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2021.10.26
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​​​​​​​​​​​「神の祖国」

1980年2月21日
ニューヨーク・ワールド・ミッションセンター


 祖国の起源

 きょうは何の話をしましょうか。皆さん、題目を一度言ってごらんなさい。題目に従って話してみることにしましょう。あなた方が話の題目を選べるなんて、これ以上うれしい日はないでしょう。言ってごらんなさい。(心情について)(証をしてください)。さあ、それはみんなあり得ることだけど、私たちにないものがあります。私たちにないものは何でしょうね。私たちにお金がないだろうか。お金はあるでしょう。では、人がいないだろうか。何がないだろう。私たちが持とうとするものは、何でしょう。神様はお金がないだろうか、力がないだろうか。みんなあるじゃないか。何がない、神様に。国がない! 国が!

 さあ、それではきょうは「神の祖国」、そういう内容を話してみることにしましょう。

 あなた方は、どの国の国民ですか。ここはどこでしょう。アメリカです。アメリカは、あなた方の祖国です。先生の祖国はどこでしょうか。もちろん韓国です。久保木会長の祖国はどこですか。もちろん日本です。デニス・オーム氏、彼の祖国はイギリスです。ポール・ワーナー氏に「あなたの祖国はどこか」と聞くならば、「ドイツ」と答えるでしょう。フランスの人、イタリーの人、それからナイロビ、アフリカ、南アメリカ、ウルグアイ……。ここには百カ国余りの名前があります。

 神様の立場から見る時に、神様の祖国はどこにありますか。ありません。神様は地上に祖国を見つけられないでいます。それでは人々が祖国と呼ぶ世界のすべての国々は、どこから起源しているのでしょうか。神様から起源しているのか、それとも他の何かに起源しているのかが問題です。歴史には、起源があるものです。

 世界の国々の出発を考えるとき、全部がみな、戦争や闘争による世界の分裂によって生まれました。そうではありませんか。ある二つの国があるとすれば、二つの国の境界線は、ずーっと怨讐の境界線となっています。この境界線で戦いが繰り広げられ、血を流す歴史的な欠点を、数多く残したのです。その境界線に壁があるとすると、どの境界線にある壁が一番高いでしょうか。隣の国との壁が一番高いのです。戦いはいつも、何万里も離れた国とは起こりませんでした。近代的な技術をもたなかった過去の時代、戦闘は隣の種族、隣国との間で起こりました。数多くの国々は、戦争、闘争、殺戮、流血によって、興っては滅びました。国境線はいつも人間の血で汚されてきました。

 そういうことが、なぜ必要だったのでしょうか。それは堕落の結果によるのです。堕落という名詞は、何を意味するのでしょうか。神様と人間の闘争が繰り広げられたものであり、神様とサタンとの闘争が繰り広げられたものであり、神様と人間とサタンとの間に闘争が繰り広げられたものが堕落なのです。人類歴史を通して、この地球上に数多くの国があるということは、数多くの闘争があって、その闘争の結果、これらの国々がつくられたという結論を下すことができるのです。

 そのようにして生まれたそれらの国の行く道は、どこに向かっているのか。平和な世界を追求し、平和な世界への道を行くことができるか、という問題が、現在、人類の共通的課題として現れているのです。平和の世界は、どのようにして実現されるのでしょうか。原因が誤って出発したとすれば、結果の世界も間違ったものになります。これは論理的なことです。結果は原因の反映にすぎません。人類歴史には、これまで闘争、戦争、流血、憎悪の種が蒔かれてきました。ですから、そのような結果しか刈り取ることができません。

 したがって世界平和を達成するには、新しい原因で出発しなければなりません。私たちは平和の種を蒔かなければなりません。平和の種を蒔く、新しい畑をもたなくてはなりません。世界に新しい平和の種を蒔くことによってのみ、初めて理想祖国の出発の道を探すことができるのです。原因が完全になることによって結果が完全になり、原因が平和的に始まることによって、平和の過程を通過することができるのであり、平和の結果である目的の世界に達するということが成り立つのです。

