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2021.09.13
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​​​​​​​​​​​​「ワシントン大会後の我々の使命」

1976年9月20日
ベルベディアにて


 三年半の戦い

 今朝は、みんな飛んでいるような気持ちだろうと思います。重荷を脱ぎ捨ててね。みんな雲の上にいるような気分でしょう。どうですか。飛んでいるのはいいけれども、着陸する時は気をつけなければいけませんよ。また歩かなければならないから。

 ワシントン大会の勝利に対して、まずもって、天の父、全能なる神に心から感謝しましょう。私は、あなたたちに対して、この大会を大成功に終らせたことを心から感謝しましょう。私は、あなたたちに対して、この大会を大成功に終らせたことを心からお祝いを言います。一番初めに、天のお父様に感謝し、その次にあなたたちに、そして三番目には、大会に出席した人たちに感謝します。

 ワシントン大会を成功裡に勝利して、私はここに一九七二年以来果してきた自分の使命が、ワシントン大会の勝利をもって、本質的な目標を終えたことを宣言します。(歓声)。私は、この歴史をふりかえる時に、それは三年半程前、ちょうど、一九七二年十二月十八日でしたけれども、最初に到着した時のことを思い出します。ワシントンに着いた時には、誰も私のこの計画を知る者はいませんでした。

 しかし、私の心は、神が与える大きな計画、命令、指示で心を震わせていました。その時私は、すでにアメリカでの三年半の戦い方についての、完全な計画ができあがっていました。その戦い方は、二千年前イエス様がローマで成し遂げられなかったことを、当時のローマに匹適するアメリカで、私が実現しようということであります。そういうことを考える時、このワシントンの勝利は、まさに歴史的な記念すべきものであります。

 アメリカのマスコミ、各メディア、また心の狭い人々は、最初私たちの運動に反対し、迫害し、怒り、あらゆる手段をもって、私たちの運動を妨害してきました。しかし、このような反対勢力の中にあって、私たちの運動が前進し、このような大勝利を得たのは、天の父、生ける神が常に私たちとともにおられたことを、はっきりと示すものであります。

 はじめ、ワシントンで私は、全米の食口を集めたのですが、何人きたと思いますか。たったの七十二名でした。そのアメリカ各地から集った七十二名に私は、全米各州に講演会に行くということと、IOWCの運動を始めるということ、マディソン大会、ヤンキー大会、ワシントン大会を行う、ということなど全ての計画を話しました。が、この計画を発表した時は、唯一人としてこれを信じることができませんでした。

 最初、統一教会の食口が信じられなかったのです。教会員が信じられないことが、どうして一般のアメリカ人に信じられましょうか。ですから、その当時のアメリカの市民にとっては、私はアジアから来た、おかしな人物で、アメリカで何かしようとしているけれども、ふり向きもされない黄色人の一人にすぎなかったのです。そんな価値などない人だと思っていたからです。

 その時、彼らは平面的にしか見ることができなかったのです。しかし、私の見方はもっと大きい立体的な見方でした。私自身は垂直的、立体的な見方をしていました。私だけが、今までずうっと、この平面的な見方でなく、垂直的、立体的な見方に確信を持っていました。時には、平面的にはとても惨めな、どうしようもない状態の時もありました。そんな時でも、いつでも私は立体的見方をしていました。それでもこの確信は、外圧によって損われることはありませんでした。永遠に変わらない立体的な戦い方は、決してくずされたり、離脱したり、迫害とか、外圧によって変えられるものではありません。

 このように立体的観点から私たちの運動は始められました。ですから私たちは、最初基盤というものを持っていませんでした。それで基盤造りが、私たちの仕事であったのです。私たちが一歩上るごとに、攻撃とか迫害が増しました。しかし、これは避けられないことでした。しかし、私はいかに迫害や攻撃が激しくとも、けっして外圧に屈しなかったのです。それはもう言うに言われない物語り、あるいは隠れた戦いが、私には沢山あったのです。この立体的戦法を強く、堅固に守る戦いが私のアメリカでの三年半の政策でありました。ですから、アメリカに着いた時からワシントン大会に至るまで、私はすさまじい戦い、対立があることを知っていたのです。七二年七三年をへて七四年に私は、マディソン大会を行いましたが、この大会の勝利は最初の基盤となり、アメリカ人の目を開かせることとなりました。これで初めてアメリカ人は目を開き、R・ムーンの力を知ったのです。

 その一日前、九月十七日にルドルフ・アストリアホテルで晩餐会があった時に、CBSのマイク・ウォレスがやってきて、私にインタビューをしました。「あなたは、マディソン大会が勝利すると思いますか。」私は直ちに「もちろん、百パーセント勝利の確信がある。」と答えました。その時、その記者は信じられなかったと思います。しかし翌日、それがまさに本当だということが証明されました。

 大半の新聞とか雑誌、マスコミはいろいろな分析や予測をするこですが、ニューヨーク・タイムスその他の新聞は、R・ムーンはマディソン・スクェア・ガーデンを一杯にすることはできないであろうと予測していました。そして、そのことを正式に発表していましたが、私のコンピューターは違っておりました。私のコンピューターは、必ず一杯それ以上になると言っておりました。神のコンピューターは、彼らのよりは、ずうっと良くできているのです。

 それ以来、人々はR・ムーンを「巨人」または「驚異」「恐ろしい人物」と言うようになりました。そして、マスコミは強烈な総攻撃を加えてくるようになりました。ウォーターゲートのあと、私たちは方針として「許せ、愛せが団結せよ」ということを宣言しました。その時、まさにR・ムーンに対する反対は最高潮に達しました。そして都合のいいように事実をゆがめて、R・ムーンを攻撃しました。

 ヤンキー大会からワシントン大会の勝利へ

 私は、たった三年間でアメリカだけでなく、全自由世界において、知られなければならない、そういう責任があったのです。ですから、一九七六年、この戦いはまさに、神とサタンの最高の戦いとして、キャンペーンをはり、出発したわけであります。

 私たちはヤンキー大会を歴史的に勝利するために、同じこの部屋で、何度も誓いました。しかし、残念ながら予期しない雨でした。それ以来メンバーの一人ひとりは、何かしら心悲しいような、心を破られるような気持ちの中にあったのです。しかし、私自身は、違って感じたのです。天の父は偉大な戦略家だから、もっと大きい長期的な戦略をもっているに違いない、ワシントン大会の勝利を目ざしておられる天の父は、全てのことに対して、全く違った見方をしておられるに違いないと感じていました。

