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2021.10.16
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​​​​​​​​​​​「統一教会創立二十五周年に際して」

1979年5月1日
ワールドミッションセンターにて


 交流による進歩

 きょうは五月一日です。この日はたまたま、共産党および共産主義国のメーデーと一致します。私たち統一教会のメンバーは、自分たちがこの教会の構成メンバーであるということを否定しません。

 当教会は韓国において創立されましたが、それは単に地域的な出発を意味するものではなく、その設立においては世界史的な意味と重要性をもっています。それはちょうど山奥から出発した一雫の水が、小さな小川となり、そして大きな川となり、ついには大海に注いで世界を循環するのにたとえることができます。水は韓国のものではなく、ある特定の国のものでもなく、世界のものです。そのことは誰も否定しません。またその水は、ある特定の場所から発しているとは言えません。なぜならたとえそれが韓国に降ったものであっても、海となって世界中を循環し、また別の場所から同様に発することができるからです。空気についても同様で、どこの国のものであるということはできません。空気も移動し、循環するからです。

 では、なぜそのようになるのでしょうか。私たちは自然界の法則から、それらが循環することによって絶えず浄化され、また汚なくなっても再び浄化されることを知っています。地上に落ちた水はいったん汚なくなりますが、絶えず移動することによってだんだんと浄化され、良いものが集まって、ついには合流することを、私たちは知っています。人間の生活についても同様のことが言えます。人々が交わり、文省的にも交流することによって、そ結果、何か便利なもの、何か善なるもの、何か進歩したものを人々はたえず採用し、それを高めてきました。宗教的な活動や発展についても同様で、別々の山に降った雨がついには一つの川となって海となるように、それらが交流することによって人々の水準を高めてきました。

 この観点から人類の歴史をながめてみるとき、人類の歴史は絶え間ない闘争と戦争の歴史であったと、私たちは断言することができます。そして、その戦争の結果が人間の文明を低下させたか、それとも高めてきたかを、さらに問いつめるならば、それはむしろ文明を発展させてきたと言うことができます。現在においてもソ連とアメリカは外側だけをみれば平和が保たれているようにみえますが、内的にはお互いにひじょうな闘争状態にあります。誰もそれを否定することはできません。同様に、宗教人と非宗教人も根本的には闘争状態にあります。

 人々は戦っているとき、または戦おうとひじょうに強く決意している時、誰も負けることを望んだりしません。両者とも、勝とうと決意しているのです。ではなぜ戦ったり、闘争が起きたりするのでしょうか。それは戦争や闘争の結果、すべての問題点が浮き彫りにされ、丸く削られ、すべて望ましくないものはついに消え去って、望ましいものがあらわれてくるためです。

 この戦いはあらゆる段階においてみられます。個人と個人の間における戦いもあれば、家族的、社会的な戦いもあり、もっと代表的なものとして国家と国家の戦いがあり、さらには世界が二分される戦いに至ります。結局、戦争は世界的な段階へと進んでいくのです。過去から現在まで、戦争の段階はだんだんと大きくなってきました。現在は、いったん戦争が起これば、誰もそれを免れることはできません。ほとんどすべての町が、そこに巻きこまれてしまいます。

 審判のための規則

 ボクシングの選手がリングで戦うとき、誰もが無関心で、二人っきりで審判官もいないとするならが、この二人はどんなに惨めに感じることでしょう。二人は戦っても、その持いがいつ終わるかわかりません。そこで二人は集まって、「私とあなたの間に、ある規則をもうけましょう」と言うにちがいありません。いったんルールを決めて、それに違反すれば他者が勝つことになります。それに対して、負けた方は不平を言うことができません。

 このような観点からみるとき、世界的な規模の戦争において、もし世界が戦争に巻きこまれたとするならば、同様にある規則を必要とするでしょうか。どう思いますか。たとえば最も小さな村で、ある闘争が起きたときのことを想像してみましょう。そこには必ずそれを監督し、審判する人がいるはです。国においても同様です。二つの政党がむなしく戦うということはありません。誰かが審判者の役割を果たしているに違いありません。としそのようでないとするならば、世界が存在することはひじょうに難しく惨めなものとなるでしょう。

 このような理由から、私は至る所に審判者を見い出すことができます。子供たちが喧嘩をして自分たちの力の限界にまでくると、彼らは父母のところに行って、彼らを審判してほしいと頼みます。これは幼稚園、小学校、中学校においても同様です。私たちの教会においても、もし二人の兄弟の意見が合わないで喧嘩をしたならば、最後には私のところに来て、どちらが正しいかを尋ねるでしょう。

 ですから、そのような審判を行なうためには、ある法則とかきまりが必要となります。法則やきまりは、ただ悪いものやまちがったものを裁くために決められたものではなく、むしろ善なるものを守るために決められたものです。だから世界的な規模における戦争や闘争を規制し調整する機構や人物がいなければ、それをつくりださなければなりません。もしそのことに反対する人がいれば、その人は戦争を体験したことのない人です。

