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2021.10.20
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​「摂理から見たアベルの正道」(その2)

1979年12月30日


 神様の理想的文化圏を中心とするレバレンド・ムーンの歩み

 それで、レバレンド・ムーンは生まれて今日まで何をしてきたかというと、この養子圏を中心として、僕の僕から耐え難い苦痛を経て、養子の道理、特権を賦与される恵沢を受けたのです。それでは、レバレンド・ムーンはどのようにその権利を受けたのでしょうか? サタンと天から、蕩減復帰をしてサインを受けたというのです。世界を代表した戦いで、個人的勝利、家庭的勝利、氏族的勝利、民族的勝利、国家的勝利、世界的勝利のサインを受けてきたのです。二〇〇〇年の間、また数千年の間の歴史を連結させ、その収拾をみな終えたのです。

 この意味を知るだけでもどれほど大変なことか分からないのに、それを成し遂げることはどれほど気が遠くなるようなことでしょうか? しかしこれを成就しなくてはならないのです。これをレバレンド・ムーンが一生捧げて、今までやってきたことなのです。

 そのため、レバレンド・ムーン自身は天の国の伝統と、自分の伝統を立てるために、神様が立てようとなさる理想的文化圏を中心にして、不信の息子になるまいと、それこそ身を震わせながら父母様の理想天国、天国理念を失敗してはならないと、いかなる立場に立ってもこの仕事を越えてから死ななくてはならないと、そのような努力をしてきたのです。

 サタンの全勢力を相手にして、個人的に打たれて、サタンをノックアウトさせれば、次に家庭的に打ってくるのです。家庭的にノックアウトして、氏族的にノックアウトして、国に打たれ、世界に打たれ、それで六〇年代でお母様をお迎えすることになったのです。それでお母様も絶対服従するのです。お母様は今まで、この道を築いてきたのです。女性は何も言わず、絶対服従するものです。

 二十年の間、このように迫害されながら一次七年路程、二次七年路程と、自らの家庭を犠牲にして、子供たちを全部外に出して苦労させなくてはなりませんでした。その次は統一教会全体を苦労させるのです。統一教会でも祝福家庭を前線に出して苦労させなくてはならないのです。それには不平を言ってはならないのです。アメリカだけでもなく、韓国だけでもなく、日本だけでもありません。それは伝統なのです。

 堕落はエバが神様を否定し、夫を否定し、息子を否定したのです。ですから天の側の子供と夫を全部否定していかなくてはならないのです。これを知らなくてはなりません。それで、自分の夫や子供たちにも「行きなさい」と言うのです。そしてどこへ行くかというと、一番苦しい所、一番遠い所に行くのです。そしてそれに不平を言ってはいけないのです。このエバのために、自分も苦労をし、イエス様も亡くなり、聖徒たちがみな犠牲になってきたのです。先生は原理の伝統を立てているのです。それを成すべきでしょうか、どうでしょうか?

 では、先生は個人としてどのように準備したのでしょうか? 神様の息子、娘としてのアダムとエバが堕落したことによって、全霊界が散り散りに分かれてしまい、すべての秩序が乱れてしまったために、霊界の分裂を付合させなくてはならなかったのです。アダムの伝統に基づく霊界として、統一しなくてはならなかったのです。何の話か分かりますか?

 堕落はどこで始まったかというと、霊界においてです。ですから統一的な約束を神様と結び、地上に来て迫害される中で構成されていく統一的な家庭を経ることで、霊界の統一も展開するのです。先に霊的な世界で、皆さんたちは公認を受けて来なくてはならず、神様のサインを受けて来なくてはならないのです。

 それで誰が一番先にその霊界に行くかというと、堕落に対し相反的な結論になるのです。それはアダムだというのです。永遠なる信義の人、永遠なる愛の人、永遠なる天の人としてのアダムなのです。そしてこの地上でもつれたものを次々と解くのです。そのもつれはどこから始まったかというと、家庭からです。それで統一教会は家庭から解かなくてはならないのです。それが問題です。

 そのために妻は夫を天の人として信じるのです。絶対に信任しなくてはならないのです。白人であろうと黒人であろうと信じるのです。それでこそ、その二人の間の愛は引き離すことができないものであり、神様も国家も引き離すことができないものです。また、サタンも引き離すことのできない、先生も引き離すことができないものです。そのような愛で夫に従っていくのです。夫が妻について行けば打たれるのです。夫がつれて行けない時、妻は「私のために強く雄々しくあってください」と激励しなくてはならないのです。夫は自分の力で乗り越え、そして妻を引き上げるのです。そのような道を先生の家庭が行ったのです。どのような複雑な環境にいたとしても、その原則は守っていかなくてはならないのです。

 お父さんと夫を見てみる時に、夫よりもお父さんに仕えるほうがたやすいのです。ですから夫は、「私を愛さなくても、私から離れても神様をより愛さなければなりません」と、そう言わなくてはなりません。それはなぜかというと、完全なる神様の愛を体験するためです。完全なる天の愛をエバが受けるためです。神様が、神様の愛に加えて、夫の愛プラス息子の愛で私を愛してくれるのです。そのような人が神のもとへ来れるのです。そうせずしては来られないというのです。分かりますか? もし皆さんが夫から、「あなたは私をどれだけ愛していますか」と尋ねられた時、「神様よりも、息子、娘よりも、誰よりもあなたを愛します」と言うのがいいですか、「あなたを夫として愛します」と言ったほうがいいのですか? ですから、レバレンド・ムーンは妻を捨て、息子を捨てて神様の所に行ったのです。しかしその神様は、私に父の愛、妻の愛、息子の愛まで与えてくださったのです。そのために、私が神様の代わりに役事してあげることができるのです。

 それでレバレンド・ムーンが世界で自慢することは何かというと、父も愛し、妻も愛し、息子・娘の三代を愛することのできる男になったということです。これが問題なのです。それでサタン世界はレバレンド・ムーンに対して飛びかかってくるので、レバレンド・ムーンの道は全部犠牲になるのです。この世にはそういうことはないのに、なぜレバレンド・ムーンだけを打つのでしょうか? それは神様をもっと愛するようにです。これが原則です。何の話か分かりますか? このことを慣例ではなく、理論で整理するのです。

 このことを皆さんに与えようとするので、父母を捨て、妻を捨て、息子、娘を捨て、家庭を捨ててきたのです。これが神様のみ旨と関連するので、生活的になさなくてはならないために、皆さんをそのような所に送り出すのです。そうすることで、先生はエバが堕落したすべての怨恨をみな払い落としたのです。神様と息子・娘時代、夫の時代、この三代にすべてに失敗したものを払い落とすのです。これが四位基台です。本然のアダム・エバの主管圏です。

  神の息子、娘になる道

 それで結婚とは何かというと、夫の愛を経て、夫よりも神様を愛するのであり、妻よりも神様を愛するのであり、息子・娘よりも神様をもっと愛することです。それが伝統になるのです。そして、天の世界を自由に飛べるようになるのです。

 統一教会の祝福を受けた家庭において、神様よりも妻に未練があり、子供に対して未練があるという時、それは引っかかるのです。それは天の側にいるのでなく、サタン側にあるというのです。霊界も、神様以上に家庭を愛して行ったならば、天国の門も閉まってしまうのです。「お前は誰を一番愛したのか?」と。ですからイエス様も、「私の弟子になるためには、誰よりも私を愛さなければならない」と言ったのです。このことを誰もこれまで説明できなかったのです。皆さんはこのことを誰によって学んだのですか? (先生によってです)。レバレンド・ムーンによってです。このレバレンド・ムーンがそういう人であることを誰も知らないのです。皆さんも知らないでいたのですね。

 これらを全部知ってみた時に、自分は今まで統一教会の信者として本物であったのか、偽り者であったのか? (偽り者です)。自分は果たして統一教会の人か、サタン世界の人か、天の側の人かというのです。自分自身で確実に分かるでしょう? (はい)。

 五時間たちましたね。きょうは一番重要な話をしたのです。この話はアメリカ大統領の就任式でする演説よりも、ずっと重要であることを知らなければなりません。「この席で私は眠ってしまった」「家で眠ってしまっていた」という人は、その看板が霊界に行っても、ちゃんとくっついているのです。

 神様の息子・娘になることはたやすいことでしょうか? アメリカの大統領になることも難しいのに、韓国の大統領になることも難しいのに、神様の息子になることはやさしいことでしょうか? これは歴史上一番難しいことです。こういうことを聞くだけでも、きょうはレバレンド・ムーンに何千回感謝しても行かなくてはならないことです。

 このような重要な話をどうして知ることができたのでしょうか? どこかのコンサイスに記録されていたのでしょうか、図書館の本棚にあったのでしょうか? 皆さんは、先生がそれを何をもって知り得たのか分かっていないのです。私が神様の心臓の上で原子爆弾のような大砲を、五〇〇発ぐらい撃ったので、それが得られたとでも思うのですか? 世界を遊覧しながら、自分勝手にそういうことができたとでも思いますか? (いいえ)。徹底して研究して現代の知性人たちにも理解することのできる本を作ったということを考えると、「偉大だ」と言うのです。これは神様も今までできなかったことです。ですから、神様の心情を中心にして、霊界に行った数千億の人たちが、「レバレンド・ムーンは偉大なる先生であり、我々が知らなかった天の心情を教える先生だ」と言うのです。

 皆さんは、先生に対してどのように考えていますか? 別に大したこともなく、聖日に出てきて説教をしてくれるくらいの先生だとでも思うのですか? その背後の何たるかを知っているのでしょうか?

