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2021.06.11
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​「根本復帰」(2)

1971年1月10日
江原道・江陵教会(聖日礼拝)


<(1)からの続き>


 統一家の女性として伝統を立てるべき三年期間

 先生は中心です。中心は真中にいるのです。しかし、東西南北の四方を整えるのは皆さんです。四方は皆さんが成さなければなりません。ここにおいて、皆さんが中心と一つになろうとすれば、中心と接ぎ木することのできる内容を持たなければなりません。それ故、先生はそのような道を行きましたし、皆さんも行かざるを得ないのです。

 皆さんの子女三代さえ経るその日には、世界を我々の意のままにすることがてきるようになります。原理を知ってみれば、そのような内容を知ることができます。何故、世界がこのように急変していくのか分かりますか。今見ると、共産世界が崩れ落ちており、民主世界が崩れつつあるのです。何故そうなのでしょうか。この統一家故なのです。先生の故にそうなるのです。先生一人を出世させるために、そのようなことが起こるのです。

 今年からは有名人が多く他界するでしょう。天が高いことを知らず、世界が高いことを知らず、威張っていた人々は皆倒されてしまうのです。そのようなことが起きるのです。世界の政界を意のままにしようとするものであればあるほど、皆行かなければなりません。霊界から呼び出しの命令が下るようになれば、金日成も行かなければなりません。

 ところが、金日成はもう少しおいておかなければなりません。金日成を今連れて行けば統一教会が発展できません。現政府においては、もっと金日成がいなければなりません。金日成がスパイを時々送ってこそ、統一教会の勝共の風が吹くようになり、そうすることによって大韓民国政府が統一教会を立てるようになります。そのようになれば、統一教会はどんどん大きく結束されていくのです。サタンを知って、神の御旨を成すようにするのです。

 歴史において前にも後にも唯一度しかないこの時代を、皆さんが行くようになるとは、夢にも思わなかったでしょう。皆さん自身、そのような人であることを知っていましたか。国の密令を通告する人が不具者、やぶにらみ、白痴であるということを誰が知っていましたか。知らないが、その人達によって国が行ったり来たりするのです。

 同じように、皆さん達が何か分かりますか、分かりませ同か? しかし、指令を遣わす張本人は知っているのです。そのために、このように説明してあげているのです。サタン世界の怨讐も、このようなことを聞いて感嘆することのできる世の中になったので、今我々の御旨が成就されるようになったのです。

 今は、世界が銃剣を持ち出して我々を迫害しません。それ故に、今は御旨が成される時です。ローマ時代にキリスト教の人々は皆、地下に隠れて暮らしました。それなのに、皆さんは何が心配でしょうか。

 皆さんは、この三年路程において、イエスを追放していった女性の失敗を洗い流し、イエスの家庭を迎え入れ、歓迎することのできる新婦の道をつくらなければなりません。それ故に、三年期間の間、全精誠を込めなければなりません。それが統一家の女性達が立てなければならない伝統です。分かりましたか? (「はい。」)今、皆さんは他の考えをすれば大変な事が起こります。夫に会いたいという考えをしてはなりません。子供に会いたいと思ってもなりません。女性はまず天の父を愛し、それから夫を迎えるようになっています。天の父母と生命の因縁を結んでから、堕落しなかったアダムを迎えなければなりません。

(※ ここでもお父様み言から「天の父母様」と語られていました。)

 皆さんも同じです。戻って行くのに、エバが引っ張って行かなければなりません。天の父母を迎えて、愛して、その後に神の息子を愛そうとする心を持ってこそ、自分の子女を訪ねて行くことができます。世界の人類は神の子女であるから、世界の人類を愛そうとし、身悶えし、彼を愛したという条件を立てた時、初めて天の愛を受けられる身となるのです。そうすることによって、神の愛を受ける息子を生んで、神の愛の中で育てることができます。

 そうしなくては、自分の息子・娘を愛することができません。今まで、偽りの子女達が生まれたために、母がそのような条件を立てなければなりませんでした。天の父母の前に、天の国民の前に、そういう条件を立てなければなりません。それ故に、愛する心を持ち、天の父母の前に、その次に天の民の前に捧げなければなりません。

 またその国に王がいるとすれば、その王の心はどのようでなければなりませんか。天道に従って天命を受けなければならないし、天の愛があるならば、その愛を民の前に施し、天命によって彼等を指導しなければなりません。これが主人の責任なのです。皆さんが同じ思想を持つならば天国の王子となり、王女となるのです。

 何故そうなのですか。王と同じような心で愛し、愛を受けたために王女となることができ、王子となることができます。何の話か分かりますか、分かりませんか? 何も知らない統一教会の人達は空っぽです。それだから威張るなと言うのです。“これ”と言えば“はい”と言いながら、絶対服従しなければなりません。皆さんが分からなくても、絶対服従していけば、皆越えていくのです。

 このような重要な一時を迎え、このようにすることのできるのは、女性として生まれた皆さんの恵みです。苦労と言っても三年程度です。三年くらいの苦労はできませんか。かえってそれを素晴らしく思わなければなりません。おなかが空いて泣いたり、寒いと言って泣いたり、そうしてはなりません。

 夫達は婦人を応援しなさい

 先生は三年前から女性達を全員動員するということを言ってきました。それで、積い出したでしょうか、追い出さなかったでしょうか。追い出したでしょう? 普通追い出されたら滅びることがありますが、皆さんは追い出されたとしても、恵みを受けるのです。このような内容を知らず、皆さんは追い出されながら、「先生はいつぞや祝福をしてくれて、『良く生活しなさい』と言っていたのに、今はこれが良い暮らしなのか」と言ったでしょう。しかし、これが良く暮らす道ですか、滅びる道ですか。良く生きる道なのです。

 エバが天使長の話を聞いて堕落することによって、天道を離れたために、今日夫は、妻であるエバの話をよく聞かなければなりません。ただ昼夜エバの為にやってあげなければなりません。堕落はアダムと天使長によるものです。男性は賢くなくて堕落したのです。それで、先生は合同作戦をするのです。先生がアダムの立場であれば、今の夫は天使長の立場です。女性を滅ぼしたのはアダムが誤り、天使長が誤ったためです。天使長はエバに侍ることができず、アダムはエバを治めることができなかったために女性を滅ぼしたのです。

 それで、共同作戦をしなければならないために、先生が今度苦労する女性にお金を与えるのです。男性も協助しなければなりません。両面からの協助です。男性達、協助しなければならないでしょうか、しなくても良いでしょうか。(「しなければなりません。」)男性の中で意地悪な人は、お金を先生が皆手助けしてくれたらいいと言うかもしれませんが、そのようになれば、自分は妻と何の関係もなくなります。

 今度三×七=二十一、満二十日を基準として命令を下しました。もしできない人がいるとすれば、できないからといって落胆するなと言うのです。班長を初めとして、班員達全員が力を集めて共にやるのです。皆さんが上と下の着物を間違えて着たとしても、追い出してはならないのです。

 一つとなって共同で活動しなさい

 皆さんは今、真の父母のおなかの中に双子として入っているのと同じです。一人の父母の血と肉を一度に吸いながら育っているのです。従って、皆さんが食べたり、着たりするものは、皆共同でしなければなりません。それで、皆さんは今や、公的な所有観念を中心として生活しなければならないし、私的な所有観念は、全部捨てなければなりません。

 服よりも、ご飯よりも、人が貴いのです。そして、眠ることよりも人が貴いのです。それ故に、人を無視すれば滅びるのです。

 皆さんは一つにならなければなりません。もし、皆さん同士が闘うようになれば大変なのです。皆さん同士闘えば、皆さんの子女が病気になったり、問題が起こります。夫の行くべき道に引き込まれて入って行って、子供達の道が引き込まれて行きます。即刻、そのようなことが現れるようになるでしょう。

 今までは統一教会が全部蕩減をしました。しかし、これからは統一教会が蕩減をしないで、統一教会に反対する者が、自分自身を通して蕩減するようになるのです。荷物が取り替えられる時が来るのです。今までは神が愛する人を犠牲にして奪って来ましたが、これからは悪なる人達を犠牲にして奪って来るのです。そのために、これからは我々が直接闘わずして、代わりを立てておいて闘う時が来るのです。いい時です。今は最後の峠を越えて行く時です。

 ここ(注・江陵)は韓半島の東ですか、西ですか。大関嶺の背骨の一番端ですね。それで、韓国で日の出を一番先に見るでしょう。運よく日曜日に江陵に来たことを考えてみると、神が守ってくださって、東から日が昇る日曜日の聖日の朝、一番最初に日を迎えるようにしたことが分かりました。それで私が話をしてあげるのも良いことだと思って来たのです。