 たとえば、誰もが行きたいと願う学校があるとしましょう。「私はどうしてもハーバードに入りたい」「私はどうしてもエールに入りたい」と言って、はいることができるでしょうか。受験する資格や合格の基準など、その学校には規則というものがあるのです。ですからその学校にはいるためには、その規則を守って、それに従うしかありません。試験の時がくれば試験を受けなければなりません。その時、「私は教科書を開いて、辞書を片手に試験を受けたい」と主張することはできません。そんなことをすれば、学校から追い出されてしまいます。

 この宇宙は、自然界の法則によって働いています。すべてのものは規則的に運行し、どれ一つとして、その規則を乱すものはありません。この巨大な宇宙でさえ、そのように細心の法則によって動いているのです。あなた方は、今自分が息を吸っている、今自分が息を吐いているというふうに、呼吸していることを絶えず意識したことがありますか。また、何回まばたきをしたか数えたことがありますか。しかしもし、ちょっとしたゴミが、目や鼻にはいったならば、あなた方はすぐにそれに気づき、大騒ぎをするにちがいありません。どこかがおかしいとすぐに感じるからです。不自然に感じるから、すぐにそれを取り除こうとします。髪の毛に変な物があれば、すぐにそれに気づくでしょう。たとえば私が、誰かの頭をくすぐったら、彼はすぐに私を見上げるでしょう。ことばでは説明しにくくても、神経系統を通じて何かがあるとわかるから、すぐにそこに注意をむけるのです。

 この宇宙には数十億の人々が住んでいます。もし戦争が起これば、誰もがそれを知るでしょう。誰もがそれを知っているならば、神様も知っているにちがいありません。いったん戦争が起こると、どちらも勝つことを願います。故に戦い続けていくためには、相互の同意に基づいて決められた規則に従わなければならないということは当然です。たとえば、ある国の大統領が他の国に宣戦を布告したとします。するとその国のすべての人々は、誰も「いいえ、私は戦争に行きたくありません」と言うことはできません。たとえ一部の人々は戦争に参加したくないとしても、時には大統領自身さえも戦争に参加したくないとしても、いったん宣言すれば、すべての人々がそこに巻きこまれてしまうのです。

 もし誰もが戦争に参加したくないということが起きたとすれば、どうなるでしょうか。そうすれば戦争に負けてしまって、正義が踏みにじられ、その国は悲惨なものとなるでしょう。また敵に征服さへて、彼らの言うことをなんでも聞かなければなりません。戦争が続いているのに、戦うことを拒んで家でじっとしているならば、敵の兵士はあなたの部屋にまで入ってくるでしょう。あなたは、そのどちらかを選ばなければならないのです。

 神からみた審判の基準

 人類歴史において私たちは、第一次世界大戦、第二次世界大戦という二つの大きな戦争をみてきました。その戦争では、広島や長崎のように、一つの爆弾が都市に落ちて、即座に数十万の人々がなくなりました。それはすべてを拭い去ってしまう一陣の突風のようなものでした。それは、痛みを感ずるひまもなく、弾丸が自分の体を貫いたことを意識することもなく、ちょうど雷が落ちたように即座の出来事でした。戦争がそのように行なわれている限り、神様はそれをご存知です。

 では神様はどちらの側につかれるでしょうか。またなぜ、その側を選ばれるのでしょうか。神様は規則を守って勝った方に味方するでしょうか、それとも規則を守らずに勝った方に味方するでしょうか。二つの大きな大戦において、アメリカを代表とする自由世界は戦争に勝ちました。しかし彼らは規則に従ったのではなく、乱暴で非人道的なことを行ない、規則や法則に違反する。ありとあらゆる事をやって勝ったのです。このように規則を無視して、勝ち負けを決められるのです。世界が二つに別れて戦う時、神様はどちらの側がより多く違反し、人類全体に損害を与え、より邪悪な事を行なったかを考えに入れ、それによって勝ち負けを決められるのです。では今日では、神はどのようにみられているのでしょうか。一般的にいって、あなた方は自由世界がより多く違反していると思われますか、それとも共産主義世界だと思いますか。

 第一次世界大戦と同様、第二次世界大戦において、どちらがより見苦しい方法で戦ったかが明らかにされています。アメリカは第一次世界大戦、第二次世界大戦において、たくさんの人を殺しました。しかし他の国に比べて、その数はむしろ少ないのです。第二次世界大戦においてドイツのヒットラーは、一般市民や戦っていない人々も含めて、ひじょうに多くの人々を殺しました。ユダヤ人のように数百万人が殺されたのです。日本人もまた、第二次世界大戦において、太平洋にで同じようなことをやりました。彼らは見境もなく、無慈悲に人々を殺しました。これらの点を神様は考慮に入れたです。

