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時事あれこれ

2006.03.25
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カテゴリ:時事あれこれ

WBC:キューバが賞金をハリケーン被災者に…波紋呼ぶ (毎日新聞webより)

えっWBC準優勝のキューバが賞金を全額寄付・・・!?
何て立派なんだろう。でもどうしてそれが波紋を呼ぶの?

・・・と素朴なことを思った私は無知でした。

政治的に敵対するキューバに対する経済制裁を続ける米政府は、キューバ側に金銭が渡らないことを条件に同国の参加に同意した経緯があり、そもそもキューバが賞金を受け取る可能性はないが、場外での政治論争が大会終了後も影を落とす形となっている。

米大リーグ機構(MLB)スポークスマンは23日の米紙マイアミ・ヘラルド(電子版)に「大会収益のうちキューバの取り分はなく、寄付する金もない」と言明。


じゃあ、何。WBCでキューバはどんな成績を上げても、賞金は最初から出ないと決まっていたの?そんな経緯があったなんて、全然知りませんでした。

ひどいなあ。
政治的な確執をスポーツの世界に持ち込むなんて。

劇的な日本の優勝、オリンピック金メダルをいくつも取ったキューバのプレイに感動していたのに、この記事で冷や水を浴びせられた気分になりました。

WBC=ワールド・ベースボール・クラシック・・・
アメリカの承認する国でないと「ワールド」の一員にはなれないんか?

アメリカさん、こんな姿勢を続けていたら、WBCの存続に希望が持てないよ。
それは野球を楽しむひと全てにとって不幸なことなんじゃないの~?今後もWBCは楽しみだなーと思っていたのに。

どんな政治的背景があろうと、せめて大会運営では、公正中立を理念として掲げて欲しい。







Last updated  2006.03.25 18:50:55
2006.02.19
カテゴリ:時事あれこれ

「うわ さびしー・・・」
asahi.comに載っていた上の表見て思った、率直な感想です。
メダルメダルって、選手はみんな頑張っているし内容がいい競技もたくさんあるんだから別にそんなに騒がなくてもいいじゃん・・・と普段は思っている私でも、そんな風に思ってしまったというのは不覚でしょうか。
でも「にわかナショナリスト」を生むのもオリンピック(笑)

長野五輪で10個ものメダルがとれたのが、まるで夢のようですね。母国開催の強みだったのでしょうか。だけど、その前のリレハンメルでもアルベールベルでもそれなりに結果は残していたから、日本も冬季競技に強くなってきたんだなあと感心していたのですが。

あれですか、「母国開催でメダルがとれるように」と強化してきたから、長野では良い結果が出たのでしょうか?
あのときに出ていた選手が、今回のトリノでまだ選手に選ばれているというのは長野以降に若手がちゃんと育っていないということの裏返しなんでしょうか。個人的には原田選手も清水選手も好きだし応援していますが、ちょっと考えてしまう。
長野以降の選手育成に何らかの問題があったと言われてもしょうがないよね。

メダルが無いということとは単にそれだけじゃなくて、選手を育てる環境や指導や周囲のサポートが貧しいんだろうなあと想像してしまいます。
日本のスポーツ選手が自分の経済的生活と競技生活をどうやって両立しているか。それなりに認められた選手であればまだしも、まだまだ成長途中の選手は本当に続けていくことそのものが大変だと思う。

ジャンパーの底辺拡大(2005年Yomiuri.onlineより)
などを読むと選手育成の難しさの一端が垣間見えます。
スキー ジャンプをやる子供たちは「ジャンプ少年団」に所属しているのですが団員数が多いとされている札幌ジャンプ少年団でもこんな状況の様子。

