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2022.06.18
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「完全な家庭理想」

1994年10月4日
漢南洞公館

 一九九四年十月四日、アメリカから帰国され、帰国歓迎会で韓国の幹部に​韓国語で語られた内容​を翻訳したもの。


  真の愛が「家庭盟誓」の前提条件

 摂理的な観点から見るとき、復帰摂理の時代は終わったと見ます。復帰摂理時代が終われば、本然の創造理想の世界に入っていくようになるというのです。復帰摂理時代が終わるという話は、堕落した世界のサタン権限世界が終わり、神様が地上と天上世界を直接管理する時代に入るということです。このような時が来るので、統一教会では「家庭盟誓」というものを宣布しました。
 「家庭盟誓」は一般の人がするものではありません。「家庭盟誓」というものは、どんな人でもできるようにはなっていません。「家庭盟誓」の七大条件の先頭には、「私たちの家庭は真の愛を中心として」ということが前提となっています。それはどういうことでしょうか。サタン世界と関係のない基盤だということです。
 堕落することによって、偽りの愛を中心として、偽りの生命、偽りの血統が連結された世の中となりました。これを克服し越えていくために、何を持たなければならないかといえば、真の愛と真の生命と真の血統の場を占めなければなりません。そうでなければ、これを克服することができないのです。皆さん、これをはっきり知らなければなりません。
 なぜ、「家庭盟誓」に真の愛を前提条件としたのかといえば、エデンの園で堕落がなかった、本然の世界に入っていることをいうためなのです。分かりますか。真の愛と真の生命と真の血統が、神様と共に一体的理想をなしたならば、そこには偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統がないのです。そのような人が地上で暮らすことによって、地上天国と天上天国がなされるのであり、永遠なる世界の出発が形成されるはずだったのですが、これを堕落によって全部失ってしまったというのです。
 それゆえ、歴史を通して、今まで数多くの宗教家や数多くの聖賢、賢哲たちが現れましたが、そのすべてが真の愛とは何の縁もありません。このようなすべてのものを解決するために、イエス様がこの地に来て、新郎新婦の基盤を築いたのです。メシヤが来てすべきことは、新しい家庭と新しい氏族と新しい国家と新しい世界をつくり、新しい皇族圏を設定することです。
 皇族圏の直系の先祖は誰でしょうか。堕落しない、神様の直系の子女として、真の愛を中心として、真の生命と真の血統の基盤を中心とした人です。そのお方が種です。その種から根が出てくれば、中心の根になるだろうし、そこから中心の幹、中心の芽として大きくなっていくのです。これが縦的に大きくなるにつれ、それに対応して横的に世界に拡大していく立場として、家庭と氏族が連結され、民族、国家、世界が連結されるのです。
 ですから、真なる根、真なる幹、真なる芽を中心として連結された枝も、真の愛の枝であるからには、そこで結ばれた実は本然的アダム家庭になるのです。中心の根になることができ、中心の幹になることができ、中心の芽になることのできる起源の種が実として現れるとき、その実を、家庭における夫婦を中心として植えておけば、一族の新しい中心の根になり、中心の幹になり、中心の芽になるようになっています。それゆえ、実は同じ価値があるのです。
 このような観点から見るとき、今日、統一教会は「家庭盟誓」の二番目に出てくるように、神様と真の父母様を中心とした代表的家庭となり、中心的家庭になるのです。自分の家庭は、ただ懸け離れた、金氏なら金氏の家庭ではありません。祝福を受けた家庭が大韓民国の島の端で暮らすとしても、島の端で暮らす家庭ではありません。

  アダム家庭と同一の価値を備えるべき祝福家庭

 祝福というものは、堕落しなかった本然的基準の神様の愛と連結され得る基準なので、堕落しなかったアダムとエバの家庭と同じ価値を持たなければならないのです。分かりますか。そうしてこそ、同じ種になるのです。個々の家庭は、アダム家庭の価値を持つようになるのです。同じ種の価値を持たなければなりません。
 それゆえ、真の愛を中心として本然の種となるべきアダム家庭で、不孝だったすべての内容がいくら拡大するとしても、祝福を受けた家庭は、本然の家庭と同じ価値を備えなければならないというのです。分かりますか。そうでなければ天国に入れないのです。例えば、アダム家庭で完成した先祖が霊界にいるなら、それは、後孫として皆さんが祝福を受けて復帰された価値と同じなのです。平面上で同じ位置に立つことができるのです。そうではないですか。
 このように考えるとき、私たち祝福家庭は、それと同一な価値を備えなければなりません。同一な価値を備えるようになるということは、自分が現在立っているある氏族を通して、ある人の息子として生まれたということではないということです。
 祝福を受ける立場は、大韓民国の金氏なら金氏の息子として祝福を受けるのではありません。神様の直系の堕落する前のアダム・エバと同じ立場で祝福を受けなければなりません。それはどういうことでしょうか。その家庭を中心として、全体を代表しているということです。アダム家庭が全体の代表になり、アダム家庭の一点を中心として宗族が連結され、氏族が連結され、世界まで発展するのです。一点を中心として球形と円形で発展するのと同じです。
 これと同じように、中心の位置は、アダムと同じ本然の種の位置を自分が相続し受けたので、アダムがなそうとした氏族、民族、国家、世界型を、級は異なりますが、同じ内容の価値を備えなければならないというのです。
 このように見るとき、真のご父母様が真の父母と成約時代を発表し、安着したという事実はどういうことでしょうか。それは、天宙史的な代表的家庭であり、中心的家庭として、今まで世界に拡大されたサタン世界の舞台を完全に整理し、平行圏内で世界大家族を中心とした中心の位置に定着することと同じです。分かりますか。(「はい。」)
 歴史的に見るとき、真の父母と共に同参して暮らした家庭がないのです。私たちの先祖で、真の父母の歴史を受け継ぎ、価値的に同一的内容を備え、この地上に生きて逝った人がいないというのです。分かりますか。これを蕩減しなければなりません。
 今まで歴史的に数多くの人類が、真の父母を中心として生きることができなかったことを、真の父母を中心として祝福を受けた人々は、氏族を中心として全世界版図に平行基準で連結させなければなりません。それができるというのです。問題は家庭です。氏族も家庭から編成されるのです。十二氏族を束ねれば民族になります。民族から国家が形成されるのです。すべての根本の理想的単位、世界形成の単位、国家形成の単位、民族形成の単位、氏族形成の単位は何でしょうか。家庭です。その単位が完全になるときは、すべての氏族も完全な編成がなされるのであり、民族、国家も完全な編成がなされるのです。分かりますか。(「はい。」)

  天国と地獄の根は心と体

 それゆえ、皆さんの家庭はどのような家庭でしょうか。真の父母を代身した家庭です。真の父母は、世界的なすべての家庭とぶつかったというのです。サタンは真の父母の家庭をなくそうとし、真の父母の家庭が定着できないように、ありったけの力を振り絞ったのです。それで、個人的な迫害時代、家庭的な迫害時代、世界的な迫害時代まで経ました。このすべてにおいて、霊界全体とサタンが総動員して妨害したのです。天は守護してくれます。そうかといって、天が直接、先頭に立って開拓をしてくれるのではありません。
 アダムとエバが失敗したため、アダムとエバが完成しなければならないのです。神様が天国をつくってあげることはできません。神様が天国をつくってあげるとすれば、歴史時代の長い期間は必要ないのです。一瞬のうちにつくることができます。自分たちが過ったため、復帰するためには必ず蕩減路程を経なければならないのです。
 そのため、すべての歴史は、今まで祭壇という過程を経て分別してきたのです。ただ分別するのではありません。必ず祭物という過程を経なければならないのです。その祭物的祭壇が宗教です。どのような宗教でも、宗教を中心として文化を分立する役事をしたのです。
 このような全体の文化圏を総合した、主流的宗教圏を立てなければならないのでつくったのが、イスラエル民族を中心としたユダヤ教であり、自由世界を中心としたキリスト教だというのです。それで、この宗教版図を中心として分立してきたのです。
 それゆえ、最後になって、天とサタンが、全世界万民を中心として総清算すべきことが、アダム家庭から始まるのです。アダム家庭においてカインは何でしょうか。左翼です。左側の強盗と同じです。アベルは右翼と同じであり、右側の強盗と同じです。アダム家庭で分立されたのをイエス時代に統合しようとしたのですが、国家的基準で失敗したのです。ですから、サタンを中心としてアベルを再び打つことができたのです。なぜでしょうか。父母がいないからです。中心がいないというのです。それで、再臨の時まで連結してきたのです。
 アダム家庭で失ってしまったものを国家で失ってしまったため、世界的途上で、キリスト教文化圏を中心として裂いておき、清算しようとしたのが第二次大戦です。聖書でいうハルマゲドンの戦争は、ほかでもなくこの戦争をいうのです。
 イエスが十字架で逝ったので、来られる主に侍ることができなければ、十字架の道を行かなければなりません。十字架から下りてきて右翼を清算せずには、再臨理想、真のご父母様の理想、創造理想が実現されないのです。このように祭壇を中心として闘ってきたすべてのものが、キリスト教文化圏を中心として清算されなかったため、統一教会を中心としてこの仕事を代身しなければならないのです。
 ですから、統一教会は自分の家庭を中心として生きるようにはなっていないのです。自分の国を中心として生きるようにはなっていないのです。摂理史において、このような最後の判決を下すべき宗教圏全体を総合し、宗教圏と反対である政治圏を操縦すべき責任があるというのです。
 私たちを見れば、私たちの体と心が分かれているのです。心の世界を糾合するために宗教圏として発展し、体の世界は政治圏を中心として発展しました。体はサタン圏です。いつもカインがアベルを打ってきたのです。そのことが家庭や国家や世界から始まるのではなく、個人から始まっているというのです。皆さん自身の体を中心として根を張っています。地獄の根、天国の根が生じた所は世界ではありません。終わりの日の世界が地獄と天国ではありません。地獄と天国の根はどこにあるのでしょうか。どこまでも、皆さんの体と心にあるということを知らなければなりません。今までそれが分かりませんでした。
 数多くの聖人たちが教えてくれましたが、相対的世界に適用しようとしたのであって、自体で闘う、この根拠地を爆破させることができませんでした。統一はここからです。ここから始めなくてはいけません。分裂した本然の所はどこでしょうか。国家ではありません。そこがアダム家庭です。アダム家庭の夫婦ではありません。夫婦になる前に、エバからアダムからその闘いが始まったのです。体と心がそこで分かれたので、統一的に一つに収拾するために、迫害する反対の世界を全部清算して、本然の世界の根を求め、その根を是正しなくては完全な木になれないのです。

