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PARADISE CITY

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ART and CRAFT

2005.11.05
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カテゴリ:ART and CRAFT

たしかにそのときの私たちは、無償のスペクタクルに全力をかけていた。無償のエネルギーといってもいいだろう。自分たちの芸術の集団(グループ)を作ることも、まるで作品を作ることのように思っていた。集団のエネルギーも、ほとんど作品のエネルギーと同一視していたのだ。

赤瀬川原平「いまやアクションあるのみ!〈読売アンデパンダン〉という現象」



<ハロウィーン>仮装450人が3両占拠 JR大阪環状線(Exiciteニュース)

この記事を目にしたとき、ふっと頭をよぎったのは60年代のネオ・ダダがやっていた「ハプニング」だった。
顔中に洗濯バサミをはさんで新橋を歩き回ったり、銀座の道路をひたすら雑巾がけしたり・・・

「首都圏清掃整理促進運動」

ハイレッド・センター「首都圏清掃整理促進運動」1964年
(手前から川仁宏、高松次郎、谷川晃一、和泉達、赤瀬川原平、中西夏之)
(c) M. HIRATA



ハロウィンの仮装で起きた電車占拠騒ぎとこれらのハプニングは表面的には似ていないように思えるのに、どうして連想したのだろうか。
それは中原佑介氏の「醒めた意識と、社会の酔わせようという意識は、潜在的に衝突する可能性をひめている。」(『美術手帳』第287号 1967年 美術出版社)という「模型千円札事件」についての論考に、ある部分近い気がする。
人々の「常識」を混沌に引きずり込むという点で、ハプニングとハロウィンのこの騒動は近いものがある。

だが、日本でのハロウィンの騒ぎはどこまで行ってもただのおふざけであって、ハプニングと同列の芸術活動にはなりえない。
それは「無償のスペクタクルに全力をかけていた」という60年代のネオ・ダダグループと真剣度や熱情の傾け方が大きく違うからだと思う。
ハロウィンで仮装する人々は意識のどこかで「ハロウィンだから」という甘えがあるように見える。しかし文化的にも慣習的にも、ましてや宗教的にも根付いていない行事を口実に仮装して騒ぐのは余りにもおめでたいでしょう。(※でも通常のキリスト教教会ではハロウィンを行事として扱いません)

「何かがドアをノックする」 ハロウィン in Japanの惨劇。 (きょうのわたくし

ハロウィン恐いよぉー、恐いよぉー!! (yesterday_today

コスプレに専念した方がよさゲな気も Untitled-Blog

↑こちらではハロウィンについて興味深いエントリが書かれております。

↓うちの「ハプニング」に関する関連記事
東京ミキサー計画―ハイレッド・センター直接行動の記録

行動を起こすまでの試行錯誤と「最後の自己破壊に至る直接性のダイナミズム」は、彼らネオダダにはあってもハロウィンで騒ぐ人々には無いものだ。
そもそもパフォーマンス・アートは儚い。特に60年代ネオダダのナンセンスなハプニングにはそこはかとなく無常観が漂う気がする。
同じように混沌を基にしてはいても、決して混じり合わない世界観だろう。

それにしても、そもそもどこの誰が西洋版「お盆」であるハロウィンを日本で定着させようとしたんだろう。商業的意図があったんだろうなとは容易に想像できるけど、痛々しいイベントがエスカレートしていくのはマジでやめて欲しい。







Last updated  2005.11.05 16:08:50


2005.03.02
カテゴリ:ART and CRAFT

昨日は、東京都美術館にミュシャ展を観に行ってきました。
大きな展覧会の醍醐味は「代表的な作品は勿論のこと、隠れた名作に出会える」ことだと思います。
今回も日本初公開の作品が多く展示されていました。

制作年代順に展示された作品を追っていって感じたのは・・・ミュシャは意外に自分を表現することが不器用な人だったのかも ということでした。

「ベル・エポック(美しき時代)」を代表する華やかな作品を描く傍らで、公開していないスケッチには重い内省的な作品があり、意外な感じがしました。
パリ~アメリカ時代のポスターやパッケージデザインの作品は どれを見ても美しく「ミュシャ様式」100%なのですが、個人的なスケッチではそれとは全く違う雰囲気のものがあるんですよね。