「団員が増えない。底辺拡大がないと将来は厳しい」。2月末の団員は24人。1学年あたり3人弱。


競技人口がこんなに少なくて、どうやって強化していけるのでしょうか。
冬季オリンピックのときだけしかメディアの脚光が当たらない競技、ジャンプ。
強いときには「日の丸飛行隊」だとか妙に持ち上げた形容をするけれど、裾野の現実をこの機会にもう少し報道したらどうかと思います。
観客がメダルの期待をしちゃうのは構わない。期待を良いエネルギーに変えられる選手も居るだろうし、何の期待もされていないってのも寂しいもんだし(笑)
だけど、現実の足元を何も見つめずに悔しがるばかりじゃ、選手にも申し訳ない気がする。

メダルが0個だということに対して「たるんでるんだよ」なんてコメントをしちゃう知事が居ましたが、結果に対しての文句なんか誰だって言えるんだよ。
仮にも行政の責任者という立場の人がそんな安易なコメントを出しちゃっていいの?(ってあのヒトはいつも不用意発言が多いヒトですけどね)
リーダー的立場にあるひとは、結果を非難するだけじゃなくて後進育成はどうすればいいのか、サポートできることはないのか、もう少し建設的なことを言って貰いたいもんです。(一市民には応援しか出来ないんですから)







Last updated  2006.02.19 16:14:29
2006.02.07
カテゴリ:時事あれこれ

この下2つの記事を読んで、笑いそうになりました。
っていうか、一瞬目を疑いましたが。

インサイダー取引(毎日新聞Web記事より引用)

 上場会社や子会社の運営や業務、財産に関する重要な事実で、かつ投資判断に影響を及ぼすような未公開情報を知る役員らが株式を売買すること。証券市場の公正性・健全性が損なわれる恐れがあるとして証券取引法で規制され、違反した場合3年以下の懲役または300万円以下の罰金。

インサイダー取引 (livedoorファイナンス 株式用語辞典より引用)
投資判断に影響を及ぼすような企業の未公開の情報を、ある一定の立場にあるために知った者が、その情報に基づいて、その会社の発行する株式等の証券の取引を行うこと。

解説:証券取引法第166条で、「会社関係者は、上場会社等の業務等に関する重要事実を知った場合は、その重要事実が公表された後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等の売買その他の有償の譲渡または譲受をしてはならないとしている。これに違反した場合は、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられる」と定められています。



・・・刑罰の重さがこんなに違うって、何?(爆)

下の記事、引用元は渦中のlivedoor、しかも株式用語辞典での解説とくるから滑稽です。
もちろん、正確なのは上の新聞記事解説。
フツーに検索すれば株の素人だって分かるようなことを堂々と間違っているあたり、ホント信用できない会社体質なんだなあと。
こんな風に自らにはどこまでも甘い会社や経営責任者たちをまだ擁護・応援するひともたまに居るようですが、「インサイダー取引は卑怯でも何でもない正当な行為である」という主義主張をお持ちの人だけが応援すればいいと思いますね。

事実を解明して犯罪は犯罪として裁かれればいいだけの事件ですが、日本の刑はどっちにしろ軽すぎ。犯罪のリスクより儲けのほうが大きいんだもんね。
エンロン事件後に改正された米国の法律のように刑罰を「懲役25年」とかに引き上げないと、結局のところ「やったもん勝ち」だし、こういう事件は無くならない気がします。

でも、よくよく読むとlivedoor経済用語辞典の解説では「証券市場の公正性・健全性が損なわれる恐れがある」という言葉が使われていないんですよね~(これはわざと?笑)







Last updated  2006.02.07 10:04:19
2006.01.29
カテゴリ:時事あれこれ

約1年ちょっと前のこと。livedoorにちょっと意見があり、連絡しようとして困惑したことがある。
理由は連絡先の電話番号がlivedoorのサイト内に見当たらないこと。
どうにもしょうがないので、「じゃあメールで」と思って「ポータルサイト livedoor へのご意見・ご要望 」というところから連絡しようとしてビックリ。
livedoorのIDを持っていないと、そちらのフォームに入れないのだった。
・・・何でいちいちIDを取得しないと連絡すら出来ないわけ?
私はそのとき、livedoorのIDを持っていなかったし、IDを取得する気もなかった。個人的に例の元・社長が好きではなかったので、どんなサービスも利用したくなかったから。
PCのカスタマーセンターに問い合わせをするときにユーザーIDが要るのは納得が出来るけれど、livedoorって世間に大きく開いたポータルサイトだよね?ユーザーIDを求められる理由が分からない。
ごく普通の利用者・閲覧者が、気軽に連絡することも出来ないって変だと思う。