  アダム家庭の失敗を世界的に蕩減

 アダム家庭においてエバが過ったのです。エバが過ったものを蕩減復帰しなければなりません。蕩減復帰するには、天の側も必要ですが、サタンも必要とする立場に立って、対峙してこれを連合させなければなりません。
 私たちの体と心を中心として良心と体が闘う、そのすべてのものは、アダム家庭で失敗した因縁を連結させ、世界版図に引っ張っていくのです。そのようにして最終終着点をなし、清算すべきなのがイギリス、アメリカ、フランスです。イギリスは島国なので、女性を代表します。アメリカはアベルを象徴し、フランスはカインを象徴します。歴史的に見れば、イギリスとアメリカが争いました。それらが世界的国家として連合したという事実はどういうことでしょうか。心の世界、天の側のエバとカインとアベルが、世界的に実を結んだものを天が取るのです。
 出発は体を中心としてなされました。サタンが体を中心として二つに裂いたので、それと対峙し得る個人、家庭、氏族、民族、国家を越えて世界的版図でも、それとまったく同じ立場で、日本、ドイツ、イタリアがあります。日本は島国です。ドイツはサタン的アベルです。それゆえ、キリスト教抹殺主義を唱えたのです。それは神様抹殺主義です。イタリアと一つになりました。イタリアは天使長のように行ったり来たりするのです。変わりやすい民族です。
 このように見ると、内的事情がまったく同じなのです。しかし、方向が異なります。一つは天の国に向かおうとし、一つは天がないという無神論的基準、人間的基準で決着をつけて、人間が構想し、悪魔が構想する理想世界をつくろうとするのですから、争いをせざるを得ないというのです。
 そのとき、連合軍が勝つことによって、日本、ドイツ、イタリアはなくなるのです。元来は、侵略を受けた国が戦争の損害賠償を請求すれば全部なくなるはずですが、時がそれではいけないので、天が保護してあげたのです。兄弟の時代を経て、父母が来る時代なので、それではだめなのです。これを防御した人が蒋介石です。日本を防御してあげたのです。
 このような摂理史の歴史的内容を、今日実際の歴史に符合させられずにいます。先生が現れることによって、この内容をこのように確定し、結末をつけるということを知っているので、この歴史時代は新しい時代に転換できる道を探し得るのです。それがどこに起こるのでしょうか。
 世界途上で勝利したイギリス、アメリカ、フランスを基準として覆されるのではありません。英・米・仏が枢軸国を統一したなら、統一した家庭基盤がどこで設定されるでしょうか。英・米・仏の主権者たちの家庭ではありません。新婦であるエバを中心としたカイン・アベル基準だったので、来られる再臨主を中心として家庭が定着しなければならないのです。初めて家庭が定着するのです。神様を中心として創造理想の完成基準を家庭でなそうとしたことを、世界的勝利基盤の上でなすのです。すべての家庭は兄弟の家庭になるのです。カイン・アベルがなくなるのです。
 カイン・アベルがなくなるということは、父母が自由に四方に巡り歩いても侵害するものがなくなるということです。個人的境地はもちろん、家庭、氏族、民族、国家、世界的基準で思ったとおり巡っても、反対がないというのです。そのようにならなければなりません。そうするための中心的存在が、新郎として来られるメシヤだというのです。
 皆さんは新婦を中心とした家庭だというのです。失ってしまったカイン・アベルを一つにして、その基盤の上にキリスト教文化圏が立って、来られる主に出会うのです。このようになれば、家庭的メシヤを通過するのです。分かりますか。それを知らなければなりません。家庭的本然のメシヤ、夫を迎えた家庭が出発できるのです。これをはっきり知らなければなりません。
 主に侍ることによって、アダム家庭で失ってしまったものを取り戻すのです。その次には、アダム一族が失ってしまったすべてのものを取り戻すのです。その次には、イエス様が失ってしまった国家基準を取り戻すのです。初めてイエス様の版図を中心とした世界的基準で世界国家基準を連結させ、霊界と肉界が分かれたことまで連結させるのです。これを分立させたのは誰でしょうか。アダム家庭です。アダム家庭が繁殖して悪なる家庭をつくったことを、反対に蕩減して、真の父母の因縁を結ぶことができなかったことを持っていって再度くっつけなければならないのです。
 それをくっつける真の父母は複数ではありません。複数ではないので、長い歴史を中心として新郎となられる主が来られれば、新婦となるお母様を中心として息子・娘が一つとなるのです。一つとなったという事実は世界史的です。ですから、その父母と完全に一つになるすべての家庭は、父母が定着すれば、周辺で同じ平行線上で世界史的な家庭を越え、氏族、民族、国家、どこを経たとしても塀がなく、動くことができる時になったということを知らなければなりません。皆さん、それを知らなければなりません。

  祝福を受けた家庭は世界を代表した家庭

 では、再臨主をなぜ送らなければならないのでしょうか。真の父母を失ったためです。アダム・エバの家庭で真の父母と共に暮らした人はいません。真の父母と暮らさずに偽りの父母と暮らしたので、偽りの父母の統治を受けなければならないのが地獄です。これを分けておいて、真の父母に侍るために、独身生活を通してアダム創造時代を経るのです。それで、高次的な宗教は独身生活をしたということを知らなければなりません。
 なぜでしょうか。真の父母が今まで結婚式をできなかったのに、地上で真の父母を探す者たちが結婚式をすることはできないからです。それで、独身生活を強調したのです。独身生活を経て、真の父母に出会って、真の父母に個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的基準で侍ったという因縁を取り戻さなくては、世界解放圏を迎えることはできないのです。原理講義をしようとすれば、これをはっきり知らなければなりません。
 再臨主が必要であり、真の父母が必要なのは、歴史時代において個人、家庭、氏族、民族、国家、世界に発展してきたすべての家庭が、真の父母と共に暮らしたことがないからなのです。再臨主が来たとき、英・米・仏が統一されていたなら、真の父母を中心として家庭統一から始まるのです。真の父母を中心として家庭連合。家庭が一つになるなら、氏族は問題ではありません。民族が問題ではなく、国家が問題ではありません。なぜなら、真の父母は、世界的版図の上に来られるのです。世界的版図の勝利的基盤の上に来られる父母なのです。
 このお方は、何をするために来られるのでしょうか。家庭時代の代表的な真の父母として来られるのです。氏族的な時代の真の父母として、民族的な時代の真の父母として、国家的時代の真の父母として来られるのです。
 では、真の父母と一つとなって祝福を受けた家庭には、どんなことが起こるのでしょうか。真の父母と主体・対象として一体理想圏内に入れば、どんなことが起こるのでしょうか。相対となる祝福家庭も、真の父母に従って、真の父母の生活のすべてのものを受け継ぎ、蕩減もなく越えていくというのです。家庭的に真の父母の心情を受け継ぎ、氏族、民族、国家、世界的に受け継ぐ資格を備えるので、真の父母の対象圏に立つことができるのです。
 そのようになれば、皆さんの家庭一つを持ち上げるなら、その家庭だけが持ち上げられるのではありません。そこには、真の父母はもちろん、世界、国家、民族、氏族など、すべてが連結されて持ち上げられるのです。
 このように見るとき、祝福を受けた家庭は、名実共に世界を代表した家庭だというのです。分かりますか。(「はい。」)ですから、下を見下ろすとき、自分が世界を代表した家庭として、真の父母の血族の前に、氏族、民族、国家の数多くの血族の前に恥ずかしくない、神様を代身した家庭にならなければならないということは間違いのない事実です。
 このような意味で代表的家庭であり、中心的家庭です。アダム・エバの家庭と自分の家庭は同じ価値だというのです。ですから、皆さんはここではこのように暮らし、あちらではあのように生活するということはできません。
 アダム・エバの家庭という一つの起点を中心として、氏族はその周りになるのです。家庭は核心です。核なのです。核は移動できません。そのような自分の家庭を中心として、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様を解放することのできる立場を備えなければなりません。神様と同居できなければなりません。神様が家庭に同居でき、氏族、民族、国家、世界、天地が同居できる家庭的価値の内容を備えてこそ、堂々と天国に入ることができるのです。
 アダム家庭は世界家庭の代表でしょう。時間的な未来を残していますが、その行くべき所は全世界家庭の代表の立場です。しかし、今日、蕩減復帰の原則によって、私たちが立った立場は世界的代表の立場です。逆さまです。そのような立場ですが、アダム家庭を代表した立場を訪ねていかなければなりません。
 自分自身が、このすべての八段階の基準家庭を訪ねていくことにおいて、真の父母を中心として、神様と共に暮らした心情的基準は変わってはなりません。それでこそ、天国に入ることのできる私たちの家庭になるであろう。(「アーメン。」)

  聖子の道理を果たすべき祝福家庭

 それで、盟誓の第二番に出てくるのです。家庭では孝子、国家では愛国者になるのです。孝子というのは、地上におけるサタン世界の孝子ではありません。歴史にない、初めて現れる孝子です。神様は、アダム家庭を失ってしまった恨みを残したのです。それゆえ、真の父母を捜し出すためにさまよってきたというのです。ですから、真の父母自体が、どれほど貴いかということを知らなければなりません。
 このような家庭であるので、死亡世界を越え、神様の愛を中心とした直系血統圏内に入るのです。このような真の父母の歴史性が、世の中に結実として現れたのが祝福家庭です。この祝福家庭は世界的です。世界平面図上で祝福を受けるのです。この下には数多くの国家があり、数多くの氏族があり、数多くの家庭があり、数多くの個人があるのです。反対になったのです。ですから、代表型です。ゆえに、アダム家庭が世界的家庭完成によって統一世界をなしたならば、その価値と私にもたらされた価値は同じなのです。種です。世界的な種だというのです。
 それゆえ、孝子にならなければならず、忠臣にならなければならず、その次には何ですか。聖人にならなければなりません。聖人だけではいけません。聖子の道理を果たさなければなりません。
 世界という舞台を中心として、神様がアダム・エバに相続させてあげたのです。分かりますか。天地を相続させてあげた価値の基準を中心として、この伝統的歴史にアダム・エバが種となって繁殖したすべての者が、同じ価値を持つのです。国なら国でも同じ価値を備えるのです。一つの王を中心として、兄弟と同じになるのです。息子・娘と同じだというのです。そのような社会、そのような国にならなかったのです。
 ですから、地上で聖子の道理を立てなければならないのです。聖子とは何でしょうか。それを知らなければなりません。国というのは、すでに国民が守る法があり、王宮の皇族が守る法があるのです。王宮で守る法は、いつも垂直を中心として連結しなければなりません。それを知らなければなりません。王宮では垂直です。いつも垂直を中心として、伝統の法が生まれなければなりません。
 その次に、国家はこの垂直に従い、横的に法がつくられなければなりません。それゆえ、国家には二つの法があるのです。同様に、地上天国時代にも二つの法があります。地上で実体として王に侍って暮らすべき国民だというのです。国民だとしても、自己の家庭において、家庭を中心としてだけ暮らすのではありません。そこでは縦的な王宮法を尊重視しながら、家庭で父母に縦的に侍って暮らすように、王に対して父母の代身として侍るのです。縦的基準を尊重視しながら、そこに水平的基準を築いていかなければなりません。これは万民が同じです。すべての国民の家庭が同じです。
 代表家庭である王宮の法は、縦的な天の国の法と、過去、現在、未来においても変わることのない神様の創造理想的価値、真の愛を中心とした心情的価値の中心の根となり、中心の幹となり、中心の芽となり得るものを守っていかなければならないのです。
 では、聖子になるためには、いくつの法を守らなければならないでしょうか。地上の国の法と地上の宮殿の法、天上の国の法と天上の宮殿の法をすべて守らなければならないというのです。そうなれば、横的世界に行っても東西南北で歓迎され、縦的世界に行っても東西南北で歓迎されるのです。前後、左右、上下で歓迎されるようになるとき、聖子の道理を果たすことができるのです。
 これは祝福家庭が、絶対に成し遂げて逝かなければならないのです。これをなさずに逝けば、あの世でも合いません。合わないので、自然に合わない立場に落ちて、恨みの一族になってしまうのです。分かりますか。
 これは話だけではありません。深刻です。このような観点から見るとき、サタン世界の孝子が問題ではなく、サタン世界の忠臣が問題ではありません。忠臣というのは、歴代王朝の王たちは死んでいると考えるのではなく、自分の前に生きて取り囲んでいると考えるのです。歴史を引き継ごうとすれば、それ以上でなければなりません。
 このような観点から見るとき、真の父母という言葉がどれほど恐ろしい言葉でしょうか。先生が本当に真の父母ですか。本当に再臨主ですか。本当にメシヤですか。これに対する確信がなくてはだめなのです。事実ならすべて終わるのです。この世で恐ろしいのは、これしかありません。
 神様の救援摂理の目的がそれではありませんか。アダム家庭を取り戻そうというのです。アダム家庭で真の父母を設定できなかった、そのことをなすために、引っ張って、引っ張って、引っ張ってきて、サタンの偽りの家庭でさまざまな冷遇を受けながら、血を流し、死地まで行ったのです。
 長成期完成級までは、サタンがいつでも殺せるのです。先生の時代である再臨時代は、長成期完成級の時代を越えたので、サタンは殺すことができません。ありとあらゆる迫害をし尽くす中で、恨みを残し得るすべてのものを引っかけて、引っ張っていくことはできるかもしれませんが、殺すことはできないのです。なぜでしょうか。蘇生、長成圏はサタン圏内ですが、完成出発圏はサタンが主管するのではなく、神様が主管する立場なので、殺すことはできないのです。