 考えてみなさい。私たちが本当に素晴らしい勝利をヤンキー大会でしたとすれば、それ以来九月十八日のワシントン大会に対して、どのように感じたでしょうか。言葉に表わさなくても傲慢になったり、安心したり、油断したりするのではないでしょうか。それでワシントンは、ニューヨークよりも小さいのだから、ピーナッツだから必ず勝利できる、と油断したに違いありません。それが人間の性質というものです。もし、そういうことがあったとしたら、どうでしょう。今のような喜ばしい、この素晴らしい解放感、勝利感というものを味わえなかったでしょう。

 統一教会の誰もが、世界中の食口がヤンキー大会の状態に、ひどく心を痛ませたのです。ですから、ワシントン大会の真の勝利を目ざして、皆んな自分を捨てたのです。まさに、統一教会にとっても、試練の時でした。みんな神を疑って、「本当に神様は私たちの味方だろうか。そうしたら、どうしてこんなことが起ったのだろう」とか、「天の父は、私たちを疑わせるようなことはなさらない」とか思ったのです。それがここ数カ月の私たちの試練でした。

 ここに集っている指導者たちも、そのように感じていたに違いありません。しかし、もう一度チャンスを下さい。ワシントン大会では必ず完全に勝利しますからと、統一教会の全ての食口が決意したに違いありません。ですからヤンキー大会が終ったその時から、四十日間、ワシントン大会のために全力投球したのです。評価をしたり、分析したり、そんな猶予もなく、弾丸のように突進したのです。

 次第に指導者たちもまとまってきました。先生と一体化して、ヤンキー大会のどういうところが悪かったのかと分析して、それから私の指示で、もっと人との接触を深めること、心と心のふれあい、心情的なつながりを強調するようになりました。そうして、バスを利用する、バスで沢山動員できるかが、ワシントン大会の勝利の鍵であるという結論になったのです。

 私はこう思いました。まさに、これはワシントンD・Cにおける宗教的な大会であるから、過去のあらゆる伝道集会の記録を破らなければならないと。これが私のはじめからの決意でした。私は、ワシントン大会がいかに恐しいものであるかということを、はじめから知っていました。もし成功しなかったら、その結果というものは、まさに恐るべきものであるということを良く知っていました。もし私たちがこのワシントン大会で失敗したら、多くの人々が結論として、統一教会に神はいないと言うであろうし、それに対していいわけがきかなくなってしまったでしょう。私たちを批判する者は「それ見てみろ、R・ムーンは神とともにあると言ったけれども、全ての事実、状況から見て、神様がR・ムーンとともにいないということを示しているではないか」と言うでしょう。このことに対して、私達は何も答えることができなくなってしまったでしょう。

 もし、そういうことが起ったとすれば、統一教会の霊的状況に対しても、世界中のメンバーに対しても深刻な影響を与えていたでしょう。その重荷を取り除くべきものは、何もなくなっていたでしょう。どんな力も、私たち統一教会のメンバーの霊的な重荷を取り除くことができなくなってしまったでしょう。それは、本当に深刻なことです。そういう失敗があったら、私がこれから成そうとしていた戦いの方向性が失われてしまい、私の考え通りできなくなってしまったでしょう。そのことをはじめから良く知っておりました。それこそ、惨めな立場に、R・ムーンが立たなければならないということを誰よりも良く知っていました。

 統一教会の運命は、まさにワシントン大会にかかっていました。私たちは、新しい希望をもって飛び上がろうとしていたけれども、もし失敗したら、まさしく地獄の真只中に落ち込んでしまうような惨めな立場になっていたでしょう。そうなることは間違いないことでした。

 もし白人が答えなかったら、黒人でもかまいません。黒人が選ばれた者であるかも知れません。黒人を動員しようとそう思いました。イエス様の時に、カルバリ山に十字架を背負っていった最後の人は、黒人でした。だから、歴史的に言っても、黒人は最も重要な役割を、最後の摂理の段階において果す運命を持っていることを知っておりました。私は啓示によって知っていました。ある意味ではワシントン大会は、イエス様の予言が今の時代にあって成就されたと言っても良いでしょう。だから私は、これから統一教会の運動において、黒人、黒人社会が最も重要な役割を果すだろうと思っています。

 このようにワシントン大会は、無条件の勝利、大勝利であることを宣言します。これは神の勝利であり、摂理の勝利であり、歴史的な事実であり、天宙の否定できない事実です。私もまた、羽のように軽く飛んでいるような気分です。今までは、非常に重荷を持っていたけれども、ワシントン大会勝利の後は、解放されて、自由な人間となり、自由に歩くことができ、天地においても誇りを持って、上を見つめ、下を見つめ、自由な人間として、本当に軽い気持ちで、もともとの計画、戦いを堂々と進めることができます。(拍手)。

 各自が第二のR・ムーンに

 ワシントン大会は、私たち統一教会の勝利となりました。それは記録されるべき事実であり、真理であります。問題はこれから、何をするかということです。これが最も重大な問題です。ワシントン大会が今までの目標でしたが、大会の勝利の後に、どういう方向に向って動いていくべきか、ということがこの会議の目的です。

 まず、第一に決めましょう。退却すべきか、さらに前進していくべきか。(前進!)。ではどうやって。前進するにはいくつの動き方がありますが、平面的にか、四十五度の角度でか、それとも九十度で上に向っていくのですか? どれが良いですか。(九十度!)。それは、平面的でなく、上を見なくてはいけないということを意味するのですね。私たちは上を見なければなりません。

 二本の足でしっかりと、地面に立たなければならないということです。そうしなければ、上を見ても倒れてしまいます。二本の足をしっかりと地面につけて、ゆるがない基盤をつくっていなければ、ちょっと力を後から入ると、すぐ倒れてしまうでしょう。普通の人であったら、ちょっとした力では倒れないでしょうけれども、上ばかり向いている人は、ちょっとした力でも倒れてしまいます。

 だから私たちは、ただ単に上だけを見ているだけでなく、下も見なければいけません。自分の上と下を同時に見なければなりません。しっかりと地面に足を二本立てて、それから上を見なければならないということを、私は言いたいのです。ただ単に上を見るだけではだめです。身体をふらふらさせてはいけません。岩の如く、銅像の如くに、しっかりと立ちなさい。そして、それから動きなさい。もし、力がどっちからか来たら、それに影響されますか。(いいえ)では、どんな顔をするんですか。見せてごらんなさい。疲れきったような顔をするのかな、それとも確信に満ちた力強い顔をしますか。(力強い顔をします!)。はい、結構です。

 今日から、私は一つの政策をだします。百パーセント、皆を信頼しましょう。(拍手)。皆さんは、今まで私が働きに働いてきたことを見てきたでしょう。私が一つのことに組みついたら、最後にはそれを成し遂げることを知ったでしょう。だから、これからはどういうことを成すにしても、皆さん方は百パーセント一体化しなければなりません。そうすれば、成し遂げられることを知っているのですから。

