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ラスタ・パスタのレレ日記

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音楽:ライブ

2010年12月09日
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カテゴリ:音楽:ライブ
12月8日は昨日日記に書いたように、ジョンレノンの命日なのだが、実は、ボサ・ノヴァの創始者のひとり、アントニオ・カルロス・ジョビンの命日でもあった。
不思議な偶然だけど。
1927年年生まれで1994年の12月8日に亡くなった。67歳だった。

ジョンほど短命ではなかったけれども、決して長生きというわけでもなかった。

そういえば、少し前にリオ・デ・ジャネイロで、ボサ・ノヴァの黎明期の話を描いたドキュメンタリー映画をみたなぁ。ジョアン・ジルベルトやその他の関係者へのインタビューなどで、どうやってボサ・ノヴァが誕生したか描いた映画だ。

そういえば、ウクレレのオータさんが、リオ・デ・ジャネイロにライブ・ツアーに行った時、アントニオ・カルロス・ジョビンのライブが自分の演奏する場所のすぐ近くであって、毎日ジョビンのライブをみに通った、というエピソードを聞いたことがある。

オオタさんのウクレレのボサノヴァ演奏、これも実に心地いいんですよね。

ボサノヴァって、聴いていると心地よい音楽だが、実はリズムのパターンが50種類くらいあるのだそうだ。だから、実はボサノヴァをちゃんと演奏するのは難しい。

そんなわけで、僕も、アントニオ・カルロス・ジョビンのイパネマの娘をウクレレで演奏して、偉大な音楽を生んだ彼に捧げたいと思う。

アントニオ・カルロス・ジョビンの「イパネマの娘」のウクレレ演奏

ポルトガル語が言語のブラジルで生まれた音楽を、ポルトガルからハワイに渡って変化したウクレレという楽器で演奏する。不思議な縁がそこにある。

音楽って素晴らしいなと思う。






最終更新日  2010年12月15日 17時30分56秒
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2010年12月08日
カテゴリ:音楽:ライブ
今年は、ジョン・レノンに関係する数字が70、50、40、30、10の年だ。

すなわち、
ジョン・レノン 生誕70周年
没後30年
当時40歳
ビートルズ結成50周年(当時はスチュワート・サトクリフがメンバーにいた)

そして、オノ・ヨーコが始めた
<ジョン・レノン スーパー・ライヴ>が第10回目

ということだ。
今年も12月8日がやってきた。ジョンがNYダコタ・ハウスで凶弾に倒れた日だ。

ちょうど今頃、武道館でのジョン・レノン・スーパーライブが盛り上がっている頃だろうか。

毎年、それとは別に都内の小さな某場所では、毎年、ジョン・レノン追悼コンサートをやっている。ジョン・レノンかビートルズの曲しか演奏してはいけない、という集まりだ。

ぼくも何回か参加させてもらったことがある。
今年は、久しぶりに参加させてもらおうとしたが、すでに出演者・お客さんの予約で満杯だという。それに以前にも増して、出演者が1年間、ずっと練習してきてのライブだという。

バンドでの参加者、ギターでの弾き語り、ウクレレ演奏、きっといろんな人が参加しているんだろうなぁ。

いつもの通りなら、最後に「 Happy Xmas (War Is Over)」と「Imagine」を
全員で合唱しているはずだ。

参加できなくて残念だが、いつもジョンが心の中にいるので、参加できなくてもいいのかもしれない。

ぼくもウクレレ演奏で、ジョン・レノンを追悼しよう。
ジョン・レノンの「ジェラス・ガイ」のウクレレ演奏

ジョン・レノンは平和を願い、国境や人種や宗教やあらゆる違いを超越した理想的な世界を思い、メッセージを発信してきたが、

一方で、自分がいかに非力で弱い存在であるかということを誠実に認識していたと思う。

だからジョンはとっても人間くさいのだ。

40歳になって活動を再開するまでのあいだ、ショーンの子育てに専念するハウス・ハズバンドであったジョンは、オノ・ヨーコとショーンと何度もお忍びで軽井沢を訪れたという。

そして、ジョンが残した一筆書きのような、シンプルでしかししっかりとメッセージをあるイラストたち。

そこには、ローマ字で「wabi sabi」などの日本語が書かれていた。
ヨーコによく「わびとさびはどう違うのか?」と質問していたらしい。

ジョン・レノンはとても日本文化に興味を持ち、そこに何かを見出していたのかもしれない。

そんなジョンが、もし生きていれば、ジョンによって咀嚼された日本文化がどういう形で表現されていただろう。そう思うととても興味深い。

そして、もし彼が今、生きていたならば、ジョンが駆け抜けた1960年代~1970年代と全く同じ問題、

「戦争やテロや民族紛争や恫喝外交や核実験など」
いやむしろもっと悪化して複雑になってしまった2010年をどう思い、どういうメッセージを発信していただろうか。

ジョンのメッセージは永遠に忘れない。







最終更新日  2010年12月15日 17時30分28秒
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2009年08月05日
カテゴリ:音楽:ライブ
中級者むけ、ハーブ・オータJr.のウクレレ・ワークショップに行ってきた。
この前のミニ・ライブの時に、「今度のワークショップでは、BEGINの『島人の宝』をやってほしい」とリクエストしておいたが、さて、何の曲を取り上げてくれるのかなあぁ。

初級者向けワークショップが終わって、ジュニアが休憩中に雑談した。


パスタ「いいシューズはいてるね」
ジュニア「マイケルジョーダン・モデルだよ」
パスタ「高いでしょう?」
ジュニア「そんなに高くないよ。99ドルだよ」
パスタ「へ~、日本ではもっと高く売っているよ」
ジュニア「そうでしょ。日本で買うと高いよね。ぼくは、マイケル・ジョダン・モデルが好き
で、6足も持っているんだよ。」

ジュニア・シューズ
【ジュニアがはいているマイケル・ジョーダン・モデル】

パスタ「ぼくが、ハワイでジュニアと最初に会った時の会話覚えてる?
ジュニアがぼくがはいているナイキのシューズを見て、
『いいシューズだね、高いでしょう』と言ったんだよ。それで、ぼくが『そんなに高くないよ。85ドルぐらいだよ。』と言ったら、ジュニアが『ほら、やっぱり高い』っていったんだよ」

ジュニア「覚えてないよ」とちょこっと笑った。


さて、中級者向けのワークショップが始まった。今日は、どんな曲をやるんだろうと、わくわくしていると、ジュニアが言った。

「今日、ここに集まってくれたみんなは、ぼくのレッスンをもう何回も受けた人が多いでしょ。それで、みんなウクレレがもっと上手くなりたいと思って来てくれたんだよね。
だから、今日は、いつもと違うユニークなレッスンをしたいと思います。
いつもは、何かの曲を取り上げて、ワークショップの時間内に1曲仕上げる、とか、ウクレレの技術的なレッスンだとかやってきた。
でも、誰でも、ある程度、ウクレレが弾けるようになると、自分で弾ける範囲の中でつい楽をして、その範囲内でしか練習したり演奏したり、とかくそうしがちだよね。だから、ぼくの役目は、みんな自分のできる範囲内にとどまっているのを、ちょっと外に出してあげるように背中を押すことなんだ」