  ご父母様のご家庭において蕩減

 ところで、なぜすそをまくり上げて働かなければならないのでしょうか。子女たちが越えていくべき道を築いてあげなければならないのです。分かりますか。アダムは直接主管圏内に進むことができませんでした。そこに進んで行くべきものが家庭でした。
 先生が聖婚式をした一九六〇年は、アダム家庭が堕落した長成期完成級の位置です。その位置で、完成期を連結させる出発をするのです。その出発は、七年路程を中心として迫害を受けなければならないのです。そこで一つになれないときは、全部蕩減しなければなりません。興進君がそのとき逝ったのも、皆さんの家庭が先生の家庭と一つになれなかったからです。
 ご父母様の家庭は、全体家庭を代表してこの道を行きますが、符合し一つになることができる相対がなくなるときは、相対の条件に該当する価値を、地を代身して蕩減しなくては進むことができないのです。そのようなことを先生が知ったので、一切ほかのことを考えません。食べて、寝て、遊ぶということを忘れて、行かなければならないのです。
 一片丹心という言葉があるでしょう。どういうものが一片丹心ですか。目や耳や五官が、全部それぞれぶらぶらできないということです。いつでも一つです。一片です。一つの切れ端のようにならなければなりません。丹心。真心がこもっていなければなりません。ほかのことは考えないのです。二つの心はあり得ないというのです。仕事もし、遊びもし、御旨の道も行くというのではありません。仕事もその仕事であり、遊ぶのもその仕事です。御旨の仕事をすることを、遊ぶこと以上に有り難く思って行かなければなりません。
 見なさい。真の父母を捜すために、天がどれほど苦労をしたかを考えてみなさい。先生が現れる前までは、アダムを捜す道だったのです。それを捜すために、数多くの宗団を中心として、再臨の預言をしてきたのです。ゆえに、世界的な宗団には再臨思想があるのです。その宗団の再臨主は数人ではなく、一人です。真なる男性を捜してきました。神様の心情と通じることのできる男性だというのです。アダム・エバは神様の心情と通じません。
 神様の心情と通じようとして、先生は今までアダムが失敗した人間世界の未知の事実、霊界の未知の事実を全部掘り下げて暴きました。サタン世界がどうであり、天の世界がどうだということを知っています。それを知ったので、神様の事情が分かったのです。神様が復帰路程でアダムを探してくるために、アベルの役事をしながら血をどれほど流されたかを知っています。長成期完成級にいるときまでは、サタンが思うとおりに殺すのです。それは国家基準です。神様が国家を探し立てることができる、そのときまでは国家で殺すのです。
 サタンは、一つの国家があって、その国家が天の国になるならば、自分の舞台が一気にすべて倒れてなくなってしまうので、数多くの国家をつくっておいたのです。この世界の数多くの国家は、神様がつくっておいたものではありません。サタンがつくっておいたのです。
 今、百八十二の国家が国連に加入していますが、百八十二の国家だけではありません。数千の民族があります。こうして、言葉まで分けておきました。言葉が分かれたのは問題ではありません。サタンがこのようにしてしまいましたが、真の愛を中心として一つになるときは、すべてのものが収拾されるのです。

  アダムとエバの結婚式は神様の結婚式

 神様とはどのような方でしょうか。私たちの縦的なお父さんだというのです。それを知らなかったのです。神様が愛と人間の中で、どこに定着するかという問題、これは深刻なのです。出発基地が異なれば結果が異なるので、理想世界は現れることができないのです。アダムの愛の根が神様であり、アダムの生命の根が神様であり、アダムの血統の根が神様です。アダムは長子ですが、神様の体です。神様は見えない心を代表した縦的父母ですが、その心的な存在が自らを実体として横的に展開したのです。なぜ、展開したのでしょうか。横的基準でのみ繁殖することができるからです。縦的なものは一点しかありません。
 なぜ人間を創造したのでしょうか。相対的人間を通して横的基盤を占めることによって、子女を繁殖することのできる道があるからです。では、それは誰の子女でしょうか。アダムの子女ですか、神様の子女ですか。神様が誰の子女であることを願って、つくったのかという話です。これが問題になるのです。神様の子女です。それゆえ、神様の子女であると同時にアダムの子女です。このようになるのです。
 では、アダムの子女は何であり、神様の子女は何でしょうか。違うものでしょうか。違うとすれば、地上天国は天上天国に連結できません。分かりますか。理論的に問題になるのです。それゆえ、神様の息子・娘であり、アダムの息子・娘です。これはどこから決定されるでしょうか。
 もし、異なるなら、結婚式を二度しなければならないという話です。最初は神様の結婚式、その次にはアダムの結婚式。しかし、そうではありません。一度に二人の息子が現れるのです。一度に二人の息子が現れますが、その二人の息子が二人になってはなりません。一人にならなければならないのです。
 神様は創造の計画をどのように立てたでしょうか。縦的な神様の直系形が心です。垂直は永遠に必要なのです。皆さんの息子・娘が育つにしたがって、一族の垂直が大きくなるのです。横線と対置するような比例的な発展をするのです。
 このように見るとき、神様が結婚式をしなければならないでしょうか。どちらですか。(「しなければなりません。」)なぜ、どうしてですか。(「アダムとエバの結婚は神様の結婚です。」)いや、結婚式をしなくては息子・娘を生むことができません。相対がいなければ息子・娘を生むことができないのです。ほかの理論は必要ありません。息子・娘を必要とすれば、相対が必要なので、神様も息子・娘が必要なら、結婚式をしなければならないのです。
 その結婚の相対は誰でしょうか。アダムとエバです。アダムとエバが一つにならなければなりません。一つになってこそ、アダムとエバは神様の二性性相に似るのです。そうなれば、神様は、自分に似たので、これを串で刺さなければなりません。これを串で刺して、地に広げなければなりませんか、垂直に立てなければなりませんか。(「垂直に立てなければなりません。」)垂直に立てなければならないのです。そうするためには、串で刺さなければなりません。
 ですから、アダムとエバの結婚式は息子の結婚式であると同時に、創造したお父さんの結婚式になるのです。そのお父さんと息子を結合させるのが生殖器です。ですから、夫婦は心が合わなければなりません。これは絶対的条件です。
 心が合う夫と暮らしますか、合わない夫と暮らしますか。体が別、心が別を願いますか。絶対的に一つにならなければなりません。絶対的に一つになることができる公的基準が立たなければ、真の愛が内的な心の世界と外的な体の世界を刺し通すことのできる軸がなくなるのです。この軸は一つです。ですから、家庭の軸がぴたっと立つようになれば、その家庭が大きくなって世界に連結されるのです。そのようなものが一つの中心ですが、その球形体を中心として多くの垂直で連結されて神様と連結されるのです。分かりますか。

  夫婦生活が幸不幸の根源

 アダムとエバが結婚する初夜が、愛の根であり、生命の根であり、血統の根である神様が、アダムの心の中に入り、エバの心の中に入って、神様の結婚式になるのです。愛を誰が先に感じなければならないのでしょうか。根である神様が先に感じなければなりません。生命の刺激と衝撃も、神様が感じた後に相対的にアダムが感じるようになっているのです。なぜでしょうか。根が先に感じなければならないからです。主体が先に感じなければならないのです。
 血統がどこで一つになるのでしょうか。愛する所で一つになるのです。凹凸(生殖器)をなぜつくったのでしょうか。そのためです。絶対的です。宇宙のすべての統一的起源は、相対的基準がなければならないのです。環境世界は必ず主体と対象の関係があります。動物世界でも人間世界でもみな同様です。
 女性は凹であり、男性は何ですか。(「凸です。」)これは永遠に離れることができないのです。それを合わせて、回って暮らすのが夫婦生活です。今、私が何といいましたか。それを合わせて、回って暮らすのです。
 だから、夫がどこかに行けば、妻も共に行き来しなければなりません。東西南北が分かれることはできません。東西南北は分かれることはできず、軸は分かれることができず、上下は分かれることはできません。それが一つになる所で父母の喜びがあり、子女の喜びがあり、夫婦の喜びがあり、兄弟の喜びがあるのです。
 皆さん、夫婦生活がうまく合わなければ、兄弟たちが心配するでしょう。父母が心配するでしょう。妻がそうなら夫が心配し、息子・娘が心配するのです。これが百パーセント合い、永遠に回らない限り、その家庭に永遠なる幸福は定着しません。自由もここからなされるのです。これがすべての幸福と不幸の根源です。これが合わなければ不幸です。不幸なら地獄に行くのです。地獄になぜ行くのでしょうか。これが合わなければ行くのです。真の愛を中心として合うようになっていますが、合わなければそれに比例して蹴られるので、日陰の世界に行くのです。行ってみなさい、間違いないのです。
 夫婦の生活がどれほど聖なるものですか。アダムとエバが成熟したならば、神様が天下全体の被造物を代表して訪ねていくのです。心情世界で描いていた理想と幸福のすべての与件が、花咲いた場で香りを放つために訪ね入るべき所が、アダムとエバの結婚式場だというのです。そうなれば、すべての鉱物世界の相対圏が万歳するのです。
 そうではなく蘇生段階で一つになったとしても、長成段階に通じることができず、完成段階に通じることができないのです。中心がないので、通じることができません。違いますか。中心があってこそ東西南北、上下、前後にすべて通じるのです。そうでなければ通じることはできません。ふさがってしまうのです。だから、万物の嘆息が出るようになるのです。
 神様と人間が完成して永遠に一つになり、真の愛に触れれば、私たちの細胞がすべて同じ喜びを感じるとともに、万物世界まで一つになって喜びを感じることができるのです。それゆえ、すべての被造世界は神様の産毛と同じです。神様の一身だというのです。髪の毛も自分でしょう。同じです。
 そのような観点で、神様が喜ぶことによって初めて、愛の根と幹と芽を中心として大きくなっていくにつれて、自分も大きくなるようになっているのです。そのようになれば、病気になりません。
 本当に、アダムとエバが完成すれば、神様が完成するのです。そうでしょう。神様が完成できなかったので、嘆息しているのです。なぜでしょうか。愛の定着地を探せなかったからです。その定着地が、アダムとエバの凹凸なのです。神様を中心として縦的に定着するのです。家庭完成です。堕落することによって、この縦的な基準の定着地を立てることができなかったので、全部転がり落ちて、栄えたり滅びたりしながら、今まで来たのです。
 統一家は、真の父母が定着した基準を中心として、絶対的に相対的な価値、内外で同一的な価値を備えて暮らそうという夫婦になれば滅びることはありません。天国と神様を所有したその上で暮らすのです。サタンは干渉できないのです。そのような驚くべきことが地上で決定し、今から新しい歴史の出発をしているという事実を知らなければなりません。皆さんは分からないでしょう。