 今、女性達も出世する(注・世に出る、出現すること)時が来ました。誰のためですか。(「先生のためです。」)先生がいなかったならば、めちゃくちゃになっていたことでしょう。今や統一教会の女性が勢いを得るようになるのです。何か事があれば先生に手紙を出して、「うちの夫がこうだから、教育してください」と言いなさい。男性達はそうすることができないのですね。そこで先生はその夫を連れて来て、「何故、妻にこのように良くしてあげられなかったのか」と言ってあげます。自分達同士では和解できなくても、先生が干渉すればできますね。それで、女性達には先生が絶対に必要です。

 カイン・アベルの統一方案

 復帰路程において、個人を見ると心と体が闘っています。それ故に、アベルである心の前に、カインである体を屈伏させて一つにならなくては、神の前に愛を受けることのできる個人となることが絶対にできません。

 それでは一つになろうとすれば、どうすれば良いでしょうか。カインはサタン側であるために、本来神側と怨讐です。神はプラス的存在です。サタンも神の代身の立場にいますからプラス的存在です。ところが、一つをつくろうとすればマイナス的存在がなければなりませんが、その役割を誰がしますか。アベルがしなければなりません。アベルがマイナス的に適用されます。それでアベルは、「私の物はあなたの物であり、あなたの物は世界の物であり、世界の物は神の物です」と言うのです。アベルがマイナスとなって、プラス的な神と一つになれば、ここではマイナスがあるようになるから、プラスであるサタンも来てくっ付くようになります。

 それで、神のために犠牲になりながら侍るように、カインに侍りなさいと言うのです。そのようになれば、カインは屈伏して入って来るのです。このような原則を中心として行けば、武器と強制的な方法を使わなくても、自動的に統一されるのです。これが先生の統一方案です。それ故、先生が常に神を愛するように、カイン、つまり世界を愛せよというのです。世界を愛する個人と家庭と氏族と国家は世界を支配するのです。これが統一思想です。これがなければ統一できません。統一方案はこれです。

 神を愛するように世界を愛さなければなりません。皆さんはマイナスとなって、神様と絶対的に一つにならなければなりません。そうするためには、従順に従って行かなければなりません。従って行けば成るのです。一つとなって共に行かなければ統一になりません。それ故に、アベルはプラスを救ってあげることのできる立場に立つのです。皆さんはそのような立場に立っているのです。

 個人においても同じです。心は体をかわいそうに思わなければなりません。統一教会の心は体を見れば、「体よ、あなたはかわいそうです」、このように考えなければなりません。「ああ手よ、あなたがかわいそうです。口よ、あなたがかわいそうです。ああ顔よ、かわいそうだ」。このようにしてみましたか。見ることも悲しいことだけ見、食べることも悲しいことだけ食べて、眠る時も悲しい所で寝るからかわいそうですか、かわいそうではないですか。皆さんはそのように心を持たなければなりません。

 体がかわいそうだという気がすれば、何故そのようになったかを考えなければなりません。世界がこのように惨めで、かわいそうであるために、私がかわいそうになったのだということを知るようになれば、自分がかわいそうであることを考えながら、世界のために泣いてあげることができるのです。涙を流しても、そのように流すのです。

 遠い所においては刺激が来ないのです。直接ひねってみて、「痛い」と言うのです。あまり痛ければ涙が出るでしょう? 同じことです。そのように感じるのです。私の体は世界の体であるのに、かわいそうです。それでも、家にいる時はよく食べてよく休みましたが、これが何なのか。しかし世界のために、と考えれば涙が出るのです。

 そのようにすれば、自分のための悲しみが、即人類の悲しみと連結され、自分の苦しみが人類の苦しみを代表するようになるために、それが祭物の立場になります。そのような立場は、この立場しかないのです。

 よく食べ、よく聞き、よく生きることができないことを、悔しいと思うなと言うのです。涙をこらえ、世界と一つになろうとし、命を捧げながら人類と共に一つになろうとする祭物の立場に出ようとするから、仕方なしにそうするしかないのです。ここで、一つとなっていくのです。皆さんはそのようにしてみましたか。疲れた顔を見る時、「ああ、かわいそうだ。しかし、世界の人達が私よりももっとかわいそうだ」と言いながら、自分を考え、世界の人達を考える、そこから全てのものが広がっていくのです。

 皆さんの心は体を愛してみましたか。このようなことは初めて聞くでしょう? 麦ご飯を食べれば、心が体に「ああ、あなたは米のご飯が食べたいし、もっと良い所で生活したくないのか。しかし少しだけ我慢しなさい。私よりも兄弟達がもっとかわいそうだから、どうすることもできません。少しだけ我慢しなさい」と言わなければなりません。このようにしながら生きるのです。これが統一教会員が行く道なのです。

 このようにして行くのに、滅びるでしょうか、栄えるでしょうか。考えてみなさい。そういう人は「滅びなさい」と言って、祭祀(さいし)をしたとしても絶対に滅びません。そういう人は周囲の人から協助を受け、神が協助してくださるのです。神も頭を下げて、「ああ、私があなたを保護してあげる」と言うのです。天上世界の全ての霊人も保護してくれるようになります。それで、全神経が宇宙に繋がっていって動くのと同じような気分を持って生きるのです。これが統一教会員の信仰生活です。どれ程素晴らしい生活でしょうか。

 氏族的なメシヤの使命を完成しなさい

 個人を捜した後には家庭を捜すのです。個人が勝利した後には、家庭アベルとして入っていくのです。夫であれば夫、妻であれば妻、皆さんは家庭において神が送ってくださったアベルであるために、ここから氏族的なメシヤとなるのです。これは家庭を持った人達がしなければならないために、先生が四三〇家庭を中心としてそれを編成したのです。四三〇家庭が氏族的メシヤであると言うのは何の話ですか。これは理法を通して不可避的にするのです。御言は公式的なものです。

 それ故に、個人の勝利をした後には、家庭アベルを置かなければなりません。それで何をしようとするのですか。妻が分からないから、妻をカインのように接してあげて、教育しなければなりません。天運を迎えることのできる家庭になるためには、夫が御旨を知れば、夫が個人的なアベルとなり、妻が御旨を知れば妻が個人的なアベルとなって、カインの為に犠牲になり、奉仕するのです。夫とか妻がアベルとなって、妻は夫の為に犠牲になり、奉仕をして屈伏させ、また夫は言葉なく妻に犠牲奉仕して、互いが「私の妻が第一である」、「私の夫が第一である」と言うことができなければなりません。

 朝になれば必ず日が昇るように、顔には笑みが浮かび、希望に満ちており、夫にとって尊敬の対象となり、力の源泉となる女性であるとすれば、その夫は逃げろと言っても逃げないでしょう。こうなれば、お互いが家庭において男性を助けてあげ、妻を助けてあげるメシヤの使命をするようになるのです。このような家庭には、闘いやけんかが起こりません。夫に「他の所に行け」と言われても、行きません。

 このように勝利した家庭は氏族に入って、氏族の中心家庭となるのです。こうして村を中心として家庭に入って行くのです。祝福を受けた家庭は一致団結して国を愛し、世界を愛する立場に立って、村中親戚と共に生きるのです。金氏の一族であれば、金氏の一族に嫁として入って行って、精誠をこめて家庭の見本を立てて、夫を引っ張って、一族の代身としてメシヤ的使命、アベル的使命をなすのです。

 こうして皆さんが黙々とするようになれば、門中の全体が「誰それの家庭を見習おう」と言うようになるのです。お祖父さん達は、「誰それの家庭の息子を見習え」と言うし、お祖母さんは、「誰それの妻を見習え」と言うようになるのです。そのようにして誰それの家庭の門中の兄弟として登場するのです。そうして、門中から皆さんの思想と生活を、自分達の思想と生活の方便として受け入れたいと言う時が来れば、その門中が救われるようになるのです。

 このように、氏族的に一つとなって勝利した後に、神の愛を受けるようになれば、民族の前にアベル的立場に立つようになります。今まで、神はこのような氏族的土台を整えたアベルを持ちえませんでした。そのような個人もなく、そのような家庭も持つことはできませんでした。しかし、統一教会を中心として、そのような個人を持ち、そのような家庭も持ち、そのような氏族の土台を持つことができる立場に置かれました。その氏族が誰かと言えば統一家なのです。