 先生は行けば行くほど、もっともっと新しい話をするのです。それでお母様も先生が好きで従ってくるのです。神の息子の責任を果たすために、こういうことを知ったのです。息子になることのできる使命を果たして、息子として初めからそのような座に行ったのでなく、この世で一番悲惨な、野良犬が行くような道を歩んできたのです。この道を僕の僕から築いてきたということが、「偉大だ」と言うのです。それを知らなくてはなりません。

 僕の僕。その務めを私は果たしたのです。私は僕となって道を開き、養子へと開いてきたのです。キリスト教の牧師、博士といわれる人たちに、天で使える者が一人もいないので、私が責任を負ってやってきたのです。

「僕の僕という話をする時は、私のことを言っているのです。僕という話は私のことを言っているのです。また養子の話は他人の話ではなく、私のことを言っているのです。さらに息子として仕えたという話は、他人の話をしているのでなく私のことです」と。神様の心情を知っているため、そのようにするのが息子の行くべき孝誠の道理として考えたために、こういう道を経てきたのです。

  神様の前に絶対に不平のない統一教会の伝統

 神様の息子の位置で、私は養子になり、たとえ僕の僕の位置で死んだとしても、私は息子の位置でかつて死んだ人以上に、その人に尽くしたのです。ですから、見えないサタンも讒訴できないのです。「神様の息子がどうしてこのような位置にまで降りて来てこんなことをするのか?」などとは言えないのです。僕の僕の道は、私が願って行ったのです。イエス様がゲッセマネの丘で三回の祈祷をする時、「この杯を私から過ぎ去らせてください」と言いましたが、私は僕の位置に行っても、そのように祈祷することができませんでした。「私は自ら願ってこの杯を飲みます。たとえ僕の僕の位置で死んだとしても、お父様の願い以上の位置で死んでいきます」と祈ったのです。

 先生ですらこのような道を歩んできたのに、皆さんは何を望むのですか? 神様の息子、娘になるというのですか? たとえ神様の僕の僕になり、何千倍尽くして死んだとしても、神の前に不平を言えないのです。それが統一教会において受け継がなくてはならない伝統であると私は考えるのです。何の話か分かりますか? 私たちは天の前に不平が言えるのですか? 私はありとあらゆる悔しい目に遭っても、私は不平を言ったことがありません。私はどういう所に置かれても、「神様、私をどうしてこのような所に送ったのですか?」とは言いませんでした。手錠をかけられて監獄に入っても、「神様、私をどうしてこのような道に送るのですか。息子に栄光の座を約束したのに、これは何ですか?」と言うのではなく、「あなたの心情はいかばかりでしょうか?」と祈るのです。何の話か分かりますか? (はい)。

 皆さんは、苦しければ「苦しい」と言い、寝なければ「眠たい」と言い、食べなければ「おなかが空いた」と言い、寒ければ「寒い」と言える、そういう位置に立っているのです。おなかを空かし、寒さに震え、休むことのできない人を見つめる神様が、どれほど悲惨であるかということを知っていますか? それを知らなくてはなりません。

 そうであるために、神様がいるとすれば、レバレンド・ムーンを愛さなければならないようになっているのです。ですからレバレンド・ムーンが苦労の道を行くとすれば、神はいつも友人をつくってくれたのであり、慰労の対象をつくってくれたのです。険しい道では食事を用意して待っている人がおり、車に乗って行かなくてはならないのに歩いていこうとすれば、車を用意してくれる人がいたりしたのです。話そうと思えば、謎めいた出来事が数え切れないほどたくさんあるのです。そのようなことが起こるたびに私は、「この責任を果たさない男に対して、天はこれほどまでに助けてくださるのか、私は死に値する罪を犯しました」と、このようにしてきたのです。「死なんとするものは生きる」と、先生は一生の間そのような道を歩み、今日まで生きてきたというのに、皆さんは何年間苦労してきたというのですか? 神様はこの歴史を、このあと一〇〇〇年をおいて復帰しなければならないというのに、その神様のみ旨を考えてみる時、私たちが不平を言うことかできるでしようか?

  「死なんとする者は生き、生きんとする者は死なん」

 きょうは、一九七九年最後の聖日です。八〇年代に向かって越えていく前日です。怨恨多い七〇年代は過ぎ去り、希望に満ちた新しい八〇年代に向かって越えていかなくてはならない今、世界でレバレンド・ムーンを知らない人はいません。一度であっても、レバレンド・ムーンの話を聞いたことがないという人はいません。みな聞いているはずです。レバレンド・ムーンを知らない人は、この世のことも知らない、新聞も見ない、ラジオも聞かない人たちです。国に関心がなく、この世に関心のない人たちです。しかしそれほど悪い人たちなのに、滅びるはずなのに、今も残っているということを考える時、それは一度訪ねて行くべき人々ではないでしょうか? ですから足が腫れても、かたわになるまで訪ねて行って話をするのです。

 皆さんが行き、反対されて、悪口を言われながらも、監獄に行くほどに皆さんが州や町や村の人々すべてに話せば、彼らはもう知らなかったとは言えないのです。そのようにして、伝道のパンフレットを配って歩くのです。そして迫害され追われる人に一円を恵んだことが、千万金を与えたよりも、もっと神様が心に留められるために、その人を忘れられなくなるのです。金持ちには絶対にムーニーを後援する人はいません。黒人たちと貧しいスパニッシュたちしかムーニーを後援しません。

 ムーニーは次第に大きくなり、良い暮らしをしているアメリカの人たちよりも、もっと繁栄することでしょう。何の話か分かりますか? (はい)。しかし、私たちは栄光なるこの富と祝福を神様のみ前に返すのです。私たちは涙とともに感謝するのです。自慢して感謝するのでなく、涙で永遠なる神様にすべてを返すのです。かつてレバレンド・ムーンは、金もなくて夕食なしで生活したのです。すべては天のものです。私のためのものであれば、既に使ってしまっているでしょう。ですからこれら全部を、誰か引き受けてくれればいいと思っています。(笑い)

 私がどこかに出張する時は、有名な食堂には行かず、マクドナルドの店によく行ったものです。「あの人はレバレンド・ムーンに似ているけれど、まさかレバレンド・ムーンがこんな所に来るはずがない」と。レバレンド・ムーンに似ている人が来ていると思うのであって、この人がレバレンド・ムーンだとは夢にも思えないのです。(笑い) 私が世論調査のためにラスベガスに行っても、レバレンド・ムーンとよく似た人が現れたと言って、レバレンド・ムーンとは考えられないのです。

 先生はこの世を知り尽くしているのです。何の話か分かりますか? 知らないことがないのです。キャバレーの背後がどのようになっており、マフィアの背後がどのようになっており、麻薬組織がどうなっていて、共産党の背後がどうなっているのかを知らなければなりません。

 先生は、何をしていても自然のように見えるでしょう? (はい)。先生は山に行けば即座に山の人になるのです。海に行けば海の人に、農村に行けば農夫になるのです。学者の世界に行けば学者になり、どんな学者をも相手に理論を語り合うのです。(拍手) 先生はやらないことがありません。乞食にすらなってみたのです。ござに座り、寝る時、「神様の息子はこのように寝ます」と。これはどれほど詩的なことでしょうか。

 このような天の事情を皆さんは先生から学ばなくてはならないのです。先生が話す時、皆さんはひっくり返って逃げようとして、「私は聞くのは好きですが、行動は嫌です」と言いませんか? 話を続けますか? (はい)。

 先生は皆さんよりも、ソ連にいる地下運動の人たちに対し、また共産主義の衛星国家で地下運動をする者たちに話してあげているつもりです。皆さんと先生との間にどれほど遠い距離があるかということを知らなくてはなりません。苦労を感謝し、自ら死へ進むその道のみが自由に語ることのできる環境をつくれるのです。それは、私がその同じ立場を通過したから分かるのです。皆さんに苦労させるのは、そのような事情をみな知っているからです。アメリカのメンバーは、日本の食口の心情基準からはまだ格差があります。また、韓国で先生が通過したことを分かっていないのです。

 さあ、そのように、養子になる道は難しいのです。さらに、息子になる道はどれほど難しいことでしょうか、父母となる道がどれほど難しいことでしょうか? それを知らなくてはなりません。天が立てた息子になり、父母になろうとすれば、天の国の法度と地の法度を取得しなければなりません。ですから天の法度と地の法度を先生がつくって宣言したのです。ところが、この世が私について歩調を合わせないために、私一人ででも歩まなくてはならないのです。そうしながら、「神様、私がこの仕事に責任をもちますから、私に少しだけの時間をください。少しだけ待ってください。そうすれば私がアメリカで、今までの十倍の力でこの仕事を完成させます」と祈るのです。

 そうすれば、みな越えて行けるのです。それがアベルの行く道です。摂理的歴史観です。そのような道を行って、神の息子、娘になりますか? (はい)。それはとても難かしい道です。私が泣きながら生きてきた場であり、私が泣きながら生きてきた位置なのです。その道においては、目と口は閉じなければなりませんでした。ですから「目を閉じろ、口を閉じろ」と言うのです。

 皆さん、ハーバード大学に入ると、卒業の合格点を取ることはどれほど難しいことでしょうか? 泣きながらでも勉強しなければなりません。降りることはできないのです。それが運命です。その合格点を取らなくてはならないのです。先生もこの道に合格するためには、雨が降ろうと雪が降ろうと、男としての若き青春時代をかけて、一生をみな水泡に帰したつもりでやってきたのです。

 誰もアベルの歴史がこんなに難しいものとは、夢にも思わなかったというのです。今日の宗教家たちはただ盲目的に信じて、天国に行けると言うのです。そんな人は、私とは千里万里の距離があります。

 皆さんはそのようなレバレンド・ムーンを必要とするのですか? (はい)。私から学位を受けるのは難しいことですが、そのような伝統的な者になりますか、それともいい加減な者になりますか? (伝統的な者になります)。みな落第です。落第者たちです。中途でみな挫折してパスできなかったのです。皆さんはマイクも落ちていったその道を行けると思うのですか?

