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分派(祝福権委譲と異端者・爆破者宣布ほか)

2018.07.16
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​ハワイアン・クィーンコーヒー農園​のコナコーヒー​​​



続き。

お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その3)」からの引用。

文鮮明先生御言選集 19850816 - 一勝日におけるみ言葉 3​
​​​
聖水の伝授

 ​それで、きょう私が祈祷し、聖水の儀式を行なうことにしました。この聖水には重要な意味があります。聖酒が問題になっていたと同じく、この聖水がこれから問題になるのです。ここで三兄弟を中心にした、十二兄弟による十二支派に統一教会の家庭を全部連結させる祝福をします。これは私が祈祷することで家庭が連結されるのです。今後、孝進はお父さんの代わりにいろいろな事をしなければならないけれども、すべての命令はお父さんからの指示を受けて行動するのです。決して自己の自由行動があってはならないというのです。祭司長に自己の自由な行動などあり得ないのです。国民が捧げる祭物の精誠の基盤の上に立ち、公的な行為を経てから、神の御旨の伝授を受けます。発電所から電線を通して需要のある所に送電し、電気の明りをつけてあげるのと同じ役割をするのです。中間の役割をしなくてはなりません。​

 ……

 CARP運動の第一線に

 このような環境を、三年後の八八年までに一新しなければなりません。八八年は四十三年を迎える年です。四十三年が終わるまでに、祝福を受けた皆さんは、孝進を中心にして完全に一つにならなければなりません。そのための一環として、祝福家庭の皆さんたちは、CARPに今加入しなければなりません。長子として、CARP運動の第一線に立たなくてはなりません。そこで、孝進君が今CARPの世界的責任者になっていますが、これはサタン世界のカイン圏を、天の側のカイン圏、長子圏へと継承させるための準備であるということを知らなくてはなりません。

 まず、先生の家庭のお前たちもCARPの二世となります。二世を統合するために、いつ、どこでも先頭に立つのです。祝福家庭は何もしなくて良いという特別意識など許しません。それを覚悟して、先頭に立ちなさい。我らの時代です。我らの時代に、父母と皆さんの家庭が立てた、その伝統をそっくりそのまま、後継者となる二世たちが受け継ぎ、新しい天国の家庭建設に向かって、天国の血族として、天国の子女として出発しなければならないということを確実に知らなくてはなりません。CARP運動はそのための活動です。だから、全員他のことは止めるのです。CARP運動をしない人に対して、先生は絶対に関係を持たないつもりです。

 お前たちと父母様とが一対一に一つになっているなら、すぐにでも相続権を受けることができるのです。お前たちの息子・娘を父母様のようにつくるという心を持たなくてはなりません。自分の息子・娘として考えてはならないのです。苦労させてでも、お前たちの息子・娘までのこの三代が完全に一つになるよう仕向けなくてはなりません。それで、食卓に向かい会った時も、寝ても覚めても、すべて父母様に対しての教育をしなければなりません。

 父母はというと、孝進を日本に送った後、息子が大会を開いたと言っては誇りとするというのです。又、お前たちが開拓伝道をすると言っては誇りとしながら、常に心を一つに通わせるのです。今は、お前たち二世によって統一家が地上に定着したあと、今度はお前たち各自が各家門の先祖となるのです。十二人の息子全員が支派長になるのです。支派長として立てなくてはならない伝統があるということです。分かりますか、何の話か。(「はい。」)これをしっかりと知らなくてはなりません。

 解放前の摂理

 さあ、祝福の話を続けましょう。先生はカインとアベル基盤を築かずしては、父母として復帰される基盤を持つことができません。即ち、カインとアベルの二人の息子を生んだままの父母では、天の側に立つことができないのです。父母は、カインとアベルを、神の長孫・次孫として登場することのできるそのような息子・娘を持った時に、初めて堕落しないアダム・エバの位置を受け継ぐことができるのです。これが原理です。

 それでは、原理がこのようになっているとしたら、お前たち二世がしっかりと一つになって、先生を中心にして一つになろうとする日には、歴史が回っていくのです。歴史が回るのです。そこで孝進、お前はこれからいろいろと準備しなければなりません。今のようなお前なら問題なくできるでしょう。問題なくやらなければなりません。お姉さんも交えて全体が協助し合わなくてはならない時です。今ここに、そのような時機が熟したということを皆分かったに違いありません。​世界的な蕩減路程の中で、​先生は今まで何をしたかというと、息子の役を果たしてきた​のです。​

 そして、アメリカの国とキリスト教がカイン圏とアベル圏の立場で一つになっていたならば、父母様が父母様の立場で登場するのです。それで、その時に世界的な家庭を作らなければなりませんでした。しかし、先生はキリスト教に反対され、キリスト教の基盤を失ったのです。そのため、それに代わるキリスト教の歴史を再び立て直すため、私が個人として、ヤコブの時代から始まって二千年という歴史を蕩減して来たのです。それは、​国家的なイエス様が再臨されたにもかかわらず、イエス様に代わるメシヤとしての失敗の償いでありました。​その失敗を、韓国を中心にして全部蕩減したために、韓国の民族の中からお母様を選ぶことになったのです。​​

​ 我々の家庭はお父様一人ではなかったのです。神様の御旨と御計画があったために、一人の女性と巡り合うことになったのです。彼女は神霊集団の代表的な女性でした。その集団は、解放の三年前から作られたもので、彼女は重要な役事を引き受けていたのです。その時、神霊集団と先生が一つになり、その次に、投獄されていた牧師たちと一つとなることによって、韓国全体を一つに方向づけなくてはならない時でした。