 皆さんは誰のために今までこのように苦労してきましたか。皆さんのためでしょうか。民族のためでしょうか。統一教会の男性達は何のためにこのように苦労していますか。国のためです。

 統一教会は今、神の愛を受ける氏族圏となって、アベル的立場に立って民族を救う仕事をしているのです。それが自分の欲のままにしては成りますか。では、誰の御旨通りに生きなければなりませんか。(「神の御旨通りに生きなければなりません。」)民族が喜ぶことのできる道、民族が恵みを受けることができる道を開いて、残してあげなければなりません。

 多くの人々の関心の的としての統一原理

 統一教会が愛国愛族の教会であることは、誰でも皆知っています。青瓦台から国民まで皆知っています。一元化されているのです。統一思想は恐ろしい思想ですが、国を売るような思想ではなく、国を救うことのできる思想であることをよく知っております。それ故に、大韓民国三千里半島にいる全ての人達の、統一教会員に対する関心度が段々高まっているのです。

 昔は統一教会に反対して来ましたが、今は村のお爺さん、お婆さん達も、「ああ、あの人達のように行動しなさい」と教育するのです。お爺さんお婆さん達も、皆さんが動いているのを通り過ぎる女性として見ず、“うちの息子、うちの娘も、うちの嫁も、うちの孫も、うちの妻も、あのような息子・娘、あのような嫁、あのような孫、あのような妻にしたい”という心を持つようになります。このように、第三者の口を通して教育が始まるのです。一元化される時となるのです。

 このように家庭的に一つになれば、その次にはアベル的民族がなければなりません。そしてカイン的な民族がなければなりません。それ故に、主はどのような国に来られるのかといえば、分断された国に来られるのです。分断されていない国には、主が来ることができません。これが原則です。

 では、分断された国はいくつありますか。四つの国しかありません。即ち、韓国、ドイツ、中国、ベトナムです。この四つの国が各々一つになる日には、共産党は完全に滅びるようになります。これを一つにしようとするのが、先生の作戦です。

 イエス様が死ぬ時も、イエス様を中心として四人の人が皆そこに引っ掛かりました。それ故に、民主世界も二つに分かれ、共産世界も二つに分かれ、結局四つになるのです。四位基台となるのです。それ故、その時が最後の時であることを知りなさい。統一教会の原理を適用すれば、世界中、解けないものがないのです。

 今度、原理研究会の修練会の時、高麗大学の政経大学長が統一教会の原理を研究して、「これは総合的な科学です。全ての宗教を統一することは問題ではない」と言いました。その人は仏教の専門家です。ところが、統一教会の原理は仏教の内容を包含しており、理想的な全ての内容を整えていると言いました。儒教であれば、儒教の真理も入っているし、仏教であれば仏教、キリスト教であればキリスト教の内容も皆入っていると言うのです。それで、宗教の統一は問題ないと言うのです。「これは宗教統一のための聖書であるというよりも、宗教を統一することのできる科学的な学問である」と言いました。それ故、これから学者達がこの原理を知らなくてはならないのです。韓国における政治学の権威者が原理をこのように見ているのです。

 では、統一教会の教理が高次元的なものでしょうか、低次元的なものでしょうか。(「高次元的なものです。」)哲学とか、全ての内容が皆解かれていくのです。歴史がこのように的中して解かれていく法がどこにありますか。それで、皆さんは幸福な人達です。「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」という言葉があります。原理がそうすることのできる内容であると言う人達もいるということを見る時、皆さんはこのように貴いものを学んでいるから幸福である、と言わざるを得ません。

 父が貴いということを息子達は知りません。大統領の息子が、大統領が立派であると思いますか。統一教会の人々は、統一教会の文先生が立派であると思っていますか。皆さんは大学の教授程にしか先生のことを知りません。その大学の教授は私に会おうと数回連絡してきましたが、会ってあげません。「もう少し待ちなさい。仕事をもっとやって来なさい」と言うのです。私が今まで一生を捧げてなし得た基盤があるのに、功労もなく会おうとすることができるかと言うのです。

 きょう十時になれば、彼等が集まります。高麗大学で最も有名な教授達十五名が行くと、ソウル大学や延世大学においても刺激を受けるようになり、ソウルの大学街に風が吹くようになりました。

 やがて、地域長の皆さんは大学を一年で卒業する時が来るでしょう。一年勉強しても私が卒業証をあげます。その代わり、一年間に全体の勉強をしておかなければなりません。先生が一年間追いやれば大学の学位コースを終えるのです。

 統一思想は世界統一の方案

 主が来られる国は分かれていなければなりません。そのために、大韓民国は南北に分かれました。北韓はカインの国であり、南韓はアベルの国なのです。民主世界は唯心圏であり、共産世界は唯物圏です。民主主義は内的であり、神側であり、共産主義は外的であり、サタン側です。唯物と唯心は一つです。二つが一つであることを知らずして分かれて闘っているのです。

 高い頂上から見れば、あなたも人であり、私も人であるというのです。統一思想がそれです。頂上では闘うことができません。両手があって完全な人です。片方の手だけ持っていてはなりません。目は二つなければならないし、鼻の穴も二つなければなりません。鼻の穴を一つふさいでも良いでしょうか。目も二つ、腕も二つ、足も二つ全部そうです。片足や片腕となってみなさい。それがいいですか。道を歩く時見れば、手や足が交互に動いていますが、それが正式です。交互になっているのが正式であるというのです。

 ところが何かを取る時には、共にします。反対だとして悪いことではありません。反対となることも良いものであり、一つとなることも良いものです。反対だと言って皆悪いものではありません。二つ皆いいものです。それで、統一思想が偉大なのです。

 統一思想が何か分かりますか。「統一」という言葉は二つがなくてはあり得ません。二つが必要だから共産圏も必要なのです。それで、共産党がどんどん上がろうとすれば、弟の立場でよく育ててあげなければなりません。韓国の国にカインの国がなければ、神の祝福を受ける国にならないのです。それで、三十八度線を境界として北と南に分かれたでしょう? 大韓民国の愛国者達が聞けば、「よくも、三十八度線でぴったりよく分かれたと言ったな!」と言いますが、その分かれたものを一つにする能力があればいいのです。分かれたものを一つにする能力があるために、「よく分かれた」と言うのであって、それを知らずして、そういう言葉を言っているのではありません。私達は統一方案を知っているために、能力を持っているのです。

 統一方案は、統一思想の中にあるという結論がでてきます。それ故に、先生の世話にならなければなりません。日本も世話にならなければなりません。日本は今、先生の作戦圏内に巻き込まれていっているのです。今、日本の共産党が喘ぎだしているのです。

 今、世界はアベル世界である民主世界とカイン世界である共産世界に分かれています。今や最後の日が来たのです。今は分かれる時です。全部が二つのグループに分かれる時なのです。父と母が分かれる時であり、父子の間も分かれる時です。終末が来たのです。全部このように世界的に分かれた後には、どのようになるのでしょうか。一つのところで統一して行くようになるのです。統一方案さえ成立していれば成るのです。統一教会では、既にこの全てを統一できる新しい手段で束ねました。

 息子が父母を殺したという噂が聞こえ、父母が息子を殺したという噂が聞こえます。はなはだしくは、息子と母親が一緒に生活するという噂まで聞こえます。最後です。今そういう時が来たのです。これを「性の解放」と言っているのです。共産世界においては人間を動物と同じように扱うために、このようなことは問題とならないのです。最後の時なのです。いとこ、おじ、母みんな動物と同じように扱うのです。獣がいとこ、おじ、母を区分けしますか。犬は、子犬が母犬と交尾してまた子供を生みます。人間の世界に、このような時が来れば最後になるのです。

 今がそのような時であるために、性の秩序が乱れ、混乱を起こしているのです。そのようになれば、全てが壊れてしまうのです。父と母が壊れて行き、父子の間が壊れて行き、兄弟の間が壊れて行くのです。何が壊れるかと言えば、性や愛の問題でみんな壊れていくのです。愛の問題が世界を壊すようになる、その日、その時が今であるというのです。

 エデンの園において、アダムとエバが木陰で堕落したでしょう? どのような時に堕落したかと言えば、ティーンエイジに自分勝手な愛をしたのです。それで今日、処女や独身者達が、どれ程木陰で大騒ぎをしていることでしょうか。そのように植えたので、そのように収めるのです。

 しかし、その中に掛け替えのない一つの代表がいるのです。これが統一主義なのです。それで、皆さん達に、父母でない父母を愛し、侍ることのできる力が生じ、兄弟でない兄弟も、自分の兄弟よりももっと強い因縁で結んで生きることのできる、このようなことが始まるのです。食口でない食口が、食口以上に強い心情で束ねられているために、誰もこれを壊すことはできません。世間がみんな壊れていったとしても、我々が現れるようになるのです。それ故に、我々の使命が大きいのです。

