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2021.10.12
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​「七七七双祝福八周年記念に寄せて」

1978年10月22日
韓国・水沢里



 祭物的基盤イスラエル

 きょう私は、本部教会においてホーム・チャーチの話をしましたけれども、ホーム・チャーチは統一教会として行くべき最後の関門です。最初でなく最後の関門ですから、これを通さずしては統一教会の使命も完成できないのであります。このような重要な基点にいることを知らなければなりません。では、ホーム・チャーチの話を、もう一度してみましょう。(はい)。

 本来、人間が堕落していなかったならば、ホーム・チャーチという言葉すら必要なく、完成された家庭基盤ができていたことでしょう。その家庭基盤の上に神が臨在され、同時に天使世界が直接アダムとエバを中心として、平面的な地上において霊界と自然に通じながら、神に直接侍れる家庭となったでありましょう。そのように家庭の出発がなされ、そして子供を生んで氏族を形成し、民族、国家を形成し、そして長い歴史を通して世界はアダム一族の世界となったでありましょう。このことは、原理を通してはっきりと知っていることと思います。どうですか? (はい)。

 では、堕落したためにどうなったのでしょうか。堕落することによって、神様から追放され、天使世界から追放され、そして万物世界、人間自体の基準、家庭基準、国家基準すべてを失ってしまったのです。失ったということは、アダム、エバ自体が追放されたことであります。では、その責任はどこにあるのでしょうか。それは神様にあるのではなく、天使世界にあるのでもなく、万物にあるのでもなく、あくまでも人間の責任として残されているのであります。それが、復帰摂理を歩む人間の行くべき運命の道でありました。それは一人で行くことができないのであります。必ず再創造の原理を通して、神と霊界の協助を受けていかなければならないのが救援の歴史であります。それゆえに今日、地上の堕落した人間たちに神と霊界とが動員して、再創造の歴史をなしているのであります。神と天使の協助によって、万物世界を創造したのちに人間創造をなしたので、復帰は万物世界を復帰したのちにおいて、実体アダム復帰の基盤が始まるのであります。

 それで旧約時代には、祭物を通して万物的条件を、神と霊界との協助を受けてなすのであります。神と霊界と万物が一つになれるような物質的、実体的万物条件の基盤を整えるための時代が祭物時代、いわゆる旧約時代というのであります。分かりますか? (はい)。それで、旧約時代にこのような祭物的基盤がイスラエルという特定選民圏においてのみなされるのか、といえばそうではなく、元来は世界化しなければなりませんでした。世界化するために特定の国を定めたのであります。それで世界の主流中心国家を立てて、すべての国の中で一番トップに上れる国のように立てたのが選民イスラエル国家でありました。それで、イスラエルの国でそのような基盤が整えられれば、祭物基盤は世界を代表した基盤として完成され、その基盤の上に万物基盤が立てられた結果となるので、その基盤の上に、完成したアダム、エバが基盤をもつようになるのであります。

  愛の十字架の道

 新約時代に入って、完成のみ旨を目標としてきたイエス・キリストが祭物となって、これが始まるのです。これが今日、全世界的にキリスト教という版図をなして、世界的人間復帰の環境を開拓するのです。分かりますか。それであらゆる宗教の中で、中心宗教となるのがキリスト教なのです。

 しかし、キリスト教は霊的基盤のみであります。人間が堕落せず、価値を失っていなかった本来の基準は霊肉ともの完成基準であります。そうして世界を代表することのできる中心位置にいなければならないのですが、霊的基盤だけですので、再臨ということが問題になってくるのであります。それを目標として、神は世界的基盤に第二イスラエル、キリスト教を発展させてきたのです。その基盤の上に、実体としてメシヤが来られ、霊肉一体化した基盤を通して、世界的な中心であるアダム完成型を蕩減復帰して来られることを知らなければなりません。分かりますか? (はい)。

 それでは、なぜ統一教会が現れるようになるのでしょうか。世界的なキリスト教の基盤の上に霊肉を中心として結束させて、世界の基盤を代表する中心的完成した人物がいるからです。堕落しない完成した立場に立つ人物として、神の愛の理想圏を世界化させるための責任をもって、今日、統一教会はこの地上に現れるようになったのであります。旧約時代には祭物を通して血を流してきました。新約時代には人が血を流してきました。それでは今日、我々の統一教会時代にはどのようなことが起こるのでしょうか? 愛を中心として、犠牲の血を流していくのであります。愛を中心として犠牲の血を流すということは、どんなことか分かりますか。統一教会時代になって、皆さんの家庭に複雑な問題が起こってくるのです。堕落によって人間は神を失い、次には天使世界を失い、万物を失い、人を失い、その次には愛の責任を失ったのであります。その最後の愛を中心として、犠牲的な道を行かなければならないのが統一教会であるということを、皆さんは知らなければなりません。

 先生が今まで歩んだ道というのは、愛の十字架の道を代表になって歩んでいるということを、皆さんは知らなければなりません。一個人の代わりにそうであり、氏族、民族、国家、世界の代わりに、代表となって、その道をきたのであります。愛の十字架の道において敗者となる時には、統一教会はみ旨を完成することができなくなるのであり、勝者となる時、神様のみ旨を地上に移して天国時代が可能になるのです。そのことを知らなければなりません。分かりますか? (はい)。

 それでは皆さん、家庭とはいったい何でありましょうか。家庭とは神を迎え入れることができるところであります。アダム、エバが堕落したので、神に侍ることができなかったのでありますが、家庭は神に侍り得る中心的土台であります。次に、縦的な面において天使世界との関係を結ぶことができなくなったのを、横的な面において実体生活的な基盤の上で、霊界との直接的な関係を結ぶことのできる、復帰された場となるのであります。次は万物復帰の基盤を整える場に立つのであり、さらには神の子女、言い換えればアダム完成の位置を代表できる場に立つのであります。次は神を中心として実体的な父母の基準を通して、神の霊肉完成圏、統一心情圏を帰結することができる責任を果たすためのところです。それが、統一教会の内的責任となるのであります。分かりますか。

 統一教会において、今までの他宗教と異なる点は何でありましょうか。今までの宗教の目標とするところは、個人の救援にありました。理想的な人格完成を説いて、数多くの宗教が広まってきましたけれども、統一教会はそうではありません。統一教会は何を完成するためにきたかといえば、家庭を中心として完成するためにきたのであります。過去、個人的宗教を通して救援を受けるためには、私個人だけが犠牲になれば、そのみ旨を完成することができたのでありますが、今や家庭完成を基準とするこのような時代に入ってからは、家庭を犠牲にすることができるようにならなければ、神の家庭完成の道が広まることができないのであります。何の話か分かりますか? 皆さんは祝福を受けていますけれども、統一教会においては、男性と女性が神の前に立てられて祝福を受けたその日から、夫婦となったその日から生活に入るのではありません。そうではなく、三年間の公式路程に入るのです。

  人類を代表する家庭

 それでは、なぜ三年路程は行かなければならないのでしょうか。それは、今日我々の家庭が出てくる前に、堕落した歴史的背景、蕩減条件が残されており、また家庭をもったのでありますが、この我々が生きている世界には、我々の家庭だけでなく、神を中心としないこの世の家庭が多いのであります。言い換えれば、我々が結婚する前に世界があったし、我々の家庭が誕生する前に世界の家庭が構成されていたし、国の前に世界のあらゆる国々が連結されていました。ですから、我々はそれらとの関係を切り捨てて、世界を救うことができないので、二重的な責任をもたなければなりません。私の家庭に対する責任をもたなければならないし、世界的家庭の責任をもたなければなりません。それでは、皆さんの家庭と世界的家庭の関係はどうでしょうか。皆さんの家庭は内的家庭であり、世界の家庭は外的家庭であります。統一教会式でいえば、統一教会の家庭はアベル的家庭であり、この世の家庭はカイン的家庭であります。分かりますか。祝福家庭が祝福を受ける前には、個人的アベルがあり、個人的カインがあるのを知らなければなりません。祝福を受けたのちには、家庭的アベルがあり、家庭的カインがあります。

 次に、祝福を受けたのちに版図が広まるということは、神を中心として主流的家庭圏が広まるので、統一教会の祝福を受けた家庭同士が氏族であります。真の父母の因縁に従って、天倫の内的心情を受け継いで家庭が生まれ、横的に増えているということは、統一家において氏族形成から民族形成、国家形成へと進んでいくということです。それは韓国民だけに限るのではなく、全世界的です。世界国家全体を代表した出発であるため、これは超民族的であり、超国家的であります。そして、そのように超国家的基盤から神のみ旨を中心として出発しているために、たとえ私の家庭が金という個人であり、朴という個人であるとしても、その個人の立場に立っていく家庭ではなく、全世界の人類を代表した家庭であります。言い換えれば、全世界、国家を越え、民族、氏族を越えて、全体を代表した立場においての家庭であったということを、皆さんは知らなければなりません。分かりますか。そのような責任をもって出発したのです。そして父母様を中心として、三十六家庭、七十二家庭と全体の家庭的、氏族的蕩減復帰の基盤を広めながら世界へと今日まで発展してきたことを、皆さんは知らなければなりません。

  三次七年路程の設定

 それでは、統一教会の家庭を神のみ旨を中心として見る時、どのような立場に立っているのでしょうか。祝福を受ければ、それですべてなのでしょうか。伝道とか信仰の道を歩まなくてもいいのでしょうか。これが疑問であります。今日、我々が祝福を受けたということは、世界を超越した立場にいるのではありません。世界の中で祝福を受けたのであります。しかし、我々が祝福を受けて家庭圏をなしたとしても、我々の家庭圏よりも先に、サタン圏においては氏族圏があり、我々が氏族圏をなしたとしても、既にサタン圏においては民族圏をなしており、我々が民族圏を形成したとしても、サタン圏では国家圏をなしており、国家圏を形成したとしても世界圏が残っているということを知らなければなりません。分かりますか? (はい)。

 それであくまでも、祝福というのはサタン世界圏内においてなされたために、世界と祝福を受けた我々の立場には、行くべき段階的距離があるのであります。個人、祝福家庭を中心として見る時、氏族的峠が残されており、次には民族的峠が残っているのであります。そして次には国家的峠が残っており、その次には世界的峠が残っているのであります。そして天国的峠が残っているのであります。皆さんは祝福を受けたらすべてであると思うかもしれませんが、この世を離れて、世に勝利して、すべてこの世が屈服できるという立場において祝福を受けたのではありません。世界的サタン圏内において、アベル的家庭の祝福を受けたために、外的面において一段階先に立っているすべてのカイン世界は、自分たちよりも一段階劣っている立場にあるアベルに対して屈服するようにはなってはいないのであります。必ず迫害し、つぶそうとするのであります。そのような過程が残っています。