 ちょっと難しい質問ですが、皆さんは私よりも良い立場ですか、悪い立場ですか。私は皆さんの方が先生より、良い、素晴らしい立場だと思います。皆さんは、アメリカで不便もなく、英語もうまく話せるし、多分アメリカの食物もおいしく食べられるし、顔つきも、平均的な白人でもあるし、若いし、その点においては私よりも優っているのです。皆さん方は、まさにアメリカの青年の模範で、良い模範です。

 あらゆる点において、皆さんは先生よりも優っているのです。皆さんは私より背は高いではないですか(笑い)。あなた方の目は深いし、大きいのです。だから、あなたたちは私より多くの優った資格、素質というものを持っています。そうでしょう。(はい)。

 皆さんは、ここ三年間で成してきたことを見てきたでしょう。実際、その目で見てきたでしょう。皆さんは素晴らしい立場にいるのです。私の場合は、信仰しかありません。自分しかいません。いわゆる模範とすべき例がありません。しかし、皆さんはその従うべき生きた模範があります。それだけでも、私より優った立場にあります。そうでしょう。(は!)。

 だから私は、皆さんが本当に強い確信をもって、私が見せてあげたんだから、同じようにすれば、一生懸命やれば、必ず勝利できるという確信をもってほしいと、そのように思っています。そういう組織、団体は必ず発展します。そうして衰退することはありません。だから皆さん、大志をもって、確信をもって、働いてもらいたいと思います。私は、何も模範にできるものはないけれども、私が生きた手本を示したから、私以上のことができるということを確信をもってほしいのです。

 このワシントン大会の勝利の後、私は一つの重要なことを決意しました。如何にして、皆さん方に、力と確信を持たせるかということに対してです。私がお手本を示したから、自分は先生が成した以上にできるという確信をいかに持たせるか、これが問題だということを結論として感じていました。今朝、この大会の勝利の後は、バラ色の輝やかしいことばかり言ってくれると思ったでしょう。天気もいいし、何か楽しいことがあるのではないかと思ったでしょう。しかし、そうはいきません……。それで構わないでしょう。(はい!)。本当に、私より良くあろうとする意欲がありますか。(はい!)。できますか。(はい)。三分の一しか返事していませんが、三分の二はどうしたんですか。

 考えてみなさい。私は三年半前にアメリカに来ました。この短い三年半の期間内に、この勝利を成し遂げました。この部屋にいる一人ひとりが、もう一人のR・サンミョン・ムーンになろうという決意をするならば、同じ三年半以内に、サンミョン・ムーンが、世界中に何千何万といたら、この国は、世界は粉粉に砕くことができるのではないだろうか! 本当にそう思わないでしょうか。(拍手)。

 今までとは違った人間に

 自分の顔を良く見てみなさい。自分の顔は小さい、しかし心は先生よりも大きいと。自分の心は先生よりも大きくしようと。自分の目は奥で輝いているように深い、しかし、自分の目を先生のように鋭く、そしてつき出すような、人を射るような、そういう具合いにしてみなさい。自分の目を私の目のようにしたら、私のように前向きに考えて、そうして前進することができるでしょう。自分の鼻は先生のよりも大きいけれど、たたいて、先生の鼻と同じぐらいの大きさにつぶしておこう。先生のように一生懸命働いてね。それを考えてごらんなさい。どこもかしこも、手も足も先生とくらべてね。そういった態度をもって頑張るならば、まさに神様が私とともに働いて下さる以上に、皆様とともに働いて下さるでしょう。それは何と素晴らしいことでしょう。天のお父様がともにいて、教え、指示して下さる、それは本当に素晴らしいことです。

 ですから今朝は、私は先生以上にするという、先生に負けない、そして先生以上の記録をなしてみせるという、そういうことを決意する時です。そういう決意をもち、確信をもっていたら、何も九十度上を見なくても良いのです。神様がともにいて下さるので、全て現実を見れば良いのです。現実を見て、現実に直面するのです。そうでしょう。できますか。(はい)。

 これからは、今までと違った人間になりなさい。歩く時でも普通通り歩くのではなくて、一インチ力強く歩きなさい。それから一秒でも早く到着するぐらいに歩きなさい。敏速に行動するのです。過去においては、いろいろ他のことをやったり、見たり、時間を過してしまいましたけれども、今日からは、早くスパークして、時間を節約しわ多くのことをしなさい。しかしトイレは短くね(笑い)。本を読む時でも、新聞とか手紙を書くとか、そういった時にももっと早く読み、内容を早く掴みなさい。そういった過去の記録を破るような、新記録をつくりなさい。

 また、髪を短くして、髪が伸びるのを遅くしなさい。爪でさえ短く切りなさい。そして指を見てごらんなさい。統一教会の女性で、今まで爪を長くして、磨いていた者は自分の指よりも短く切ってしまいなさい。これからはやることは普通の人とは反対にするのです。今朝からは、もう別の人間です。天の方向に向って、神様に向って直進する最短距離をいくような気持でやりなさい。呼吸も普通の呼吸ではなく、特別の呼吸、吸う時、吐く時神の心情をもって呼吸するのです。異った意味をもってやるべきです。もう体操をする時間がないかも知れません。が眠っている時に体操して、時間を節約しなさい。(笑い)。

 ジャングルとか山とか、誰も行ったことのないような所がありますが、そういう所へも出かけて行くという決意が必要です。そうすれば全く違った人間になることができます。そして考え方においても、態度においても、異った人間になることができます。そうして誰に言われなくても、一人で垂直的、立体的に前進することができるのです。それは、間違っていますか。(本当です)。世界の統一は大きなことです。しかし、小さいことでも、決意しそれを積み上げていけば、大きなことを成すことができます。

 会議よの時は、最後まで残って戸締りをして帰りなさい。会議が始まるとしたら、最初に来てその準備をしなさい。会議が九時から始まるとしたら、八時に来るようにするんですね。そうして、その一時間で新しいことを計画することができるでしょう。また、もし九時から始まるのに六時に来たとすると、私たちの生活には予期しない事が起りがちですが、天の父は突然、今朝会議は九時に始まるが、六時に来た者に、大いなる恵みを与えようと言われるかも知れません。その人は三時間、先を越すことができるでしょう。その人は時にかなった人です。

 たとえば会議が、今朝九時から始まると決っていたとしても、もしきのうの朝九時にきたとしたら、その人は二十四時間、新しいものを作る時間があることになります。二十四時間早くきたということは、気違いのように見えるかも知れません。そして、なぜ一日も早くきたのかと批判されるかも知れません。この二十四時間にいろいろ誤解されたり、罪人のような思いをするかも知れません。気違いだと思われる度合が多ければ多い程、神からはより大きな恵みを受けることができます。それは神様のはからいです。神様というお方は、非常識な、異常な、普通ではない角度から見られるのです。

