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2021.09.11
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Web説教「太くて切れることのない絆~真の父母~」
【世界平和統一家庭連合】




​家庭連合WEB教会 礼拝説教​
チャンネル登録者数 6740人

家庭連合Web教会 礼拝説教
題目:「太くて切れることのない絆~真の父母~」
説教者:柴沼邦彦

神様が願っておられたのは、完成したアダムとエバが家庭を持ち、夫婦となった姿を見ることで幸福を感じることでした。人間始であるアダムは独り子、エバは独り娘として生まれました。そして、神様との間でみ言を成就することによって、神様との絆をもって真の夫婦となることを願われたのです。しかし、堕落によりそれがなされませんでした。
今回は、本然のアダムとエバの位置を取り戻すための歩みと、真の父母様の中に現わされる神様の願った真の夫婦としての絆を学んでみたいと思います。





一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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文鮮明先生御言選集 19830521 - 本源の自己

本源の自己
1983年5月21日
ベルベディアにて(英語訳)

 先生の留守中、皆さんどうでしたか。先生がいない間、どのような気持ちでしたか。皆さんはアメリカにとって先生が必要であると思いましたか。(はい!)

 先生がいなくて寂しい、と皆さんが感じたとすれば、この宇宙の中で人間にとってなくてはならないより大きな存在は何でしょうか。その存在がはっきりとはわからないとしても、その存在が無いとすれば、人間は何か寂しさを感じるものです。歴史は長く、永遠ぜあるのに対して、人生は短く限りがあるがゆえに、人間は何か「お父さん!」と呼ぶことのできる永遠なる存在にあこがれるという事実を否定することはできません。そのような意味で根源的な存在という問題が我々にとっての問題となるのです。

 皆さんが「自分は誰々ば好きだ」という場合に、その人が好きになったのは、一番最初からですか、それとも何かの過程で好きになったのでしょうか。それはもちろん後者の場合が多いですね。統一教会やレバレンド・ムーンに関しても、いろいろなうわさがあります。そうした他人が言っていることだけを聞いなのでは、統一教会やレバレンド・ムーンに対して、良いイメージをもつのは難しいものです。したがって、人々が我々を好きになることを可能にするような何らかの媒介体がなければなりません。そのような媒介体となるのが原理です。統一原理の内容を学ぶことを通して、人々は我々統一教会を通して、皆さんの心が次第にレバレンド・ムーンを愛するように作り変えられていくのです。

 では、そのように作り変えるのは原理でしょうか、教会でしょうか、それともレバレンド・ムーン自身でしょうか。もしレバレンド・ムーンがどこかへ行って、いなくなってしまったら、もうそれで終わりとなってしまうのでしょうか。(いいえ!)たとえレバレンド・ムーンが霊界へ行ってしまったとしても、愛の絆は消えることなく残るはずです。もし皆さんがレバレンド・ムーンを非常に愛しているとしたら、皆さんはその愛の気持ちを、皆さんの家族や兄弟や社会や国家や世界の人々にも持って欲しいと願うことでしょう。そのような気持ちにさせるのはレバレンド・ムーンでしょうか、統一教会でしょうか、それとも原理でしょうか。それはむしろ、宇宙の本来の流れとも言うべきものによって、そのようにさせられるのです。そのような宇宙の本流によって、すべての人々が時と場所を問わず、また霊界においてさえも、お互いに愛の気持ちで連結されるようになります。では、そのような流れの源泉はどこにあるのでしょうか。(神様です)。それを神様と呼ぼうが、幸福の源と呼ぼうが、名前は何でも構いません。では神様はどのような方でしょうか。神様は泉のような存在です。神様は恐ろしい方でしょうか、それともやさしい方でしょうか。ご自分の気持ちを表す時に発する最初の言葉はどんな言葉でしょうか。もし皆さんが神様の立場にいたとしたらどうですか。もちろん最初から目は二つあったことでしょう。その当時、鏡はなかったとしても、目が二つあり、鼻が一つ、口の上にのっていることはわかったはずです。なぜそのような構造になっているのかな、などと考えたかもしれませんね。

