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ラスタ・パスタのレレ日記

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2014年02月09日
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みなさん、ごぶさたしています。パスタです。

あいかわらず、音楽好きで、ウクレレ弾いて、仕事ではアジアの新興国に出張しています。

ウクレレってこんなに小さくて可愛いのに、いろいろな音楽が弾けるんだ、ということを伝えたくて。ジャズ演奏の動画コンテストに参加しています。

セロニアス・モンクの「Round Midnight」をウクレレ演奏した動画です。
おかげさまで、現在181組のエントリーの中で4位の得票を獲得しています。ウクレレのいうマイナーな楽器でここに位置しているのは奇跡的なことです。(サックス、ピアノ、ギターなどの中で)

ところが、2月の中旬まで投票が行われていると思うのですが、ひたひたと5位のジャズギターが迫ってきています。最後まで4位に踏みとどまれないかと思って、頑張っております。ウクレレ代表として孤軍奮闘しています。

もしこのブログを読んでいただいた方の中で、共感できる、応援してもいい、という方がいらしたら

ぜひ協力していただけないでしょうか。
http://socialjazzsession.com/listen/22

このリンク先のこの私の演奏動画、どうも毎日1回は同じ人に投票できるようです。
そこで、申し訳ないのですが、パソコンでネットを見るときに、ついでに、私の動画に1票入れていただけないでしょうか? facebookかTwitterのアカウントがあれば簡単に投票できます。投票した人にもなにかプレゼントが当たるようです。

また、可能であれば、どなたか音楽好きのお仲間にも投票をお願いできないでしょうか?

唐突で身勝手なお願いですが、なにとぞよろしくお願いします。m(_ _)m ご協力、ぜひお願いいたします。m(_ _)m






最終更新日  2014年02月09日 12時06分02秒
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2011年06月19日
3.11に東日本大震災があってから、いろいろなことがあった。

日記に書こうと思いながら何も書けずにいた。機会があったらブログに書こう。

さて、またまたインド出張だ。
昨年もこの時期に出張していたなあ。ちょうど5日違いだ。

昨年は、ムンバイとチェンナイ。
今年は、ムンバイとデリー。

ムンバイはこの時期ちょうど雨季。昨年買った、水を通さないトレッキング・シューズ風スニーカー、今年も持ってきた。

デリーは、気温40度の暑さらしい。

すこし、気がめげる。食事も美味しいのだが、毎回、お腹をやられる。昨年は、お腹を下すのではなく、ガスがたまってとてもつらかった。

後日、日本に住んでいるインド人に聞いたら、インド料理の中には、発酵成分があっておなかにガスがたまりやすいものがあるそうだ。自分もよく、おばあさんにガスを出やすくさせる薬をもらったそうだ。

その薬の名前を教えてくれと聞いたが、伝統的な生薬のようなものなので、お店で簡単に買えるものではないという。

まあ、今回は適度にお腹を休めながらいこう。

というわけで、今、成田空港にいる。ついた瞬間、ずいぶん様子が違っている。

2月にインドネシアとベトナムに行くときに来たのだが、何かが違う。

理由のひとつは、JALのマークが鶴のマークに変わっていたことだ。
これで、チェックイン・カウンターのすべてのマークが変わっていたので、ぱっと目に風景がまったく違っていた。

次に、たぶん震災後だと思うが、節電のためにあちこち照明が落とされている。
使わないカウンターが少しあって、電気が消えている。

これは節電のためなのか?

羽田空港の国際化でいくつかの便がなくなったのかもしれない。
それと、羽田への対抗上、お店をリノベーションしているところがあちこちある。

そんなすべてが、空港の印象を変えたのだろう。

さあ、もう出発だ。いかなくては。。

パスタ






最終更新日  2011年06月19日 11時55分37秒
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2011年02月06日
明日から、ジャカルタだ。