サイトの構成に疑問があり、それについて苦情を言いたくても、あの会社には連絡することが非常に面倒なのだ。
これは今も変わっていない。

Yahoo!にはサイト下に「会社概要」というリンクが貼られているし、livedoorと比較されることの多い楽天のTOP上のほうには「総合案内書」というリンクがあり、両者とも電話番号を見つけることは容易い。

livedoorは社内連絡は全てメールだと報道されているけれど、本来そんな慣習にこちらが合わせる必要などないし、電話連絡というポピュラーな手段を用意していないというのは高慢な印象があった。勿論、会社なのだから電話はあるはずだけれど、問い合わせ窓口の番号を探し出すのが大変というのでは不親切極まりないだろう。(いや、そもそも電話窓口がないのか?)
一般的なユーザーの声を聞く姿勢が欠けているlivedoorの体質が、こういう小さなところにも現れている気がする。
ごく当たり前のことをやらずに、マイルールで突っ走る体質が今回の事件にも繋がっているんじゃないの?
なので、今回ばかりは検察に対して内心で快哉を叫んだ私でした。







Last updated  2006.01.29 17:11:46
2005.07.14
カテゴリ:時事あれこれ

インフォシーク・ニュースを読んでいて「あれ?」と思ったコト。

アル・カーイダ系組織の自爆テロ…ロンドン警視庁長官


ロンドンのテロ事件についての、読売オンラインの記事が元記事。

「アル・カーイダ」と表記することになったのだろうか と本筋とは全然違うところに目が行ってしまいました(汗)

大手3紙を比べてみようと思い 毎日新聞ウェブを覗くと「アルカイダ」と書かれている。
んじゃあ asahi.comは?
あ、「アルカイダ」と表記されていますね。

大手3紙と呼ばれる新聞のうち、「アル・カーイダ」と表記しているのは読売だけらしい。(ほかの新聞社サイトは調べてません)

現地の発音を正確に日本語で表すのが難しい場合って、一般的なカナ表記を統一するんじゃなかったっけ。

どこまで現地発音に倣うかというのは、難しいよね。

そういえば、“アメリカ”の発音に関して
「アメリカというのは間違ってる。“アメーリカ”と言うべきだ!」
と主張して失笑を買っていたヒトが昔居たな。
自分がアメリカに留学していたことを強調したかったのかも。

でもさあ・・・
「そこまでいうならアンタ、トマトのことを“トメイトウ”、オレンジのことを“オーリンジ”って言えば?」 
って突っ込みいれたくなるなあ(性格悪いんで・爆)

この話はともかくとしても(笑)外国語の発音をどうカタカナで表記するかっていうのは日本語の音感センスが問われますね。

英語はまだいい。
北欧系やドイツ系のロック・ミュージシャンの名前なんか特に「何て発音するのだろう」と思うこと多いです。
Jorg Fischer(正しくはoはドイツ語の点々の付いたo)は、ヨルグ・フィッシャー なのかイェルク・フィッシャーなのか とかね。
BURRNではヨルグと表記されていましたが、現地発音的にはイェルク のほうが近かったと記憶しています。
ヨルグ っていうのはスペルを英語読みで読んだ場合の発音なのですよね。
「でもドイツ人の名前を英語的に発音してどうするのさ」と、当時ACCEPT大好きだった若い私は思ったもんです(苦笑)