 過去において、愛国者だとか、聖人とか、偉大な人とかいう歴史的なことをした人は、みんな気が狂ったような人たちでした。どの位気違いじみていたかというと、自分の選んだことは、生命がけで守り、けっして離しませんでした。それで、結局彼の人生は意味のあるものとなったのです。

 キリスト教、リスト教徒自身、この二千年間まさに、みんな気違いのようでした。彼らは何のしるしもないのに、イエス・キリストの再臨を二千年間も待ち望んでいました。そういう意味では、キリスト教徒は二千年の気違いと言ってもいい位です。しかし、大切なことは、他の人や、回の人々がどういうふうに見るかということではなくて、天がどのように見られるかということです。どんなに気違いと思われようとも、何という信仰か、それは良くやった、それは献身だ、努力だと、天の父が心を動かし、天の父が感動するならば、予期しない、素晴らしいことが起るかも知れません。

 私たちも皆、気が違っているような人間です。ワシントン大会そのものが、気違いじみたことでした。この大会の後にも、野球とか宗教的な集会とかロックフェスティバルとかあるかも知れません。普通の人々は、そのような行事が終ったらすぐ、そのまま帰ってしまうでしょう。そして二、三日はそこら中、汚なく散らかっているのです。しかし、統一教会のメンバーは違います。私たちは、寝ずにワシントンの会場を清掃して、ポスターをはがして壁をきれいにしました。これはまさに、私たちは気違いじみたことをしたのです。

 統一教会のメンバーには、いつも気違いのようにやるという競争があるのです。もし、皆さんが、会場掃除、ポスターをはがして、そしてもし、ある人が他の人より以上に夜遅くまで残って掃除したとしたら、その人はもっと気違いと思われるでしょう。しかし、どの人が勝利したかと言えば、その人ではないでしょうか。人々はこう言うでしょう。また別の日が……。明日やればいいじゃないかなんて、そんなに気違いみたいでなくていいじゃないか、と。しかし、私たちはそうは考えないのです。私たちにはもう明日はないのです。明日では遅すぎるのです。そういう態度で、きょうのことは、きょうやるという態度をもってやるのです。

 きょうから、新しい人間になろうと決意した人、手を挙げて見せて下さい。少なくても心の中では、きょうからは何か新しく、気違いに思われる位に、自分だけが秘密としておいていいような、そのようなことを何かしようと、そういう決意をしてほしいと思います。きょうからは違うんだという決意でやってほしいと思います。わかりましたか。(はい!)

 なぜ私たちはそうすべきなのでしょうか。今日、こういうことを話す理由は、これまで私たちがうけた祝福というものは、これから受ける祝福に比べれば、小さいものです。ピーナッツのようなものです。だから、こういうことを言う理由は、本当にこれからくる素晴らしい祝福を受けるに値いするような、そのような準備をしてほしいからです。わかりましたか。(はい)。

 あなた方の生活の仕方、食べ方、顔の洗い方、あらゆる生活の様式が違ったものでなければなりません。どの位違うべきか、ちょっと分析してみましょう。ある一人の人が結婚するとすれば、その人の生活の仕方が変わるでしょう。独身の男性はあんまり構いません……。食物も中途半端、顔を洗うのも中途半端、皿も洗わない、それでも構わないでしょう。しかし、もし奥さんがくれば、それに注目しなければならないし、彼女からきらわれることがないように、ものの言い方にしても、生活の仕方を変えなければならないでしょう。それと同じです。

 先生が言おうとしていることは、つまり皆さん方は、それ以上に違った者とならなければなりません。つまり、独身者が結婚した時に変わらなければならないということは、これから私がいなくても良い、皆さん自身が一緒に団結して、そしてこれまで以上の業績を達成すべきであるということです。だから、成長した息子が結婚した時に、いろいろお父さんにこうして下さいとか、お金を下さいだとか、あの人がいじわるするんです、何とかして下さいなどと言ったりはしないでしょう。そういう人はけっして孝行息子ではありません。息子は独立して、そして父親以上に役割を果す、それをうまくやる、それが孝行息子というものです。

 統一教会においても、同じことが言えます。私の言うことを聞いていますか。私が好きですか。(はい)。ちょっと気分が悪いや。これからは、もう私を愛さなくてもいいです。私以上に、天の父の愛に相応わしい人になってほしいのです。それから私を愛しなさい。そうしたら私も受け入れましょう。私は皆さんを愛しません。嫌いです。それでもいいですか。(はい)。もし皆さんが本当に神を中心とした人間になるならば、神は皆さんとともにいて下さるでしょう。そして、それから私のところにきて、私を愛するならば、その愛は受け取られ、価値あるものとなるでしょう。それまでは、誰も愛するに値しません。

 私たちはこれから違った新しい次元に、違った段階に、運動に、新しい展開に入るでしょう。だから、きょうから是非とも覚えてほしいことは、私の代理と、天のお父様の代理となるような、そのような者になってほしいということです。

 個人の戦いの時

 私たちはワシントン大会に勝利しました。しかし、傲慢になってはいけません。傲慢になったり、油断したり、それは一番悪いことです。思い上ってはいけません。警告しておきます。これまで皆で一緒に働いてきました。集団で頑張ってきました。しかし、これからは各自一人ひとりの戦いになります。一人ひとりがいかに価値あるかということを示す時です。そういった戦いがこれから待っています。この集団としてのキャンペーンにおいては大勝利をしました。しかし、皆さん自身が一人ひとり個人として勝利したということを示さなければ、この集団が行った全体としての勝利は無駄になってしまうのでしょう。そのような時代がきています。

 集団的、統一キャンペーンの時代は終りました。集団、統一したクルセードは終りました。これからは個人的なクルセード、個人的な業績、個人的な競争、個人の神における価値が問題になってきます。ワシントンは一つの市でしたが、つの市とか、一つの州が問題ではなくして、世界的なレベルにおいて、あなたがたは、これから世界的な宇宙的な戦いにおけるチャンピオンになるべく覚悟しなければなりません。

 天においては、祝福というものはすべて荷造りされています。祝福はもう船積みされています。それを如何に分配するかという時代となっています。今、その時代がこようとしています。それは私が分配するのではありません。皆さん自身が分配を与えられるに価する者となって、天から分配されなければなりません。では自分自身、誓える者、必ず天の息子、娘だと言える者、手を挙げなさい。天の息子、娘だとそう確信のある人、手を挙げてみて下さい。手と心が同じことを言っているか、どうかを反省しなさい。皆、神の息子、娘なら世界的なスケールの子ですか。(天宙的な息子です)。では、R・ムーンは神の息子ですか。この世的な目から見れば、まさに悪魔、サタンの子のようにいわれています。しかし、私は悪いこと、サタンのすることは、けっしていないし、サタンの好きなものは嫌いだし、百パーセント完全に異質だからです。考え方においても、心においても。