今、経済成長著しい人口世界4位の国。インドネシア。

1998年の大暴動の時の様子を、同じイスラム国のマレーシアで聞いた。
凄惨な写真も見せられた。

あれから12年、今の大統領になってから政治が安定し、
新中間層が厚みを増し、いよいよ大きく成長していくようだ。

インドネシアには、昔、こんなに経済成長するとは思いもしなかった頃、
いろんな思い入れがあったが、今は、別の形でその姿を見ることになる。

といっても3-4年ぶりなのだが、それでも大きく姿を変えているらしい。

楽しみだ。

そのあとベトナムへ行く。ベトナムは2年ぶりだ。
この2年でも、また大きく変わっているというからどちらの国もすごい。

1992年依頼、まったく動きのとまてしまった日本とは大違いだ。
さて、どのような状況が待っているのか。

パスタ、ジャカルタへ行く♪






最終更新日  2011年02月06日 21時14分22秒
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2010年12月31日
2010年もあとわずか、今年は日記を全然更新できませんでした。
2011年はどんな年になるかな。

みなさんにとって、音楽に満ち溢れた、よいとしになるといいですね♪

数日遅れのプレゼント
「ホワイト・クリスマス」のウクレレ演奏

Merry Christmas and a Happy New Year
聖誕快楽,新年快楽・恭喜発財

Feliz Natal!(メリークリスマス)
Feliz Ano Novo!(新年おめでとう)
オランダ語

Buon Natale
Felice Anno Nuovo
ポルトガル語

Frohe Weihnachten!
"Frohes neues Jahr!
ドイツ語

Selamat Natal!
Selamat tahun baru!
インドネシア語

Feliz Navidad!
フィンランド

Hauskaa Joulua.

Maligayang Pasko
Manigong Bagong Taon
フィリピン

Tahniah tahun baru.
Selamat Natal.
マレーシア語

メリー・クリスマス♪
新年おめでとう!







最終更新日  2010年12月31日 13時58分03秒
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2010年12月10日
テーマ:韓国!(14207)
数日前、突然ソウルの出張が決まった。

正直言うと、ちょっと気が進まなかった。
ひとつは、金曜日の夜、ウクレレの演奏会の予定が入っていて、曲も練習していたから。
お店のマスターにはドタキャンして迷惑かけちゃったなぁ。

でも、もっと気が重かったのは、北朝鮮と韓国の関係が緊張しているから。
米軍と韓国軍の合同演習のあと、今は日本の自衛隊と米軍の合同演習に韓国軍の幹部がオブザーバーで参加している。

合同演習が終わるのは12月10日。

米軍の航空母艦が近くにいるときは、北朝鮮は多分てを出さないだろうとは思う。
もし、北朝鮮がミサイルでも撃ち込めば、米軍が空爆を開始し、30時間(3日の勘違いか)で、ピョンアンを制圧、30万人の死者が出る、といわれているから。

でも、米軍の航空母艦が近海から引き揚げた後に、北朝鮮が、負け犬の遠吠えじゃないけど、
海にミサイルを1~2発撃ちこむかもしれないのは十分に考えられる。

それって、ちょうど出張中の期間じゃないか。

でも、急にビジネスのアポが取れて、週末なら会えると言ってきた。
12月の後半は、アメリカに行ってしまうので、次に会えるのは1月27日以降だという。
それでは遅すぎる。

ということで、金曜日の夜便で急きょ、羽田からソウルに飛んできた。

羽田の新国際空港は、快適。ユニバーサル・デザインで設計されているので、空港内に大きな段差もなく、モノレールの駅からすぐにターミナルへ、そしてチェックイン・カウンターにいける。

夕方オフィスを飛び出て、あわてて来たので、新しいターミナルの中を見る時間は全くなかったが、JALのラウンジは快適。成田のラウンジよりもいいかも。

パソコンをあけなくてもスマートフォンでメールはチェックできるし、シャンパンやワインは置いてあるし。ちょっとした食事もできる。
シャンペンは飲んだけど、食事はしなかったけど。

ソウルの金浦空港は、日本人観光客のために日本語表示があちこちにある。

前、出張で来たときは街中もどこもかしこもハングル文字だけで、読めないし発音できないので苦労したことがあるが、韓流ファンの日本の女性たちのおけげだとおもう。

日本語があちこちに書いてあり、日本語しか話せない観光客でも迷うことなく空港を利用できるようになっていた。

しかし、ひとつだけ違うものがあった。

空港内での写真撮影は、一切禁止されていた。

やっぱり北朝鮮との緊張関係が続いているからか。空港内に爆弾でも仕掛けられたら大変だということか。

ここでもしあえて写真をとったら北朝鮮のスパイとして拘束されてしまうかもしれない。
やっぱり、平穏に見えても、朝鮮戦争は休戦しているだけで、終わってはいないのだな、と思う。