 現在、世界は自由主義世界と共産主義世界とに分かれています。その内部ではこのような水準において、ひじょうに激しい戦いが行なわれています。一つの政権があらゆる世界の違反行為を行い、他はそうでないとすれば、神様は当然それをみられて、擁護されるにちがいありません。世界が二つに分かれて戦争をするとき、神様の味方する側がより公正であることは、いうまでもありません。結局、神様は彼らを世界の中心として、指導者とするでしょう。第二次世界大戦後、韓国とイスラエルは独立を勝ちとりました。彼らが通らなければなやはかったものが、戦争に基づいていたからです。もちろん他の多くの諸国も独立を成し遂げましたが、この二カ国は、過去の歴史上、彼らが通らなければなやなかった道として、代表的な国家です。

 戦争に勝った国々は、より正義の側に立っていたわけですが、しかしながら戦争後、ほとんどの国が例外なく除々に衰退しているのはなぜでしょうか。戦争に勝ったあとも神様はその国を見守り続けていますが、賞讃されるものよりも非難されるものの方が多いときは、神様は、その国を衰退するままにしておかれます。一国が衰退するのはそれなりの理由があるのです。しかしたいていの人々は、それに気づいていません。彼らがそれに気づくのは、ずっと後になっています。アメリカにおいても同様です。なぜアメリカは絶えず衰退し続けているのでしょうか。イギリスにおいても同様です。彼らが第二次世界大戦で戦争に勝ったとするならば、より善なる方向を力強く主張し、善を促進すべきです。そうすれば、その国は衰退するはずがないのです。ところが実際はそうではなかったので、神様はアメリカを去ろうとしているのです。

 一人の闘士を中心とする統一

 第二次世界大戦の話題に戻り、しばらくそれについて考えてみましょう。どのようにしてその戦争は始まったのでしょうか。二人の個人が集まって、「さあ、戦争を始めよう」と言って始めたのでしょうか。それとも、あるグループとか連合体が取り決めたものでしょうか。どちらだと思いますか。世界的規模の戦模の戦争において、神とサタンが話し合って取り決めを行なったと想像することは難しくありません。

 自由主義世界と共産主義世界の間には絶えず闘争がありますが、自由主義世界が優位の側にあるでしょうか。それとも共産主義世界が優位の側にあるでしょうか。それは誰の目からみても明らかなことです。共産主義者も、それを認めるでしょう。では自由主義の側は、「これは当り前のことだ。われわれは戦争に負けるだろう。そのあとはどうなってもかまわない」と言うべきでしょうか。それとも「われわれは奮起して煙草や麻薬の使用をやめさせ、不道徳を改め、すべての退廃的なことを食い止めなければならない。われわれは再び健全な精神に立ち返り、もう一度キリスト教の精神を甦らせ、共同で努力して、これからでも共産主義に打ち勝つよう、しなければならない」と言うべきでしょうか。

 戦争というものは、人類歴史の最初からスタートしたものであり、二人が集まって喧嘩をし、その結果何か良いものが残り、望ましくないものが捨てられてきたという結論を、私たちは得ることができます。それが戦争の結果であり、事実上そのようになってきたので、私たちはこの原理を今日でさえ、どんな闘争の場面にも当てはめて考えることができるのです。神は審判官の如く、どちらの側にも属していません。結局、目的は人類がだんだんと一つとなり、統一されることなのです。その中から一人の闘士が世界的な規模において選ばれ、その能力を最大限に発揮することだろうと私たちは予想することができます。個人、家庭、国家という、あらゆる段階を代表する一人の闘士が選ばれ、私たちを常に統一の方向へ導いてくれるということは、理屈にかなっています。一つの世界を代表する一人の闘士が現われる、そのような方向へと世界は動いてすゝのです。

 人の側だけでなく、神側と人の側を代表して出てくるそのチャンスは、宗教的でしょうか、そへとも、そうではないでしょうか。(宗教的です)。神は、宗教的内容をもって、ともに非宗教的立場にいる人々をも支配する能力をもった人を立てるでしょう。それはきわめて理論的なことです。そのような立場において宗教文化圏を中心とした自由世界の版図が、二千年を中心とした世界の版図となるのです。そのような観点から考えるとき、新しい歴史的宗教運動と世界運動のあらわれる可能性が濃かったのが、第二次世界大戦直後です。そのような運勢を受けついで現われたのが統一教会運動です。国連機構の解放を受け、韓半島という小さな国でレバレンド・ムーンという人が出て、この仕事をしようとしました。

 この統一教会のチャンピオンは全歴史時代において、いかなる個人もなせなかった、いかなる国家もなせなかったことをなさなければならない責任があります。そしてまた統一教会は、霊肉界に対して最高のチャンピオンとなることのできるなにかがなければなりません。大霊界と大世界に対して、競って進んでいくのです。そして全世界の人々に対して、正・不正を知らせなければなりません。そこには韓国も日本も、全宗教人と非宗教人も含まれます。そのようにして身近な人類が団結して、霊界と戦って霊界を屈服させれば、みな統一されるのです。もしそのように霊界と肉界が一つに合わさったならば、次は神と一つになるか、ならないかという問題になります。何を中心として一つになるかというと、神の愛という審判の基準を中心とするのです。神の愛に合えば合格、あわなければ「こら!」と怒られます。神がもし愛の法度に反するとがあったなら、「神様、それはまちがっています」とも言えるのです。そうなれば、すべては完結です。宇宙の愛の審判の法度を定めるのは、指揮するためです。そうしたら天国もみな指揮することができるのです。