パリやアメリカの社交界でも有名になったミュシャが、華やかな世界を振り切るように故郷のチェコに戻り、「スラブ叙事詩」を約15年もかけて制作したのは、やっと辿りついた自分のルーツとの対峙だったような気がします。

燃えるろうそくと女
燃えるろうそくと女 
WOMAN WITH A BURNING CANDLE


今回とても印象的だったのはこの「燃えるろうそくと女」(現チェコ共和国による国宝扱いだそうです)
チェコという国は歴史的にいうと紛争に巻き込まれやすい国で、民族的な受難の歴史があるのですね。
平穏な社会がいつ戦火に巻き込まれるのかという不安感を表しているようです。
この作品が描かれたのは1933年。ナチスドイツのヒトラー政権が誕生した年でもあります。

ボヘミアの唄
ボヘミアの唄
Song of Bohemia
 

平和な時間を慈しむかのような「ボヘミアの唄」も素敵です。

ミュシャの漠然とした不安は的中し、1939年、ナチのプラハ侵攻が現実となります。
そのときにミュシャは逮捕されてしまったのだと場内の解説ビデオで初めて知りました。すぐに解放されたものの、それが原因で体調を害したミュシャは同年、その生涯を終えます。
人間は、祖国や時代と遠く離れては生きていけないんだな と改めて思わされました。

ミュシャのポスター作品については過去日記のこちらをどうぞ^^

それにしても、都美術館を訪れたのは数年ぶりで、とっても楽しかったです。
素敵な時間をご一緒してくれたmichieさん ありがとう~^^♪
また遊んでくださいね~☆★






Last updated  2005.03.03 09:07:15
2005.02.01
カテゴリ:ART and CRAFT

ジスモンダ先日、春日通りを歩いていたら「ミュシャ展」という広告があちこちに。

よく見ると、上野の東京都美術館で開催中とのこと。
うわあ 観たい~~~!と思いましたが、そのときは時間的に難しく立ち寄れませんでした(T_T)

アルフォンス・ミュシャと言えば アール・ヌーヴォーの代表的アーティスト。
都美術館で観られるなんて嬉しいです。

フランスの大女優 サラ・ベルナールをモデルに描いたポスター「ジスモンダ」(左)で一躍売れっ子ポスター作家になってしまったミュシャは、しかし内心「画家」として生きていきたかったひとなのですね。

ポスターの「イラストレーター」。パッケージなどの「デザイナー」扱いが不本意だった様です。

夢は「画家」であったのに、「商業デザイナー」として認められてしまった彼には内心ジレンマがあったのでしょう。
50歳を越えて祖国のチェコに戻り、大作を制作します。
その「スラヴ叙事詩」の習作が今回の展覧会で観られるそうで、日本では初公開の作品もあるようです。

エメラルド3月27日まで開催中なので 折りを観て出かけようと思います♪

こちらは「宝石」4部作のひとつ「エメラルド」。
エメラルドはいつも妖艶ですね^^








Last updated  2005.02.03 00:13:58
2004.10.22
カテゴリ:ART and CRAFT

さいたまスーパーアリーナ内のジョン・レノン・ミュージアムに行ってきました☆
ずっと前から行きたかったんですが、さいたま新都心って用事が無くて足が向かない場所なんですよね・・・ここは基本的に官庁街だし。

michieさんも行ったことがないと言うので、ご一緒させてもらいました♪

まず中に入るとすぐ ミニシアターに案内され、ジョンの略歴ムービーを観ます。
でも、ちょっと短編過ぎでは。
「もう少し長くても良いのに」
と2人で言いながら、ミュージアムの順路に従って移動。

ミュージアムはジョンのヒストリーに沿って、色々展示されています。

JOHN LENNON MUSEUM


こんな感じ・・・。

ジョンのヒストリーは大体知っていることが多いのですが、ヨーコの作品が常設展示されているのは、日本では珍しいかもしれません。

信頼して駒を進めよ
信頼して駒を進めよ 1966/1991年
撮影:木奥恵三 ©YOKO ONO


「信頼して駒を進めよ」の「白のチェス・セット」とか、「釘を打つための絵」とか 本物を観られるのは嬉しい。
やっぱり「YES YOKO ONO展」行けば良かった・・・(T_T)