……

 このように多数の可能性が織りなす中で、先生が苦労しながら、お前たちのお母様を韓国人の中から得たのです。お母様が韓国の女性ですから、韓国の国を再び取り戻し、かつ救ってあげることのできる、そのような恵沢圏内に立てることができたというのです。これは実に驚くべきことなのです。​​​​

冒頭、お父様は孝進様をはじめとして三兄弟、そして、十二兄弟による十二支派の話をされた。ここでの十二兄弟は祭司長の立場であったことは言うまでもない。孝進様に限らず十二祭司長としての姿勢についてもあった。
​今後、孝進はお父さんの代わりにいろいろな事をしなければならないけれども、すべての命令はお父さんからの指示を受けて行動するのです。決して自己の自由行動があってはならないというのです。祭司長に自己の自由な行動などあり得ないのです。国民が捧げる祭物の精誠の基盤の上に立ち、公的な行為を経てから、神の御旨の伝授を受けます。​発電所から電線を通して需要のある所に送電し、電気の明りをつけてあげるのと同じ役割をするのです。中間の役割をしなくてはなりません。​​
お前たちと父母様とが一対一に一つになっているなら、すぐにでも相続権を受けることができるのです。お前たちの息子・娘を父母様のようにつくるという心を持たなくてはなりません。自分の息子・娘として考えてはならないのです。苦労させてでも、お前たちの息子・娘までのこの三代が完全に一つになるよう仕向けなくてはなりません。それで、食卓に向かい会った時も、寝ても覚めても、すべて父母様に対しての教育をしなければなりません。
孝進様だけでなく、三男さん、四男さんも三兄弟の中にあったのだろう。ほか、女性子女様も含めての十二支派編成であった。後に全世界の祝福家庭それぞれが支派子女様と地域をクジで引いたりもした記憶があるだろう。
このように子女様家庭は「祭司長」の立場で父母様と一つとなって、発電所(父母様)から指示を受けて行動し、需要のある所に送電し明りを付けることが出来る中間の役割をするのだ、と。また、父母様と子女様が一つとなっていればすぐにでも「相続権を受けることができ」、同様に、「子女様方の息子・娘も父母様のように作るという心」で教育しなければならないと語られていた。

また、ここで「お母様(韓鶴子総裁)」のことも話されていた。
​​​我々の家庭はお父様一人ではなかったのです。神様の御旨と御計画があったために、一人の女性と巡り合うことになったのです。彼女は神霊集団の代表的な女性でした。その集団は、解放の三年前(1943年)から作られたもので、彼女は重要な役事を引き受けていたのです。​その時、神霊集団と先生が一つになり、その次に、投獄されていた牧師たちと一つとなることによって、韓国全体を一つに方向づけなくてはならない時でした。​
……
このように多数の可能性が織りなす中で、先生が苦労しながら、お前たちのお母様を韓国人の中から得たのです。​​
「独生女批判」されている方々はこれをどう解釈するのか。

さて、映像「ベルリンの壁」をご覧願いたい。



1987年8月、原研世界総会参加者3000人が、ベルリンの壁撤去を求めてデモ行進、翌年はソウルオリンピックが開催された中、統一教会(アベル)とオリンピック選手団(カイン)が一体化の摂理が展開された。
​​​​三年後の八八年までに一新しなければなりません。八八年は四十三年を迎える年です。四十三年が終わるまでに、祝福を受けた皆さんは、孝進を中心にして完全に一つにならなければなりません。そのための一環として、祝福家庭の皆さんたちは、CARPに今加入しなければなりません。長子として、CARP運動の第一線に立たなくてはなりません。そこで、孝進君が今CARPの世界的責任者になっていますが、​これはサタン世界のカイン圏を、天の側のカイン圏、長子圏へと継承させるための準備であるということを知らなくてはなりません。​​​​​
『カインとアベルの二人の息子を生んだままの父母では、天の側に立つことができないのです。父母は、カインとアベルを、神の長孫・次孫として登場することのできるそのような息子・娘を持った時に、初めて堕落しないアダム・エバの位置を受け継ぐことができるのです。これが原理です。』​
1988年のこの時がその瞬間であった。その後にベルリンの壁崩壊、ソ連の崩壊、そして、父母様と金日成主席の会談までなされていった。

1988年 → (10年)→ 
1998年 → (10年)→ 
2008年 → (10年)→ 
2018年

このように10年ごとに区切ってみた時に30年目(イエス様の公生涯出発)が2018年、それから3年後の2020年である。


1998.07.19 三男さんが世界平和統一家庭連合世界副会長に就任
1999.10.27 文榮進様聖和

2008.03.17 文孝進様聖和
2008.04.06 第四次アダム心情圏時代の定着に関するみ言



2008.07.19 真の父母様御一行16名が搭乗したヘリコプターが不時着事故


アベル・カインについては「原理講論」ではメシヤを迎えるための「信仰基台」「実体基台」として何度も聞いてきたはずだが、「父母は、カインとアベルを、神の長孫・次孫として登場することのできるそのような息子・娘を持った時に、初めて堕落しないアダム・エバの位置を受け継ぐことができるのです。これが原理です。」といった「真の父母」を中心としてのアベル・カインについてどれほど意識していただろうか。
2008年4月、このときはどうだったか? 