 さらに私は「論議の的となっても恐れない」と新聞のインタビューで言ってあります。いかに世界中で、アメリカのみならず、世界中で論議の的となってもかまいません。天宙的、霊界、地上界においても、もだえ苦しんでいる人すらも耳を傾けて、R・ムーンが大きな、ひっくり返すような物事を企てたので、地上が混乱しているということを……。それでも私は絶対話すのはやめません。それぐらいの議論の多い人間になりなさい。

 もし、地獄すらもそういった方向に動くならば、天国だったら、霊界のあらゆるところら、誰ともなく、R・ムーンのことを話すようになります。

 もし、地獄すらそういった方向に動くならば、天国だったら、霊界のあらゆるところから、誰ともなく、R・ムーンのことを話すようになります。そうすれば、R・ムーンはいたるところにいることになるでしょう。昨日、韓国の指導者の一人の文社長が世界を巡ってきて話すところによると、自分がムーンだと紹介する度に、みんながちょっとおかしい顔をして、あなたはR・ムーンと関係があるんですか、といつも聞かれたということです。それで、文社長はその度に、とても誇りに思ったそうです。(拍手)。

 迫害をのりこえて

 R・ムーンは世界中に知られています。それはギャングとしてですか、銀行強盗として知られているのですか。R・ムーンが有名なのは、スキャンダルとしてですか。青年を誘惑するということで有名なのですか。そういう非難を受けたことがあります。統一教会のベリータウンとか修練所に来るとか、R・ムーンは大きな注射器を持ってきて、ジンセン、ジュースを注射して洗脳すると、そう言って批判する人がいます。(笑い)。人参ジュースで改宗させるというのです。

 皆は笑ったね。私たちは真実を知っています。真理を得た私たちは、神が私たちを変えたと知っています。神がともにあるということを知っている私たちは、こういうことを言われると、笑うことができるのです。だから、外で本当のことを知らない人、ラジオ、新聞とかで仕事をしている人の話しは、秋の葉っぱのようです。時がくれば、冬がくれば落ちてしまうのです。そんなものは長続きしません。時がくれば、そんなことは消えてしまします。

それから、R・ムーンを批判して、私たちの運動が政治的なものだと言って批判している人々がいますが、そう言わせておいたらいいです。私たちは笑って済ませることができます。私たちは権力とかを求めているのではありません。私たちのクルセードは教育的なものであり、一人ひとりとお話しして、神を中心とした人間に変えていくための教育です。皆さんは、私に天宙的、世界的な霊的指導者となってほしいと思いますか。(はい)。そうでしょう。一国の指導者になるよりも、教育の方が影響を与えることができるのです。神を中心とした世界をもたらすための指導者をつくることが、R・ムーンの仕事です。

 それから人々はR・ムーンは青年をつれてきて、奴隷のようにしていると批判しています。あなたがたを奴隷にしましたか。皆にとって辛い仕事かも知れません。皆さんはそれを一生懸命やっています。それは奴隷というのではありません。自分自身の心から喜んで、決意してやっているのです。R・ムーンが誰よりも働いているのを知っており、また韓国、日本、世界の指導者たちがアメリカにきて、一生懸命働いているのも知っているので、皆さんは、それを知った時、良心的な人たちが、神を知った愛国的青年として、どうして一生懸命、働かないでいられるでしょうか。それが彼らの動機です。自分から進んで努力しているのであって、強制的にクルセードに入れられたり、奴隷のようにつかわれているのではありません。

 アメリカの国民は確かに一生懸命働いています。彼らは、アメリカ人としての権威、威厳というものを、こわされたくないので、自分たちの良心を傷つけたくないので、一生懸命働くのです。私たちの運動は、実に心から喜んで行っている運動です。それは間違いないことです。だから、私たちはこの国を救うために、アメリカの国民の権威とプライドのために働いているチャンピオンなのです。私たちは何も恥じることはありません。日本人は十五時間働きます。アメリカ人がアメリカのために、世界のために十六時間働くのです。働いて、何が悪いのでしょうか。日本人が十五時間働いているのをみて、アメリカ人は十二時間でいいと、そうすると、日本人によって、アメリカ人は奴隷化されてしまうでしょう。アメリカ国民は“いや、私たちはそんなことはできない。私たちは強い国である。献身的な、プライドの高い国である。私たちは決して負けない”と考える、それが普通です。多くの人々は奴隷にしていると批判していますが、それは根拠こないことです。

 R・ムーンは何もお金に興味があるのではありません。皆さんを通して、お金をもうけて、韓国に持って帰ろうとか、安楽な生活をしようとか、そんなことではありません。私は自分自身をアメリカのために献げているのです。アメリカ自身は、天の法則によって私以上に働かなければいけない立場です。人々が何と言おうとも、R・ムーンがアメリカにきたのは、青年を教えて、皆さんのようにアメリカの青年が心を献げ、そうしてこの国の将来を救うことのできる指導者をつくるために、教育するためにきたのです。私のこの国に対する貢献は計り知れないものです。

 神の子として誇りをもって

 皆さん方の大部分がアメリカの二十代の青年です。私が二十代だった時には、何もありませんでした。全く一握りの何ものも持ちませんでした。そこから基台を造ってきました。そういう基台の上で、皆は全てを与えられているのです。だから、私以上のことができないはずがあるでしょうか。あらゆる確証をもち、あらゆる物質をもち、あらゆる経験が例として与えられているでしょう。

 私は誰より以上に自分自身を、ここ三年間奴隷のごとく酷使してきました。考える以上、自分自身を奴隷化してきたのです。しかし、神の中にあって、自分自身を決して、奴隷とは思いませんでした。天国のチャンピオンであり、開拓者であると思ってきました。私は刑務所で鎖につながれて苦しんだし、霊界において沢山の、何千、何百の奴隷が鎖につながれて死ぬど苦しんでいるのを見てきました。外的にみるならば、私はまさに奴隷でした。共産主義者の強制収容所でもそうでした。しかし、今や、奴隷としてではなくて、神の子としてその奴隷以上の惨めな立場を自ら進んで担ったのです。重要なことは、歴史が明らかにするでしょう。