 愛の戦争

 ですから統一教会がなすべきことは、愛を中心として戦うことです。自由世界も共産世界も、愛をもって戦っています。そのような戦争をしているのです。神の愛を中心とする戦いは、第二次世界大戦の???である日本とアメリカが席を共にし、日本人とアメリカ人、ドイツ人が、みな共に愛しあわなければなりません。ドイツ人や日本人がアメリカへ来て、「私たちは、あなたたちを愛します。アメリカを愛します」と言うのです。統一教会の日本人メンバーをドイツ人メンバーが、このアメリカでの愛の銃を撃つのです。それに全部の人が当たるようにしなければなりません。怨讐に対して愛を中心として、勝つまで戦うのですのです。それは強制的にではなく、自然的に感謝しながらです。なぜでしょうか。それは、愛を中心としているからです。

 今の歴史時代において、愛の戦いを起こしている人が、この世において最も憎まれている存在である、レバレンド・ムーンです。歴史時代において愛の戦争を爆発させた男が、レバレンド・ムーンです。こような戦争をしているために、人々は統一教会をまちがっていると言います。しかし、いつまでもこれに反対し、まちがっているとして悔い改めないでいると、個人も家庭、民族、国家、世界、いかなるものも神が打って、その結果、滅びてしまうようになでしょう。このような路程が残されているように思えます。もし、宗教人たち、キリスト教人たちが反対したとしたならどうなるでしょうか。(滅びてしまうでしょう)。そのようになることを、あなた方は願いますか。また全世界の人々は望むでしょうか。愛の戦争を起こした人に対して反対することは滅びることです。

 あなた方は、愛の戦争を起こした人を全世界の人々が歓迎し、霊界が歓迎し、全被造物が歓迎すると思いますか。(思います)。過去の人々や一千年後にくる後孫たちは、どうでしょうか。それでは神様はどうでしょうか。神様は昔も今も、いつも同じで、歓迎しますね。そうです。神様は愛をもつ憲法を定めるでしょうし、その法に従って治めるのが神の国の政治であるでしょう。それはきわめて理論的です。

 あなた方は今、ホームチャーチをしていますが、それはなんの戦争ですか。それは愛のための戦いです。誰がもっと愛せるか。最も愛する父の前に、最も愛する息子を、自分が愛の力で奪ってくるのです。自動的に引っぱってくるのです。今、恋愛結婚をして、アツアツのカップルがいるとしましょう。その愛する妻も夫も、愛をもって引っぱってくることができるのです。そのような力がなければなりませんし、そのような力をもった戦いをしなければなりません。しかしながら、統一教会の責任者であるレバレンド・ムーンはそう言っていますが、実際、統一教会には、そのような力があるでしょうか。(あります!)。

 あなた方は、何をする人ですか。愛の戦いの訓練を受けている人たちなのです。あなた方は、愛の戦いをなせる勇士の訓練を受けているということを、知らなければなりません。そして統一教会の人のことを神が考えるとき、神様の最後の戦いで、神様が愛を中心として戦えるチャンピオンを選ぶ時に、その人以外はないということを認めるような内容がなければなりません。

 もし、レバレンド・ムーンが、「神様、私は今後、この戦いはできません」と言ったら、神様はどうするでしょうか。私が愛の戦いなどをみんな投げてしまったら、どうなるでしょうか。神様はそうなさったら大変だから、悪口を言われるようにしても、どんどん祝福してくださるのです。悪口を言われる方は祝福を受け、反対する方は祝福を受けられません。(拍手)。その拍手は、私のことばが正しいと思っているのですか、それとも統一教会が良くなるからするのですか。なんのためですか。愛のためですか。(そうです)。それではあなた方は、恵みを先に受けるのですか、それとも愛を先に受けるのですか。まず愛といいまたね。いくら恵みが先にあっても、愛がついてこなければなりません。また恵みがなくても、愛だけあったなら、恵みはついてくるようになるのです。

 没落の原因と愛の理理想実践

 統一教会に反対すれば滅びるようになるでしょう。歴史時代に滅びなかった既成教会も、統一教会に反対すれば、急進的に滅びるでしょうし、アメリカも統一教会に反対すれば、急進的に滅びるでしょう。共産党も反対すれば、急進的に滅びるでしょう。みな、こうなるように思えます。神は知恵の王であるために、愛の戦いに人々が反対するようにさせて、その恵みをみんな奪ってくるのです。そしてあなた方に与えます。だから反対しない人がないのです。そのようにして、その恵みを全部、統一教会に与えるようになるので、統一教会だけが残るのです。だからこそ、迫害を受けるのが良いことであり歓迎できる秘法であることを、私たちは知っているのです。あなた方はその点を知っています。それが誇りです。それにあなた方は賛成しますか。(はい)。

