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2020.02.13
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カテゴリ:UCI、サンク
『韓鶴子女史御言選集 愛の世界』(1989年2月11日発行)から、姜賢實伝道師が祝福婦人会の集いで語った証「統一家の誇りであるお母様」からの引用です。



……
 そういう面から、今はお母様についても証する人がなければならないと感じます。この観点から、お父様が語られた内容、お母様が語られた内容、また洪順愛ハルモニが語られた内容と、私が考えてきた内容を総合してお話しすることにいたします。

  洪順愛ハルモニの信仰生活

 私たちが統一教会の歴史を正しく知るためには、お父様についてのことも知らなければなりませんが、まずお母様のお母様である洪順愛ハルモニについて知らなければならないと思います。
 洪ハルモニは平安南道安川郡シンギリという村で育ちました。キリスト教の家庭で父母から厳格な宗教教育を受け、熱烈な信仰生活を送ったのです。娘時代には、その当時、神の特別な選びを受けた聖主教団の創始者、金聖道(キムソンド)ハルモニから直接的な指導と多くの愛を受けることができました。
 わが韓国は特別に神が選ばれた国だったのですが、日帝時代に至っては多くの宗教弾圧によって、信仰の自由というものは全くありませんでした。そういう状況においても、金聖道ハルモニは神に熱心に祈祷をささげ、また多くの啓示を受けることができました。
 金聖道ハルモニはいくつかの祈祷内容について、神にすがるように祈ったそうです。「第一に、人間の罪の根は何なのでしょうか。第二に、二千午前に来られたイエス様は本当にイスラエル民族から殺されるために来られたのでしょうか。第三に、主は確かに雲に乗って来られるのでしょうか」。これに対して神が現れて、「多くの者が私に祈祷をしたが、こんなに粘り強く祈祷する者は初めて見た」と言われ、答えを下さったというのです。
 神の返答は、まず罪の根は淫行であったということ、そして二千年前に来られたイエス様はイスラエル民族に殺されるために来られたのではなく、この地上に天国を建設するために来られたのであり、主は雲に乗って来られるのではなく、肉身をもって来られるという内容でした。ここで、この三つの質問に対する答えが、私たちの原理と同じであることが分かります。
 また腹中教会の李一徳(イイルドク)氏の夫人で許孝彬(ホヒョウビン)氏というかたがいましたが、そのかたも腹中を通してメシヤが来られると言ったのです。そして再臨主がこの地上に来られるようになれば、どのように信じ、どのように侍り仕えなければならないかという実質的な面においての啓示を受け、実践していました。敬礼をささげるにおいても五千回もしなければならないと信じていました。許孝彬氏が仏教徒に会って話を交わしたとき、「一万二千回敬礼をささげたら、すべての世情に通じ、神と通じるようになった」ということを聞いて、敬礼を信仰の基本儀式としたのです。
 そして一週間のうち月、水、土曜日と聖日には、十二種類の食べ物を供えて、主をもてなすために精誠を尽くしたというのです。また服をつくるにおいても、イエス様は三十三歳で亡くなられましたから、一歳から三十三歳まで着られる服を各季節に合わせて洋服を三着ずつ、韓国服を一着ずつ作っていたので、百十八着にもなったそうです。
 そればかりでなくコート、ポソン (韓国固有の足袋) ツルマキ(外とうのような着物)そして座布団まで作ったそうです。そのようにして、主がこの地上に来られたら、私たちがどのように信じ、侍り、仕えなければならないかという方法をそのときすでに見せてくれたのです。
 また李龍道牧師というメソジスト教会の牧師がおられましたが、本当に素晴らしい信仰を持ったかたでした。その人について書いた本を六冊も精読し、本当に恵みに満たされたそうです。李牧師が平壌(ピョンヤン)で復興会をすると、二千名から三千名が集まり、最後には礼拝堂の壁が壊れるほどであったといいます。しかしメソジスト教会連合で問題となって迫害を受け、追い出されるようになりました。
 金永雲(キムヨンウン)先生も十七歳のとき、そのかたにつき従いながら、恵みを多く受けたそうです。
 以上、聖主教、李龍道牧師の話をしたのは、このように神は私たちの分からない間に摂理し、役事してこられたことを確認したかったからです。これによって神が外的にそんなにも準備してこられたのだということを知ることができるのです。
 洪ハルモニは二十九歳まで、聖主教団と腹中教、李龍道牧師につき従ったといいます。そうして祈祷する中で啓示を受けられたそうです。洪ハルモニのご主人になるかたも、李龍道牧師の教会に行っておられましたが、李龍道牧師は「あなたがた二人が結婚をして子供を生むと、男の子を生めば天宙の大王となり、女の子を生めば天宙の女王となるから、必ず結婚しなければならない」と言われたそうです。そして李牧師が仲人をされ、結婚の主礼を務めてくださって、お二人が結婚できるようにされたというのです。
 先般、李龍道牧師の嫁に当たるかたが来られたことをお母様にお話し申し上げると、お母様は「私の父母の主礼をしてくださったかたが、正に李龍道牧師なのです」と言われました。
 洪ハルモニの先祖は、七代にわたって善の功績をたくさん築き上げた家系を持っておられます。そして二、三代は男性が多かったのですが、女性たちは少なく、一人娘として三代まで続いてきたといいます。洪ハルモニの弟さんが日本に勉強するために出発すると、洪ハルモニのお父さんは洪ハルモニのご主人を婿養子にしたい気持ちから、「家に来て息子のように暮らしなさい」と頼みました。しかし、主体性の強い韓さんは、「それはできない」と言って、お母様がおなかに宿って七か月のとき、洪ハルモニと別れることになったそうです。

