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2021.10.14
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​​​​​​​​​​​​​「真の父母の日と我々の家庭」

1979年3月28日
ワールドミッションセンターにて


 堕落によって失った生命の源泉

 一般に「父母」と言うと、誕生をもたらしてくれた父母のことをいいますが、ここで言う「父母」とは永遠の生命を与えてくれた天的立場での父母のことを指します。堕落がなければ救いも必要なかったのですが、堕落によって救いが必要になりました。しかも堕落したのは単なる一組の夫婦ではなく、人類歴史の頂点に立つべき始祖でした。それは、歴史を通して神の理想が実現されたことがなく、人類歴史が罪と堕落の中にあったことを示しています。それは、神の理想の実現がなく、人間の理想もまったく実現されなかったことをいっています。

 人類始祖が堕落したことによって、人類は絶望に生きるようになりました。しかし人間が堕落したとしても、神は人間を見捨てることができませんでした。なぜなら神は人間を創造されたので父の立場にあり、人間は子供の立場にあるからです。神の立場においてはアダムとエバを完全に消滅させて、新しい人類を再び造ることもできました。しかしそういうことを神はされず、アダム・エバの肉体はそのまま生き続けました。

 では、堕落とはなんでしょうか。どこへ落ちたのでしょうか。もし、物理的にどこかに落ちたのなら元の場所に戻ることもできました。また、どこかが壊れたのなら、神はその部分を代用品で補うことができました。そういうことならば神にとって大きな問題ではありません。しかし堕落とは物理的な破損ではなく、心情の喪失だったのです。心情は全創造の根本的中心です。その本来の愛が失われたのです。言い換えれば、アダムとエバの中に神が見たかった愛の花が傷つけられ失われたのです。神は、アダムとエバによって美しい愛の花が咲き、すばらしい香りが地上に漲り、喜び溢れることを夢見ておられました。神と人間が完全に一体となって喜び、幸福に満たされて共に生活するよう願われました。そこには神と人間の隔りはまったくありません。

 神はアダムとエバによって愛の実が生ることを待っておられました。実には種があり、その皮をむくと、二つの部分が一つに結ばれています。その中の胚芽が生命であり、神の愛の源泉です。すべてはその胚芽の中にコンパクトされています。胚芽のまわりにある二つの部分は、養分を胚芽に送る役割をはたしています。胚芽が壊れると生命が崩壊されます。堕落とは胚芽をなくしたようなものです。その堕落した親は罪の子供をこの地にたくさん残してきましたが、それは愛の本質である胚芽が壊れているようなものです。もし、人間が堕落せず、胚芽が正常なままで生まれたならば、その花は神の愛の方向に自然に向かうでしょう。磁石がいつも北を向くようにです。もし、堕落せずに生まれたならば、誰も神について教えたり説教したりする必要もなく、香りによって、生命の方向、愛の方向に向かうでしょう。それは神へ向かうことです。

 あなた方は生まれる前、お母さんの胎内で、外に出たら空気があるだろうかとか、太陽がなかったらどうしようかなどと心配したでしょうか。それと同様に、本然の人間は生まれてから、神はいるだろうかとか、どういう方向に行ったらいいのだろうかなどと、心配する必要がありません。自然に神を知り神を香ることができるのです。胚芽の中には、父母の真の愛・神の真の愛、生命の源泉がパックされているのです。しかし、堕落人間は胚芽という最も根本の部分が欠けています。堕落によって私たちは、胚芽をなくしてしまったのです。それで人間は羅針盤のない船のように、どこへ行くのか、前方にどんな危険が待っているのか分からなくなって、混沌としてしまいました。人間は神の崇高な創造物でした。渡り鳥でさえ、カレンダーがなくても季節の変わり目を知っていて、その生命を守るために北から南、南から北へと飛んで行きます。神はそのように鳥にさえも季節を知り、温度を感じるアンテナを与えられました。だから間違ったり脱線することもなく、目的地へ向かうのです。そうであるなら、完全な人間にあっては、どれだけその方向を知っていたことでしょう。

 人間は堕落によって混沌としてしまったので、万人が理想や真実の愛を探しています。しかしその方向が分からないので、フリーセックスとかフリークラブなど、いろいろな方向に行ってしまいます。また、人間は主義・思想も混沌としてしまいましたから、共産主義が正しいのではないかとか社会主義や他の理念が正しいのではないか、とかいって迷うのです。しかし、どんなに探してみても、真の愛、生命の源泉を知らずして、それを知ることはできません。