 先生自身も一九六〇年に聖婚式をなしましたけれども、その家庭というのはあくまでもこの世に勝ち、霊界、地上界全体の勝利を基盤としてなされたのではなく、勝利したとしても韓国の基盤を中心として、イエス・キリストが完成できなかったその立場を受け継いで出発しました。それゆえ、民族が支えることができない限り、国家が支えることができない限り、世界が支えることができない限り、一つの家庭的出発圏を中心として、新しい氏族、新しい民族、新しい国家、新しい世界へと進んでいくのに、必ずサタン世界と衝突しながら、サタンの迫害を受けなければならない、そのような運命に立っているのであります。

 それで、先生や皆さんの家庭の必然的な運命は世界をいかに越えていくかということです。これは死んでからやるのではなく、生きている時、生存している時に蕩減という役事を通してなすのであります。その歴史を蕩減するために必要なのが期間であります。ある期間内にやらなければなりません。そして、ある条件物が必要であります。蕩減するためには、ある期間が必要であり、条件物が必要であります。その次には、アダムの代わりの存在、アベル的存在が必要なのであります。期間と条件物と、必ずアダムの代わりのアベル的存在が必要です。

 先生を中心として見ても、先生自身がある期間、世界史的な蕩減期間をおいて、その期間内にどのような条件を立てるかということになります。その条件は国家と世界です。それで、アベル的立場において、あらゆる個人的迫害、家庭的迫害、民族、国家、世界的な迫害の中で、滅びず生き残って勝利的な基盤を整えない限り、アベルを中心とした理念を個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙までに至らせる道がないのであります。これを一代になせないと、問題が大きくなるのであります。

 それで統一教会は、先生を中心として一九六〇年から三次七年路程を設定するのであります。分かりますか。三次七年路程を設定して、この七年路程においてどのようなことをするのでしょうか。キリスト教が二〇〇〇年間において発展したその基盤の上に、二十年内の期間を中心として、霊肉が一つになれず闘ってきたそれを蕩減するのであります。イエス様が死ぬことによって、霊的基盤の上に実体が犠牲となったのですが、これは何を意味するかといえば、一つになることができず、闘える基盤となったのです。それゆえ、キリスト教が霊的基盤の上に立ち、統一教会は霊肉基盤を中心として一体となっているのでありますが、それが闘える基盤となるのであります。ですから今まで、キリスト教があらゆる迫害をし、どこまでも反対してきたのであります。そのような闘いをしながら、今日まできたのであります。分かりますか。

 祝福家庭自身が歩む復帰路程

 一九七〇年を限界点として、新しい時代へと入っていく宣布をしたという事実があります。アメリカという国は、世界的キリスト教を中心とした版図であります。全世界的キリスト教の結実国家であるために、その国においてあらゆる闘争をなして、三年半という期間を過ごしました。一九七三年四月一日から一九七六年九月まで、三年半の闘争期間を通じて、勝利のくさびを打つことによって、世界史的な統一教会の勝利の土台が霊肉を中心として整えられるようになりました。分かりましたか。そうして、一九七七年二月二十三日を中心として、新しい時代へと越えていくという宣布をなしました。そしてその時を中心にして一九六六、六七、六八年が第二年代に該当するのであります。この三年期間を中心として越えていくのであります。

 このような過程を通して見る時、全世界キリスト教圏も、統一教会に反対しても、今はどうすることもできないという諦念をもつのであります。いくら反対しても、統一教会は滅びないのであります。反対すればするほど、自分たちにとって損であり、統一教会には利益がもたらされるのであります。霊的に見ても、肉的に見ても、そのような両面の利益が我々に移されるようになる時、サタン世界のすべての霊的基盤や彼らの外的なすべての祝福、物質的祝福も、みな統一教会に奪われてしまう結果となるのであります。反対していては、すべてなくなってしまうのであります。このようなことが早急に起こるようになる時代に入ってくるのであります。

 それでは今、ここにおいて皆さん祝福家庭、皆さん自身はどうなっているのでしょうか。先生はこのようなことをしてきたのでありますが、祝福家庭という家庭が韓国において、今まで世の動きも知らずにきているのであります。神様のために犠牲にならなければならないのにもかかわらず、自分勝手な生活をし、自分勝手になしてきたのであります。これでは、あくまでも国の限界を越えることができません。てんやわんやしながら、祝福家庭というのはこのように生きるのではないか、ほかに何があるだろうか、子女を生んで、このように食べていけばいいのではないか、これが祝福家庭ではないか、と思ったのでしょう。

 このような中で信じていけば、祝福もみんな成し遂げられるし、先生がみな天国まで連れていってくれると思ったのであります。そうではありません。蕩減復帰の道を皆さん自身も歩まねばなりません。皆さんの家庭を中心とした蕩減復帰や、民族を中心とした蕩減復帰を、先生と同じ道を皆さんも行かなければなりません。誰でもが行かなければなりません。

 先生が歩んだとそっくり同じ道を行こうとすれば、無限に困難な道でありますが、整えられた基盤を相続して、接ぎ木されていくのであります。接ぎ木されることを通して、皆さんがこの世界史的な摂理の祝福の因縁を受けて、越えて行かなければなりません。分かりますか?(はい)。

  心情を通して連結されてきた歴史

 それでは、ホーム・チャーチというのはなぜできたのでしょうか。「私は忙しくて、ホーム・チャーチはできません」と言う人がいると聞きますが、それはよく知らないからです。ホーム・チャーチはやりたくてやるのではないのです。皆さんは今まで統一教会を信じて、国のために闘ったり、伝道をしたり、子女を生んだり、と祝福の条件がとても多いのに、何の今更ホーム・チャーチかと思うかもしれません。しかし、今、先生は三六〇軒というホーム・チャーチを定めて、これを一つにさせなければ、天国に行けないという看板を掲げてきたのであります。

 地球があります。黒板を持ってきてください。地球は丸いですね。(黒板に地球を描かれる)良く描けましたね。(はい)。誰かの顔に似ていますか。このような顔の人は恵みを受けるでしょう。描いてみると、私によく似ていますね。(笑い) ホーム・チャーチとはいったい何でしょうか。丸い球の中心を通る距離はみんな同じです。東から見ても、西から見ても、南から見てもみんな一つです。中央までの距離はみんな同じなのです。誰でも地の果てまで行こうと思えば、必ずこの中央の点を通らなければなりません。中央を通らないで行くなら、とてもやさしいと思いますが、必ず中央を通って端から端に行かなければなりません。

 これは神の摂理もそうであるといえるのであります。アベル的基盤を通らなければならないのであります。個人的アベル、家庭、氏族的アベル、民族的アベル、国家的、世界的アベル、その次は神の愛を受ける完成したアベルとならなければなりません。そのための絶対的要件というのは、アベル的な核心的内容を通過しなければなりません。それは何かといいますと、アベルの行くべき道は反対側を貫いていくことです。反対側を貫いて、あちらの果てまで行く責任をもっているのがアベルなのです。何の話か分かりますか。これは個人的アベルから始まって、家庭、氏族、民族とずーっと上っていかなければならないのです。個人的アベル圏だけではできないのです。氏族的アベル圏へ上っていかなければならないし、ずーっと上って中心基準にまで行かなければなりません。中央に入っていかなければなりません。

 このような因縁を通して、個人から、個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代と今まで六〇〇〇年かかってきたのです。これはキリスト教の文化史をいうのであります。これは一代でやるべきことであって、長い歴史を通してやるべきことではありません。原理はアダム、エバ一代において完成すべきであって、何千年かかって完成することではなかったのです。うそではありません。

 しかし、心情というのは変わらないのです。一〇〇〇年前に愛する人を失ったなら、一〇〇〇年後にも失った痛みがあると思いますか。どうでしょうか。愛の世界において、神は変わらない、時空を超越したお方であります。ですから、長い時間が過ぎたとしても、その神の心情的に愛を中心とした痛みは、時空を超越して常にその原因と結果の因縁は同じ価値、同じ内容として表れるのであります。そのために個人的アベル時代、家庭的アベル時代、氏族的アベル時代、民族、国家、世界、天宙的アベル圏へと拡大するまで、神の心情においての痛みというのは同じなのであります。

 そのため、心情的基盤を受け継いで個人的アベル圏と家庭的アベル圏が通ずるのであります。分かりますか。連結されるのであります。また、氏族的アベル圏と民族的アベル圏が何千年たったとしても、これは心情を通して一つになるのであります。それで心情的相続圏を通して、連結されてきた長い歴史的基盤を一代で完成しなければならない責任があるのです。そのため、このような核心的内容を代表したという基盤の上で、世界的キリスト教圏の中から一人の中心的メシヤが出てきて、キリスト教を中心として連結されるのであります。縦的に連結させ、横的に連結させなければならないのです。この二つだけを連結させれば、四方がみんな通ずるようになるのです。

  決死的な祝福

 このような縦横の歴史的基盤を総集結させる歴史を代行させるために、メシヤという方が来られるのであります。分かりますか。個人として来られるのでありますが、世界のキリスト教を代表した立場で来られるのであります。世界のキリスト教を代表すると同時に、世界のキリスト教国家を代表する意味もあります。世界のキリスト教国家群の、民族と氏族と家庭と個人を代表した全体なのであります。

 このような責任者として来られた彼のなすべきことは、世界的なことですが、出発はどこからなされたかというなら家庭からです。なぜ家庭から出発するかといえば、すべての事件が家庭から始まったからであります。アダム、エバの家庭から始まったのであります。神を家庭から追い出したのもアダム、エバです。男性と女性が道を誤って、追い出したのです。また天使世界を追放したのも、男性と女性が誤ったゆえであります。そうでしょう。万物世界を失い、人間の価値を失い、人間の愛を失ったそのすべてが何のためであったかというと、男性と女性が誤ったことによるのです。

 では、反対にこれを連結させるためにはどうしたらよいかというなら、正しく会わなければならないのです。誰がですか? 神と人間がですか。そうではなく、男性と女性が誤ることによってすべてを失ったので、原理的内容から見る時、男性と女性が正しく出会うことによって、これを再びなすことができるのであります。それで、統一教会の祝福というのは何かといいますと、男性と女性が自分勝手に会うのではなく、神様を中心として正しく会うのであります。誤って会った男性と女性により、世界すべてを失ったので、正しく会うことによって、全体が再び神のもとに帰れるよう基盤を整えようとするのが、統一教会の祝福であることを、皆さんは知らなければなりません。