  進路転換の出発は「汝の敵を愛せよ」

 このように考える時に、今日の諸国家はみな、憎しみで満ち満ちています。特に隣り合っている国、種族、国民同士は、愛し合うよりも憎み合っています。それが今日の結果です。個人的に家庭的に国家的に、憎み合いつつ戦っているのです。そのような実情を見る時に、私たちが新しい原因をもって新しい出発をしない限り、私たちが願っている理想世界を実現することは不可能です。人類歴史は間違った起点から出発しました。ですから私たちは正しい点から、偽りでなく真実から、歴史を再出発させなければなりません。そして今までの反対方向に向かって、より以上の内容をもって進むことのできる新しい運動が必要です。このようにいうのが統一理論です。

​​ 神様がいるとするならば、神様がこのような現実の世界、数多くの国家の背景を眺め見るとき、神様は、ただそのまま放置しておくべきか、それともこれを変革して理想的な国家にすべきか、という問題が生じてくるでしょう。そう考えるとき、もしこの地上に神からゆだねられて神の使命を担い、神のために戦う誰かがいるとすれば、そうした人はいったい何を主張するでしょうか。その第一は非常に明確なものです。神の人、歴史の進路を変えるように神に任せられた人々は、「今の方向は間違っているから、方向を転換しなくてはいけない」と言うでしょう。その人は、「今していることを、そのまま続けなさい」とは言いません。神の人は、「あなたは進路を一八〇度転換しなければいけない」と言わなければなりません。​​

 それでは、どういう道を歩むべきでしょうか。その代表的な標語は、何でしょうか。もしあなた方が賢明なら、その標語がどんなものであるべきか分かるはずです。それは単純なものです。「怨讐を愛せよ、敵を愛せよ」。このような標語において、誤った歴史が繰り広げられてきた、その歴史の進路を変えることができるのです。それは帆船の帆のようなもので、進路を変えることができるのです。

 あなたの敵を愛しなさい。これより強力なものを、ほかに見つけられますか。誰かが「それは容易な解答だ。先生が私に、もう数分与えてくれていたら、その標語を言えたかもしれない」と言うかもしれません。その標語が何であるか言われれば、それは容易な解答のように思われます。しかし、その解答を聞いていない時、あなた方は五里霧中で全く分かりませんでした。歴史を通してあらゆる聖人、偉大な賢人たちがその問題について、答えを見いだすことができませんでした。

 人を愛すること、特に敵を愛するほどの愛は非常に高く、その力はあらゆるものを溶かすことができます。間違った世界を溶かし、正しい世界に建て直す。そういう人々がいなくてはならず、そういう人々が情的な世界的な基盤を確保しなければならないという結論になります。そのような運動を神様に代わって進めるものとして現れたのが、宗教運動なのです。

  イエス様の示した手本とキリスト教諸派

 それでは、この地上に生まれた人々の中で、神様の一番愛することのできる人は誰でしょうか。その答えは非常に簡単です。もう誰かがそれを言ったと思います。世界歴史の数多くの聖人の中で、一人の巨人が立っています。イエス・キリストです。実に彼がそれを言いました。「あなたの敵を愛しなさい」と。その点で、彼はすべての聖人の中でもメシヤといえるでしょう。イエス様が降臨された時、一つの大きな帝国と小さな国イスラエルとの間には、大きな壁がありました。その帝国とは、もちろんローマ帝国のことです。憎しみ、権力、征服の壁があり、その一方は征服者であり、もう一方は抑圧された国家でした。この二つの国は怨讐の関係にあったのです。それ以上高くはできない、世界で一番高い壁がローマとイスラエルの間にあったのです。

 イエス様はどうされたでしょうか。イエス様は、ローマ帝国を征服する唯一の道は、愛によってであるということを知っていました。「あなたは私の国民、国家を、政治力、軍事力によって征服した。しかし私は、私の愛、神の愛によって、あなたを征服しよう」。イエス様は、そう宣言しました。「汝の敵を愛せよ」。これがイエス様の新しい哲学であり戦略でした。イエス様は十字架にかけられながらも、ローマの兵士に対して、「神よ、彼らをお許しください。彼らは自分のしていることが分からないのです」と祈ったのです。そうすることによって、世の人々ならば憎しみ、怨讐となるそのような国境を越えることのできる一つの本然の手本を示したのです。

