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南の島物語

南の島物語

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音楽と旅と釣り

2021.12.31
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カテゴリ:音楽と旅と釣り

 2021年を振り返り、2022年に向けて。

 

勿論、考える事は多かった。

まして、3年前のアキレス腱断裂のダメージ。それは傷の痛みでは無く、心の痛みだろう。
70歳を超えたあたりから飲酒が過ぎるのか?腹回りが増える毎に体のキレがない。磯場では、足が上がらずスパイクを岩に引っ掛けたり、また目が衰えたのか暗闇では足場の目測を誤る。

ただ、ジギングなどのオフショアの釣りは、取材などでは多少の見栄を張りながら頑張ることは出来た。しかし、キツイ海外取材などの後、何時もより疲れが抜けない事に気付いてはいた。
でも、こんな自分の衰えをグダグダと述べるのも恥ずかしい。人によっては、とても聞いてられない話だろうか。まあ、来年に向けての話だから、今まで通り前を向き、明るい話題を述べた方が良いだろう。

昨年の嬉しい出来事。それは私の念願であった、今で言うサステナブル。釣り具の環境配慮。それは、私が常々言っている、釣り具販売でのプラスチックパッケージの排除。ルアーのロストを無くする事、釣り具のリサイクルの取り組みが1歩前に踏み出した事だろうか?。
今、世界は全てにおいて環境志向だ。TVなどのメディア報道。その良し悪しはあるが、やはり何かにつけ環境に対しての報道は増えている。世界的な、環境保護運動は、今や若者から子供達にまで、いわゆる次世代に向けての社会的な課題として語られる。まさに時代はSDGs(持続可能な世界を目指す)なのだ。

それは、日本の企業でも、大企業から、小さな企業まで取り組み、この環境配慮の企業テーマを無くしては生き残れない時代を目の前にしている。

釣りの業界も、今までのように口先だけの環境を叫ぶのではなく(簡単な釣り場の清掃などでお茶を濁す問題ではないのだ)、実際にパッケージなどの過剰包装、ルアーやジグ、シンカー等のリサイクル、そしてラインなどの無パッケージ化、回収とリサイクル(いわゆる計り売りなど)。それはメーカー、釣具店、ユーザー、皆で努力していく時代に入っているという事だ。そして、その事から、私の関わるネーチャーボーイズがメーカーとして取り組み。再生紙を使ったジグのパッケージや、メタルジグのリサイクル(リュースプロジェクト)を始めた事だ。

環境負荷の大きいと言われるレジャー産業の中で、特に釣りは、立ち入り禁止区域への侵入、釣り場のゴミなど、たびたび悪者として問題提起をされている。それだけに、是非に他のメーカーも追従して欲しい。

確かに体力の衰えは隠せない。そんな中で如何に次世代に何を残すか?。それが私の残す人生の仕事なのかも知れない。確かに、今まで以上にパワーのいる事かも知れないので、あくまでも身の丈の範囲だが、2022年、そして今後は、釣りに音楽に、未だ未だ私でなければ出来ないもの、其処に向かって頑張って行きたい。

 

音楽の方も、この年だが(来年で喜寿)マダマダ勉強する事が多い。ようやく自分のサウンドで打ち込みが出来るようになったが、このプロトゥールスの機能の半分も理解しているだろうか?。硬い頭だが、未だ伸びしろがあると思っている。も少し努力をしたい。皆さんにも、来年一年も少し期待をして欲しい。







最終更新日  2021.12.31 19:37:00
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2020.03.20
カテゴリ:音楽と旅と釣り

 

パパズインは、この7月で30周年を迎える。私が島に来て30年という事だ。

私は。もともとミュージシャンだ(だった?)。クラシック音楽を目指した学生時代から、それは挫折したものの、ジャズに転向し多くの有名ジャズバンド(ビッグバンド)を経験した。更にビッグバンド時代には作編曲も手掛け、TVなどのレギュラー番組を持ち順風万風だったかもしれない。

しかし、当時で、モダンで難解なジャズの演奏に疲弊したのかも知れないが、当時のR&B、ソウルグループの「アイク&ティナターナー」の演奏を聴き、その躍動感に圧倒された。まさに「これからの音楽は、これだ~!!」そんな気持ちで、管楽器主体のボーカルバンドを作ることにする。

それから十数年は、デスコのダンスバンドやナイトクラブのハウスバンド、そしてライブハウスでの演奏が主になった。

 

釣りは、釣りの番組に縁があって、30代の頃から、磯の石鯛から沖釣りまで、そして40代には、暇を見ては八丈島に釣りに来ていた。その頃、渋谷のライブハウス「エッグマン」でのステージだったと思う。150人ほどのお客さんが待っている中、前日に八丈島で釣りをして、帰りの飛行機が天候悪化で欠航になってしまう。