 それではその祝福を神の代わりに誰がなすのかといえば、メシヤが来てなさなければなりません。分かりますか。一人の男性が来て、新婦に会わなければなりません。キリスト教の再臨時代には、新郎たるメシヤが新婦を尋ねて来るのであります。その新婦を尋ねて来るということが、たとえ個人として会うということでも、縦を逆に上って横的時代における一つの基点を中心として会うそのところであるゆえ、これはあくまでも全世界を中心とした、中央の場において会うことを意味します。分かりますか? (はい)。このように中央で会うということは、サタン世界が完全に破壊されてしまうことを意味します。それゆえ、あらゆるサタン世界は、すべてを総動員して、これが成立できないように打ち砕こうとするのであります。宗教という宗教は、みんな一つとなって支持しない限り、それは必ずサタン側になるのであります。支持しない限り、黙っているとしても、それはみんなサタン側に入っていくのであります。

 キリスト教が支えることができなかったために、全体宗教圏と全体国家圏はサタン側に入って、キリスト教が基盤としているすべてを、悪らつな中心がサタン側に利用して攻撃するようになるのであります。攻撃を受ける立場において、場を定めなければなりません。分かりますか。歴史上かつてなかった最大の闘いの中において、立場を定めなければなりません。それを一九六〇年に聖婚式を通してなしました。三十六家庭の祝福の時も決死的でありました。それで、三十六家庭の時代を経て七十二家庭、一二〇家庭時代にきてからは地上に立場を定め、七七七家庭時代に入ってからは、東西南北三六〇度に対する方向を定めて、世界的な発展をなしていくのが統一教会の歴史であります。そうしながら二十一年間において、数多くの人類と数多くの氏族圏をすべて連結させる家庭の門口を開くのです。そこには五色の人種がみんな入るのです。

  家庭を中心とするカナン復帰

 それで、我が統一教会は、四三〇家庭を中心とした時から世界史的であります。韓国における四三〇〇年の歴史を意味し、四三〇双を中心として新しい出発です。また四三〇というのは、イスラエル民族がカナン復帰していった年数であります。四三〇年間、カナン復帰してくるのです。それで、これは世界史的なカナン復帰の出発となすのに、個人でなすのではなく、家庭を中心としてのカナン復帰の出発が始まるのです。イスラエル民族はその時、家庭がなかったのであります。独身生活をしなければならなかったのです。家庭をもっているなら、それはみんなサタン世界になるのです。み旨の立場から、個人的立場においてカナン復帰する時代でありました。統一教会時代は何といいましたか?

 歴史以来、家庭的カナン復帰運動が世界的に起こるのであります。それで、韓国も日本もアメリカでも、統一教会のメンバーたちはいつの時も動いているのです。世界を、地球をジプシーのように動いています。いまだに定着できないのであります。統一教会のカナン福地はどこでしょうか? (地上天国です)。それは個人としての地上天国でしょうか、世界的地上天国でしょうか。それは地球星であります。その地球星のカナン福地に入ってきたということを、言い換えれば幸福に生きているという時、それをいわゆる地上天国というのです。

 昔のイスラエル民族のカナン福地はどこでしたか。特定のイスラエルの国でありました。我々のカナン福地はどこと言いましたか? 地球星です。世界なのであります。次元が異なるのであります。そのために、イスラエル、カナン福地時代は家庭中心ではなく、個人を中心とした時代でありました。統一教会時代のカナン福地は何を中心としていると言いましたか? 家庭を中心としたカナン福地として、今日統一教会のすべての道を歩んでいるのであります。

 そして、二十一年路程を今歩んでいるのであります。性相と形状が変わらず、信じていけば、二十一年の間に世界的カナン福地の路程にその道を定め、基盤を整え、四十年代は全世界が平和な天国になるのであります。何の話か分かりますか? 二〇〇〇年代になれば、六〇年から四十年がたつと、地上の天国が完結されるでありましょう。天国が明らかに現れるでありましょう。それで、今統一教会はどのような時かといいますと、荒野に四十年間放浪するイスラエルのような道を行くか、それとも二十一日路程で直行して世界のカナン福地に行くか、という運命をもっているのであります。もし、二十一日間で行けなかったとすれば、四十年間放浪して、もしかすると全世界が滅亡の道に行くかもしれません。それを思う時、我々は二十一年間において、カナンの中心のような、地球の中心であるような、神が準備したアメリカを中心として、世界の版図を広げていくのであります。地球星を早く復帰しようとして、それであくまでもこのような点を中心として、ここから出発するのです。

 個人より家庭、氏族、民族、国家を中心として、ここにおいては五色の人種が入るのであり、世界が連結されるのであります。そのようなことを、今まで統一教会はやってきたのであります。七七七家庭とはいったい何でしょうか? これは結婚式としては最後の結婚式なのです。それでは四三〇双とは何でしょうか? 韓国には朴氏、李氏、金氏とか数百の姓がありますが、世界の数多くの人々は姓をもっていますが、それらの人々が連結できる道を四三〇家庭を通して開くのであります。統一教会において、結婚式を行うということには意味があるのです。四三〇を中心として見ると、国内の四三〇家庭、国外の四十三家庭があります。これは日本とアメリカ、全部合わせて相対圏をなすのであります。

 このようにして、全世界の五色人種においての四三〇数の相対数を決定して、再び三家庭として束ねておくのであります。それで、韓国は世界を代表した国家的基盤が立っているので、四三〇は韓国の人であればみな、ハイソサエティーの人であろうが、獄に入っている人であろうが、死なないで生きている人たちはみな、地上から天国に行ける門が開いているのです。それで代表的な四十三というのは、全世界すべての民族が天国に行ける基盤なのであります。

 このようにして、そのような土台の上で七七七双家庭を祝福することによって、どのようなことが始まるかといえば、今日の数多くの宗教を一つにし、天国と連結され得る家庭を一つにするのにおいて、いかなる家庭も、いかなる氏族、いかなる民族、いかなる人種をもすべて神と関係を結ぶことのできる世界的な門を開くのであります。七七七双の門についていけば、どこに行くかというなら天国に行くのであります。そのような門ができたのであります。統一教会においては、それが初めて七〇年代に入って世界に出発できる新しい次元の最後の祝福であります。

 家庭的大移動

 このようにして、数多い統一教会の家庭は七〇年から七一年、七二年と三年間は外に出て行ったのです。追い出したのです。それは世界的カナン福地に向かって出て行ったのです。韓国はもちろん、日本ももちろん、全世界の祝福家庭が世界に出て行って自分の故郷、自分の祖国に帰って地域を超越して総動員して家庭的大移動の活動が始まったのであります。

 そのため、韓国を中心として全体祝福家庭が三年間活動したことがありますね。それをなしながら、先生は世界の舞台であるアメリカへ行きました。それまで先生は、青坡洞の小さな教会で原理のみ言、天国に行こうという話をしましたけれども、公席上に現れたことはありませんでした。復興会などはみな弟子たちにやらせたのであります。先生の使命は世界にあるのであります。国家基盤を超え、世界に向かって出発する時であるために、七一年以降は全世界に出て行くのです。神のために歩むのです。三年間は自らを捨てて、妻と子を捨て、妻は子を捨てて、夫は北の方へ、妻は南へ、子供は東へと、みな東西南北へとバラバラに分かれるのであります。

 大韓民国が恵みを受けられる条件というのは何でありましょうか。祝福家庭に厳しい道を歩ませながら、統一教会が滅びるのではないかと思われるほどの悪口を買って出たことがあります。統一教会の祝福家庭がみ旨のために、子供を捨てて出て行くのですが、どこに捨てていったのでしょうか。アメリカの地にでしょうか。大韓民国の両親や親戚の所に預けました。結局、大韓民国ですね。それを、大韓民国が殺さずに育て上げたとみなすのであります。親戚や反対していた両親や家族も、食口が子供たちを連れてきて置いていくので、仕方なく、どんなことをしたかはともかくとして、大韓民国を代表して殺さず、食べさせて育ててくれたのです。このことによって、大韓民国は罰を受ける道から遠ざかったのであります。

 大韓民国の経済復興がいつから起きたかといえば、五、六年前からです。我々の家庭がみな七二年度には出ていたので、その時から霊的に祝福を受けられる道が開かれるのであります。そうであるかどうか調べてみなさい。統一教会の食口たちがそのようにして出て行くことによって、どれだけ非難をされたことでしょうか? 「文という人は木や石よりも、もっと悪い人だ。虎でも自分の子をかわいがることを知っているのに、文という人は祝福をして『楽しく暮らしなさい』と言っておきながら、鍋やスプーンを持ち寄ってやっと生活ができるようになったと思ったら、今度は家族が離れ離れになるのに『東西南北に出発せよ』と言う」と悪口を言われました。皆さんもその時、先生に不平を言ったでしょう? (言いませんでした)。その時、七七七双はまだ家庭をもっていませんでしたね? (はい)。それでは皆さんは、不平を言うことは何もありませんでした。その時、三十六家庭、七十二家庭、一二四家庭は不平を言ったことでしょう。原理がそうなっています。

 そのような期間が七二年で終わりましたけれども、七三年からはアメリカで本格的な闘いを展開していきました。先生は講演をし始めたのであります。三年半で先生は世界的に有名になって、アメリカと大きな闘いをしました。朴普煕氏の「朴」とは何を意味するのでしょうか? 丸いとかぐるぐる回るという意味があります。「普煕」という字は一般的に喜ばれるという意味があります。「普」は広いという意味で、「煕」は明るいという意味です。ですから、大韓民国にもアメリカにおいても、善きものをもたらすというのです。丸い朴が明るくなって、すべての人に福をもたらすというのです。大韓民国の僕なのです。先生もぐるぐると回し、普煕氏も回って、このように大韓民国に福をもたらしてくれたのです。先生の名前は鮮明ですね。「鮮」という字は曇った日をいうのではなく、雲一つない明るい日をいうのです。さわやかで気持ちがよく、空は青く秋の空のような天気をいうのです。ですから、それは清く光るという意味です。

  アメリカにおける闘い

 今、統一教会は世界的にどのような時代に処していると言いましたか? 家庭的カナン福地時代に処しているのです。そのために、我々は荷物を重くもてばもつほど大変なのです。ですから、三次七年路程が終わるまでは家を買わないほうがいいのです。家をもつにしても国があって家をもたなければなりません。国がないのに家をもったとしたら、いつどうなるか分かりません。世界のために、我々は大韓民国を神のみ旨に立たせ、奮い立たせて、世界を生かす役割を果たしてこそ、大韓民国は安息することができるのです。天国復帰ができる方法を知っているのです。このような勝敗が決まったのち、地上天国が現れるのであります。