 女性を例にとってみましょう。まず小さい頃から、男と女の身体の構造が違っていることに気付いたはずです。また、空腹を感じたり、のどの渇きを感じたことでしょうし、周囲を見渡して山川草木や動物などを見て、不思議に思ったことでしょう。しかし、もしそのような自然もなく、全く一人だったとしたらどんなにか寂しく感じたことでしょう。実際に動物を見てみると、みんながそれぞれ二匹ずつペアになって生きているのを見て、自分だけがたった一人でいるのを寂しく思ったに違いありません。また、他の動物たちには親がいて、親子で住んでいるのに、自分だけはお父さんもお母さんもなくたった一人なので、その意味でも寂しく感じたに違いありません。また寂しい気持ちだけでなく、自分にはどうして家族がいないのだろう、家族がいたらいいのに、と思ったことでしょう。だから人間は孤独から出発した、と結論することができますね。我々のような人間であれば、そのように感じたと言えるかもしれませんが、しかし根源的な存在である神様におかれては、結果的な存在である人間とは異なっていることを知らねばなりません。

 神様は人間に似た存在でしょうか。それとも動物に似た怪物のような存在でしょうか。神様は全能なのだから、非常に力が強いに違いありませんね。(笑い) 皆さんは、神様は人間により似ておられる存在であると思いますか。(はい!) 人間といっても、男と女の二種類がありますよ。神様はそのどちらの方により似ておられると思いますか。(男です!) 女たちはそれに同意していませんよ。(笑い) 神様は男と女の両方を兼ねた存在です。だから、男であると同時に女である、とも言えるわけです。(拍手) 男と女はそれぞれ互いに反対の方向を指向する性質があります。だからこそお互いに相手を求め、一体となりたいと思うのです。男と女をそれぞれプラスとマイナスとすれば、神様と人間の関係もプラスとマイナスの相対関係にあります。神様は人間を必要とし、人間は神様を必要とします。男と女が完成して完全な一体化を成すならば、その姿は神に似て、神の完全な対象となることができます。もし神様には口があるのに、人間には口がないとしたら、その人間は神様に対して、口をくださいと願ったことでしょう。同じように、男は神様が女与えたものを、また女は神様が男に与えたものを、それぞれ自分にはないがゆえに、所有したいと願ったに違いありません。また神様が宇宙万物のすべてのものを所有しているのを見たら、それを少しでも自分にください、と願ったことでしょう。目に見えるものだけでなく、目に見えない愛や理想や真理なども、神様が人間に分け与えてくださるようにと願ったことでしょう。人間がそうしたものを必要としていることを、神様は知らなかったと思いますか。

 人間は欲張りです。神様が多く持っているものがあれば、人間は多くを必要とするし、神様が少ししか持っていない場合でも、人間は多くを要求します。(笑い) 神様は頭が悪くないから、そんなことはよくわかります。(笑い) いずれにしても、神様だけでは満足できないし、人間だけでも満足することはできません。それで神様は人間を創造し、男と女が愛を通して一体になることによって神様と似るものとなるようにされたのです。この世の人々においても、男と女が愛し合うのは、部分的には原理に適っているわけです。神様には男性性相と女性性相の両方がありますが、それは一時的なものですか、永遠的なものですか。(永遠です)。統一原理によれば「神は二性性相の主体格与えたものを、また女は神様が男に与えたものを、それぞれ自分にはないがゆえに、所有したいと願ったに違いありません。また神法が宇宙万物のすべてを所有しているのを見たら、それを少しでも自分にください、と願ったことでしょう。目に見えるものだけでなく、目に見えない愛や理想や真理なども、神様が人間に分け与えてくださるようにと願ったことでしょう。人間がそうしたものを必要としていることを、神様は知らなかったと思いますか。

