でも、疲れが多いね~。一番はストレスから来る」。

よく判らない。


タバコを止めた友人が、2年経ってまた吸いだした

せっかく止めたのだから、そのままやめる事が出来たろうに。

本人曰く、止めた時から、そのストレスで胃炎がひどかったという。


何年か前に、ピロリ菌の駆除をした。

その前までは、良く胃が痛んだ。

たばこの吸い過ぎの時は、特に痛んだ。

必ず言われたのは「ストレス性の胃炎」。

でもピロリ菌を除いてから、胃が傷んだ経験がない。

同じストレス性胃炎でも、違うらしい。

何処が違うか?何とも胃炎(ああ、親父ギャグですみません)



そう言えば、若い頃、病気しても、ストレスなんて言われたことがない。

いや、そんな言葉がなかったかもしれない。

昔は、社会問題化しなかっただけだろうか?。


イジメ、児童虐待、悲しい社会の事件だが、昔は少なかった?、
いや社会問題化されなかっただけ?。

セクハラ、モラハラ、マタハラ、昔は聴いたこともない。


胃の痛さに解放された私は、酒量が増えた。

でも、最近は血圧が高めである。

女房殿には
「酒を止めたら下がるわよ~、一日ぐらい休めば~」
「朝、具合が悪くても、夜には調子が良くなって呑むのだから」
こんな嫌味を言われる。

ああ、そんな言葉、ストレスになる。

kore






Last updated  2016年01月10日 16時57分31秒
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2015年02月25日
カテゴリ:釣りのエッセイ
前回、マグロの話が圧倒的なヒット数だったので(でも、今回は退屈な話?)。

まず、太平洋のマグロの主な繁殖地だが、日本近海にもやってくるキハダマグロやメバチマグロは、主に赤道近くの熱帯地域で繁殖するが、クロマグロは(太平洋クロマグロ)太平洋を横断し北米まで回遊し、その後、戻って日本近海(台湾と東シナ海の一部から、沖縄、対馬海峡を含む九州)で繁殖する。
更にキハダマグロやメバチマグロは、日本海には回遊しないが、クロマグロは総体的に日本海を北上する方が多い。
マグロ類が捕食するエサは、主に、イカ、イワシ、サバ、サンマ、カツオなどだ。そして、一歳で50センチ~60センチ(4キロ)、3歳で100センチ~120センチ20キロ~30キロ。10歳ではおよそ2メートル、120~200キロ。繁殖は、およそ4歳頃から(キハダやメバチで20~30キロ、クロマグロでは40キロから)。そして寿命は20年ほどと言われる。
では、このことを踏まえたうえで、現状の遊漁やレジャーを含めた漁獲状況を考えてみよう。
先日だが、私が委員を務める東京都の海面利用協議会で、伊豆七島の漁協組合長さんから、一般的な遊漁でのマグロ漁獲とサイズに対しての質問があった(遊漁のマグロ漁獲に対する懸念である)。これは水産庁にも遊漁のデータはないので、数字の把握は想像でしかない。
ただ、100キロ以上マグロが釣れた場合は大騒ぎになるが、10キロ~50キロサイズの漁獲量は、写真として見ることは多いが、数を把握するのは難しい。ただ、八丈島あたりでも年間で500キロ未満。相模湾で釣れるといっても、何十トンという数字ではないだろう。全国規模で考えてもおおよその数字は想像できるが,
数十トンであろう。ただ、少ないとはいっても、遊漁のデータの掌握は、今後は必要になって来るだろうか。

遊漁は、主にマグロの場合は泳がせ釣り、それからルアーのキャスティングゲームだろうか。場所によってはコマセをまいて、オキアミなどを付けエサにする場合もある。

これは、まあ2~5キロのマグロを狙う場合もあるが、通常では狙うサイズは10キロ~100キロであろうか。稀に、200キロサイズが釣れ上がることもあるが数年間で1~2本という数だろう。

そう考えると、数多く釣りあげられているマグロは10キロ~30キロという事になるだろうか?そう考えると、遊漁の場合は、殆どは繁殖機能(能力)を持つ以前か、ようやく機能を備えた、人間でいうと少年から青年の、成長期という事になる(ただ、常識的に考えて、10キロ~30キロのマグロと言っても、十分に夢の大物だ。想像と夢をめぐらせ、思考、試行を繰り返し釣りあげた大物だろうか。ただ、それを稚魚呼ばわりし、リーリースを強制することなど、私にはとても出来ない)。