 イエス様はどう考えたのかというと、個人の怨讐があり、家庭の怨讐があり、氏族の怨讐があり、民族の怨讐があり、国家の怨讐があり、世界の怨讐がある。これらによって数多くの人々が縛られているというのです。家庭的怨讐、氏族的怨讐、民族的怨讐の間に戦いがありました。このような戦いの前に登場して怨讐を愛していく道によって、いつかは勝利することができるのです。私たちもその日を求めざるを得ません。

 万一、神様がこの世の国やサタンと同様に、復讐する立場に立ったとするならば、この世界はすべてなくなってしまうに違いありません。それで、キリスト教を中心にして神様が、神様の祖国をどこから出発するのかというと、このような思想をもった個人から出発するに違いありません。それゆえに、愛でもってすべての怨恨を越えていきながら、これを解いて消化させながら、怨讐までも愛することのできる運動を提示しなければなりません。この宗教が、キリスト教であったのです。キリスト教が、その運動の中心です。豆を植えれば豆が実り、あずきを植えればあずきが実り、花を咲かせたい人は花の咲く種を蒔いて、赤い花を咲かせるのと同じように、怨讐をはらんだ種を蒔いたサタンは怨讐の世界を結実したけれど、怨讐を愛する種を蒔けば、その怨讐を愛する木を得ることができるのです。

 誰がそれをするのでしょうか。今日、キリスト教について言うならば、キリスト教の数多い教派は、なぜ生じたのでしょうか。キリスト教の中に多くの教派が生じたという事実は、怨讐を愛せよという原則が失敗しつつあることを示しています。長老派はメソジストを、メソジストは他の教派を、というように、他のクリスチャンの仲間を愛しているでしょうか。正統的なキリスト教は何かというと、怨讐を愛するという原則を実践する人々です。それを実践する人々が神に近いのです。そのことによって、真なる神様の願う本来の個人と家庭と国家と世界が現れるのです。

 そう考えると、キリスト教が一つにならなければなりません。それによって数多い国が一つになっていく道が、開かれるのです。それでは、今日の統一教会は、いったい何者でしょうか。あなた方は異端ではないですか。(いいえ)。どうして「ノー」ですか。出かけていって、世界のすべてのクリスチャンに「統一教会とは何か」と聞いてごらんなさい。彼らは、「あなた方は異端だ」と言うでしょう。(いいえ)。どうしてあなた方は「ノー」と言うことができるのですか。あなた方が「ノー」と言うのは、NOとつづるのではなく、あなた方は真理を知っているのでKNOWと言うのですね。

 怨讐を愛するということは、簡単な内容のようです。しかし、歴史の中心がここに脈打っているということを知らなければなりません。重要なことは、キリスト教の真の伝統を受け継ぐということです。私たち統一教会が、この基本的教えを実践している限り、私たちこそ正統派の中の正統派です。

  神の祖国を取り戻す方法

 アメリカは敵をもっていますか。それは誰ですか。レバレンド・ムーンです。(いいえ)。事業界の敵、宗教界の敵は、レバレンド・ムーンです。彼らは、レバレンド・ムーンを悪者だ、とさえ批判しています。しかし、統一教会やレバレンド・ムーンを真に知っている統一教会員たちは、誰が何と言おうと、自分の信仰を変えることはできないと確信しています。「怨讐を愛する」という道を進むなら、たとえ反対する人々は倒れることがあったとしても、レバレンド・ムーンが倒れることはないでしょう。
 ある人々は、「レバレンド・ムーンを、早く霊界に連れていってください」と祈っています。それに対して、ムーニーたちの祈りはこうです。「たとえ私が十字架を負ってもいいですから、アメリカを許してください。アメリカを目覚めさせてください。アメリカ人をして、真に神を中心とした男女たちにしてください。私はこの国のために犠牲になっても結構です。もし、そうしなければならないとしたら、私はそれを受け入れましょう。どうか、この国を許してください」。神は、この二つの祈りを聞いています。アメリカの許しと目覚めとを求めている人々を見ると、彼らは貧しい青年たちです。神が「私は勝利者の味方です。ムーニーは、あっちに行け」と言うと思いますか。

