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2017.01.25
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カテゴリ:独生女考
 旧約時代、新約時代の使命は何かというと、地上にメシヤの相対者を求めることです。メシヤのためにエバをつくるのです。
 絶対に服従するエバ圏を拡大し、すべてが歓迎する中で、愛の主体であるメシヤを迎えるようにすれば、自動的に全体が連結されるようになります。そのような環境、世界的環境をつくらなければならないのが、旧約時代の使命であり、新約時代の使命でした。(37)

ーーーーー
上記『祝福と理想家庭』(韓日対訳1)P.263 からのみ言が目にとまったので紹介したい。

ここにはメシヤが来られて(堕落圏)から新婦を探し出すとはなっていない。「絶対に服従するエバ圏を拡大」(宗教圏)し、すべてが歓迎する中でメシヤを迎えるように準備したのが、旧約時代、そして、新約時代であった。
旧約時代のそれはイスラエル選民であり、新約時代はキリスト教がメシヤの新婦格として準備された。

本来ならば、文総裁はこのキリスト教圏から相対を探し出して「子羊の婚宴」をされるはずだったが、キリスト教がそれに応えることが出来ず、仕方かなく「世界基督教統一神霊協会」を新婦格の宗教としてたてられた。

原理講論・再臨論を見ても、特には「第二節 イエスはいかに再臨されるか」のP.557~からの引用。

……

それでは、雲とは果たして何を比喩した言葉であろうか。雲は地上から汚れた水が蒸発(浄化)して、天に昇っていったものをいう。また、黙示録一七章15節を見ると、水は堕落した人間を象徴している。したがって、このような意味のものとして解釈すれば、雲は、堕落した人間が重生し、その心が常に地にあるのでなく、天にある、いわば信仰の篤い信徒たちを意味するものであるということを知り得るのである。また雲は、聖書、あるいは古典において、群衆を表示する言葉としても使用されている(ヘブル一二・1)。そればかりでなく、今日の東洋や西洋の言語生活においても、やはりそのように使われているのを、我々はいくらでも見いだすことができるのであるまたモーセ路程において、イスラエル民族を導いた昼(+)の雲の柱は、将来、同じ民族の指導者として来られるイエス(+)を表示したのであり、夜(−)の火の柱は、イエスの対象存在として、火の役割をもってイスラエル民族を導かれる聖霊(−)を表示したのであった。我々は、以上の説明により、イエスが雲に乗って来られるというのは、イエスが重生した信徒たちの群れの中で、第二イスラエルであるキリスト教信徒たちの指導者として現れるということを意味するものであることが分かる。既に詳しく考察したように、弟子たちがイエスに、どこに再臨されるかということについて質問したとき(ルカ一七・37)、イエスが、死体のある所にははげたかが集まるものであると答えられたそのみ言の真の内容も、その裏として信仰の篤い信徒たちが集まる所にイエスが来られるということを意味したのであって、要するに、雲に乗って来られるというみ言と同一の内容であることを、我々は知ることができる。
雲を、以上のように比喩として解釈すると、イエスは初臨のときにも、天から雲に乗って来られた方であったと見ることができるのである。なんとなれば、コリントⅠ一五章47節に、「第一の人(アダム)は地から出て土に属し、第二の人(イエス)は天から来る」とあるみ言や、また、ヨハネ福音書三章13節に、「天から下ってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない」とあるみ言のとおり、イエスは事実上、地上で誕生されたのであるが、その目的や、価値を中心として見るときには、彼は明らかに、天より降りてこられた方であったからである。ダニエル書七章13節に、初臨のときにも、イエスがやはり雲に乗って来られるといい表していた理由も、実はここにあったのである。

この雲とは「信仰の篤い信徒たちが集まる所」を意味していた。
モーセ路程からは昼の雲の柱(+)と夜の火の柱(-)はそれぞれにイエス様と聖霊を表示したものであり、イエス様も雲に乗ってこられた方であった。また、再臨主も「雲に乗ってこられる」というのが聖書のみ言葉だ。


これと類似した内容が文総裁聖和後の2012年9月17日、真のお母様のメッセージ(『トゥデイズ・ワールド・ジャパン』2012天暦9月号に掲載)でも語られていた。
表現としては「摂理的新婦」と書かれており、その中から「実体的新婦」(独生女)を迎える摂理(子羊の婚宴)がなされるようになっていた。そして、再臨主を中心としてアベル圏(キリスト教)とカイン圏(世界、特に国連)が一つになることを予定していたのではなかっただろうか。




ところが、当初「摂理的新婦」としての使命を担っていたのはキリスト教であったが、キリスト教はその責任を果たすことが出来ず、1954年、キリスト教に代わる「摂理的新婦」の資格をもって設立されたのが「世界基督教統一神霊協会」であった。その基台の上に「実体的新婦」として韓鶴子総裁を迎えての聖婚式が挙行された。





さらには1992年、「摂理的新婦」格としての「世界平和女性連合」を創設し初めて公式の場で真の父母様が「メシヤ宣布」「再臨主宣布」をされたのであった。その間、様々な苦難や迫害を乗り越えた中、ソ連のゴルバチョフ書記長、北朝鮮の金日成主席とも会い天の愛(真の父母様の愛)によって屈伏させていかれた。

さて、その後の展開はどうでなければならなかったのだろうか。
真のお父様に侍り、「母子協助」のもとアベル・カインの一体化(実体基台)をなしていく摂理がなされてきた。「女性連合」を建て、また、アベルUN(天宙平和連合)を中心としながらである。
2012年7月、文総裁は聖和を前にして「アベル女性UN創設大会」も宣布された。

ここではっきりと知っておかなければならないことは、「実体基台」勝利のためには「母子協助」は不可欠であるということだ。

今日、分派は「子女時代」を迎えたとかで自分勝手に活動をしてはいるが、「母子協助」なくしては実体基台の勝利は不可能である。

「神主義」「父母主義」「頭翼思想」、これらすべての言葉は「兄弟主義」では統一されないということだ。


「独生女考」の話は前後してしまったが、女性タマルについてである。
彼女は双子の兄弟を生むが、最初の兄を引き戻して弟が先に出てくる。ここでは、アベル・カインが逆転して「長子権復帰」がされたのではなかった。神様は条件がそろえば、女性の胎を通して「独生子」を誕生させることが出来ることを示してくださったのだ。
その後においても、神様は長子を忌み嫌い次子を愛していかれたことは、これまでの記述でも述べていた。

そして、マリヤがイエス様を出産。マリヤのその後は、当時の女性たちを総動員してまでもイエス様の花嫁を準備しなければならなかった。






世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。

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最終更新日  2017.10.14 17:04:08
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