 人間は欲張りです。神様が多くもっているものがあれば、人間は多くを要求するし、神様が少ししか持っていない場合でも、人間は多くを要求します。(笑い) 神様は頭が悪くないから、そんなことは良くわかります。(笑い) いずれにしても、神様だけでは満足できないし、人間だけでも満足することはできません。それで神様は人間を創造し、男と女が愛を通して一体になることによって神様と似るものとなるようにされたのです。この世の人々においても、男と女が愛し合うのは、部分的には原理に適っているわけです。神様には男性性相と女性性相の両方がありますが、それは一時的なものですか。(永遠です)。統一原理によれば「神は二性性相の主体格としておれらる」と言いますが、どうして神様は主体の立場におられるのでしょうか。なぜ、対象格位にはおられないのでしょうか。それは、神様が自らを主体格位においたのではなく、人間の方で、自らを神様の対象の位置にあるとし、神様を主体の位置において仰ぎ見るようになったからです。

 ところで、男と女とがそれぞれプラスとマイナスの立場から、お互いに近づいて接触するとどうなりますか。愛の火花が出ますね。(笑い) その火花はとても明るいので、回りにい者もみんな引き寄せられて、そこに加わりたいと思うようになります。人間だけでなく、万物も集まってきます。このように愛によって一体化すれば、すべてを自分のものとすることができるがゆえに、男は女と、女は男と完全に一体化したいと願うのです。このような真理を知れば、誰も自分の配偶者別れようなどとは考えなくなりまることでしょう。

 夫婦の絆を強めるものは、お金ですか、それとも社会的地位ですか。(愛です!) そうです。夫婦間には『愛のホック(留めかぎ)』があるからです。それを見つめる神様は寂しいですか、それとも幸せですか。(幸せです)。『愛のホック』で堅く結ばれた夫婦を自分の対象としてもつときに、神様は幸福感に浸ることができます。男と女が完全に一体化し、絶対者たる神様の絶対的な対象となるとき、人間も神様もともに幸福になります。これまでの人間は、すでにそのような立場を確立したと言えますか。(いいえ)。皆さんはどうですか。(いいえ)。だから、これまで神様は寂しい思いをしてこられたということを、はっきりと知らなければなりません。誰のためにか? 一人の男と一人の女のために神様は寂しい思いをしてこられたのです。祝福家庭はこのことを知らねばなりません。祝福の目的は何ですか。祝福を受けることによって、何を達成することが要求されているのですか。寂しい神様の心情を解放することです。それがなされる日には、宇宙のすべての問題が問題ではなくなります。

 きょう、最初に先生は皆さんに、先生の留守中に寂しいかどうかと尋ねましたが、本当に寂しいと感じた人は手を挙げなさい。なぜそのように感じたのでしょうか。それは皆さんが人間として本来願うような状態ではない状態に置かれていたからです。男と女が完成して一つとなるときに、父母と連結することのできる特定の位置にありたいと願う心情をもつのが、人間本来の姿です。それが先に述べた『本流』というものです。だからそれに至る時までは、人間は原理でいう間接主管圏を各自が通過しなければなりません。その期間においては、男も女もその心を自己の完成の方向に向けて歩まなければなりません。目も鼻も口も腕も身体全体がその心に一至するように一体とならねばなりません。

 愛はすべてを一つとする力を持っています。真の愛のあるところへは、いかなる犠牲を払ってもついて行こうとするが、人間の本性です。ひとたび真の愛と連結されるならば、人間はもはや再びそこから離れたいとは思わなくなります。その状態においては、恥ずかしいとか、体裁が悪いなどという思いはありません。一二〇修練生の中に、二人の韓国人のメンバーがいます。彼らは年もとっており、この世での社会的地位も高い立場にありながら、修練のプログラムの中で、若いメンバーと全く同じ活動を激しくしても不思議なことに恥ずかしいという気持ちにはならなかった、と言っていました。そのような状態こそ、真の愛の中にある幸福の状態だと我々は呼ぶのです。夫婦が永遠の真の愛で結ばれているならば、一方が死んだとしても悲しむことはありません。真の愛はすべてを主管し、超越することができます。なぜか? それは人間を永遠なる神様と共にある状態にしてくれるからです。