 私は、霊界にある生命の書に記されている人々を知る機会を得ました。それらの人々は歴史の中で迫害された哀れな、時には殺されて犠牲になった、そういう人々でした。一方、百万長者、偉大な政治家、地上での偉大な人々の名前は、そこには出てきませんでした。

 怨讐を愛するという原則にかなう個人と家庭から、氏族、民族、国家を形成して、無条件に怨讐の国家、怨讐の国民を愛する国になったとすれば、その国が神様の願う理想の国となることができるのであり、今日の成すべきすべての神の摂理を、神の理想を、実現することができるのです。神の祖国をあなた方の手で取り戻すには、怨讐を愛さなければなりません。怨讐を愛するとは、個人の怨讐を愛し、家庭の怨讐を愛し、氏族の怨讐を愛し、国家、世界の怨讐を愛するということです。このような原則を通さずしては、そのような理想の国は現れることができないということを知らなければなりません。

 その道の途上において、敵対するものがあったとしても、私は遺憾には思っていません。アメリカのある人々は、私に対して友好的ではありませんでした。すべてが終わったとき、私はこのことのゆえに、これ以上のことを神様に報告しようと思っています。もし、私が平和的で友好的な環境を与えられていたならば、何も劇的な実績は生まれません。彼らのゆえに、私は自分を確かに証明することができるのです。どのような迫害の中でも、私は決して呪いの一言も口にしませんでした。決して不平も言いませんでした。復讐もせず、人を悪く言うこともしませんでした。なぜならば、反対が強ければ強いほど、それだけ大きな同志を神は送ってくださるからです。それは宇宙の大気のようなものです。高圧点が生まれると低圧点も生まれます。否定的な要素があるとき、常に別な方面で私の周りに肯定的な要素がつくられます。私は、迫害が甘美なものだ、という秘密も学びました。正しい心でそれを耐えると、戦わずして常により多くの同志を勝ち取ることができるからです。

  愛は至高の力

 あなた方は、ホーム・チャーチ伝道をします。あなた方は喜んで、人々に奉仕に行こうとしています。ホーム・チャーチであなた方は、いろいろな迫害に遭うでしょう。統一教会のことを全然知らず、あなた方のことも全然知らない人々は、あなた方がそんなに虐待されているのを見て、ムーニーは精神病ではないか、どこかおかしいのではないかと考えるでしょう。しかしよく見ると、精神病でもないようだし、身なりもきちんとしているし、テストをしてみると考え方も健全だし、その目を見れば輝いているし、交わす会話も非常に知的だし、聞いてみると大学の学士、博士の資格もみな取っている。それがムーニーだったのか、と思うでしょう。

 そこで人々は、「あなたはどうして、こんなことをしなくてはいけないのですか」と聞きます。彼は、「私たちは思想――人々を愛し、人々に宣べ伝えるべき思想をもっているからです」「何ですって。私はそれについて知りたい」「私は地上に神の祖国を建設したいと思っています」「どうしてあなたは、神が国を必要としていると思うのですか。神はすべてをもっているではありませんか」「では、どうして神に祖国が必要か、またどうして神はこの地上に足場が必要か、どうぞ私の講義を聴きに来てください」。

 あなた方がホーム・チャーチの地域で受ける迫害は劇的なものです。それは、劇的であればあるほど良いのです。殴られて追い出される、殴られて倒れる、あるいは死にそうになる。そういうことが繰り返されている間に、あなた方はホーム・チャーチの地域全部を復帰してしまいます。あなた方は、それを全部、勝ち取ってしまうでしょう。