 もし第二次世界大戦が終わった後に、人々が統一教会を受け入れていたら、全世界が祝福され、全世界がひとつになったことでしょう。韓国が分断されたのも統一教会に反対したからであり、既成教会が滅びつつあるのも、自由世界が没落するのも統一教会に反対したからであると、私は思えてなりません。反対するものに対して統一教会は打つことができません。なぜから愛しているからです。だから神様は仕方なく共人党を立てて、「打ちなさい、打ちなさい」ということをやっているのです。二千年間もかけて発展してきたキリスト教が、第二次世界大戦後、二十年余りで没落するのがなぜであるか、人々は知りません。彼らは、なぜ第二次世界大戦が起こったのかもわからないのです。

 統一教会では打たれながらあがっていきます。人類の戦いが愛の戦いで勝つことであり、神の願いも愛の戦いでチャンピオンになることです。これは天宙の願いであるために、神の願い成就のためにやらなければなりません。あなた方は、それをやりますか。(はい)。今朝、私の話しを聞いて、そのように思えてきたのですね。それではやりましょう。(はい)。

 本当に不思議なことですが、私がアメリカの永住権を受けて、昨日で満六年になります。それできょうは七年目になるのですが、きょうは私たちの教会創立記念日となっているのですから、うまく合っています。気持ちが良いのです。七数の目的は何かというと、安息ではなく、愛の理想実践が目的です。それでこのように話しをするのです。この愛の戦いを、あなた方に相続したいのです。「私はそれを相続します」という人は、手をあげてごらんなさい。(はい)。それでは私は荷物を持って、アメリカを旅行してもいいですね。私が悪口を言われてきたのは、この世をかけて、アメリカを自分よりも愛しうる数名をつくるために、六年間、血と汗を流しながらやってきたからです。今や私は六数を完成し、七数を建設し、五色の人種を集めて、それを認めくる群れをつくりました。

 私は韓国人であり、あなた方はアメリカ人です。あなた方は私よりも、もっとアメリカを愛さなければなりません。あなた方は、私がアメリカを愛するよりも、もっと愛せますか。そのためには鼻を半分、切り落としてもいいですか。(はい)。アメリカのために不具になって死んでしまってもいいですか。(はい)。「はい」と言う人は手をあげてごらんなさい。それで結論は、愛のためには、アメリカをかけて死ぬ、世界をかけて死ぬ、神をかけて死ぬ、ということになります。そうしたら死ぬといっても、滅びたとしても、実際には滅びません。イエス様はその愛を実践できない立場だったから追われてしまったのであって、世界のために愛を実践して死ぬならば、世界の指導権を握るのです。そはどれほど巨大なことでしょう。あなた方もそうだと思いますか。あなた方も、そうしますか。(はい)。

 アメリカの建設

 思えば、驚くべき所がこの場です。堅いセメントの床の上に座って、腰が痛いけれども、愛の巣であるというのです。あなた方は腰が痛かったりしますが、それは恵みなの.す。それゆえに愛が良いのです。

 統一教会は世界を中心として愛の戦いを起こし、勝利の一方通行をしようとしましたが、それが反対されることによって道がすべて塞がれてしまいました。これを再び時を待って、新しい摂理を中心とした、愛を中心とした、全体通行ができる準備をしなければならないのです。自由世界が一つになれば問題はありません。アメリカが一人でやっていては危ないのです。現在、アメリカが滅びることを願う人がどれほどいるか、あなた方は知っていますか。人は序薬を飲み、性の乱れが起こって、みんな滅びるようなことばかりです。共産世界・自由世界の中で、アメリカのためにやる人は、今までたった一人、レバレンド・ムーンだけです。レバレンド・ムーンが来て、すべての人力を動員して、この国を建設しようというのです。

 それはなんのためですか、統一教会のためですか。それはアメリカのためであり、世界のためです。それにもかかわらず、「お、レバレンド・ムーンがアメリカを呑みこんでしまおうとする」などと人々は言っています。あなた方もそう思うでしょう。(いいえ)。「いいえ」という中には、少しぐらい反動分子がはいっているのではないですか。(いいえ)。はいと言う人は手をあげてごらんなさい。それでは、私がどんなことを言っても不平は言いませんか。(不平はありません)。それでも「はい」ですか。(はい、そうです)。それではアメリカは勝利するでしょう。十年間だけ耐えて頑張りなさい。(はい)のような人と、このレバレンド・ムーンが、全アメリカを中心として世界の問題を考え、ホームチャーチとともに働けば問題はありません。

 そうなればアメリカは、黒人や有色人を反対したりする国ではなくなります。有色人種や黒人を白人よりももっと愛せる、そのようなアメリカとなるのです。アメリカが一つとなっらどうなるかといえば、あのダウンタウンの良い家を黒人たちの悪い家と、なんの保障もなく交換して住むようになるでしょう。すると神様はそれをみて、「あ、白人はよいことをしているな」と気持ちよく思うでしょう。そうなるのです。今まではそれができなかったけれども、統一教会の思想が入れば、それが可能でしょうか。どうですか。(可能であると思います)。これかやは白人と黒人が鼻を切って、白人は黒人のを、黒人は白人のをつけて喜び合える。また、耳も片っぽずつつけて喜べる、そういうことになるかもしれません。べつに「そうしなさい」と言うのではありません。そうなるのでかもしれないという話しです。きょうからそうする人がいれば困りますね。反対されますよ。