 では、今からどのような段階に入っていくのでしょうか。思想的な面において、共産党が統一思想から脅威を受けているのか、でなければ我々が共産党から脅威を受けているのかというのです。我々が大韓民国と一つにさえなれば、共産党は統一思想の脅威を本格的に受けるのです。共産党五十四年の歴史において、野党がありません。独裁党である共産党だけです。これはどこに行っても同じでした。ところが、今は野党ができたというのです。与党である共産党が、野党である統一教会に勢力を使えないのです。取り替えることを今なしているのです。世界が今こういう段階に入って来ているのです。

 国民が我々に希望を託している

 世界が今どのように回っているのか知らないとしても、その中において、統一教会がどれほど素晴らしいことをしているかを皆さんは知らなければなりません。統一教会に入って来て、「ああ、このようにして歳月がみんな失われてしまうのではないか」と、つまらない考えをする人、魂が抜けた人が多いというのです。皆さんは気をしっかりと持たなければなりません。

 では、誰がこのように分かてしまったのでしょうか。神がどれ程苦労をしているのか、皆さんは知ってみなさい。今は、イエスが十字架に架かった時、右側の強盗と左側の強盗がいたのと同じです。民主主義は右側の強盗と同じであり、共産主義は左側の強盗なのです。そのために、「左翼」という言葉も、ここから来たのです。誰が左翼と付けたのでしょうか。最後の日には、罪人は絶対者の前にあって、天の公法の前にあって、自分の全ての罪を告白せざるを得ません。隠す所がないのです。それ故に、左翼という言葉は誤ったものなのです。

 白い色は安全であることを象徴しますが、赤色は危険であることを象徴します。それで、共産主義を「赤」と言うのです。共産党を何故赤と言うのかといえば、危険が伴っているためです。しかし、右翼は正しいことを言うのです。それ自体が、そのような内容を象徴しているのです。それは、人々がつくったものではありません。

 イエスが十字架に架かった時、左側の強盗がイエスに、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、我々も救いなさい」(ルカ二十三章三十九節)と、非難しました。しかし、右側の強盗はイエスを擁護したのです。右側の強盗は、神様からキリスト教を象徴し、民主世界を象徴したものです。それで誰が救われたのでしょうか。左側の強盗が救われたのでしょうか。いいえ違います。イエスは右側の強盗に「あなたはきょう、私と一緒に楽園に入るだろう」(同、四十三節)と言いました。従って、民主世界は天上世界を代表する、地上楽園でない、地上天国へ入って行く時代圏を迎えているのです。それ故に、民主世界で統一思想さえ受け入れるようになれば、民主世界は一気に天国化するのです。今はキリスト教社会に皆なっているのです。十億というキリスト教の信者がいるので、門を開けさえすれば一日で皆回って行くようになるのです。そのようになれば、人の雪崩が起きてくるようになっているのです。それで彼等が自然に十字架を切り捨ててしまう運動が始まらなければなりません。このような時代に入って来たことを知らなければなりません。

 我々は今、何をしているのかと言えば、国のために闘っているのです。我々が国のために闘っているために、既成教会と我々の闘いが当り前のようになってしまったでしょう? しかし大韓民国では、統一教会に対しては希望を持っていますが、キリスト教に対しては希望を持っていません。自分達自身も五年足らずして滅びると言っています。また、大韓民国の政府の要人達や学界の教授達も、「あなた達に期待を持っています。大学内においても、原理研究会にしか期待ができません。統一教会にしか期待する所がありません」と言うのです。

 それで、勝共連合の理事長とか、統一産業の社長に治安局や、政府の各部署を巡回させたのです。その部署の長官に会えば、彼等はひとえに「勝共連合、よく頑張ってください。あなた達のような人でなければ、この国が生き残ることができません」と挨拶をするのです。その人達が我々にそれほど期待を持つということは、我々がそれ程重要な立場を取ったということを認めることです。実際に、勝共問題においては、我々か完全に制覇しているのです。

 教会問題においても同じです。内的な宗教問題においても、統一教会を除いては数えるものがないというのです。外的な勝共問題、即ち共産党を打ち壊す問題においても、統一教会を除いては数える所がないと言うのです。このように、内外共に私達に数えられているのです。

 今、花は散り、実は結びはじめましたが、期間が過ぎて実が熟れる時までが問題なのです。実は結ばれたのです。今も水沢里の修練所を中心として、修練を受けたいと争っているのです。続けざまに押し寄せて来て、共和党の大幹部達までも依頼を申し込んできています。それで私が操縦しているのです。一軍司令部からは、「一軍司令部参謀部の教育を勝共連合でどうかやってください」と言うので、我々が、「今は忙しいのです。少し待ってください」と言いました。一軍司令部といえば、三十六万という兵力を持った大軍として、中部武力の主力です。不穏な将来に備えて、ここにいる全ての兵士達の教育を、統一思想でさせたいのでしょう。統一思想でなければならないという段階に入って来ているのです。我々の講義を聞いて、皆惚れてしまうのです。

 大統領が師範訓練を参観する日、軍の最高の将軍が大統領に従って、軍隊の指揮問題、思想教育問題を論議したことがあります。特別な方案がなくて頭を痛めていた中で、一人の幹部が大統領に、勝共連合に預けようと、いちいち報告することのできる段階に私達が入って来ているのです。

 六十万の韓国軍を統一思想で武装しておけば、赤の共産党が恐ろしく思うでしょうか、どうでしょうか。その次は国民思想運動をしなければなりません。韓国国民二百五十万名に思想武装させておけば、三千万名中、一千万名はどんな時でも動員することができます。統一教会の思想さえ聞けば、夜でも昼でも夏でも冬でも、春夏秋冬どのような時でも動員することができます。どこにいても、一千万名は動員することのできる能力があります。日本は問題ないのです。中国もソ連も問題ありません。このような希望の松明(たいます)が、今日統一教会を照らしていることを誰も知らないのです。今は我々がそれ程大きくなっているというのです。

 今は我々の力が、国家と民族の中に及ぶことのできる所まで来たのです。それを内外から感ずることができます。今日、この二十代の地域長達に、郡の警察署長がジープに乗って来て、頼むと言いながら挨拶をします。これを見る時、皆さんが三十代の歳で既に勇士となってしまったのです。地域長達は「諮問委員をするようになれば、自分を除くことはできない」と言えるようになったのです。地域長は小さいが、上から下を見ながら、誰それと言うことのできる腹を持つようになったのです。そういう腹があるだけではなく、事実がそうです。

 死なずに生き残りなさい

 今、彼等は私達に諮問を要求する時です。共和党から諮問を求めるような時、どのようにしますか。共和党の腐敗と大韓民国の腐敗を、我々が一年以内にきれいに処理することができます。与党と共和党の腐敗を一年以内に皆きれいに整理しておくことができるというのです。皆さんも、先生がそのようになればいいでしょう。希望を持てというのです。あの頂上から崩れることは間違いないのです。この腐敗した彼等を思想武装させるのは統一教会の皆さんでなければなりません。

 今数箇所、我々の食口達が入っています。よく見ると間違いないのです。他の人達であれば、金をだますこともありますが、我々食口は正確に納金をします。そういう人達は世の中にいないのです。そういう人達は統一政会の食口しかいません。それで、今は統一教会の人達の種子を受けなければならないと言います。私達は今、そのような段階に入っているのです。

 私達がこのように成長した今こそ、ベルトを締めてしなければならないのです。今や中盤戦を越えました。マラソン大会において、最後までついてくるかと思って後も見ないで行ってみると、一人で走っていたのです。今、統一教会一人で走っているでしょう? 一人で走っていると、マラソン大会が中止になったのかと心配だというのです。数十里先にいるということを知らなければなりません。数十年先にいるのです。それ故に、誰も私達の側に来て和合することができないのです。それで寂しいのです。持っているものがなく、愚かで寂しいのではありません。このように考えれば気持ちがいいでしょう。今になって生きる味が出てきましたね。

 私も同じです。数十年、数百年先に行っているのです。それで友達がいません。私には先生もいません。私以外には先生があり得ません。私が先生になったのも、私自身が研究してなったのです。誰かから学んでなったのではありません。これらの全てを神が教えてくださってすることができたならば、既に六千年前に全部成したというのです。今日、統一教会の文先生を立てる必要がなかったのです。私が皆掘り起こして、このようにしたのです。それ故に、神も答えざるを得なかったのです。事実がそうです。そのために、神の暮らし向きも私が整えてあげるのです。