 アメリカという国はいかなる国でしょうか? 世界的なキリスト教国家から超アベル的な人たちが来てつくった、超民族国家がアメリカなのであります。事実がそうです。ヨーロッパに新教が生まれることによって、旧教が新教を信じる人々をみな殺してしまっていたのですね。国家的にそうだったのです。ですから、仕方なくその国から逃れて、しかし、神に侍るためには生死をかけて、すべてを犠牲にしたとしても、神を中心として動こうとした人々が集まって国をなしたのがアメリカです。ですから、アメリカが動けば、世界が動くようになっているのであります。それが第二次大戦直後の時代でした。

 このような基盤を受け継いで、統一教会は三次七年路程を中心として、キリスト教が裏切り、すべての国家が神から離れるのに、我々は新しい国と世界基盤をもって進んでいくということを、皆さんは知らなければなりません。神が決定的にアメリカは世界の理想国家であると、公認したならば、統一教会の行く道がありません。しかし、神は許しませんでした。統一教会時代になってからは、世界を越え、共産圏を越えることができ、神の真の理想世界を見つめることができる道をもって出発したために、我々の前にいかなる試練があるとしても、神を中心として突破して進む時には、必ず勝利があるはずです。もし勇気がなくて、突破していけない時には、仕方なく負けるのです。今日、アメリカのフレーザー委員会と闘う時、先生が決断しないで後退したなら、完全に倒れてしまったのであります。

  三次七年路程内の祝福家庭の使命

 今日、このような勝利の基盤を築くのに、統一教会の祝福家庭は何をしたでしょうか? もし、この勝利の基盤を整えなかったとするならば、皆さんの家庭がそれぞれにこの道を愛でもって行かなければなりませんでした。先生が代表してこの道を整えてあげたことに、皆さんは心から感謝しなければなりません。皆さんは心情的基準において距離を超越し、環境を超越し、歴史を超越することのできる立場にいるのです。時代圏を中心として、同じ心情圏において先生が悲しめば、皆さんも悲しみ、呼吸を合わせてすべての善を行うことのできる立場にいる皆さんが、先生のアメリカの勝利圏のために、どのような生活をしてきたでしょうか。家庭のために特別な祭壇を設けたり、祈ったりしてきましたか。皆さんが子供を生んで、育てて、かわいがったりすることは問題にならないのです。皆さんが貧しい生活をしたことは問題になりません。それ以上に、先生を中心とした精誠の心情度が先に立たなければならないのが、三次七年路程内に祝福を受けた家庭が行くべき当然の道であったのです。そのことを皆さんは知らなければなりません。何の話か分かりますか? (はい)。

 皆さんはそのようにしましたか。どうですか? 喧嘩ばかりしたのでしょう。喧嘩をしなかった人は手を挙げてみなさい。それでは喧嘩をした人は手を挙げてみなさい。手を挙げれば許しを得るのですが、手を挙げなければ許しを得られません。喧嘩をする余裕があったのですか。子供が手を切って、血が少し出て大変だと言っているのですか。世界が滅び、国が滅び、民族が滅ぶかもしれない一番危険な時に、自分の子供が怪我をして血を出したとしても、自分の子供がどうだとか、学校がどうだとか、自分の夫がどうだとか、言っていられるのでしょうか。一切の心を集めて、生命が犠牲になることがあるとしても、忠誠が足りないと精誠を尽くし、あらゆる誠意を誓わなければならないのにもかかわらず、そのような生活ができなかったということは、きょう、皆さん七七七双家庭として悔い改めなければなりません。

 それで、きょう帰ってから、喧嘩をした人は蕩減棒で清算するのですよ。悔しさが溶けるまでそうするのです。私は今回、韓国に帰ってきて、じっとしていても心が穏やかでなく、皆さんを叱る言葉ばかりが出てきます。私に初めて会う人は、どうして先生はあのようなのか、と思うかもしれませんが、本来の私はそうではありません。子供が病気で、お金もなく、食べさせる物もなく、死にそうな時、父母である皆さんたちは胸が痛むでしょう。それ以上に、神の深刻な問題について考えてみたことがありますか? 自分勝手な生活をしてきたのです。

 先生が他国で世界的な苦労をしている時に、夫婦喧嘩ばかりしていたり、食べ物のためにみ旨をおろそかにしたりして、精誠を尽くさなかった夫婦は、帰ってから蕩減棒で清算するのですよ。分かりましたか? (はい)。それで先生の心も溶けそうです。先生はそれほどまでに残酷で悪質な人ではありませんよ。み旨をどれぐらい考え、み旨をどれぐらい中心としてやっているか、よく認識しなければなりません。自分勝手に喧嘩ばかりしていては、神も離れていってしまいます。神は協助できません。

 先生が勝利して帰ってきて、何をしようとしていると思いますか? 世界史的な恵みをもってきたのであります。故国を離れて戦って、勝利して帰ってくる将軍のように、すべての国の栄光と世界の栄光をもって帰ってきたのです。そのような中において、協助した人たちは恵みを受けるようになるのであります。さあ、先生は何のために帰ってきたと言いましたか。蕩減棒で苦痛を与えるためにでしょうか、それとも恵みを与えるためでしょうか? 霊的な面において、恵みを与えるために来たのでしょうか、禍いを与えるためでしょうか? 恵みを与えるために来たのに、なぜ「蕩減棒で清算せよ」と言わせるのですか。七七七双家庭は世界的な代表家庭として祝福してあげたので、七七七双家庭を中心として、蕩減棒で清算することから出発しなければならないのです。それを歓迎しますか、どうですか? (歓迎します)。たとえ、蕩減棒でどれほどの痛みを覚えたとしても、喜んで恵みを受けたいと思いますか? (はい)。そうであれば恵みを受けることができます。

  ヨルダン川を渡る

 皆さん、三次七年路程における二十一年のうち三年間が短縮されました。皆さんはこれから実践的に先生の分をやらなければなりません。それはなぜでしょうか? 接ぎ木しなければならないからです。芽が死んでしまっているので、それを接ぎ木して生かさなければなりません。生きたいと思いますか。接ぎ木されたいと思いますか? (はい)。皆さんは結婚当時より以上、一つにならなければなりません。家庭が問題を起こしたら、それまでです。先生の家庭を通して家庭的に接ぎ木して、世界的カナン復帰路程を正々堂々たるものとなし得るよう歩んでください。自分一人が遊離していては滅んでしまうのです。

 モーセが六十万イスラエル民族の代表として立ったと同じように、統一教会において先生もモーセのような使命をもっているのです。そしてそれは、統一教会の家庭を中心としたものです。統一教会の家庭は自分の家庭を中心に生きてはいけません。「あなたの家庭は外国に行きなさい」と任命されて、子供のためとか、妻のためにとかブツブツ言ってはいけません。モーセ路程を思い起こしてみなさい。川を渡る時には渡らなければなりません。捨てる時には捨てなければなりません。泳いで川を渡らなければならない時もあるのです。子供に縄をかけて、向こう岸まで泳いでいかなければならない時もあります。子供を死なせないためです。そのような試みをしなければなりません。どうせ川は渡らなければならないのです。

 イスラエル民族はヨルダン川を渡ることができずに、滅びたのです。ヨルダン川は何を意味していると思いますか? サタン世界と神の世界との境界線をいうのであります。そのヨルダン川を夫が先に渡って、自分の妻を縄で縛って引き寄せようとして気絶したとしても、再び人工呼吸で生かして、第二の生命を享けて生きていこうとする心をもたなければ、その家庭は救われないのです。お父さんもお母さんも、その子供のためにそのような冒険をして渡るのです。そして、子供たちの腰にロープをつけて引っ張るのです。そうしなければ、みんな死んでしまいます。分かりますか? (はい)。このようにして、家庭が神側のみ旨と一つになって、妻がみ旨と一つとなって、共同的な生を中心として世界的な一つの生きた姿として、これから先生に接ぎ木されなければなりません。家庭的に接ぎ木されなければなりません。

 皆さんは統一教会における祝福家庭であります。統一教会には家系図がないのです。男性と女性が一心同体となって、神様と先生の心と完全に一つになって、最後の命令がある時には、家庭を全部この瞬間に、という時が我々の目前にあることを知らなければなりません。ヨルダン川を渡る、という命令が出る時があるのです。紅海を渡る時にもそうであったように、神様が波を二つに分けておいたその瞬間に渡らなければ、その時機を逃してしまえば、全部水の中に流されてしまうのであります。このように、息が詰まるほどの歴史の路程を歩んでいるという事実を、統一教会の人々は知らないでいるのであります。

 家庭的十字架を背負う

 久しぶりで会うという喜びで、涙とともに神が喜び、歌声が満ち、共に踊り回るということが起きていなければならないのに、帰ってきてみると雰囲気がこの世的になっています。前線に行って戦ってきた将軍が、国家の歓迎を受けて帰ってきてみると、妻が子供を捨てて他の人のところに嫁いでしまっていた、というような気分が致します。口を開けば怒りが込み上げてくるので、私は口を開けないでいます。ですから、私は地方に行けないでいるのです。悪口を言われるのに、「よく来た」と言うでしょうか? この大韓民国というのは何ですか。アダム国家でありながら、エバ国家よりも劣るし、天使長国家よりも劣るではありませんか。何をしているのですか? 自分の顔に汚物がついていることを知らなければなりません。

 多くの教育者たちが空になった講堂で眠っているのですか。金日成がこの国を虎視眈々とねらっているのに、眠っていられるでしょうか。西北部、北部から中共とソ連がこの国をねらっているのです。共産主義に包囲された、その包囲網の中で眠っているのですか。我々全員が協力し合っても足りないのです。全員が東西南北に行って、生き残るためにあらゆることをやってみて、犠牲を甘受しながらいって、国家が生き、世界が生きる道を開拓しなければならない責任が統一教会にもあるのです。そのように考える時、御飯を食べて眠ることができるでしょうか。自分たちの生活の心配ばかりし、喧嘩ばかりしているのに、それでも先生に帰ってきなさい、と言うのですか。