アベル・カインの基台が崩れたなか、真の父母様自身がその責任を負わなければならなったのでは。
それが、2008.07.19のヘリコプター事故であったのでは、ということだ。
このとき、韓国の映画監督が清平に釣りに来ていてその様子を霊的に見た体験を証したりもしていた。
霊界の子女様方がヘリコプターを包むようにしていたというもので、搭乗者全員が生還するという奇跡が世界のニュースに流れた。

ヘリコプター事故後の祝祷でお父様は、イエス様は十字架で抹殺されたが、父母様が生きて全員が生き残ることによって「地上再臨完結時代」を宣布された。








当時、三男さんほか子女様方はそれぞれにメッセージを語られていたが、このヘリコプター事故をどのように感じられたか。

イエス様の十字架を生きて生還された再臨主・真の父母様としてだ。
三男さんのビデオメッセージを見る限りは、お父様しか眼中になくお母様まではなかったように思う。


おまけに、それを編集作成した心ない側近が余計なメッセージまで最後につけ足していた。



長子(祭司長)としてお父様が願われたものは何であったか。UCIを守ることだっただろうか。





一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
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最終更新日  2018.07.16 11:34:00
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2018.07.14
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「三男さん、元の位置(祭司長)にお帰りください」​​ (その4)で2000年9月の三男さんへの「祝福権委譲」はなかったことは、これまでも当ブログで当時の印刷物を挙げて検証してきたし、ヨンギ氏(マキの夫)には「まるバツクイズ」のチャレンジャーとしてその回答を求めたりもした。





(抹消された)ヨンギ氏ブログ上記引用文:
​今後は興進君が祝福をするのですが、興進君がいなければ、顕進君が…​
​からは「(霊界の)興進君がいなければ」ともなれば、興進様は何処にいるというのだろうか?
これと似たようなお父様のみ言で、

地上の真の父母と興進君が……。興進君が一人でできなければ、(霊界の)四人の息子、娘に責任を分配するのです。(漢南国際研修院、2000.12.28)​

なおも、ヨンギ氏は過去記事と同じことを繰り返そうとするのか?
2018-07-13、ヨンギ氏(マキの夫)記事で2000年9月のお父様のみ言を再掲載。

お父様は霊界では興進様/地上では顯進様に、祝福権を委譲されました。
https://ameblo.jp/13579watashi/entry-12390395940.html

2000年9月の祝福権委譲式では三男さんはその祝祷の列にはいなかった(私tomy4509からは当時のフォトを提示)。
また、お父様の祝祷では「興進様」の名はあったが、三男さんの名は一つも聞くことは出来なかった(『祝福家庭 19』2000年冬号、P.22~参照)。



さらには、2010年7月、ボート会議で神山威氏に対して

http://trueparents.jp/?page_id=3718​ の末尾からの引用:
 お父様は2010年7月16日、顯進様に従おうとする故・神山威氏に対し「(顯進は)もう、ずっと前に離れたんだよ、10年前に」、「顯進は先生と同じ方向に向いていない。逃げ回っている。顯進が先生の方向に来なければならないんだよ」、「なぜ先生に質問しないで顯進の方にいくのか」と語られました。​
 お父様が「逃げ回っている」と語られたように、お父様は何とかして顯進様を教育しようとしておられたに違いありませんが、教育できないままに、お父様のアイデンティティと異なることを平然と述べる「統一教会の党派(分派)」になってしまったことに対して、深く心を痛めざるをえません。最近では、「家庭平和協会(FPA)」という組織を立ち上げ、「FPAは、創始者が世界平和統一家庭連合を通して実現しようとしていたものを目標としている」(314ページ)と平然と述べるなど、分派の動きを強めています。
 私たちはこの小冊子を熟読することでUCI 問題の本質を理解し、UCIを支持する人々が流す真の父母様から離反させようとする〝虚偽の情報〟に惑わされることがないよう十分に注意する必要があります。​
2010年から10年前といえば、ちょうど2000年9月の「祝福権委譲式」のときと合致する。その時から「顯進は先生と同じ方向に向いていない。逃げ回っている。顯進が先生の方向に来なければならないんだよ」とお父様は語っておられた。
そのころから三男さんは二世教育に際して個々の「アイデンティティ」の大切さを語り始めていたが、真の父母様を飛び越えて神様につながろうとしたものだった。
アダム・エバの堕落時の「もしも、その実を取って食べれば神様のようになれる」といったサタンの誘惑とも一致するような内容だ。現在、三男派にある方々はこのような教育の影響を強く受けており、真の父母様を無視している。こんにち、お母様に対して「お父様と一致していない」などとお父様のみ言を挙げてはその批判を展開していたりもするが、絶対相対としての基準を求められていたお母様と比較しての批判は、むしろ、三男さんの不従順をも悔改めていかなければならないと反省すべきものであった。

このように、三男さんが「(真の父母様を)神と同じ立場で愛することができ」ず「自己の位置を離れ」たのは、すでにこの時からであったのでは。「束草事件」や「異端者爆破者宣布」「真の父母様宣布文」のはるか以前の話だ。

以下は『お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その2)』からの引用。
​​​​​​​​ 私がいつもお母さんに言っているように、私が天の前に間違っているならば、その代価は子女を通して受けるのです。それは天理がそのようになっているからです。子女を通して蕩減しなくてはなりません。​万一、間違ったことをしたならば、その子女が必ず悔い改めて倍価の努力をしなければならない立場になるのです。その間違ったことを知りながら、過ぎた日の父母様に与えたすべての心の痛みとか、食口たちに被害を与えた過去のすべてを反省して、深く悔い改めなくてはなりません。​