ここで、我が国の漁業総水揚げ量だが、H23年では382万3千100トン(概算総数)と言われるが、その内、大中巻き網船の漁獲量が123万3千700トンで実のわが国の漁業漁獲量の34.2%、海面漁業の総漁獲金額でも16%と、まさに日本の漁業の基幹漁業になっているのだ。


では、そのマグロ漁だが一般的な漁法を述べてみる。

延縄漁法
日本で開発された漁法で、ブイで浮かした幹縄に針のついた枝縄を40~50メートル間隔で付ける。針数は2000~3000なので、その長さは10キロから100キロメートル。大量のエサと網の重さが数百トンになる。

一本釣り漁法
古い歴史をもつ漁法で、長さ4~6メートルのアウトリガー式の竿を使って、漁船から釣り上げます。自動で糸を巻き上げる機械と、人間の手を使って、100キロ以上もあるマグロを引き上げる。大型のマグロになると、一匹釣り上げるのに、1~2時間もかかることがある。

生き餌漁法

生きたイワシ、アジ、カツオやイナダなど泳がせ、釣りあげます。巻き上げ機で巻き上げ、電気ショッカーを使い1時間ほどで釣りあげる漁法。

巻き網漁法

巻き網漁は、網を絞り込んだ後、船上に引き上げます。狭めてゆく網の中でマグロが暴れたり、網の中のマグロの重みでマグロ自体が押しつぶされたりするため、マグロが傷つきやすく、単価的には他の漁法に比べて安い。しかし、日本近海では小型のクロマグロをこの巻き網漁で漁獲し、メジという呼び名で、刺身用に販売されます。メジは、小型のため脂ののりが悪く、価格も比較的安いですが近年はマグロの高騰からマーケットなどで販売され、盛んに消費されるようになりました。

また、巻き網漁は、蓄養用のマグロを獲る漁法としても使われる。巻き網で漁獲したマグロは船上に引き上げず、海中で曳航用の生け簀に移し、沿岸の生け簀まで曳航します。

以上のことからも、巻網漁法は、漁獲の方法としては効率がよく、一度に大量のマグロを獲ることが出来る。しかし、これが乱獲どころか、獲る必要のない、他の魚や生物も一網打尽にしてしまうため、枯渇につながると云う意見が多くなるのも当然だろう。



まず、僕が言いたいのは、先に書いたマグロの規制問題は、WCPFC北小委員会でのマグロ枯渇の懸念。これを受けて、(1)未成魚漁獲の抑制・削減、(2)親魚資源量の資源変動が中長期的 (5~10年)に適切な範囲に維持され、かつ過去の最低水準以上を保つ、という2点を管理目標とすることになったのです。

だんだん、小難しい話になってしまったが、言いたいのはやはり、どう考えても巻き網船が枯渇の因であることは疑う余地もないという事だろう(温暖化などの自然環境の変化は別次元と考えて)。この漁法が国の補助金の元に、数多くの大型船が建造され、長年行われて来たことは、明らかに漁業行政の失政なのだろうか。

そして、この後の大きな問題は、先に記したように、この大型巻き網船だが、近年は、韓国、中国の、日本のレベルを遥かに超えた大型船で、クロマグロの産卵場所である東シナ海から対馬海峡などで操業される。さらには中国の大型船などはキハダマグロやカツオの産卵場所である赤道近くの海域から、広くミクロネシアまで大規模な操業をしていて、今や日本の漁獲量の数倍と言われているのだ。

日本では、遅きに失するという意見もあるが、ようやく大中型まき網漁業の休漁検討もされるというが、いまだに具体的な話はない。まして。世界規模の話になると、もはや2009年の会議でも韓国は規制に反対であり、中国は出席していない。要するに、今や漁獲量の大半を占める、中国、台湾、韓国は規制に対しては全く非協力的であり、その全く足並みがそろっていないのだ。

ああ、この先も混沌とした状況が続くわけだが、かといって我々アングラーは他人事として考えるわけにいかないのが、このマグロの枯渇問題だろうか。






Last updated  2015年02月26日 09時07分47秒
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2014年11月13日
カテゴリ:釣りのエッセイ
デジャブー