 アフリカの奴隷を打ったとしても結果は小さいのです。しかし、神の息子を打ち、神の息子を奴隷としたならば、その結果は非常に大きいのです。その審きは大きく、歴史はけっして許さないでしょう。だから神の息子であり、神の娘であるということを、まずわかって、実際あなたたちがするのは、奴隷のような仕事ですが、としても落胆することはありません。それは、もっとも高潔な、神聖な仕事です。自分の心の中に誇りをもって頑張るべきです。かつて多くの人々は、意味のないことに苦しんできました。多くの奴隷が苦しみながら意味なく死んでいきました。

 かし皆さんはそうではありません。もし、皆さんが神の子としての誇りをもち、神の心の中で、そして訓練の中で苦しむとしたら、その苦しみは意味のあるものとなります。だから、あらゆる苦しみを受けたとしても、それは価値があるのです。条件ともなるし、伝統をつくることになります。そして永遠の歴史において、神の国を築くための苦しみとして残るでしょう。そして一つ苦しむことは、神に対する条件となり、皆さんは誉め称えられ、まさに、一つひとつが神の前で誇りとして記憶されるでしょう。

 奴隷として苦しんだならば、御旨ではありません。その苦しみは深刻であればあるほど、大きな栄光を約束するものです。どちらの役割を皆さんはとりますか。私たちは奴隷として苦しみますか、神の子として苦しみますか。私はこれまでずうっと苦しんできました。皆さん方が、それを見て私のところにきて、「私達が先生の重荷を担います。どうか先生、少し休んで下さい。」と言った時に、神様すらも私に対して「息子よ、今まで充分にやってきたんだし、おまえに代わるものが沢山いるから、少しリラックスして休んだらどうか」と言われるかも知れません。その時にR・ムーンは「お父様!それはできません。いかに天のお父様が休めと言われても、私はこれからもっともっと一生懸命頑張ります」と言うでしょう。たとえ、それによって天から批判されても、それに対して皆さんは批判しますか。それとも尊敬できますか。

 私は五十七才になっています。七十才位までしか働けません。「あと十三年間は休んで天国に行こう」とは考えません。私はこの十三年間、働いてもっと苦しんで、もっと困難な目にあっても、それ以上のもっとすばらしい影響を天地にもたらすために頑張ります。私はさらに、天のお父様はこういうでしょう「さあ、ここに祝福があるから、それを受けて楽しみなさい」と。それに対して「お父様、この祝福は統一教会に与えて下さい。青年に与えて下さい」と答えたら、天のお父様はどう思われるでしょうか。「お前みたいに呪われた者は、だめだ」と言うでしょうか。それは天のお父様の心を感動させるに違いありません。

 祝福は無限であり、そして十年、百年、百万年と永遠のものとして、天の父が与えて下さるものです。私たちは、全てに対し、私たちの運動に対して、そして人類に対してR・ムーンの口を通して語られるでしょう。そうすると、どちらが私にとって望ましいものですか。「先生、死ぬまで一生懸命働いて下さい」と言いますか(いいえ)。それでは皆さんはどう言うのですか。私は決して引退しません。皆さんとしてできることは、私の仕事を全部ひきうけて、私を完全に何もできないようにする、それが皆さんがやることです。

 R・ムーンはもし皆さんから何もできないように妨げられたとしたら、野球のバットをもって、あっちへ行けと、皆さんを打つかも知れません。そうしたら皆は、血が出て、骨が折れたりします。その時に天に対して、皆さんの足を傷つけたと言って訴えますか。裁判所に告訴しますか。どうしますか。骨が折れたとしてもやあありがとう、感謝してもっと一生懸命、神様のために働きます、と言いますか。そういう光景を考えてみなさい。

 その時、神様もこの息子は大したものであると、神様も降参するでしょう。そういうことが、まさに神様を降参させる唯一の道です。そして神様は「サタンよ来い」とサタンを呼んで「この男を「この男を見てみろこの男を助ける値うちがあるか、イエスかノウか」と質問すると、サタンですら何も述べることができないで「はい神様、そのとおりでございます」と認めざるを得ないでしょう。サタンすらも「私は降参しました。彼に対しては全く降参です」と、そう言うでしょう。そのような人間にこそ、永遠に神の息子としての権能が与えられ、サタンすらもそれを証しし、認め宣言するでしょう。このように考えます。

 神を感動させる私達に

 そういう意味で、きょうから新しい日を出発するのです。人間はいつかは死ななければなりません。一度は死ななければなりません。神様は、まさにスーパー人間ですから、情もあり、ちょうど皆さんの情のように働いているのです。だから、皆さん本当に孝行息子として、娘としての行いをすれば、天のお父様のその心をとりこにすることができます。それが天の父の心をとらえる唯一の方法です。そうして皆さんの心に神をもつことができるのです。

 二千年前のイエス・キリストの死は神の心を動かし、イエス様は神への忠誠を身をもって表わしたので、神はイエス様を復活させて、キリスト教を始めたのであります。それと同じことがあなたにも起るでしょう。だから、決して不平を言ってはいけません。誰も批判してはいけません。復讐しようとしてはいけません。神様が良く知っていて下さいます。サタンも良く知っています。死ぬ時、あなた方は、神とサタンの、まさにその真ん中に立ちます。そして、自分自身の行為によって、どちらに行くべきかが決まるでしょう。

 だからサタンを屈服させるためには、絶対的なる、中心の心を神の子として持たなければなりません。そうすれば、まさに神側に立つことによって、サタンを粉砕することができるし、サタンはこの地上に足場をなくしてしまうでしょう。昨日と今日は違います。私たちは新しい人間です。違った人間です。自分を与え、み旨のため、神の子の名において自らを献げましょう。そうすることは大きな遺産であり、大いなる伝統です。素晴らしい贈物を残すことになるでしょう。そうして、あなたたちの行為は覚えられて、永遠のものとなることでしょう。

 私は自分の経験から、もっとも重要なことを一つ教えておきましょう。私が本当に誤解され、弁解も、全くできず、弁護も全くない時に、私は静に神に味方し、絶対的に神に忠なる立場に立っていました。皆さんも分かるように、このようにして、神様は私と共にいらしたのです。私にも突然死ぬ日が来るのです。しかし、私は別の世界で考え続け、働き続けるので、死などはありません。だから私は、自分をのろったり、批判したり、怒ったりしても、世間の人に弁解したり、弁護したりしようとは思いません。むしろ、迫害をもっともっと受けて、伝統と条件を残していこうと思います。そして、私が死んだ後はが何百万、何千万という霊界、地上界の人たちが、R・ムーンの保証人、成した行為の証しをするようにさせましょう。