 長子の使命

 このような観点から、もし孝進君にそのような過ぎ去った日々があるとすれば、それによって天の前に帰って、過去を完全に切ってしまい、アベルのような立場て忠臣・孝子となる彼らの前に立って悔い改めた後に、そのアベルのような孝子や忠臣以上に努力するというような立場に立つならば、そこから初めて、今まで述べてきた長子圏の出現が孝進君を通して成るようになるのです。

​ 聖婚式を挙げた真の父母の息子が、本来の長子の座に立つことができるということです。そのような観点から、伝授式が行われなければならないのです。​

 しかし、そのすべての責任は私が負うのです。四十の峠を越える、第二次大戦以前に、私は家庭的出発をすることができなかったのです。しかし、第二次大戦後の四十年が過ぎた以後において、家庭でなく、自分の息子・娘を通して世界的な出現をさせることのできる基盤を連結させることによって、過去四十年の期間は失った期間でなく、探し求めた天の期間として、立てることのできる重要な時点、重要な過程であると見るのです。それは私が探したものであるから、私が孝進君のような年齢で出発した当時、世界的な舞台に出現できなかったために、自己の一代にできなかったことを、代身者としての第二世を世界的舞台に立たせる基盤に連結させることができるのです。

 それは何かと言うと、長子は父の代身として、仕事の責任を負わなくてはならないからです。又、難しい事は、統一家において原理が教えるすべての課題を、自ら進んで責任を負うことなのです。

 父母というのは子供のことを考えてから、自分を考えるのです。これが原則です。先に子供を愛してから、自分を愛するのです。夫婦の間で、子供を愛する妻を持つ夫は天に感謝しなければなりません。子供を愛する妻は天の側に立つことができるからです。又、子供を愛する夫を持った妻は、天の夫として侍らなくてはならないというのです。子供を愛することのできない父母は、天の側の父母として侍られる立場に立てないと見るのです。そのような意味で、孝進君を誰よりも愛するのはお母様なのです。もちろん、先生も愛しています。が、先生は愛するという話をしません。

 サタンは私の家庭の長子を引っ張って行こうと、あらゆる手段を講じていました。これを止めるために興進君が蕩減しました。孝進の身代りとなって、興進君が急死したのです。興進はアベルの位置において犠牲になりました。それは、イエス様の犠牲と同じ意義があります。イエス様が犠牲になられたのは、兄さんの立場に立つ全人類を救うためでした。即ち、長子であるカインを救うために犠牲になったのです。

 興進君の犠牲により、我々の家庭は完全な蕩減条件を立てることができました。これを契機に孝進君は一大変化をしなければなりません。興進が父母に精誠をこめて尽くしたように、孝進も父母に尽くさなければならないのであり、身代りとなった興進の分も合わせて、二倍の努力をすることを決意しなければなりません。このような衝撃的な事件に見舞われた私たちの家庭に対して、世間一般の目から見れば、身内を失った不幸な出来事と思われがちですが、御旨の面から見るならば、このことにより、新しい家庭的復活圏が繰り広げられていくのです。

 統一家の伝統

 そこで皆さんに急に集まっていただいたのは、きょうが八月十六日、四十年の峠を越えて初めて迎えるこの日の式を行うためです。

 今までの歴史は、兄が弟を殺して血のいけにえにし、弟から奪取し、犠牲にさせることの繰り返しでした。しかし、今からは、これが反対になるのです。今まで、神の側の息子の位置に立てられたアベルが犠牲になってきましたが、その目的は長子圏復帰のためでした。従って、神側の長子として生まれ変わるための歩みは、天の側の長子圏のその伝統を、死と血の歴史でもって作り上げてきたのです。この伝統が、正に統一家の伝統であることを良く知っておかなければなりません。

​ これから、先生以後に、孝進の後孫たちがそうするとき、代々に亘って受け継いでいくのです。誰が継代を受け継ぐかという問題ですが、もちろん、長男が受け継ぐのが原則です。しかし、長男がすべてにおいて不足のため、伝統を受け継ぐことができない場合は、兄弟たちを集めた公的会議の場で話し合わなければなりません。兄自身が自己の不足を認め、「家庭の伝統を立てることができないために、誰かが私の代わりに立って欲しい」と願い出るべきです。そのような要請があれば、公的会議または家庭会を開き、全員が祈祷した後に選定されなければなりません。​

 では、どのような人を選定すべきでしょうか。より犠牲になってきた人、よりアベル的伝統歴史を受け継いだ人。命令だけするのではなく、命令を受ける人に福を与えるための道を行く人でなければなりません。今まで、サタン世界のカインは命令して、搾取して殺そうとしてきました。これからのカインは、天の側の長子の座に立つのですから、今までとは反対になります。アベル伝統の歴史を受け継いだために、全体のためにより犠牲になろうとする人でなければならないし、誰よりももっと苦労しようとする人でなければならないのです。先生もその原則に従い、そのような伝統を立てるために一生を捧げて来ました。数多くの宗教者、数多くのキリスト者、数多くの歴史的な聖人たちがいますが、その中において、サタン世界を復帰するために、誰よりも犠牲になろうとし、誰よりも為に生きようとして来たのです。