 私たちは反対して受けているからこそ滅びることができません。神様が滅びることはできないのです。ですから神様は、世界が統一教会に反対しても放っておいて、そのかわりに恵みを増してあげようと思われるのです。個人で勝利して家庭をつくり、家庭で勝利して民族をつくり、民族で勝利して国家をつくり、世界で勝利して神の国を造りなさい、という運岡をせざるをえないのです。

 統一教会のおもな歴史

 サタン側から全体的に反対を受けながら、一九五四年、教会を創設することによって、戦いが始まったのです。その時、既成教会や韓国政府など、みんなが反対し、私はたった一人でした。みんなが「滅びなさい」と言って、世界的な運勢を引っぱったレバレンド・ムーン一人を全世界が打ち、反対しました。

 それで一九五五年、事件が起こるのです。私は監獄に入ったのです。七月四日です。「レバレンド・ムーンを捕まえて殺せ」。その時の罪名は、共産党であるなど、この世で最も悪い罪名を、すべて私に負わせるのでした。過去の誤ったすべても、みんなレバレンド・ムーンに負いかぶせるのでした。最も悪いことは、みんなやったというのです。そういう中にあっても、私は黙っているのです。しかしいくら調べてみても何もないので、仕方なく無罪釈放になるのです。そしてその次から、また新たに始まるのです。反対するのを切り捨ててしまってやるのです。

 一九六〇年になると、祝福が始まりました。今まで四三〇〇双です。それは韓国の四三〇〇年にあたります。そしてまたイスラエル民族の四三〇年にあたります。そこから世界的なイスラエルの出発となるのです。四三〇年ぶりにエジプトからイスラエル民族の解放が始まったのと同じように、統一教会においても、四三〇〇年ぶりに新しい出発、世界史的なことが始まり、世界へと伸びていくのです。一九六五年、私は初めて聖地を定めました。世界史的な出発です。四十カ国を中心として一二〇カ所です。アメリカは各州を一つの国の代表としました。そのため、戦いの結論が、ここにおいてなされるということは、そのときからわかっていました。そのことはあなた方も大体知っていると思いますが、もっと詳しく説明するには時間がありません。

 七七七家庭から始めて世界史的な出発が始まりました。五色人種を中心として、ここから内的外的な基準を立て、世界史的な祝福時代へ入っていくのです。一九七〇年です。そのために地上も一つの条件を立てたし、祝福基盤も、人も、世界的な条件を立てたことになるのです。それには五色人種が全部含まれるのです。それで七〇年代から統一教会は前線でヵ動するようになりました。それでも今も皆は、前線に出かけていっているのです。前線での活動にまだパスできていない人は、手をあげてごらんなさい。あなた方はさっそくこれから前線でパスするために出かけますか。そのとき、自ら進んで行きますか。それとと、いやいや行きますか。(自ら進んで行きます)。あなた方は私が今、前線で活動していると思いますか。思いませんか。(やっておられます)。私はあなた方の何百倍、何千倍もやっています。そういうこと.世界的な時代に入ったのです。

 あなた方はいつも、祝福してほしいと思っているでしょう。あなた方が私と、これから三年間、愛の戦いにむかって走ってみましょうと決心すれば、私も考えてみましょう。その時、男性が勝ったら右へ、女性が右へ並ぶようにします。そうしてもかまわないでしょう。(はい)。勝利のみ、あります。

 それで、あなた方はホームチャーチをするのに一日二時間やると言っていますが、それはとんでもないことですよ。女性が一日に十回行ったと聞けば男性は十二回、また、男性が十五回行ったという話を聞いたら女性は十六回行くのです。お互いがそうしたら、一日、二日、三日、四日、一週間たっても、「三六〇まわって帰りません」と言う戦いが始まるのです。寝ないで立ったまま、お互いが向きあって断食をするのです。考えてみれば壮快な話しです。このようにして立っていると、その周りの三六〇軒の人々が見物をするようになり、一日にして三六〇軒全部を伝道してしまうことになります。「なぜこうしているのか」と聞かれれば、「あなたのためです」と、どんなことでも言えるのです。そうしてみると自信がありますか。(はい)。