 あなた方は私を、どのように見ますか。世の人々は、私を悪い人と思っているでしょう。(いいえ)。たとえ全世界の人々がそう言ったとしても、一人の方――神様は「そうではない」と言われるでしょう。ですから、レバレンド・ムーンは、人々が言うことは気にしません。私は常に神様が何を言われるかを気にしています。神が私を良い息子だと思い、神が私を神のチャンピオンだとみなしてくださる限り、周りの世界のことを気にかける必要があるでしょうか。レバレンド・ムーンが一人でなく二人になり、一〇〇人になり、一〇〇〇人、一〇〇〇人が一〇〇万になる、若い青年男女がそのようになって五色人種が一つになり、五色人種が一つになって神様が祝福する家庭が編成され、氏族が編成され、民族が編成され、国家と世界が編成されて神様の理想が実現されていくのです。

 私たち統一教会では極端から極端まで、途方もなく劇的なことが起こり得るのです。それは神の愛の至高の力を示すためです。極めてハンサムな白人の男性と醜い黒人の女性との結婚もありました。そして麗しい天の家庭をつくるのです。蜜のように甘い生活を築き上げます。それは神の目から見て、何と麗しいことでしょうか。夫婦は大きな旗を立てて行進します。その旗には「私たちは、私たちの敵を愛します」と書いてあります。そして神の王子、王女のみ座に行きます。それが私たちの目標です。刺激的な生活です。どんなちっぽけな人種差別もなくなります。ちっぽけな文化の違いや国籍の違いは、何の意味もなくなります。それらすべてを超越します。

 去年はイギリスで大きな祝福がありました。たくさんのカップルが生まれましたが、大抵の場合、二人とも敵同士だった国の市民でした。例えばイギリス人がドイツ人と結婚したり、フランスとドイツもあまり友好的な国同士ではありませんでしたが、両国の男女が甘い蜜のような夫婦になりました。ある場合には、お互いに言葉が通じず、互いに新しい目の合図による言葉、アイ・トークをつくり出しました。アイ・サインです。このように、愛の力で私たちが克服できない障壁は何もありません。その力は、至高のものです。

  怨讐を愛するという単純原則

 しかしながら、ある人はこう言うかもしれません。「私はどんな敵をも許せます。問題ではありません。統一教会は理想的なところです。真理があり兄弟愛があり、私が夢に見ていたことを私は得ているのです。でも、伝道だけはどうも……。私は人に近づけません。人に話しかけられないのです。それが私の敵です」と。

 さて、きょうあなた方は、その答えを得られました。あなたの敵を愛しなさいということです。もし、ある人が、自分にとって苦手な人であるとしましょう。彼が敵なら、彼を愛しなさい。するとあなた方は彼を征服するでしょう。天国はその法則から生まれます。あなた方が敵を愛する行為、その一点から天国は栄えるでしょう。ですから、レバレンド・ムーンの哲学は非常に単純です。原理は非常に単純です。怨讐(敵)を愛するという姿勢をもち、実践するという一つの原理によって、あなた方はどんなものをも克服できるでしょう。どんな障害も、あなた方の前に立ちはだかることはありません。

 私は六十年の生涯の中で、あらゆることを体験してきました。したくなかったこと、取り組みたくなかったこと、行きたくなかった所が、あまりにもたくさんありました。だからこそ私は行きました。だからこそ、私はしたのです。なぜなら私は敵を愛したいと思ったからです。一番嫌なことを私は率先してやりました。だから私は労働者になり、農民になり、乞食にもなりました。船着き場の労働者にも、鉄鋼労働者にも、炭鉱夫にも……。すべてです。私はまた、グロスターで漁師にもなりました。そこではプロの漁師たちも降参しました。私の記録に誰もついてくることができませんでした。

 ですから私は毎日生活しながら、この原則を行っています。ですから、統一教会の原則は単純です。私たちは単純な原則を実践します。私たちは、その原則にのっとって生きるのです。外部の人々は顕微鏡を使って、統一教会の秘密を見つけようとしますが、見つけられません。そんな単純な原理が顕微鏡によって見えるはずがないからです。でも私たちは、それを行います。私たちはそれに対して真剣です。

 きょう私が話している題目は、何でしたか。「神の祖国」です。神は一つの国を必要としています。地上の神の祖国です。私たちはそれをもちませんでした。その国は「あなたの怨讐(敵)を愛しなさい」という一つの原理を実行します。