 統一教会に三十六家庭が定められてから、三十年歴史を迎えようとしていますが、私は今以って彼らの為に生きているのです。これが伝統です。

 この伝統は、先生の子女たちは勿論のこと、食口たちも守らなくてはなりません。このように兄さんの位置に立つということは、いかに難しいことかを良く心得ておかねばなりません。すべての困難は彼と共に相談しなければならないのです。長子は全体の困難に責任を背負い、神の代りに伝統を受け継いだ責任を果たすために、できる限りの精誠を尽くさなければならないのです。

 できないという話は言えないようになっているのです。難題を抱えた時、「そうか、後で考えることにしよう。研究してみよう」と、こういう言葉は良いが、頭から、「それはできない」と言ってはならないと言うのです。目的さえ善であれば、「しなければならない」と言い、自己の持っている力を活用して兄弟たちを動員し、目的達成のための陣頭指揮を取るのです。どの後継者もそのようであるならば、統一家の伝統は永遠に継承されるのです。これから生まれてくる我らの後代の長子、後孫は絶対に、自己中心に生きる今日のこの世の権力者の真似をしてはならないというのです。

 中心というのは、すべてのことに責任を持つ位置にあります。中心の位置に立つ者は、すべてを与えることのできる人でなければならないのです。中心とは責任を負い、与えるばかりでなく、保護してあげることを知らなくてはなりません。このような伝統的歴史が、復帰摂理過程で綴られてきました。堕落以後、アベルがカインに殺されて死んだのは、神のために、次にはカインのためでした。

 心情の極限に立って

 このことは、特に孝進君がよく知っておかなくてはなりません。今回、韓国と日本を連結させて帰ってきましたが、これは実に驚くべきことです。これからは、韓国と日本で誠を尽くした以上の基準で、アメリカにいるすべての食口たちが孝進君を尊重しなければなりません。

 孝進と言えば、昔の孝進を誰も知っていますが、今の孝進は知らないのです。ここ二、三カ月にわたって起きたいきさつは知らないのです。CARPの責任者となって本を出したり、日本で活躍したことを知らないでしょう? しかし、この事実というのは、孝進の一生において革命的なことなのです。加えてこの事実は、世界史的デビューへの看板を掲げたことに等しいのです。

 ここで、良かったか悪かったかの評価を受けるのです。幸いにして、素晴らしい評価の言葉が韓国の代表から、韓国の家庭から、韓国の食口たちから伝わってきました。それに加えて、更に日本でも同じような評価をしてくれています。そればかりでなく、祝福を受けた二世たちの歓待と称讃を受けることによって、両親を含め、私の家庭の誰よりも勝(すぐ)れている立場の証を立てることができました。全員が一つになっても、それと取り替えることのできない代表者となって帰って来ることを期待していましたが、孝進は立派にその責任を果たしました。

 天の御旨の中で繰り広げられた今回の修練会に対して、神様が見つめる観点はどういうものだつたでしょうか。始め修練会の責任者として立てられた時、「原稿を準備しないで行って、祈祷しなさい。精誠をこめて祈祷するように」と言いました。弱き者であるから、羊のようなイエス様と同じ立場で、何も知らない孝進が今ダビデのようにゴリアテの前に出て、ありったけの力を出して神を信じて、石投げを持って立つのであるから、それはどれほど苦しかったことでしょう。そのような心情の場に置かれたというのです。

 孝進が神にすがり父母にすがって摂理の第一線に立つというその心情を持ったならば、神は無条件に協助するようになっているのです。だから、この事が普通の事でなかったのです。先生のこの監獄生活の全過程で、四十年を越える前後を中心にして、このようなすべてのことが偶然の一致のような結果をもたらしたということは、内的な面で神が数理的な計画を進めてこられたその基盤の上で始められたということを、孝進が知らなくてはならないのです。そのお陰で、今回有終の美を飾って帰って来たというのです。

 私が一番うれしいと思うのは、韓国の皆さんが孝進の送別会をしてくれた後、飛行場には見送りに行かないことにしたにもかかわらず、二世たちが全員出て来て金浦飛行場に集まり、たいへんにぎやかな見送りをして周囲を驚かせたということです。指示はしなかったけれども、自ら進んで動いた、この事により、二世たちをして天の福を受けることのできる条件ができたことを皆さんに言っておきます。​​​​​​​


1984.01.02、興進様が聖和されてのち孝進様がその11月に第一回「原理研究会世界学生総会」を韓国で、翌年7月には東京で第二回目の世界学生総会を主管されてのもので、その成功を喜ばれて孝進様を統一家の本来の長子の座に立たせての伝授式であったということだ。

同じようなことが三男さんの時にもあった。

1998.07.19、三男さんが世界平和統一家庭連合世界副会長に就任
1999.10.27、文栄進様聖和
2000.03.31、三男さんがW-CARP世界会長に就任
2000.11.11、父子協助時代を宣言

さて、三男さんはW-CARP世界会長として父母様の御心にかなった行動をされていただろうか?