なるほどと思う。

ジュニア「だから今日は、コードのはなしと、いかにアドリブを弾くか、を勉強してみたい」

そういって、ジュニアは、いきなりホワイトボードに

C・D・E・F・G・A・B・C(ドレミファソラシド)と書いた。
これは、Cのスケールだよね。これをひとつの隣近所と考えます。

するとCというコードはC・E・Gという音で和音が構成されている。
このC・E・Gは、自分の家または別宅と考えます。

そうすると、Cのコードでアドリブすると、隣近所の音を鳴らして最後には自分の家か別宅に戻る。これが、基本的なインプロビゼーションの考え方です。

では、
C=C・E・G(ドミソ)
F=F・A・C(ファラド)

です。こうやってCのコードで、アドリブを弾いているとき、Fのコードに移ると、CとFの和音は、C(ド)の音が共通しているでしょう。

だから、Fのコードに移った時に、C(ド)の音を弾いて、今度はFのスケールの中で自由に弾いて、でも時々Fno自宅か別宅に戻る。

では、「パスタ、CとFのコードを4つずつ弾いてくれる?」
と言って、ぼくはCとFのコードを4つずつ弾いているあいだに、ジュニアが、ウクレレの1弦だけをつかって、アドリブをしてみんなに聴かせてくれた。

これが、自宅や別宅に最後まで戻らないと、変でしょ(気持ち悪いでしょ)とやってみせる。

では、今日の参加者が、それぞれ2人組になって、お互いにCとFのコードで1弦だけ使って、交替でアドリブを弾いてみて。
5分間練習して!

5分後に、じゃあ誰かみんなの前でCとFのコードでアドリブしてみて?

なかなか誰も自主的に手をあげない。そこで、ぼくは自信はなかったけれども、チャレンジしてみようと思い、手をあげた。

ジュニアがコードを弾いてぼくが1弦だけでアドリブを弾いてみた。ジュニアの和音によく耳をかたむけながら、弾いてみた。途中までいい感じだったが、最後は自宅に戻れなかった。

じゃあ、もうひとりやってみて?

13歳の男の子が手をあげた。

彼は、アドリブというより、なかなかいいメロディを弾いた。

さて、これを

G7=G・B・D・F
Am=A・C・E

とコードを増やし、3コードで1弦だけ使って練習したり、
2コードだけに戻して、1弦と2弦をつかってアドリブする練習をした。

ワークショップは、集中して練習している間に、あっという間に終わったが、コードとアドリブがからっきし弱いぼくには、とてもいいワークショップだった。

最後のまとめとしてジュニアは、曲に出会ったらまず

1.その曲のキーを知ること
2.どんなコードで構成させているかを知ること
3.ウクレレの指版の上で、よく練習して、どのポジションで何の音が出るかを体で覚えて



と締めくくった。ジュニアが7歳の時に、父親のオータさんから、指版の全部の音とポジションを覚えろ、それはすごく自分の役に立つから、と言われたと語った。

最後に何か質問は?との問いに誰かが

何か1曲弾いてください、と言った。

ぼくは、今日の総括としてジュニアのアドリブソロを聴きたかったのだけれども、ジュニアが弾き始めた新曲を聴き始めて、その思いは消えた。

曲名も曲の意味も語らず、ジュニアが弾き始めた新曲。

いつもの、綺麗で繊細なメロディの中から、なにか「家に帰っていくときのような」安心感や安ど感のようなものを感じる、心温かい曲だった。
ぼくは「Way Back Home」というような題名がふさわしいかなぁ、と感じた。

曲を演奏し終わってから、この曲の由来をジュニアが語った。

ジュニア・ケース
【ジュニアのウクレレ・ケースにはジュニアのシグニチャーとKoAlohaのロゴとファンクラブのロゴとアップル・マークがはってある】

ジュニア「ぼくがここ数年、KoAlohaのウクレレを弾いているのをみんな知っているでしょう。2月にKoAlohaのプロモーションで一緒に来日した帰りの飛行機で、KoAlohaの副社長のアランがみんなに語った話がある。

それは、ハワイ出身のアメリカ軍兵士たちが集まった会が、昔から大阪の孤児院の支援を続けてきたという実話がある。その時のリーダー的な人は、もうすでになくなってしまったけれども、そのハワイの退役兵のグループは、その孤児院の支援をづっと続けてきたそうだ。
その話をしったKoAlohaのアランは、自分もなんとかその孤児院をサポートする活動をしたいと思った。しかし、日本の行政がやっているその孤児院は、直接の寄付を受け付けてくれない。自分で何ができるだろうと考えている。音楽でチャリティ・コンサートをやるのもいいかもしれない。そう言って、ジュニアにそのための曲を書いてくれないか、と言ったそうだ。
2月のプロモーションでの帰路、その話を聞いたスタッフ全員が涙したらしい。

そして、5月末のウクレレ・スーパー・ジャムで来日したときの帰りの飛行機の中で書いたのがこの曲だ。

「Spirit of Love」

ああ、ぼくが感じたあの優しげに「家や故郷」に帰っていく感じた曲には、そういう意味が込められていたのか、と思った。

ワークショップに参加していた人たちは、みんなそんな暖かさを感じたんじゃないだろうか。
今回も曲を通してジュニアの人柄に感動した。
音楽って、結局、そういうものかもしれないな。
作曲もそうだが、演奏している人の気持ち、心の中の思いというものが、音楽の中にあらわれてくる。だからこそ、ひとはそれを聴いて感動する。
また、ほんとうに心の中でなにかの思いを持っていなければ、その空っぽな感じも演奏にはあらわれてしまうのではないだろうか。

アドリブの練習もよかったけれども、この「Spirit of Love」1曲が聴けただけども、ぼくは幸せなことだなあ、と思った。










最終更新日  2009年09月10日 02時43分23秒
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2009年08月04日
カテゴリ:音楽:ライブ
ジブリの名曲をヴァイオリンで演奏する「高嶋ちさ子playsジブリ」というCDの発売記念のミニ・コンサートがあったので、出かけた。

高嶋ちさ子ひとりのヴァイオリン・ソロかとおもったら、ステージには、左から高嶋ちさ子、ヴァイオリン(男性)ビオラ(男性)チェロ(男性) 高嶋ちさ子の後ろにピアノ(女性)と、ちょっと室内楽的な編成のステージ。
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最初の1曲目は、となりのトトロから

さんぽ

歩こう、歩こう、私は元気
歩くの大好き、どんどん行こう


という例の曲だ。

ヴァイオリンもビオラもチェロも弦をピッチカートで演奏。この曲、ウクレレで弾いても楽しいよね。そもそも、今日、ミニ・コンサートに来たのは、久しぶりにヴァイオリンの生音を聴きたかったことと、ジブリの曲をウクレレで弾く参考になるかな、ということがあったから。

ピッチカートが終わると、ヴァイオリンを弓で弾く。ピアノはお休み。だから、まるで弦楽四重奏でジブリを聴いているようなものだ。

ステージと客席が非常に近いので、結構迫力あるサウンド。やっぱりヴァイオリンもいいよなぁ。弾けないけれども、聴くのは楽しいよな、と思った。

1曲目が終わると、高嶋ちさ子がぱっと立ち上がり、他のメンバーにも席を立つように手と目でそくして、全員が立った。たった姿の高嶋ちさ子は、テレビで見るより色白で小顔で、なかなか思っていたより綺麗じゃない、なんて思った。