音楽事務所には散々に怒られ、こんな失敗は2度と繰り返してはいけないと思うはずだったが、「それなら、島に住んでしまえば、その心配もないだろう」そんな勝手な解釈。そして音楽界からは、磔つけ獄門の罪を一等減じられて、八丈島で流人生活をすることになった(冗談話だが)。

そして1990年、平成2年に有限会社パパズインを設立し、島での観光宿泊業に(一応はペンションという形で)従事することになる。

それは考えるに、30年にもなる。生まれて18年の津軽の田舎に育ち、その後は都会での20余年。すっかり島暮らしの方が長くなってしまった。

島に来た当時は笑い話も多い。建築が遅れ、当初は3月の完成だったがゴールデンウィークにも間に合わず、ようやく完成と聞かされ荷物を畳んで愛犬の「モモ」、愛猫の「クロ」を抱えて島に来たが、トイレは出来てない、水道は使えない、ドアに扉すらついていない。家を前にして愕然、途方に暮れた。

近くの民宿に、無理やり頼み込んで世話になり3か月後の7月に、ようやく何とか住める状態で引っ越す事が出来た。

完成を間近に、港のコンテナに留め置いていた荷物を運びこむ。島の若い友人たちに手伝ってもらう。昼休みだった、「お~い、冷蔵庫に冷たいお茶があるから飲んでいいよ」手伝ってもらった彼らに言う。しかし、まさか!!!である。冷蔵庫には完成記念に飲もうと買ったドンペリニヨン、一本3万円ほどのシャンパンを2本入れていた。

奴らは、一緒に入っている、麦茶とかコーラは飲まず、そのドンペリを2本、しかも湯飲み茶わんでガブ飲みしていた。

「こら~!!、おいおい、お前ら車で来てるのに、まさか・・・・」ここでも愕然である。当時、飲酒運転は、島ではそれ程は煩くなかったのかも知れない。

 

その後も大変だった。知らない土地での馴れないペンション営業だ。朝から営業し、昼には昼食。夜には、宿泊客の晩御飯を出して、その後はレストラン営業。あと片付けの後で風呂掃除などすると、そのままベットにバタンキューだ。夏などは、歩いて3分の海すら見る暇がない。

エリザベスは「夜中は人っ子一人通らない」と嘆き。「此処は、デパートも無ければ、マクドナルドやミスタードーナッツ、コンビニもない。夜の明かりは、月と星だけ、雨の日は全くの暗闇。寂し~い」と、まるで人生を呪ったかのように悲しむ。

しかし、こんな頑張りだが、23年続けると「こりゃ、体がもたない」と開き直った。

自分で釣りをしたい、エリザベスだって釣りをしたい。そこで、ゲストを釣りのお客さんを中心にし、それも、他の釣り宿との競合を避けてルアーを中心に考えた。

 

当時のルアーフィッシング、今ほどメージャーではない。まして、ジギングとなると、またナイロンラインを使い60グラム程度のメタルジグでやられる程度だ。そこからは、私の勉強の日々だ。

ナイロンラインのジギングから、PEライン、ベイトタックルの使用、アシストフック、100グラム以上の重いジグ(今は300500gが当たり前になる、深場は1キロまで振る)、スローなスタイルも含め今は当たり前のジギングだが、当時、ここまでの道のりは長かった。

やがて、J-1グランプリという20年の長きに渡るジギング大会(相当のパワーが要った)など、多くのジギングアングラーが訪れるようになり、八丈島はジギングの聖地と呼ばれるようになった。

当時、「ジギングの鉄人」とか「ジギングの開祖」「ジギングの神様」と言われた私だ(当時は他にも多くのアングラーはいたが)、今はレジェンドと言われるが、それも中々気恥ずかしい。もう終活を考えるような75歳。この島に来て、いよいよ30年目という節目を迎えるのだ。

好きなジギングだ、も少し頑張りたい。後輩には、老いの醜態は見せたくない。楽しいジギングだけやりたい。プレッシャーの感じる釣りはしたくない、思想の違う奴とはやりたくない。殷々々、様々な思いが巡る。

幸い、まだまだ楽しい仲間がいる。そして、私にとって大事な大事なお客様がいる。この島の釣り、ルアー、ジギング、そういった仲間に、若いアングラーに、私は今後、何を残すか?それを考える時期だろう。う、う、う、腰が痛い、背中が痛い・・・だが(笑)。

 

 