父母様の基準はどこまでも興進様であって、孝進様の時も興進様のことを語られたし、また、祝福権委譲式でも「興進君が許諾すれば……三男さんも同じように」の意味を深く心にとめていただきたいものである。


<続く>




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最終更新日  2018.07.15 19:18:49
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2018.07.12
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​2000年9月、三男さんへの「祝福権委譲」はされなかった。​
2000年9月当時のお父様のみ言を挙げては三男派は三男さんへも「祝福権委譲」がされたかのような偽情報でもって、あたかも2015年に行われた三男さんの祝福式が正統であるように宣伝してきた。

​ところがこれまで当ブログでは、当時のお父様のみ言とは裏腹に実際は(当時の印刷物から)「興進様」のみに委譲がされていたことをもって三男さんへのそれを否定してきた。
また、今回はお父様、そして、お母様が語られていた「長子の格位は『祭司長』」という観点からみても、三男さんはその「祭司長」職にないことから祝福式の主礼を務めることが出来ない、という結論が導き出されてきた。

cocoaさん、したがって、2015年のそれは「無効」ということです。


明日は月初めの敬礼式ゆえ、早々に……


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最終更新日  2018.07.12 23:55:17
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原理講論P319~からは、
​それでは、アブラハムが象徴献祭としてささげた鳩と羊と雌牛とは、果たして何を象徴したのだろうか。この三つの象徴的な供え物は、三段階の成長過程を通じて完成する天宙を象徴するのである。すなわち、まずそのうち、鳩は蘇生を象徴したものである。……​
 つぎに、羊は長成を象徴するのである。……
​​ つぎに、雌牛は完成を象徴するものである。……イエスは、全人類の新郎として来られたので、彼が再臨なさるまでの信徒たちは、来られる新郎の前に新婦とならなければならない。しかし、新婦なる信徒たちが再臨される新郎イエスと小羊の宴を終えたのちには、新婦ではなく妻となり、夫であるイエスと共に、天国生活をするようになるのである。それゆえに、イエス再臨以後の完成成約時代は、妻の時代、すなわち、雌牛の時代であることを知らなければならない。ゆえに、雌牛は、とりもなおさず、完成を象徴するのである。多くの霊通者たちが、現代は牛の時代であると、啓示を受ける理由は、正にここにあるのである。​​
​ イエス様といえども十字架の死によって肉身はサタンが奪っていった。したがって、再臨の時は、神様は先ずはサタンに奪われたその肉身を奪い返して来なければならず、再臨主も予定された洗礼ヨハネが失敗すれば、苦難・迫害の道を歩まざるを得なかった。
​​​
「イエス再臨以後の完成成約時代は、」とあるように、原理講論では半世紀以上も前から「女性時代の到来」を予見していた。1992年に女性連合が創設され、お母様が前に立たれて「真の父母、再臨主」宣言を公式の場でされたあとお母様の世界巡回講演が開始され、1999年6月14日、お父様からお母様へ表彰碑を授与された。「真の母」としての位置を勝利されてのものであった。

以降、子女の責任分担時代となるが、ここではアベル・カイン問題が問われてくるのではなかろうか?
原理講論P.347では「母子協助」について書かれているが、アダム家庭で母と子らに侵入したサタンを分別するうえで、アブラハム家庭では母親の積極的な協助によってヤコブとエサウが勝利したという話だ。ところが、真の父母が立ったこんにち、「母子協助」だけでなく「父(母)協助時代」を迎えることとなった。
お父様が「父子時代」だと語られたからといって、三男派は「真の母」が必要でなくなったような誤解を持たれてお母様を批判していたが、決してそうではないことを改めて確認しておかなければならないだろう。
ちょうど孝進様家庭で問題が発生した時期でもあるが、三男派はこの時に三男さんが孝進様を擁護したと自慢するが、アベル・カインのそれに対しての「母子協助」があったのではないかとも思う。
ところが、昨今の三男派ブログを見れば「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」方式で、「真の父母様宣布文」を朗読した金某氏に対してだけでなく孝進様を養育していた家庭だ、とまでいって除けていた。当時の三男さんの本音が取り巻きを介して出てきたのではないかとも考えられる。

さらに個人的につけ足していうならば、1998年に三男さんが家庭連合の副会長に就任したが、もしも、問題があったとしても三男さんが「孝進兄さんを会長職に」と推戴すれば、父母様はそれを見て「善し」とされなかっただろうか?
本然の位置での「カイン・アベル」が真の家庭で立つことになっただろう。

2000年9月、三男さんへの「祝福権委譲」はされなかった。


<続く>






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最終更新日  2018.07.12 00:23:20
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2018.07.10
​​前回『「三男さん、元の位置(祭司長)にお帰りください」​​ 』
の続き。

以下は、私tomy4509の個人的な推測によるものだ。

​​(『Family』)2008年7月号12ページからは、真の家庭の子女様であっても

エバを中心として、母を中心として、カインとアベルが争ったのです。カインとアベルが争ったのです。カインとアベルが争い、夫のアダムを家庭の外に追い出してしまいました。……母(エバ)が生んだ息子、娘は本来の息子、娘ではありません。母(真のお母様)を通して再び生まれなければならないのです。
統一家も、そのようになっているというのです。……​​
前回最後に挙げた上記引用は2008年4月6日に語られたものだ。統一家の子女様方であっても母(真のお母様)によって重生されなければならない、とお父様が語っておられたということだ。

時間を十年ほど前にさかのぼってみるとお父様が「世界平和統一家庭連合」を創設され、1998年には三男さんがそれの副会長に就任していた。当然、次期世界会長が約束されていたのではなかったかと思う。ところが、そうはならなかった。

アダム家庭ではカインがアベルを殺害したことを、真の家庭でもその蕩減として超えていくべき内容が残されていたということではなかったか。
以下の場面もまた、同じく2008年4月6日での出来事だ。母(真のお母様)を中心としてのアベル・カイン。




結果はどうだっただろうか? 