 私はマイクを愛し、アメリカの責任者にしようと思って育てたのに落第したのです。皆さんにはそういうことも考えていないのについてくるのですか? (はい)。ではやってみなさい。卒業の時が近づくほど、より難しくなるのです。先に統一教会に入って十年たったという人たちは、落第するでしょうか。前進するでしょうか、どちらですか? やってみますか。それとも適当に様子を伺いながら、遊びながら、ディスコにも行って、バンケットにも行って、リゾートホテルにも行って、人のすることをみなやりながら行くのですか、それとも「ええい、どうにでもなれ」と言って、手鍵をはめられ監獄の鉄格子の中に入っても、早く越えるほうを取るのですか?

 いったい全体レバレンド・ムーンは何の命令をするというのでしょうか? それはやったとしても死ねという命令しかないのですから、私は早く死ぬ場に行ったほうがいいというのです。そうすればみな済むのです。簡単です。それで、「死なんとする者は生き、生きんとする者は死なん」と言うのです。簡単だというのです。実践をして御飯も食べず、休まないし寝ないのです。それで死んだとすれば、その人は生き返るというのです。

  ホームチャーチの方法

 そして伝道においても、「ひと月に一人伝道では少ない、毎日一人を伝道する」と言って、それで伝道に行って死んだとすれば、霊界が「どこそこで人が死んだから、お前が行って生かしてあげなさい」と働くのです。十二人が集まってきてその人のために泣くのです。そして「我々があなたの代わりをします」と言って、先頭に立つようになるのです。分かりますか?

 ですからホームチャーチはどれほど大切なことでしょうか。ホームチャーチに行って、「反対する人よ出てこい。サタンよ出てこい。白人であろうと、黒人であろうと、スパニッシュであろうと、東洋人であろうと、出てこい。一度に勝負しよう!」と言うのです。(笑い) どうですか、ホームチャーチをするのに、参考になるでしょう。

 ラッパも吹いてみるのです。その次は近所を一回りしてみるのです。夜はろうそくに火をつけて、一回りしてみるのです。「あなた何をしているのですか?」と聞く人に、「あなたのお父さんお母さんに会わせてください」と言えば、「私の家に行きましょう」と、自然に話ができるようになるのです。そして家に行き、「あなたの息子さんが私を誘ったので来ました」と言えばいいのです。また歌の上手な人は、美しい歌を毎日一曲ずつ歌ってあげるのです。心情を込めて涙を流しながら歌うのです。何も言わずにそのように、一カ月だけやってみなさい。

 その次は、車を一台借りるのです。ニューヨークではゴミが問題になっているので、袋にゴミを全部入れて捨ててきてあげれば、一カ月、二カ月ぐらいたつと、「お金を出しましょう」「私はお金はいりません」「では昼食でもひとつ招待しましょう。夕食を家で接待します」ということになるのです。そこで、「あなたの家はどこですか?」「私には家がありません。私はドン・キホーテのような人間です」。そうすると、食事をさせてくれ、宿泊もさせてくれるでしょう。そのように大事にしてくれるのです。また、小説や詩の好きな人は、「文学が好きですか?」と、文学や詩の勉強をしたい学生に教えてあげるのです。

 おなかが空いた時に、おじいさん、おばあさんに会ったら、「私に御飯を食べさせてください。私のおじいさん、おばあさんは、私がおなかが空いたといえばよく御飯を食べさせてくれました。あなた方は私のおばあさん、おじいさんのようです。私にひとつ昼御飯を食べさせてください」。そうすることに何の問題があるでしょうか。そうして関係を結ぶのです。そして次の日には、カステラでも一箱買って、「人情があり、心が広い、あなたのようなおばあさんにお会いしたいと天に祈っていたのです。おばあさんにおいしいカステラを一箱買ってきました」と言うと、「やあ、若いけれど、うちの孫より立派だ」と、そのようになるのです。そのようにして親しくなっていくのです。そして、その次は茶箪笥を開けて、「これは何ですか。私がきれいにしてあげましょう」と、さっさと掃除をしてあげるのです。すると、「あれ、いつの間に片付けてくれたのか、これこのように青年がしてくれました」と。これでいいのです。これを一日、五分ずつでもやればいいのです。

 また、ある家を五回訪ねたところ、この家の主人が目をつり上げて、「このムーニー!」と言っても、それを「よしっ」と、こらえるのです。それを隣近所の人たちがみな見ているのです。そして、「そのムーニーが泥棒でもしたのか?」となるのです。そこで主人に「あなたは、どうしてムーニーを嫌がるのですか、どんな理由でいじめるのですか?」と、言うのです。(笑い) そして「あなたはムーニーの十分の一にも値しない。ムーニーとはこういう人だ。迫害を受けながら、この国のために尽くし、反対する人を愛でもってカバーするのです」と、近所の人たちが証せば、すべてが終わるのです。

「神様、もう私がムーニーとしての資格ができていますか?」と祈祷して、神様が「できている。しかし、一度ひどいめに遭わせてあげよう」と言うのです。そうして出かけて一度やっつけられてみるのです。すると隣近所の人が、「なぜ罪のない人を、そのようにするのか!」と、ムーニーの味方になるのです。そして、「ムーニーは本当にいい人だなあ。一度行って相談してみよう」と言い出す時、その人は復帰されるのです。毎日訪ねていくことも、劇的にするのです。

 皆さんが七回以上ないがしろにされれば、その家の娘、妻、全部が皆さんの味方になるのです。「あなたの性格には私たちも苦しめられてきました。私はムーニーの味方をします」と言いながら、味方になってくれるのです。

 クリスマスの時などには、飴菓子を一袋買って、サンタクロースの服を着て行くのです。そうすると近所の人たちが集まってくるでしょう。そこで、「飴菓子をあげるから、みんな来てください」と言って、配ってあげるのです。そうしたあとに、サンタクロースの服を脱いでみせると、「あっ、ムーニーだったのか」と、一遍にその隣近所の人々の主人になれるのです。そして、この地域の人々はどうであり、誰々はどうであり、どういう人が福を受け、どういう人が罰を受けるかが全部分かるようになるのです。そこで全部救わずにはいられなくなるのです。

 アベルは大胆でなければならない

 そして三六〇軒の人たちのことを日記につければ、それは必ず残るでしょうし、それが皆さんの財産になるのです。お父さん、お母さんは悪口を言ったのに、息子、娘たちはついてくるのです。そして三十年たてば世代が代わるのです。そういう考え方をしなくてはなりません。アベルは大胆でなければなりません。預言者は大胆でなければなりません。レバレンド・ムーンは大胆ですか? (はい)。

 私はカーター大統領の悪口を言ってもいないのに、悪口を言われているのです。「アメリカに火がついているので、私は消防士として来た、病気になっているから医者として来た、若い人たちを全部救うために来た」と言っているのに、「そういうことは必要ない。聞きたくない」と言うのですか? そのようなことですから、父母を嫌うアメリカの息子、娘たちは、全部レバレンド・ムーンのほうに傾いてくるのです。

「ムーニーはどうだ」とか、「統一教会が何だ」とか言い過ぎた人、良心に呵責がある人、また、「良くやった」と言う人、原理のみ言を聞いて喜ぶ人など、次々と問題が起き、それが継続するほど良いことが生じてくるのです。十年もたつと、ムーニーは良いということを知り、あまりにも反対し過ぎたので悔い改めなくてはならないと、ムーニーがアラスカに住んでいたとしても、飛行機に乗って訪ねて来るということも起こるのです。それを体験したことがありますか? 十年、二十年後に原理を聞いて悔い改めて訪ねて来るのです。歴史がそのようになるのです。

 この前、私が旅行していた時、飛行機の中である人が、「今まで、レバレンド・ムーンや統一教会が一番嫌いだったが、良いことが分かったので悔い改めます」と言うのです。そういうことが多く起こってくるのです。そのような時はどれほど慰労となり、誇りとなることでしょうか。

 それで皆さんは、カイン・ブロックをもっていますか、どうですか? 皆さんたちは何ですか? (アベルです)。先生がアベルとして皆さんを認定してあげるからです。ですから皆さんは、「私はカインです」と人々が言えるように、導かなくてはなりません。「私の家庭はカインであり、あなたの家庭はアベルです」と言う家庭を、約十二軒つくって巡回に行くのです。それはどれほどいいことでしょうか。電話が鳴れば、「どこどこに行って、私の代わりをしなければなりません」。「はい、はい」ということになるのです。そうなればどんなに素晴らしいことでしょう。

「三年前にはムーニーたちは八十人くらいだったのに、今はこんなにも増えました。ムーニーの活動は素晴らしい! 私も一度そうしてみよう」と、言われるようになれば、どれほど発展的なことでしょう。