何しろ忘れっぽい私である。それは子供の頃からで、
学校帰りに夢中になって遊び呆けると、必ずカバンや運動靴や上着など、
何か忘れて来たことに後で気がつく。

それが常であった。

あれは小学3年生頃だと思う。

中学生の兄と近所の子供達数人で近くの川に潜り、
魚を捕っていた(小さい手作り銛で小魚を突いていたと思う)。

その中で一番小さかった私は、
みんなの衣類を預かり、番をするのが役目である。

しかし、自分でも遊びたかったからであろうか、
いつか他の小学生と泳ぎに夢中なってしまい、
預けられた洋服や靴を何処に置いたか判らなくなってしまう。

川に流されてしまったのだろうか?皆で探したのだが、
どこを探しても見つけることが出来なかった。

何しろ戦後まもなくの貧乏な時代である。

母がなけなしの金をはたいて洋服生地を買い、
数人の子供達の洋服を縫って弁償した。

それは、子供ながらに心が痛んだものである。


それから大人になっても、この忘れっぽい性格は消えない。

ジャズの演奏家だった頃の話だが、地方公演の際に肝心の楽器を忘れてしまった。

そこで、そこの高校にある吹奏学部に頼み込んで、
なんとか楽器を貸し出してもらい事なきを得た。

しかし今度は、その楽器を返えすのを忘れしまい、
東京に持ち帰ってしまった。

我が家に帰ってからその事に気がつき、ただひたすら謝って
礼状と、お礼の手に入り難い輸入物の楽譜を数冊添え、送り返した記憶がある。


それが、更に数十年も経って見た目もジジイになる。

気を使わない島暮らしではあるから、
とうぜん脳神経全体も老化の一途である。

ちょっと出掛ける際にも女房殿に
「ウォーイ、眼鏡はどこだ~、カメラは~、フィルムは~、車のキーは~」
その度に手を煩わす。

「なんで、そんなに忘れっぽいのよ~、そのうち私まで忘れるんじゃないの~、
アルツハイマーパパと呼んでやる~」

嫌味まで言われる始末だ。

先日だが、島の東側、神湊港の近くにある垂戸海岸に友人と遊びに行った。

ここは岩場ではあるが潮通しが良く、
島の素潜り漁師達がトコブシやテングサ漁をする場所である。


暑い日差しの中、友人と私は、其処で泳ぐことにする。

ところが、足元のゴツゴツした岩穴に「アナマモリ(アワビの一種)」が幾つも見え、
これはチョイとした酒の肴に最高だ。


そこで、私は洋服を脱ぎ捨て、この「アナマモリ」獲りに夢中になってしまったのである。

気がつくと何時か潮は満ちてしまい、私達の洋服は波に浚われ潮目を漂っている。

これには慌てた。

洋服はなんとか取り返したが、それは一歩誤るとパンツ一丁で帰るハメになっていた。

これでは、子供の頃と同じではないか。

それは、遠い昔の淡い思い出だが、今の私には、セピア色にリピートし脳裏を翳める。

そして、それは、まるでデジャブーのように蘇ってきた。

(昔のコラムの焼き直しです)






Last updated  2014年11月13日 15時08分50秒
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2014年11月01日
カテゴリ:釣りのエッセイ
先日、東京都の海面利用協議会があり、その会議に出席した。

会議は名前の通り、漁業者と、
遊漁、ダイビング、サーフィンなどマリンレジャーを含めた
海のレクレーションとの円滑なルール作りである。

会議内容を話す事は憚るが、
その中で少しばかり、水産庁からのマグロの捕獲制限の話が出て、
一部委員から
「捕獲制限が言われる中で、遊漁でのマグロ捕獲のデータ、
例えば年間でどのぐらい釣られているものか?」
と云う意見(質問)があったので、
その事から私なりに水産庁のデータを元に、私見を述べたい。

勿論、マグロの捕獲制限が、直ぐに始まるというものではない。

ただ、水産庁の発表は、中西部太平洋 まぐろ類委員会(WCPFC)で、
幼魚(重さ30キロ未満) の漁獲枠を2015年から、
過去実績の半分にすることで合意したことを踏まえたものだろうか。