  お母様の誕生と南下

 一九四三年陰暦一月六日、午前四時三十分にお母様が誕生されました。誕生された翌日、洪ハルモニがわかめスープを召し上がると、周囲が急に暗くなり、体がとても強い鉄のロープでしばられたように動けなくなったそうです。それで、だれかに「助けて」と声を上げようとしたのですが、声が全く出てこなかったというのです。すると、またどこからかとても気持ち悪い声が聞こえてきました。その声は「この小さな子供をもしこのまま生かしておけば、世界に大異変が起こるようになるから、この子を殺すのだ」というのです。
 洪ハルモニはあまりにも驚いて、「こんなことがあるだろうか」と舌口いながら赤ん坊を抱き上げ、命を懸けて神に祈祷されたそうです。
 「天のお父様、私の命はどうなってもかまいません。しかしこの子だけは生かしてくださり、守ってください。神の尊いみ旨のために生まれた子供なのですから、あなたがこの子を生かしてくださらなければなりません。サタンの手から命を守ってください」と切実に祈り、イエス様のみ名で祈祷を終えたそうです。
 そのとき、イエス様の姿を思いながら、心の底から命を懸けて祈祷をささげると、サタンは消え、初めて体を自由に動かせるようになったのです。そしてサタンがなぜ子供の命を奪おうとするのか、一生懸命考えました。すると一週間後に、金聖道ハルモニが洪ハルモニの夢に現れたのです。
 「順愛よ、その子は将来、主の新婦となるかたであるから、あなたは母というより乳母のような立場で、この子を貴重に思って育てなければならない」と教えてくださったそうです。
 ​洪ハルモニはそのとき初めてその子供の使命がどれほど大きいものであるかを悟りました。洪ハルモニの娘ではありましたが、自分の娘とは思わないで、神から直接授けられた貴い贈り物と思いながら、本当に大切に育てたというのです。​
 当時は日本帝国主義の時代でしたから、信仰の自由もなく、言論の自由、出版の自由、結社の自由もなく、隠れて信仰する難しい時代でした。ですから解放になって少しは自由に信仰生活ができると思っていたのですが、共産主義が入ってくるようになって、もっと大きな弾圧を受けるようになりました。私が神学校にいるとき、北韓の信徒たちのために、熱い涙を流しながら祈祷したことがあります。それは彼らが自由のない中で信仰を守ろうと努カすればするほど苦労し、苦労しながらも祈祷して、命懸けで信仰を守ろうとしていたからです。
 しかし共産党は、牧師から信仰の篤い信者まで一人一人逮捕して、全員監獄に入れてしまいました。このとき洪ハルモニとお母様は知り合いの家に避難しながら、信仰を守ったのです。しかし一九四八年、とうとう洪ハルモニ母娘は逮捕され、収容所に入ることになりました。
 ところが、収容されて十一日目に、天から声が聞こえたのです。
 「南の方に逃げなさい」という啓示でした。その夜、子供をおぶって真夜中に収容所を脱出し、三八度線を越えたということです。
 それが可能だったのは、そのときから神が背後で守ってくださり、直接に導いてくださったからでした。
 しかし、収容所を脱出したあとも、たやすいことばかりではありませんでした。当時三八度線は往来が禁止されていたのです。南の方に脱出する亡命者を防ぐために、北韓軍は厳重な警備網を広げていました。洪ハルモニは、警備網をくぐり抜ける瞬間瞬間に、命を懸けて神に祈祷されたのです。
 無事に三八度線を越えて、安堵する間もなく、数発の銃声が耳元をかすめていきました。南の国境を守備する軍人たちが暗やみに動く影を見て、共産軍のスパイではないかと誤解し、銃を撃ったのです。
 そのとき洪ハルモニは、彼らに敵でないことをどうやって知らせようかと苦心しましたが、子供に南の歌を大きな声で歌わせることにしました。するとその歌を聞いた軍人たちは、銃を撃つのをやめたというのです。軍人たちは二人を近くに迎えると、洪ハルモニに「こんなに小さな子供を連れてどうやって下ってきたのか」と言って慰めながら、旅費まで援助してくれ、ソウルに行く道を案内してくれたそうです。
 自由を求めて三八度線を越えたとき、お母様は六歳でした。北韓で教えられたのは金日成の歌だけでしたが、洪ハルモニはお母様に南の歌を教えてあげていたのです。これがお母様にとっては二度目の死線を越える出来事でした。