この7月で30周年を迎える八丈島のルアーフィッシング、ジギングでお馴染みのパパズイン(Hachijojima Guide service)ですが、感謝の気持ちをこめて、これからも心を込めた釣りを提供したいと考えています。勿論、パパの釣りはルアーフィッシングだけではありません。一般的な船釣り(五目釣りや泳がせ釣り)は勿論、豪快なトローリング、そしてルアーフィッシングとパパ大津留が初心者でも楽しい釣りが出来るようにガイド、コーディネート致します。勿論、大物釣り、トローリング、ジギング共に最高のレンタルタックルを用意し、仕掛けもパパの手作りですから安心して巨大魚に挑む事が出来ます。

まだまだ、気持ちを新たにし、ご案内する所存です。












最終更新日  2020.03.20 14:31:00
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2020.01.04
カテゴリ:音楽と旅と釣り

明けまして、おめでとうございます。

 

75歳になって迎える新年、あまり振り返ることをしない私だが、新しい年に向かっては、過去を振り返り反省もする。

音楽活動は、20代、30台、40代の頃は、日々の生活に追われ、その時々の仕事(音楽)を消化していく事に精一杯だったろうか。ただ、その中で気持的には、食うための音楽と目指す音楽とのギャップに苦しみ、音楽的評価を得たいと思う気持ちと、その中で、焦りと満たされない部分も多くあった気がする。

しかし、若造だった頃、生意気盛りの頃は、自信が過信を生む。自信は己を高めるが、過信は過ぎるほどに精神が病む。私の場合は、そんな狭間を生きて来たのかも知れない。

べつに、其処から抜け出したいとかの気持ちはなかったが、息抜きで、たまに島に釣りに来ると、そりゃ気持ちは安らぐ。いっそ、こんな楽しいことを仕事として、ライフワークとして持てたら…、そんな気持ちから今の島暮らしを始めた訳だ。

釣りが好きだが、それを商売とすると半端な気持ちではなれない。「初心に帰った努力を」それが、音楽生活を20年間も中断させる事になる。

まあ、釣りと釣り宿業、それと僅かばかりの執筆業で、何とか食えるようになり、再び音楽を始めたとき、既に年齢は70歳を超えた。そして、普通ならばアマチュアで仲間同士の楽しむバンドで良いのだが、昨年あたりから、それなりの向上心がわいてくる。中途半端はしたくない、プロ意識を持って挑みたい。そんな気持ちを持てるようになってきた。

まず、昔のようにメンバーの育成、音楽の理論的な教育から始める。幸いに沖山芳樹という良き仲間にも巡り合えた。教育というと口幅ったい言い方になる、皆と相談しながら、向上心を持ってこれからの音楽活動を、レベルの高いものに押し上げたい。

ただ、75歳という年齢は残りの時間が決して多くない。短い時間の中で、何を残すかだろう。その中で、この島の生活、空気、風、匂い、そして文化、それらが私のアイディンティティーと上手く調和が出来、新たな音を創り出せれば、それが私の存在意義として、一つの島の文化の端に加えられるだろうか。

昨年の末から、狛江市のFMラジオのパーソナリティーにミュージシャンとして加えて頂いた。FMラジオの利点は、限られた電波範囲とはいえ、地方の文化、音楽、産業などを伝えることは勿論、地域防災、過疎地のコミュニケーション、など多くの利点とその可能性がある。

私の中には、この八丈島のFM放送局の必要性は勿論、これが伊豆七島、例えば大島、神津島、三宅島、御蔵島、青ヶ島、小笠原と連携することにより、海難事故、防災、さらには産業、観光など多くの面で寄与すると思う(昨年の台風以来、神津島や青ヶ島では未だに通信被害が続いている)。その手始めとして、今年からの私たちの活動は、一つの起点にはなると考えている。

確かに、先の見えている人生で、音楽での目標を持つことは焦りも生む。しかし、身の丈を考えながら、まずは島の空気を感じるような音を残していく、それが今年の私の目標だろうか。

パパは、音楽でも、も少ししぶとく頑張っていく。








島でのライブ、東京でのライブ告知なども。
音楽ジャンルは、JAZZ、R&B、島唄、オリジナルソング。






最終更新日  2020.01.04 11:30:56
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2019.12.28
カテゴリ:音楽と旅と釣り

 

年の瀬、毎年振り返って見る。反省ばかりだ。

だが、反省と後悔は違う。後悔は、過去を振り返り恨めしく思いうが、反省は次に生かすための教訓だろうか?前向きな考えともいえる。

しかし、いつもの事だが、どうも反省が多すぎて、それを生かし切っていないかもしれない。

それは、釣りも音楽も一緒だ。島の生活を30年近くも続け、20年以上も音楽を絶ったのだから、今更どちらが本業か?といえば、もちろん釣り関係(パパズインという宿も含め)だろう。しかし、音楽では収入を得ていないアマチュアだが、島に来る前は何十年もプロ活動をしてきたわけで、それは今でも、いったん音を出せば、それはプロとして手は抜かない。