  女性が母の立場で自分の夫を生む

 先生は誰でしょうか。(「真のご父母様です。」)私は真の父母とは考えません。真の父母になるためには、復帰路程で真の僕にならなくてはならないのです。真の父母は僕であっても真の父母であり、乞食でも真の父母です。
 そのような意味で、廃物のように扱われるアフリカの人々までも救わなければならないのです。その人々にも真の父母としての役割を果たさなければならないので、二十年の水産事業を終えて帰ってくるとき、日本人代表、韓国人代表、西洋人代表を選んで、「私がしていたすべての水産事業に、きみたちが責任を持て」と、祝福を譲り渡してきたところです。
 今は海洋事業が終わったので、南北統一を指向して、その道を積極的に行かなければならないのです。私たち統一教会の教会員たちが南北統一しなければなりません。神様の真の愛と、神様の真の生命と、神様の真の血統を中心とした一族として、先生が呼吸するとき共に呼吸し、苦しいとき共に苦しみを感じ、先生が痛感するとき共に痛感する心になれば、この国を自分勝手に支配できる者は存在しません。反対するときは即刻処断を受けるのです。
 キリスト教のローマ帝国四百年苦役時代を考えてみなさい。彼らは誰を迎えるためにそのようにしたのですか。メシヤを迎えるためなのです。二千年キリスト教歴史、四千年復帰摂理史、六千年歴史は、誰を迎えるためのものですか。メシヤを迎えるためなのです。メシヤとは誰ですか。真のお父さんなのです。真のお父さんを失ってしまいました。
 ですから、女性が追い回され、捕らえられながら、今まで流浪の民になったのです。女性の生命が奪われたのです。女性が今まで、悲運の歴史、悲しみの歴史をつづってきたのは何ゆえでしょうか。愛というもののゆえです。「私の夫はどこにいるのだろうか」と、夫を探すのです。男性たちはすべて泥棒です。すべて浮気をするようになっています。二人の女性に対している天使長です。だから、男性が東西南北へ女性を踏みにじりまわるとしても、女性は控訴できません。女性は立場を定めることができませんでした。
 しかし、お母様が現れ、女性解放をされたので、女性たちは、夫がどういうものかということが分かりました。お母様が、先生を中心として心情的な伝授をされたので、多くの女性たちは先生に属するようになったのです。男性は天使長です。エバが天使長を生んだように、女性が母の立場で自分の夫を生んであげなければなりません。
 四十日の聖別期間とは何でしょうか。堕落した女性が、本然的、霊的に新郎と一つになる期間です。一つにならないで息子を生むことはできません。父と母が一つになる立場に立たない限り、天使長を息子として生むことはできないのです。聖別期間がどれほど厳粛な期間であるのかを皆さんは分かっていません。皆、分からないまま過ぎてきました。分からなかったので大丈夫ですが、分かっていたら皆引っかかります。この期間は真の父母の実体につながる期間です。天と地すべてを相続することのできるパイプが連結される、この驚くべき恵みの時間を誰が分かったでしょうか。これは遊びではありません。原理を再度鑑定して、蕩減復帰の路程で、反対の経路で回っていくということを考えると確かなことです。
 千辛万苦しながら、行くべき道を行こうとしている先生です。このように先生は、一人で戦争の場に出ているのに、泥棒みたいなことをやっている統一教会の者たちは、骨も残さずきれいに清算するつもりです。先生はこれを正さないで進むことができません。
 これから、韓国から手をつけ始めて、無慈悲なことが起こったらどうしますか。それで、六年間という期間があるのです。先生がやってきたのと同じく、皆さんも、そのような基準を中心として先生の代わりに六年間、今年を入れて一九九四年から二〇〇〇年までの七年間でやっていかなければなりません。先生が御旨のためにひたすら真心で歩んできたことを、皆さんが代わりに受け継いで、これを高く賛美し、伝授されるための行いをし、自分の子孫たちに伝えてあげるための公義の生活をしなければいけないというのです。
 父母様のために苦労することに対して、感謝して歩まなければなりません。統一家の人は、口をもっていたとしても、五官をもっていたとしても、自分の思いで不平を言うことができないことを伝統として伝えるべきです。コソコソと話したりしてはいけません。

  夫婦仲が悪くなるとすべてがふさがってしまう

 ご覧なさい。初めて歴史に真の父母の家庭が定着しました。では、真の父母の家庭とは何でしょうか。神様が創造される時、創造物自体には何の観念もありませんでした。そのようなものをもってアダムを造られました。だから、そのアダム・エバも、自己観念があってはいけないのです。一体一心、一心一体は神様のみです。父母様のみです。他の心を持たないで、ただ神様の愛を受けることのできるその日だけを願っているべきです。
 お嫁に行けなかったオールドミスが、お嫁に行けるようになったら、お嫁に行く日が嬉しいでしょうか。新郎に会う日が嬉しいでしょうか。お嫁に行く日が嬉しいのではありません。新郎に会う日なので嬉しいのです。新郎に会うということは、女性がただ、ある男性に会うということでしょうか。何でしょうか。それは愛に会うということです。このようなことを思うと、調和というものが不思議でなりません。
 歌を歌う男性や女性を見ると、みんな愛の歌を歌っています。一生、愛にすべてをかけて生きています。そうしながら、愛の問題で泣いたり、喚いたりしています。愛のために泣く人がどれほど多いでしょうか。泣いたり、喚いたり、騒いだりするその恨みのために、息子・娘や親戚の前で、どれほど多くの罪を犯しましたか。夫が過ちを犯すと、自分の子供たちであれ、何であれ、隣の犬、家の猫までも殺したくなるのが妻です。
 このような複雑な事情により、周りにどれほど悪い水を流したか考えてみてください。悪い水を流しておいたままでは天国へは行けません。きれいな水を残して行かなければなりません。誰もが来て飲みたいと思い、体を洗いたいと思い、また再び訪ねてきたいと思う水を残して行かなければならないのです。
 今まで愛の喧嘩のために、夫婦が一つになれなかった複雑な事情があり、環境にどれほど悪い影響を与えたか考えてみなさい。皆さんの中に、今もこのように生きている人がいるかもしれません。
 女性の心には、ひたすら夫に尽くす心だけで、いっさい他のものがあってはいけません。家庭を一つにするのです。神様が訪ねて来られるようにしなければなりません。神様も人格の神、愛の神ですから、自分が望む理想の所に訪ねて行くのです。皆さんが夫婦生活をしている家に、神様が訪ねて来られたら、何日間泊まられると思いますか。
 皆さんは、本当に愛する夫に対して、自分の接し方や振る舞いが自由にできますか、できませんか。夫の前で、着てる物をさっさと脱ぐのをためらいますか、どうですか。恥ずかしさがありません。これが自由です。男性の秘密の世界、女性の秘密の世界を目をつぶって越えて行くことができ、抱いて越えて行くことができ、好んで越えて行くことができる、峠の中の一番高い峠です。恥ずかしい峠の中の一番高い峠です。どれほど真面目に、どれほど真実に、越えて行かなければならないかが分かる自分であるかどうか、振り返ってみることができなければなりません。遊びの道ではありません。神様に仕える立場です。
 統一教会の文先生がこのような話をするので、悪い教主だとうわさされるのですが、悪い教主ではありません。天理がそうなっているのです。これが狂ってしまう時は、天地がすべて崩れていくのです。
 皆さんも、夫と仲が悪くなると、舅、姑、息子、娘、みんな嫌になるでしょう。愛の絆がすれ違い始めると、すべてのことが嫌になります。天下がふさがってしまいます。夫に対する道、子供に対する道、親に対する道、すべてふさがってしまいます。これを四方にふさがらないようにするためには、自分を祭物にしなければなりません。それ以外に道がありません。尽くしてあげる道しかありません。自分のために行うとふさがってしまいます。

  自分の観念があってはならない

 本当に先生は真の父母ですか。(「はい。」)何を見てそう思いますか。本当に、真の父母の価値がどのくらいか分かりますか。ローマに行けばカタコンベ(注・初期キリスト教徒の地下共同墓地)があります。二千年前のクリスチャンたちは、墓地の町で暮らしながらも、自分の先祖が腐っていく水を踏んで行き来しながらも、復活の一日を待ち望む希望を持って生きていました。腐ることなく復活するという言葉が、驚くべき役事を起こしたのです。墓の洞窟の棚で横になっている自分の母親が腐っていくのですが、再び復活して自分を歓迎し、勝利の覇権を携えて出て来る時には、何も欲しいものがなくなり、両親と共に神様の前で万歳できるという、その一日を待ち望んでいたのです。
 このようなことを考える時、肉的復活をするということをよく教えてくれたと思います。とにかく、よい結果の所へと行ける足場になり、掛け橋になっていたのです。敵国を越えて還故郷できるようにしてもらうと、その敵国の橋が有り難く思われるのです。このように大勢の人が犠牲になったのです。
 彼らはメシヤを迎えたでしょうか。メシヤを迎えるということは何のことでしょうか。新郎を迎えることではありませんか。また、キリスト教二千年の歴史を考えてみてください。「主よ! 来りませ。」と言いながら、どれだけ多くの血を流したことでしょうか。数千、数億の人が、その一つの基準を中心として家庭が破綻し、一族が滅び、国が滅び、あらゆる曲折を経てきたのです。この祭壇を、天が引っ張ってきたのです。
 個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な版図まで引っ張ってきました。このように引っ張ってきて、民主と共産世界に分立されたことを韓半島を中心として緩和し、世界解放圏を準備して、来られる主に再び版図をつくってあげようとしたのです。そのような戦いをこれまでしてきたという事実が、本当であるということを考える時、真の父母にどう対するべきでしょうか。
 神様は、神様自体を解放することができないのです。なぜでしょうか。アダム・エバが堕落したからです。神様を解放するためには、アダム・エバが完成して、このすべてのことを明らかにして、サタンを取り除いてこそ、神様を解放することができるのです。神様自身が解放することのできない千秋の恨みの基盤を、真の父母によって解放してもらうことができたということが、どれほど驚くべきことであるかを知らなければなりません。
 このような歴史的悲運の曲折があったということを考える時、皆さんの家庭の問題が問題ではなく、氏族、民族、国家の問題が、問題ではありません。先生には、そのようなことが問題になりません。
 今日の日本の食口たちを見ると、そろえたい物をすべてそろえて、食べたいものを食べながら暮らしています。命が問題になりますか。このような問題は重要ではありません。完全な家庭の主体の前に、完全な家庭の対象は自己の観念を持つべきではありません。女性も男性も自己の観念があってはいけません。一途に真の父母から造られることのできる純粋な原料にならなければなりません。神様は自己の観念があるものを創造されたのでしょうか。そうではありません。すべてのものに、父母様以外あってはいけません。これが原理観です。
 アダム家庭の原理や、ノア家庭の原理を学ぶのはなぜでしょうか。すべてが失敗の歴史です。その失敗した歴史を先生が収拾したのです。これを理解し、先生と内外に一つにならなければなりません。御旨の前における方向は、みんな同じであるべきです。先生が世界を越える時、皆さんの心も一緒に世界を越えて行かなければなりません。一緒に行けなかったことを悲しく思い、うつ伏せになって夜を明かし、涙を流しながら毎日を過ごすべき皆さんであることを知らなければなりません。
 アブラハムの家庭はどうでしたか。献祭の失敗により四百年の苦役をさせられました。献祭の失敗で、百歳で生んだ実体のイサクをナイフで刺すようになったのです。これは誰のことでしょうか。先生はそれ以上の道を行かなければなりません。先生は祭物を捧げるように言われたら、おじいさんからお父さん、お兄さんの三代まで祭物にすると決心をしていました。そうしなければ越えていくことができません。このように戦ってきたのです。彼らは、先生がこの道へ来る時、協助してくれず、皆反対しましたが、それをすべて克服してきたのです。誰かに言われて行くのでもありません。これが先生が復活した場面です。歴史的に失敗したすべてのことを収拾して、天の側の橋につなげてきているのです。