 真の愛主義

 真の愛とは、人間の愛に神の愛を加えたものです。あなた方の両親も、人間としての純粋な愛をもっています。しかし、神の愛がないので完全とはいえません。私たちが今話しているのは、真の父母の愛についてです。それは父母の愛に神の愛が合同したものです。

 復帰とは、愛と理想を正しい方向に向けていくことです。共産主義の思想は物質が中心であり、民主主義は人間が中心です。神ではありません。真の主義・神の思想とは、真の愛主義です。真の愛はすべての問題を解決します。真の愛主義は、どこから始まるでしょうか。(神!)。それは堕落のない理想世界から始まります。真の愛主義から落ちてしまったことが堕落です。真の愛主義がなければ、たとえ衣食住が満ち足りても不完全です。なぜ真の愛主義が必要でしょうか。なぜならそれは、生きた胚芽の入ったあなたの種を作るからです。天の真の種となるためには、生命の源泉である神の愛からくる胚芽が含まれていなければなりません。そのような種ができれば、花が咲き、繁殖し、新しい真の種を生みだします。松の木の種が松の木を生み、トウモロコシの種がトウモロコシを生むようにです。例外はありません。

 真の愛主義とは、神本主義であるとも、理想的人本主義であるともいうことができます。今日の人本主義は、堕落圏の中のもので神がいません。しかし理想的人本主義というとき、神がそこに入ります。人間の側からいえば、理想的真の人本主義です。神の側からいえば、真の神主義です。あなた方は、真の神と偽りの神との二つの神がいるのかと質問するかもしれませんが、それに対して私は、「そうだ」と答えます。偽りの神とは、堕落人間と対応しなければならない神のことであり、そのような神は悲しみの中にすごす憐れな神です。それは本来の神ではありません。死んだ子供を相手にしなければならない神が幸福だと思いますか。それはもっとも憐れな親です。

 クリスチャンたちは、あれこれと衣食住を求めて神に願い、乞い、助けを求めます。しかし、それは的を外れています。そのような祈りを神は聞くことができません。しかし、「この地に一番必要なのは、あなたの真の愛です。それを分け与えてください」と祈るならば、神は聞いてくださいます。歴史上、誰もそのような祈りをしませんでした。キリスト教の牧師がたくさんいますが、彼らは「神よ、私たちの教会を祝福してください。そうすれば私たちは発展し、異端は滅びます」と祈っています。しかし、「神よ。たとえこの教会、この宗派が滅んでもいいから、真の愛の世界を実現してください」と祈る人はいません。神は、「あなたの真の愛をください。神のみ旨を成すために自分を犠牲にしてください」という祈りを聞きたがっているのです。しかし神は六千年間、「私にあれをください。何をください」という祈りばかり聞いてきました。もし私が神の立場だったら、そのような祈りは聞きたくないと言って耳をふさぐことでしょう。神は心痛の神であり、誰にも理解してもらえない神です。

 人類の復帰

 さて、真の愛について語るとき、どこからそれがくるかを知らなければなりません。それは、真の父・真の母からこなければなりません。神は救いの摂理を通して、神の真の愛をこの地に伝える誰かを探してこられました。それが真の父と真の母の概念です。真の愛は、真の父・真の母からきます。では、真の父と母はどこから来るのでしょうか。神はアダムが良くない人間だからといって、新しい人類の父を作ることができるでしょうか。それはできないことです。多くの息子・娘をもっている親を考えてみた場合、長男を失った親は悲惨です。だから神は、最初の息子を復帰しなければなりません。そこから世界の復帰がもたらされるのです。

 この地は、世界中に男性と女性が半々にひろがっていますが、神は堕落したアダムとエバの延長としてしかみません。あなた方は、「お前は男性だが偽りのアダムである。あなたは女性だが偽りのエバである」と言われて気持がいいですか。(いいえ!)。あなた方は、自分は偽り者ではないと憤慨します。しかし、その憤慨に比例して自己否定しなさい。自分は本物ではないと。聖書によれば人間は皆、偽りのアダムと偽りのエバです。真の愛と真の生命がありません。あなた方は真のアダムと真のエバに接ぎ木されて、真のアダムと真のエバとして復帰されなければなりません。偽りのアダムとエバではありません。では、どこに真のアダムはいるのでしょうか。歴史は長く継続してきましたが、真のアダムはいませんでした。しかし、宗教をよく知らなくても、宗教が三つのことを言っていることは誰にでもわかります。それは、メシヤとメシヤの再臨、終末についてです。