確かに、近年では大島近海から、
相模湾周辺でのキハダマグロやクロマグロをターゲットにした遊漁が盛んである。

他にも沖縄周辺や、四国や和歌山沖、北九州、山口県見島周辺、
石川県輪島沖や山形県の飛島、そして青森県の九六島や小泊沖、竜飛沖などなど。

マグロの遊漁が盛んな場所は日本中にあるだろう。

先に述べた規制の話は、今のところ遊漁が対象になっていないこともあり、
其処は職業漁師に言わせれば気になるところだろうか。

個人的にも、やはり規制が成されるのであれば、
遊漁の漁獲データを調査し、其処にも網をかけるのは一般的な考えだろう。

ただ以前だが、水産庁に問い合わせたところでは、
巻き網船などはその規制対象にはなってないという。

やはり、魚の個体に関係なく網で巻いてしまう、
巻き網漁が規制対象から外れている事には、大きな違和感もある。

その事を水産課の方に聞いたところ、2015年からの漁獲枠の制限から、
巻き網船も対象になると云う話なのだ。


マグロの資源減少の話では、以前、北九州、山口県などの漁協からの話で、
狭くて浅い対馬海峡から壱岐海域から山陰沖は
時期では必ずマグロが通過する海域であり、
そこに網目規制が無い巻き網船が入る事で、
1~2年の幼魚である3~5キロのヨコワ(産卵能力を持たない)も
構わず網ですくい取ってしまい、それが近年の漁獲減少に繋がっているのでは?
という疑問。
また、私の住む八丈島でも、春季のカツオ漁盛期が始まる前、
魚の着き始めた6基あるパヤオに巻き網船が入り、
パヤオに着く小魚からカツオ、マグロ類まで一網打尽で、
その巻き網船が入った後は小魚一匹いない不毛の漁場と化してしまう現状。

おそらく、日本全国で同じような話は数多い。

勿論、これだけが資源減少の要因ではないが、
これだけ問題視されていた漁法が規制から外れていた訳で、
今回の規制も、それは遅きに失した感もあったろうか。

ただ、ここでマグロの漁業規制が、2015年からの制限で合意したと言っても、
これで資源の減少に歯止めがかかるかと云うと、まだまだ気の遠くなる先の話だ。


まず考えなければいけないのは、マグロの資源は、
マグロ漁そのものだけではなく、そのエサとなる
イワシ、サバ、イカ、カツオの資源と大きくリンクする。

まして太平洋のマグロは、赤道付近にある島嶼国の漁業と大きく関わりを持つ。
そこで、此処で日本の大型巻き網船の規模と数を考えて見よう。

水産庁は「漁業構造改革」「大中巻き網船の合理化」と称して、
各地の漁民が乱獲を促進するとして反対しているにもかかわらず、
現在135トンを上限としている大中型巻き網船を
200トンとか300トンに大型化する事業に補助金を交付し、
促進した経緯がある。

しかし、その後は隻数を35隻にとどめ抑制しているのが現状のようだ。

しかし世界の現状はまるで違う。
その太平洋上の島嶼国、パプアニューギニアや
バヌアツやマーシャルなどと漁業交渉し、
そこを船籍とした台湾・華僑資本の大型巻網漁船は
大幅に席数を増やしている。

そして、アメリカが持っていた南太平洋で操業の隻数枠も買い取り、
現在、この数十年で数倍増する勢いだ。

更に、2000年まで巻網船を持っていなかった中国が、
その後、台湾などの古い船を輸入して中国籍として巻網操業を開始し、
その中国船団や韓国の巻き網船を加えると
100隻近い船がこの海域を操業していることになる。

これは、今まで貧しかった島嶼国の産業振興にはなるのだが、
その国のEEZ(排他的経済水域)だけではなく、
その海域の公海での操業が大規模に行われると云う事だ。

そして、これらの大型船は日本の200トンや300トンの巻き網船に比べて
1200トンから2000トンと云う驚くべき大型である。

これは、一隻当たり年間で7000トン型10000トンの漁獲であるから、
それは想像すると気が遠くなる数字の漁獲量だ。

更に更に、この中西部太平洋 まぐろ類委員会(WCPFC)では、
韓国は規制対象にはなっておらず、他にも主要参加国委員の欠席があったり、
虫食い状態で足並みはそろっていない。

その上、アメリカや欧州がメバチマグロの規制に同意していないので、
その規制効果は大いに疑問があるだろうか。

もっとも、足並みの揃わない背景に、
中国内陸や欧州のカツオ、ツナの缶詰の需要が大幅に伸びている事がある
(欧米や中国は生魚より缶詰の需要が大きい)。

それに、マグロ、カツオ以外の小魚までの乱獲は、
ペットブームによる猫缶などの需要が大幅に増えたこと、
更に大西洋や地中海のマグロ養殖に使う、大量のミンチ需要なのだ。


要するに、これらの乱獲には世界的な食品流通の進化があり、
其処には日本の商社、欧米の商社、中国華僑など
世界各国の資本におけるワールドワイドな商業主義を垣間見る事が出来る。

しかし、こう云った事を考えると、このマグロ問題は、
遙か彼方の遠い世界のようにも思え、
我々釣り人の「年に1~2本の近海マグロを釣りた~い」、
そんな小市民的願望は、如何にササヤカなものだろうか。