  先生の一番の悩み

 モーセが失敗しました。四百三十年間を失いました。三次の蕩減路程を経なければなりません。モーセが磐石を二度打ち、石板を壊したことによって、また荒野でヘビを上げたことによって、イエスは二次の蕩減をしなければならず、死ななければなりませんでした。
 このような問題が歴史的な因縁となってきましたが、その因縁を誰が切るのでしょうか。このような蕩減路程が厳然と残っています。生きているのです。死んだのではなく生きているのです。失敗も生きています。皆さんも同じです。皆さんは、時が来たらどういうことをするという心でいますか。故郷を懐かしんだり、自分の一族を考えたりしてはいけません。先生は堂々としていました。磐石を二度打つことのできる悔しさがしみる立場、モーセのように血気にはやって踏んでしまうような立場に立っているということを先生は分かっています。
 だから、皆さんを見ようとしないで、かえって北韓の人たち、共産党員を見ようとするのです。自由世界、民主世界を見ようとしません。見たら、モーセのように血気にはやり、何をするか分かりません。磐石を二打し、石板を壊し、ヘビを上げるようになるでしょう。きっとそのようになるのです。皆さんもはっきり分かってください。
 それで先生は、アフリカの人たちが飢え死にするのを助けてあげようとしています。皆さんからかき集めて、彼らに基盤をつくってあげようとしています。先生がその基盤を準備していることを知らなければなりません。
「歳月よ過ぎて行け、私は船に乗らなければならない。強風よ吹け! と思いつつ、朝五時から夜十二時が過ぎるまで船に乗りました。行く道を急ぐ男なので、休む暇がありませんでした。二十年を一日のようにして歩んできました。だから、天が祝福してくださり、驚くべきことが起こる時代に入ってきたのです。先生の言っていることが分かりますか。
 真の父母であるメシヤを、この国はどのように待遇していますか。この国の待遇を考えると悔しいばかりです。使い捨てた杖のように考えて、利用しようとする統一教会の者たちが多いのです。どうなるか、霊界へ行ってみなさい。皆さんは、審判台の前で千年、万年の恨みを抱いて、慟哭の涙が止まらない悲運が待ち受けていることを知らないのです。レバレンド・ムーンはそれが分かるのでここまでやってきました。先生の話が分かりますか。(「はい。」)
 父母様が定着する時代が来たので、世界平和家庭連合をつくりました。これは驚くべき事実です。今まで苦労した人たちは、自慢できるものが何もありません。これから入ってくる人たちに希望をかけて、先生が再度教育します。怨讐だったクリスチャンたちが入ってきたら、再度通告して、統一教会が父母様に侍ることができなかったので、六千年の神様の心情を通告します。彼らは皆さんを踏んで越えていくと思います。
 先生が今度来るとき、なぜ飛行機が故障したのでしょうか。警告です。分かりますか。真の父母の価値がどんなに貴いですか。神様は今まで旧約時代、新約時代を経て、数多くの祭物の血を流してきました。今日の統一教会の祝福とは何でしょうか。イエス様より高い位置に立つのです。国家と世界を受け継ぐことのできる勝利の覇権的基盤が許されたのです。世の中の男女が生きるのと同じではだめです。今からでも気を引き締めなさい。分かりましたか。(「はい。」)統一教会の家庭なら、その家庭らしく生きなければなりません。
 盟誓文に対する時は、体と心が一つにならなければなりません。体と心が一つにならずに盟誓文を唱えることはできません。真の愛が前提条件です。夫婦が一つにならずに唱えることができません。
 アダム家庭の堕落とは何でしょうか。体と心が分かれ、夫婦が分かれ、息子・娘が分かれたということです。これを皆さんの家庭で収拾しなければなりません。皆さんの家庭で妻が堕落してはいけません。息子・娘が堕落してはいけません。サタン世界とは関係のない家庭にならなければなりません。そうなるためには、皆さんの家庭が、サタン世界で上ったり下がったりする分水嶺を越えなければなりません。それなのに、ここにぶら下がっていたらどうなりますか。そのような伝統は統一教会にはありません。国がまだ設定されていません。
 先生が一番悩んでいるのは、祝福家庭が犯した過ちをどう処理するかということです。神様は憤慨しています。エデンの園からアダムを追い出した恨みの歴史、数千万年の歴史を通して神様としての扱いも受けずに、恨みの道を歩んでこられた創造主の立場というのはいかなるものでしょうか。どうしてそのようになったでしょうか。エバのせいです。女性のせいでそうなったのです。女性たちははっきりと理解しなさい。分かりましたか。(「はい。」)

  南北統一、アジア統一、世界統一

 一生復帰路程を行くのに、もらい食いしながら生きてもいいではありませんか。神様は乞食になって同情されながら、着るものも着れず、掛けるものも掛けられず野宿しているのに、皆さんは何が悲しいのですか。神様の愛で包まれるその場に立ったならば、それで幸せではありませんか。
 ところで、神の国を裏切ったイスラエル民族が、渡り鳥のような身で、乞食の身で生きたことを知っていますか。彼らは、モーセがシナイ山で四十日断食をしているとき、金の子牛をつくり踊りを踊っていました。今の皆さんが、そのようなまねをしているのです。まったく同じです。私にはそれが分かります。しっかりしてください。
 南北韓を収拾しなければならないのですが、これは韓国のためではありません。世界のためにやっていることです。金日成は死にました。金日成の時代は過ぎていきました。二世は先生の側です。本当に不思議です。二世は先生の側なのです。エジプトの地で、二世は殺さなかったのですが、長子は全部殺しました。二世、金日成の息子・娘は、先生が救ってあげなければなりません。
 アフリカの人たちを救ってあげなければなりません。彼らを兄弟として見れば、貧しい兄弟たちなのです。それで、今まで船をつくり訓練してきたのです。水がある所には船はいつでも行けるからです。このようにして運輸事業を指令する時を迎えました。アフリカの木材やアラスカの木材などを輸送船で運ぶのです。アメリカには剰余物資がいくらでもあるので、これを積んでいって大きい港に降ろしておくのです。大体、大きい港は川に沿っています。数十万隻の船を中心として連合会を形成して、埠頭に物さえ降ろしておけば、一晩で船に積んで運ぶのです。
 二つの川があると必ず山があります。この山が問題なのです。山があるので道が曲がっているのです。でも、これからはそれが問題になりません。ブルドーザーなどで新しい道路をつくります。先生が道をつくるように命令さえすれば、できるようになっています。これが世界高速道路の準備です。そして、韓国にいる女性も男性も、六か月の動員をしなさいと言えば従いますか。(「はい。」)六か月間動員しますか。六年間動員しますか。準備をしなさい。兄弟たちを助けなければなりません。父母様の御旨がそうなっています。
 これから先生が、どのようにやっていくかは皆さんよく分かっていますね。あれをしなさい、これをしなさいと言われ続けてきて、もう終わったと思ったら、そうではないでしょう。「ああ、ああ」と言いながら、今は腹まで空いて、足首も折れてしまい、「どうせ死ぬなら、一度先生の話に従い、船押しでもして死のう」と、涙を流し慟哭して、「お父さん、お母さん」と泣きながら死んだら、地獄へは行かないでしょう。
 南北統一すれば、それで終わると思いますか。どうですか。南北が統一されれば、アジアを統一しなければなりません。アジアが統一されれば、それで終わると思いますか。その次は世界を統一しなければなりません。世界を統一すれば、天と地を統一しなければなりません。このような道を行かなければならないのです。
 先生の話を聞けば、当たり前のことではありませんか。これに対してはみんながよく分かっています。みんな分かりきっています。これを避けて行こうとしたら雷に打たれます。永遠の雷です。先祖の雷、親の雷だけではありません。子供の雷にまで打たれます。行くことができなかったので、祝福された親の墓を掘り起こしてしまう時が来るというのです。「先生はこのようなことは教えてくれなかったのに、私の親は何をしたんだろう」と言いながら…。
 先生も同じです。私を本当に愛してくれた母親でした。その母に向かって怒鳴りつけました。その母の写真は探し出しましたが、父の写真がありません。兄の写真、祖父の写真は持ってきたのに、父の写真は探せなかったので、他の写真も掛けておくことができません。お母様は「なぜ掛けないのか」と思っています。これには順序があるのです。父の写真は私が北韓へ行って探すか、金正日に伝えて探そうと思っています。他の写真はワシントン・タイムズの方で小さいのを最高に拡大し、一番立派な写真にして額縁に入れておきました。しかし、父の写真がないのに、母の写真を掛けることができますか。父母の写真がないのに、兄の写真を掛けることができますか。父母の写真がそろってないのに、祖父の写真を掛けることはできないのです。