 このような原理を知らないから、皆さんの中には、自分はこんなに美人であるのに、なぜこんなにみにくい人と祝福されたのだろう、と思って悩んだり、不満をもったりする人が出てくるのです。(笑い) そのような人は、祝福の価値の全体を理解せずに、ほんの一部だけを見て不平を言っている人です。祝福を受けたことを新たな出発点として、自己の完成に向かって生きるのが、その人の務めです。不平を言うならば、神様の対象たるマイナスではなくなってしまいます。不平を言わずに、自己の最善を尽くして努力する時に、神様が真の愛の状態へと導いてくださるのです。神様はすべてをご存じです。だから皆さんは知らなくても、神様は皆さんの足りないところを知って補ってくださろうとするのです。わかりますか。(はい!) 不平を言う者はすべて、統一教会から追い出さなければなりません。(笑い) それに同意する人は手を挙げなさい。どうもありがとう。(笑い) 

 この宇宙において、人間は真の愛を中心として他人のために生きるのが、人間としての道です。夫婦においても、この原則に従って生きるならば、どこへ行こうともスムーズにやっていくことができます。真の愛を中心として奉仕生活をするならば、神様に出会うようになりますが、自己の欲望のために自己中心の生き方をするならば、サタンが挨拶に来ることになります。天国と地獄の違いはそこにあるのです。わかりますか。(はい)。だから統一教会においては、各自が真の愛を中心として生きるマラソン・レースをしているようなものです。これが蕩減復帰の路程であると同時に、天国への道なのです。それは単純ですが重要なことです。皆さんは毎日の生活において、自分が正しい道を歩んでいるかを常に反省しなければなりません。エデンの園においてアダムとエバは、神様を父母として愛し、侍る生活をして、それが永遠の習慣となるように確立しなければならなかったはずです。そのような習慣ができできてしまえば、今度はそのような習慣を守らなくては生きられないようになります。皆さんはチーズやバターが好きでしょう。チーズは変なにおいがしますね。(笑い) しかし皆さんの口は、そのようなチーズを好むように習慣づけられているので、チーズがないと寂しい思いがするのです。同じように、目も何か特定のものを見ることが習慣化し、耳も何か特定のものを聞くことに慣れるようになると、それらがない場合に何となく不足を感じるようになるのです。ある意味で人間はそのような習慣のとりことなってしまうわけです。そうすると、そのような習慣をなくすことは、非常に困難になります。しかし、自己中心的な習慣はなんとしてでも変えなければ、天国へ行くことはできません。

 皆さんの中で、天国へ行きたい人は手を挙げなさい。先生が行くな、と言っても行きたいと思うでしょう。(はい)。どんなに困難であっても、本当に天国へ行きたいと思いますか。(はい!)

 自己中心的な習慣をなくす最善の方法は、利他主義に徹した最も困難な道を歩むことです。困難な道であるほど、効果があります。だから、統一教会の信仰生活において強調することは、自己中心的なことをすべて否定して、本然の真の愛を中心としてために生きるということなのです。それが天国へ行くための唯一の方法です。アダム・エバが堕落せずに本然の位置を確立したならば、神様を中心として真の愛に満たされた家庭を完成し、それが拡大して、地上天国をつくり、更に霊界においても永遠の天国を実現することになったはずです。しかし現実には、堕落によってそれが実現せず、現在のような堕落世界をつくってしまったのですから、これを変えるためには、我々はこの世の習慣を否定して、蕩減復帰の道を歩まなければなりません。

 最近、皆さんもようやく、先生の話す言語である韓国語を学ぶようになり、聖歌なども韓国語で歌うことも多くなっているようですが、何のためにそうしているのですか。神様がアダム・エバに対して話しかけた時は、何語で話したと思いますか。それが何であれが愛を中心とした言語であったことは間違いありません。そしてその言語に基づいた愛の伝統が、家庭から全世界へと拡大していったことでしょう。堕落世界を復帰する路程においては、真の父母が話す言葉が本然の言語として、真の愛と伝統を伝えることになります。霊界においては、真の父母が話す言葉が本然の言語として、真の愛と伝統を伝えることになります。霊界においては、人間が思うことがそのまま相手に伝わるという意味では、言語はあまり必要ではありませんが、しかしそれでも、天国の公用語としては、真の父母の話す言語が用いられるでしょう。もし、皆さんが先生の話す言葉を通訳をつけずに理解することができたら、その意味を明確に理解することができ、心情的にもより近く感ずることができるでしょう。将来、皆さんが先生の言葉を勉強するのに、英語のテキストを研究するつもりですか、それとも韓国語のテキストを研究するつもりですか。すべては本然の愛の言葉から出発します。