 クリスチャンは、メシヤは雲に乗って天から来る、と信じています。そして、クリスチャンだけが空中で喜びの中にメシヤと会い、他の何十億という人々は火の審判を受けて焼かれてしまう、といっています。それで、宗教家ではない多くの良心的な人々は、「クリスチャンは利己主義だ」といいます。「神は自分たちを救われ、他の人々は滅ぼされる」というクリスチャンに対して、良心的な人が「そういう残酷・非情なる神はいない」という場合、神はどちらの側につかれるでしょうか。(非クリスチャン!)。どうして非クリスチャンの側につかれると証明できますか。ヨハネによる福音書三章十六節で、神は「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」といわれましたね。クリスチャンだけを愛し、そのためにメシヤを遣わすとはいわれていません。

 神は世界を愛していらっしゃいます。そうであるなら、どうして世界を滅ぼされるでしょうか。神は堕落して罪の中で苦しんでいる世界さえも愛していらっしゃるのです。レバレンド・ムーンが来て、「神は世界を愛しておられるので、世界を滅ぼされることはない。神はこの世界を救おうとしておられる」といいました。するとクリスチャンは、「彼は異端で、神を盗もうとしている」といいました。彼らにとっては宗派が一番重要であり、「自分はプロテスタント」、「自分はカソリックだ」といっています。しかしレバレンド・ムーンは、「宗派は滅びなければならない。私たちは自分の宗派を犠牲にして世界を救わなければならない」と言います。するとまた、「彼は異端である」とクリスチャンが言います。もし神が、「クリスチャンの方が正しい。レバレンド・ムーンは異端である」と言うようなことがあるならば、神はいないのだと私は思います。宗教とは、常識的であり論理的でなければなりません。(アーメン)。

 歴史をかけて求められた真のアダム

 真のアダムのAは、ナンバーワン(一番)です。真のアダムの意味は、ナンバーワンの男であるということです。それはプロレスの巨人のことですか。スーパーマンのことですか。それともトイレにも行かず、食事もしないような人のことですか。二階へ行くのに階段も必要としない人のことをいうのですか。(いいえ!)。では、どんな人が真のアダムであり、ナンバーワンの人でしょうか。あなた方に近い人でしょうか、それとも遠く離れていて手の届かないような人でしょうか。もし神が真にこの堕落世界を救おうとなさるならば、神はナンバーワンの人を堕落世界のすべての人びとの目を引くように造られるでしょう。そうすればすべての人が見ることができ、近くに来ることができるからです。

 では、どういう人に真のアダムであってほしいですか。あなた方白人は、真のアダムが白人であってほしいでしょう。(いいえ!)。黒人は黒人であってほしいでしょう。(いいえ!)。重要なことは皮膚の色ではなく、真のアダムの内容です。その人は真の愛と真の理想をもっていなければならないのです。

 人類歴史は一つのはっきりした目的をもってきました。それは真のアダムを再創造することです。歴史上の全人物やすべての事物を用いて、多くの文化・文明を興したり滅ぼしたりしながら、その頂点に立つべき完全な真のアダムを立てようとしてきました。最終的に完成された真のアダムを造るために、多くのモデルを次々に造られました。神の歴史をみると、それは段階的な真のアダムの歴史です。旧約時代は真の僕を立てようとされてきました。その後、養子、実子、真の父として、四段階をかけて造ってこられました。神は二千年間を通して、多くのラビを立て、その中から真の僕を造ってこられました。それが洗礼ヨハネでした。神は、「お前は僕の立場にあるが、私が送る実子に対して完全に従い、一つになってその使命をまっとうすれば養子の立場に立つことができる」と約束されました。養子は実子に対して生命を捧げる立場にいます。もし彼がそうできたならば、養子の立場での真の人になっていたことでしょう。洗礼ヨハネは、神の傑作であり、最も貴重な存在であるイエスを完全に愛して、忠誠を尽くすべきだったのです。

 神は、真の愛・真の理想が人間にとって必要であることを知っておられました。それは人間同士が横的に親子・兄弟・夫婦で愛し合っていても得られないものです。だから神は厳しい基準を要求されたのです。イエス様は「私のために自分の生命を失う者はそれを見いだし、自分のために生きる者はそれを失うであろう」と言われましたが、それは今の私たちにとっても真理です。「神のために自分の生命を捨てる者はそれを見いだす」といえます。あなた方は、それを本当に自分の信条にしますか。(はい!)。またイエス様は「私よりも自分の生命、夫、妻、子、親を愛する者は私にふさわしくない」と言われましたが、それを真理であると思いますか。(はい!)。それならば、それを聞いた人は、神を無視して自分勝手に結婚しますか。(いいえ!)。あなた方はどうですか。(同じです!)。