明日からの仕事で街がどう変化しているか見るのが楽しみだ。

パスタ@ソウル






最終更新日  2010年12月11日 01時07分50秒
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2010年12月09日
カテゴリ:音楽:ライブ
12月8日は昨日日記に書いたように、ジョンレノンの命日なのだが、実は、ボサ・ノヴァの創始者のひとり、アントニオ・カルロス・ジョビンの命日でもあった。
不思議な偶然だけど。
1927年年生まれで1994年の12月8日に亡くなった。67歳だった。

ジョンほど短命ではなかったけれども、決して長生きというわけでもなかった。

そういえば、少し前にリオ・デ・ジャネイロで、ボサ・ノヴァの黎明期の話を描いたドキュメンタリー映画をみたなぁ。ジョアン・ジルベルトやその他の関係者へのインタビューなどで、どうやってボサ・ノヴァが誕生したか描いた映画だ。

そういえば、ウクレレのオータさんが、リオ・デ・ジャネイロにライブ・ツアーに行った時、アントニオ・カルロス・ジョビンのライブが自分の演奏する場所のすぐ近くであって、毎日ジョビンのライブをみに通った、というエピソードを聞いたことがある。

オオタさんのウクレレのボサノヴァ演奏、これも実に心地いいんですよね。

ボサノヴァって、聴いていると心地よい音楽だが、実はリズムのパターンが50種類くらいあるのだそうだ。だから、実はボサノヴァをちゃんと演奏するのは難しい。

そんなわけで、僕も、アントニオ・カルロス・ジョビンのイパネマの娘をウクレレで演奏して、偉大な音楽を生んだ彼に捧げたいと思う。

アントニオ・カルロス・ジョビンの「イパネマの娘」のウクレレ演奏

ポルトガル語が言語のブラジルで生まれた音楽を、ポルトガルからハワイに渡って変化したウクレレという楽器で演奏する。不思議な縁がそこにある。

音楽って素晴らしいなと思う。






最終更新日  2010年12月15日 17時30分56秒
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2010年12月08日
カテゴリ:音楽:ライブ
今年は、ジョン・レノンに関係する数字が70、50、40、30、10の年だ。

すなわち、
ジョン・レノン 生誕70周年
没後30年
当時40歳
ビートルズ結成50周年(当時はスチュワート・サトクリフがメンバーにいた)

そして、オノ・ヨーコが始めた
<ジョン・レノン スーパー・ライヴ>が第10回目

ということだ。
今年も12月8日がやってきた。ジョンがNYダコタ・ハウスで凶弾に倒れた日だ。

ちょうど今頃、武道館でのジョン・レノン・スーパーライブが盛り上がっている頃だろうか。

毎年、それとは別に都内の小さな某場所では、毎年、ジョン・レノン追悼コンサートをやっている。ジョン・レノンかビートルズの曲しか演奏してはいけない、という集まりだ。

ぼくも何回か参加させてもらったことがある。
今年は、久しぶりに参加させてもらおうとしたが、すでに出演者・お客さんの予約で満杯だという。それに以前にも増して、出演者が1年間、ずっと練習してきてのライブだという。

バンドでの参加者、ギターでの弾き語り、ウクレレ演奏、きっといろんな人が参加しているんだろうなぁ。

いつもの通りなら、最後に「 Happy Xmas (War Is Over)」と「Imagine」を
全員で合唱しているはずだ。

参加できなくて残念だが、いつもジョンが心の中にいるので、参加できなくてもいいのかもしれない。

ぼくもウクレレ演奏で、ジョン・レノンを追悼しよう。
ジョン・レノンの「ジェラス・ガイ」のウクレレ演奏

ジョン・レノンは平和を願い、国境や人種や宗教やあらゆる違いを超越した理想的な世界を思い、メッセージを発信してきたが、

一方で、自分がいかに非力で弱い存在であるかということを誠実に認識していたと思う。

だからジョンはとっても人間くさいのだ。

40歳になって活動を再開するまでのあいだ、ショーンの子育てに専念するハウス・ハズバンドであったジョンは、オノ・ヨーコとショーンと何度もお忍びで軽井沢を訪れたという。