カタカナではこう書けばいいんだろうか? とか いやカタカナ表記すること自体無理があるんじゃ・・・? とか、こんなBlogの記事でさえあれこれ考えちゃいますので、音楽雑誌の記者さんなどはいつも悩むんでしょうね。
最初に書いた表記で今後も書き続けなくてはいけない という暗黙のプレッシャーみたいなものがありそうです(^^;

正確な発音にすれば、日本語表記に上手くなじむ とも言えないところが難しいですね。
(アル・カイーダってアルカイダより原語に近いのかもしれないけど、ちょっと収まりがワルイと思った)







Last updated  2005.07.15 11:19:15
2005.05.05
テーマ:ニュース(77427)
カテゴリ:時事あれこれ

私の住んでいるところは割と他の市と近くで、車でちょっと走ればA市だったりK市だったりO市だったりする。
市の境も入り組んでいて飛び地が多く、地元の人間でもその境界をはっきり意識していなかったりする。

たまたま知人が、そういう曖昧な認識の場所で交通事故を起こしてしまった。
事故自体は大したことがないけれど、一応警察には通報しなくてはならない。保険の問題もあるから、念のため警察を入れておいたほうがいいんだよね。

自分の市の警察に連絡して、現場検証もし終わり、調書もきちんと取った後、警察官がひとこと。

「あれえ?ここはA市じゃないですか?」

一般人も曖昧な場所は警察官にもすぐわからなかったらしい。

「地図で確認してみます・・・ああ、やっぱり、ここはA市ですよ。」

「うちの管轄じゃないんで、A市警察に連絡して来て貰ってください。じゃ」

あっさりと帰って行ってしまいましたとさ・・・^^;

やれやれ、やっと警察の手続きが終わった と思っていた当事者たちは、呆然と残されたまま、また振り出しに戻ってしまったのだった・・・・。



他人事で、そう大きな事故じゃなかったから、この話にはくすっと笑ってしまうけれど、こういうことって世の中には結構あるんじゃないだろうか?

警察の管轄区域というのは特に問題になるところみたいだ。
グリコ・森永事件では犯人が兵庫県警と大阪府警の連携の悪さを逆手にとっていたし、ドラマの「踊る大捜査線」では川岸のこちらに遺体が上がるか向こうに流されるかで受け持つ事件になるかどうか変わるんだ~とそわそわしていた場面があった。

大きな組織では、管轄の違う職場や仕事にしゃしゃり出てはいけない。
それは有る意味、組織の常識であり、「美徳」の面もあると思う。

JR天王寺車掌区のボウリング大会がニュースになって糾弾されているけれど、彼らにしてみれば「あの事故は違う車掌区の管轄だから」という意識が無意識的に働いたんじゃないのかな と思う。

それは「人間としての常識」ではなく「組織の常識」が上位に来ているんだろう。
人間って、組織に入ると常識感覚が変わってしまうのかもしれない。

JRに対しては勿論呆れてしまう部分もあるけれど、麻痺してしまう「常識」は結局のところいつも自分でチェックしておかないと危険な気がするな・・・。







Last updated  2005.05.06 09:21:28
2005.04.27
カテゴリ:時事あれこれ
万年時計

NHKスペシャル「万年時計の謎に挑む 江戸時代の天才vs現代の技術者」を、先日見ました。

「機械時計の最高傑作「万年時計」。江戸時代の末、一人の職人が作り上げた。この天才に挑もうと、百人の技術者が集まり、謎とされてきた時計の解体復元を始めた。復元までの日々を取材し、江戸時代の天才の頭脳を解き明かしていく。」(番組HPより)