 洗礼ヨハネとイエス様

 では二千年前、洗礼ヨハネはその生命をイエス様に捧げたでしょうか。(いいえ!)。彼は自分の家庭、民族、国よりもイエス様を愛したでしょうか。(いいえ!)。それは成功ですか、失敗ですか。(失敗です!)。あなた方は洗礼ヨハネよりも良い基準でしょうか。あなた方が洗礼ヨハネよりも優れるために、私はあなた方を\D058跣\D058はだし\D058で荒野へ追い出すかもしれません。それでもあなた方は、荒野で天国をつくる自信がありますか。(はい!)。本当にそうですか。洗礼ヨハネは有名で、多くの弟子をもっていました。もし彼が、「イエスよ、あなたは本当に神の子です。ここにいるのは私の弟子たちです。私は彼らと一緒にあなたに従います」と言い、たとえイエス様が「彼らはあなたのものです。その必要はありません」と言ったとしても、洗礼ヨハネは「違います。これらの人たちは皆、あなたのものです」と言わなければなりませんでした。それが彼の立場でした。

 洗礼ヨハネは、そうしたでしょうか。(いいえ)。あなた方はどうするでしょうか。(そうします!)一番大切なものを自分のポケットにしまっておいて、あまり大切でないものを差し出しますか。(いいえ!)。真の愛に接がれるのに一番良い方法は、自分の首を捧げることです。生命は首で接がれています。首を捧げて切り落とされれば、イエス様がその首をつないでくださいます。しかしそれは、もとのあなたの首ではなく、イエス様の首なのです。イエス様は自分の首をあなたにくださるのです。神はあなたの顔を見たとき、イエス様にそっくりなので、自分の子として扱われるでしょう。相似的人物となるのです。イエス様を松の木にたとえれば、あなたも松の木になります。神はそれをみて、自分の家族だと思うでしょう。

 もし洗礼ヨハネがイエス様と一つとなって従っていたら、彼は養子になり、彼の背後にいる全イスラエルも皆従って、それは大きな機関車のようになったことでしょう。イエス様は神の子ですから、その機関車がどこへ行くのか、みなわかるでしょう。それは真っ直、天国へ行くのです。それが神の願いでした。しかし、現実は悲しいことに、洗礼ヨハネは失敗してしまいました。ラビも祭司も律法学者も全イスラエルも失敗したので、ローマの兵士がイエス様を十字架に釘打つために来るようになりました。それが現実です。

 あなた方は、十字架が神のみ旨であったと思いますか。神が、真の人間を十字架上で殺すために送られたと思いますか。(いいえ!)。神のみ旨は、復帰、再創造です。真の父を最初に再創造し、真の母を再創造し、真の子供たちと共に天国を実現されるはずでした。しかし、イエス様はどうなりましたか。死んでしまいました。彼の時代に神の願いは実現されましたか。(いいえ!)。だから再臨がなければならないのです。これらのことは、非常に論理的です。私たちは、神の歴史、聖書の歴史、宗教の歴史を通して、神が歴史の始めからずっと働いておられることを、はっきりと知ることができます。故に人類は、真のアダムを再び迎えなければなりません。イエス以後二千年間、神は全世界に真のアダムを迎える準備をしてこられました。メシヤが、もっとも厳しい苦難の中にあって涙を流してきた国と人々を通して、来なければならない、ということは論理的です。

 再創造の路程

 真のアダムは肉体をもってこの地上に来られ、真の男性として真の女性を再創造しなければなりません。なぜなら、それが創造の原理だからです。神が真の女性を造られるのではなく、真の男性が真の女性を造るのです。なぜでしょうか。それは聖書を読めばわかります。神はアダムを造られ、そのあばら骨で女性を造ったと書かれています。そのことは、アダムをモデルとして、その複製として女性を造られたことを意味しているのです。