つぎの曲は

耳をすませば

CDでは、このメンバーより大御所と録音したそうで、かつそこにトランペットとコントラバスがいるそうだが、「今日はマイナス2ということで演奏します」と高嶋さん。

今日の男性メンバーめざましクラシックで一緒にやっているメンバーだそうで、チェロは普段は、東京都交響楽団、ビオラは読売交響楽団、ヴァイオリンは、Posで活躍、FNS音楽祭などでは、かならず彼が仕切っています、牛耳っています。との紹介。高嶋さんは、演奏家だけれども、やっぱりしゃべりもうまいタレントなんだなぁ、と変に感心して聞いていた。

で、「耳をすませば」を聞きながら、真近に聴けて迫力あるなあ、とまた思う。頭の後ろ側から、はやくもじ~んとした心地よいしびれを感じてくる。アルファ波が出ているのかも。

3曲目は、

崖の上のポニョ

知らなかったが、高嶋さんには2歳半の男の子と、つい5月18日に生まれた3ヶ月のおとこの赤ちゃんがいるそうだ。自分が子供を生むまでは、子供とかあんまり好きじゃなかったし、子供向けの曲、というものはあえて取り上げてこなかったが、自分も子供をさずかってみると、考え方は変わったそうだ。

今までの人生、自分の邪魔になるものは、次々に切り捨ててきたが、さすがにわが子は切り捨てられない。だから、上の息子が40度の熱を出したとか、下の息子が明け方4時半に泣き始めたり、という中で、練習も十分ままならず頑張っているという。

高嶋さんのしゃべりを聞いていると、この人は元々は男っぽい性格なんだナァと思う。しかし、子供が出来て母となり、今はすごくいいバランスで演奏が出来るようになったんじゃないかと思う。

崖の上のポニョ

は、ピアノとヴァイオリンだけで演奏。ピアノの女性とは10年前に一緒に共演したが、今回は、リハーサルする時間がなく、ぶっつけ本番だそうだが、そんなことは微塵も感じさせない演奏。

やっぱり、クラシックの世界はきちっと音楽を作ってくるよなぁ、と感心する。ジャズやウクレレの世界は、もっとゆるい。ゆるくて、多少みんあがあわなくても、そのほうが気持ちが伝わることもあっていい、なんていうけれども、クラシックの世界は、そこはきちんとしている。

ぼくは高嶋ちさ子さんを、セミ・クラシックまたは最近はやりのクロスオーヴァー・クラシックの人かと思っていたが、違うんですね。毎日、防音室の中で練習しているそうだ。

親の願いとはうらはらに、上の息子は音楽にあわせて歌ったり踊ったりせず、全然興味を示してくれない、と言っていたが、このポニョの練習をしていると、めずらしく、「あっポニョだ」といって興味を示したので、初めて防音室の中に入れて、練習しているところをみせたそうだが、

「でも、ちょっと違う」と言って出て行ったそうだ。アレンジがしてあり、メロディがオリジナルの歌とちょっと違うところが出てくる。そこをちゃんとわかったって言うことは、息子さ
んもなかなかいい耳をしているのか、それとも、子供だからこそ素直にそれがわかったのか。


最後の曲は、

ルパン3世のテーマ~メドレー

今までの曲全部がそうだそうだが、高嶋さんが弾いている曲は、みんな簡単そうに思えるけれども、実は、アレンジがとっても難しいのだそうだ。アレンジは自分がやるのではなく、なんとか先生というひとが楽器の編成にあわせてやてくれるのだそうだが、すべて難しい。特に、この曲では、チェロがそうとう難しくなっているそうだ。

そんなところも、聴いてみてください、と言った後、実は、息子には将来チェロを弾かそうと思っている、とのこと。母と息子で共演したいんだろうなぁ、やっぱり。
高嶋さんは、おしゃべりが上手なのと、演奏がなかなか迫力があって楽しめたので、あっというまにミニ・コンサートは終わった。

最後に、例によってサイン会があった。
ぼくは、最初、「ウクレレでジブリの曲を弾くんです。今度、誰かとヴァイオリン&ウクレレで演奏してください」、といおうかとも思ったが、高嶋さんは、セミ・クラシックのひとではなくクラシックのひとなんだ、とあらためて思ったので、やめにしておいた。

ジブリの曲、ピアノ、ウクレレ、ヴァイオリンといろいろ出ているけれども、いろんな楽器で、いろいろなアレンジで聴くのは楽しいと思う。興味のある方は、ぜひ高嶋さんのヴァイオリンのジブリも聴いてみてください。


追記
CDのジャケットの写真は、高嶋ちさ子さんが臨月の時に撮影したものだそうだ。犬をだいて大きなお腹を隠したそうだ。






最終更新日  2009年09月10日 02時42分29秒
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2009年08月01日
カテゴリ:音楽:ライブ
J-Popのバラードのウクレレ・カヴァーのCD「Cocolo Jバラッズ」を発売したハーブ・オータJr.が来日中で、彼のミニ・ライブに行った。

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司会者の紹介で、ステージに現れたハーブ・オータ・ジュニアは、色褪せた感じのピンク(というゆりさくら色)をベースにしたアロハ・シャツにチノ・パン、茶色のクツというシンプル
なファッション。

いつもなら、「アロ~ハ」と言って、何かしゃべって曲名を言って演奏を始めるのだが、今回は、おもむろにウクレレを弾き始めた。

ハワイの曲で

Makee Ailana

という曲だ。

いきなり始まった彼の演奏だが、やっぱりジュニアのウクレレのメロディは綺麗だなぁ、と思う。1曲目が終わって、「アロ~ハ」といったジュニアは、「ハーブ・オータ・ジュニアです」と、日本語であいさつし、恥ずかしそうちょこっと頭をさげた。

「今、エディ・カマエが日本に来てるでしょう。彼は、My fther's teacherだから」と、日本語と英語がまじった話をする。ジュニアのお父さんは、ご承知のように、ウクレレの神様、ハーブ・オータ。そのオータさんのウクレレの先生がエディ・カマエ・伝説のミュージシャンで84歳になる。そのエディに敬意を表して、ジュニアは彼の曲

E Kuu Morning Dew
(モーニング・デューの曲名で、多くの人がカヴァーしている名曲)

を演奏した。

ジュニアの初期のアルバムにも収録されているこの曲は、ほんとうに美しく、ジュニアのウクレレの音色が一層、それを引き立たせている。


3曲目に「次はフラの曲を演奏します」と言って、

Pua 'Olena

を弾いた。

この曲を聴いていると、なぜか、はるかなる水平線やせつなさと美しさが同時に感じられ、ついうっとりと聴き入ってしまう。数いるウクレレ・プレイヤーの中でも、彼の演奏、メロディの取り方、音色の美しさ、うっとり感は、やっぱり格別だと思う。


3曲演奏したところで、司会者が「インタビュー・コーナーです」といって、時間をとった。通訳の女性がステージにあがってくる。司会者がまず、ジュニアの今使っている、ウクレレについて質問した。