  良心的な人が出世する時が来る

 これほど家庭が大事なのです。三代圏を中心として、神様が一代ならばアダムは二代です。この二代が中心です。自分の家庭の父母は、世の中の家庭の家庭的な王であり、女王です。ですから、高めなければなりません。そうすると、親孝行はどうしろと、教えてあげる必要もありません。父母に対して神様のように侍らなければなりません。また、夫と妻は神様の体なのです。神様の代わりに侍らなければなりません。父母に侍ることによって、子供たちは神様にどう侍るべきかを習うのです。このように二人が神様のようになり、お互いが侍ることができる父母になってこそ、子供たちの前に、全世界的な家庭中心の王と女王の立場に立つことができるのです。
 このような家庭理念を、今のサタン世界で実践しようとする気狂いが文総裁です。しかし、世界の家庭はすべて破綻してしまいました。天使長の子孫なので、すべて相対圏がありません。彼らの前から神様の国と世界はすべて奪われてしまいました。アメリカの国民にも、アメリカという国はありません。社会もありません。家庭もありません。父母もいません。妻子もいません。すべて個人主義者になり、自殺するしかない段階に来ています。天使長の運命になってしまったのです。
 私たち統一教会は今、自殺するしかない環境で、泣いたり喚いたりしながら生きていますが、食べ物がなくて、子供を見て慟哭しながら生きていますが、みんなの心には家庭があります。その家庭には、新しい社会が芽生えています。その社会には国が芽生えています。その国には世界が芽生えています。その世界には天宙が芽生えていて、天宙には神様の解放の声が聞こえてくるのです。
 そして、離れていた神様が世界を越えて、国家を越えて、私たちの家庭に訪ねて来ると、万国平和の基地が私たちの家庭になり、栄華の版図が私の家庭から始まるのです。その時、皆さんは万歳を叫び、力のある限り、のどが裂けるまで自分の恨みを神様の前に告げれば、いくらでも慰められる時が来るのです。その基盤が家庭なのです。
 家庭でおじいさんを愛せなかった恨みの歴史を、神様の代わりにおじいさんを代表として愛するのです。そのおじいさんは父です。父に侍ることのできなかった恨みを、自分の家庭で解かなければなりません。また、その方は夫です。その方は自分の息子・娘です。その息子・娘を神様のように愛して、私は「私の行くべき所がある」と言いながら目を閉じて死んでいくのが、人生の本然の道理であることを知らなければなりません。妻はほかならぬ神様です。この妻を通して、神様の子女が繁殖しているということは驚くべき事実です。栄華の花が四方に咲くことのできる未来の王国から歓迎される基地がつくられるのです。子供が多くても神様は多いと思われません。
 才人という言葉を知っていますか。昔、歌を歌ったり踊りを踊るのを職にする人を才人と言いましたが、この人たちは人間扱いされませんでした。私が住んでいた村から十里くらい離れた所に才人たちの村がありました。しかし、才人たちは私たちの村の前を通ることができませんでした。彼らが鉦を叩きながら通ると問題が起きたのです。
 このように人間扱いもされなかった人たちですが、今はこのような人たちが世界を滅ぼしています。彼らには節操がありません。近い親戚と夫婦になったりしています。このような悪魔の膨張主義、地上地獄派を一元化するための主義がヒッピー族たちのフリーセックスです。逆になりました。世の中のすべてが出世しました。分かりますか。人間扱いされなかった人たちが一番出世しました。
 過去には、頭のいい人の時代、その次は力のある人の第一主義時代、その次は、労働者を中心として下人の立場にいた人たちまでみんな出世しました。最近は、才人たちまでも出世したのに、良心的で修道していた人は出世できないのです。しかし、この人たちが出世する時が来るのです。分かりますか。それをなすのが真の父母の使命です。そのような国を収拾して義の王国を立てなければならないのが、私たちが行くべき宿命的使命であることを知らなければなりません。分かりますか。

  聖子の道理を果たすために身悶えしてこられたお父様

 今は、私たち統一教会人も立ち上がる時です。大韓民国の統一を探してくるために四十年かかりましたが、これから世界統一を探していくためには何十年かかると思いますか。六年間かかると言ったら走りますか、走りませんか。答えてみなさい。女性たちは下着だけ着て立ち上がりますか。海水浴場に行くと水着の姿ではないですか。海水浴場に行けなかった統一教会人たち、陸地や海へと、どこへでも脱いで行って、一度何でも自由にやってみたくありませんか。
 世界に希望がないと言って、みんな逆に打ち込んでいます。ナイフですべて切ってしまいたいのですが、そうできないから再度教育して、根が腐っていなかったら、もう一度譲ってあげようと考えています。分かりましたか。(「はい。」)
 南北統一の勇士になりますか、世界統一の勇士になりますか。(「世界統一の勇士になります。」)南北統一の勇士にならずに、世界統一の勇士になれると思いますか。答えてみなさい。先にするべきことはどちらですか。南北統一の勇士にならないで、世界統一の勇士になると言って、いくら世界統一しようとしても世界統一の勇士の中心がいません。今、南北統一の勇士の中心として先生が現れたのです。
 先生は、ただ行ったり来たりしている人ではありません。先生が準備しなかったら統一教会の人たちは哀れになったでしょう。今はどういう時ですか。真の父母の全権時代が来たのに、皆さんが私の言うことを聞かないと、私がどんなことでもできる時なのです。目の前に来ています。南北韓の問題、世界の問題、アメリカの問題を解決するため、昼夜なく戦ってきた先生であるということを知らなければなりません。
 私が神様の前に乞食のようになって、「神様、私を助けてください」とは言いませんでした。先生は死んでいません。神様のために歩んでいるのに、「助けてほしい」と言う必要がありません。神様が知っていながらも助けてくれないとしたら、その神様は神様の役割を果たしていないのです。先生はこのような信念を持っています。分かりますか。
 この世界を滅ぼすことがあっても、神様は真の父母を放すことができません。全世界のクリスチャンたちが文総裁を追い出しましたが、この文総裁の後に神様がついて来られました。私は四十年間渡り歩きながら、孝子になれなかったことが恨みになっています。忠臣の道理を果たさなければならないのに、果たせなかったことが恨みになっています。聖人、聖子の道理を果たしても余裕があったはずなのに、それができませんでした。もうすぐ八十歳になります。いつそれをしますか。二世たちは何も知りません。これが問題です。深刻なことです。
 孝子になれなかった孝子の道理を、忠臣になれなかった忠臣の道理を果たさなければならない二世たちの責任は大きいのです。聖人の道理、聖子の道理を果たすことができなかったことを、皆さん自身が果たさなければなりません。そうしてこそ、この地上に来た先生が、天上世界へ行っても自由に大手を振って歩くことができるのです。分かりますか。(「はい。」)孝子とはどのような孝子ですか。歴史にない孝子です。私が手をつける限りは、歴史にないことをやります。最高です。
 統一産業の草創期に、一日に三回ずつ行ったこともあります。二回行ったのは数え切れません。行って来るだけで三時間もかかるのに、何のためにそうしたでしょうか。忘憂里峠を通りながらも、「この地上で職場を愛することにおいて、私を凌駕する人はいない。お前たちも私に似れば、統一産業にも祝福の道が開かれる」と思っていました。水産業も同じです。台風が来るという警報があった日の夜、十二時半に出動命令をしたのです。台風が何の関係がありますか。風が何の関係がありますか。死ぬのが何の関係がありますか。
 真の父母の価値が、どれほど貴いか分からなければなりません。その方によって神様が解放されるのです。そのために、神様が孝子に会えなかったから、先生が代わりに千万の孝子よりも素晴らしい孝子の道をつくろうと身悶えしてきたのです。ご飯を食べても、何かをしても、その信念しかありませんでした。それを知らなければなりません。
 国もなく、天の前に忠臣の道理を果たすことができない自分が、情けなくて顔を上げることができません。それゆえ、神様に「文総裁はどんな人ですか」と聞くと、一週間も慟哭させてしまうのです。はっきりと理解しなさい。先生の一代において、孝道を果たすことができませんでした。忠臣の道理、聖人、聖子の道理を果たすことができなかったのです。
 私たち統一家にこのような伝統があり、国に誇ることができ、山野を越えて世界を感動させることができる群れが現れるならば、彼らの行く道には、数千倍の祝福が加算されて訪れてくるということを忘れてはいけません。

  良心はいつも自分を保護する

 一つお話しします。皆さんの愛の相対が、皆さんより百倍素晴らしいことを願いますか、千倍晴らしいことを願いますか。(「千倍です。」)千倍と万倍では、どちらを願いますか。(「万倍です。」)万倍と十万倍では、どちらを願いますか。(「十万倍です。」)十万倍と億万倍では、どちらを願いますか。(「億万倍です。」)億万倍と無限倍では、どちらを願いますか。(「無限倍です。」)その心はどこから来ましたか。(「神様からです。」)そのような人を探しましたか。そのような相対を探しましたか。その心をもっている本体が、神様だということを知らなければなりません。
 その神様に抱かれることができる愛の相対は、自分の何千万倍、何億万倍、無限倍の価値的存在として迎えたい心があるということを知らなければなりません。このような伝統を受け継いだので、男性も女性も、自分の相対は無限の価値的な存在として賛美できるのです。それで、主体者と相対者の価値が違います。人格的価値が違うのです。
 皆さんも、愛する妻に自分の真心の限りを尽くして買ってあげながらも、もっとよいものを買ってあげたいと思うはずです。そうですか、そうではないですか。夫たち、どうですか。できないから、恨みが生じるのです。できないから、涙と恨みで経を唱える仏陀よりも、もっと深く妻を愛してあげるのです。このように見る時、願いどおりにはやってもらえないけど、本当の愛の心をもって妻を愛する夫に侍る女性は不幸な人ではありません。他の人よりごちそうを食べて、他の人より一日多く楽に眠るのが幸せではありません。分かりますか。
 皆さんの何千万倍以上の価値的な存在として愛することができる、夫を尊敬する、その心自体は天下を押さえることができます。その心を支配できる王はいません。それで、このような福が私たちに残されたのです。これはどこから来ましたか。神様からです。
 このように見る時、天宙を創造した能力を持っておられる方が、相対が自分より何千万倍素晴らしいことを願うなら、その創造の能力以上を伝えてあげたいでしょうか、伝えてあげたくないでしょうか。(「伝えてあげたいです。」)それはどういうことでしょうか。「愛する人に願うものはすべてやってあげましたが、さらにもう一つもっとやってあげたいです」と言う時、神様に能力があれば喜んでやってあげるはずです。能力がなかったなら、しかたなく抱き合って泣くことはできるでしょう。事情を理解しようと泣くことはできるでしょう。涙が先立つのです。そのような内容の心情が因縁になって、それを理解できる私たち人間は偉大なものです。
 神様はいまだに完成していませんね。神様は完成しましたか、完成していませんか。完成までは行けませんでした。天宙解放がまだなされていません。誰のためにそうなりましたか。神様は男性的ですか、女性的ですか。(「男性的です。」)それを知らなければなりません。「夫」といえば、すでに内的神様の縦的な血統が流れているということを知らなければなりません。それは枝にすぎませんが、根と芽まで連結されたものなのです。
 このように見る時、皆さんの家庭で一番よいプレゼントは神様ではありません。父母でもありません。父母から、自分の願う千万倍のものをもらうことはできません。師も一番よいプレゼントではありません。最高のプレゼントは良心なのです。皆さんの良心は、父母に先立っています。その良心は、自分を生んでくれた親以上に自分を愛するのです。自分を生んでくれようとしますが、堕落のゆえに生むことができませんでした。死にました。
 偉大な父母、歴史にない父母が、良心であることを知らなければなりません。自分一人でどこかへ行って、何か悪いことをしようとする時、自分の母が夜も昼も訪ねて来て、「やめなさい! と言いますか。良心は、夜昼なくどこへでもついて来て、悪いことをしようとすると、「やめなさい! と、自分を保護するのです。
 億千万時代の師よりも先立つのが良心です。良心は間違いなく、自分をよく知っています。良心をだますことができますか。自分が、自分の良心を教育しようと思ってみましたか。「私の良心は教育が必要だ」と考えてみたことがある人は手を挙げてみなさい。そのように考えてみましたか、みませんでしたか。このようなことを知らなかったでしょう。
 良心には教育が必要ありません。皆さんは、行くべき道をはっきり知っています。間違いなく知っているのです。良心が願う道を行かなければなりません。永遠に、永遠に、またとない師を神様が私たちに下さったのです。だから、師を凌駕するのが良心なのです。
 その次に、良心は神様を凌駕しています。神様も、自分が愛する相対におんぶされたいはずです。だっこされたいはずです。皆さんはどうですか。皆さんも新郎におんぶしてもらうと嬉しいでしょう。夫たちも同じです。赤ん坊みたいに、だっこされると嬉しいですね。母親が、お尻をとんとんしながら子供を愛するように、十分も二十分もそのように愛される夫になりたいでしょう。同じです。このようにできるところまで、深く導くことのできる要素、中心的な軸があるというのです。主人の中で、神様よりもっと立派な主人が良心なのです。