 女性のみなさん。もし真のアダムが現われて、いろいろな苦労をさせたり、訓練されたりしたら、それを受け入れますか。百パーセントそれができますか。(はい!)。真の女性になるのは簡単ではありません。厳しい苦労が必要です。真の男性に対して完全に忠節を尽くしていかなければなりません。そのような女性は、東洋と西洋とではどちらに多いですか。(東洋!)。神は女性を、より難しい苦労の道に行かせるよう指示されました。なぜならエデンの園において、女性が神とアダムを裏切り、サタンと一体となって男性を堕落させたからです。だから復帰摂理において、神は女性に対して、より困難な道を行かせるのです。どんな苦労の道でも従わなければなりません。真のアダムは真のエバを再創造し、家庭を築いて子供をもち、人類の真の父母にならなければなりません。

 あなた方は、そういう真の父母に会いたいですか。(はい!)。これ迄の宗教の救いは大体個人が単位です。「神よ、私を天国に……」と。しかし統一教会での救いは家庭が単位です。統一教会は真の父母に会うところです。そして歴史上の罪、過去の負債をすべて払わなければなりません。そこで完全な洗礼ヨハネとなって、真のアダムに出会うのです。真の父母もあなた方を直接、神の子女として扱うことができません。あなた方が真の父母に会ったとき、真の父母はあなた方を真の洗礼ヨハネにするために荒野へ追いやることでしょう。するとあなた方は、「原理は正しいのに、どうして私を困難な道に追いやるのか。なんということをするのだろう」と思うでしょう。しかし、それはまだ始まりなのです。真の父母に会ったら、真の僕の立場、真の養子の立場などの全段階を通過しなければならないのです。

 僕の立場、養子の立場は、非常に厳しい立場です。たとえば養子は継母との関係が難しいです。いろんな不満もでるでしょう。しかし、「天の父よ。私は歴史を知っています。過去における人間の失敗を知っています。だから私はけっして不平を言いません。けっして反対いたしません。この道を行きます」と言える人だけが、その苦難を通過して、真の息子・娘となることができるのです。二千年前、イエス様が言われたことばは、今日のムーニーにとっても、あてはまることなのです。たとえば、「私のために自分の生命を捨てる者はそれを得るであろう」ということばは、私たちにとって真理です。

 真の愛と真の理想

 きょうの標題は「真の父母の日と我々の家庭」ですが、なぜ私たちには真の父母が必要なのでしょうか。真の愛・真の理想は、真の父母なくして得ることができません。一度、真の愛・真の理想に到達すれば、どんなに多くの人が神はいないなどと反対のことを言っても、あなた方は特別のアンテナによって、神の存在と真の愛を知ることができます。あなた方は特別のアンテナをもっていますか。そのアンテナで他の人々にはわからない真の愛を感ずることができますか。(はい)

 あなた方は祭典の時には統一教会に来ても、そのほかの苦しい時には来たくないと思っているのではありませんか。あなた方の中には、「私は容姿も立派だし、知的にも優れている。だから私は自分の道を行き、自分だけで結婚相手を決めて家庭も築くことができる。それなのにどうしてわざわざ苦労の道を行く必要があるのか」と思う人がいることでしょう。そう言うことは正しいことです。私においてさえも、なんの理由もなくして苦労の道を行きたくはありません。しかし、選択はないのです。運命です。それは原因と結果の法則です。なぜなら人類は堕落したので、そういう苦労の道を通過しなければ、勝利者として喜びと幸福を得ることができないのです。レバレンド・ムーンは非常に賢明です。もし近道があるならば、それを探して、すでにその道を行っているはずです。しかしそれは、人類の堕落の故に不可避な道なのです。私が話している愛というものは、たとえ地獄へ行ったとしても、その愛で、そこを天国に変えてしまうような愛です。そういう愛を得るのは簡単なことではありません。

 あなた方は現在、旧約、新約、成約の、どの時代に属していますか。それは、どこが違うのですか。旧約は僕の立場、新約は養子の立場、成約は真の息子・娘の立場です。息子・娘の責任はなんでしょうか。息子・娘の責任の中で最高のものは、父母の責任を受け継ぐことです。それは、この世界が落ちていくのを止め、父母がこの世界を神のもとに帰そうとするのを受け継ぐことです。

 私は、父(神)が頭を痛めておられる三つの問題を知っています。それは第一に共産主義問題であり、二番目にキリスト教の弱体化、そして三番目に青年の頽廃です。これらの背後にはサタンが働いています。共産主義はキリスト教を弱体化し、宗教を阿片だと説きます。共産主義は自由世界の青年を堕落させています。これらの教会・青年・自由世界の運命の鍵を握っているのが家庭です。もし共産主義が家庭の機構を崩壊したら、彼らは世界を手に入れてしまうでしょう。アメリカでは一つの家庭の中に、クリスチャン、仏教徒、共産主義者が一緒に住んでいて、混沌としています。しかし、メシヤが一つの統一された理念をもってこられるので、その理念は骨となり、誰もそれを壊すことができません。たとえ共産主義理念であったとしても、また、フリーセックスや肉体的欲望であったとしても壊すことができないのです。