 近所の人々は皆さんをどのように言っていますか? 人々の中には、「私はこの地域の百万長者であり、どんな高い地位の人も私より低い」と言う人がいませんか? しかしこれからレバレンド・ムーンが、「アラスカへ」と言えばアラスカに行き、「どこどこへ」と言えば全部、海外でも飛行機で飛んでいくでしょう。いつでもそうするでしょう。そのようになれば、「レバレンド・ムーンは悪口を言われてきたのに、本当にうらやましい」と、アメリカの人々が言うことでしょう。またアメリカの事業家たちや、大きな組織をもって何かをやってみようという人もそれを見て、「レバレンド・ムーンはうらやましい」と言うことでしょう。

 皆さんを見る時もそうでしょう。「我々が仕事をするのは、レバレンド・ムーンのためであり、世界のためである」と言うのを人々が聞いた時には、「お前はレバレンド・ムーンの僕か?」と言うのですが、「私は、世界のためにやるのです」と答えれば、それは、どんなに素晴らしいことでしょうか。そこで「やあ、立派な仕事をしている」。そうなるのです。レバレンド・ムーンのためにするのでなく、世界と神様のためにするということは、どれほど素晴らしいことでしょうか。

 命令はレバレンド・ムーンがしたのに、世界のためにすると言うそのことを考えてみなさい。それはどんなに素晴らしいことでしょうか。「レバレンド・ムーンは今はもう年も六十歳になったのだから、間もなく死ぬ。しかし死んだとしても、これらの者は残るのだ。だから世界はこれから先、全部レバレンド・ムーンの思いどおりになるに違いない。いつまでも反対するのはやめよう」。そのように考えるというのです。

  「自分の十字架を負うて、私に従ってきなさい」

 それでこれから先も、台風のようなレバレンド・ムーンの悪口をみな良い意味で聞くというのです。それを何よりもの趣味とするのが、アベルの行く道なのです。それが運命です。私たちが行かなければならない運命の道なのです。どうせ鞭で打たれるなら、虐待を受ける時に一遍に受けてしまうことです。これを残して、延期して受けるならば、一〇〇日打たれても終わらないのです。

 三次七年路程は何かというと、二〇〇〇年間打たれるべきものを、二十年間で打たれたことなのです。打ってみた結果、自分たちは地獄の中にいるのです。ですから二億四〇〇〇万の国民を代表する大統領をはじめ、すべてが悔い改めなくてはならないのです。悔い改めながら、レバレンド・ムーンに、「あなたの言うことを聞いて、何の仕事でもいたします」と言うようになるのです。「それは自由世界を屈服させ、共産世界までも、既成教会までも全部屈服させることのできる準備だったのですか、それは素晴らしい!」と言うのです。

 このように、アベルの行く道とは、アベルになるために、アベルとして承認を受けるために行く道なのです。もし地上でできなければ、天国の霊界に行ってからでも、間違いなくするようになるのです。千倍、万倍も霊界では悔い改めなければなりません。

 この世だけを考えるとすれば、みな嫌になるに違いありません。しかしこのことは永遠なる世界に、一〇〇年、一〇〇〇年、万年が過ぎても、ムーニーたちの誇ることができるものです。迫害した人の後孫が残っている限り、統一教会は滅びません。天は滅ぼすことはできないのです。迫害を受けて私が死ぬとすれば、そこは公園になるでしょうし、ハイウェイが通って、一〇〇〇年、万年たてば、参拝する人々がどんどん多くなるのです。

 今日、レバレンド・ムーンが話していることは、世界の文献の中に、歴史的に残されるということを知らなくてはなりません。歴史の中に消すことのできない事件として残される話だということを、皆さんは知らなくてはなりません。必ず世界の図書館に保管されるようになるのです。これから数多くの国、数多くの民族に覚えられるのです。ムーニーはそのような希望をもって生きるのです。

 それでは、皆さん、「アベルの正道」を歩みますか? (はい)。では皆さんは、アメリカに対する十字架を背負い、自由世界と共産世界の十字架を背負うことができますか? その答えは何ですか? イエス様もそう言ったでしょう。「自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と。アベルが行く道についていくためには、自らの十字架を背負っていかなくてはならないのです。

 若い人で、「私は若い時代に成功しよう」と言う人は、絶対にアベルの仕事はできません。あるいは壮年たちが、「私は壮年だから」と言っては駄目です。一〇〇〇年後に、何百年かののちに、永遠なる世界において成功しようとしなければならないのです。神様の前に行った時、「ああ、お前が来たのか」と言われる人になるのか、「さあ早くおいで!」と喜んで迎えてもらえる人になるのか、あるいは涙を流しながら、「お前は本当にそんなに苦労したのか」と言われる人になるのか、どんな人になるのですか? レバレンド・ムーンは皆さんが涙でもって迎えられることを考えているのです。その時には、神様ばかりでなく、霊界にいるすべての霊人たちが涙を流しながら迎えてくれるというのです。そのようにして霊界に行けば、アメリカで迫害したアメリカ全土の霊人たちが、迎えるようになるでしょう。

 皆さんは、神様の前にどのような立場で行きますか? 神様に迎えられる準備をし、すべての霊界を従えて、涙で迎えられる息子、娘になりますか、それとも僕を使って迎えられる、そのような息子、娘になりますか? レバレンド・ムーンは、皆さんを神様から、すべての霊界から、涙を流して歓迎されるそのような人にしようとしているのです。皆さんが霊界に行ったとすれば、「ああ! うちの誰それの息子、娘が来る」と言って、皆さんを歓迎するようになることが、先生の願いです。それはやさしいことですか? (いいえ)。

 それはどれほど難しいことでしょうか。その涙の一筋は、神様の涙と、すべての聖人たちの涙と、先生の涙と、皆さんたちの涙が、一つになって、太陽に向かって、永遠な世界へ向かって、列をなして昇っていかなければならないのです。そして、神様の喜びがあるなら、その喜びはいつでも皆さんの喜びになるのです。そのような世界に連れていこうとしているのです。

  霊界とはどのような所か

 霊界はどのような所なのか、少しの間話をしましょう。霊界の話をすると、精神病者のようになるから、今まであまり話さなかったのです。

 神様の心情と同参し、同級に立つことのできる心情をもつことができれば何事も可能な世界なのです。これから先、ムーニーが何千万になったとしても、「君たちみな新しい服に着替えなさい」と一言いえば、さっと新しい服にみな着替えられるのです。そして、「バンケットの場所に行け」と言えば、すぐに行けるのです。レバレン・ムーンが、金と銀と五色の絢爛とした装飾の中に座わって、テーブルや椅子も素晴らしく、そこに座わったすべての人たちは、歓喜の愛の中に酔って踊りを踊ることでしょう。その喜びは、一〇〇〇年踊っても疲れることがないというのです。

 ムーニーたちがいかに苦労したとしても、そのもっていた理想を成就して余りある世界なのです。この世のことはすべて、このような道を行くためのものです。先生と一緒にそこに行きたいですか? (はい)。その「はい」がやさしくないのです。

 皆さんは、信じてそこへ行こうとするのでしょうが、先生は信じるのではなく、それを知っているのです。ですからどれほど真剣だったことでしょうか。それで、霊通人たちはみな先生の弟子なのです。そのような真理を、先生が実力で明かしたということを知らなくてはなりません。それで、その世界では既に話す前に内容が分かるのです。考えだけで、皆さんがオペラ歌手になりたければ、オペラ歌手になれるのです。詩人になろうと思えば詩人になり、文学者になろうと思えば文学者になれるのです。心情の世界に通じれば、何にでもなれるのです。

 アベルの世界も、千層、万層と訓練の階段があって、みな十字架の道を行き、統一教会の承認を受けて、一段、一段と上っていくのです。

 文化は一つになることができるのです。アメリカ人であろうと、東洋人であろうと、この世のすべての人がこの道を行くのです。先生が知ってみると、そうだったので、皆さんも行けるのです。先生はそのような経験をこれまで話したことがありましたか? 皆さんには、話そうにも話せないのです。もし話せば、「レバレンド・ムーンは狂った話をしている」と言うはずです。

 我々は、その世界に拍子を合わせるための準備をしているのです。何の話か分かりますか? このような背景を知るならば、皆さんは、レバレンド・ムーンを疑うことなく、ただ信じるのみであるというのです。先生はそのような基盤を築いたのです。死ねばその世界に行くのです。そのような考えをもっているのです。死を超越し、死ぬことを恐れる先生ではないのです。

 私は死ぬようなことがあっても、私の心情が生きている限り、私を殺すことはできないのです。私は霊界に行ってから、この心情に接ぎ木するのです。サタンに「お前が神様の心情圏を犯した。お前の心情圏は侵犯できても、神様の心情圏は侵犯することができない」と言ったのです。そして、サタン世界の心情圏を主管したのです。もはやサタンは天の心情圏を主管することはできないのです。サタンが私を殺そうとする日には、私は神の愛の心情圏内に入って、一遍に一つになってしまうのです。

 サタン世界の中において、この心情圏を中心にすべての心情を同化させれば、この世界全体を同化できるのです。そうして、天国の王宮に入る時には、東西南北の、十二真珠門のどの門を通ってもよいというのです。何の話か分かりますか? ここから入っても、こちらに出ることができ、ここから入っても、こちらに出ることができ、十二の真珠門を思いどおりに出入りすることができるのです。十二に十二を掛ければ一四四で、どこにでも合うのです。