 話しは変わりますが、あなた方は祝福してもらうのが好きですか。アメリカ式に、あなた方だけで結婚すれば良いのではありませんか。(いいえ)。なぜですか。(良くないからです)。なぜ良くないのか、私は知っています。それは私ほど、人を見抜くことができないからでしょう。率直に言っていいのですよ。私はその場に参加できるという自信があなた方にはありますか。私も自信がないのに、あなた方は自信があるのでか。男性はそれほどまでに女性が好きで、女性はそれほどまでに男性が好きなのですか。本当にお互いを必要だと思うのですか。(はい)。あなた方は、祝福は愛の戦いに出発するためのものであることを知らなければなりません。それで愛の戦いにおいて勝利の歓声をあげれば、夫を迎えて結婚するのであり、妻を迎えて結婚するのです。他の人たちは結婚して、おもしろくハネムーン(新婚旅行)などしますが、私たちはハネムーンではなく、ハネウォ(戦い)であることを知らなければなりません。そして次に、結婚して旅行に行けば、ハネムーンではなく、ハネサンとなります。ここでハネサンという名詞がつくられるのですね。

 このようにして私たちは、第三次七年路程が終わるまでに四千双の祝福をするのです。いつ三次七年路程が終わるのかといえば、八十一年です。そのための準備をするのです。

 新しい時代

 話しはもどりますが、このような戦いをして、一九七七年二月二十三日、新しい時代に入ることを、私は発表しました。その時、私は、お金も権力も、どんな基盤も、みんな何ひとつとして羨ましいものではありませんでした。たとえ神様が世界を捨てたとしても、統一教会は捨てることができないという結論がでるからです。下に敷かれていた人が上へとのぼっていくようになり、このようにして同じ立場に立つようになるのです。こうして三年がすぎて八〇年になれば、まわるようになります。アメリカの政府も国会も、教会に対して反対することができなくなるでしょう。そして世界の人々は、罪のないレバレンド・ムーンに対して、罪のないイエス様を打ち殺すためにやったのと同じに、アメリカが罪を犯したことを知るでしょう。そうしたら国家水準において、あのヨーロッパやアフリカなどの大統領は、レバレンド・ムーンを歓迎するでしょうか。しかいでしょうか。

 私たちはそのときになったら、ジャンボ・ジェット機を買って、今まで苦労した人たちと一緒に、ヨーロッパにもバンドを十個ぐらいつくらなければなりません。そして踊りを踊ったりするようになります。どうなるか考えてごらんなさい。人々が反対していた統一教会が、これほどまでに発展したのに、反対されなくなったらどうなるでしょうか。考えてごらんなさい。祝福を受けた家庭同志の同窓会もあるでしょう。それを聞くときは、世界から今まで反対してきた人々が集まり、多くの人は「どうぞようこそアメリカへ」と言うようになるでしょう。なぜでしょうか。なぜなら統一教会は愛のための戦いのチャンピオンですから、これは歓迎しない国がないのです。これをあなた方は体験するようになるでしょう。子供たちも、「よいしゃ、よいしゃ」と歓迎するでしょう。これはきっとブームになることでしょう。これはすばらしいことですか、すばらしくないことですか。(すばらしいです)。では、やりますか、それともやりませんか。(やります)。

 あなた方はきょうから、反対を受けたら一針ずつ縫って尾をつけなさい。そして千万の尾を糸まきに巻きなさい。そのようにアメリカやイギリス、フランス、アジアがみな、その糸まきの尾についていると思えば、あなた方は気分が良いですか、それとも良くないですか。それと同じく、あなた方はなぜ、私を好きなのでしょう。なぜなら私は愛の戦いをしているので、たくさん悪口を言われ、尾が長いからです。

 今年の夏、私はあなた方をまぐろ釣りに連れて行きたいと思いますが、志願する人は手をあげてみなさい。(はい)。男性だけです。船は一艘しかありませんので、船をもっと買って、あなた方もキャプテンにしてあげます。(はい)。やりますか、どうしますか。そしたらあなた方は夫を海の男、キャプテンにするつもりですか。(はい)。ということは、夫たちが漁夫になることを願うのですか。(はい、いいえ)。「はい」と「いいえ」のどちらですか。イエス様は海で魚を取るペテロを弟子にしましたね。漁夫は悪くないのですよ。アメリカの女性は男性よりも強いので、男性は魚をいっぱいとってきて始めて、「あ、私の夫だ」と認めてもらえるのです。アメリカで一番悲惨なのが漁夫です。その人たちを良い暮らしにするのです。このようにすることによって、陸地が避暑地になるのです。私がそうするでしょう。

 愛の法によるホームチャーチの勝利

 私たちが排斥を受けて滅びるように言われながらも、教会創立をして二十五年たちました。それは四分の一世紀になりますが、そのようになるまでの苦労話をしようと思えばきりがありません。世界でレバレンド・ムーンを知らない人がいるでしょうか。とくにアメリカでは、あなた方はレバレンド・ムーンを最高だと言いますが、アメリカの人たちは最低だと言いますね。良い意味におけるトップではなく、悪い意味にけるトップなのです。あなた方も一生懸命働いて世界を救い、国を救いえます。最近はいった人でもやることができますね。そのために、訓練させるのです。あなた方は心配なことや困難なことがある場合、私のかわりにそれをしたいと思ったり、私が困っているだろうと思ったりしますか。そのような基盤をつくらなければなりません。