 女性は夫に、「み旨のために頑張るように」と忠告しなければならない立場であるのに、夫が自分を愛してくれないと不平を言ったり、「教域長をやっていても生活が苦しいから、会社に勤めなさい」と言っているのでしょう。男性諸君はこのような女性の声をよく聞いたでしょう。三次七年路程を行く先生が、このように苦労しているのですから、祝福家庭も共に苦労の道を行かなければなりません。家庭的十字架を背負うのでなければ、神様もその家庭を訪ねていくことができません。皆さんは給料をもらって、み旨の道を行くのですか? 神の名のもとに、先生の名のもとに白い御飯を食べさせられて喜んでいる子供たちを見るよりは、私の家庭が祭物になる方が天的恵みが大きいのです。先生は国を助けることができず、み旨の前に捧げることのできない会社に未練はありません。そのためにどれほど統一教会が迫害を受けたか分かりますか。この民族を救うために、一生を犠牲にして、夜も眠らず、献身の道を生かすために努力していく、そういう食口になってください。自分のために、天のものを利用する者となってはいけません。

  すべての生活は神のため

 さあ、今日、我々はどのようなカナン復帰時代に処していると言いましたか? 家庭的世界カナン復帰路程に立っているのです。ここにヨルダン川があります。神の国へ行くためのヨルダン川です。家庭的勝利基盤を天国に、本郷の地に移しておくのが、皆さんの責任であることを知らなければなりません。できなかったら、それは千年、万年に延びるでありましょう。モーセはヨルダン川を眺めながら死んでしまいました。イスラエル民族は荒野でワシの餌食になってしまいました。そのような歴史が、我々の前にあるということを知らなければなりません。先生はそのことを知っているので、生命を覚悟して歩んでいるのであります。病気になろうとしても、病気になる暇がありません。休もうと思っても、休む暇がありません。私が生きてみ旨を、責任を全うできなかったら、あの世で弁解もできないのであります。皆さんは、はっきりそのことを知らなければなりません。

 きょう、子供たちを連れてきている人がいますが、自分の妻が苦労したり、子供が苦労するのをかわいそうだとか思ったら、この道は行けません。家には米を一粒も与えることができず、子供にも何も与えることができず、一銭のお金も残さずに先生がその道を行ったので、皆さんもそのような道を行くことができる姿勢をもっていなければなりません。祝福を受けて、そのように苦労するというのは、世界を代表して祝福を受けたためです。ですから、世界を代表して恵みを受けるようになります。その恵みは高いところで受けるのではなく、悲惨で血を流すような場で、家庭的な十字架上で、生命が消えていくその瞬間に相続されていくのであります。それを皆さんは知らなければなりません。

 今回、私が韓国に来る時、孝進と仁進が来ているので、お母様が今度は子供たちを慰めてあげなければと言っておりました。そうしてあげなければならなかったのですが、韓国がこの姿ではどうしようもないのであります。清平に行くといっても、それは遊びに行っているのではありません。レバレンド・ムーンは先生という看板を掲げているので、この人たちを何とかしなければなりません。私がいない時にこそ、心して神の喜ぶ歩みをすべきです。家庭においても、教会においても一つになりなさい。神が皆さんを記憶し、祝福することのできる歩みをしてください。何の話か分かりますか? (はい)。

 七七七双はこの機会に悔い改めて、帰ったならば清算するのです。韓国は同情されるような歩みをしなければなりません。喧嘩を一度したならば、十回蕩減棒で清算しなければなりません。そうしたら、悔しさが全部晴れるでしょう。その後、再び喧嘩をしますか? (しません)。夫と妻が一つになって、子供たちの見本にならなければなりません。「父母がこのように一つになって、神が喜ぶ道を行くので、あなたたちもこのような道を行かなければならない」と教育するのです。家庭的祭物になってこそ、神の恵みを受けるのであります。そうしてこそ、神を迎え入れることができるのであります。

 祝福家庭というのは、アダムの代わりに完成して、家庭完成をなし、神を迎え入れ、天使を迎え入れ、万物の恵みを受け、万物が尋ねて来るようになるのであります。そのように生きるとすれば、絶対に飢えることはありません。神はサタン世界を食べさせて、生かしたのですから、祝福を受けて神のみ旨のために忠誠を尽くしている皆さんを、絶対に飢え死にさせるということはありません。神があらゆることを通して備えてくれます。先生を見てみなさい。今日、国のため、世界のために闘っている先生を思ってください。どうすることもできないような事情があったのであります。気が狂っている人のように、どれほどあえいでいる歩みをしたことでしょうか。そのたびごとに、神は私が心配する以上助けてくれたのです。そのような神がいたので、私はこの道を歩んでくることができたのであります。

 皆さんは神のことを心配する前に、子供たちを心配し、妻のことを心配していますが、み旨はそうなってはいません。家庭を犠牲にして氏族を救い、氏族を犠牲にして民族を救い、民族を犠牲にして国家を救い、国家を犠牲にして世界を救い、世界を犠牲にして地獄を撤廃しなければならないのです。そういう道がはっきりとあるにもかかわらず、自分の子供や妻のために、自分の行動を自由にできないというのは愚か者です。そうであれば、滅びてしまうのです。

 我々のすべての生活は神のためのものです。苦しい中にあっても神を中心とし、父母様を中心とし、全世界を中心として行く道が統一教会なのであります。そうせずしては、砂漠のようなこの荒野の中にあって、イスラエル民族は行く方向を失ってしまうのであります。羅針盤を失った船が北極星を見つけ、方向を定めてその方向に向かいますが、もし神を中心とした生活をしなければ、砂漠のようなこの地上で行く方向を失ってしまうのです。これが統一教会なのであります。自分が間違っていたなら、すぐに悔い改めるのです。(はい、分かりました)。

  先生の家に伝わる家訓

 夫婦で来た人は手を挙げてみなさい。どれ、顔を見てみましょう。あなたたちのカップルは妻のほうがよく喧嘩をしたり、苦しめたりするでしょう? 率直に言いなさい。顔に表れています。おとなしい旦那さんだから、あなたは一週間に一度喧嘩しなければ、心が休まらないのでしょう。喧嘩はいつもあなたからしかけるのでしょう。神のような夫ですからみ旨を大切にできます。喧嘩をしないようにしなければなりません。

 家庭天国をなす、というみ旨ですが、天国とはどのようなものでしょうか? 通り過ぎていく乞食もこの家に入って休みたいと思うし、犬もその家の前でおしっこをしたいと思うし、鳥もその家の門に巣を作りたいと思うし、村中の人々もその家に行きたいと思うようにならなければなりません。そうならなければ、神が共に住むことができないのであります。神の愛が注がれている所ですから、すべて生命あるものの平和の安息所になるので、その家に行きたいと思うのです。祝福家庭はそのようにならなければなりません。お客様が家に来た時、生活が苦しいから一日も早く帰ってほしいなどと思ってはいけませんよ。祝福家庭というのは、お金がない時には自分の洋服を売ってでも、お客様を接待してあげなければなりません。そのような人の未来には、上着が何着も下着までついてくるような恵みがあるのです。

 先生の家にも代々伝わる一つの家訓があります。それは通り過ぎていくお客様をよく接待してあげることです。私の祖父の時代にも寒い冬の日に乞食が来て、三回以上「何かを恵んでください」と物乞いする声が聞こえると大変なことになります。直ちに、御自分が召し上がっていたお膳を持って行って全部与えてしまうのです。そして、祖父と祖母の喧嘩が始まるのです。分かりますか。もし、あなたたちが乞食になったと思ったらどうでしょう。冬の寒い日に、他人の家の前に行って物を乞うことが簡単なことでしょうか。その時には食べさせてあげなさい、というのです。命を懸けているので、神の前に、天道を行く人間が、その人は命を懸けてやっているので分かってあげなければなりません。それで、御飯をたくさん食べさせるのです。祖父は妻が大切であるというよりは、乞食が大切であると思うのです。子孫万代を考える時、乞食がもっと大切なのです。そのような思考方式をもたなければなりません。私の父もそうでした。絶対に三回以上物乞いをさせませんでした。父もお膳をそのまま持って行って与えるのです。そのため、母と喧嘩をするのを見たことがあります。

 神がそれを見る時、記憶することと思います。先生のような人がそのような家庭から生まれたのです。何の話か分かりますか。他人のために夫婦喧嘩をするのです。他人を助けないといって、夫婦喧嘩をするのです。その責任は主人にあるのです。主人が他人を助けない時には罰を受けます。教会長も外国から訪ねて来るお客様をよく接待してあげてください。いくら御飯がなくて、飢え死にするような時でも、一膳の御飯を村の人と分けて食べなければなりません。そうすれば、私が飢えるようになる時、私の知らないうちに誰かがお米を持って来てくれます。

  子供の模範に

 お母さんたちはどうしてかわいそうな統一教会の男性を苦しめるのでしょうか? 男性は四方八方に飛び回ってみ旨をなしているのに、女性は昼寝をし、化粧をして、疲れて帰ってきた夫に、「私を愛してください」と言うような家庭ではいけません。それは真なる神の家庭ではありません。七七七双は満八年が過ぎたのですね。今まで喧嘩ばかりをしていて良い歩みができなかったでしょう。七八年十月二十二日から、まず喧嘩をしてはいけません。良い歩みをしましょう。

 それで私は、もう一つ皆さんに苦言を呈します。家庭的天国をなしていく上で、一番怖いのは子女たちです。子女たちの見本になりなさい。皆さんが自己中心的になっているならば、その子供たちもすべて自己中心的になるのであります。すべてをその子供たちも見習うのです。もし罪のない息子、娘たちが、自分の両親のために十字架の道を行くとすればどうなるでしょうか。子供の前で両親が喧嘩をするとすれば、統一教会の祝福は滅びてしまうのです。自分の子供たちが一番怖いのであります。その次に神が怖いのであります。これからも喧嘩をしますか、どうですか? (しません)。

 先生もそうです。うちのお母さんとは、死ぬまで大声を張り上げて喧嘩をしたことがなかった、と天地すべてにおける公的な証人となるのは息子、娘たちであることを知らなければなりません。私の両親は一番である、と言われたいと思いますか。そうなりたいと思う人は手を挙げてみてください。そうなり得る皆さんの家庭基盤となっているならば、先生が今回帰ってきて、どうしてこのような気持ちになるのでしょうか。皆さんは全国に帰って、先生がこうおっしゃったと言って、全体家庭の前で悔い改めるようにしなさい。分かりましたか? 七七七双であるゆえによく頑張ってください。