 それで神は霊通する人に、「この世において文先生が一番かわいそうな方です。あなたも、文先生のために命懸けで、忠孝で仕えなさい」と教えてくれるのです。神がそのようになされたいのは、そのような内容があるからです。先生を知ってみると、二十世紀の謎の人物です。

 皆さんはいくら研究しても分かりません。先生が語る以前には分かりません。先生がそのような何かを持っているということは、皆さんは知っていますか、知りませんか。(「知っています。」)知っているとは何を知っていますか。すべてのことがおぼろで分からないのです。意気消沈するのです。それで、初めから光らずに、このように過ごしているのです。

 そのような全てを先生が知らせてあげる時が近い将来に訪れるのです。だから、皆さんは落後者にならず、疲れず、死なず、残らなければなりません。最後まで付いて来なさいと言うのです。世話をしてあげたり、恵みをあげることができないとしても、恨まずに、ただ見物してでも、一生懸命付いて来なさい。今や、自由な我々の世界が訪れて来るのです。

 我々にはお金が無いのですが、四か月の間五億元というお金を投入しているのです。一カ月に一億二千五百元を支払わなければならないことをやっているのです。手には一銭も持っていませんが、このことを問題なく成し遂げていくのです。私がここ江原道に家を買ってあげようと思えば、直ちに買ってあげることができます。しかし買ってあげれば良くないために、買ってあげないのです。人に頼ろうとする人になってはいけません。人を助けながら生きなければなりません。江陵といえば、関東地方(注・江原道の東海岸一帯を指す。)では一番最初に名を挙げられる所なのに、人に世話になって良いものでしょうか。いくら江原道の人達が人に世話になるのを喜ぶと言われているとしてもです。そうではないでしょうか?

 先生が助けてあげたとしても、皆さんが半分以上一銭でも多く出して、先生が一銭でも少なく出す立場から手助けするのです。たとえ株式会社をつくったとしても、半分以上一銭でも多く出した人が社長になることができるのと同じです。そのような立場において、先生が後援してあげるのです。この家が二百万元だとすれば、皆さんが百万元にいくらか足して、私が九十九万九千いくらを出せばなるという、そのような形で助けるのです。では、皆さんこの家を買いたいでしょうか。そうすることができるならば、直ちに買えると言うのです。もし、この家の地価が三百万元であれば、百五十万元以上支払えと言うのです。そのようにすれば、先生が支援してあげるのです。

 神様の恨み、イエス様の恨み、人類の恨み

 本論に戻って結論をつけましょう。我々統一教会員を「食口」と言うでしょう?食口とは何を中心として言うのかと言えば、イエス様を中心として言う言葉です。天国がどのようになされるか、気懸かりでしょう? 皆さんはこれをはっきり知らなければなりません。天国はカイン・アベルの蕩減法を適用して成されるところです。その次にはイエスの解怨、イスラエル民族の解怨が成されなくては天国は成されません。

 それは何故でしょうか。神は四千年間イスラエル民族を準備し、そのイスラエル民族を信じてイエスを送り、また四千年間ユダヤ教を準備し、そのユダヤ教を信じてイエスを送ったからです。ヨセフの家庭も、歴史的結実として神が選んで立てたのです。では、何のためにヨセフの家庭が立てられ、ユダヤ教が誕生し、イスラエルの国が建国されたのですか。イスラエルの民族のためですか。ヨセフの家庭のためですか。イエス様のためです。間違いないのです。では、神は誰のために四千年間受難を受けてきたのでしょうか。神様自身のためでしょうか。息子のためです。その息子は誰かと言えば、イエス様です。

 イエスの死によって神は恨みが積もりました。またイエス自身も、御旨を成し得なかった恨みが積もったのです。そればかりでなく、イスラエル民族もイエスに侍ることができなかった恨みが積もったのです。このように、三代の恨みが積もったのです。第一は神の恨み、第二はイエスの恨み、第三はイスラエル民族の恨み、すなわち人類の恨みなのです。それでこの三大恨みを解いてあげなければなりません。

 では、神の恨みは何でしょうか。神の恨みを解いてあげようとすれば、神の恨みが何であるかを知らなければなりません。イスラエルの国の人達が皆イエスに侍らなくてもいいのです。侍る人が一人でもよく、十人でもかまわなかったのです。代表者一人でもイエスに侍っていたならば、イスラエルの国はイエスに侍ったことでしょう。ユダヤ教の代表者一人でもイエスに侍っていたならば、ユダヤ教がイエスに侍ったことでしょう。その後には、ヨセフの家庭の一族の中で一人でもイエスを本当に迎えていたならば、その一族はイエスを迎え入れたでしょう。その一人がマリアだとしてもいいし、ヨセフだと言ってもいいのです。マリアよりもヨセフがそのようにしたならば、マリアは問題なく喜びながらヨセフに従ったことでしょう。ところが一人もいなかったのです。

 国を代表する一人がいなかったし、教会を代表する一人がいなかったし、家庭を代表する一人がいなかったのです。これが、四千年間苦労して来られた神の恨みでした。もし、国を代表する一人が現れ、教会を代表する一人が現れ、家庭を代表する一人が現れて、この三人がイエスに侍っていたならば、イエスは死ななかったのではないでしょうか。そうして、その三人が和合して家に行き、教会に行き、国に行き、御旨の中で一つとなっていたならば統一されたことでしょう。

 今日、統一教会を中心としてみても同じです。昔、解放直後、李博士とキリスト教の総会長一人と、その後、統一教会を中心として先生に絶対的に侍る家庭の代表者がいたならば、大韓民国は統一されたことでしょう。その時は解放直後であり、政府もない時であったために、人為によっていくらでも新しい国を建てることができた時でした。

 神の恨みを解くための三人の人が登場していたならば、天地が……。それで、三位基台が必要なのです。これが問題なのです。神が四千年間イスラエル民族を準備してきたのはイエスを愛するためでした。ユダヤ教もそうでしょう? しかし、彼等はそうすることができませんでした。それ故に、神が愛すべき民族と教会と家庭を愛することができなかったのが、神の恨みなのです。他のことは皆やってみましたが、愛が神の恨みなのです。今や神の恨みが何であるか、分かりましたね。

 恨みを解いてこそ、天国を成すことができる

 では、イエスの恨みは何でしょうか。イエスは神の恨みを解くことのできる立場を迎えて、神が愛するように準備した民族を、神が四千年間愛された以上に愛さなければならないのです。また、ユダヤ教を神が四千年間愛された以上に、愛さなければなりません。数千年間、中心氏族を残すために神がヨセフの氏族を愛された以上に、イエスがヨセフの家庭を愛さなければなりません。ところが、それを成しえなかったことがイエスの恨みとなったのです。そのように愛してこそ、息子の体面を立てることができたのですが、それができなかったことが恨みとなったのです。

 その次には、人類の恨み、即ちイスラエル民族の恨みは何でしょうか。イエスを愛せなかったことです。イスラエル民族はイエスを愛することができなかったことにより、主人を失いました。夫を失った家と同じです。主人がいなくて過ごせば泥棒が乱暴するのです。寡婦になればそうするのです。お金持ちの家で夫が死に、妻だけいるようになれば、通り過ぎて行った乞食の群れとか、やくざの群れが入って行って、乱暴し、その金を巻き上げようとするのです。そうなれば、その家は醜くなっていくのです。

 これと同じように、イスラエル民族は主人であるイエスを追い出した後には、国がなく、放浪する立場になってしまいました。放浪の群れとなったばかりでなく、追われる民族として、二千年間、国のない民族として残ってきたのです。それでも、その民族は立派な民族です。二千年間節操を守って来たのです。骨のある祖先であり、特別の種子であるために、二千年間流浪の民族となりながらも、神を離さずに単一民族として選民圏を離さず、今まで来たのです。

 イスラエルは一九四八年五月に独立しました。独立したということは、再び春の時期が戻って来たことを意味します。春の時期が戻って来る前には、イスラエル民族に蕩減が始まるのです。完全に清算しなければならないからです。清算が完全に成されていないために、第二次大戦当時、六百万人のユダヤ人がヒトラーに虐殺されたのです。そのように蕩減条件を超えて、解放を迎えるようになったのです。イスラエル民族はそうした全てのことを清算して、二千年ぶりに初めて国を捜すことになったのです。しかし、十二弟子を始めとした周囲すべてにイエス様が裏切られ、迫害を受けたと同様に、イスラエル民族も四方から銃剣の前に立たされ、迫害される立場に立つようになったのです。