ジュニアの説明によると、

ここ数年、ジュニアはKoAlohaのウクレレを使っているのだけれども、今年はどんなウクレレにしようかと、KoAlohaのビルダーと相談した時に、ウクレレの素材を、まずコアではなくローズウッドにしてみようかと相談したが、結局、ビルダーのすすめで、ウクレレのボディのサイドとバックをエボニーにすることにしたそうだ。エボニーはとってもしっかりとして深い音が出るのでそう決めたらしい。

そこでボディのトップの素材を何にするかと考えたが、エボニーが深い音が出るので、それとの組み合わせで、ブライトな(明るい)音が出るスプルースにしたそうだ。こうして、従来のようなすべてコアのウクレレとは全く違うウクレレが完成し、とても気に入って演奏しているという。

さて、次に、あたらしいCD「Cocolo」についての質問には、ジュニアはこう説明した。

このCDには、「Aloha meets Cocolo(J-Popの曲)」という気持ちを込めたそうだ。みなさんが普段から耳にしている日本のPopsのオリジナルの曲、オリジナルのアレンジを最大限に尊重しながらも、そこにHawaiiの独特の空気感を注ぎ込んだそうだ。

Hawaiiの空気感とは、ハワイにいかれた人が誰でも感じるであろう、ハワイの地に降り立った時に感じる、リラックスした感じ、さわやかさや自由な感じ、まさにハワイならではの独特の雰囲気、という意味だ。

ポルトガルから渡ってきた楽器が、ハワイで独自の発展をとげて出来たウクレレという楽器。ジュニアは、ウクレレが自分の手元にある限り、自分がどこにいても、ハワイや日本、アメリカ本土のどこにいてもつねに、その「ハワイ(の空気感)」は、いつも自分と一緒にある、と感じることができるそうだ。

うんうん、その気持ち、ハワイで生まれたわけでも、住んだことがあるわけでもない僕にもよくわかる。

そこで、CD「Cocolo」の話に戻れば、オリジナルの楽曲を十分尊重した上で、そこに「Hawaii」の息吹を吹き込むことで、ジュニアならではの、自分ならではの音楽をつくったそうだ。それも、みなさんにも感じて欲しい、と言った。

あとは、いつもと違うエンジニアと録音したので、いつもは、ウクレレの音をアナログ録音するのだが、今回は、ウクレレのサウンド・ホールに上と下から2本マイクを向け、さらにピックアップからのライン撮りをして、デジタル録音したそうで、もしかしたらそうした録音方法の違いによる音の差を感じてくれる人がいるかもしれない、とのこと。

とにかく、ジュニアが演奏するときに曲にこめた「アロハ・スピリット」「ハワイの空気感」
「ジュニアの気持ち」を感じて欲しい、といった。
これで、インタビュー・タイムは終わり、ふたたびジュニアのウクレレ・ソロ演奏になった。

4曲目はイントロですぐにそれとわかるサザンの曲

TSUNAMI

だ。この曲は、「Cocolo」だけではなく以前のアルバムにも収録されているが、先ほどの録音方法の違いなどの話からすると、あらたな録音なのだろう。


5曲目でジュニアは曲をこう紹介した。

「Next song is, ... I hope it will take you to Hawaii, maybe to the beach」次の曲がみなさんをハワイに、出来ればハワイの海岸にいざなってくれればいいなぁ、と思います。という意味だが、インタビューの話とあわせて考えてみれば、ここでの「ハワイ」は、たんなるリゾート地の「ハワイ」ではなく、アロハ精神にあふれた、特別の空気感をもった「Hawaii」へいざなってくれる、ということだ。

曲名は

Sand Castles

砂の城だ。僕たちが子供のころによく海水浴にいって、ビーチで沢山、砂の城を作っては、波に洗われていった記憶、みんなにも、そんな記憶があるのではないだろうか。

ジュニアのかなでる本当にきれいなウクレレのメロディと音色を聴いていると、その音楽に対して自分が心を開き、無防備になっていくのがわかる。これは、とっても特別な心地よさでもある。普段、自分で意識しなくても、いつもはもっと硬い殻を自分のまわりに作って、ストレス社会と向き合っているのだなあ、というのが逆に分かる。


ジュニアは、今回、ステージでいっさい曲名を紹介しない。曲名よりも、曲そのものを味わってほしい、ということだろうか。しかし、とても親しみやすいメロディから

6曲目は、ケオラ&カポノ・ビーマー兄弟の

Honolulu City Lights

であることが分かる。この曲は、一度ハワイを味わったら、なかなかその魅力から離れることができなくなり、またふたたびハワイに戻ってしまう、というような意味の歌詞を歌ったビーマ・ブラザーズの大ヒット曲だ。

そのメロウでちょっとAORぽいオリジナルの楽曲が、ジュニアのウクレレによって、さらに心地いいものになって演奏されていく。

7曲目は、千と千尋の神隠しから

Itsumo Nandodemo

ジュニアは、この曲はみなさんが親しんでいる有名な映画のための音楽である、ということを知っているので、その映画や曲のことを最大限に尊重しながら曲をアレンジしたし、今も心をこめて演奏します、と言った。


8曲目の曲について、ジュニアはこんなエピソートを披露した。ある時、日本にツアーで来ていた時に、ホテルでテレビを見ていたら、ミュージック・ビデオをやっていてこの曲を偶然知った。Ken Hirai(平井堅)というひとが歌っているのがわかったので、次の日、いそいでレコード店に行って、このCDを買い求めた。

ハワイに帰って、その曲を練習し、父親(ハーブ・オータさん)に「Daddy、すごくいい曲を日本で見つけてきたよ、ほら聴いてみて」と興奮していって、父親にその曲をウクレレで演奏して聴かせた。すると、父親のオータさんは、「(バーカと言ったかどうかはしらないが)、それはもともとアメリカの曲だよ」と言って笑われた。とのことで、その曲こそ

Ookina Furu Dokei

このへんの曲目は、全部「Cocolo」に収録されている。


最後の曲。ジュニアは「ぼくの一番好きな曲」と言ったあと「(Cocoloに収録されている全部の)ぼくの好きな12曲の中の1曲です」と言い直した。やっぱりこの曲が、収録曲では一番好きなのかな、ジュニアも。

それは、BEGINの曲のカヴァー

Shimanchu NuTakara

ぼくも、この曲が一番好きだ。BEGINの曲としても、ジュニアのウクレレ・カヴァー曲として
も。

BEGINがオリジナル曲に込めた、変わりゆく自分たちとふるさと、でもそのふるさとに昔から
あったよき文化や自然は、とても大切だし、自分たちの心の中にいつまでも生きている。この気持ちが、ジュニアのウクレレからも伝わってくる。

ある意味、沖縄、特にBEGINの故郷、石垣島とハワイとは、とても似たところがあるのだろう
なぁ、と思う。自然や音楽、それが生活のとても身近な所にある。いや生活の真ん中にある。文化も自然や歌と踊りなどの音楽を中心に豊かで独自の文化に発展し、親から子へ、子から孫へ受け継がれてきた。そんなことが、ふたつの島々と文化を共振させるのかもしれない。