反省があれば、それを次回に生かす事を考え、常に向上心を持つ。マダマダ技術を上げて、うまい釣りをしたい、良い演奏をしたいなのだ。

 

まず、釣りの話だが、いくらか釣行の回数が減っただろうか。確かに、年齢的に体力の下降線は否めない。その中で背負う荷物を軽くしたい。というか、お世話になった方ほど気遣いがいるし、先方にも気を使わせてしまう。我が儘な言い回しになるが、このあたりで自由になりたい。も少しFreeな考えで行動したい。ジャンルやカテゴリーにこだわらない釣りをしたい、と言う事だ。

そして、来年は?、もちろん釣りは続ける。今まで、表立ってはジギングを中心にやってきた私で、だから皆さんは「ジギングのパパ」と呼ぶだろうか。しかし、本質はただの釣り好きなのだから、そんな原点にも立ち返りたい。

自分なりに、この世界では(ジギングの創成期から)それなりのものを残してきた自負もある。だからこそ、令和2年になるだろうか、来年からもそんな気持ちは無くしたくない。釣りも音楽も常に新しいものを模索し、まだまだチャレンジ精神を持って頑張りたいのだ。

私のジギングというと、今までメディアなどで話していたこと。それは「休まない釣り」「やめない釣り」「釣れない事を嫌がらない釣り」だ。重たいメタルジグを懸命に振り続け、諦めずにロッドを動かし続けてこそ、釣れる一尾の感動も大きい。そんな考えだ。

ただ、ここで誤解される部分もあったと感じているのは「魚を欲しがるな!、ステータスを求めろ」とい主張が、魚を数釣ることを嫌うと思われてしまう事だ。

そして、こんなことを言うと怒る人もいるだろうか?、私は、数釣りを否定はしないし、魚を持ち帰ることも否定しない。楽しい釣りなのだから、いっぱい釣ったって良いに決まってる。魚を食べることも好きだし、沢山釣って自慢する、大きい魚を釣って自慢する。それも良い。中には、話が膨らみ倍ぐらいの大きさになったって、それはそれで楽しい。「別に良いじゃないか」なのだ。

最近、隆盛を極めるスローピッチジャーク、いわゆるスロージギングと言われるジャンルだが、自分ではあまりやらないが(下手だからだが)、理屈的にもよく判るし、楽しい釣りの一つとして、技術的にも確立されたものだと思っている。

ただ、下手と自覚するぐらいだから、自分としては上手くなりたいと思っていても、現状では、この釣りの私より上手いアングラーはたくさんいる。フックを幾つもつける事に多少の抵抗はあるが、その理屈も理解できるし、そのジグの動かし方を考えると正しい考えかも知れない。ただ、私には向いてないと思うぐらいだ。
でも、そんな下手な釣りでも、やれば楽しいのだから「それで良いじゃないか」。なのだ。

 

最近、最も好んでやっている釣り。その中にはライト石鯛(石鯛のへチ釣り)がある。ライトなタックルで(市販のものでは鯛のテンヤロッドが向いているだろうか)、家内と一緒に防波堤などで楽しんでいるファミリーフィッシングだ。これはコアな石鯛釣りのファンは怒られるかも知れないが、意外にコツを覚えると誰にも簡単にできそうな気がする。

とにかく、来年の目標の一つとして、まずは、この釣りを確立させ(当面はエサ釣りではあるが)広めていきたい。

 

さらに来年の目標としては、目指したい釣りがある。これは、まだ頭の中に或る程度で、暗中模索の中にある。幸い、多少のスタイルは違うと思うが、シマノでは既に始めている電動リールを使ったジギングで、私はそのディープ&ハイスピードのジギングに興味を持っている(その程度だが)。

ただ、これを私がやるというと、「なんだ~」とか「やっぱり」とか「口ほどもない」「パパも年をとったか~?」とか色々言われそうだ。まあ、人の言うことは気にはしないが、それでも年齢のせいに思われるのは些か悔しい。私の中では、マラソン競技と同じ距離を自転車で走るみたいなもので、単に競技の違い、種目の違い。いわゆる同じスポーツとしてルールの違いを明確にすれば、それで済む事だろう。

いわゆる、ジギングをスポーツに見立てた場合も、釣りのジャンルの違いとしてルールを明確にする。あくまでも、レジャーの中の釣りと考えると、(新しい釣り方が出て来た時には、何時も問題提起されるが)あくまでも向き合い方の問題だろう。

 

ただ、この釣りの可能性を考えたとき、いろんな意味で世界が広がる。まずは、今、マニアの釣りとしてスローピッチの深海のジギングだ。これは200メートル~600メートルあたりのジギングで、私がパームス時代の20年ほど前から提唱していた800グラムあたりのジグを使う深海ジギングだ。その深海までターゲットを万人に広がる可能性を考えたときに、高齢と言われるアングラーや、体力のない女子アングラーにも、この楽しさを伝える事が出来るかも知れないのだ。