 では、どのようにしてこれを統一しなければなりませんか。その統一方案は私が教えてあげなければなりません。これを全部平和的に統一しなくては、イスラエルの歴史が悲惨になって行くのです。今は、追われたり、殺されたりしていた立場が変わって、国家的に首を切ることのできる立場に上がって来たのです。発展してきたというのです。では、国家的に首が切れる立場から、イスラエル国家がどのように解放を迎えたのでしょうか。来られる主を迎えなければなりません。これから来られる主を迎えなければ、世界が首を切られる時が来るのです。アラブ圏と共産圏が首を切るようになりました。これをどのようにしなければならないのかという問題が、重要な思想問題として台頭するのです。

 人類の恨みは、イスラエルの国とイスラエルの十二氏族を失ったことであり、イエス様の血族を失ったことです。一度来られたその方の妻はどこに行かれ、その方の子女達はどこに行かれたのでしょうか。それが恨みなのです。人類がその方の血族に侍れなかったことが、人類の恨みなのです。

 イエス様は、独身のままではいけなかったのです。イエス様が夫になったという話を聞いたことがありますか。聞いたことがないのが人類の恨みです。イエス様が妻を迎えることができなかったことが恨みです。イエス様の叔父さん、叔母さんがこの地上に生きているのを見ましたか。その方達がこの地上に生きているのを見ることのできなかったことが、人類の恨みなのです。イエス様のお祖父さんを見ましたか。イエス様の孫がいましたか。(「いませんでした。」)イエス様もお祖父さんとなり、お父さんとなり、夫となって妻を迎えて子孫を生んで孫を見て、人類と共に幸福の土台をつくらなければなりませんでした。そのようなことを全部捨てたので、人類の願いと祈りは完全に埋没されてしまったのです。それ故に、自分達同士家を作って住んでいるのです。

 この三代の恨みを晴らせずしては、天国を成すことができません。天国はこのような恨みが積もっているために成すことができないのです。それ故、天国を成そうとすれば、この恨みを解かなければなりません。

 それにはどうすればいいでしょうか。六千年間準備してきた霊的イスラエル圏を引き受けなければなりません。霊的イスラエル圏を指導する思想的な中心がキリスト教です。キリスト教は霊的です。イエス様は死ぬことによって、霊的にしかできなかったのです。このような土台の上に先生が来ようとすれば、それを引き受けなければなりません。霊界に行って全部引き受けなければならないのです。そして、統一方案を模索して、その霊的統一方案をもって地上統一方案を成就しなければなりません。

 統一教会に連結する摂理の過程

 今、この地上には霊的キリスト教、イスラエル圏である民主世界圏は成されておりますが、実体的キリスト教のイスラエル圏は成されておりません。それ故、そのようなイスラエル圏内、キリスト圏内に神が選んだ家庭がなければなりません。そうすることによって、イエス様当時に霊的にしか成すことができなかったことを、世界的な基盤の上で解怨することができるのです。そうするためには、霊的な全てのものを決定づけて持ってこなければなりません。来る時には地上のために来るので、地上にある国を訪ねなければなりません。そのためには、霊的な国の代わりに、地上に一つの国がなければなりません。すなわち第一イスラエルのような国がなければなりません。

 第一イスラエルは南北に、北朝イスラエルと南朝ユダに分かれました。このような立場にあるのが、今の韓国なのです。韓国は、霊的イスラエル世界圏の実体である第一イスラエル圏を失った立場を、復帰した国の形を作らなければなりません。そうしなければ蕩減にならないのです。

 このような国さえつくっておけば、霊的世界は一度に解決されて越えてくるのです。何故かと言えば、イエス様は民族圏である第一イスラエルの故に死にましたが、神は二千年間世界的な土台をつくってきました。民族的な基準ではなく、世界的基準へと発展してきたのです。イエス様は死んだのですが、神の御旨は世界的に成されてきたのです。このような内的形を整えてきているために、神は神の権威を立てるようになったのです。

 では、韓国では何をしなければなりませんか。韓国では霊的イスラエル圏を収拾しなければなりません。一つは天使世界に該当し、もう一つはアダム世界に該当するのです。ところが、アダム世界が収拾されれば霊界は全体が収拾されます。天使世界はアダムに屈伏しなければならないために、一時に通ずるようになるのです。我々、韓国においてこのような使命をなさなければならない所が統一教会です。

 統一教会の文先生が解放直後、既成教会と手を取って出発しようとした時、手を握らなければなりませんでした。ところが牧師達が反対し、それが曲がってしまったのです。それが怨讐です。その次には、大韓民国が手を握らなければなりませんでした。李承晩政権台頭の時、主要なメンバーの中の一人が先生でした。先生と彼等は、上へ下へとお互いに鼓舞しながら、創設作業をしていたのです。

 また、先生のお祖父さんは李博士と無二の親友でした。独立宣言をつくった時も共に相談し合った、そのような学者でした。牧師の経験もある方でした。それで、内外共に整うことができるようになっていたのでしたが、それが曲がるようになってしまったのです。イスラエルの国とユダヤ教がイエス様を迎えなければならなかったのと同じように、大韓民国とキリスト教と家庭が迎え入れなければならなかった立場であったにもかかわらず、反対の立場に立つことによって、教会と国が分裂していったのです。そのためにイエス様が追われ、キリスト教が異邦の宗教となってしまったのです。それを、蕩減復帰しなければなりません。

 それで、キリスト教がサタン世界を経て発展してきたのと同じように、先生も、世界的サタン圏である共産主義国家圏に入っていくようになったのです。そこから再度復帰してくるために、個人的蕩減が必要であり、家庭的蕩減が必要であり、氏族的蕩減が必要なのです。それで今まで苦労してきたのです。一度に成されることを、何度もくり返しながらやってきたのです。

 それで、今は統一教会を中心としてユダヤ教を代身するのです。イエス様が福音を伝えてユダヤ教を代身しようとして殺されたのを蕩減するために、先生はユダヤ教を代身して統一教会をつくったのです。ユダヤ教の代身としてキリスト教をつくったのですが、そのキリスト教が責任を果たすことができなくなったので、その責任を果たすことのできる基盤をつくったのが統一教団なのです。「あなたでなくても、大韓民国を生かすことができます。あなた達よりも我々がもっと大韓民国を愛します」と言う立場に立って、今、大韓民国にイスラエル圏を接ぎ木させてきたのです。

 それ程までに反対していた国、反対していた教会、反対していた家庭がなくなっても、私達同士が御旨を成すことのできる家庭と氏族と教会と国を持つことができる立場に立ったのです。それ故に、国を愛する道理を整え、大韓民国を更に更に愛するのです。そうすれば大韓民国も引き上げることができるのです。そのような圏をつくって、それを成すことができる段階に入ってきているのです。

 では、今まで私達に反対していた一世達、私達を反対していたキリスト教信者達と大韓民国の三千万をどのようにすればいいでしょうか。全部首を切ってしまって、滅させるべきでしょうか。そういう一世を私達が救ってあげなければなりません。そのようにすれば、彼等の二世はどのようになりますか。統一教会の側に立つのです。我々に反対していた大韓民国の父母達が皆死に、既成教会の牧師・長老達が皆死んでしまえば、彼等の二世達は統一教会に従わざるを得なくなります。その時になれば、私が命令して、我々に反対していた自分達の父母の墓を掘り起こすこともできます。そのような時が来るのです。

 世の人に接する正しい姿勢

 しかし、我々に反対していた彼等も、我々が皆救ってあげなければなりません。カイン・アベルの蕩減復帰原則から見る時、アベルにはカインを救ってあげなければならない責任があるのです。そのために既成教会を、アベルとなった我々が救ってあげなければなりません。

 アベルになろうとすれば、第一は神の生命と一体化しなければならないし、第二は神から愛を受けられる息子にならなければなりません。それ故、神が愛することのできる統一教会となり、神の命の因縁を束ねることのできる統一教会になっていればアベルになったのです。アベルは一人で行くことはできないのです。国を連れて行き、教会を連れて行かなければなりません。それで、我々は既成教会を連れて行かなければなりません。