 私の行為は、歴史においては唯一瞬の出来事ですけれども、永遠の立場から見た場合には、永遠に輝き続けるのです。私が霊界に帰る時、私は道を開くことができます。地上で苦労している者たちを助けることができるのです。そういう立場に立つのです。また霊界では、神の名によって苦労した者たち、そういう人たちは、霊界でも中心的な立場にいるのですが、とりわけ歴史上の苦労した聖人たちと一緒にいて、彼らをまとめ、ひきあげ、この世界の苦労の解放を早めるのです。何のことかわかりますか。これは天の戦略の一つです。

 私はどんなに苦労が絶えなくても、もっと苦労しようと思います。もっと誤解され、もっと非難されようとも、それに一言も文句も言わず、全てを受け、たずさえて霊界に行こうと思います。そして引き続いて伝統をたてていきましょう。そうすれば、いずれは私たちのやっていること、私たちの真理は勝利を治めるようになるのです。私は分っているのです。だから、私は霊界にいても、地上にいても働き続けます。

 迫害の嵐を消化して

 私が生きている間に、統一をなし遂げるかどうかというのは、小さな問題です。仕事は続くのです。そして私は霊界にいようが、地上にいようが、その中心となっているのです。私の思想、計画、伝統、心情は間違いなく、統一の世界を目ざしているのです。私が死んで霊界に行ったとしても、いつでもあなた方に現われてあげましょう。同じように、同じ伝統をもって、この地上に完全な神の国を造るまで。これが私のやっている、一番重要な作戦です。

 私がやっているのは、十年先のためではありません、永遠を基準として作戦を立てているのです。私が地上にいようが、霊界にいようが、そのようなことが問題ではありません。あなたたちには見えないかも知れませんが、私は霊界の組織、システム、ようすを熟知しています。あなたたちの目前には、もう新しい天地が開かれようとしています。私はその時間表をはっきりと知っています。新しい世界、新しい生活が必ず開かれます。

 最高気圧と最低気圧があって、その差が大きければ大きいほど、ぶつかった時は衝撃が大きいのです。その衝撃は大きい方がいいですか、小さい方がいいですか、今、歴史的台風が統一教会の目前で大きくなっています。最高気圧と最低気圧がぶつかり、まさに爆発しようというのです。これは統一教会にとって新しい道の出発点となります。考えてみなさい、そう思いませんか。私はその時を知っています。そんなに遠いことではありません。

 霊界はまさに近づいています。私はあなたたちのために、霊界にはっきりとした宣言を下さなければなりません。あなた方や、この運動に正しい方向性を与えておかなければなりません。マスコミは統一教会に対して、どう言うでしょうか。彼らももはや、私たちを傷つけるようなことは言わなくなるでしょう。誰も私たちに手をつけることができなくなります。R・ムーンがアメリカ人や他の人々からひどい仕打ちや、迫害や、激怒した態度を見せつけられることがなくなれば、それは統一教会への祝福を意味することを知ってほしいのです。

 キリスト教史は二千年間を通じて、迫害の雨が降りに降ったが、私は生きている間に、この二千年分の迫害、想像もつかない迫害を一に受けて、それを消化してしまったのです。だから、二、三年もたたないうちに全てが清算され、条件が満されます。だから、早く将来のために蕩減を払ってしまいなさい。統一教会の将来はバラ色で増々発展します。わかりますか。確信がありますか。先生はこの二、三年のうちに、この歴史に考えられない業績を残そうとしているのです。

 人々は「R・ムーンはどうして、もう少しゆっくりと、時間をかけて、外交的に、スマートに自分を良く見せてやらないんですか」と言うでしょう。人々は何も知らないからそう言うのです。それは神が進めるやり方ではなくして、サタンです。サタンは私にそうしてほしいと願っているのです。わかりますか(はい)。あなたたちの将来はバラ色です。何でもできるのです。あなたたちは先生のように、三年も共産主義の刑務所に入って、拷問を受ることはないでしょう。あなたたちはやるべきことをやれば良いのです。

 私は良く考えます。ワシントン・ポストがR・ムーンはワシントン大会で五万人を動員したと書きましたが、よし、五万人でも良い、嘘を書くなら、いっそうもっとひどい嘘を書いても良い、私は五千人と書いても、ちっとも驚かない結構だと考えました。真実が私たちとともにあるからです。やがて真実が現われてくるからです。私はドラマチックなのが好きです。時が来ます。私たちには記録、映画があります。ビデオテープがあります。そのフィルムは歴史のどんなフィルムよりも多く上映されるに違いありません。(拍手)。

 テレビショウで、アナウンサーが「さあ、今から五千人のワシントン大会に集った人々を見ましょう。(笑い)と言って、カメラが東から西、縦横にうつし出します。全くドラマチックです。あれだけの人数が、ワシントン・ポストでは五千人だと。私たちは実際にそれで楽しくなってしまいますね。意気消沈してはいけません。ドラマチックにならなければなりません。私はたった五百人といわれてもいいと思います。私はサタンは利口だと思いますよ。あまりドラマチックにさせなかったからね。適当なところで勝利させています。私たちの真理は永遠です。

 考えてみなさい。私たちがこれからつくろうとする映画、ビデオテープ、これらは歴史でいかなる力を持つでしょうか。あなたたちが考だに及ばないあらゆる武器よりも、原子爆弾も及ばない強力な力です。説明は不要です。だからワシントン・ポストや、ワシントン・スターのことでがっかりする必要はありません。彼らをかわいそうに思いなさい。先生はこう思いました。何で五百人としなかったのだろう。五千人は多いじゃないかと。

 今朝、朴普煕が部屋に飛び込んできて「先生、良い知らせ、があります。ワシントン・ポストやニューヨークタイムスに匹敵する韓国の東亜日報が『R・ムーンのワシントン大会は大成功で、少くとも二十万から三十万の人々が集った』と書いています」と言ってきました。(歓声)。私はそのニュースよりも朴総裁の大げさな、うれしそうな顔をみて、その方を笑ってしまいました。

 いかなる勝利を捧げるか

 今や、東洋と西洋の戦いです。これはR・ムーンのいるおかげでこうなったのです。R・ムーンのいるおかげで、白人と黒人が争いをするようになりました。誰がこれを調停しますか。白人が、黒人が、誰もこの争いを和解させることはできません。しかし、たった一人、和解させることができ、平和をもたらし、東洋と西洋の文化を統一させることのできる人間がいます。それがR・サンミョン・ムーンです。(歓声)。

 この点において、疑いなくワシントン大会は勝利でした。ワシントン・ポストを始め、マスコミは全く故意の陰謀を企だてて、攻撃をしました。まさに殺人のような攻撃をしかけてきました。それで全ての東洋人は、R・ムーンのためにワシントンポストを反対にやっつけました。傲慢な白人は「ふん!私たちは行かないよ」と言い、そして黒人は「よし、一番前に陣取ろう。おれたちはチャンピオンだ」と言い、スペイン人やプエルトルコ人は「R・ムーンはおれたちのヒーローだ」と言いました。このようにR・ムーンのために様々な人種の間に対立が起りました。黒人の指導者、アメリカ政府の役人も、このことを知るでしょう。