 皆さん、喧嘩をする時は気分がいいですか。悪いですか? (悪いです)。愛する時はどうですか? (気分がいいです)。これから一度喧嘩をしたら、三年間は聖別しましょう。神の前にこのように約束しましょう。それとも、これからは一切喧嘩をしませんか? 一度喧嘩するよりは、三年間聖別したほうがいいです。この世では、夫婦喧嘩は水を切るようであるといいますが、統一教会の夫婦喧嘩というのは、鉄を切るよりも難しいというのであります。このように無責任なものではありません。さあ、神の前で、先生の前で喧嘩をしないことを決意しましょう。私はきょう、あなたたちを叱りに来たのではありません。叱って私に何の得になるでしょうか。ただ胸が痛むばかりです。皆さんがそうすれば、神も許してくれると思います。これからは、二度と喧嘩をしないことにしましょうね。いいですか。

 統一教会の祝福家庭が模範にならなければ、どうなるでしょうか。祖先たちに叱られてしまいます。これからは間違いなく一心同体になりますか? (はい)。夫婦一心、父子一心、そうなりますか? この世の人々もそう教えて、そうなりたいと努力しているのに、統一教会の祝福家庭がそうならずして、どうなるのでしょうか。それは正しいことです。夫婦が一心になることによって、神が臨まれるのであります。これは原理です。主体と対象が完全に一つになれば、中心が立つのであります。主体と対象の中心、これが核です。そして、この核は愛をもってなるのであります。そのため、アベルの歴史は核を設定するためのものです。愛でもって家庭を尋ね、氏族、民族、国家、世界を尋ねて復帰がなるのです。

 子供に、両親が喧嘩をしたという記憶を残させてはいけません。きょう家に帰ったら子供に、「あなた、パパとママが喧嘩するのを見たでしょう。あれは喧嘩ではなくてちょっとやってみただけで、これからは、あのようなことはしないから、全部忘れなさい」と言うのです。私は遊び半分で言っているのではありません。間違いなくそうしなければなりませんよ。分かりましたか? (はい)。エンジェルス学校の小学生、中学生、高校生に、「お父さんとお母さんが喧嘩するのを見ましたか、それはいつですか」と聞いてみます。きょう以前に見たのと、きょう以降見たのでは違います。

 世界と永遠のための家庭

 これからの家庭総会で、もしそういうことがあったら、みんなで注意するのです。その伝統を立てていかなければならない責任があるのです。全体に有意義になるような総会にならなければなりません。忠孝の道理を誓い得るその土台を広めるために、このような集いが必要なのであります。そうでなければ、その必要はありません。復帰歴史の全体的蕩減路程において、先生がこのように代表的な蕩減条件を立てたために、皆さんはこれに接ぎ木されなければなりません。先生につながっていかなければなりません。皆さんは先生と一つになるためには、家庭的に夫婦が一つにならなければならないし、子女と一つになって、家庭的に接ぎ木されなければなりません。夫だけ接ぎ木してはいけません。夫はもちろん、妻ももちろん、夫婦が一つになって、その子供たちまでも接ぎ木されなければなりません。

 このようになった時、先生が築いてきたすべての恵みは、祝福家庭が先に受けるのです。そのことを皆さんは知らなければなりません。それで先生は韓国を訪ねてきたのです。このようなつもりで来たのにもかかわらず、三十六家庭も七十二家庭も、み旨中心、神中心にではなく、自分中心に歩んでいる人が多いのであります。そうであるならば、みな滅んでしまうのであります。み旨を中心とした生活がどれほどせっぱ詰まったものであり、摂理の時がどれほどせっぱ詰まっているかを知らずに、自分中心に、自分の家庭を中心として動く人は許すことができないのであります。そのことをよく知って、忠誠を誓うことのできる父母となり、模範的な家庭となり、伝統を相続できる家庭となるよう努力してください。そして、その家庭が一族において天の伝統を守り続けられるように、子孫万代にまで遺言を残していかなければならないことを知ってください。正しく模範を示してあげなければなりません。私のようにしてはいけません、というのは駄目です。

 孝進と仁進は、今回韓国にいながら自分の父親に会うことができないでいるのです。それは、親の立場からすれば非常に申し訳ないことであります。子供たちが両親と一緒にいたいと思うのは当然です。しかし、どうすることもできないので仕方がありません。私のお父さん、お母さんは自分の苦労を構わず、全体のために、全人類のためにやっているのであると、理解させなければなりません。自分個人の利益のため、自分個人の平和のためにそうするのではなく、全体のためにそうであるということを、何よりも印象に残してあげなければなりません。そうする時、それが子供たちにおいても恵みとなるのです。

 ですから皆さんも、これからお父さんが疲れて帰ってきたならば、子供たちにそれをよく理解させてあげなければいけません。「あなたのお父さんお母さんは、他のお父さんお母さんとは違います。神のために、人類のためにこのように生き、このような歴史をもってきました。そして、このように貧しい中にあっても、普通の家庭ならば喧嘩をし、別れてしまうようなところでも、少しだけ忍耐すれば、神が恵みを与えてくださるだろうという希望をもち、神に感謝する生活をしています。神に忠誠を尽くし、精誠を尽くすところに、神の恵みがあるのです」と訓戒することによって、子供たちはそれをそのとおりに受け継ぐのであります。

 そうすれば、皆さんの後裔は子孫代々にまで繁栄するでしょう。そうでない時は、凋落してしまうのであります。我々は一代のために家庭をもつのではありません。そういう家庭であってはいけません。世界と永遠のために家庭をもつ、そういう家庭になってください。そして愛の土台を広めて万人の心情を集めて、そこにろうそくの灯をともし、香をともして、天と地、万民の前に共通の因縁を結んでいきたいという家庭になってください。そのような家庭となる時、共産主義者が入ってきて、すべてを殺すとしても、神はそのような家庭を残しておくでしょう。その種が残るのであります。私は皆さんの家庭が、そのようになることを願います。

  家庭的勝利圏の相続

 それは今まで、先生は前線で皆さんを苦労させてきました。本当に苦労させてきましたよ。先生も悪口を言われ、迫害を受けてきましたけれども、皆さんも悪口を言われ、迫害されてきました。それはすべて一つの目的のために、一つのみ旨のためであります。そのため一つの基準を立てて、勝利を誓ってきたためです。ですから、その基準の勝利を勝ち得た時の栄光は、個人のものではなく全体のものです。それゆえに、皆さんの栄光として連結されるのです。そうすれば謙虚に受け入れることができるでしょう。そして、神とすべてに対して感謝の気持ちが充満していて、一言言えば慟哭しながら神の前に感謝し得る心情が、常に整っていなければなりません。

 皆さんがみ旨の前に迫害を受け、困難を受け、悔しさを受けていたその日が胸に染みていて、「ああ、苦労したね」という一言で、我知らずに涙の心情で慟哭できる、そのような感謝の心情が通じるならば、神は必ず皆さんに恵みを与えていくということを知らなければなりません。皆さんを飛び越えていくことはありません。何の話か分かりますか? 先生がそういう人であります。誰かが一言言えば、私は慟哭することができるのであります。そのため、神はレバレンド・ムーンを踏みにじっていくことができず、彼の前に恵みを与えていくのであります。そういう心をもって、生きている私であります。何度でも滅びることができる、何度でも流されることができる、難しく、つらい中にあって、神は恵みを与え、世界に誇り得る事件を残しておいたという事実を、私はよく知っているのであります。皆さんも同じであります。

 そういう基盤をもって家庭を築くのであります。妻に対しても、疲れて寝ているその妻に恵みを祈ってあげられる、そういう人にならなければなりません。私のような夫で、彼女は苦労しているなという気持ちをもつのです。お母様もかわいそうです。きのうは二時間ぐらいしか眠っていません。きょうはめまいがするのです。それを私が連れてきたのです。公的な人であります。めまいがして寝ることのできる、幸福な立場にいるのではありません。行くべき責任と全体に対する表象となっているために、行かなければなりません。だからといって、先生に不平を言うのでもありません。先生は公的に厳格な人であります。死んで倒れてしまうとしても、お母様はそういう私の生活を知っているので、ついてきてくれるのです。公的な責任、全体はやることができないとしても、条件を立てて越えなければなりません。それでお母様は、皆さんの前に顔だけでも見せようと来てくれるのです。皆さんは蕩減条件を知っているでしょう。このような道をついてきている皆さんです。先生の家庭を中心として、このように進んでいるのです。ついてこないで、あとで見物しながら行けば、必ず罰を受けるのであります。このような心情に満ちていくとすれば、皆さんは必ず恵みを受けるでありましょう。

 そうすれば、皆さんの子供たちは自然にみ旨の道についていくでしょう。大きくなればなるほど、歳月が流れれば流れるほど、感謝すべきことが多くなります。一月に一度あったことが、毎日あるようになります。先生も今まで寂しい路程を歩んできましたけれども、行けば行くほど、感謝すべきことがだんだん多くなるということを知っております。それと同じです。そして、それはどこからくるかといいますと、家庭からです。それで、先生が皆さんに相続させることは家庭的勝利圏です。

 万民のために生きる祝福家庭

 それはどのような家庭かといいますと、世界を代表した家庭であります。メシヤになる家庭の使命というのは、世界を代表した家庭としてすべてを抱いて世話してあげられ、世界万民に対することができる、そういう家庭であります。五色人種がその家庭と関係を結ぼうとします。円には中心があります。心情圏においても、万民の全体の心情はその中心点を通って、四方八方に伸びていくのが原則であります。そのために、天国も真なる核心的家庭がない限りなされないのであります。家庭天国も一人の男性と一人の女性が完全に一つにならなければできません。個人天国も心と体が完全に一つにならなければなりません。そして家庭天国は、完全に一致した夫婦と子女が完全に授受しなければなりません。そして、それはみ旨と一つになるのであって、他と一つになるのではありません。そのみ旨とは何かといいますと、万民であります。み旨の中心は何かといいますと、神であります。神を中心として、万民のために生きる時、家庭が連結されるのであります。ためにするとは、神のためにするのではなく、神を中心にして万民のためになるような家庭になることです。それが祝福を受けた家庭であります。世界が復帰されるまで、神の代わりに万民を愛する家庭を立てずしては、万民、万家庭を救うことはできないのであります。そのために呼ばれたのが祝福家庭であるということを知らなければなりません。分かりましたか? (はい)。

 神は家庭の中心であり、万民の世界は神の国であります。家庭とは国を連結させることのできる、為に生きる家庭であります。そこから氏族が始まり、神の代わりに為に生きるその基盤から氏族が始まり、そのような民族から国家が形成され、為に生きる国家から世界へと拡大されていくのです。このような観点から見る時、家庭は重要な意味をもちます。そのような内的実績いかんによって、世界が神の前に恵みを受けることができるかどうかが決定されます。それをはっきり知らなければなりません。分かりますか? (はい)。