 イエス様が死ぬようになったのは、家庭にもその原因がありますが、教会にもその原因がありません。それで女性達を先に立てて、その解怨をするのです。それがこの三年期間です。この三年期間、既成教会を救ってあげようとするのです。それだから皆さんが伝道する時には、既成教会のおばさん達とか、そのおばさん達の娘達、そしてお婆さん達、即ち女性を伝道せよと言うのです。女性さえ伝道すれば男性は自動的に付いて来るようになっています。統一教会においても男性達が女性達に付いて来るのと同じように、サタン世界においても女性さえ救ってあげれば、男性は付いて来るようになっているのです。

 それ故に、これから統一教会の皆さんは、既成教会の女性達を伝道しなさい。娘に通ずるとか、あのおばさんに通ずるとかして、お婆さんに通ずるとか仲良くして伝道しなさい。おばさんの所に行っては胸に抱かれてあげ、娘の中の娘の役割をし、お婆さんの所に行っては嫁の中の嫁の役割をしなさい。そうすれば復帰されるのです。お婆さん復帰は簡単なのです。そして、嫁を伝道しようとすれば、即ち若い女性を伝道するためには弟の役割をしてあげるし、姉の役割をよくしてあげなさい。服があれば着せてあげるし、食べるものがあれば持って行って食べさせながら、妹を育てるように育てるのです。簡単なのです。そのようにすれば、完全に復帰されるのです。そういうことをするために、皆さんが出て来たのです。皆さんは、イエス様の妻を捜すことができなかった女性達の、その失敗を許してあげるために出て来たともがらであるというのです。

 先生が統一教団をつくったので、統一教会の人達は愛国者の中の愛国者になりなさい。それが統一教会の思想です。統一教会員の中で愛国者となり得る人が一人でもいたとすれば、彼は代表者となるのです。既成教会に通っていて、統一教学に入って来た人が一人でもいたならば、彼は代表者となるのです。その次には、家庭を代身してヨセフの家庭の代表者となれる一人がいなければなりません。それは男性でなければなりません。ヨセフは天使長格でしょう? ヨセフは出来の悪い人のように、ひたすらマリアの話をよく聞いていたのと同じように、統一教会の男性もそういう道を行けと言うのです。

 既成教会において精誠を込めていた人も、統一教会の文先生の話をよく聞くようになるのです。また、大韓民国の人は、朴大統領の言葉よりも統一教会の文先生の話をよく聞くようになれば、皆復帰されるのです。それは私達が皆なすことができます。皆蕩減することができるのです。

 それ故に、この団体は国を代身した団体であり、教会を代身した団体であり、家庭を代身した団体です。それで先生が御言を通して皆さんの家を自由にし、この教会を自由にして、この国を自由に動かすことができるようになれば、イエス様の全ての恨みを皆解く立場に立つというのです。そのような立場で、皆さんは先生を愛国者として、教会の代表として、家庭の代表として愛しなさいと言うのです。

 イスラエル民族がイエス様を愛せなかった恨みを解かなければなりません。皆さんが先生を愛することが、六千年間イスラエルを通して神に積もっていた恨みを溶かしてあげる道なのです。イスラエル民族がイエス様を死ぬようにした恨みを、統一教会の人々が先生を愛するという条件を立てることによって蕩減することができ、その恨みを解くことができるのです。そのために、統一教会の人々は先生を愛さざるを得ません。

 どのくらい先生を愛さなければなりませんか。愛する人にはどのようにしなければなりませんか。命を懸けて愛さなければなりません。では、ペテロ・ヤコブ・ヨハネがイエス様を愛しましたか。その三人を代表として立てたのですが、愛しましたか。愛しませんでしたね。皆さんは命を懸けて先生を愛しますか。(「はい。」)そのようにすれば、三弟子がイエス様を愛せなかったことを蕩減することになります。それで、皆さんに三位基台をつくるようにしてあげたのです。三位基台を結んで侍りなさいというのです。

 全ての人をイエス様と考えて愛しなさい

 そのようにして国が愛し、教会が愛し、家庭が愛することによって、神の恨みが解怨されるのです。恨みがなくなるのです。また、そうすることができる人々を、先生は国の代わりに愛するのです。一人の人に対して、国の代わりに愛し、キリスト教全体を代表して愛し、家庭全体の代わりに愛する立場に立つ時に、国と教会そして家庭を愛せなかった恨みは皆、解かれるのです。それでこの三人をもって、解くことができるというのです。

 その次に、イスラエルの恨みは何ですか。イエス様の息子・娘に侍ることができなかった恨みです。このような恨みを解いていくのが真の父母思想です。イエス様に、自分の叔父さん叔母さんがいたという話を聞いたことがありますか。先生も叔父さんとなることができず、お祖父さんとなることができなければ滅びるのです。

 今は、先生が兄になることもでき、お祖父さんになることもできる環境を持ったので、人類の恨みはどのようになるでしょうか。(「解かれていきます。」)それ故、国と教会と家庭で愛せなかった三代の恨みを解くことができるところがあるのです。本来、何を中心として恨みが積もり始めたのでしょうか。家庭を中心として積もり始めました。家庭の延長が教会であり、教会の延長が国です。結局、恨みの出発地点はどこなのか。家庭です。イエス様も三家庭を代表したペテロ・ヤコブ・ヨハネのこの三人を捜していましたが、彼等が一つになることができず、御旨を成すことができませんでした。彼等三人は何を意味するかというと、人類全体を代表し、教会を代表し、家庭を代表するのです。また三人の子女達を代表します。全部代表したものです。ところが彼等が一つになることができず、恨みが積もったために、彼等が一つになってこそ、恨みを解くことができるのです。

 この恨みを解くためには、イエス様が愛を受けることができなかったことを、愛を受けられるようにしなければならないし、愛せなかったことを愛さなければなりません。ところで先生はそうしたとしても、皆さん同士はどのようにすればよいでしょうか。これが問題です。

 イエス様を中心としてお祖父さんや叔父さん、兄や姉、そして弟もいなければなりません。その場面を再現させなければなりません。これが食口であり、氏族です。それ故に、これが民族の縮小であり、教会の縮小であり、氏族の縮小であり、家庭の縮小なのです。全部皆、成されるのです。

 年を取ったお祖父さん達は、イエス様の本当のお祖父さんとならなければなりません。お祖父さんとなって、イエス様を愛せよと言うのです。そのようにして、お祖父さんの立場からイエス様を愛してあげなかった恨みが解かれていくのです。それ故に、イエス様を愛さなければなりません。従って、年長のお祖父さんになった人達は、統一教会の少年達に対する時、少年イエス様と思って接しなさいというのです。その少年を、イエス様のように思って愛することによって、イエス様を愛せなかったお祖父さんの恨みを解いてあげなければなりません。

 叔父さん程度の年齢になった人達も同じです。いつイエス様の親戚の中で、叔父さんになる人がイエス様を愛しましたか。イエス様を愛することができなくては、天国に入ることができません。「私は道であり、真理であり、命である。誰でも私によらなくては、父のみもとに行くことができない」(ヨハネ十四章六節)と言われたように、イエス様を愛せずしては、天国に行くことができません。イエス様の時代に、イエス様の親戚の叔父さんがイエス様を愛することができなかったために、今日その状況を統一教会の中で再現し、叔父さんと同じような立場にいる人が、少年をイエス様のように愛することによって、イエス様を愛し得なかった叔父さんの恨みを解かなければなりません。

 お婆さんやおばさんも同じです。そのようにしなければなりません。また、姉、兄の年齢にある人も、自分の弟のような人がここ統一教会員の中にいるとすれば、彼を自分の弟ではなく、イエス様のように思えというのです。そのような考えを持ったとすれば、どれ程幼いとしても、「私の言うことを聞け」と言うことができるでしょうか。弟のような人の前に、年齢的に兄、姉となった立場に立ったならば、その少年に接する際に、イエス様を大切にする兄、姉とならなければなりません。そうすることによって、兄、姉として、イエス様を愛してあげなかった恨みを解かなければなりません。

 イエス様には幼い弟達もいましたが、彼等がイエス様を兄として愛せなかったために、それを蕩減復帰しなければなりません。そのことをここでしなさいというのです。そのようなことをするために生まれたのが食口です。誰を中心としてですか。(「イエス様です。」)皆さんは、そのような方法で愛さなければ天国に入ることができません。

 それ故に、統一教会の信者達は、相手からイエス様の代わりの愛を受けるのです。イエス様のかわりの愛を受けなさいというのです。年老いたお爺さんも同じです。前からそのように愛し、また愛を受けなさいと言うのです。婦人達もイエス様の妻としての立場をとることのできる心情基準を持って、愛し、受けなさいというのです。そのようにする所が天国です。