しかし、遊漁の釣りも、この大事な地球環境には、
多かれ少なかれ負荷をかけている。

その辺りはレジャーとは云え、大いに配慮が要ることで、
その辺りはアングラーの間でも啓蒙していかなければならないだろう。

マグロ釣りのステータスは高い。

だからと言って、釣りの頂点が其処にある訳では無い。

どんな釣りでも、其々に楽しさがあって、それは自然の中の遊びだ。

高々の釣りではあるが、されど多くの思慮、配慮が欠かせないのも釣りだ。


papua







Last updated  2014年11月01日 17時05分45秒
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2014年09月01日
カテゴリ:釣りのエッセイ
maguro

今回はマグロ釣りでも、チョイ難しい資源と漁業規制の話。

ただ、前回もちょこっと述べたが、
もう少し、私のイズムみたいなことを述べたい。

マグロが、その種類も多く、世界中に、そのフィールドがある。

しかし、日本国内で見ると、
大型マグロをターゲットにした場合は、フィールドに限りがあるだろうか。

一般的に言われる、本マグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、
キハダマグロ、ビンチョウ(ビンナガ)マグロ、など。

それは種類によって、世界中に分布する(大よそ皆さんの知識にあるでしょうか)。

先に水産庁は、太平洋クロマグロの取りすぎを防止する新たな規制案を発表した。

日本沿岸での幼魚(30キロ未満)に来年から地域別の漁獲枠を設定。

枠の上限に近づくと、注意報や警報を出して漁業者に注意を促すというものだ。

それは、太平洋クロマグロの資源量は年々減り、
2012年には過去最低に近い水準となったからだ。

水産庁は今春、資源量が順調に増えていくために必要な水準として、
幼魚(30キロ未満)の漁獲量を年4007トンと云う、
良く判らない半端な数値を目標に決めた。

それは、過去数年の年間平均漁獲量の約半分にあたる。

それは、幼魚と産卵親魚を獲りまくれば、
資源が崩壊するのは、誰にだって判ることだ。

問題なのは、こうした問題の多い漁獲が、規制もされずに、
野放しにされた事と、その不公平さにもある。

例えば、マグロ漁としての定置網漁、遊漁も、
国の規制対象ではないので、獲る事は出来るのだが、
大型巻き網漁も対象項目が「その他」になっていて規制対象外なのだ。

それは、マグロの漁獲量としては圧倒的な水揚げであるにかかわらず、
この大型巻き網漁はマグロの規制対象になっていないと云う事だ。

ローカルな狭い範囲での、零細な小型船のマグロ漁や、
マグロ漁獲量の中では全く微々たる、釣り人の楽しみ、遊漁のマグロ漁獲。

それ等も、何の規制がされない大型まき網漁と
全く同列に扱われてている。これは、普通に考えてると、
全く不公平で、あり得ない話だ。

水産庁は常々、「日本では漁業者が自主的な取り組みで資源管理をしているので、
国が規制をする必要がない」と言っているのだが、
県をまたいで回遊する魚種については、
漁業者がまとまって話し合う場すら無いのだから、
自主管理など出来るはずが無いだろう。

さらに、このマグロ規制は、企業側に立つ学者と環境学者との間に、
大きな食い違いもある。

例えばIOCATの科学委員会によれば
「5歳以上で産卵が可能な親魚は8万トン(約100万尾)程度」
絶滅危惧種指定には根拠が薄いと言っている。

国の研究機関の学者、企業の支援を受けている学者、
その立場で、まるで違う意見になるのだ。

そして、将来的には、国は産卵からの蓄養に力を入れると言う。

しかし、環境を杞憂するあまり、幼魚や抱卵魚の漁獲止め、
技術革新し、卵や幼魚からの蓄養飼育をした場合でも、
60キロのマグロを育てる為には1トン以上の魚粉が使われる。

その飼料は大量の漁獲によって賄わなければならないので、
結局は、資源破壊はさらに進むと言う論説もあるのだ。


長々と、難しい問題を述べたが、私の言いたい事は、
この抱卵マグロと30キロ未満のマグロの、漁獲規制は、
まだまだ多くの問題点を残し、制度として不公平性さはいなめない。