 先生を中心とした統一教会は世界的な一つの氏族のようであり、世界的な一つの民族のようであります。そのため、単一民族がなし得なかった世界的不和を誰よりも天のために生きるということをもって、五色人種が一つになって、一つの氏族、民族、国家へと形成し拡大していくことが、統一教会の目的なのであります。それが神が統一教会の先生を通してやろうとする目的なのであります。そのために、祝福家庭はその町へ行けばアベル家庭であり、アベル家庭は為に生きなければなりません。喧嘩をしてはいけません。カインを自然屈服させなければなりません。血を流したとしても、自然屈服させることによって、勝利の判定がなされるのであります。そして、ここから天の道が始まるのです。

  長子権の回復

 天の道、天の道理とは何でしょうか。父母がいて、長男、弟がいて、そのすべてが神のものであるべきでした。ところが堕落によって、すべてがサタンのものになってしまったのであります。父母がサタンの代わりになり、長男もサタンの代わりになり、サタンの流れをくむようになったのであります。ここにおいて、反対の道が生じてくるのであります。これが神の道であります。そのため、アベルが行く道とカインが行く道が異なるのであります。この世の人たちが生きる道と、統一教会の人々が行く道が違うのであります。カイン世界が歩む道と、アベル世界が歩む道が違うのであります。天の世界は反対になっているのであります。サタン世界はこの世を支配し続けようとして、闘争が始まるのであります。歴史的に宗教を中心として、地上の主権者、権力者と生死をかけた犠牲の闘争をしてきたのであります。血を流して、後代には必ず屈服させるという道を経てくるのであります。統一教会も同じであります。

 先生は一九七六年、ワシントン大会が終わると攻撃をするのです。今まで攻撃の歴史はありませんでした。カインとアベルの歴史的闘争が終わるまでは、アベルから攻撃することはできませんでした。いつも攻撃を受けたのであります。個人的に攻撃を受けて、自然屈服をさせ、個人的な版図を広め、その基盤の上に、次に家庭的な攻撃をカインから受けて、自然屈服をさせて、それが家庭的な基盤となって、氏族的、民族的、国家的、世界的にカインの攻撃を受けて自然屈服して、版図を広めていく道を行かなければなりません。そのような闘いをしなければなりません。

 では皆さん、ホーム・チャーチというのはどこから出てくるのでしょうか。このようなアベル国家をつくるためには、必ずアベル自体が今まで父であるサタン世界の中において、神の国のすべてを訓練するのであります。それで神はアベル的存在を集めて、地上においてすべてを捨てさせて、分立させるのであります。真なる宗教には出家が必要であります。国を捨てて、家を捨て、父母を捨て、妻子を捨てて出る道が宗教の道であります。このように、自分を中心としてではなく、全体を中心として行くのであります。ここが違うのであります。内容が異なるのであります。

 それで今まで、数多くの宗教人たちはみな真なる道を求めるために出家して訓練を受け、再び帰ってきて闘って自然屈服させるのであります。サタン世界に行って、カインを屈服させるのであります。愛でもって屈服させるのであります。愛でもって感化するのです。カインたる兄は、家庭的な兄の立場であり、氏族的な兄の立場であり、民族的な兄の立場であり、国家的、世界的、天宙的な兄の立場であります。先に生まれたその立場を、一段階一段階を全部収拾して越えなければなりません。そのために訓練を受けて、再び入ってくるや否や、命を懸けて闘っていかなければならないのです。人類歴史がそうだったのであります。

 カイン圏における死の基盤を勝利して、勝利の基盤を整えるのに、必ず血を流した過程を経てこそ、初めて復活するのであります。それで先生もワシントン大会の前までは、悪口を言われながら祈祷して、死んだようでした。神のみ旨はこういう道を通してなされるということを知っていたので、攻撃の体制をとれない時でした。なぜ攻撃体制をとれなかったのでしょうか? 今まで、神様が世界を中心として父母の立場に立てなかったし、長子の立場に立てなかったのです。それで次子の運命を背負っていかなければならないのが、私たちであります。次子の立場において父母の権利を回復し、長子の権限を回復しなければならないのです。分かりますか。堕落することによって、父母の立場を切ってしまい、長子の立場を切ってしまったがゆえに、これに再び神が責任を負うのではなく、神の側の次子、アベルの立場の者がこの責任をもたなければならないのです。そのために、長子を屈服させて、父母を屈服することができなければなりません。

 そのためにカイン圏が拡大して、世界的になった時には、それは世界を救うことになるのであります。それで歴史はいつも、執権者に対して宗教者たちが血を流してきたのであります。このような歴史がいつ終わるかといえば、世界史的な立場に立って、家庭的なアベルの峠を越え、氏族的なアベルの峠を越え、民族、国家、世界的なアベルの峠を越えて、サタン側の兄が弟の立場にいるアベルに屈服して、アベルが兄の立場に立った時であります。その時初めて、天地において長男も次男もみんな神の息子である、ということができるのであります。そのような立場が設定されない限り、父母が尋ねてくることができないのであります。そうだと思いませんか?

 それで長子が次子の立場に立ち、次子が長子の立場に立って、天の道理を受け継いで長子の立場に立って、兄たるカインに対して、「神の国の法度は、あなたが今まで生きてきた世界の歴史的な背景と反対であったとしても、従順に引き継いでください」ということになり、長子の立場にアベルが立ち、次子の立場に立ったカインは侍りながら接ぎ木される心情が生まれることによって、天倫が立つのであります。兄弟世界において、天倫にかなった長子権、次子権が立ち、正常的な立場に戻るのであります。これが世界史的な立場で、カイン、アベルを中心として解決しなければならないことであります。何の話か分かりますか。そうして二人が一つになってこそ、最初に生まれた子も神の息子であり、二番目に生まれた子も神の息子であるというのです。それで初めて、父母がこの地上にその位置を占めることができるのであります。それで、アベルを通してアダム、エバは復帰されるというのであります。

 そのような天倫があるために、ヤコブがエサウの長子の権限を奪うことを、神は協助したのです。そのことを、皆さんはよく知っていますね。そのために、統一教会は条件をかけて長子の権限を買うのであります。長子の権限を奪うのであります。そこからイスラエル民族が生まれてくるのであります。そして長子の権限を奪われないために、あらゆる苦難を克服し、次に長子に対する天使長を打ち砕き、長子権を整えたのであります。その時イスラエル圏をして、初めてその天倫の前に長子の民族形成をなしたのであります。復帰原理が分かったでしょう。

 新時代の主流

 このようにして、アベルが兄の立場に立って世界的カイン、アベルの勝利の旗を掲げてくる時、天道を代行することができる、世界史的な父母の立場がなされるのであります。ここにおいて、カイン、アベルが一つになることができる勝利的な基盤が集まることによって、父母がこの地上に臨在することによって、恵みを受けることができるのです。天国の新しい基盤を代行する父母に侍って、天国に入って行くのであります。誰でも入ることができないのであります。父母に侍って、父母と共に天国に入って行くのであります。統一教会において、既に父母は神の圏内にあるのであります。

 カイン、アベルの世界的蕩減路程にあって、今統一教会の祝福家庭は祝福を受けたのであります。これがなっていないのであります。家庭的に見る時、カイン家庭とアベル家庭があります。この両者が一つになって、その村の人々が頭を下げて祝福することのできる、そのような家庭にならなければなりません。天道を立てる時には、長子が立たなければなりません。長子の権限で弟を打つことができるのであります。このような原則があるのです。天倫の法度により、長子は父母の代わりに弟を支配することができます。この権限が解消されないために、今までの歴史路程において、悪なる人が思いのままにしてきたのは、このような理由によるのです。このようにして、世界史的な父母と共に長子権をめぐる戦いに勝利して、父母が神の権限をもつ時、長子もその立場を確立するのであります。そしてカインの時代は終わって、アベルの時代になるのです。そして、アベルが長子になるので、サタンがいくら努力をしても無駄であります。アベルは世界的な長子の立場に立つので、法的に強制的に屈服させることができるのであります。このような時代が来るのであります。

 このような歴史的な一つの転換点に向かって、世界終末のその日に向かって、神は今まで世界的な分立をすることのできる、一つの宗教を立てていったのです。そのために、このようなことをためらうことなく、みな成し遂げていくのであります。それがいわゆる、統一教会の文先生を中心とした、アメリカにおける闘いであったのです。先生は今まで、次子の権限を超越して、長子を屈服させ得る世界的な版図をアメリカを中心としてやってきました。それで統一教会は、今まで次子権限を超越して、長子の立場のアベルとなって、カイン的長子をアベル圏に入れて命令できる時代に入ったのです。逆になってきましたね。サタン世界において、カイン的兄の立場において善弟を打ってきたものを、逆にキリスト教から善なる弟を分立させて、悪なる地獄に行く兄を打って天国に行くようにするのです。悪を転換させて、善を求める時代となるのです。一九七七年二月二十三日を中心として、新しい時代へと入ってくるのです。新しい時代の主流、統一教会をいくら世界が反対したとしても、統一教会は滅びません。

 統一教会の先生は、国のために世界のために民族のためにやったので、それは正義の涙を流す群れとなり、正義の同情の涙を流す群れとなり、正義の神を同情するようになるのです。今までは時にならなかったので、悔しくても打たれてきたのです。ちょうど夫がいない時妊娠した妻は、いくら弁解をしても通じません。夫が現れて「私の子供です」と言ってくれた時、千年の恨みも一時に解けてしまうのです。恨みの多い統一教会ですが、レバレンド・ムーンが現れ喜びと栄光を受け、万民が敬う日が近いことを知っているために、我々は耐えなければなりません。分かりますか。先生を知った青年たちが歯を食いしばって、夜昼なく一生を通して走っているのです。この恨み多き国を乗り越え、平地に王国を築くべく基地を造っておくのです。

  長子権復帰の基盤ホーム・チャーチ

 皆さんには条件的な基盤が必要であります。それがホーム・チャーチです。このような世界を代表するすべてを合わせて(黒板に図を描いて示している)、世界的全体の勝利的版図を最小限に縮小した一つの祭壇がホーム・チャーチです。三六〇軒とは世界の三六〇種族をいうのであり、また時間をいいます。時間と空間を示すのであります。また三六〇数とは三数と四数を表す十二数の三倍であります。民族的旧約時代、新約時代、成約時代において、十二数を中心とした三時代を経るのであります。全体、三十六数の拡大数です。縦的な時間をいい、空間をいうのです。そして一年は十二カ月、三六〇日です。数多くの復帰時代の日々をいうのであります。その日々ごとに失敗したのであります。一日の失敗によって、五年、十年、百年が失敗してしまったのであります。分かりますか。地球の復活の日も意味します。