  神様の心情圏に通じる世界

 神様の心情に通じればみな一つになることができ、どこにでも行くことができるのです。そのような段階に達したとすれば、どこに行こうと「万歳! 万歳!」と、霊人が喜んで迎えてくれるのです。そこでは、食べたければ何でも食べることができ、着たければ何でも着られるし、遊びたければいつも遊べるし、何でもしたいことを好きなようにすることができるのです。地球星で一〇〇年も住むことができず、十分味わうことのできなかった生きて余りあるすべての幸福感と、感謝を、一瞬間で感じられるのです。

 この世には、私のようにアベルの道を通して、王子のような理想を心情世界に成就する者はいません。いかなる幻想家が、いかなる妄想家が、いかなる夢想家がいたとしても、私には及ばないのです。お母様にもそのような世界は話していません。お母様もその世界を知らないのです。

 お母様は簡単なのです。お母様は神様の心情をもった唯一の夫に、神様の息子の中で一番愛する者に、「私はその方と共に、永遠に行きます」と、信じて行くのみなのです。皆さんはどうですか? 皆さんも、お母様のように従っていくのです。先生が韓国に行けば韓国に行くのです。太平洋であろうと、それを越えるのです。そこはトンネルがなければ行けませんが、霊界からは行けるのです。愛の太陽が先生です。先生がいなければ心が暗くなっておもしろくない世界です。

 きょうはもう七時間も話を聞いたのですね。時間がなければどれほどいいことでしょうか? (拍手) この部屋も、先生がいればいっぱいになるけれど、先生がいないと空っぽなのですね。(笑い)

 眠っていても、ベルベディアやイースト・ガーデンを訪ねたくなり、御飯を食べる時にも、休む時にも気になるのですね。一日の生活がそのようにならなければなりません。皆さんはそのように暮らしていますか? 会いたい人と言えば、「先生」。行きたい所と言えば、「イースト・ガーデン」。したい仕事と言えば、「先生と同じことを」と、そのようになるのです。そのような愛の紐は、誰も切ることができないというのです。先生はそれを皆さんに相続させてあげようとしているのです。これは、天下を与えられたとしても、この地球星のようなダイヤモンドをあげても買えるものではないというのです。それほどのものならば、一度やってみるだけのことはありますか? (はい)。

 皆さんの心の故郷はどこですか? 地上の本拠地がここであり、これが心の故郷なのです。その故郷で、父母の家に入れば勝手に御飯を炊いて食べてもよいし、財産も自分のものだというのです。そのような愛の紐でつながっているのです。レバレンド・ムーンは、その責任において、み旨を尊ぶならば、そのようにしてあげるというのです。これが何の話か分かりますか? (はい)。

 八〇年代はそういう世界のために行くのです。もし七年間で行けなければ、二十一年間に延長されるのです。分かりましたか? (はい)。

  アメリカの青年の使命

 アメリカは、八七年までにやるべき責任が残っているのです。その期間に、ドラッグ問題等を中心にしてアメリカは落ちるだけ落ちるでしょう。見ていなさい。教会を収拾することができないのであり、若い青年を収拾することができないのであり、共産主義を収拾することができないのです。そうして、「これはムーニーでなければ解決できない」となってくるのです。間違いなくそうなるのです。アメリカの国民がそのようになる日に、共産世界は縮まり始めるというのです。

 今に共産主義も手がつけられないほどになるために、我々はこれを収拾していく準備をするのです。そのために今から、カナン復帰を出発しなければならないのです。ソ連に入っていかなくてはならないのです。それが何の意味か分かりますか? (はい)。原理がそうなっているのです。

「レバレンド・ムーンの考えは正しい」と言う日には、どうなると思いますか? 「レバレンド・ムーンは実に偉い。若い人のためにはレバレンド・ムーンが指導者とならなければならない」「教会を生かすためにはレバレンド・ムーンが必要である」「共産党を防ぐためにはレバレンド・ムーンに従っていかなくてはならない」というような噂が、アメリカ全土に満ちた時どうなると思いますか? 考えてみなさい。

 その時は、レバレンド・ムーンは既に別の所に行っているのです。もうここにはいません。その時は皆さんが栄光を受けるようになっているのです。そうすれば、皆さんを韓国に連れていくでしょう。それは、まず韓国を一つにしなければなりません。神様のみ旨が世界的に成されないからです。分かれたものを一つにするのです。偽りの親を屈服させるのです。分かりますか? (はい)。それを誰がするかというと、皆さんがしなくてはなりません。

 アメリカは韓国に影響を与えなくてはなりません。良い意味での影響を与えて、韓半島から金日成を追い出し、ソ連の共産党を追い出すのです。韓国を中心にして世界的共産党がみなやられるようになっているのです。今やこれらが一つになって、南韓をねらっているのです。かつて、韓国動乱において世界の若者たちが血を流したのですが、彼らが復活しなくてはならないのです。その時は犬死したようになっていますが、天の聖殿のために祭物として、復活させなくてはならないのです。その流された血を、誰が偉大なる聖なる血につくり変えるかという、この問題が残っているのです。

 神様の戦争のために血を流したのですから、これから霊界の聖なる霊として解放させてあげる運動を繰り広げるのです。この怨恨を、まず地上で誰が解いてあげるのかというと、それは統一教会のアメリカの若者しかいないのです。自由世界を代表するアメリカの若者たちがしなくてはならないのです。

 期間内にできれば、血を流さずにその解放ができるが、期間が延長するほど多くの血を流さなくてはならないのです。それを防がなければ自由世界のすべての国民が、共産党の前に殺りくされ、数億の人々が血を流すことになるのです。アメリカが今のままであれば、キューバがアメリカを打たなければ、メキシコがアメリカを打つでしょう。その次には、中国にいる共産党が、カナダにいる共産党が、南米にいる共産党が打つでしょう。アメリカはアジアから撤退してはいけないのです。ベトナムから撤退したように撤退してはいけないというのです。東西戦になるのです。だから急いでいるのです。何の話か分かりますか?

 それで、アメリカの世論が「レバレンド・ムーンが好きだ」ということになれば、韓国は完全に変わってゆくのです。韓国国民が団結すれば、金日成を打つことができるのです。韓国を統一することができなければ、その日には、もう一度血を流すことになるのです。血を流さずに韓国をどのように統一するか? そのような問題があるのです。皆さんは知らないけれども、先生はそれを直視しながら、そこにも適合できる皆さんに育てていかなければならないのです。神様の心情がそうであり、先生の心情がそうであるから、皆さんの心情もそうでなくてはならないのです。今、何か勝手にできますか? 何を躊躇するのですか? 共産党の前で死ぬこと以前に、民族が滅びるだけでなく、国が滅んでしまう時です。皆さんの一人が躊躇することによって、アメリカが滅び、自由世界が滅んでもいいのですか、全世界が滅んでもいいのですか!

 これからの問題は人種戦争です。国家戦争でなく、人種戦争です。黒人対白人で戦う戦争です。「黒人の怨讐は白人だ」と。共産党がそうさせるのです。アジア人対白人の人種戦争が起きるのです。それを知らなくてはなりません。誰がそうするかというと、世界的に共産党がそのように指導するようになるというのです。それをアジアに早く教えてあげなくてはならず、アフリカを正しく導かねばなりません。回教国家を正しく導かなければなりません。一つ一つ会議を通して、共産党に踊らされるということを知らなくてはなりません。アフリカはすべて黒人世界です。そして中東を経てアジアまで広がっているのです。そして次には宗教です。「回教の怨讐はキリスト教だ」「この魁首がムーニーだ」というのです。

 人種戦争が起きれば、誰が防ぐのですか? 数的に見ればアメリカは大して多くありません。南米の三分の一にもなりません。こういうことを考える時、先生が結婚問題を中心にして、すべての人種を超越する神様の愛の祝福を教えて、愛の世界に関する指導をしなくてはなりません。それで、韓国から世界に連結しなければならないため、ヨーロッパを訪問しなければならず、アフリカを訪問しなければならず、全地球上を訪問しなければならないというのです。

 共産党が一番嫌っている統一教会ですが、民主世界から見ると、「統一教会は希望に満ちている」と、このようになっているのです。それが何の話か分かりますか? そのような歴史的な転換が、歴史的な運命が我々の前に迫っているのです。これを乗り越え、それを消化させる責任が統一教会にあるのです。

  ホームチャーチはサタン世界屈服の基地、天国への道である

 それで三次七年路程の八一年の中間までに、全食口が一つになって伝統をつくり、滅びることのないようにしなければなりません。それが先生の責任です。入教してきたらすぐに四十日修練会を行い、アメリカ全土でホームチャーチをするのです。二万人の食口がいるとすれば、七〇〇〇万軒のアメリカの全家庭を世話できます。そうすれば共産党がアメリカを滅ぼそうとしても不可能です。武力でもってしても、何をもってしてもできなくなるのです。

 共産党を誰が何で防ぐのか? これが一番の問題です。そうすることによって青少年の淪落も防ぐことができ、教会の淪落も防ぐことができるのです。ホームチャーチをするならば、共産党を防ぐことができるであろうし、青少年の淪落と、家庭破綻を防止し、キリスト教会の破綻を防御することができるのです。そういう意味を知らなくてはなりません。