 皆さんの多くは、アメリカ式のやり方が最善だと思っているかもしれません。ではレバレンド・ムーンのやり方は韓国式なのですか、もしそうなら、韓国人はもっと早くレバレンド・ムーンのやり方を受け入れたはずですが、今なお反対している人がいるのをみれば、先生のやり方は韓国式であるとは言えません。合同結婚式は韓国式のやり方ですか。(いいえ)。かつては敵国であった国のメンバーや、白人と黒人、日本人とアフリカ人などが互いに結婚するのは韓国式ですか。(いいえ)。これは天国式のやり方以外の何ものでもありません。先生はアメリカ式のやり方を知らないのではありません。その長所も欠点もよく知っています。アメリカ式とは一言で言えば、個人主義に基づいたやり方であると言えます。笑い方を例にとってみても、自己を主張することが中心となっています。このやり方は人間にとっては良いかもしれませんが、堕落人間を復帰して一つにしていくためには、最適とはいえません。

 この目的を達成するために他によい方法があれば、先生はその道を採択せざるを得ません。先生は皆さんよりも頭は悪くありません。(笑い) その頭でいろいろと考え、いろいろな方様を研究した上でやっているのですから、皆さんも先生のやり方に従わざるを得ません。神様においても、人願を幸福にし、自分も幸せになるために、持てる最善のものを人間に与えようとされるはずです。同じように先生も皆さんにとって最も良い方向に事が運ぶように、指導してきたつもりです。皆さんも先生に従うことによって、本然の愛と生命につながると信じるからこそ、先生の教えを学ぼうとしているはずです。しかし勉強するだけでは十分ではありません。試験を受けてそれに合格しなければなりません。合格すれば自信をもって歩むことができます。だから先生は皆さんに、いろいろな試練を与えるのです。

 我々は奇蹟によって目的を達成するのではありません。一歩一歩と努力しながら発展していくのです。なぜ我々はこのようなことをするのでしょうか。それは我々が根源なる神様と一つになるためです。もしこの地上で成功しなければ、霊界へ行ってからも継続しなければなりません。だから皆さんは、先生が近くにいようといまいと、この道を歩むことを決意しなければなりません。先生が皆さんに対していろいろと指示したり、励ましたり、あるいは叱ったりすることのできる時に生きている皆さんは、ありがたいと思わなければなりません。先生はいつまでも永遠にこの地上に生きているわけではありません。先生と同じ時と場所にいて、直接指示の受けることのできる皆さんは幸運です。先生が霊界へ行ってしまった後で、もし皆さんがなすべきことをしないで霊界に行ったならば、霊界の中のどこへ行くことになると思いますか。地上においては肉体をもっているおかげで、比較的容易に先生に相対することができますが、霊界ちおいては、先生からはるかにかけ離れたところに位置している場合には、それが極めて難しくなってしまいます。だから皆さんはこの地上にいる間に、試験に合格しなければなりません。さもないとまた、再び初めから試験を受け直さなければならなくなります。

 きょう皆さんは久し振りに先生の言葉を聞きましたが、今一度、本然の人間として生きるために、過去のこの世的な習慣を断ち切って、先生から与えられる困難な任務をも果たしていくことを、決意しなければなりません。今ちょうど午前八時です。八数は再出発数です。この時に、今一度新たな決意をもって再出発をすることを誓う人は、手を挙げなさい。どうもありがとう。(拍手)​






Last updated  2021.09.11 17:13:32
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