そして、ジョンが残した一筆書きのような、シンプルでしかししっかりとメッセージをあるイラストたち。

そこには、ローマ字で「wabi sabi」などの日本語が書かれていた。
ヨーコによく「わびとさびはどう違うのか?」と質問していたらしい。

ジョン・レノンはとても日本文化に興味を持ち、そこに何かを見出していたのかもしれない。

そんなジョンが、もし生きていれば、ジョンによって咀嚼された日本文化がどういう形で表現されていただろう。そう思うととても興味深い。

そして、もし彼が今、生きていたならば、ジョンが駆け抜けた1960年代~1970年代と全く同じ問題、

「戦争やテロや民族紛争や恫喝外交や核実験など」
いやむしろもっと悪化して複雑になってしまった2010年をどう思い、どういうメッセージを発信していただろうか。

ジョンのメッセージは永遠に忘れない。







最終更新日  2010年12月15日 17時30分28秒
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2010年10月22日
みんさんこんにちわ。ご無沙汰しています。パスタです。

すご~く長い間、日記を更新できませんでした。何人かのかたから「日記を更新して」というメッセージをいただきました。気にかけてくれて、ありがとうございます。

仕事が忙しかったのと、ブログを書くエネルギーがなかなかでなかったので。
気軽な、ツイッターばかりやっていました。

ウクレレは、ぼちぼち継続しています。すっかり秋も深まって人肌恋しい季節になってきましたね。

それで、エルヴィス・コステロの「SHE」をウクレレで演奏してみました。
elvis costello の「SHE」ウクレレ演奏

ツイッターでYouTubeにアップしたことを知らせると、
映画「Notting Hill」の主題歌なので、イギリス人やいろいろのひとから反応がありました。

「私の今のすさんだ心を癒してくれた」というコメントもYoutubeによせられました。

よかったら聴いてみてください。

elvis costello の「SHE」ウクレレ演奏

パスタ






最終更新日  2010年12月15日 17時30分01秒
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2010年06月16日
インドに出張に来てから毎日、朝朝、ホテルを出て仕事に出かけると、ホテルに戻ってくるのは夜遅く。なかなか、ホテルでゆっくりくつろいだり、ウクレレを弾く時間がない。

ワールドカップの様子も、BBCワールドニュースなどで、日本が初戦、カメルーンに初戦1-0で勝ったといって、本田のゴールシーンは何度も映像で見たが、ニュースの扱いは、本田のゴールシーンばかりで、映像ではだれがゴール前に右サイドからボールをパスしたのかもわからない。

あとで、日本のネットニュースで松井がパスを出したのはわかったが、中村俊輔が出たのかと
か、試合全体がどうだったのかは、まったく伝わってこない。

一方、オランダ対デンマークの試合はもう少し長く扱われ、オランダの1点目は、デンマーク
のバックが、中途半端にクリアしたボールが見方の選手の背中にあたってオウンゴールになっ
てしまったシーンなど、ニュースの中でスローで再生されたりしてより詳しく報じられている



日本の試合の扱いなんてこんなものなんだろうと思う。ゴールシーンは何回もうつしだされて

、「Honada----Goal!」という実況アナの声だけが聞こえる。

だから、ゴールを決めた本田の姿と名前は世界にとどろいたが、他の選手や試合模様はだれに
も届かないのだろう。やっぱり得点を決める、ということがとても大事なことだと思った。


ところが日本とムンバイは時差が3.5時間なので、インド時間の夜12時ごろにホテルに戻ると
ESPN(ユーロスポーツチャネル)で意外な試合を見ることもできる。昨夜のブラジル対北朝鮮戦は、Liveリアルタイムですべてのゴールシーンを見ることができた。

さて、ムンバイでは食事、体調管理に気をつけていて今のところ体調は崩していない。
インド料理も、一緒に行動しているインド人のひとりがベジタリアンなので、今まであんまり

食べたことがないインド料理を食べる機会が多い。

昨日の昼食には、彼の出身地のグジャラティというところの料理で、大きな銀色のプレートに
小さな丸いお皿がいっぱいあって、すきな食材(カレー)をたくさん入れて、ナンやライスと
一緒に食べる。

野菜のカレーといっても食材も味も多彩で、豆やオクラのカレーやほれん草のカレーもある。
トマトのカレーもあれば、何だかわからないがとてもおいしいもののある。中には、ちょっと