  洪ハルモニとお母様の統一教会人教

 このようにして無事にソウルに到着した洪ハルモニは 本当に娘がどれほど重要な使命を持ってしるかを知るようになりました。そして サタン世界に染まらなしようにするため 祈祷生活をする中で 鄭壽源(チョンスウォン)社長のお父さんである鄭錫天(チョンソクチョン)長老に会われたのです。鄭長老は聖主教団の金聖道ハルモニの息子さんでした。そのかたを通して統一教会を知ることになり 原理のみ言を聴き お父様にお会しするようになりました。
……


故・姜賢實女史が洪ハルモニとお母様について証していたものです。

アボニムは「イエス様の新婦は胎中血統転換ではない」と語った!「中村告発証言の衝撃」7」からです。
 「マリアの腹中から生まれたイエス様は、サタン世界の血統を転換させた上で生まれました。そうではないですか。血統を転換させた位置に来たのですが、イエス様の相対になる新婦は、血統転換の過程を経ていません。何の話か分かりますか。ですから、それが複雑だというのです。ここには、​必ず平面的に母が娘になり、娘が母になる、ひっくり返ることが起きなければなりません。天地開闢が起きるというのです。女性の世界で母が娘になり、娘が母にならなければならないのです。​

 それは一人ではできません。神様とアダムが完全に一つになってこれを協助しなければ、それをひっくり返せないということです。そこに誰が協助しなければならないのかというと、マリアが協助しなければならないのです。母が娘になり、娘が母にならなければなりません。このようなことを万古(限りない歳月)の伝統と理解し、風習の全体であると理解できる母にならなければならないのですが、そのような母になれなかったのです。

 そのようなことを皆さんは知らないでしょう? ​先生が今日、このようなことをすることができたのは、そのようなことをすべて立て直したからです。ですから、お母様も迎えてきたのです​
(140-149、1986・2・9)​​​

【参考記事】



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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最終更新日  2020.02.14 06:28:50
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