さらに、この黒潮本流の島だからこそ感じる、透明度の高い水色が澄んだ時期のジギング。それは、生き餌でしか釣れないといわれるジギングには厳しい釣りになる。その中でカンパチなどは、目の前を速いスピードでかすめるような動きに、まれにだがリアクションでバイトする。そして、そんな時は、ハイスピードな電動ジギングが圧倒することがあるのだ。そのあたりのジギングを、確証を持てるまでに技術を(未だに確証のあるテクニックではないが)高め、公表出来るぐらいまでにしたい。

勿論、様々な意見も出てくるだろうし、その中で皆さんのご意見なども伺いたい。まあ、今春まではユックリと練っていきたい。
それでは、良い年をお迎えください。パパ拝。





音楽の話は、新年明けてからでも。


 


島でのライブ、東京でのライブ告知なども。
音楽ジャンルは、JAZZ、R&B、島唄、オリジナルソング。







最終更新日  2019.12.28 18:13:19
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2018.12.30
カテゴリ:音楽と旅と釣り

今回のブログは履歴書ではない。今年の出来事を振り返り、平成から新年号に変わる年へ、その抱負だろうか。

 

まあ、振り返ると今年は節目だったのかも知れません。何しろ、73歳になって、少しばかり先のことを考えるようになる。そこで、昨年からは少しずつだが釣り関係での仕事を整理する事を考えた。それは終活ではないが、少しずつスローダウンし、あと56年の間で軟着陸するようにスケジューリングをして行く事だ。

 

島に住んで、26年。このパパズインという釣りのお客さん相手の宿泊業の傍ら、好きな釣り、特にルアーフィッシングの中で、一つの形を作ることに多少の貢献をしたと自負している。

ジギングという釣りの開発や普及、その取材活動。ジギングの創成期から、日本全国、更には海外取材にまで飛び回った。思い出深い、ミクロネシア、インドネシア、パプアニューギニア、オーストラリア、などなど。ま、他にも、キャスティングゲームや好きな磯釣りなど、釣行日数が年間で200日を超える年もあったろうか。

特に、重いメタルジグを使うパワージギングでは「釣れない釣りを嫌がるな」「魚を欲しがるな」をモットーに、ひたすら重いジグを振り続け、心身を鍛え、忍耐と我慢から手にする、感動の1尾のみを目指す。そんな姿勢を貫いてきたつもりだ。



しかし、如何せん体力は年齢とともに落ちてくる。60歳台までは日々のトレーニングで補ってきたが、補い切れないのは視力だろうか。視力の低下は足元の不安定を招く。

73歳になった昨年だが、磯釣りの渡礁から船からの飛び降りに、足元がよく見えなかったことから着地に失敗。足首、アキレス腱の断裂である。さらに、生来の我慢強さ、痛みに対しての強さもあって、そのまま足が使えない状態でも取材等を続け、放置を4か月間。ようやく医者に診ていただいた頃には完全に断裂していた。

そして、もっと悪いのはその間の入院、その後のリハビリ、その期間には全く他の部分の筋力トレーニングが出来なかった事もあるだろうか?、驚くほどのスピードで筋力が落ちていた。

例えば、アキレス腱がほぼ完治したことで、ランニングを中心にしたトレーニングを始めると、無理したつもりはないが股関節を痛めてしまい、再び数か月も休んでしまう。そこで焦りも出るだろうか、その回復から再びトレーニング。そして今度は大腿部の肉離れ。これらは、自分の想像以上に衰えた筋力、それに気付いていなかった、と言う事だろうか。

それでも、ヘビーなジギングの取材では、歯を食いしばり自分の最良のパフォーマンスを示そうとする。しかし、思うようにいかない事も多く、結果につながらないことも続いた。

もちろん泣き言は言わないし、そんな事はヒトには気づかれたくない。しかし、心の中では「そろそろ引き時か?」そんな葛藤が生まれるのだ。

そこに来て、まさかの出来事も起きる。それは家内の病気だ。元々はリュウマチが持病で、東京の病院に通っている。数年前に肘に人工関節を入れたところで、少しは病状も落ち着いたと思った。ところが、今度は胃の中に大きな腫瘍が見つかる。

早期の発見もあって、無事にその腫瘍を取り除いたが、それは青天の霹靂である。この島に住んで26年間、家内はリュウマチという病と闘いながら、泣き言ひとつ言わず頑張ってきた訳だ。それは生涯の付き合いを覚悟した病なので、心の中では納得していた。しかしその上の、癌の宣告は、まさに想定外だった。