  良心をだますことはできない

 では、エデンの園でアダム・エバが堕落した後、堕落したことをアダム・エバが先に知ったでしょうか、神様が先に知ったでしょうか。(「自分の良心です。」)そうです。良心です。良心が神様より先に知りました。神様は結果を持って訪ねて来られ、「アダムよ! アダムよ! と呼んだのです。アダムの良心が先に分かったので、木の下に隠れて、無花果の葉でそこを隠したのです。神様はそうしろと命令もしなかったし、思いもしなかったのに、自分の良心を通してそのようなことが行われたのです。
 神様はその結果を知り、「お前は罪を犯して、そこにいるのか」と言われました。神様が「アダムよ! アダムよ! と呼び、「なぜそこにいるのか」と聞かれたということは、相手の人格を自分以上に尊重されたということです。分かりますか。
 その時のアダムの答えが間違っていました。「あなたが私に与えてくださったエバによって、このようになりました」と答えてはいけませんでした。自分で責任を持とうとしませんでした。良いことは自分のことにして、悪いことはすべて人のせいにしようとするでしょう。皆さんもそうでしょう。しかし、本心は違います。神様の前に率直であることを願うのです。だから、神様より先に自分を主管できるのは良心だということを知らなければなりません。それゆえ、良心的に生きた人は、神様の前に尋ねてみる必要がありません。万事が通じるのです。堕落した人間が一生、良心の呵責を受けずに生きることができますか。これはすべて霊界のコンピュータに記録されるのです。
 あの世に行けば、あっという間に分かります。弁明できません。天はそのような装置をみな備えて、皆さんを鑑定、管理、指導しているということを知らなければなりません。良心をだますことができますか。良心が自己のすべてを知っていますか、知りませんか。夫婦は喧嘩をした後、口をあけて弁明していますが、誰が間違ったのかは、自分では分かっています。愚痴をこぼしても、そのようなことを知ってこぼすのですか、知らずにこぼすのですか。どうですか、女性たち! 知って愚痴をこぼしますか、知らずにこぼしますか。
 知らずにこぼすという女たちは死ななければなりません。罰が当たらなければなりません。腐ってなくならなければなりません。知っていて愚痴をこぼすので問題が大きいのです。そのような家には福が来ません。福が来ても、驚いて逃げてしまうというのです。良心はそのようなものです。それゆえ、神様より、師より、父母よりも素晴らしい贈り物を、私に与えてくださったということを知らなかったというのです。
 良心の欲心がどれほど大きいでしょうか。神様の欲心より大きいでしょうか、小さいでしょうか。皆さん、女性の欲心は、夫の欲心より大きい方がいいですか、小さい方がいいですか。欲心は悪いものではありません。夫も欲心が深いですが、夫の欲心よりも大きいことを願いますか、小さいことを願いますか。皆さん自身もそのように願いますが、夫もそのように願うのです。それはどういうことでしょうか。神様より皆さんの欲心が、もっと深くなければならないというのです。人間の欲心の包みは、神様をいくつほうり込んでも余りあるほど大きいというのです。その包みがそのように大きいですか。
 では、この包みをいついっぱいにしますか。神様が、永遠にいっぱいにできないようにつくりました。違います。神様が自分の腰が曲り、骨が溶け砕けて水のようになって、流れるくらいになって、「私の愛する人よ」と言って、心が奪われるようになれば、創造の能力を永遠に持っているので、願うものをつくってあげることができるのです。天下をすべて占領した後に、神様まで占領したとしても、心から愛する対象は千万倍の価値になることを願うので、第二創造、無限の世界を創造することができるのです。

  立派な良心を持たなければならない

 気分はどうですか。皆さんは、創造された世界の一片隅にくっついて生きようとは考えるなというのです。神様と一つとなって、愛する息子・娘が、愛する妻が要求するものを、お父さんと夫の立場で与えてあげても恥ずかしく、また与えてあげても、また与えたい心がなければなりません。あの世に天上天国がないのを、私によってつくって、天上に入ってきたすべての霊人たちが「万歳! 感謝します」と言えるものを、つくってあげたいという心を持てば、神様が相対できるでしょうか、できないでしょうか。神様がそのようなものを創造できるでしょうか、できないでしょうか。私はできると思いますが、皆さんは? (「できます。」)私はできると思いますが、皆さんはできますか、できませんか。(「できます。」)みんな似るには似ましたね。(笑い)
 ですから、棒でなぐってでも意識構造を正して開発してあげれば、心の包みの願いを果たすことができる時代が来るというのです。それでは先生の心の包みは、欲心が深いでしょうか、欲心がないでしょうか。このような先生に従ってくれば、何か利益が出そうですか。(「はい。」)(笑い)
 先生がぞっこんほれ込んで、「ああ、お前でなければ私は死ぬ」と言いながら、夜も昼も門の前でうつ伏せになって、わあわあ泣きながら、「出てきて、一緒に行こう」と言うことのできる息子・娘になってみなさい。そうなれば、運が開けるというのです。霊界に入って「神様に紹介してください」と言えば、紹介してあげるでしょうか、あげないでしょうか。「紹介されたくない」と言っても、紹介してあげるのです。
 既成教会でよく食べ、よく暮らす立場にいた者が統一教会に来ても、それ以上の立場を求めるのであって、それ以下の立場は受け入れることができず、冷遇すればふろしきを包んで出ていくと思います。ところが、最高の場所まで、先生の奥の間にまで来て暮らそうと考えています。準備をしなければなりません。(「はい。」)先生はそのような目ざとさ、鼻ざとさがあります。目ざとさだけあってもいけません。鼻ざとさもなければならず。耳ざとさもなければならず、口ざとさもなければならず、手ざとさもなければならず、体ざとさもなければならず、心ざとさもなければなりません。そのようなことを全部知らなければなりません。先生は適当に生きるようでも、道理に通じた人なのです。分かりますか。
 立派な良心を持っていなければなりません。朝になれば「良心のご父母様、おはようございます」と言わなければなりません。これは父母より以上なのです。「良心の先生、おはようございます」と言わなければなりません。(笑い)十年だけやってみなさい。霊界と通じることは問題ありません。精誠を尽くす必要がありません。道を極める必要がないというのです。「神様以上の良心、おはようございます」と言いなさいというのです。
 ですから、どこに行っても、神様が前に立つようになるのです。未来において神様を動員し、第二創造の世界を願うことのできる、相対的価値を備えているという驚くべき自己自身であることを忘れてはならないのです。
 そのようなことを知る人は、体が問題でしょうか。取るに足らないではないですか。難しい、難しいという考えを持ってはなりません。
 難しいというのは、何が難しいのですか。楽しく興味のあるような仕事です。自分の一生においてそのような仕事に出合ったので、神様の前に行くとき、「おい、いつかのことを私は忘れられない」と言えば、「ああそうですか。私は忘れましたが」と言いながら、神様を恥ずかしくさせ得る度胸を持たなければなりません。統一教会で、孝子になれず、忠臣になれず、聖人になれず、聖子の道理を果たせなかった、その恨みを解いていくべきなのが、子女の道理です。分かりますか。心配してはいけません。
 先生はこれらの基盤がすべてなくなるとしても、三年以内にこれ以上につくることができると思っています。そのような度胸を持った男です。

  お父様の基盤

 私がいいニュースを一つお話ししてあげましょう。お母様がアメリカの国会において講演したその日を「父母の日」として一年の間記念しました。それが七月二十八日ですが、それを七十日以内に、アメリカの永遠の「父母の日」として策定しようといいながら、今まで活動しましたが、下院議員が二百二十五名サインをしました。これを七十日以内にやってのけようといって、旗を掲げて闘っています。上院を通過するのは問題ではありません。
 さあ、それが上院まで通過すれば、ワシントン・タイムズで「これにサインしなければなりません」と電話すれば、早朝に誰かが聞く前に、大統領がみなサインすることのできる環境があります。これをサインすれば、駐韓アメリカ大使館で「父母の日」を祝賀するでしょうか、しないでしょうか。大々的にするようになれば、大韓民国の大統領が参加しなければならないでしょうか、してはならないでしょうか。全世界で次元が変わるのです。それが目前に近づきました。
 それゆえ、お母様をアメリカ国会に立て、国連総会に立てました。世界国家どこに立てても、全部通過したのです。それで女性解放が始まったのです。分かりますか。女性時代の先生たち! 女性解放の時代を迎えました。(笑い)前に座って、そのように暮らして死にますか。美しく食べ、美しく暮らし、美しくもてなされて、そのように生きて死にますか。もてなされるのは、毒薬を飲むことよりも恐ろしいのです。
 私はきょう、ネクタイを締めずに来ようとしました。ただ来ようとしました。文総裁はグロスターに行って、十年近く船に乗りました。それでも、人々は文総裁が誰なのか知りませんでした。「ニューホープに毎日のように座って指示する人は、統一教会の水産事業に関係するお年寄りだ」という扱いをしたのです。「いつレバレンド・ムーンが来るのか」と尋ねるのを本当にたくさん聞いたのです。(笑い)
 十年の歳月を送りながらも、私が誰だか知らなかったのです。「文先生が、においのするこのような所に、何のために来ようか。来るなら、飛行機に乗ってくるだろう。船に乗って行き来するはずがあろうか」と考えることでしょう。「その方は忙しい」と言うと、まんまとだまされました。まんまとだまされたのはいいけれど、私がまんまと冷遇されたという話です。暗行御史(注・李朝時代に勅命で地方の行政、民情を探るため潜行して回った勅使)が出動すれば、ふるいに掛けて捕まえるべき人が多いでしょう。
 今度、グロスターでもそうです。私が誰だか分からないのです。ところがおかしいことに、どこに行き魚を釣っても、私が先に釣り、一番たくさん釣ります。ですから、望遠鏡を固定して研究してみると、「ああ、あれはレバレンド・ムーンだ」ということが分かったのです。分かった後は、そこに現れないのです。速い船で一時間走って行くことのできるような所に行くのです。ですから、いくら探して見ようとしても、そんな船はないのです。激しい波をかき分けてくれば、どういう福が落ちているといって来るでしょうか。一か月の間、そのようにしながら訓練をさせてきました。
 世の中で偉いという人は、看板をつけて、格好をつけて行き来するでしょう。それは狂った人です。私は看板をつけずに後ろに歩いても、看板をつけた人々が全部、私の尻にぶら下がるようなことが起こるのです。それが本物だということを知らなければなりません。それが偽物ですか、本物ですか。(「本物です。」)私は偽物なのか本物なのか分かりません、皆さんは分かるでしょう。私はそのようにして滅びませんでした。
 私は食べて、寝て、暮らすことにおいては、超越した人です。とうもろこしご飯を持ってきても、何を持ってきても、どこに行って寝ても超越した人です。それゆえ、世界の数多くの複雑なことをみな収拾してきたのです。
 今、フィッシュ・パウダーが研究されていますが、全世界の政府が目をひっくり返して「合資会社をしましょう。お金は出してあげましょう」と、飛びついてくるのを嫌だといいました。泥棒根性を持って、詐欺を働いてくる者たちなのです。私たちが基盤を築いて詐欺に遭わなくなるときは、堂々と分けてあげようという話です。
 そして、輸送事業をしなければなりません。アメリカの余剰物資を買って運ぶために、また韓国を経て、日本の北海道を経て、カムチャツカ半島を経て、水産事業の品物を運搬するための計画を立てているのです。
 フィッシュ・パウダーがどれほどいいか分かりません。それをつくろうとすれば、無尽蔵の魚が必要です。アラスカのベーリング海峡に無尽蔵の魚がいますが、それでも足りません。これをしなければ、ベーリング海峡でロシアとアメリカと日本と中国を中心として争いが生じます。無限の高級たんぱく質を持った魚たちが自然死しているのは、人類の前に大きな罪です。これを捕れるようにしなければなりません。
 私はそれを知っているので、これを平和の基地とし、周辺にある強大国を説き伏せて出資させ、飢え死にする人々を生かそうというのです。余剰物資が積んである倉庫の門を開けなさいというのです。無尽蔵の物資があるのです。ですから、輸送する船を中心として、今後、世界船長協会をつくろうと思います。人類の公義のために協助をして、人間の道理を果たすことのできる仕事をしようと言えば、私の話を聞くようになっています。そうして、アメリカに立ち寄ってから帰る船が空の船なら、そこにすべて余剰物資を乗せて運ぶのです。
 そして、港のような所に行って降りるとき、私たちの仲間が持っていって運ぶのです。それで、三か月余裕のある食料貯蔵運動をしようというのです。私の話が何の話か分かりますか。カナダ政府にもすべて打診をしました。「文総裁には、こうこうこのようなものがあるので、協助するように」と言っているのです。