そして、漁業者、遊漁者に浸透するには、気が遠くなるほど時間が掛かると云う事だ。
(このマグロ好きの国民ですぞ)。

ただ、此処からは、全くの私見だが、
マグロに限らず、海洋資源の減少は確かである。

それは、食料として、美味しいと言って漁獲されれば
限りある資源の中で、そう云った魚が減少していくのは常だろう。

まして、野菜や果物のように栽培されたり、
牛、豚、鳥のように蓄養技術が進んでいる訳ではない。

だからこそ、自然環境の中に生きる人間としては、
例え微々たるものであっても、その資源保護に目を向け、
配慮する気持ちを持たなければならない。

そして、マグロ釣り好きのアングラーは、マグロのキャッチ&リリースだろう。

ただ、そのキャッチ&リリースするためには、その技術も要る。

何十年と云う将来、その先を見据えた場合、
マグロを求めるアングラーであれば、率先して、その技術を習得し、
学ばなければならないと云う事になるのだ。

ただ、こう云った海洋資源など環境関係の話をすると、
私の場合は、建前と本音の線引き出来ず、誠に情けない。

それは、尻に蒙古斑のある頃から魚を食べる事に馴染んだ訳で、
節操がないほどは持ち帰らないが、魚中心の日本食文化に育った人間として、
美味しい魚は少々でも頂きたいと思うのだ。

ガイド商売をしているので、お客さんが釣った魚が、
それは見るに忍びない小型魚でも、その人が喜び、食べたいと言えば、
丁寧に処理をして持ち帰らせる。

まして、初めて釣った20キロのマグロ、これを高飛車にリリースと諭すのは、
それは心が無いような気がする。

キャッチ&リリースが心の中に大きくあったとしても、
実際にそれをやり通すことは、相当に難しいのだ。

同様に、著名な釣り人、著名な環境団体に所属するアングラーであっても、
よほどの魚嫌いでない限りは、私同様に、魚のキャッチ&リリースに関して、
本音と建前を使い分けていると言ったらお叱りを受けるだろうか(全てではないが)。

マグロやウナギのように、資源問題などメディアを騒がす魚以外にも、例えば、
カワハギは、真鯛は、ヒラメは、マゴチは、ショウサイフグは、など、など。
キャッチ&リリースは勿論だが、尾数制限すら難しいのが実情だろう。

大事なのは、確実に海洋資源は縮小しているという、事実を認識することであり、
それに対しての気遣いする心を持つことであろうか。



さらに、さらに、余談。

わたしは、心優しい釣りをしたい。

確かに、レジャーの中でも、相当に環境負荷の多いのが釣りである。
其処で、私が心がけているのは。


美味しい魚を頂くのであれば、大事に丁寧に持ち帰る。

それ以外は、自慢げに魚を並べるのではなく、どんな雑魚でも丁寧に生かして帰す。

持ち帰るのは、家族や仲間の胃袋分だけ。

対価は、あくまでも釣りを楽しむことに。レジャーの釣りで魚の換金しない。

リリースは手早く確実に生きるように、ベタベタ触ったり乱暴に扱ってはならない。

以上である。


魚の扱いを見れば、その人の心の優しさが判るような気がする。

マグロの資源保護の問題から、話は飛んでしまったが、

キャッチ&リリースは重要なことだ。

しかし、建前論よりも、海に対して、魚に対して、人に対して、優しい心を持ちたい。

pa






Last updated  2014年09月06日 20時06分33秒
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2014年07月18日
カテゴリ:釣りのエッセイ
sa

ソルトワールド誌に新連載が始まった。
「パパ大津留のKeep On!!」
少々、照れる。

多くの釣り雑誌にお世話になっているが、
特にこのソルトワールド誌は、創刊からの付き合いで
1998年7月のVOL.2では、トラック島「チューク」でのジギングで、
早速表紙を飾らせて頂いた。

まだ40代後半だったろうか(何しろ20年以上昔の話だ)
当時のオヤジアングラーとしては、
珍しく2段のピアスをした写真が印象的と
カメラマン氏に言われた。

sa2

3



しかし、照れる、と言えば、
その頃の取材は、殆どが私の自前カメラマンで、
そして、例え編集部からの依頼であっても、自画自賛的な原稿も多かった。


ただ、この数年は私の釣行と言うと、
殆どが編集部からのカメラマン、ライター氏が同行する。

最近は、大川直氏と同行することが多いだろうか。

彼は、カメラマンの技術もさることながら、文章も上手い。

物事をとらえる視点が的確なので安心だろう。


そんな私も、最近は釣りのスタイルと言うより、
自然に向き合うスタンスのようなものが、少々変わってきた。

元々、釣り技的なものに対して、
それ程のテクニックは持ち合わせていない。
ただただ、不器用ながら、休みなくやり続けるのが私の釣りだ。


40代から50代の、まだまだ若造だった頃は、
けっこう見栄を張った釣りだったかも知れないが、
さすがに今は、多少だが肩の力が抜けている。


現在、テスターを務めさせて頂いている、グローブライド(ダイワ)、
バリバス、パームス、ネーチャーボーイズ、スタジオオーシャンマーク。
他にもたくさんのメーカーさんの好意を頂く。