アダム家庭ではアベル・カインの失敗によってセツを立たせたように同4月18日、郭錠煥世界会長に代わって七男さんが会長に就任した。もしもこのアベルカインが勝利していたなら、三男さんがその時になっていたのではないかと、というのが私の推測だ。
そしてまた、「家庭連合」から「統一教」への改悪を一旦は許諾しなければならなかった。

さて、ここで見るアベル・カインについてだが、原理講論のそれとはまったく違った内容のものであることを理解しておかなければならない、と思うのだが。
ここではカイン(長子)が三男さん、アベル(次子)が四男さんとのビデオ説明もあったが、もう一度1985年8月の「一勝日」でのアベル・カインについて読んでいただきたい。
ここでは「本然のカイン・アベル観」についてお父様が語られており、真の家庭の「長子・孝進様」が長子権復帰されたカイン(長子)としての伝授式であった。
​ 長子の使命

 このような観点から、もし孝進君にそのような過ぎ去った日々があるとすれば、それによって天の前に帰って、過去を完全に切ってしまい、アベルのような立場て忠臣・孝子となる彼らの前に立って悔い改めた後に、そのアベルのような孝子や忠臣以上に努力するというような立場に立つならば、そこから初めて、今まで述べてきた長子圏の出現が孝進君を通して成るようになるのです。

​ 聖婚式を挙げた真の父母の息子が、本来の長子の座に立つことができるということです。そのような観点から、伝授式が行われなければならないのです。
また、
 統一家の伝統

​ そこで皆さんに急に集まっていただいたのは、きょうが八月十六日、四十年の峠を越えて初めて迎えるこの日の式を行うためです。

 今までの歴史は、兄が弟を殺して血のいけにえにし、弟から奪取し、犠牲にさせることの繰り返しでした。しかし、今からは、これが反対になるのです。今まで、神の側の息子の位置に立てられたアベルが犠牲になってきましたが、その目的は長子圏復帰のためでした。従って、神側の長子として生まれ変わるための歩みは、天の側の長子圏のその伝統を、死と血の歴史でもって作り上げてきたのです。この伝統が、正に統一家の伝統であることを良く知っておかなければなりません。

​ これから、先生以後に、孝進の後孫たちがそうするとき、代々に亘って受け継いでいくのです。誰が継代を受け継ぐかという問題ですが、もちろん、長男が受け継ぐのが原則です。しかし、長男がすべてにおいて不足のため、伝統を受け継ぐことができない場合は、兄弟たちを集めた公的会議の場で話し合わなければなりません。兄自身が自己の不足を認め、「家庭の伝統を立てることができないために、誰かが私の代わりに立って欲しい」と願い出るべきです。そのような要請があれば、公的会議または家庭会を開き、全員が祈祷した後に選定されなければなりません。​
これまでの歴史は、アベル(次子)が犠牲となってきたように次子・興進様もその道を行った。真の家庭では、長子・孝進様もそのような立場に立つならば「聖婚式を挙げた真の父母の息子が、本来の長子の座に立つことができるということです。」、ということであり、また、「統一家の伝統」として孝進様の後孫もそうするとき、代々に亘って受け継いでいけると語られていたものだ。

三男さんもそれを十分に承知で、「三男さんのみ言から「伝統を破れば混乱が生じる」」(以下)」と語っていたはずだ。




2000年9月の三男さんの「祝福権委譲」のまるバツクイズの話もある。

ここでもお父様が語られていたことは、アベル(次子)の興進様同様に犠牲の道を行くことが出来れば、興進様同様に三男さんも「真の家庭の長子」として「祝福」を許諾することが出来るとされていたのではなかったか。




長子(祭司長)としてだ。
ところがその位置を離れられ、「祝福権」を軽んじられて「UCI」を選択されていかれた。

それにもかかわらず、真の父母様は幾たびも助け舟を出されていた。


<続く>




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最終更新日  2018.07.10 21:02:21
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2018.07.09
前回記事「ヨンギ氏(マキの夫)の質問に応えて-- お父様に原罪があったか?(その5) 」でヨンギ氏が挙げていた「栄養学博士」ビデオの第二弾は「真のお母様の独生女問題 2 - 真のお母様の‘主管性転倒’問題」を題材としていた。


では、堕落性本性とは何か?

(六) 堕 落 性 本 性

天使が神に反逆して、エバと血縁関係を結んだとき、偶発的に生じたすべての性稟を、エバはそのまま継承したのであり、こうして天使長の立場におかれるようになったエバと、再び血縁関係を結んだアダムも、またこの性稟を受け継ぐようになった。そして、この性稟が、堕落人間のすべての堕落性を誘発する根本的な性稟となってしまったのである。これを堕落性本性という。

その堕落性本性を大別すると

​1.神と同じ立場に立つことが出来ない
2.自己の存在位置を離れる
3.主管性転倒
4.犯罪行為を繁殖

でもって「主管性転倒」は三番目。
ところが、堕落性本性も順をおって提示されているものであり、その一番目が「神と同じ立場に立つことが出来ない」、ちょうど三男さんがご父母様の元を離れていく過程を見るがごとくである。
二番目は「自己の存在位置を離れる」である。三男でありながら「長子」を固持しようとした。
そして、三番目が「主管性転倒」だが、三男さんがお母様を逆主管しようとしているのが今日の分派活動ということだ。
そして、四番目の「犯罪行為を繁殖」だが、その例の一つに「責任転嫁」が挙げられていた。