 教会を復興させるために団結しなければなりません。ホームチャーチに火をつけて、教会を復興させ、心情を高め、神様の願うこのアメリカを防御する橋頭堡を築かなくてはなりません。それを国ができると思いますか? 大統領がキリスト教を復興させることができると思いますか? 皆さんの足下に今、共産党が刀を差し出しているということを知っていますか。

 これらは自由世界で一番難しい仕事であり、神様のみ旨の中で一番難しい仕事です。宗教歴史の中で一番難しいこの仕事を、アベルがしなくてはならないのです。この巨大なる使命のために、実践する中でつらい目に遭うなど、そんなことは問題ではありません。この責任をどのように完成させるのかが問題なのです。

 そのようにすれば、今まで皆さんが清算できなかったものを、一気に蕩減してしまうに違いありません。ヤボク川でヤコブが戦ったのと同じことを、ここで実体共産党を、実体教会を、実体の青少年を相手に戦うことによって屈服させるのです。ヤコブが腰の骨を打たれて折ったように、ホームチャーチによる相撲をして勝たなくてはならないのです。これに勝利すれば、我々統一教会をアメリカが歓迎するでしょうし、全世界が歓迎することでしょう。これに勝利する日には、共産党も我々から退いていくのです。ホームチャーチさえ築いておけば、言葉においても、理論的にも、共産党は我々を突いてこれないのです。

「統一教会と会うな、会えば苦しいから、会ってはいけない」「理論闘争をしてはいけない」と。日本の共産党もそうしてやられたのです。(拍手) その時になれば、科学者大会が必要になるでしょう。科学者会議にも共産世界の学者たちを集めて、理論的に屈伏させなくてはならないのです。何の話か分かりますか?

 ホームチャーチがどれほど重要かということが分かりましたか? サタンを屈伏させるための基地なのです。政府にそんな仕事ができると思いますか? それができるレバレンド・ムーンが、今アメリカから怨讐のように扱われているのです。

 それで皆さんはホームチャーチが必要ですか? (はい)。神様は、皆さんが復帰過程の個人、家庭、氏族、民族、国家の、アベルが通過したすべての蕩減路程を、全部なしたという条件をなぜ必要とするのかというと、それはアベルとして行かなくてはならない道であり、天国はホームチャーチを通じなければ行けないからです。このことを皆さんは知らなければなりません。そこで、個人的に迫害を受け、家庭的に迫害を受け、氏族的に迫害を受けるのです。このアメリカに数多くの民族が住んでいるのですから、十二以上の民族からの迫害を受けるのです。

 それはどういう意味かというと、個人レベル、家庭レベル、氏族レベル、民族レベル、世界レベルでの蕩減的アベル路程を歩んだという条件を立てることになるのです。皆さんはそれが嫌なのですか? 神様は、人間始祖の堕落以後、人類歴史始まって以来今日まで、宇宙的なアベルの蕩減歴史の中でどれほど苦労してこられたことでしょうか。ユダヤ教では四〇〇〇年間苦労をしても失敗し、キリスト教では二〇〇〇年の間苦労しても蕩減できなかったのです。先生はそれらを二十年間で、死ぬほどの苦労をしてすべて蕩減したのです。その基台の上での皆さんの七年の間です。それができないというのですか? 先生に勝利の方法をみな教わって、細密に知っていながらもできないのですか?

 皆さんはアベルの正道の歴史を個人水準で蕩減するのです。先生は世界的蕩減路程を歩んだのに、皆さんはそれができないのですか? 皆さんは小さな氏族的基盤を一日に何回か回ることもできないのですか! 皆さんが、ここでカイン的ホームチャーチをつくれば、アベル的ホームチャーチは自動的にできるのです。この私が、アメリカにいて勝利的歓迎を受ければ、韓国は自動的に歓迎してくれるようになっているようにです。

  有史以来の最後の戦いである

 このことは、皆さんのための公式路程だということを知らなくてはなりません。それで先生は、統一教会のすべてのものを犠牲にしても、アメリカを世界のアベル圏として定めたために、これを全体として取り扱うのです。このすべての民族を一つにして、キリスト教のアベル社会を中心として摂理をするのです。このアベル圏に集まってきた人々は、みなサタン圏から追い出されたアベル的人々なのです。その人々によるキリスト教ですから、アベルだと言うのです。

 しかし、そのキリスト教の前に、統一教会はアベルになるのです。それでアメリカがカイン的立場となって反対するのです。一つにならなくてはならないのにアメリカが反対する日には、世界全体が反対するのです。ですから、ホームチャーチ・エリアの人たちに、「あなた方がアベルです」と言われるようにしなくてはならないのです。これは歴史の勝敗を賭けた戦いです。ヤボク川でヤコブが戦ったことと同じ内容です。イスラエル民族が、ヨルダン川を賭けて戦ったことと同じです。これを知らなくてはなりません。その戦いに勝利した日には、国境もなくなり、韓国にも歓迎されるようになるのです。

 私たちは有史以来の最後の戦いの場に立っているのです。アベルとして最後の戦いの場に立っているのです。今から本格的に七年路程を出発するのです。八一年からしなくてはなりません。これを世論化させ、アメリカ国民がその世論を歓迎しさえするようになれば、七年間で世界は平等になり、世界のすべてを一つにすることができるのです。これが最後の戦いです。

 きょう、皆さんはこのことを知ったのですから、これを早いうちに達成するのです。早ければ早いほどいいというのです。それで、きょう蕩減の話をしたのです。先生のような信念をもてば、三年もかかりません。三カ月でできることです。八〇年代には、「なるほど、よく分かりました。先生がおられなくとも私たちが成します。アベルとしての責任を私が果たします」という、決定をして越えていくのです。

「私こそ、ホームチャーチの不変なる伝統を立てる人になる」ということを、一度考えてみてください。それはどれほど霊界が、イエス様とその弟子たちがうらやましく思うことでしょうか。何の話か分かりますか? (はい)。もうアベルの行く道についてはっきりしましたか? 皆さんは今カインの位置にあるのに、アベルの位置もみな知ることができたのです。もし、白人たちがこの道を行かず、黒人たちが行くとすれば、その黒人たちがアベルとなるのです。黒人たちはこの国においては白人たちよりも苦労し、天の蕩減路程のアベル的歴史の奴隷の道を歩んできたのです。この国を創建したのは黒人たちであって、白人たちではありません。白人は自分たちのために黒人たちを犠牲にし、さらにはインディアンを犠牲にしたではありませんか。もし黒人たちが、インディアンたちが仕返しをしようとすれば、皆さんたちは残れると思いますか。そのことを考えたことがありますか。

 レバレンド・ムーンは、アジア人であるインディアンとは、人種として見ればいとこ同士なのです。兄弟なので、私が来て仲裁してあげなくてはならないというのです。復讐しようとして来たのでなく、仲裁して仲直りさせるために来たのです。

 そういう仕事を、白人ができるでしょうか、黒人ができるでしょうか? それは誰もできないことです。黒人は白人の言うことを聞かないし、白人は黒人の言うことを聞かないのです。ここで、かつて滅亡させられたインディアンという黄色人種が、「白人はアジア人の怨讐でもある。それを私が許すから、君たちも許せ」と言えば、黒人にも話が通じるというのです。それは、歴史的にアベルの行く道がそうであったからです。

 今日、アベル圏に同参できる恩恵のゆえに、最近になって黒人たちも祝福されるのです。黒人たちの名が知れわたり、黒人たちが出世するのです。アメリカ国内でも有名なスポーツマンや、名を売って活動している人のすべてが黒人です。アメリカの食口も、半分が黒人です。そこに統一思想を入れるだけで、いかなる天才的なアメリカの博士よりも、もっと立派な博士につくって上げることができるのです。白人たちに負けない思想を、全白人世界の助け手となる思想を入れてあげることができるのです。それを、今レバレンド・ムーンがやっているのです。

 このアメリカでも人種戦争が起こり得るのです。ネバダ州には約四十七万の人々がいるというのですが、そこに共産党員を投入して共産国をつくり、「中央政府は二重の搾取をするので、中央政府を脱退する」と言う時には、どうするつもりですか? そのような州が三つできれば、アメリカは大きく崩れるのです。中央政府が飛ばされないという保証がどこにありますか? 今日、イランのような小さな国に反対されただけでも、歯が立たなくて全部後退せざるを得ない敗者たちなのです。皆さんはそういうことを考えたことがありますか? そこに、もし黒人を動員して復讐してみなさい。アメリカは簡単に攻られるのです。

 白人はそのようなことを心配して、それを防御しようとしているのです。ですから、黒人が白人を許すことによって、黒人が救いを受け、白人も救いを受けられるのです。そうしないと両方とも滅びるというのです。それで、我々統一教会の信者においては、そのような人種的差別があってはなりません。蕩減のための祭物は反発してはならないのです。志願しなくてはならないのです。祭物にならないならば、先生にはついてこれません。

 イサクも、お父さんのアブラハムが祭物を捧げる時、反抗しなかったためにアブラハムの祝福を受けることができたのです。十二歳にもなれば、自分がお父さんの祭物として刃物で刺し殺されようとしている立場がよく分かるはずです。しかしその時、「なぜですか? お父さん」と言ってはならないのです。何の話か分かりますか? 皆さんにも、そういう難しいことがあるというのです。その時、そうせずしては生き残る道がないのです。