 統一教会において、これからの復帰摂理の終着点はホームチャーチです。このホームチャーチから拡がっていくのです。私たちが二十五年間で、ホームチャーチ運動まで宣布することができたことは、偉大な成果です。天と地上がみんな祝福することです。私が苦労してきたのは、これをつくるためでした。イエス様が死んだのも、これをつくるためであり、神様がイエス様を送ったのも、これをつくるためでした。そうすることによって、ここから天国が開かれるのであり、それゆえにイエス様は、ペテロに天国の門を開ける鍵を預けていかれたのです。

 私は一生の間苦労しましたが、あなた方は一生の間栄光を享受するのです。これから二十五年間、このようなことをするとしたらどうなるでしょう。そのときには歓迎を受ける栄光の時代がくるのです。私の受けることのできなかったすべての栄光を、みなあなた方が受けるようにしようとするのが私です。そのような歓迎を願う戦いが始まるのです。神の愛をみんな一束に包んで、その時代と環境に合わせるのです。あなた方は今、ホームチャーチが早くできたらいいと思いますか。(はい)。一万名がはいったら、このニューヨークは完全に統一教会になります。ニューヨークがホームチャーチにはいれば、全アメリカがはいったことになり、それは世界がはいったことになります。それでニューヨークを摂理史的な一線であると宣布したのです。

 小さい人と大きい人が戦っている時、小さい人が正義によって戦っている場合は、「もっとやれ」と応援するのです。「戦うな」と言わないで、まちがいなく正しかったら「負けてはならない」と言うのです。そしてもしできなかったら、最後に「こいつ」と自分が相手になるのです。統一教会もそうでなければなりません。悪いのは許すことができず、良いことは計画を立てるのです。女性でもまちがったら罰を受けなければなりません。

 愛というのは無条件に愛するのではなく、良いことと悪いことを年別して愛さなければなりません。それをしなかったら愛であるかどうかわかりません。愛というのは無条件に愛するのではありません。正しいことであれば堂々と主張するのです。話でうまくできなければ計画を立てて、「あなたと一度やってみよう」と勝負するのです。これがアメリカの開拓時代です。卑屈な人になってはけません。「打って愛しなさい」というのではなく、愛して、それでもきかないときは打つのです。そうすれば長ずるのです。わかりますか、なんの話か。そのような愛の法によって、すべてを明らかに、内と外を分けておかなければなりません。

 これかやあなた方はホームチャーチ運動を中心として、このような歴史的なすべてのことに対し、愛の心ももって愛を与え、誰もがみんな受けたと言えるようにしなければなりません。愛をもって、それでもできなかったらそのときは、「自分がどうして悪いのですか。何をまちがっているのですか」、「私はあなたの家へ行って、どんな悪いことをしましたか。この村に来て、若い人に対して、私が悪いことをしたのはなんですか。年とった人にどんな悪いことをしましたか」と言える才能が必要です。そういう強力に言える才能が必要です。

 神と私とあなた方の愛の鎖

 アメリカが私に反対するとき、はじめ私はアメリカを愛したので、みんな罪になってしまいます。ですから、私たちはその者を罰するのではなく、教育するのです。これが愛です。悔い改めることができるように教育して、私たちと同じ立場に立てるようにするのです。生かしてあげるのです。私はアメリカに対する資料を収集するのに、三年半かかりました。これから私は、こような基盤を整えたので、責任がなく、たとえ私が死んだとしても、私は霊界に行って讒訴される条件がありません。しかし、あなた方は違います。統一教会のあなた方は、これからの二十五年を、神様がやってきた以上に行なう決心をするのです。そう決意することのできる二十五年こそ、記念日として祝うこおのできる日なのです。

 ホームチャーチをする二十五年間を考えてごらんなさい。どうなると思いますか。それはあなた方が主人公となり、神が共におられるようになります。私が世界的であるから、あなた方も世界的になり、神が私を知っていてくださっているように、これさえやれば、神様はあなた方を覚えてくださいます。このような特権を与えようとするのに、それを「いやだ」と言う人は滅びてしまうことでしょう。私が世界的な基盤を整えるとき、また私が苦しいときには神様が慰めてくださったりしましたが、あなた方の困難なときは、私が導いてあげます。そして、私とあなた方と、ホームチャーチのメンバーが、永遠に共に生きるようになるのです。私たちは愛に陶酔してしまうのです。愛の鎖でつながれているので、切り離すことはできません。霊界においてそうなっているのです。そのような戦いを、あなた方はやってみますか。(はい)。

 あなた方は私が本当のことを言っているのか、嘘をついているのか、一度テストしてごらんなさい。もし、あなた方の地域のホームチャーチメンバーが死んだとしたら、自分の父、自分の妻、子供が死ぬこと以上、寝るのも寝ないで涙を流して悲しんでごらんなさい。寝なかったことを人には言わないで、朝昼の食事をしなくても食事することを忘れるほどに、愛してごらんなさい。そのような場においてこそ、愛の鎖がつながれるのです。あなた方はサタン世界よりも、より優れなければなりません。サタン世界の忠臣よりも優れなければならないのです。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.10.16 00:37:32
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