 きょうは、私の六十回目の誕生日です。六十回目、それはある面ではサタンの数字です。これまでの私の六十年の生涯は、蕩減を支払う歳月でした。人間の罪の途方もないほどの蕩減が、私の血と汗と涙によって支払われました。さて、この日から、七十年が始まりつつあります。完成数、新しい数は、完成の日です。その十年間が来つつあります。それは成就のため、そして完成のためです。

 多くの皮膚の色をした人々がここに来ています。この会堂は天国の縮図です。五つの肌の色、一二〇カ国の人々が、この会堂に集まっています。私たちがしなければいけないことは、「あなたの敵を愛する」ことです。私たちは、敵に復讐しようとしてはいません。敵を滅ぼそうとしてはいません。敵を愛することによって、彼らを解放しようとしています。

  神の祖国復帰実践の場

 どこで、「あなたの敵を愛しなさい」を実行するのか、あなた方に理解してほしいと思います。「家庭教会天国基地」は、一九八〇年の標語です。ホーム・チャーチが「あなたの敵を愛しなさい」を実践する場所です。そこであなた方が学び、重荷を負うことができ、迫害を受けたり、神の涙、神の悲しみの心情のすべてを味わい経験することができます。それが、ホーム・チャーチの摂理です。

 ホーム・チャーチには地域(テリトリー)があります。あなた方は、あなた方の任地をもっています。メンバーが増えると私たちの任地が大きくなり、ニューヨーク市全部を、それからニューヨーク州全部を、そして東部を越え、中部を越えてアメリカ合衆国全部、全世界をカバーするようになります。そして世界にあふれるようになり、そこで私たちは霊界までもカバーするようになるでしょう。そして神様までも占領してしまうでしょう。私たちは神様までも、ホーム・チャーチのメンバーとみなします。ですから世界のホーム・チャーチのメンバーが神様に対して、「神様、あなたはそこにとどまってください。出てこないでください」と言うと、神様は、「いや、我が息子よ、私はあなたと一緒にいたいのだ」と言うでしょう。神様は一人で高い所におられますが、「私はホーム・チャーチに一緒にいたい」というわけで、神様はやって来られます。そこで神様は言うでしょう。「これが私の家だ。これが私の国であり、これが私の世界だ。すべてが成就されたのだ。一緒に踊って歌いましょう」と。

 偉大な勝利の日が来ようとしています。その日には、神様が神の祖国を復帰して、神の国、神の国民、神の国土を見るでしょう。そして、天の憲法を宣言します。神のもとにある生命、自由、幸福の追求、神のもとの真の民主主義、人間の生存の権利。それは人間の基本的な権利です。

 ですから、私たちは解放の任務に従事しています。私たちは、あらゆる分野の人々を解放しなければなりません。経済分野、文化的分野、共産主義と闘っている分野。あらゆる分野です。私たちは、神の真の心情で彼らを解放するのです。私たちは国境に疑いをもっています。アメリカ国民があまりに反対したからといって、私はアメリカ国民を憎む立場にはありません。私は彼らを憎みませんでした。私は、私たちがあらゆる障壁を打ち壊すことができるという確信をもっています。この国には、人種的、文化的、言語の障壁があります。私たちの思想と働きが、それを破壊し得ると確信しています。なぜ私たちは、それをすることができますか。それはひとえに、神の祖国の復帰という理由からです。

 あなた方の敵は、どこにいますか。どこにも敵はいません。なぜなら私たちは、死や損害を愛で償うからです。それでは怨讐は何でしょうか。肉身の好むものは、全部、敵だということを知らねばなりません。それが、あなた方が注意しなければならない、唯一の敵です。外に敵がいるのではありません。敵は、常に内部にいるのです。

 きょう、私たちは神の祖国の復帰について話しました。私たちの祖国は、神の祖国です。神の祖国の復帰のために前進することを誓いましょう。神の祖国の復帰に参加する勇士は、手を挙げてください。アーメン。神が皆様を祝福されますように。ありがとうございました。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.10.26 21:15:22
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