昨年一年を振り返ると、今までに幾つかあったであろう、そんな人生の岐路。その中で最大のものかも知れない。しかし、これも結論が出た訳では無いから、どんな時にも笑いを忘れず、ひとに笑顔で接し、冗談を言い合い、明るく過ごしてきた。

それに、悪いことばかり述べたが、決してそれだけではない、良い事も多かったのだ。それは、30年近くも中断していた音楽活動でも、5年前に東京の音楽仲間が「パパ~、もうそろそろ再活動しない?」そんな話があって、東京でのライブを始めていた。それが今では、島の音楽仲間を育て、彼らと島中心の活動をするようになった。

歌も、長いブランクから難しいと思ったが、この1年はまだまだ伸びしろを感じ、先が楽しみになって来た所だ。






そう考えると、2019年は思案する年、次へのステップを考える年かも知れない。釣りの話に戻るが、僕のジギングは我慢の釣りだ。辛抱し耐え、懸命に遣り続ける事で次につなげる。それは、そんな苦難を乗り越える事で必ず次に繋がる、そんな多くの事を経験して来たからだ。

平成は今年で終わりになる。2019年は、体力の衰え、そしてスローダウンしていく私たちの先を見据え、しかし、決して諦める事なく、次に繋がる希望の芽を育む年になれば良いだろうか。

僕は間もなく74歳になる。この年だからこそ出来る事もあるだろう。パパはも少し頑張る。








最終更新日  2018.12.31 05:51:47
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2018.12.08
カテゴリ:音楽と旅と釣り
青森、津軽の田舎者が、音楽家を目指して上京したのは、東京オリンピックの始まる前年だった。

しかし音楽大学に入学したものの、夢は大きいが金がない。

そこで、花のキャバレーでバンドのアルバイト。だが、そこは、目もくらむ華やかなライトの向こう側に、ホステスさん、ダンサー、女性歌手、がいるステージ。いきなりの田舎者が狂うには十分な淫靡の世界だ。
まあ、大学なんて1年もしないうちに行かなくなってしまう。

でも、勉強しなかった訳ではない。アルバイトでも腕を磨けばそれなりに。2~3年もすれば超一流とはいえないまでもジャズのビッグバンドのプレーヤーにはなっていた。

演奏家時代はコピーのしまくり。ビッグバンドでカウントベイシーオーケストラから、当時モダンジャズといわれたジョンコルトレーン、マイルスディビスまで。とくにトロンボーン奏者になって、カティスフラーやJJジョンソンといったプレイヤーのアドリブソロは殆どしたろうか。

だが、思春期の田舎者が都会で花開いた気分だ。手当たり次第に悪い遊びを覚えたのも事実だから、そりゃ多少の努力はしても、やる事が中途半場だわ。

スマイリー小原とスカイライナーズというビッグバンドに在籍していた。テレビで「シャボン玉ホリディー」や「ヒットパレード」をレギュラーで持つバンドだ。一旦は退団したこともあるが前後で5~6年いただろうか。そのころから、多少だが番組での編曲などをするようになり、自分の番組も持つことになる。そして、其の頃から、リズム&ブルースやラテンに興味を持つ。特に小編成で賑やかしく踊るバンドは女子にモテそうだ。

いつしか、そういったバンドを作り、リーダーに。しかも、仕事場はディスコだから若い子が集まる。管楽器を振り回しながら歌って踊るバンドは画期的だから、そりゃモテる。またまた不浄な生活。

新宿や、赤坂、六本木、あたりのディスコやクラブでは人気のバンドだが、マネージメントできる器量はない。当然に、ヤクザまがいの悪徳マネージャーに吸い上げられ、その上に安い給料だが、楽器やアンプの支払いに追われる。
さらに、歌い踊る1時間のステージを、一日で4回~6回。夜の6時から翌朝まで。休日なんて月に2回程度だ。ただ、バンドメンバーは若いが素質が十分。今は、世を時めく(騒がす)有名なミュージシャン、音楽家になった連中も多いが、死んじゃったやつも居る。黙とう。

しかし、その上に良いバンドは練習を重ねるので、練習時間、譜面を書く時間、さらには夜な夜な仕事後に遊び歩く時間、女子とイチャイチャする時間、そして必ずと言って大事にしているのが、大好きな釣りの時間だ。まあ、こんな不健康な生活で、よく体がもったと思う。

これが、30代までの僕の生活ぶりです。

この後は40代からの、僕の生きざま、島に来るまでの話を。
ま、自慢げなことは一つもないです。時間つぶしにでも読んでください。

写真は、30代のパパ。バハマシュガーというオリジナルラテンバンドのリーダー時代。
原宿のライブハウス「クロコダイル」にて。






最終更新日  2018.12.21 11:44:24
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2018.12.06
カテゴリ:音楽と旅と釣り
今度からは小文で、も少し更新をいたします。