 天国建設は愛を通して

 堕落は何でしょうか。神の愛の圏から追放されたことです。では、天国は何でしょうか。神の愛の圏が成就された世界です。では、神の願いは何でしょうか。民族と教会と家庭がイエス様を愛することです。イエス様の願いは、そのように愛を受け、神に近く侍りながら、お祖父さんを愛し、叔父さん叔母さんを愛し、兄弟を愛することです。それ故に、我々の全家庭はイエス様の懐に抱かれるようにならなければなりません。その中で、イエス様の息子・娘が生まれたならば、我が家に大きな恵みであると祝福してあげることができなければなりません。このように愛することによって、三代の恨みを解くことができなければなりません。その恨みを解くことができる特権的基盤が、統一教会で言う家庭です。その家庭から、全てのことを始めようとし、統一教会の信徒達を「食口」と呼ぶようになったのです。そのように、皆さんは食口として、お互いに愛するように集まったともがらなのです。

 それ故に、統一教会の人々は、兄弟でない兄弟として、兄弟以上に好きにならなければならないし、父母でない父母を中心として、父母以上に近付かなければなりません。それを始めることができなければ、荷作りをして皆そういうところを訪ねて行かなければなりません。そういう関係を結ぶことができるならば、ここから天国が成就されて行くのです。

 このような心情で国境を越え、人種を超越し、どこに行っても、これを適用して実現させることができるならば、そこはどこであっても天国です。そのために、我々はアメリカ人でも日本人も皆、「食口」と呼んでいます。このように、お互いを親戚のように愛し、喜ぶことができるために、国際結婚が問題ではありません。我が娘達、独身者達は黒人のところにもお嫁に行き、また結婚をしなければなりません。顔は黒いけれども、彼等は皆さんの姉であり、妹なのです。

 犬を見ると黒い犬、黄色い犬、まだらな犬など、色々な種類がありますが、お互い子供は同じように生みます。黒は黒同士生きなければならないという原則がありますか。全て神が想像されたのです。皮膚の色が黒いからと言って、嫌がったり、差別をして良いでしょうか。世界の人類が国境を越え、人種を越えて、世界至るところにおいて、一元化の関係の中でお互い愛することのできる主義が展開され、天国の王子を愛し、愛を受けることのできる立場に立ったら、それが正に天国です。天国は、そのような所から成就されるのです。
 それ故、皆さんは食口を愛する訓練をして、大韓民国の三千万民族を愛し、人類を愛さなければなりません。そのようにして民族から愛を受けなければならないし、世界の人類の前に、愛を受けなければなりません。そうすることによって、御旨が成就されていきます。それ故、皆さんは愛を受けることができるようにしなさいというのです。そうするためには恵みを分け与えなければなりません。愛を受けて愛してあげたならば、そこが天国に化するのです。

 我々は武器を持って世界を征服するのではありません。愛を持って統一世界を成すのです。世界を征服することのできる最後の戦法は、愛しかありません。愛を持って世界を抱いていく時、天国が成されますか、成されないでしょうか?

 このように、我々はイエス様の使命を代わって成していかなければなりません。それで、イエス様が解くことができなかった恨みと、神が解くことができなかった恨みを解いてあげると同時に、人類が解くことができなかった恨みを解かなければなりません。そのように、恨みを解いてあげる人に対しては、神も「有り難い」と言われるでしょう。神がイエス様に対して、「私の恨みを晴らしてくれて有り難う」と言うことができませんでした。従って、我々が歴史的に積もっているこの恨みを解きながら、それによってイエス様の使命を受け継ぎ、代わりに成就するようになるのです。そのようになれば、イエス様より優れるのであり、権限を持つのです。そして、街々と恥ずかしくない神の国へ行くのです。

 お互いに愛し合いなさい

 イエス様を見る時、信仰の三人の息子、即ち三弟子がイエス様を追い出しました。そのようにして結果的には十二弟子がイエス様を追い出し、七十二人の信徒がイエス様を追い出し、百二十人の信徒が追い出したことになります。それで、統一教会においては三人の息子と十二人の子女を捜し、七十二人の信徒を立て、百二十人の信徒まで捜し出してきたのです。先生が三家庭と、十二家庭を代表して三十六家庭を立て、七十二家庭、百二十家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭を立ててきたのです。

 それ故に、皆さんは何人伝道しなければならないでしょうか。少なくとも百二十名は伝道して、結婚させてあげなければなりません。先生がそのようにしたので、皆さんもそのようにしなければなりません。

 天国がどのように成されるのか、今分かりましたか? 天国はどのように成されるのでしょうか。カイン・アベルの法則を適用し、天使長を分立した後、一つの兄弟、一つの父母の子女となった後に、父母から愛を受ける人とならなければなりません。そうするためには、イエス様と同じように、互いが愛さなければなりません。そうすることによって天国が成されていくのです。これは天国を成す骨子なのです。また、兄弟を愛するように、民族を愛せよというのです。

 そのようにしなければ、皆さんが救われるでしょうか、救われないでしょうか。(「救われません。」)それ故、統一教会の食口達同士、お互い愛し合わなければなりません。伝道に出て行った人がご飯もまともに食べられないでいるのに、残っている人達がまともにご飯を食べてはなりません。伝道に出て行った人達が、やっと麦ご飯を食べているのに、一般の食口達が米のご飯を食べると引っ掛かるのです。これは命令です。地区長もその内容を知らなければなりません。皆さんがそのようにするならば、雷が下るでしょう。自分は厚い布団をかぶって寝ながら、伝道に出て行った人が冷たい部屋で寝ようになれば大変なことです。そうなれば、統一教会の行く道が塞がれてしまうのです。

 先生がこのようにイエス様の恨みを解き、神の恨みを解きながら、人類の恨みを解いて、地上の目的、神の目的、人類の目的を成就してきた過程を皆さんも成して、新しい氏族を捜し立てて、新しい民族世界を整えて行かなければなりません。そうすることによって、イエス様よりもっと優れた、神の子女となることができるのです。このような目的のために、皆さんがあらゆる精誠を込めて努力してくれることを願います。

 祈祷

 愛するお父様。私達は、あなたが残された復帰の道を決心し、行くことを誓った者達です。今日もそうであり、この年もそうであり、一生そのようにしようと誓った者達です。私達は既にあなたの前に捧げられた身であり、あなたの御旨の前に、喜ぶことのできる所で私達を利用し、あなたの名分と、あなたの面目が立つところで利用して、あなたの深い御旨を成すようにしてください。

 これが、あなたの息子となり、娘となった私達の使命であり、生き甲斐でありと感じておりますから、どうかあなたが愛し、あなたが命令してくださることを切にお願い致します。

 この東海岸一帯を私達が責任を持たなければなりません。関東地区一帯に責任を持って、祭司長の責任を担当する使命が、私達の両肩にかけられているという事実を、自ら自覚しながら、明日の開拓者として、今日の闘いを担当する勇士として、お父様が信ずることができ、お父様が誇るのに不足ない子女として残るようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。

 会いたがっていた時間を、私達に与えてくださったことを本当に感謝申し上げます。今度の期間を通して、彼等が深いお父様の内情を知って、精誠を込めて闘って行く天の役軍となるようにしてくださり、私達の闘ってきたことが、人類歴史上に二つとない新しい伝統になるようにしてください。万民がこれによって復活の土台をつくることができるようにし、万民が解放を迎えることができる起源となるようにしてください。これら全てが、足らない私達の涙と血と汗の土台の上で成されることを考える時に、これら全てはお父様が下さった恵みであり、私達が報いることがてきない大きな恩賜であることを知るようになりました。私達はこれを申し訳なく思わざるを得ません。

 このように価値のある御旨が私達と共にあるようにしてくださったことを思う時、この御旨がかえって私達によって汚されることを心配し、不足な自分を静かにお父様の前に、一歩近付けて、貴く捧げるようにしますから、許してくださって、御旨の前に用いてくださることを、切にお願い申し上げます。

 今度の期間を通して、お父様の深い恵みが彼等の生活圏内に入り込み、明日の開拓路程に新しい勝利の結果が確かめられるように、恵を与えてくださることを切にお願い申し上げます。

 この教会と、この地区の全体の上に、あなたの愛のみ手が共に働いてくださることを、再三お願い申し上げます。霊界と肉界の万民が私達を呼んでおり、私達に会うことを期待していることを知っておりますから、その道を塞ぐことなく、遅らせることのないように、一日でも早く、一時でも早く走って行って会うことができるように、私達があらゆる努力を尽くしていけるようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。全ての御言を真の父母の御名を通してお祈り申し上げます。アーメン



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.06.11 18:02:12
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