 そのように、一度神本主義に武装されれば、誰もそれを揺さぶることができません。男性はどんな美人に誘われたとしても惑わされることがないのです。しかし、女性はどうでしょうか。ハンサムな人に心を奪われないでしょうか。(奪われません!)。どうして「ノー」と言えるのですか。エデンの園ではアダムを裏切って、そうしたではありませんか。女はもっとも弱い人間であり、もっとも影響を受けやすい存在です。自他共に美しいと思っている女性の人は、最も醜い男性と結婚したとしても、「これが私の夫です」と世界中に自慢してまわることができますか。(はい!)。では、そのように醜い夫であったとしても、自慢できるのはなぜでしょうか。それは第一に、外形が醜くても、彼は神を中心とした理想をもっているからです。第二に真の愛をもっているからです。だから自分の夫は、ロック・ハドソンより百倍もすばらしいと言うことができるのです。女性の運命はハンサムな男性の顔によってではなく、男性のバックボーンである、その理念・精神・愛によって決まります。

 たとえば電球をみると、中のコイルは黒くて曲がりくねっています。そして、より多く曲がりくねっていればいるほど、より輝き、もしコイルが真っ直でスマートであるならば、光は弱いのです。人間も同様に、神の愛・神の理想に生きる人は、外形は美しくないかもしれませんが、一度スイッチを入れると世界中を輝かせます。重要なことは輝くことです。あなた方が生霊体になれば、外形には関係なく、霊界では光り輝きます。霊界では霊人体の光り具合によって、人間の美しさが決定されます。ですから、神の理想・神の愛に生きる男性は高貴なのです。

 理想の家庭

 真の父母はなぜに来られ、また、そのゴールはなんでしょうか。世界の幸福は家庭です。理想世界で最も重要なのは家庭なのです。家庭の調和の中に、理想の人間・理想の愛・理想の家庭を満たすことができます。家庭において、父は理想の男性の立場であり、母は理想の女性の立場であり、男の子は理想の息子、女の子は理想の娘の立場です。ですから私たちの目標とするところは、理想の家庭です。しかし、その誰もが、自分は理想の男性である、女性である、息子・娘であると言って、傲慢になってはいけません。傲慢から理想はこないからです。それを解決するのは愛です。愛がすべてを溶かします。それがあって初めて、家族の行く方向が同じになります。それが家庭です。

 私たちは、そういう理想の家庭を復帰しなければなりません。理想の家庭においては、「私の父は大統領よりも偉大だ」とか、また、自分の息子がたとえ不具であったとしても、父親は「ハーバード大学の学士号をもっている人よりも自分の息子はすばらしい」と誇ることができます。それは真の愛で結ばれているからです。その天の四位基台は、神を中心として父、母、子供が一体となって回転運動をしているのです。神を中心としているので、全員が神の方向に向かいます。「神よりも自分を先に愛せ」と言う父母は、真の父母ではありません。

 真の父母は、「お互いに神を第一に愛そう」と励まし合います。夫婦が神を除いて自分たちだけで、どうして愛し合えるでしょうか。たとえ、この地においては、仕事のために離れて暮らしているとしても、神を中心として愛し合ってさえいれば、霊界において二人は誰よりも近く、決して離れることがありません。そこにおいて神は、神を愛する以上に夫婦が愛し合うことを願われます。この地において夫婦だけで愛し合うことの何百倍以上も強い愛で結ばれるのです。夫と妻は、愛の王と妃となるわけです。ですから、この地にいるときには、夫・妻・子供は、まず第一に神を愛さなければなりません。そうすることによってあなた方は、愛の王になれるのです。たとえ、この地で会うことができなかったとしても、神を第一に愛して神のために働けば、その家庭は天の家庭として最も栄光を受けるでしょう。神の愛を限りなく受けるのです。神を愛する密度が濃いほど、神との永遠の愛の一体化が深まり、神の愛の主体者となれます。