しかし、もう70歳になる。

若く、生きの良いテスターさんのように、
ビッグフィッシュを抱え、派手なアクションしたり、
沢山の魚を並べ、技術論を語るのは、もう似合わない(そんなに釣れない)。

そして、「釣れない釣りを嫌がらない」がモットーの私だから、
「求める魚は、数年に1尾で良い」そんな自分の生き様を伝える誌面になるので、
それだけに、応援を頂くメーカーさんに対しては、心苦しい内容になるだろうか。


ただ、自然から頂く「感動」、釣りの喜びは、
けっして、魚のサイズだけではない、数を釣ることではない。

心を込める事で、釣れない釣りの中にも感動があり、大きな喜びがあることを、
そして、老いたローカルアングラーであっても、
見栄えの悪い釣りをしても、懸命にやり続ける事で、
何かを感じて頂ければ良いと思っている。


そんな気持ちからの、新連載のスタートなのだ。

連載一回目の雑誌が届き、少々感傷的に、
大昔の本を引っ張り出し、誌面を捲ってみた。

10年ひと昔、20年は大昔だろうか。

道具の進化、技術の進化、多くのものが変ったようにも見えるが、
釣りから受ける、感動、喜びは、昔とは変わらない気がした。

sasa



下の誌面はVOL.10だったろうか。

この取材で活躍したのが、今は懐かしい、リョウビのスピニングリール『サファリ』。

今だに健在なリールである。

safa







Last updated  2014年07月18日 15時08分23秒
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2014年07月10日
カテゴリ:釣りのエッセイ
bin1

私の住む八丈島は、それは自然豊かな島である。

島には、南の島らしい植物が数多く生えていて、
それは熔岩質の岩が浸食されたた海岸と相まって、
美しい景観を作り出している。

何処の島でもそうだが、島嶼の振興事業などから、
道路などの拡張工事や造成工事が多い。

勿論、多くの島民が、土木工事、造成工事に
支えられているのだから、
それが都民の税金、国民の税金であることを考えると、
大いに感謝しなければならない。

造成工事の中には、道路脇にある余剰地を、
小さな公園に整備し、観光客の為に
綺麗な公衆トイレなどが作られる。

其処にはコンクリートで囲いをし、
ハイビスカスや椰子の木が植えられる。

それは、潤いの場としての意味は大きいが、
観光客のあまり来ない場所だったり、
観光バスの停留所でもない所にまで作られると、
違和感も持つ人もいる。

ただ、そんな空き地が、雑草の生え放題になるよりは、
余程に綺麗で見栄えが良いのだから、これも
大いに感謝しなければならないだろう。

難しい問題は別にして、
島が整備され、綺麗なのは気分が良いのだ。

島の玄関である八丈島空港から、
我が家のある島の東側、底土港までの整備された道路は
両側の歩道に切り揃えられたハイビスカスの花壇が続き、
そこに10~20メートルごとに椰子の木が植えられている。

チョッピリ幾何学的な美しさではあるが、
その整然とした緑と
灰色がかったアスファルトのコントラストは、
造形的な都会の美しさにも似るだろうか?。

そこは、島の人たちには絶好のウォーキングや
ランニングのコースにもなり、人気がある。

私も時々はウォーキングを楽しむ。

このビロウ椰子は、ソテツと並んで
古くから島に移入された植物だ。

文献博物学年表によると
「寛政3年(1791年)4月、田村元長、鈴木素行が、
幕命を奉じて伊豆諸島を巡航し、檳椰子を
(ビンロウジュと呼ばれビロウ椰子と推定される)
1株を八丈島に植し8月に江戸に帰す」と記述されている。

ビンロウジュはミクロネシアやポリネシアなど
南の島に多く自生して、その実を噛むと幻影や幻覚を見る。

その実に石灰をまぶして
木の葉(キンマ)などで巻き噛むと
舌先から軽く痺れるのだが、
若干習慣性もあり、舌癌になるという話もある。

これを常習すると口の中が真っ赤に染め上がることから
ファイヤーナッツとかビードルナッツとも云われる。

パプアニューギニアに行った時に
現地の常用している人たちが
口を真っ赤にしているのは判るが、
通訳に表れた現地駐在の日本人ダイバーが(女性)、
これをクチャクチャに噛みながら現れた。