このブログは釣りもそうですが、パパの島での暮らしぶり、そして音楽。

音楽は、島でのライブ、東京でのライブ告知なども。
音楽ジャンルは、JAZZ、R&B、島唄、オリジナルソングです。

釣りは島の暮らしで、最近気になる事。
自然環境なども含め、島の美しい自然のこと。
終活(愁活)に入ったパパの生き方。

昔を引きずった懐古なメモリーな。

などなどを、軽く、書きます。

釣り、音楽とともに、あと何年出来るか判りませんが、
お付き合いのほど、よろしくお願いします。

写真は、懐かしいバリバリ人気のあった時代の、
ロックンローラーなパパ(笑笑)。

ニューリアルの、のっけから出す写真じゃないね。







最終更新日  2018.12.06 13:32:55
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2018.07.10
カテゴリ:音楽と旅と釣り
​​

久々のブログ更新が、こんなニュースじゃ申し訳ない。なのですが・・・。

 

でも、何れ判る事。噂が、意図としない方向に広がるよりはマシだろう。

 

 

実は、エリザベス(家内)が入院した。

 

胃の3分の2を摘出した。

 

最近、胃の調子がイマイチ、そんな事が、虫の知らせだった。

 

 

お客さんで、釣り友達の植木先生に話をしたところ、直ぐに検査を。

 

沢山の写真を撮った中に、何か腫瘍らしい不審な影が幾つも。

 

検査の結果、急いで手術した方が良いと。

 

しかし、その話が出た所で、やはりお客さんで、その方面の権威である緒方先生が、素早く。

 

先生の弟子筋で、やはりお客さんのある小島先生が、

病院から手術をする日程まで、既に決めて下さいました。

 

本当に急な話です。

 

5日の日に摘出手術。本当に早期発見で、それも先生方のご尽力で半月も無い速さだ。

 

そして、かなりスピードの速い厄介な奴だったらしいが、なんたって早期発見。

 

僕は、今朝、東京の病院から帰って来たが、何しろ術後3日で歩いてトイレに行ける。

 

今朝は、流動食(と言ってもスープレベルだが)を口にしている。

 

そんな事でした。

 

正直、内心は、頭の中が白い砂漠状態でしたが、少しは落ち着きました。

一安心です。


皆様には、本当にご心配をお掛けしました。

 

 

何かの縁で、不思議に、繋がっている。

 

そんな繋がりのおかげで。

 

また、皆様の温かい心遣い、励まし、そのおかげで。

 

全く安心という訳にはいきませんが、何とか一安心という所に漕ぎつけたようです。

 

エリザベスの意見は、「慌てず、今のままで通りやって!、釣りも音楽も、パパズインも」。

 

ま、僕としては、少しばかり彼女と寄り添い、気遣いはしようと思っています。

 

 

私も73歳を超え、エリザベスも68歳になる。2人共に高齢者だ。

 

​ ​

どうも、一昨年あたりから、スッキリいかない感じもあった。

 

何かを変えなければイケナイとも思った。ジタバタもした。

 

しかし、私のアキレス腱の断裂などアクシデントもあり、さらに悩ましく。

 

変えなければならないが、でも、変わらない平常心と言うのも大事だろう。

 

そして、

 

エリザベスの意見同様に、皆様には、普段通りのお付き合いを頂ければ。

 

今回は、そんな気持ちを、新たに持ちました。

 

改めて、宜しくお願いします。


島は、もう直ぐ夏祭り。

 

それまでに、元気になって、一緒に浴衣を着て出かける事が出来れば嬉しい。





​​​​​​​​
​​​​​​​​







最終更新日  2018.07.10 13:08:59
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2018.02.28
カテゴリ:音楽と旅と釣り

 

先日、釣りでの話。

 

若い連中とジギングをしている時に、唐突に聞かれた。

 

「何を望みますか?」、こんな風に。

 

多分、「どんな釣りをしたいのか」とか「どんな魚を釣りたいのか」

 

そんな質問だろうか。

 

まさか、残りの少ない老人に、将来の望みを聞いた訳ではないだろう。

 

そんなシチュエーションだと、どうも真面目に答えられない。

 

ヒネた性分。

 

 

 

子供の頃なら、欲しいものを言うだろうか。

 

将来を聞かれたのであれば、「総理大臣になりたいっ!」「偉い人になりたいっ!」

 

凄い時代錯誤な言い回しだが、僕らの子供の頃はそうだった。

 

これがミュージシャン時代の質問だと、本音は

「良い演奏をしたい」とか「良い音楽をしたい」になるが、

ギャグの多い世界だから「先の栄光より、目先のお金」ぐらいは言ってるかもだ。



(1988年だが、このころで既に43歳ぐらいかな?)