Bed In
BED-IN FOR PEACE 1969
Yoko Ono and John Lennon
©YOKO ONO


「・・・だから、僕たちがベッドの中や袋の中でやっていたことに対するポップ関係の真面目な評論家の発言はすごく見当違いだった。少なくとも僕たちが平和について、大きな変化が起きるまでのあいだだけでも、何かをなし続ける義務感というかそういう守るべき立場というのは、ガンディー以来の伝統に沿ったもので、そこにただユーモアが加わっているんだよ」
ジョン・レノン「ジョン・レノン ラスト・インタビュー」より


ジョンはヨーコの作品に対する 一番の理解者だったのだ とこうした言葉からよく解ります。
彼らの「平和運動」というのは一貫した「概念芸術(コンセプチュアル・アート)」だったのでは。
「LOVE and PEACE」というのは取り組むに充分刺激的でストレートな「テーマ」だったのでしょう。
思想を反映させたフルクサスのなかで、これほど世間に強く訴えかけた作品は類が無いのですから、それだけでも美術史に残る「行為芸術」なんですね。
ジョン・レノンの妻 というファクターが大きすぎて、ヨーコは正当な評価をされにくいけれど、アーティストとしてジョンを色々な意味でインスパイアしたひとだと思った方が興味深いように思えます。






Last updated  2004.10.24 09:23:01
2004.09.02

カテゴリ:ART and CRAFT

長女が美術系の高校を受験するというので、家でもデッサンをしたり色面構成をするようになった。
懐かしいなあ わたしも美術系の「受験勉強」やったっけ  などと思いながら、彼女のデッサンのアドバイスをしている。

それで思い出したのが

「習い事は枠に入って枠より出でよ」
という彫刻家の佐藤忠良さんの言葉。
彼がインタビューで話していたこの言葉 は知って以来、座右の銘です。
何というか 学生のときには理解できなかったことで、情けない限りですけれど。

「デッサンでも、こういう構図で、こうやって、こう鉛筆を持って、というのはひとつの枠ですよ。
だから、彫刻でも『好きなようにやればいい』 『個性が出るよ』なんていう人もいるけど、本当の個性というものはね、エキセントリックなものを 個性だと思ったら大間違いですよ。」

ああ 耳が痛い。

そういう佐藤先生に教わりたくて、東京造形大学の彫刻科に進んだ友人が居る。
やはりお話の通り基礎基本をとても大切にする方で、友人もまず朝の工房掃除から真面目に取り組む学生生活だった。結婚してイギリスに行ってしまったけれど、いまも元気にしているだろうか・・・。

「小学校の美術教育が変わってしまった」
と 佐藤氏は数年前、「母の友」(福音館書店刊)のインタビューで嘆かれていた。
自由な発想でものを作る というと聞こえは良いけれど、基礎が無くてどうして思い通りの造形が出来ようか というのだ。

実際、小学校では以前より絵を描かせなくなった。写生やデッサンをしない。
これは文部省の方針変更によるもので、図工の教科書は昔とは大違いだ。「発想」ばかりが強調され、地道な作業が軽視されている。
学校によって差はあるだろうけれど、うちから通学している小学校での図工作品は全て「発想重視型」。
基礎がないから、学年が上がっても成長がない「お絵かき」や「廃材利用工作」ばかりが 夏休み明けの作品展で並ぶことになる・・・造形の楽しみや自分の技術の成長を実感できないよ これじゃ。
指導者不在な子ども達の環境が気の毒になる。

たまに発想重視な作品を作らせることは構わないと思うのだが、そういう課題ばかりというのがおかしいと思う。
教える側が図工指導を面倒がって逃げているようにしか見えない。

国語の教科書にも使用されている「おおきなかぶ」の挿絵は佐藤氏の手によるもの。

氏は公の場でも 幼児や学童の美術教育に意見している。
アーティストの進言をもっと生かして、美術教育に反映させてくれないものだろうか。







Last updated  2005.01.28 08:05:58

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