 このようなとてつもない大きな仕事が、アベルの歴史の中にあるという事実を知らなくてはなりません。これを知った時に、皆さんはこれまでにどれほど偉そうにしてきたことでしょうか。それは神様の前に、どれほど恥ずべきことか、先生の前にどれほど恥ずかしいことかというのです。

 今現在、アメリカがどうなっているのか分かりますか? では、それを何でもって防止しようとするのですか、最後の方法として、何をもって防止するというのですか? (ホームチャーチです)。そうです、ホームチャーチで防止するのです。そして、サタンはいつ攻撃してくるか分かりません。既に地下工作をしています。しかし、我々が七八年まで三万名復帰を成せたなら、先生がアメリカにいなくても、このことは可能であると思います。

 そして一人が十人ずつ伝道するとすれば、三十万名になります。そうすれば全アメリカに配置しても余りある数です。ではホームチャーチを急ぐべきか、急ぐべきでないのか? 休む時間があるのですか、皆さん! (いいえ)。

 仕方がないので、皆さんをして教会を立て、カープを立てて七七年から始めたのです。そして八〇年までの三年間にこれを成そうとしたのですが、アメリカ人が責任を果たせなかったために仕方なくタイガー・パク(先生)を立て、「進め、進め、進め」とプッシュしたのです。「共産党を、既成教会の牧師を、ならず者たちを、淪落するすべての者たちを訪ねて行け!」と。学生たちは勇敢でなくてはなりません。それは学生の本分です。

  神様の名のもとに、世界の名のもとに、人類の名のもとに戦う道

 ホームチャーチができれば、カープに負けない活動をしなければなりません。そのような善の戦いをしなくてはならないというのです。それは既成教会のため、若者のため、共産党のため、アメリカのためにするのであって、統一教会のためにするのではないのです。アベルは自分のために苦労するのではないのです。それがアベルの行く道です。

 全体のために尽くすのです。私自身は統一教会のために尽くすのではなく、世界のために尽くしているのです。統一教会のためではないのです。それが何かというと、「アベルの正道」なのです。それが「アベルの行く道」だというのです。神様の復帰摂理から見た方向に、アベルたちが行く道が正道だということを皆さんは知らなくてはなりません。もうはっきり分かったでしょう。

「私は三年路程を歩んで祝福を受けるのだ」というのは、アベルとしての行く道ではありません。「私は実践して、全部教会に捧げて、自分には良い相対者を」という人は、アベルではありません。私が犠牲になれば国が良くなり、より大きな世界が良くなるのです。それが一生のすべてです。何の話か分かりますか? 堕落したカイン圏が天に対して、「私をこのようにしてください」と言える権利は全くないのです。そのようなことは、考えることすら恥ずかしいことであり、それこそ悔い改めても、悔い改めても仕方がないほどの恥ずかしい荷を背負っているというのです。

 皆さんはつらくて、つらくて、涙を流すこともあるでしょう。しかし自分のために涙を流すのではありません。涙を流すのであれば、天を懸けて、アメリカを懸けて、世界を懸けて流す涙でなくてはなりません。

 私たちが反対されて不安になれば、神様はどれほど不安であり、人類がどれほど不安であるか、それを考えるのです。何の話か分かりますか? 価値のある涙を流さなくてはならないのです。たとえ人々からひどい扱いを受けても、その人に決して怒りの情をもってはいけません。自分の痛みで泣いてはいけません。その代わり、よりつらい道をたどってこられた神を慰めるのです。人類の身代わりに涙を流すのです。

 もし国民が不平を言うならば、「この民よ、天を信じることのできない呪詛される国民よ」と、国を懸け、世界を懸け、神様を懸けて言わなければなりません。世界人類を懸けて言えば、それは受け入れられるのです。先生がカーター大統領のすることに対し不満を言う時、それは個人的感情ではなく、人類の名のもとに言うのです。たとえどのようなことがあろうと、自分のことのために涙を流し、泣くようなことはしてはいけません。

 皆さんにも悲しい時があるでしょう。先生にも悲しい時が多いのです。痛哭する時が多いのです。そういう時、神様をつかまえて、「どれほど悲しまれたことでしょうか。あなたの愛する息子、娘たちの悲しみを見られてどれほど悲しかったでしょうか?」。「人類が行かなくてはならない復帰の道はどれほど悲しいでしょうか?」。そうして、涙を流すのです。それがアベルの行く道です。

 イエス様も十字架の道を涙を流しながら行かれ、神様に、「怨讐を、許してください」と涙を流したのです。「あなたが私のために苦労をしませんように、悲痛にならないでください」と涙を流したのです。神は「許してあげなさい」と、そう言ったでしょう。そうして、涙を流したのでしょうか、どうでしょうか? 神様は涙を流したのです。そしてイエス様は十字架の道を行かれ、「私は神様のために、人類のために、この十字架が怨めしい」と言ったのです。何の話か分かりますか? レバレンド・ムーンは、「あなたは、神様のため、世界のための仕事ができなかったので不平を言ったのです」と、そのように言いました。それは「私はどんなアベルよりも、もっと良くやります」と言うことと同じです。

 人類を懸け、世界を懸けて戦ったのです。自分を懸けて戦ったのでなく、世界を懸けて戦ったのです。ダビデもゴリアテの前に立って、「自分のために戦うのでなく、神様とユダヤ教のために戦うのだ」と言ったので、神様が共にあって、助けたのです。自分のために戦ったのではないにもかかわらず、自分が一番先頭に立って戦ったのです。そこには神様に代わって戦うので、神様が共に働いてくださるのです。

 レバレンド・ムーンがイースト・ガーデンに住んでいるのも、自分のためではないのです。統一教会の威信を保つためにそうしているのです。人々が教会を見下さないためにです。統一教会の皆さんたちにはそのような考えをすることは難しいでしょうが、自分がイースト・ガーデンに住んでいると考えてみてください。それはアメリカの大統領に対抗するのではなく、未来のために、世界に対してそうしなければならないのです。

 それでは、家庭の中のアベルは誰かというと、自分のためではなく、兄弟と父母のために戦うそのような家の中での主人がアベルです。こう見る時、それは統一教会でも同じ道理です。そのようなアベルの伝統を知らなくてはなりません。さあ、もう伝統の意味が分かりましたか? (はい)。自分が完全に祭物となって、天上に福を持って行き積んでくるのです。

 先生が資本をたくさん注ぎ込んで成したことで、自分のためのものは一つもありません。全部皆さんたちの名前で成し、私の名前のものは一つもないのです。先生が持っているものはみな、教会の人に、分けてあげるのです。

 それでは、アベルの家族という意味が分かりましたか? 統一教会でイースト・ガーデンに住む人たちはみな、そのような思想をもって住まなくてはなりません。その息子、娘たちにもそのような教育をしなければならないというのです。私は、イースト・ガーデンに来ている人たちを一度もしかったことはありません。それは天に対しての責任があるからです。国と人類に責任があるからです。その人たちは人類のために、私に仕えているのだというのです。

 私はどこかに見物に行く時には、絶対に一人では行きません。いつもカインと共に行くのです。三人以上の人と共に行くのであって、絶対に一人では行きません。このごろではガードマンが自然にそのような立場に立つのです。こういうことが、アベルの行く伝統の道です。

 このように考えるから、子供たちに何かしてあげる前に、全部食口たちにしてあげるのです。そのように生活しているので、統一教会の食口は私のために尽くしてくれるのです。そのように統一教会の食口はレバレンド・ムーンのために精誠を込めようとするし、神様は私を助けようとするのです。そのような原則があるのです。ですから、ここには不平がないのです。それが原則です。私の一生は滅びないのです。たとえ自分は一人になっても死なないというのです。どこに行っても、夫のあとに妻がついてくるのです。私のために命を懸ける人がいるというのです。

 このようなアベルの伝統があるために生き残れるのであって、これを万一間違えば、死んで犠牲となったすべての聖人たちは、打たれて残るものが一つもないというのです。ですから、孔子とか釈迦の時代は、打たれながらみな死に、生きながら指弾されたのです。世界中の人たちが指弾したのです。なぜそうなるのでしょうか? 歴史的になぜそうなのでしょうか? なぜそういう目に遭うのでしようか? それはカイン・アベルの歴史の伝統がそうであるためです。私も皆さんも、同じように行くのです。

  歴史の蕩減法則

 私が三十八度線を越えて南に来たのは、私が生きるためではなく自由世界と神様のために越えてきたのです。私は金日成に、「もしお前が私以上の愛で韓国を愛するなら、私は退こう。しかしそうでない限り、決して足を踏み入れることを許さない」と言ったのです。来年四月まで、韓国の安定のため、霊的に緊張して、神の守りを祈らねばなりません。

 私がニクソン大統領に会ったのも、世界のために会ったのです。神様のためにしたことです。ニクソン大統領を支持したのは、ニクソン大統領個人のため、我々統一教会のために支持したのではありません。それは神様と、これからの自由世界と人類のためです。そこで「許せ、愛せ、団結せよ」と訴えました。しかしアメリカはそれを成せず、大統領の権威は地に落ちたのです。アメリカを悪く言っても、それは先生の個人的感情ではありません。神の感情をそのまま述べているのです。皆さんが働くのは、神様と人類のために仕事をしているのです。それがアベルの教会であり、アベルの家族です。