 蕩減復帰原理の道

 私自身、そのような路程を通ってきました。僕の立場から始まって、養子、実子、そして父母の立場を通過するわけですが、そこで重要なことは、一つの段階から次の段階に移るのを誰が許可するか、ということです。それは神ではなく、サタンです。サタン世界にあって真の僕として仕えていけば、「あなたはサタン世界にあるいかなる僕よりもすばらしい。私はあなたを止めておくことができない」とサタンは言い、それによって、あなたはそこを卒業して次の段階である養子の立場へ上がることができるわけです。

 そしてまた、この世界にも多くの養子の立場の人がいますので、そういう人たちの基準を越えなければなりません。継父・継母がたとえあなたを憎み、冷たくし、また時には虐待したとしても、それでも仕えていくのです。そうすると彼らはあなたを滅ぼすことができません。そして最終的には彼らの心を溶かしてしまうのです。きっと継父・継母は、「自分の息子は私を越えてしまった。彼は自分たちに対して反対すると思ったが、そうではなくやさしく仕えてくれた。私たちは完全に降伏である」と言うでしょう。そのようにして養子の立場を卒業し、その時点ではじめて実子の立場に立つことができるのです。

 あなた方は統一教会に入った時、自分は最終的理想郷に達したように思うでしょう。しかし、あなた方は最も苦労の道へと駆り立てられる立場にあるのです。そこにおいて愛と忠誠とをもって忍耐していけば、レバレンド・ムーンは、「神よ。私は、自分の息子に降伏しました」と言うでしょう。そのようにして歩みながら、あなた方は、実子の立場を卒業して父母の立場へと立っていくのです。それが蕩減による復帰原理の道です。より多くの苦労の道を行けば滅びることはありません。そこで愛と忠誠とをもって忍耐して勝利すれば、それは天に届く一番の近道となります。

 サタンの故に、神はあなた方にそういう道を行かせることに対して許可せざるを得ません。べつに神があなた方を憎んでいるわけではありません。間違わないように。それはサタンの故です。あなた方自身の手で、サタンを分別しなければなりません。僕、養子、実子などのすべての段階でサタンが去り、いかなる讒訴をもできないようにしなければなりません。

 統一教会は家庭です。五つの色の人種が一緒になっています。永遠の世界において真の父母と共に永遠に住むために、あなた方は真の息子・娘として訓練されています。しかし統一教会の中にも、ある人は僕、ある人は養子、ある人は実子というふうに、さまざまなレベルに分かれています。神は万物を僕、天使を養子、アダム・エバを実子として創造されました。私たちはそれらすべての創造物に対して、主管者の立場にあります。天使世界にさえも命令することができます。ですからまず私たちは、すべての万物を主管する訓練をしなければなりません。それが前線での歩みです。

 理想の家庭を築くために

 どうして家庭が必要でしょうか。それは、家庭によって神の真の愛を知ることができ、また永遠の理想がそこにあるからです。天国の基礎、真の理想・真の愛・真の幸福の基盤がそこにあるわけです。この家庭には愛の悲劇がありません。父母の喧嘩はなく、家庭のために涙することもありません。父母の離婚などは考えられません。それは自分の肉体がひきちぎられるようなものです。もし離れようとすれば、まず神を自分から離さなければなりません。そのためには全ての愛を捨て去らなければなりません。それは自己破滅です。ですから、そのようなことは誰もしません。不可能です。あなた方は、そのような神を中心とした家庭がいいと思いますか(はい)。

 今日、ホームチャーチの摂理を行っていますが、あなた方は訓練していずれ両親や親族のもとに帰って、この理想を実現していかなければなりません。私はすでに、国家、世界的なレベルにおいて勝利してきました。まず、あなた方は家庭、氏族的立場において勝利しなければなりません。それが私たちの出発点です。あなた方は、あなた方の氏族を愛さなければなりません。それが三六〇軒ホームチャーチです。そこにおいてあなた方は、迫害され苦労することでしょう。しかしあなた方は、あなたの肉親を愛する以上に無条件で愛さなければなりません。三六〇軒すべてが天の家庭であり神の子女であるという思いで、愛して伝道しなければなりません。そうすれば神は、「あなたは三六〇軒ホームチャーチを無条件で愛し尽くした。今度は自分の家庭をそれ以上に愛してもいい」と言ってくださることでしょう。そうすればあなた方は、自分の家庭を何よりも愛していいのです。そしてその家庭は、氏族、民族、国家、世界を代表するのです。一度そういう家庭に到達すれば、あなた方は決して家庭から離れる必要がありません。

