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テーマ:アセンション(261)
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多分、今私が真剣に考えている「自分を好きになり、自分を敬う。」というテーマは、
今生の世で、私ができる意識進化の最終段階のような気がしてならない。 人には幼児期に目覚める第一の自我と思春期に目覚める第二の自我があり、 恐らくは第二の自我の芽生えがもたらした自分へのコンプレックスや、思い通りにいかない心の傷は、 視点、視野の拡大で癒せるのです。 というのは、他人との比較や、他人の価値観から見た自分を、誤解して嫌い始めたり、自分は駄目なんだと思い始めたに過ぎないから、生きて掴んだ経験や価値観がいずれ、その誤解を解いて行く。 それで済むのなら、もっと多くの人が解脱していてしかるべきなのに、決してそうではないのは、 赤ん坊の時についた深い傷と言おうか、もどかしさが、私達の存在を不確かにしているのではないだろうか。 人が自分を好きだと実感出来るのは、思い通りの自分を生きられた時ですが、 アセンションすると何もかも望み通りにどんどん叶って行くと良いますよね。 恐らく前提として、自分を好きで、自分を敬う、という意識進化を果たしてこそ、そうなるのだと思う。 とりあえず、今日その破れかぶれの実践論で、 仕事着は昨日届いたピーチジョンのボーダーニットワンピースにしてみた。 仕事に着ていくものとか何だって良いよ、汚れるんだし、という考えをとりあえず捨てて、 これ昨日届いたばかりで可愛いし、似合っているのにもったいないな、という考えも捨てて、 好きなものを着て、出掛けてみようという結論に至る。 まぁ、確かにそのように選択すると、「折角だから久々にカバーマークのファンデーションで、鉄壁の美肌モードで行こう。」「前髪がパサついてるなぁ、きちんとワックス塗ってみよう。」とはなる。 2、3割自分を持ち上げて出掛けようという気合い。 それで、人間関係が良くなったかというとそうでもないな。 仲が良い人とは楽しく話せて、そうでない人にはむしろいつもより感じ悪く接されるみたいな感があったかな。何でだろう?? 昨日読んだ、「こころが輝く浄化力」という本に、 周波数の高い人と鈍い人は交わらない、 オーラが光輝いている人と邪気でどんよりしている人は仲良くなることはできない、 と書いてあったけど、このためか? オーラが輝いている状態とは、ご機嫌な状態らしい。 確かに今日話した人とは楽しい話をしました。 なら、今の職場合ってないのかなぁ。 好きな人とも合わないのかなぁ。 因みに、いじめやパワハラの原因は、周波数が違いすぎて、 相手が邪魔で仕方ないからだそうです。 周波数が違いすぎるとむしろ交わってしまう例外があるそうで。 邪気がかりには光がまぶしすぎて、遠くへ行かせたいのですって。 まぁ、そうだろうなって感じ。 こんなんで仕事続けられるのかなぁ。 けど、これが、仮にライトワークだとするなら、春分までこうなんだろうな。 帰宅後は、ゴミの日だったので、寝具の整理処分をしました。 こたこたになっているものは捨てました。 なんか寝具って高いからどうしてもいつ買い替えられるかと、 後生大事にとって置きがち。 けど、その気持ちは捨てて、何かを辛抱すれば買える訳だしって、思い直して捨てました。 仕事が見つかるまでは、こういう作業を続けたいと思っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.03.21 01:24:46
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