話しながら大口を開けて、屈託なく笑う彼女の口が、
まるで火焔のように真っ赤なのには、
まるで日本人とは気付かず驚いた。

あれは、噛む習慣を続けると数ヶ月で口が赤く染まり、
歯磨き程度では全く落ちないらしい。

そして、彼らには(彼女にも?)
果物や食べ物と同じように欠かせない木の実であるらしく、
それはジャングルの中に生えていて、
決して観賞用の植物ではないのだ。

島では、街路樹として、整然と植えられるビンロウジュである。

業者さんが年に数回、枝を切り揃え
掃除をしてきれいにお化粧をする。

パプアニューギニアで見た、あの火炎のファイヤーナッツと、
同じ椰子の木とは思えない。

ん~ん、これもビンロウジュの実の幻影なのかもしれない。

p

pa

追記

どうも私の不勉強から、ビロウとビンロウジュと同種と勘違いしたようです。

謝、謝。

私が、パプアニューギニアやミクロネシアで、あの多くの人たちが

ぺッ!、ペッ!、ペッ!、やってるのはビンロウジュで、ビロウとは違う種。

我が家に6本、背高く伸びてるケンチャ椰子がビンロウジュで、
冒頭の写真はビロウで紛らわしいですね。

島では、底土港から街に向かっての街路樹として植えられています。

小さな実を着けますが、これを噛んでペッ、ペッ、やる気にはなれません(笑)。

bin






Last updated  2014年07月10日 19時36分08秒
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2014年06月26日
カテゴリ:釣りのエッセイ
uchi

サッカー、ワールドカップはいよいよ中盤、
そして決勝トーナメントから終盤に入る。

サッカー好きを自認する私だから、今回のワールドカップの、
予選敗退は、正直悔しい。

でも、怒られるかも知れないが、侍ジャパンを応援する以上に、
サッカー観戦そのものが大好きであるから、
今後の決勝トーナメントも、大いに気になる。観戦を続けるだろう。


今回のワールドカップの敗退に、選手、サポーター、
其々に違った思いはあると思う。

敗戦の後の、選手たちのコメントに、
その気持ちが込められていたように思う。


選手の殆どは、その少年時代からからサッカーに親しみ、
其処からサッカー選手を目指したろう。

そして、努力を重ね日本の代表まで上り詰めたのだ。

スポーツの種類や、才能などによって、多少の違いはあると思うが、
選手を目指す場合の多くは、その努力の大きさ程に結果もでてくるだろうか。

彼らの殆どは、その少年期、青年期に、その思いを燃焼させる。

これは、スポーツ選手だけではない。

芸術や文学、学問、社会における全ての分野にも、
ある程度、少年期からの将来を見据えた努力が大きいだろう。

それだけに、その研鑽努力が大きければ大きいほど、
その結果を求め、また求められるのかも知れない。


選手皆さんには、まずは「お疲れさま」と言いたいのだが、
それだけに、面白いのはこれからと、個人的な見解を話すのは、
あまりにも申し訳ない気もする。


ただ、選手皆さんの思いは、私のような感覚ではないだろう。

それは試合後の、選手たちの、あの茫然とした姿にも良く表れている。

それは、このワールドカップの為に、辛酸努力したものを込めてきたからだ。


出場し、力を出し切れなかったと感じる選手。

召集されたが、出場できず力を発揮する場も与えられなかった選手。

実力が拮抗する中での、召集されなかった、多くのJリーガーたち。

思いはそれぞれだが、その中でも選手のコメントには、
その悔しさが、大いに滲み出ていた。


長谷部は、「キャプテンとして責任を感じている」。

長友、「本当に申し訳ない気持ちです。すべての批判を受け止めます。
僕はチームの勝利に貢献することができませんでした」。

本田「これで終わってしまうとなると悔しいですし、
それ以外言葉が浮かばないです」。

内田などは、涙ながらで代表引退をほのめかした。



スポーツ選手には選手生命がある。そして、それは決して長くはない。

選手の中には「これで終わってしまった」という意識が強かったのではないだろうか。


ただ、私が言いたいのは、彼らは、まだまだ青年である。

人生の中で、確かに花のある選手生活だが、
それは人生の中では3分の一、いや4分の一程度だろうか。

確かに、夢中になり努力を続け、その燃焼した結果が、
ワールドカップと云う節目に表れただろうか。

しかし、それが人生の結果ではない。

そこまでの間に、多くの人たちの思いや、思惑もあったろうし、
そこからが始まりで、それが出発点となっている人もいる。


私も、少年期にはスポーツに夢中になっていた。

それから青年期には、音楽家として一線を目指した。

世界水準で上り詰めている彼らとは、とても比べるべくもないが、
今、70歳の声を聴いてなお、まだまだ先を考える自分に、
彼らの未来が、とても羨ましく映っている。

私は、彼らの20年後、30年後、40年後を見てみたい。










Last updated  2014年06月26日 11時23分32秒
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