こうして、ウクレレ演奏9曲に、インタビュー・タイムも含めたミニ・ライブが終わった。いつもながらに、ジュニアのウクレレに酔いしれながら、結局はジュニアのハワイの文化に自
然に溶け込んだかのような人柄に魅了されて、ライブは終わった。

サイン会では、ジュニアとダニエル・ホーの共著のウクレレ教則本の2冊目を買って、サイン
をもらった。今度、ジュニアのウクレレ・ワークショップがあるので、その時に、なんの曲を
やってもらいたいか、ぼくはBEGINの「島人の歌」をやって欲しいなあ、とリクエストを出し
て、にこやかに握手した。

さて、そのウクレレ・ワークショップはどうなったか。
これはまた次にお紹介しようと思う。










最終更新日  2009年09月10日 02時40分18秒
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2009年07月14日
カテゴリ:音楽:ライブ
ローラ・イジボア。アイルランドのダブリン出身のソウル・シンガー、まだ若干22歳の若さ。
レコード会社のうたい文句によると、アレサ・フランクリンやロバータ・フラックに続くニュー・スターだそうだが、そこまで大物になるかどうかは別にして、プロモーション来日してミニ・ライブが開催されたので行ってきた。

アイルランドのダブリンというとU2のイメージが強くて、ソウルというよりロックのほうがさかんな印象があるが、最近はUKをはじめ、ヨーロッパのソウルやジャズがなかなかいいのだ。

最近のアメリカのソウル・R&Bは、サウンドがオーバー・プロダクション、すなわち作りこみすぎていて、シンガーの歌の持ち味が薄まるというか、ボーカルを純粋に楽しめないことが多く、曲のグルーブ感が、非常に多くのサウンドを積み重ねて構築されすぎていて、ちょっと人工的に過ぎると感じていたぼくは、ローラ・イジボアのCDを初めて聞いた時、ひさしぶりに音を作りすぎていないソウルに出会ったと思っていた。

曲想が、70年代ソウルぽかったり、リズムがシンプルだが、ちょうどフージーズのようだったりして気持ちのいい曲が多い。
歌は、かなりうまく、少なくとも、もとフージーズのローリン・ヒルよりはうまいと思う。
ローラ・イジボアが、将来アレサ・フランクリンやロバータ・フラックのような実力派の大物になるかどうかは、まだ未知数だが、とにかく生でライブを聴いてみたい、というのが正直な感想だった。

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(CD)ローラ・イジボア/素顔のローラ
素顔のローラ(初回限定盤) / ローラ・イジボア


そこで、朝早くから整理券を求めて並び、ライブ開演前は会社が終わってからすっとんでいったのだが。

小さなホールが満席になった頃、ローラ・イジボアは登場した。


青緑っぽいカラーのトップスにブルージーンズ、よく日本の女の子がはいているようなヒールでひものサンダル、大きなペンダントにイミテーションの大きな指輪、そして現代風のアフロ・ヘアで彼女がステージにあがった。

続いて、少し太めの男子、オレンジのTシャツ、袖や首もとはネイビーのパイピング、やはりジーンズに、ドレッド・ヘアーを頭の後ろで結わえたようなヘアスタイルで登場。
ギターとパーカッションのある場所へスタンバった、

ローラは、まずピアノの前に座って、ピアノを弾きながら1曲目を歌った。

「Don't Stay」だ。

ピアノとギターとパーカッションのアコースティックライブなのだが、歌いだした瞬間、ボーカルがかなりコーラス(リバーブとエコー)がかかっているのが気になった。ギターの音もそうだ。

ウクレレやギターのアコースティックなサウンドに最近はどっぷりとつかっているぼくには、ちょっと違和感があった。これじゃ、せっかく目の前にいる彼女の生声が、聴こえないではないか。

ウクレレなどの小さなライブでは、もちろんマイクやアンプを通して演奏するのだが、目の前に座っていると、マイクやアンプを通した音に加えて、ステージから直接聴こえる生の声や音が聴こえて、それがいわゆるアコースティック・ライブの醍醐味なのだが、こんな小さな会場でも、こんなにリバーブやコーラスをかけている。

やっぱり、彼女は最初から大ホールで歌うシンガーとして、今回はプロモーション来日だから2人だけのアコースティク・ライブだが、もともとはバンドをバックに、大音量で音楽をつくっていくシンガーなのかな、とちょっと主催者側の意図にがっかりした。

しかし、よく聴いていると、彼女の歌声は力強く、高音になったときの歌声がとてもきれいである。

「こんばんわ~」「ありがとう」とうれしそうに日本語であいさつする彼女。
初来日だと思うが、今日が来日最終日だそうで、きっと日本を気に入ってくれたのだと思うが、それがあいさつの言葉の明るさにあらわれている。

次の曲は、「From My Heart to Yours」

ピアノを弾きながら、楽しそうに、そして時に歌の世界にひたっているように歌うローラ・イジボア。

左手で小さな打楽器を持って、太ももにぶつけるようにしてリズムをとるパーカッション。
よく見ると、彼のジーンズの左ふともものところだけ、いく筋もすりきれそうになったあとがついている。きっと、毎回、この曲でパーカッションを足にぶつけて演奏してきたんだなぁ、と思う。

3曲目で、ローラは、ピアノを弾かず、正面のわれわれお客さんのほうをむいて、ボーカルだけで歌いだした。ボーカルとアコースティック・ギターだけの演奏。


「Shine」という曲だ。

2曲目の途中から気が付いていたのだが、彼女は、歌詞の言葉をとてもはっきりと、力強く歌う。きっと歌詞の意味をかみしめ、そこに思いを込めて歌っているのだろう。
曲の雰囲気なのりもさることながら、歌の意味にこだわる。
ピアノを弾いている時は、タイプは全く違うが、ちょっと日本のアンジェラ・アキに似ていなくもない。

4曲目は「If Tonight is My Last」

ローラのボーカルの力強さ、言葉の単語、ひとつひとつを力強く歌い、決して言葉を流さない歌い方。力強さの直後にメロディーがひゅっとあがって高音を歌うときの美しさ。
次第に彼女の歌に魅了されていったぼくだが、


なんと、ミニ・ライブはこの4曲でおしまい。
何っ!いくらミニでもこんな短いミニ・ライブってありかよ!といかるパスタ。
朝早くから整理券をもとめて並んで、夜はオフィスからすっ飛んできたんだぞ!

