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2019.12.14
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カテゴリ:UCI、サンク
​​とうごま氏の「文亨進様が真の後継者であることを立証する60の論題」小冊子(紙くず)からの連載はまだ続く?
論題41)▼郭氏の主張する「宗教の時代の終焉」で堕落世界は救われない
論題42)▼家庭平和協会の平和実践活動で天一国は実現出来ない
FPAを批判したものだが、サンクとて五十歩百歩。
真の父母様の崇高な理念を忘れては一宗教に成り下がってしまった。
お父様が解かれた原理を歪曲解釈しては、間違った方向へと走っているようだ。
間違った情報に間違った情報を重ねてのオンパレードが「60の論題」である。Kの子供二人を並べてはH4とKのアベルカインの一体化などと誰が信じるのか?
とうごま氏、これの説明を責任を持ってされては如何か。
よくも調べもしないで間違った情報をペーストするサンクの宣伝マンがとうごま氏、あなただ。

このように、H4が後継者だとする論拠がどこにも見当たらない。

●目 次

第01章 真のお父様
第02章 真のお母様
第03章 真の血統相続者
第04章 三代王権完成者
第05章 天の御言守護者
第06章 再臨主の伝統相続者
第07章 カイン・アベル一体勝利者
第08章 世界摂理推進者
第09章 実体的天一国創建
第10章 平和軍平和警察
第11章 文鮮明師の聖和
第12章 天一国国民

「60の論題」全てが没、(500円の値打ちもない)タダの紙くずでしかない。

シムソン(恣意存)氏の「夜の神様オンリー」の論理展開もまた、同じ穴のムジナである。

​人類始祖が誕生するまでの被造世界の創造は、夜の神様自身の発動する心情エネルギー、聖書の聖句の表現からすれば「神の霊」によって行われました。​
彼がいうには、創造前の神様が「無の状態」でありそれが「夜の神様」ということだが、上記引用は創造原理(原理講論P.63)の二性性相をまったく度外視したものだ。
​​(六) すべての存在が二性性相になっている理由

 いかなるものでも、存在するためには、必ずある力を必要とするようになるが、その力は授受作用によってのみ起こる。けれども、いかなるものも単独で授受することはできないので、それが存在するための力を起こすには、必ず授受作用ができる主体と対象との二性性相として存在しなければならない。
 また直線上の運動においてはいつかは終わりがこなければならないので、このような直線運動をしている存在は永遠性をもつことができない。それゆえに、いかなるものでも、永遠性をもつためには回転しなければならないし、回転するためには主体と対象が授受作用をしなければならない。それゆえに、神も永遠性をもつために、二性性相としていまし給うのであるし、神の永遠なる対象である被造物も永遠性をもつためには、神に似た二性性相として存在しなければならない。そして、時間も周期的な輪廻によって、永遠性を維持しているのである。
夜の神様オンリーから心情エネルギーなど夢のまた夢。
神様は永遠に「無の状態」、それどころか絶対的な力(万有原力)も出てこないのだから存在することすら出来ない。
よって、神様自身は二性性相の中和体として自存されるお方であり、イエス様は「天のお父様」と呼ばれるしかなかったが、真の父母様の「天の父母様」はこの原理観からくるもので、原理講論の説くところの「新しい真理」である。


さて、前回記事「霊通者・シムソン(恣意存)氏の落とし穴--原理講論より 」の続き。
文末から映像「真のお父様とお母様は一つの血統に結ばれた一人」から「夜昼の神様」について私なりの意見を書いてみようということだったが、



先ずは創世記から解いていこうと思う。
神様は人間始祖アダムとエバを創造されては

創世記第2章
​​​​​​7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。
8 主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。
9 また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。
……
16 主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。
17 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。
18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。
19 そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。
20 それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。
21 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。
24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。
25 人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。​​​​​​
​神様がエデンの園でアダムエバを創造されたときに園の中央に置かれたのは「生命の木」と「善悪を知る木」。
原理講論からは「生命の木」とは、
では、完成するそのときを仰ぎ見ながら成長していた未完成のアダムの願いであった生命の木とは、いったい何であったろうか。それは、彼が堕落せずに成長して、神の創造理想を完成した男性になるということでなければならない。したがって、我々はここにおいて、​​生命の木とは、すなわち、創造理想を完成した男性である、ということを知ることができる。創造理想を完成した男性とは、すなわち、完成したアダムを意味するがゆえに、生命の木とは、すなわち、完成したアダムを比喩した言葉であるということを知ることができるのである。​​
また、「善悪を知る木」とは、
​② 善悪を知る木

神はアダムだけを創造したのではなく、その配偶者としてエバを創造された。したがって、エデンの園の中に創造理想を完成した男性を比喩する木があったとすれば、同様に女性を比喩するもう一つの木が、当然存在してしかるべきではなかろうか。これが生命の木と共に生えていたと記録されている(創二・9)善悪を知る木であったのである。したがって、​​​善悪を知る木というその木は、創造理想を完成した女性を象徴するものである。ゆえに、それは完成したエバを例えていった言葉であるということを知ることができるのである。​​​




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

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最終更新日  2019.12.15 04:03:21
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