香辛料がいろいろ入りすぎて辛いものもあるが、一つ一つが小皿なので、そういうものはそれ
以上口をつけないで、気に入ったものだけ、どんどん小皿におかわりを入れてもらえばいい。
また、今の季節、マンゴを使ったカレーもあれば、日本で言うはし休めみたいに、辛くなった
口の中を、マンゴのスイーツの甘さで中和して、またカレーを食べることもできる。

ベジタリアンと聞くと、食べられるものがすごく限られてしまうイメージが強かったが、こん
なにたくさんの食材を、こんなに多彩な味で食べられるとは思わなかった。なかなか食文化の
奥が深い。

しかし、だからと言って油断は禁物。水などにあたっておなかをこわさなくても、毎日インド
料理を食べていると、やっぱり香辛料の強さと使っているあぶらの多さで、おなかがどんどん
疲弊していくのが経験上わかっているので、食べすぎは禁物。いつもインド料理はちょっと少
なめにして食べ終わることにしている。

さて、雨期に入ったムンバイだが、さっそくその被害をこうむってしまった。
インドに来る前にインド人からムンバイは雨期に入ったと聞いていたので、道路がぬかるんだ
りするので、レインブーツかなにかを持ってこようと思っていたが、準備できるのは出発の前
の日しかなかった。

ネットでレインブーツを探しても、女性のものはいろいろオシャレでデザインがいいものがい
っぱいあるが、男性用はいわゆる長靴そのものなので、ちょっとこれは買ってインドに持って
いけないな、とおもった。そこで思いついたのが防水スニーカー。ネットで調べると、まあそれなりのものがありそうなので、出発の前日書類の準備などで忙しい中を、防水スニーカーを探しに行った。

ネットで検索してお店を探すのも、時間の無駄なので、クルマに乗ってカーナビで「ABC  Mart」と入力し、一番近い店を検索。そのままクルマで直行した。

行ってみると、たしかに防水のクツはあるにはあるのだが、ほとんどがトレッキングシューズ
でごついものばかりで、今回の出張以外ではトレッキング意外に使いみちがありそうもない。
そこで、今度はアディダスの売り場に行ってみると、完全防水のスニーカーはひとつあったが
、ちょっとおじさんぽいウォーキング・シューズで、しかもサイズは大きすぎるものしか残っ
ていない。あとの防水スニーカーといわれるものは、水をはじくとか多少ぬれても大丈夫、と
いうものばかりで、完全防水とはいえなく、水がクツの中に入ってきてしまう可能性があると
いう。

なぜ、完全防水に僕がこだわったかと言うと、インドでは路上生活者はすべての生活を路上で
している。すなわち排泄や洗濯などすべてだ。
それで雨期で道路に水があるれると、そうした排泄物や、僕らが抗体を持っていない菌などが
すべて流れてきてしま、たとえば足に小さな傷口があったりすると、そこから菌が入ってしま
う可能性kがあるからだ。

そんななかで、ABC Martでやっとみつけたのはゴアテックス素材で、トレッキングにも普段
も使えるまあまあのデザインのシューズ。ゴアテックス素材なので、お値段は多少張るが、ク
ツのどこからも水が入らない、水を通さないけど、自分の足がむれないというすぐれもの。こ
れを早々にかってインドに持参してきた。

ムンバイでは中心街のメイン道路でもその脇、歩道よこなどはすぐに土があり、路地を入れば
ほぼ確実に雨が降ればすぐにぬかるみになる場所がいっぱいある。初日から午後小雨になり、
さっそくゴアテックスの防水クツが大活躍するのだが、それでもやはり僕は甘かった。

夕方からは土砂降りになり、いったん大きなショッピングモールに避難して、いろいろなお店
をみながら時間をつぶした。しかし、巨大なショッピングモールの屋根にたtきつけるように
雨が降り、建物の中にいるとは思えないゴーという大きな音が鳴り続ける。

カフェに入って外を見ると、なんとすでに道路は川と化していて、バスやクルマのタイヤが半
分水没している。それでも地元の人たちの中には、足のくるぶしより上、膝よりは下の水の中
を歩いて行く人もいる。