 それで三六〇数というのは、何を意味するかといいますと、世界を代表したカインなのであります。皆さんの前に、世界を代表したカインが残っているのであります。ホーム・チャーチというのは、長子の立場に立てるカイン世界を意味するのであります。

 皆さんは天国に入ろうとするならアベルとして弟として、兄を屈服させなければなりません。そして長子権を復帰しなければ、父母に侍ることができないのであります。堕落によって、カインが長子の立場に生まれましたが、それを解消するために、次子の立場において、世界を代表した長子圏を一度に屈服させるのです。先生を中心にして、世界史的な舞台において勝利したために、その勝利の心情を受け継いで、皆さんにおいては三年半という期間で、この世界を代表したカインを屈服させることができるのであります。皆さんは真の父母の息子、娘であり、アベル的な立場に生まれたのであります。そして、霊的な意味において、完全に勝利の基盤を立てたために、実体圏をもつことができるのであります。旧約時代のように、僕の僕の立場から、僕の立場から、養子の立場、実子の立場を経て、父母の立場を再現していく道が、ホーム・チャーチの活動なのです。言い換えれば、神の前に歴史的、世界史的長子復帰の世界史的なすべてを、一時に蕩減することのできる一つの祭壇がホーム・チャーチなのであります。

 今回、統一教会においてホーム・チャーチという、天国と地獄を地上において解決することができるという、一つの基盤が整えられたということは、革命的なことであり、驚くべきことであります。地上の悲哀の歴史にあって、言い表せない光明と希望をもたらす福音であることを知らなければなりません。このみ言を聞いてなお、「ホーム・チャーチが何だ」と言うことはあり得ません。希望に満ちて、過去自分たちが責任を果たせなかったことを悔い改めて、ここに覚悟と決意を新たにして、ホーム・チャーチを舞台にして頑張ってください。歴史過程において神の前に悲しみを残していた過去の生活を清算し、今日起こるサタンとのもろもろの戦いを、私一身で消化しても残るという気勢をもって出発できる皆さんになってください。

 個人を中心として屈服するのです。家庭を中心として屈服するのです。三年間は家庭をもつことはできません。三年半の間、男女それぞれが忠誠を尽くし、男性であれば、その村の人々が、「どうぞ早く夫人を連れてきてください」と家財道具をみな準備して待つような基盤が整えられていたなら、夫人を連れていくことができるのであります。女性の方もホーム・チャーチで精誠を尽くして、そこの人々が全員、「あなたの御主人をこの地域に連れてきてください。もし生活が苦しいことがあれば、私たちが責任をもちますから」と言われるようにならなければなりません。そのようにして二カ所が会うようになれば、その二カ所が自分たちの氏族圏になるのです。この夫婦を中心として七二〇家庭の家庭的氏族圏がなされるのです。そして皆さんが行く所ごとに、すべての家庭が自然に皆さんの伝統的思想を受け継いでいくとするならば、それは新しいイスラエル天国型の大移動が始まるのです。そして、その氏族から国に向かって移動するのであります。

  氏族的メシヤ

 このようにして氏族的なメシヤ圏をつくっておいたのち、家庭をもっている人々は夫婦共に故郷に戻って、自分たちの親族を中心として氏族的メシヤ圏をつくることができるのであります。神様と同じであります。神様も今までそうでした。このようにして、内的カイン圏と外的カイン圏が心的、霊的に一つになって、カインとアベル氏族圏が一つになることによって、初めてメシヤの立場が確立するのであります。そして氏族的メシヤの立場において、真の父母になるのであります。これをはっきり知らなければなりません。それゆえに、皆さんは信仰の子女を愛したという条件を立てなければ、自分の子女を愛することができないのです。

 先生もそのために、自分の子女を捨てて三十八度線以北に入って、怨讐の国家に入って、そこで数多くの人々を愛したという条件を立てて、再び戻ってこなければならないのであります。怨讐の国家を屈服させて帰らなければならない道が、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界とあるために、メシヤが来られて全体を代身して、世界的方向性、基盤を整えて、全体の前に中心となって、世界的な勝利圏をなすのであります。その三十年の歴史を三年半に短縮させて、皆さんが蕩減復帰するのがこの期間です。

 解放後、きょうまで三十三年がたちました。統一教会における三十三年期間でもあります。それで、イエス様の恨みを解いていける国家的時代の次元を越えていくので、大韓民国が今日先生の帰国を歓迎するのも、みんなそれなりの理由があるのです。既成教会が反対しても、これから大韓民国の中から、統一教会の文先生のために闘ってくれる人が大勢出てくると思います。それで、我々統一教会の祝福家庭が完全に団結して、大韓民国が完全にみ旨の前に一つとなっていくならば、カインである北韓をのみ込むことができるでしょう。この伝統的な愛を中心として国が立つ時、誰もがその国を慕ってくることでしょう。三次七年路程が終わって、三年延長した一九八四年以降は、北韓がいかなる野望をもっても無駄です。一つの民族的な祭壇を備えて、世界万民と共に意気盛んに行軍のラッパの音を高らかに鳴らしていく時代が、遠くないということを皆さん知って、これからその準備に頑張らなければなりません。これに歩調を合わせることができなければ、必ず落伍するでしょう。落伍兵になるでしょう。

 そうならないためには、どうしたらよいでしょうか。ホーム・チャーチがなければならないのであります。そして、氏族的メシヤとなって天国へ入って行くのであります。これは、イエス様がなせなかった氏族的蕩減をなすことを知らなければなりません。皆さんにおいては、国家基盤をなし、世界への勝利基盤を自然に連結させて、迫害のない発展舞台を通って天国へ行くのであります。統一教会の迫害時代はもうすぐ過ぎ去るでしょう。三次七年路程で終わらせるのであります。いくらアメリカがいろいろ言っても、終わるようになっているのであります。それゆえに、皆さんの家庭が民族の前に模範となってください。統一教会において、特にこの七七七双家庭にはそのような使命があるので、皆さんが模範となるのです。年齢から見ても三十代ですね? (はい)。三十三歳未満ですね? そのために、七七七双家庭がそのような立場に立って、先導的な仕事をしなければなりません。分かりますか? (はい)。皆さんは、過去の兄たちの家庭を見習わないようにしなさい。新しい立場において歩んでください。兄たちの家庭は、子供を寝かせて活動しましたが、皆さんは子供をおぶって活動しなければなりません。ホーム・チャーチ活動をそのようにしていますか? (はい)。

  ホーム・チャーチと新しい系図

 人工衛星のケープケネディー基地があるでしょう。ブーンと飛んで月まで行くことができますが、天国には行けないのです。皆さんのは天国に飛んでいける基地なのです。接ぎ木をしたので、そうできるのです。ホーム・チャーチを定めるにおいても、それは世界史的であります。アフリカに行きたいと言って、そこで三六〇軒を定めてやるならば、それは国境を超越したということになります。民族を超越したのであります。分かりますか。そうできる時が来るのです。世界万民が文先生に反対したとしても、あのアフリカの一国が文先生を歓迎したとすれば、そこから世界へ行くのです。洗礼ヨハネのような無数の国家が現れるのです。

 今までの復帰歴史において、このようなサタン世界において、新しい光明を発して、昼よりももっと明るい行軍ができる希望を備えたということは、驚くべきことであります。ホーム・チャーチ行軍、難しいですか? 五大洋を自由に行き来して、復帰の恨みを晴らそうとしたのに、今日自分の行動が三時間以内に知れるような活動の舞台に立っているし、自由に闘えるし、言語の問題もないのに、ホーム・チャーチの勝利ができないとしたら、滅びてしまいます。皆さんが天国へ行けるか否かは、献身的活動によって決定されるということを知らなければなりません。これが真理であり、伝統であり、神を求め宗教を求めていく人々の行くべき道であります。ですから、統一教会の道は行きたければ行くし、そうでなかったらやめるのです。行かない時は、あちこちに大移動が始まるのです。

 既成教会の統一教会に反対する人々は、ホーム・チャーチの時が来ると、荷物を持って自分の民族、国を背にして、先生が歩んできたと反対の道を行って、南の民族に迫害を受けたなら南の民族を尋ねてきて、南の民族を通して救いの恵みを受けて生きる道を探していかなければなりません。一般の人々も、統一教会の祝福を受けた人と一緒に行動する時、祝福と恵みがくるのです。ホーム・チャーチ基盤を中心として、これから統一教会の系図が生まれます。統一教会の先生を中心として、父母を中心として、そしてホーム・チャーチを勝利して長子の権限を得た人を旗手として、統一教会の系図ができるのです。このことを分かっていましたか? (分かりませんでした)。長子の権限を引き受けて、父母の前に孝なる一片丹心の心情を捧げていくならば、系図に入るのであります。

 次子として、天に入ることができますか? 入ることはできません。皆さんが長子であれば、長子の立場を中心として、次子を踏み台として上がっていくことができるのであります。そのようになる時、先生を中心とした皆さんは恵みを受けるのであります。そこから生まれてくる子女たちは、悪口を言われません。種が良いと、その種は世界各国に行くようになります。良い種になりたいと思いますか、悪い種になろうと思いますか。喧嘩ばかりしていては、良い種になることはできません。平和の安らぎが潜み、愛の香りが漂う時、すべての世界は歓喜の基盤を整えるのであります。はっきり分かりましたか? (はい)。

 それでは、ホーム・チャーチに臨んでみたいと思いますか。今まで三十年生きてきたなら、それ以上やるのです。三六〇軒を十二ずつ分けると、それは歴史的な国家のようなものです。忠誠を尽くす忠臣とは、どのような人でしょうか? 忠臣としての威信を保つ家庭を築き得、神が臨在し得る勝利の歴史をもつには、適当にやることはできないのであります。神がみんな記憶しています。今までは、みんな避難民でありました。ジプシーのようなものであります。天倫の法度を永遠に植えるために、実際の行動と生活を通して伝統を立てなければなりません。これがホーム・チャーチでなすべき責任であります。ホーム・チャーチ、分かりますか? 長子の権限を相続するのです。次子の立場では相続できません。長子がいるのに、次子が相続するというわけにはいきませんね。ですから、天倫の相続権を得るために、長子の立場に立つ必要があるのです。では、天倫の相続権を受け継ぎたいと思いますか? (はい)。そのためには、ホーム・チャーチでの勝利を果たすことができるよう頑張ってください。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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Last updated  2021.10.12 18:57:12
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