東芝の創業者である田中久重(からくり儀右衛門)が一人で作り上げたこの万年時計「万年自鳴鐘」の大きさは、高さが約60cmで質量が約38kg。
2組ある真ちゅう製のぜんまいを巻くことで1年間動く。
側面には、季節によって変化する和時計やフランス製の懐中時計など、6種類の時計を埋め込んでいて、時刻のほか、月の満ち欠けや二十四節気を知ることができ、カレンダーとしても使える。
天頂部には、季節によって変化する太陽と月の軌道を表すプラネタリウム。
万年自鳴鐘番組はこの伝説の時計を現代の技術者が100人がかりで復元していく過程を映しています。
江戸時代にたった一人で作られたこの時計を復元するに当たって、いま100人必要だったというのが驚きです。
江戸時代に天球儀なんて、どうして時計で正確に作れるのでしょう。

万年時計復活プロジェクト

技術って進化しているはずなのに、昔の技術に叶わない部分があるのですね。
進化と共に大切なものを置き去りにしてきたのかもしれないと思いました。

この時計のオリジナルは国立科学博物館に、現代に甦ったレプリカは「愛・地球博」に展示されているとのこと。

万年時計復活プロジェクト
レプリカを制作した職人さんたちの眼がまるで少年のようだったのが印象的です。

時間って本来、この時計のように美しいものなんじゃないだろうか。
それだからこそ、時計に夢や浪漫を感じるひとが多かったんじゃないだろうか。
そんなことを感じさせてくれる時計です。







Last updated  2005.04.27 23:50:48
2005.04.25
テーマ:ニュース(77427)
カテゴリ:時事あれこれ

病院で出産すると「調乳指導」というものがある。
ミルクの飲ませ方とか、作り方とか まあそういうあれこれを指導されるのだけれど、指導するのは病院の看護婦さんではなく、粉ミルクメーカーの関係者だった。
そこで粉ミルクの試供品とか離乳食のサンプルとかを無料でくれるのだけれど、「アンケート」に住所氏名電話番号を書くよう言われるのだった。
何でミルクをほんのちょっと貰うだけで、そんな個人情報を書く義務があるのか分からず、「書かないといけないんですか?」と訊いてみた。
「書いて頂ければ、これらを差し上げますから」とにこやかに勧める「調乳指導員」に対して、「書かなくてはいけないのなら、これ要りません」と答えたら、「何だか偏屈な奴だな~」という目で見られてしまった。

他の産婦さんたちが実に素直に個人情報をアンケートに記入するのが不思議だった。この当時、殆どのひとは自分の個人情報に対して、結構アバウトだったと思う。

でもミルクの小缶を1~2個貰うのと引き替えに個人情報を提供するのは、割に合わないと思った。
きっとDMや電話勧誘が来るだろうし、その情報を何に使われるか分かったものではない。

これはもう数年前の話。

この4月から個人情報保護法が施行されたが、
いまも「調乳指導」では「アンケート」と称する情報集めがされているのだろうか?







Last updated  2005.04.26 01:08:35
2005.02.12
カテゴリ:時事あれこれ

「彼ら笑う」 石川 逸子

「この子は手足が長すぎる」
子を食う母 
朝に晩にバリバリと子の手足を食う母
血みどろの口と
慈愛の瞳 
「わたしはお前のためを思っている
いつもお前のためを思っている」

子は逃げる
短くなった手と足で子は逃げる
母の沼  どぶどろの臭い放つ沼から逃れようと
もがく

「誰か来て  息子が逃げる
どうかあの子をつかまえて」
髪ふり乱し  わめく母
したたる涙
子は取り巻かれる
おとなしい隣人たちが子を囲み
次第にその輪をちぢめてゆく

「食べられたのはぼくです
流れたのはぼくの血だけなのです」
「悪いのはおまえだ」「お前だ」
「ぼくの手足はぼくのものだ
僕は僕の手足を守らねばならない」
「それでも悪いのはお前だ」「お前だ」

