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オランダ ネーデルラントより

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2006年01月23日
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夕方、近所の大学でオランダの最古の都市Nijmegen(ネイメーヘン)の
市民講座があるというので出席する。
相棒も夕方別の用事があるというので、
イスラエルの留学生Aさんに、長男のベビーシッターをお願いする。

講師のA先生は、典型的オランダ女性のように
背が高く(180センチ以上?)で、骨太で筋骨隆々。
冬は、日照時間の少ないオランダで、
不思議なほど、真っ赤かに日焼けした顔はほてっている。
今発掘から帰っていたゾ!といわんばかりの作業着の服装と髪型。
フィールドワークに万全の体制で臨む、考古学者。
ごつくていかつい体と、太い腕を振りまわしながら
最初からハイテンションで説明してくれる。

「Nederland(オランダ)が歴史に登場したのは、いつでしょう?」
とA先生さんがきくと、
サッとみんな手を上げて、
「ユリウス カエサルの『ガリア戦記』です」
と一斉に答える。
一般向けの、どちらかというと中高年向けの市民講座なんだけど
ギムナジウムという大学進学コースの中高校に通っていた
オランダ人は、ラテン語やギリシア語が読める。
モーレツにいろんな古典を読まされるのだそうだ。

筆者の手元にあるのは、講談学術文庫の
「ガリア戦記(ユリウス カエサル紀元前100年-紀元前44年)」。
わかりやすい日本語訳と注釈、索引があり、
地図や武器名や役職など図解付きなのがありがたい。

このカエサルの「ガリア戦記」に、
古代ネーデルラントのゲルマン人の一部族、
バターウィー族(Batavi)が住んでいたという記述がある。

「(省略)この島の大半には、獰猛で野蛮民族が住む。
(省略)その中には、魚や鳥の卵だけで生きていると考えられる部族もいる。」
(前述書「第4巻4年目の戦争」より)

この本についている地図を見る限りでは、現在のZeeland周辺だろうか。
初めて歴史に登場したバターウィー族だけれど、
オランダ人の永遠のヒーローカエサルに記述され、
よっぽどうれしかったのか、インドネシアの現ジャカルタを、
オランダ植民地時代には、バタビアとと命名している。
また、オランダ本国でもフランス支配下のバタヴィア共和国
(1793年 - 1806年)として使われたことがある。

「獰猛で野蛮民族」、「魚や鳥の卵だけで生きている」など
未開の非文明民族として登場するので、
かなり不名誉だと思うのだけれど、
それこそ、日本にとっての魏志倭人伝に出てくる
「邪馬台国」と「倭人」なのかもしれない。

「バタビア」というと、文明大国ローマの軍として、
勇猛果敢な騎馬戦士というイメージがあり、
オランダ人のDNAと血が沸騰するほど、感動的な響きのようだ。

「みなさんをがっかりさせてしまうかもしれませんが・・・」
と講師のA先生は気の毒そうにいいつつ
「このバターウィー族が、現オランダ人の直接の先祖であるという
考古学的・科学的な立証は何にもありません・・」
ん~~~~~!と一同うなる・・(残念)

A先生は、ユリウス カエサルの話を丸っこい頬を紅潮させながら、
説明しはじめる。
かなり長いので、ここでは省略しますね。
別のブログにて・・

ネイメーヘン紀元前19-10年と推定される
ここにローマ軍の駐屯地があり。
その北東の小高い丘にローマ式の邸宅の発掘プロジェクトに
かかわった話をA先生がしてくれた。

1600年初頭に80年戦争で、すっかり破壊されてしまい
現在では、雑草の生い茂る雑木林なんだけど
そこにには、ローマ式の庭や泉をもった邸宅があった。
そこからは、北側の川、運河、南運河沿いの駐屯地が一望に見渡せる
司令官や階級の高いローマ人が住むのに快適で
戦略上、好都合な立地条件。
発掘された柱跡から、かなり大きなローマ式の邸宅で
デザイン付きの薄い、ローマでつくられたと考えられる
テラコッタのつぼや、ヘルメットやマスクが発見された。

ローマ軍の駐屯地、現ネイメーヘン旧市街だけれど
やく1万2000人ほどの収容できたそうだ。
一つのテント、もしくはバラックの一部屋に
8人収容でき、それを再現したCGもみせてくれた。

紀元100年ぐらいになるとローマ軍駐屯地といして
ネイメーヘンは、寂れていく。

「では、ローマ軍に編入されていたバタビィーは、
どこにいったのでしょう?」
とA先生。

タキトゥスの「ゲルマーニア」(岩波文庫)にも、
武勇を誇るバタービィーの記述がある。
彼らは、古くからローマとの友好関係にあり、
「(略)定時の賦課や随時の徴発をまぬがれ、
ひとえにただ戦闘に用いられるために彼らは(ローマによって)別置され、
あたかも槍や武器のように、戦争に向かって蓄えられている」
(前述書「二九 ローマに服属するゲルマーニー、十分の一税の土地」)

そこでA先生は、筆記体のラテン語がかかれた
小さな木片のスライドを見せてくれた。
「この小さな木片のは、イギリスで発見された手紙です。
紀元100年ぐらいのものと推定されます。」

「内容としては『お金をいくら届けてほしい云々』と
特に際立ったことはありません。
でも、どこの誰が書いたかということが大切です。
では、みなさんで一緒に読んでみましょう」

署名は、筆記体のラテン語で
最初の字は、漢字の「入」のようだ。
「これは、『B』ですね。
次ぎは、『A』ですね。
『T』ははっきりしてますね。
そしてまた『A』、
次ぎの『u』のようですが、『V』です。
もうおわかりですか?『BATAVI』。
つまりバタービィー族の誰かが、
この木片の手紙を書いたということです」

「どうして、バタービィー族が、
ブリタニア(現在のイギリス)にいるのでしょう?
このネイメーヘンから、バタービィー族が、
ブリタニアのローマ駐屯軍に編入されたという仮説が有力です。
ブリタニアは、オランダと似た気候で、
日照時間が少なく、寒冷で湿度が高く、
イタリア半島のローマ人より、環境に適していたのでしょう。
またバタービィー族は、騎馬も水泳もできたので、
適材適所だったと思います。」

と一般の人にも、ラテン語の木片をわかりやすく説明したり
テラコッタやくぎの破片を触らせてくれたり
出席者は、大喜び。
もちろん筆者も♪

この週末に、ネイメーヘンの展示会に行く予定。
相棒は、なんだかまだフニャフニャして、決めてないそうだ。





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最終更新日  2006年01月25日 02時56分59秒

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