日本なら台風や集中豪雨が来て、はじめてそんな状態になることもありが、これがムンバイの雨期の普通の状況だという。

しかも、仕事から帰宅するクルマの渋滞時間がかさなり、外は大変なことになっている。
結局、かなり時間をモールでつぶしてから、クルマでホテルに帰ったが、近距離で普段なら15
分のところ1時間半かけてホテルに戻った。

インド人のビジネス相手のひとは自分のクルマで反対方向に帰って行ったが、なんと帰宅する
のに3時間かかったそうだ。

完全防水のゴアテックスのクツだあっても、どうにも対処のしようがない、ムンバイの雨期の
現実にやられてしまった。







最終更新日  2010年06月28日 20時13分42秒
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2010年06月15日
ムンバイに着いてホテルにチェックインした時は、真っ暗で気がつかなかったが、朝起きてみると、そのホテルはスラム街の真ん中に建っていた。

カーテンを開けて窓から下をみると、そこはみわたすかぎりのバラック小屋やトタン屋根がは広がったスラム街だった。多分、あの中に歩いて入っていったら、二度と出てこれないか、そうでなくても大変な目に会うと思う。

まるで、アカデミー賞をとった映画の「スラムドック$ミリオネアー」のような世界かもしれない。

そして、その向こう側にはビルがあり、その先はもう海だ。海岸に打ち寄せる波も見える。
このホテルは最近、できたらしいので、経済成長するムンバイの街が外に外に拡張し再開発する途中にあり、もしかしたらあのスラム街に住む人たちも、いつかは追い出されて、この眼下に広がるスラムもいつかはビル街になっているのかもしれない。

でも、じゃあその時は、ここに住む人たちはどこにいくのだろうか。

中国のような強権は発動しないだろうから強制排除はせずに徐々に彼らの生活が改善するようにやってほしいものだが。

このホテル、バスタブに浸かったままで、外の景色が観られるのだが、ちょっとバスタブからスラム街を見下ろしたくないなあ、と思った。なんか、そんなことするのは悪趣味な気がする。ただ、これが天と地ほどの格差があるインドの社会の現実なんだろうけれども。

ムンバイは雨期に入っていると聞いていたが、空模様は今にも雨が降りそうでやだなぁ、と思いながらもクルマにのって取引先のオフィスに向かった。

ひさしぶりのムンバイの道。さすがにもう牛は歩いていなかったし、走っているクルマの量が桁違いに増えているし、日本車や韓国車も走っている。

でも、やっぱり道路の両脇には、そこに生活する路上生活者たちがいっぱいいたし、屋根も何もなく、路上で寝ているやせ細った人たちの姿はあいかわらずそこにあった。ぼろぼろの服というか布をまいて、ほとんど裸に近いひともいて路上に寝ていてる人たちがこんなにいるのを観るのは、久しぶりだった。

はじめて尋ねる取引先のオフィス。オフィスといってもぼろぼろのビル。むっとする暑さに、階段に群がる何をしているかわからない人たち。
でも、ビルのセキュリティは厳しく、一階のセキュリティがいるだけではなく、オフィスに入るにも、オフィスを出る時も、社員のICカードで電子ロックで開けないといけない。
入る時に必要なのはわかるが、出るときにも必要なのははぜか。

会議をしたコンファレンス・ルームから別の部屋に移動するときも、荷物や資料を残していったら、セキュリティのおじさんが、その部屋に今度は電子ロックではなく、鍵をした。

これって、何を盗むか分からないので社員を信用していないということか?

オフィスでの会議が終わり、ショッピング・モールへ一緒に食事に行った。

ショッピングモール自体は、いまやアジアの大都市ならどこでも相当豪華なものができているが、ムンバイの場合、周辺に貧しい人たちいるなかに突然高級なショッピングモールが現れるところが違う。

さっきまで、ようやく目が慣れた貧しい人たちのいる場所と、中に入った時のショッピングモールの豪華さ、このギャップがショックでさえある。日本のショッピングモールよりよっぽど高級で、世界の高級ブランドがそろっているが、そこを歩くのはこぎれいな身なりをしたひとたち。サリー姿の女性も多いが、ジーンズや今風のおしゃれなファッションのひともいる。

たった1分の空間移動で、この格差が目の前に広がるのはやっぱりアジアの中でもインドだけかもしれない。

さて、この先はまたあとで話そう。









最終更新日  2010年06月15日 11時44分59秒
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全935件 (935件中 1-10件目)

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