子はひとりぼっち  味方は無い
大勢の手が彼をつかみ
またつなぐ  彼を  その母の足元近く
灰色のきつい鎖に

「ぼくはあなたを憎む」
「わたしはお前を思っている」
「ああいっそぼくはあなたを殺したい」
「わたしはお前を思っている」
うっとりと母はささやく
微笑みながら近付き
子は変わってゆく
朝に晩に手足を食われて子は変わってゆく
もう子は逃げようとはしない
彼は静かに朝焼けをみつめじっと一日の終わりを待つ
「わたしの息子  お前はやっといい子になった」
「彼は死んだのです  母さん」
「まあ  お前ったらふざけて」
上機嫌に笑う母
俯向く子

「ごらん  実にいい風景だ」
「ええ  心あたたまる・・・・・」
遠く語りあう隣人
誰も彼も笑っていた
死んだ  あるいは死にかかった  子の魂はそっちのけに
笑っていた  実に楽しげに笑っていた



「幼い子のいる暮らし」(毛利子来)に収録されている石川逸子さんの詩を初めて読んだときはまだ長女も幼かったので、「血みどろの口」という表現は軽くショックでした。

いま読み返してみると、単なる親子関係だけでなく、根底に流れるテーマはもっと奥深いのではと感じました。
詩では「歪んだ母子像」の形を取ってはいますが、これをイラク戦争の問題に置き換えて考えてみると、「大国」vs「弱小国」との構図にも見えてきます。

当事者である「母」も怖いですが「おとなしい隣人たち」の存在も怖いですねえ。明確な悪意が無いのが余計に怖い。

言葉を徐々に失っていく子の姿がリアルです。
「ものを言わない」ということは本当の意味で納得したわけではなく、従順なふりをした諦めの姿なのですね・・・

石川逸子さんは、イラク攻撃に抗議する作品も発表しています。

だけど、どんな人も ときと場合によっては、この「母」にも「子」にもなるんじゃないかな・・・?
どちらにもなりたくないけど・・・。






Last updated  2005.02.12 13:21:23
2005.01.27
カテゴリ:時事あれこれ

あなたの子どもは あなたの子どもではない
子どもは「生命」の渇望からの子どもである
子どもは あなたを通ってくる
しかし あなたからではない
子どもは あなたと共にある
しかし 子どもは あなたのものではない

あなたは 子どもに愛を与えることが出来る
しかし 考えを与えることは出来ない
子どもは 自分の考えをもっているのだから
あなたは 子どもの体を 動かしてやれる
しかし 子どもの心は 動かせない

子どもは 明日の家に生きている
あなたは それを訪ねることも 見ることもできない
あなたは あなたの子どもを 思い通りにしようとしてはいけない
人生は 後ろに退き 昨日にとどまるものではないのだから

あなたは 弓である
そして あなたの子どもらは 
生きた矢としてあなたの手から放たれる

弓にくあなたの手にこそ 喜びあれ……と

(カーリル・ギブラン Kahlil Gibran)




長女が生まれたときのお祝いに頂いた、毛利子来(もうり・たねき)氏の「赤ちゃんのいる暮らし」という本。
生活実感に合った、エッセイ的な毛利さんの文章は温かく、お世話になることがたくさんありました。
この本のなかには、加藤登紀子さんの「陽気なブルース」や谷川俊太郎さんの「地球へのピクニック」など詩が9作収められています。
そのうちの一つが、レバノン生まれの詩人 カーリル・ギブランの「あなたの子どもは」。

でも正直言って、あかちゃんのうちは思い切り親の手がかかるものですから、こういう詩を読んでもピンと来なかったです^^;

中3の娘が、来週高校入試なので、進路のことを友人と色々話している様子。
数ヶ月前、彼女が美術系高校を受験したいと言いだしたときは、驚きました。
我が家は工芸に関係する生業なのですが、工芸美術方面に進むように奨めたことは一度もなかったから。
っていうか、この分野はそんなにおいしい世界でもないしねえ。

でも「進路」なんていうことばが、子どもの口から出るようになってやっと、カーリル・ギブランの詩を読み返してみたくなる。






Last updated  2005.01.27 17:36:46

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