しかし、ほんとにそれでおしまい。もっと彼女の歌をじっくりと聴きたかったのに。

もっと聴きたい人は、8月にあらためて、バンドとともに来日するので、そのステージで楽しんでください、ということのようだった。

ステージがおわってから、例によってサイン会。
ぼくは、「マイケル・ジャクソンの死をどう思うか?」なんてことを聴いてみようかな、と思ったが、特に彼女がマイケルを敬愛している、などということを表明しているわけでもないので、それは失礼な質問だと思ってやめた。

素直に、高音の美しさと、力強く言葉をかみしめて歌うところが好きです、と伝えた。

たった4曲だけで、彼女の実力の片りんだけは垣間見られたが、もっとちゃんとずっと、どっぷりと聴いてみたい彼女の歌声。
CDのほうは、70年代ソウルっぽいところがあって、それも魅力のひとつだが、古すぎもせず、フージーズのようなリズムの上を力強く歌っている曲もあり、オーバープロデュースされたサウンドではなく、ボーカルのよさが引き立つサウンド。何回も聴いていると、4~5曲は、シングル・ヒットしても不思議はないとおもうようなよさがあって、オススメです。

しばらくは、CDで彼女の歌声を堪能しようかと思う。







最終更新日  2009年08月17日 10時32分23秒
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2008年12月12日
カテゴリ:音楽:ライブ
12月で契約満了になった契約社員の送別会を行った。

今のご時勢、自動車メーカーを中心に、契約期間中にもかかわらず、派遣切り、12月中に寮を出て行け、などと非人間的なことをやっている。

仕事も住むところもなくなったら、明日からどうやって生きていけというのか?
年末をこせず、ホームレスになってしまったひともいるみたいじゃないか。
ぼくは、そういう非人間的な人員削減をやっているメーカーを、じ~っと見ているぞ。

どこどことどこどこの製品は、今後一切買わない、と心に決めた。


こんな中でも、そのメーカーの工場のある地域では、

タクシー会社
学習塾
居酒屋

などが、正規雇用を募集するなど、
政府ではなく、民間から救いの手が伸びていることには、感激する。

学習塾は「子供に、『企業というのは、ひどいことをするところ』、と思って欲しくなかったから」
居酒屋は「地域に密着している会社なので、地域の雇用不安は引き受ける」

と、人員募集の理由をのべている。

地方自治体でも、空いている市営住宅などを提供する動きがあり、
政府だけが、もたもた、何の対策も実施出来ない状況にある。

明日はわが身かもしれないが、ぼくは、じっとこの状況を見ているぞ!
次の選挙でどうなるか、怒りの一票を投じるぞ。


さて、僕が今勤めている会社では、契約途中の契約社員を切ったりすることは今の所ない。
ただ、残念なことに、たまたまこのタイミングで契約満了を迎えた契約社員と、契約の更新をすることはは出来なかったようだが。

ただ、彼女の場合は、自宅もあるし、専門スキルがあるので、
自宅で、プロジェクト・ベースで仕事を引き受けることも出来るので、
すこしはいい状況だとは、おもうのだが。


送別会は、彼女に仕事を助けてもらっていた数名の集まりで、
美味しい中華料理店で行った。

身近な同僚は、ぼくのウクレレ演奏には、飽き飽きしているようなので、
最近、ぼくは、ただの集まりでは、ウクレレを持参しないことにしている。が、

今日は、彼女の送別会ということと、参加メンバーのほとんどが、
僕の演奏を聴いたことがない、ということもあって、ウクレレを持参した。

食事が運ばれてきて、みんなが楽しくおしゃべりしていて、ひと段落したところで、

ひさしぶりに、ピノキオの名曲「星に願いを(Wish Upon The Star)を演奏した。

送別される彼女は、ウクレレというと=ハワイアン=牧伸二

というイメージを持っていたようで、非常にビックリして、
「え~、しんみりと、ムードがありますねえ」と感心している。

またしばらく、食事にお酒におしゃべりが進み、まわりのお客さんがいなくなったところで、

ジム・クロウチの「Time in a Bottle」を演奏した。

ジム・クロウチは、長距離トラックの運転手をしていたのだが、
1972年にデビュー、ギターの繊細なアルペジオが醸し出すちょっと悲しげでせつない、
フォーク・R&B・アコースティック・ロックな響きの歌を歌っていた。

今で言えば、オーガニックとか、フォーキーといわれるようなサウンド。

その彼は、1973年に飛行機事故でなくなってしまった。

レコード・デビューしてヒットチャートNo.1を獲得した後、あっという間の事故死。
当時、「ラスト・アメリカン・ヒーロー」と呼ばれた。

ぼくが演奏した「Time in a Bottle」は、彼の死後、1974年に全米ヒットした曲で、
その繊細で、マイナー・コードのアルペジオは、ウクレレで表現すると、
ますます切なくなる。切ないけれども、その切なさがいい、ぼくの大好きな曲だ。

jim croce his greatest hits
あめりかん・ぱい


彼は、トラック運転手時代の経験から、「NYは(孤独な場所なので)大嫌いだ」
と言っていたし、そう歌ってもいた。

NYに住んでいて、NYが大好きなぼくも、ジム・クロウチの気持ちはよくわかる。
NYの孤独は、NYが大好きなひとにも、時には身にしみる。

そんな曲を、送別会の席で演奏してよかったのかどうか、とも思うが、

送別されている彼女は、
「ウクレレって、みんなで、こういうふうに、タンタンタン、って楽しく演奏する
ハワイみたいなのを想像していたので、こんなに切ない感情を表現できるなんて、新鮮です。
感動しました」

というようなことを言ってくれた。

また、同席していて、ぼくのウクレレ演奏をはじめて聴いた仲間も、

「私、この曲知っている!」と、曲の途中でさけび、

とてもよかったと、楽しんでくれたひともいた。

また、音楽談義から、楽しい話へ話題が展開し、

やっぱり、今日はウクレレを持ってきて、よかったな、と思った。

やぱり、誰かのために、ウクレレを弾こう、というように自分の気持ちが入っている時には、
それは人にちゃんと伝わるんだなあ、と思った。

まあ、ぼくの演奏に飽き飽きしている人の前では、ぼくはもう絶対、ウクレレを弾かないので、
ご安心を。ウクレレを演奏して、影で、いやなことを言われたんじゃ、たまったもんじゃないからね。







最終更新日  2008年12月25日 18時22分16秒
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2008年12月08日
カテゴリ:音楽:ライブ

また、あの日がやってきた。今から、もう28年前、1980年12月8日。

ジョン・レノンがNYの自宅コンドミニアム、ダコタ・ハウスで凶弾に倒れた日。

世界中のファンが、悲嘆にくれた日。


しかし、平和を愛し理想を掲げたジョンの志は、今も多くの人に受け継がれている。

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武道館では、『Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ』が開催された。
2001年、オノ・ヨーコの呼びかけで始まって今年で8年目。

今年は、
奥田民生トータス松本などの常連や、
渋いところでは、Char、ゆず、斉藤和義

の参加。

若いアーティストでは綾香
他のイベントにはめったに出てこない、LOVE PSYCHEDELICO

などが出てきたようだ。

収益金の一部は、世界中の子供たちのための学校作りに使われているらしく、すでに、アジア・アフリカ18か国に75校の学校建設を支援してきたらしい。

オノ・ヨーコの呼びかけで、日本のアーティストたちが、毎年、こうしたイベントに参加して、ジョンの志を次世代につないでいく、そこで得られた収益金は、アジアやアフリカの子供たちのための学校作りに役立てる。

素晴らしいことだと思う。

でも、ぼくは、このイベントには一度も参加したことがない
このイベントの意味は、とても大きいし、これを続けていくことはとても大切なことだと思う。でも、ぼくは、やっぱり12月8日はもっと少人数の集まりで、ジョンや、ジョンの残してくれた数々の音楽や言葉、行動を思い出していきたいと思う。