 あなた方を犠牲にさせるのは、あなた方に責任を負うゆえであり、復活させて天国に行かせるその責任を私がもつからです。それがアベルの行く道なのです。我々は統一教会だけの発展は考えていません。私が「これらの話を聞きなさい」と言うのも、人類のためです。神様は、神様の摂理と人類のために、統一教会が何をプラスにし、何をマイナスにしたかを全部見ていられるのです。ですから皆さんを苦労させることには、私は良心の呵責がありません。アベルの行くべき伝統の道を、そのとおりに行くことを願っているからです。間違っていますか? (いいえ)。

 アメリカ・インディアンに対して、このようなアベルの伝統から見て、「皆さんはアメリカのために犠牲になったのではなく、世界と神様のために犠牲になったのです」と言う時、白人と和睦できるのです。アメリカは歴史的にそのような責任を負っているために、黄色人種に対して償わなくてはなりません。それで、アメリカの若者たちが多くの犠牲の代価を支払うことになったのです。韓国動乱の時に参戦して償ったのです。

 そのため、レバレンド・ムーンはアメリカに対して、その恩に報いる責任があるのです。彼らは責任を償うために韓国に入ってきた時、私を解放してくれました。それで私はこの国に来て、血の汗を流しながら、このようなことをしているのです。歴史のこの蕩減法によって、摂理が分別されていかなくてはならないのです。摂理的理由でこういうことをしているのです。私に命が与えられたから、感謝して行こうとしているのです。

 私がそのようにしたのですから、次は皆さんが韓国に行って、アメリカの自由の鐘を鳴らさなくてはなりません。レバレンド・ムーンがアメリカの解放のために尽くしたように、皆さんは韓国と韓国人の解放のために、尽くさなければなりません。外的アメリカの軍備が韓国のために存在するよりも以上に、皆さんが韓国に、内的により尽くすことです。

 アメリカの娘さんたちが韓国の青年と、アメリカの青年たちが韓国の娘さんと結婚しようとするのですが、それはなぜでしょうか? それによって、過去にインディアンを愛することができず、一つとなれなかったことを蕩減することができるのです。先生はそのように見るのです。摂理的にそのように見るのです。かつてアメリカのために、インディアンたちが血を犠牲とし、黒人たちが肉体を犠牲としてきたのです。ですから、アメリカ人はアフリカを助けなくてはならないので、いろいろな物資を送らなければならないのです。黒人たちの血の犠牲によってつくった物質ですから、それでもってアフリカの黒人世界を助けてあげる責任があるのです。これがレバレンド・ムーンの摂理観なのです。

 愛を受けることなく犠牲になったことを、物質を送ってでも償わなければならないというのです。それは、黒人奴隷問題の蕩減です。それは、アメリカのためだけでなく、自由世界への神の摂理のためでもあるのです。

 アメリカがアジアに派兵して、血を流してきたのも、アメリカの初期歴史を蕩減する摂理の重要な一部なのです。韓国で血を流したので、韓国は重要な摂理の中心地だという結論になるのです。アメリカは韓国を、神様の名のもとに、人類の名のもとに、共産党から守らなくてはならないのです。韓国と手を切るようになる日には、自由世界は滅びるのです。そうなれば韓国の人たちがたくさん虐殺されますが、韓国がギブ・アップすればアメリカも同じです。何十倍の蕩減をしなければならないというのです。アメリカは韓国を中心として、共産党と戦う伝統を引き継ぐことが、何よりも重要なことなのです。

 アメリカは韓国を、生死を懸けて守り、犠牲になりながらも、共産党に勝たなければなりません。これがアメリカの伝統になるのです。生きんとして戦えば滅びるのです。韓国で、共産党と戦う思想武装をしたのは先生です。日本でも共産党と戦う勝共理論を教えたのは先生です。今先生はアメリカに来て、その伝統を皆さんに伝授させているのです。体力においても、思想においても強くなくてはならないのです。共産党は物質中心の宗教のようなものです。共産党以上に神を愛する自信をもたなくてはならないのです。それで「空手を学べ」「正道術を学べ」とも言っているのです。この世の人たちは、自分の国家と自分自身を保護するためですが、我々統一教会員は世界を保護し、神様を保護するのです。これから歴史が整理され、すべてのものがきれいに整理されるのです。

 それでこれから先、アフリカに共産党が侵入したとすれば、皆さんたちが志願して、「先生、私はアフリカに行って戦います」と言い、たとえ先生が「行ってはいけない」と言っても、行こうとするでしょう。そのような皆さんでなければ、この世の中を収拾することができないということを知らなくてはなりません。この世で愛を抱く人がいなければ、神様もみ旨を成すことができないという、結論が出てくるのです。

 たとえFBIや警察官が全部逃げていっても、それが死の場であっても、自ら志願していくのは統一教会員しかないのです。その考えは間違いですか? (正しいです!)。このレバレンド・ムーンがなぜ暴力主義者なのですか! 統一教会はこの世の人類のために、このようなアベルの伝統を立て、それを残していくのです。

  摂理から見たアベルの正道はみ旨の正道である

 先生は今度、アメリカの上院議員にも、下院議員にも会ってみましたが、彼らの中には本当にアメリカのために尽くし、自由世界のために尽くすという人が見られないのです。このアメリカの将来は絶望です! 先生は寝ずに何のために十時間も話をするのでしょうか? 皆さんをつらい目に遭わせようとしてでしょうか? それは伝統を残すためです。たとえ私が死んだとしても、この伝統を残していかなくてはなりません。この責任は私がもつのです。このレバレンド・ムーンの涙で、天と地と人類の中心を成すのです。

 このように歴史を見て、摂理や世の中がこのようになるということを、誰が考えるでしょうか? 私たちは、人々の考えられないことを、泰然と微笑んで、自信をもってやっていくのです。このレバレンド・ムーンの十時間もの説教を、テレビ放送でもしアメリカ国民が聞くことができたならば、揮発油が爆発するような現象が起こるに違いありません。そうは思いませんか? (はい、思います)。大学教授が、政治家が、宗教家がこういう話をしますか? 今日、異端と呼ばれ、非難されているレバレンド・ムーンだけが、このような話をするのです。

 皆さん、眠っていられますか! レバレンド・ムーンの話したことが成されず、アメリカが滅びてはなりません。一〇〇〇年後であっても、それを成さなければなりません。ホームチャーチが難しいの、何がどうのと言ってはおられないのです。このような話の内容が成就される時には、レバレンド・ムーンと同じように、皆さんたちも滅びることがなく、またアメリカも滅びることがないのです。

 このように見るから、「神様よ、レバレンド・ムーンを助けてください。人類はレバレンド・ムーンを保護しなくてはなりません。若者たちはレバレンド・ムーンを崇敬して、そのみ旨を受け継いでいます!」と、アメリカの五色人種の若い男女が騒いでいるのです。しかし父母たちは、「息子、娘をレバレンド・ムーンが連れていってしまう」と言って、彼らを拉致したのです。しかし今や、それが事実として表れたために、「レバレンド・ムーンは神様が共に在り、天のみ意を代行する人だ」という、結論を下すことのできる現実的証拠を得ることができたのです。

 これから皆さんは、精神を正さなくてはなりません。若い人たちこそアベルの立場です。青年たちこそこのアメリカの地ではアベルであり、年を取った人たちはカインであります。

 皆さんのお父さん、お母さんは、プラグマティックです。個人主義です。我々はみ旨を中心としての全体主義です。み旨のために尽くすことのできる人たちこそ、この世界文化と神様文化のために尽くす人になれるのです。神様主義時代が到来するのです。アベルの行く道は、過ぎ去ったあとで分かるのです。レバレンド・ムーンがアメリカを去ったあとでアメリカの国民は、「もう一度来てください」と言うのです。

 アベルの伝統、アベルの文化を形成しなくてはなりません。アメリカにアベル文化を創造し、文化生活をしなくてはならないのです。アベルは自分を打って、自ら行くのです。皆さんがそうする時、アメリカには大きな創造の歴史が始まり、大爆風が吹くのです。火山が爆発するのです。一度やってみようではありませんか! (はい!)。テーマの、「摂理から見たアベルの正道」が「み旨の正道」です。先生はこのような目で見るのです。責任者を見る時もそうなのです。

 さあ皆さん、自分がどのような立場にあるかよく分かったでしょう。なぜ自分がホームチャーチをしなくてはならないのかが分かったでしょう。先生は、八一年度からアメリカに新しい伝統をつくってみせます。あと一年半が残っていますが、家庭教会伝統は皆さんが立てるのです。「きょう先生が十時間話してあげた甲斐があった」と、そうなるように努力しなければなりません。そして先生の責任もこれで終わるのです。今はもう、先生がここにいなくとも大丈夫でしょう。

 先生は今まで、自分の自由は一つもなかったのですが、今からは自由が得られます。六十歳を過ぎたので、自由な生活をする段階に入ってきたのです。神様が、「レバレンド・ムーンは責任を果たせなかった」と言うことがないように今日まで生きてきたのですが、私がこの思想だけつないであげたので、もはや神様のみ旨は皆さんがみなもっていってやるのです。何をしても、事業も世界のために、神様のためにするという、このような群れでなくてはなりません。そうすればその会社で、その職場で不正があり得るでしょうか? そのような偉大な思想をもたなくてはなりません。分かりましたか? (はい)。もうこれ以上先生が説教をしなくても、はっきり分かりましたね。

 今まで絶望の中にあって、今日まで仕方なく生きてきたのですが、これから自ら進んで希望の八〇年代への峠をしっかりと越えて行かなくてはなりません! (はい!)。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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Last updated  2021.10.20 18:43:12
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