 この予想もしない対立のことを、私はずうっと前から、警告していたでしょう(はい)。当然私は白人を拒否するようなことはしません。実際私が来た時、白人をもてなしました。人口からいっても多い白人に期待をかけてきました。しかし、接待は失敗したようです。私はもうかまいません。仕返しもしません。私に代わって誰かがやるでしょう。統一教会の者がやるのではありません。神がやるのです。天に神に反対する者は、神の中にいることはできません。これが天法です。このように歴史が動いているのです。

 さあ結論に入りましょう。私は何をしようとしているのでしょう。忘れてはいけません。今日、この時をして個人的な目標をたてるのです。私はこうしますという目標、それを立てるのです。私の生きている間は、これを成し遂げるという目標を持つのです。自分を賭けて、勝利を先生に捧げようというように。今日、自分で自分のキャンペーンをはり、自分のワシントン大会を開く決意をしなさい。

 私の伝統からみると、皆さんは私の足跡です。皆さんはその伝統をひきつぐように、どんどん先に行って、先生を越えていくのです。自分は前線のチャンピオンだ、前線の兵隊だと、そして各自の勝利を捧げていく……とこう決意すべきです。勝利の年は一九八〇年です。どのような勝利を自分は、その年に捧げるか、第三次七年路程が終るその時に統一教会は、全く無敵の基盤の上に立っています。今、それに向って歩いているのです。もう一歩一歩歩く必要はありません。飛びなさい。ジャンプして進みなさい。これからはそういう時です。
 だから今日からは、皆は神の代身者、私の代身者です。あなたたちの名前は、サンミョン・ムーンです。一人ひとりがもう一人のサンミョン・ムーンとなるのです。そのようにその威厳において、自信と責任をもって勝利に向っていけば、どのような辛いことに出会おうとも、その道が、ふさがれることはありません。そのように生活するのです。

 白人の血も、黒人の血も、黄色人の血も、血はみんな同じです。それと同じように統一教会の者たちの心も皆同じです。同じ血が流れているのです。白人も黒人も黄色人も。統一教会の血が、天の血が流れているのです。先生と先生の血と皆さんの血は同じですか、違いますか。同じです。考えてみなさい。天の父はどんな他の人々よりも、皆さんが素晴らしい天の息子、娘になってほしいと願っています。

 先生が若い時、三十年位前にはこんな勝利を得て、歓喜することはできませんでした。このようなことは一度もありませんでした。あなたたちはそれを得て、若くして天の父を慰めることができるのです。ここにはアメリカの指導者のみならず、ヨーロッパ、そして日本の指導者たち、韓国の指導者たちも集ってきています。これは世界的な集会です。これは私からの重要な伝言です。私達は全て、世界的レベルで変わらなければなりません。私達は新しい人間となり、そして新しい出発をしなければなりません。

 ワシントン大会の勝利の上に更に前進を

 私のワシントン大会での一番大切なテーマは宗教の統一でした。中心宗教、ユダヤ教、キリスト教、統一教会の統一、これが一つにならなければなりません。世界の統一の前に宗教の統一がなされなければなりません。ユダヤ教とキリスト教の一体化、これは誰がなすのでしょう。事実、先生はワシントン大会で、私たちがやりますと宣言しました。歴史では、カイムとアベルの溝、この溝を誰がうめ、一体化させるのですか。多くの血がこのために流されてきました。誰がやるのでしょうか。誰でもありません。私たちです。世界的な、歴史的なインとアベルを一つにするのです。

 皆さんはもう良く知っていることですが、ワシントン大会で私は言いました。歴史上の中心宗教の基盤であるイスラエルとアメリカと韓国は、共産主義世界やまた世論から迫害をうけるようになっているのです。国連においてさえも、反対され、追いやられ、横ヤリを入れられています。これは全て、天的理由からそうなっているのです。だから、この三ヵ国は一体化し、総力を結集するのです。そうすれば、多くの希望をもつことができるのです。そうでなければ、その反対です。三つの宗教が一つになり、互いに理解し合う、そうしたら世界を救う力が生まれてきます。どうですか、生まれますか。(生まれます)。

 もし、そのような時がこなければ、ユダヤ教、キリスト教、統一教会が今まで準備してきた祝福すべてが、共産主義世界にいってしまいます。それが運命です。そう思いませんか。だから、そのような、悲惨な非劇的な運命をさけるために、イスラエルとアメリカと韓国は、すなわち三つの宗教は、一体化しなければなりません。そのために私たちは神の共通の原則を表明しなくてはいけません。それは自己否定です。完全な自己否定、奉仕、自己犠牲的公的精神です。

 そうして、アフリカのような貧しい国の一人ひとりに、神の国を造ってやるのです。できますか(はい)。その前に私はあなたたちのために、神の国を造ってやりたいと思っています。私の生きている間に、皆に、白人にも黒人にも黄色人にも、何千何万も家を建ててやりたいと思っています。そのかわりに、何千何万とアフリカ人にアメリカ人にと、あなたたちが家を買ってあげなさい。誰がそれをやりますか。真理を知っている人がやれば良いのです。

 復帰の歴史は、迫害と抑圧の歴史でした。では誰がその重荷を担うのですか。それは知っている者が解放をもたらすことができるのです。そういう者が重荷を担うべきです。それが神の摂理、神様のやり方です。統一教会がもっと大きくって、力も大きくなったら先生はどこへそれを動員しましょうか。それは私たちだけの利己的な栄誉のためでなく、神にとどくような、ために生きるその目的に使うのです。

 もし、アメリカ政府が、私の忠告を受け入れ、原理に従うなら、七年以内に世界は全く違ったものとなります。可能だと思いますか。しかし、彼らはまだ知りません。だから私たちは開拓しなければなりません。私たちは教え、教育しなければなりません。できるだけ早く。私はアメリカ大会で、今まで大衆に話したこともないような内容、原理を話しました。何を宣言したのでしょうか。それは最後の宣言です。

 アメリカ大会が勝利的に行われたということは、歴史が新しい段階に入ったことを意味し、それを宣言したのです。今からは、あなたたちは、私の代身、もう一人のサンミョン・ムーンになって、そのことを強く自覚してほしいと思います。神が世界を勝利されたのです。今から、自分の生命をかけて、ますます前進し、最後の目標に向って先頭をきってほしいと思います。神があなたたちを祝福れますように。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.09.13 18:40:05
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