そこで、前から、都内の某所で約20名がはいっただけで、いっぱいになってしまうほどの小さなお店で、「ジョン・レノン追悼コンサート」に参加してきた。

ひとり、2曲まで、ジョン・レノンかビートルズの曲しか演奏したり歌ったりしてはいけない、という集まりだ。

僕は、ウクレレを持って参加し、弾き語りやソロを演奏してたりした。

しかし、ここ1-2年は、いそがしくて12月8日の夜の予定が立たず、昨年は、すでに参加希望者の予約が満杯で、参加できなかった。

ことしも、12月8日の仕事のめどが立ったころに、連絡をいれたが、
3名のキャンセル待ちだといわれた。普通なら、3名ぐらいのキャンセルまちは、当日までに参加可能になる場合が多いのかもしれないが、「ジョン・レノン追悼コンサート」だけは、様子が違うようだ。
予約のお客さんは、みな熱心なファン。キャンセルするようなひとはいなかった。

そして、今年も、僕は「ジョン・レノン追悼コンサート」に参加できなかった

でも、キャンセル待ち3名、といわれた時点で、ぼくは、万が一、参加可能になる場合にそなえて、曲を練習していた。

ビートルズ関連の曲として、
ポール・マッカートニーの「My Love」のウクレレ・ソロ
ジョンの曲で、「ジェラス・ガイ」「(Just Like)Starting Over」
の弾き語り。


特に、「(Just Like)Starting Over」は、ジョンが亡くなった1980年に40歳になったジョンが、ひさしぶりに活動を再開し、「Double Fantasy」というアルバムを発売した、そのアルバムの中の代表曲だ。

前には、この都内某所の「ジョン・レノン追悼コンサート」で、
何の、リハーサルも打ち合わせもなく、ぼくのボーカルに、
お店のマスターとお客さんが、ベース、キーボード、ギターで伴奏をつけてくれた曲


今回は、自分のウクレレの弾き語りでやってみようと思った。

ギター用の楽譜を買ってきて、コードをウクレレ用に移し変える。

6弦のギターから4弦のウクレレにコードをかえる場合、
自動的に、ウクレレのコード譜をあてはめればいい、ということではすまないことがある。
そこで、ウクレレの弦を左手で押さえて、半音あげたり、下げたり、ずらしたりして、ふさわしいコードを手探りで見つける。
そんなこともやってみた。

今年も、残念ながら、みんなと一緒に、ジョンの歌を歌うことは出来なかったけれども、
そのための準備をしながら、ジョンのメッセージを噛みしめる、という行為は、それだけで、ジョンへの追悼になった気がする。

たとえ、12月8日にみんなと一緒でなくても、
ジョンの残してくれた音楽と言葉は、その志で、僕たちをひとつにしてくれる。

「ジョン・レノン追悼コンサート」では、きっといつものように最後は全員で、

「Imagine」
「Happy Xmas (War Is Over)」

を歌っているのだろうなあ。その歌声が、ぼくにも聴こえる気がした。







最終更新日  2008年12月11日 20時25分49秒
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2008年07月22日
カテゴリ:音楽:ライブ
(その1から)

6曲目は9年前、彼が、ロンドン・シンフォニー・オーケストラと競演した

『Return to the Centre of The Earth』

グランドピアノで、彼らしい右手の動きの早いメロディが楽しめました。

7曲目は、ふたたび『ヘンリー八世の六人の妻』から、

ヘンリー八世の六人の妻.

「Jane Seymour」

オリジナルは、教会のパイプ・オルガンを使って演奏していますが、

「今は、素晴らしいキーボードがあるので、パイプオルガンがなくても大丈夫です。サウンド(シンセ)エンジニアのKatoさんがいなければ、私は、何も出来ませんでした。Katoさんは、そこにいらっしゃいます」と言って、客席のKatoさんへ拍手をおくりました。

私は逆に、いつか、リック・ウェイクマンが、教会のパイプオルガンを弾いているところを観たいな、と思いましたが、今日のライブの演奏は素晴らしかったです。

パイプ・オルガンの音に、低音のシンセの音のおなりが重なり、
速いパッセージとダイナミックな音世界。

本日のハイライトのひとつでしょう。

8曲目の前に、リックは言いました。

「Yesのジョン(アンダーソン)は、今、かなり具合が悪いんだ。ほんとに病気なんだ。なんとか、はやく彼が快復してくれることを願っている。次の曲は、そんな気持ちをこめて」

ABWH時代のJonとの共作

「The Meeting」をグランド・ピアノで弾きました。

イエスのツアーが、ジョンの病気を理由に延期されていますが、とても気になります。

9曲目は、リックのソロ・アルバム『アーサー王と円卓の騎士たち』から

アーサー王

「Merlin the Magician」です。

「この曲は、バンドなしで演奏するのは難しいので、ソロ用にアレンジしたんだ」といって演奏を始めました。

オリジナル・バージョンよりも、コンパクトにまとまっていて、バンドなしの、バンド・サウンドが表現されていて、よかったです。

この曲でも、6台のキーボードをフル活用していましたが、
ようやく気がついたのは、上下に重ねられた3組のキーボード

上のキーボードは、どれもKorgのOASYS
下のキーボードは、どれもRoland

ということは、この3組は、ある種の音色、ハーモニー、オーケストレーションなど、それぞれ違う風にセットされているということでしょうか。

たしかに、同じ種類のキーボードを弾いていても、音およびサウンド効果は全然違っていました。


曲の最後のほうで出てくる、ちょっとコミカルな、チェンバルのような音には、思わず、にやっとしてしまいました。リック・ウェイクマンの曲は、最初、または曲中、シリアスな、イギリスらしい暗闇に入ることがあるのですが(別の言葉で言えば、荘厳になるのですが)それが、かならず、陽気な雰囲気に解消されていくところが好きです。

10曲目は、再びアルバム『ヘンリー八世の六人の妻』から、

「キャサリン・オブ・オラゴン」

このアルバムの冒頭の曲で、やっぱり名曲です。
グランド・ピアノで演奏された、その曲、やっぱりリックらしいクラシカルな右手のはや弾きメロディに、左手の力強いバッキング。

ディープ・パープルのジョン・ロードも、クラシックに影響を受けたキーボード・プレイヤーですが、やっぱり、こんなスタイルのロック・キーボード・プレイヤーは、リック・ウェイクマン以外にはいないのではないでしょうか。

11曲目と12曲目は、レノン=マッカートニーの曲

「Help」のフランス・バージョンと
「エレナ・リグビー」の東欧バージョンだそうです。

なるほど、「Help」は、ゆったりと耽美なメロディが際立ち、連続したメドレーは、激しい変化とともに、「エレナ・リグビー」につながって行きました。。

フランス・バージョンというのは、なんとなくイメージできましたが、なぜ「東欧風」が、激しい演奏なのかは、ちょっと謎です。

これで、ステージは終了。

アンコールの声援にこたえて再び出てきたリックは、

「これから演奏する曲は、みなさんの知らない曲です。だから、もし僕が弾き間違えても、誰もわからないでしょう」と言って、

人間のサーカスのために書いた曲です、という曲を弾いてくれました。

ミュージック・チャージは少し高いですが、長年、あこがれてきたリック・ウェイクマンを、まるで独り占めしたような至近距離で観られたこと、その演奏を大いに堪能したこと、そのことに満足して、僕は帰宅しました。