  死ぬ前まで苦労していくことを決意

 さあ、何もしないで生きていて死にますか。悪口を言われながら歩き回って、人を生かしてあげて死にますか。(「人を生かしてあげて死にます。」)十人生かしてあげれば、十人生かしてあげた賞を神様が報いてくれるのです。文総裁は報いてあげません。私の前に皆さんが負った負債だけでも、何百年、何千年持ってきて納めても、全部支払えないようになっているのに、なぜ報いてあげますか。(笑い)ああ! この者たち! 祝福してあげた価値が、どれほどになるか分かりますか。祝福を受けるために数多くの国が滅んでも、まだ受けられずにいます。イエスの名のゆえに滅びた国が、どれほどたくさんありますか。
 自分が祝福を受ける立場まで来たことを考えると、とても驚きます。ああ、ウジムシのような者たちを祝福してあげて…。運が悪くて韓国の地に生まれ、既成教会の泥棒連中があくどいことだけして反対し、世界の風波にぶつかってあえぐ身の上…。歴代先祖たちがそのように追われ、定着できずに避難しながら生活した民族なのです。李丙壽博士の統計によれば、韓国は九百三十二回も侵略を受けました。かわいそうな民族なのです。
 そのように、ふろしきをまとめるのに忙しく生きてきたのはなぜですか。神様がひとときに活用しようと、そのようにさせたのです。活用する時になってみると、資本でもあって、祝宴をする財布でもあると思ったのに、全部乞食のふろしきです。祝宴までもすべて神様がやってあげなければ、できないようになっているのです。分かりますか。
 真の父母の価値が、どれほど大きいでしょうか。天と地は、真の父母でなければ収拾できません。神様が解放されません。ですから、神様が千辛万苦しながら、今まで受難の歴史路程、悲運の歴史路程で、多くの痛哭をしてきたということを知らなければなりません。その方々の前に、皆さんが備えるべき姿勢が、どうあらねばならないかということを知らなければなりません。皆さんの良心に聞いてみなさい。いくら忠誠を尽くしても、良心が皆さんを称賛するか聞いてみなさいというのです。私の良心はそうです。
 今、これくらいやって、世の中の誰にも負けないようにやりましたが、私の良心としては誇ることができません。私はできません。皆さんは自信がありますか。八十歳に向かう立場で天下統一して、解放のラッパの音が山野を越え、虫けらや動物までも天の前に栄光を返すことを望んできたのに、それが夢のような立場に立っています。誇ることができません。
 ですから、先生は決意しました。これくらい生きてきたので、善なる仕事を始めるときから苦労したので、善なる因縁を結ぶときまで苦労で行くことを決意しました。私は死ぬ前まで、誰の世話にもならずに行こうと決意しました。それが先生の決心です。しかし、私が備えた生涯の福は、統一教会と後孫たちの前に残してあげようと思います。その残した福が千年万年に達し得るなら、千年万年、統一教会と統一教会の後孫は滅びないというのです。分かりますか、何の話か。(「はい。」)
 先生が生きたように生きれば滅びません。みな滅びると言い、倒れると言いましたが、滅びませんでした。お母さんまでも、そのように思いました。親戚まで反対し、国まで反対し、世界も反対しましたが、滅びるようになりましたか、なりませんでしたか。そのようなことを知り、今からまた行きましょう。

  ご父母様と絶対的基準で一つとなるべき時代

 結論は何でしょうか。真の父母と皆さんの良心が、どうだということが分かったでしょう。この二つなのです。
 そうして皆さん、真の父母をもう一度見なさい。そのような良心を持って、お母さんとお父さんを愛し、妻子を愛し、国を愛し、世界を愛しなさいというのです。ご父母様に対する皆さんの態度が、絶対相対的基準で一つとならなければならない時代に入ってきたのです。ご父母様の家庭が定着したので、このような絶対基準を中心として、皆さんが完全に一つにならなければなりません。自分の観念があってはなりません。
 ですから、体と心が一つにならず、夫婦が一つにならず、子女が一つにならなくては、盟誓文を唱えることはできず、先生をご父母様と呼ぶことはできません。今まで呼んでいた父母は、皆さんが利用するためのものです。そのような言葉は、私は聞きたくありません。それゆえ、盟誓で徹底化することのできる基準を立てなければなりません。
 そして、今まで世界基督教統一神霊協会で祝福を受けたのは、天使長の立場で祝福を受けたのです。長成期完成級です。完成期完成級で受けたのではありません。それゆえ、間違えばサタンが引っ張っていくことができるのです。しかし、ご父母様が定着して中心を確定したので、先生を絶対に信じていけば、サタンが引っ張っていくことができません。今は分水嶺を越えました。今までは坂道でもって、上がったり下がったり数千年を反復しましたが、今は越えて平らな道に入ってきているのです。時が違うのです。
 それゆえ、世界平和家庭連合を中心として、この基準にすべてのものが吸収されるのです。今まで統一教会の祝福を受けたのは何のためでしょうか。天使長の血統を受けて、天の側にも、サタン側にも行くことのできる家庭的基盤なので、天の側に来ることのできる基盤がありませんでした。祝福をしてあげることによって、天の側に越えてくることのできる家庭基盤が連結されたのです。
 今は真の父母がすべて越えて、皆さんだけに相対することのできる時代が過ぎ去りつつあります。皆さんは天使長の立場ではありません。真の父母として定着したことによって、定着したその伝統を皆さんが受け継ぎ、完全な家庭的プラスの前に完全なマイナスの家庭を形成しなければなりません。それが一つにならなくては、理想的家庭の土台を中心として、氏族、民族、国家編成が不可能なのです。そうでなければ地上に天国基地が形成されないというのが、原理が教える道理です。
 ですから、今後、統一教会の信者たちは韓国語を話せなければなりません。統一教会の祝福家庭は、原理観を中心としてアダム家庭を形成しなければなりません。ノア家庭を形成しなければなりません。それをすべて先生が復帰するために、千年万年こびりついた恨みを解くために、自分の本家を訪ねていく郷愁の心で監獄に行き、それを越えながら行ったのです。
 皆さん、考えてみなさい。ノアが百二十年の間、アララテ山の頂上に船をつくったのです。そのように狂った人がどこにいますか。船をつくろうとすれば、川辺につくるべきなのです。神様がなぜそのように役事したのでしょうか。全部が反対しろということなのです。すべての人が反対しろというのです。アダム・エバの一族が、全部反対しろというのです。それによって、ただ一人しか残らないのです。そうでなければ、将来、一人だけを探し立てるべき、歴史の代表であるアダムの礎石になれないのです。
 そして、アブラハムが供え物一つを失敗したというのは何ですか。皆さんは、先生の話をどれほど守りませんでしたか。供え物の失敗よりも恐ろしいのです。それが統一教会の歴史に生きています。死ななかったのです。そのようなメガネをかけて見詰めるのです。
 原理の御言は神様のメガネです。ですから、そのメガネに傷があってはだめなのです。その傷をなくすことのできる人がいませんでした。先生の時代になって、これを全部きれいにし、傷を消したのです。アブラハム・イサクの家庭が生きています。モーセ家庭が生きているのです。それを反復しようとするので、カナン福地復帰、世界路程四十年を中心として引っ繰り返すのです。ペリシテのまっすぐな道に進めば、三週間以内に行けるのに、シナイの荒野に回りました。度胸がなく、自信がありませんでした。天を信じることにおいて、資格がないというのです。
 皆さんは環境を信じてきたし、自分の夫や妻を信じてきたのであって、先生を信じてきませんでした。自分の生活を信じてきたでしょう。それではいけません。そのような観念は、完全な家庭理想を再創造することにおいて、対峙的な条件にはなっても、協助的な条件には絶対にならないのです。
 それゆえ、文氏の家門であっても、文氏の家門であるという思いを捨てなければなりません。そこに純粋な材料として立たなければならないのです。

  すべて盟誓文のとおりに

 ここにおばあさんたち、おばさんたち、たくさんいますね。この家庭理想を引き継ぐためには純粋でなければなりません。歴史的なすべてのものを、みな忘れてしまわなければなりません。それが条件になってはなりません。純粋でなければなりません。神様が土と水と空気でつくったのと同様に、本然的な内容を備えて、神様の創造性だけがあるようにしなければなりません。そこに、自分を中心とした概念的なものが入ってはならないということを考えなければなりません。
 「誰かがこうなので、私もこのようにする」というやりとりは必要ありません。分かりますか。そのような時代に移ってくるので、すべて盟誓文のとおりにしなければなりません。私たちの家庭は真の愛を中心として、神様と永遠に一致していくのです。善悪を知る木の実を取って食べろ、食べるなという話をする必要もありません。血筋が連結されています。分かりますか。
 キリスト教は、主が来るのを願って、どれほどたくさん犠牲になりましたか。その人々が見るのに、恥ずかしくないですか。その人々が見下ろさないと思いますか。そのように犠牲になった人々が、霊界から皆さんの家庭を見て、「あいつら、あれ何だ。駄犬みたいに。霊界に来てみろ。われわれがただではほうっておかない」と、待ち構えています。
 良心がどういうものであるか分かったでしょう。(「はい。」)先生の家庭がどういうものであるかが分かり、良心の力がどれほど大きいかが分かったでしょう。体の支配を受けたことを清算し、解放的基盤から、神様まで解放してあげることのできる行軍のラッパの音を鳴り響かせながら、南北を経て、アジアを経て、世界を経て、地上の基盤で跳躍し、天上世界に飛んでいく私だということを自覚しなければならないのです。分かりましたか、分かりませんか。(「分かりました。」)はっきり分からなければなりません。
 私が話すのが好きで話すのではありません。訓示です。先生の話を聞いて実践しようという人、両手を挙げて誓いなさい。誓いだけして、どうしますか。一度も守ることができないでいながら、(誓いを)続けますか。下ろしなさい。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2022.06.18 23:49:18
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