 

 

 

まあ、僕の子供くらいに年の離れたアングラーなので、

 

おちょくった訳ではないし、受けを狙った訳でもない。

 

軽くギャグを言ってみた。

 

「加齢臭の無い老人でいたい」と。

 

 

全く受けなかった(笑)。

 

 

でも、この言葉には、けっこう本音があるのだ。

 

年寄りになれば、若さが恨めしい。年の分のリスペクトも欲しい。

 

育った年代、その環境の違いで、思考や指向、嗜好、全てが違ってくる。

ジェネレーションのギャップは大きいのだ。

 

半面、一緒に遊びたいし、仲間に加わりたい。会話に加わりたい。

 

口煩いジジイなんて言われたくない。息が臭いなんて言われたくない。

 

老人扱いされて面白くない。だけど、シカとされても面白くない。

 

 

あ~あ、オイラ面倒くさいジジイかも。




(ゆいの雛飾り)

いや、優しいジイジです。







最終更新日  2018.02.28 12:53:17
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2018.02.24
カテゴリ:音楽と旅と釣り

 

釣りは、諦めない。釣りは粘りだ。釣りは、逃げない。

 

これは、僕が良く言う言葉だ。

 

だが、こんな言葉と裏腹になるかも知れないが、

 

釣りは、潔く。

 

これも大事だと思っている。

 

 

来月は、早々にハワイ、オアフ島のジギング取材がある。

 

最大の空港、最大の都市ホノルルを擁するオアフ島だが、

ジギングに関しては意外にやられていない。

(ハワイの、特にカンパチジギングというと、

意外にカウワイ島やハワイ島なのだ)

 

そんな、夢のあるフィールドの対象魚は多い。

 

僕が狙う、カンパチだけではない。巨大なキハダマグロやカジキマグロ。

 

他にも、大型の根魚(ポテトゴッドやハマダイ種の大型魚)など魚種は多い。

 

 

僕でも、その昔は、海外遠征では夢を馳せる。

 

ジギングで大型カンパチ、それは勿論だ。

だが、キャスティングの大型のマグロも魅力があり、可能性は大きい。

ヒラマサがあるかも知れない。大型の根魚。

南の島なら、魅力満点のGT、トレバリーがあるかも知れない。

 

そんな夢が、広がれば広がるほどタックルの幅も広がる。

 

ただ、今は、そんな時ほど、潔くありたい。

 

 

「この道具、このタックルで釣れなければ、それで良いよ」

「少ないタックルでも心を込めた釣り、やり切った釣り、それをやり遂げよう」

そんな心意気で、ジギングに集中させたいのだ。

 

ケッちいと思うかもしれないが、貧乏アングラーが海外の釣りをする時、

気になるのは、重量オーバーだ。

 

航空会社にもよるかも知れないが、今度のハワイ、JAL20キロの制限がある。

 

意地になるかも知れないが、其れなら20キロに収めよう、なのだ。

 

実際に、重量オーバーは航空会社によってはトンデモなく高い料金、その支払いを強いられる。

 

最小の道具、少ない道具に絞り込んで、如何に大きな釣果を出すか?、

それも、楽しい釣りのパフォーマンスだと思う。

 

今回、僕が持ち込むタックルは、ロッドは、キッドナッパーズブランド、
アイアンウィルのベイトタックル、1
本だけ(絶対に折れないという自負)、
ケースは、コンパクトな、ネーチャーボーイズ「METAL ROD CASE 1390]、
その
アルミ仕様の軽量なケースに1本収めるだけだ

リールはスタジオオーシャンマーク・ブルーヘブン2個。

 

メタルジグはディープローバーの210g~500g、9個だけである








 

勿論、狙いは200メートル以深のカンパチと、中層の大型キハダのみ。

 

重量は20キロに収め、それで結果を出せなければ、それは己の技術の未熟さだ。

 

そんな、縛りを作ることも楽しさに繋がるのだ。

 

 

多分、多くのアングラーは「それだけ~!!」と思うかもしれない。

 

でも、僕のキャリアで言わせて頂ければ、大事なのは、

どんな魚種を、何キロの魚を、どんな釣り方で、どんな道具で釣るか?、

大事なのは、其処なのだ。

 

釣りの楽しさは、多くの魚種、大きな魚、魚の数だけに、思いを巡らす事ではない。

 

絞り込んだ道具をイメージし、そのイメージ通りに釣り上げる事は大事だ。

 

それは結果に繋がらなかったとしても、悔いのない潔い釣りになるだろう。

 

釣りには「潔さ」、大事な事だ。







最終更新日  2018.02.24 19:57:28
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