最終更新日  2008年07月24日 11時29分53秒
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2008年07月21日
カテゴリ:音楽:ライブ
イエスのキーボード奏者、リック・ウェイクマンが、Billboard Live Tokyoという、ライヴ・レストランで、単独ライブをやるというので、行ってきた。

リック・ウェイクマンは、イエスの黄金期のメンバーで、

ジョン・アンダーソン(vo)
スティーブ・ハウ(g)
クリス・スクワイア(b)
ビル・ブラフォード(ds)

とともに、イエスの黄金期の傑作、
『こわれもの』『危機』
をレコーディング。

こわれもの
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危機
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『危機』後、ドラムスがビル・ブラフォードからアラン・ホワイトに変わったが、

その間にレコーディングされたライブ・アルバム『Yes Songs』でも、リックは活躍、
ドラムスが、収録時期の違いで、ビル・ブラフォードとアラン・ホワイトのふたりが演奏している3枚組みの大作ライブが発表された。

その後、1曲20分前後の大作が、当時のアナログA面、B面に一曲ずつ、2枚組みに4曲収録された、問題作『海洋地形学の物語』でも、リックは演奏している。
ぼくは、このアルバムが大好きだが、しかし、リック・ウェイクマンはこの『海洋地形学の物語』で、やりたい音楽の方向性がずれてきたのか、いったんここでYESを脱退する。

その後、『Going for the One』で、復帰、素晴らしい演奏をしている。
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リック・ウェイクマンは、Yesで活躍するかたわら、ソロ活動も活発で、

『ヘンリー八世の六人の妻』
ジュール・ヴェルヌのSF小説を題材にした『地底探検』、
『アーサー王と円卓の騎士』といった、ソロ・アルバムを発表し、大変な話題となった。


彼の、キーボードを12台から14台ぐらいを、自分の四方八方に積み重ねて演奏するさまは、その姿そのものが、ライヴ・パーフォーマンスであった。
当時は、アナログ・シンセサイザーの時代で、各種の音色を作ること自体が大変な作業で、
シンセ、ミニ・ムーグ(モーグ)、メロトロン、アルバム録音時には教会のパイプオルガンなども弾き、ライブでも、素早くキーボードから別のキーボードへと手を移して弾くさま、クラシック音楽の素地があるため、クラシカルでメロディアスな曲を、よどみなく流暢に弾きながら、バックのサウンドはあくまで「ロック」である、というのは大変な驚きであった。

ぼくは、ロック少年の頃、リック・ウェイクマンのようにキーボードが弾きたかったし、シンセサイザーも欲しかったが、当時のシンセサイザーは、モノフォニックでも、バカ高くて買えなかった。そして、もしキーボードを持っていても、クルマの運転も出来なければ、宅配便もない時代、キーボードを運ぶすべもなく、大のロック少年であったパスタも、バンド少年にはなれなかったのを思い出す。

さて、そんなリック・ウェイクマン、Yesが分裂して、Yesとは別に
ABWH
すなわち、
ジョン・アンダーソン(vo)
ビル・ブラフォード(ds)
リック・ウェイクマン(key)
スティーブ・ハウ(g)

に、トニー・レヴィン(b)をむかえた、メンバーで来日したのが、ぼくがはじめてリック・ウェイクマンを見た時だ。
その時は、さいわいにも友人のコネがあって、楽屋にもいけたのだが、
リック・ウェイクマンに

「ぼくは、もう10何年もあなたの来日を待ち望んでいました」と言って、握手したら彼の大きな手のひらで力強く握り返してくれたのを思えている。

その後、クリス・スクワイア率いるYesとABWHが合体し、
拡大Yesとなって来日した時もリックの雄姿をみた。
また、NYに行って、Yesのライブで彼をみたこともあった。

しかし、リック・ウェイクマンを見るのは久しぶりだし、単独ソロというのも初めてだ。
しかも、ライブ・レストランというきわめて至近距離から見られるのも楽しみだ。

わくわくしながら、ダークビアを飲みながら、待っていると、
ステージに、背が高くて金髪のリック・ウェイクマンが登場した。

年齢のせいか、おなかがかなり出っ張っていたが、長身であり、いつものトレードマーク的長いマントのような衣装を着ているので、おなかのでっぱりは、それほど気にならない。
しかし、短くたくわえた口ひげに白いものが混じっているのを見ると、やっぱり彼も年をとったのだなぁ、と思う。今年59歳である。しかし、きわめて元気そうである。

キーボード群は、ステージ向かって左側に上下に重ねて、ステージと並行に2台、右に2台、左に2台置いている。ステージ奥にはミキサーがある。

そして、ステージ向かって右側にはグランド・ピアノが一台置いてある。

昔に比べれば、かなりキーボード・シンセ類がすっきりしている。

オープニングの時にかかっていたクラシック曲『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』(立ったと思うが)を、グランド・ピアノで弾き始めた。

この曲を弾き終えた後、マイクを持ってMCを。
「ありがと。Thank You」

1972年に戻って、私のソロ・アルバム『ヘンリー八世の六人の妻』から、

「キャサリン・ハワード」を演奏します。

『ヘンリー八世の六人の妻』の中でも、僕の好きな曲のひとつだ。

リック・ウェイクマンは、驚いたことに、この名曲の曲調がかわるたんびに、弾いているキーボードを動き、結局6台とも弾いた。

先日、来日したASIAのジェフリー・ダウンズも、キーボードを沢山積み上げて弾いていたが、1曲では、せいぜい2~3台のキーボードしか弾いていなかった。

リック・ウェイクマンは、Yes & ASIAのギタリスト、スティーブ・ハウと同じように、1曲の中でも、曲想に変化をつけ、そのたびに楽器を持ち替えるのだなぁ、と思った。

また、クラシカルなピアノタッチや、クラシック音楽を髣髴させるメロディと指使い、
この辺は、おなじプログレッシブ・ロック・キーボード・プレイヤーのキース・エマーソンとも違うのだなあ、とあらためて思った。

3曲目は、彼がキャット・スティーブンスのために書いた
『Morning Has Broken』

グランド・ピアノで弾きました。

4曲目と5曲目は、

リックが、「ここらで、YESの曲を弾かないわけにはいかないでしょう」といって弾いた

『And You And I』(アルバム「危機」に収録)と

『Wonderous Stories』(アルバム「Going for The One」に収録)の大作を

メドレーで弾きました。曲がうつる時、ステージむかって右側のキーボード2台から、正面の2台に動くッ時、足でペダルをふんで、曲が違和感なくつながっているように弾いているのが面白かったです。

というのも、かつてのリック・ウェイクマンは、キーボード群の下をテントっというか布で覆い隠して、足技があんまり見えないようにしていたので。

それにしても、ロック少年、パスタが、この『And You and I』を、エレクトーンでコピーしようとしていたことを思い出します。

ほかでもなく、YESの曲で、この2曲を取り上げたのは、やっぱり彼も、「危機」や「Going for The One」の頃のイエス・サウンドが好きなんでしょうね。また、自分の貢献度も高いアルバムだったのかもしれません。






最終更新日  2008年07月24日 11時29分12秒
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