 家庭は社会の単位であり、国家の単位、天国の単位です。復帰の路程において私たちは、家庭を離れ、家庭を犠牲にして世界のために働かなければなりませんが、しかし一度真の家庭を復帰すれば、その時点でそういう犠牲は必要なくなるのです。本来、自分の家庭において両親、兄弟、姉妹を愛することができない人は、社会、国家、世界においても受け入れられません。両親が「自分の息子は親孝行である」と言い、また兄弟たちからも「自分の兄はやさしくしてくれる」と言われるようになって初めて、社会、世界に出て行くことができます。なぜなら家庭は、あなた方と神を結ぶ基盤であるからです。ですからその基盤で失敗した場合、どうして他の社会で成功できるでしょうか。

 統一教会の理想は家庭であり、そしてそれを建て直して理想の国を建てようとしています。統一教会は愛と忠誠とをもって、家庭、社会をリードしていける青年を教育しています。しかし現在、あなた方のうちのある両親で、そのような子供を誘拐しようとしている人がいます。それは最も悪い罪です。それは家庭におけるイスカリオテのユダのような立場であり、あなた方が築こうとする理想の家庭を十字架につけようとするものです。アメリカを救う理念をもって、アメリカの家庭を救おうとしている者を滅ぼそうとする人は、国家的なユダであるともいえるでしょう。家庭、民族、国家、世界、全ての段階において、イスカリオテのユダを見いだすことができます。霊界においてのユダはサタン自身です。私達はそのようなすべての段階におけるユダの働きに対して、勝利しなければなりません。そうして初めて、地上天国が築かれます。

 自分一代で勝利しよう

 統一教会には人種間における障害や争いはまったくなく、一つの家庭に向かっています。天の理想の家庭を築こうという目的は神の全摂理の目的であり、キリスト教、全宗教、全人類の目的です。今日、私たちはそのような理想の家庭を築くための基盤を段階的に築いています。あなた方は神の理想のために、自分の頭に新しい神の理念で包まれた愛の帽子をかぶって、真の家庭に住まなければなりません。たとえば、あなた方が父母の日を祝うために集う目的は理想の家庭にありますから、それを知り、理想の家庭を築くことに対して新しい決意をもつ者だけが集うことができるのです。そうでなければ集う資格はありません。

 今日、ホームチャーチを行っていますが、それは蘇生的段階であり、次に長成へと進んで、最終的には完成された理想の家庭へと進まなければなりません。私たちは最終的真の父母の日を復帰しようとしています。私たちの願いは全世界に対して、真の父母の日を宣言することであり、これは全ムーニーの理想です。父母の日に真の父母を中心として祝うことができるように、あなた方は自分の三六〇軒の中においてあなた方自身が父母の立場に立って、人々が祝うことができるようにしなければなりません。そうすることによって、それはあなた方を父母として祝う日となり、そうしてまた、あなた方は二十四時間、戸を開けて食事を用意し、あなた方の霊の子供たちを迎えて祝うのです。そのようにしてカイン型のホームチャーチが完成すれば、次の段階としてあなた方は故郷に帰り、両親・親族を中心としてアベル型ホームチャーチを作ります。そこであなた方は氏族のメシヤとなります。そうなれば伝道などの困難な道をいかなくても良くなるのです。そこでは神と人とを引き離すものは何もありません。神の方に向くアンテナが示してくれるのです。

 あなた方は、人類歴史に必要なすべての困難を自分一代で終えるために、自分がすべての十字架を背負っていくと思わなければなりませんし、また、子孫にまで苦労させたくないという決意を持たなければなりません。それを成すために、あなた方は私に会ったのですから、これは大いなる喜びであり、偉大なる勝利の宣言です。私たちは、必ずホームチャーチを勝利できます。それを成して故郷に帰り、氏族のメシヤになるのです。それは大いなる祝福です。そうなれば、サタンは永遠にあなた方を讒訴することができませんし、あなた方の側に近づくことさえできません。しかしもし、あなた方ができなければ、その使命は蕩減となって、子供にもっと多くの犠牲の道をいかせるでしょう。

 今後は、二つのグループに分かれるでしょう。一つの地域では真の家庭として喜び合いもう一つの地域では、子供たちがホーム・チャーチにでかけていかなければならないのです。神はそういう姿を見たくありません。私も皆が故郷の人々に喜んで迎えられるようになってもらいたいと思いますし、そこで幸福な家庭を築いてもらいたいと思います。私たちは、その目的を完成するために全身全霊を込めて歩んでいきましょう。そうする人は手を挙げてください。(はい)。神があなた方を祝福されますように。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.10.14 19:18:49
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