まさに、三男派のいうところのこの「主管性転倒」こそが私のいう「責任転嫁」ということだ。
堕落性本性に四項目があるが、その一つ一つを踏んでいかれたのが三男さんであった。今、真の父母様のみ言から「長子」の格位が「祭司長」であるということが語られていたが、UCI(嗣業)を選択されたままでは「長子」となることは出来ない。
「栄養学博士」のビデオでは、お母様の「主管性転倒」などといっては「独生女批判理論」を展開していたが、その実は自分が乗っている列車が動いている(「自己の存在位置を離れ」ている)ことも分からずに、周りが動いているかのように騒いできたのが三男さん、郭グループであった。
本来の「祭司長」の位置を離れられたなか、「後継者」「長子」といっても何らの正当性を持たない。

家庭連合は、声を大にして

​「三男さん、元の位置(祭司長)にお帰りください」​​

と叫び続けてきた。
三男派の方々も早くそのことに気付き、
三男さんにそうなってもらうように叫ぶべき時を迎えている。

独生女批判も底に到達しつつあり、あとは大きくジャンプする時期が間近に迫っているだけだ。
神氏族メシヤ、神韓国家庭連合、神日本家庭連合、神米国家庭連合、神アフリカ、神ヨーロッパ、神……
「終末」、まさに、善主権と悪主権が交差する瞬間のとき、私たちは何処へ向かうべきか?!
サンクチュアリも然り。

もう一度アダム家庭で分かれたアベル・カインが母の胎に入って「アベル・カインが一つ」となって生まれ変らなければならない。



コスモスさん、cocoaさんも女性でしょ!! 夫、子女を教育するようにとお父様から言われていたのではなかったか?

「ナイロンの細い糸」がお母様と連結されているか?
お母様が泣けば、女性たちも涙し、
お母様が笑えば、ハハハッ…



【参考記事】
​​ (『Family』)2008年7月号12ページからは、真の家庭の子女様であっても

エバを中心として、母を中心として、カインとアベルが争ったのです。カインとアベルが争ったのです。カインとアベルが争い、夫のアダムを家庭の外に追い出してしまいました。……母(エバ)が生んだ息子、娘は本来の息子、娘ではありません。母(真のお母様)を通して再び生まれなければならないのです。
統一家も、そのようになっているというのです。……




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最終更新日  2018.07.09 21:42:33
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2018.07.08
​​​ヨンギ氏のブログ記事から。

  • 原理に対する正しい理解
    https://ameblo.jp/13579watashi/entry-12388778109.html
顕進様は祝福家庭に、以下の『四つの質問を投げかけられました。
……

摂理の中心は『神様』です。
復帰摂理歴史を見れば、アダム、ノア、アブラハム、イエス様、と中心人物は次々に移り変わってきました。もしも摂理の中心がこれらの人物たちであるとするならば、彼らが霊界に行くと、摂理は中断してしまいます。……では、理想家庭とは何でしょうか?……それは、神様を中心とした四大心情圏と三大王権の実体化です。

1.四大心情圏、理想家庭は四大心情圏の完成を通してなされます。四大心情圏とは、すなわち……

2.三大王権、……永続性が出てくるためには、神様、父母、子女の三代が立たなけれなりません。神様の主権が地上に立ち、拡大されて行くためには、真の愛と真の生命と、その実りである真の血統が、この地上に現れる必要があります。……・

​​​​3.理想家庭の姿とは、四大心情圏と三大王権を完成した理想家庭の姿は『神様と一つの家庭を成し、永遠に喜びを感じて生きる家庭』となります。​理想家庭では神様を中心として球形を成しており、上中下、前中後、右中左の中心にはすべて神様がおられます。上中下、神様中心とした親子関係、前中後、神様を中心とした兄弟姉妹関係、右中左、神様を中心とした夫婦の関係、神様を中心とした球形を成す​ということは、第一に家族の全ての構成員が、神様との直接的な、父子の関係を確立することを意味しています。そして、第ニに、家族の全員が、神様に似た、真の愛の主人となり互いのために生きることを意味しています。神様中心とした夫と妻の関係、親と子の関係は、指示と服従の関係ではありません。お互いに責任分担があり、良心に従って生きていきます。良心で神様の願いを探し求めながら、神様に侍る理想家庭を築いていきます。、人がそのような理想家庭を実現し、その真の愛に酔うように生きることこそが、神様の創造理想目的です。​​​​

天宙的葛藤に対する視点と理解。
​これらを三男さんが語られていたというのであれば、実に原理に対して幼稚としか受け止めることが出来ない。
まずは、「摂理の中心は『神様』です。」だが、原理用語の「摂理」と「み旨」の不理解を伺わせている。原理講論の「予定論」を読めば一目瞭然である。
「み旨=復帰摂理の目的の完成」であり、神様は「み旨」を絶対的なものとして予定されるが、その一方、み旨成就に対しては復帰「摂理」を担当した人物の責任分担(100%)が加算されなければみ旨成就されることはなかった。したがって、み旨の動機と結果は神様にあるが、そのみ旨成就に対しては復帰摂理のその時々に担当した中心人物(人間)が中心とならざるを得なかった。

また、「四大心情圏」「三大王権」を三男さんが勝利されたという何かあるか? 肉的血統のつながりを除けば、だ。
特に、第三番目を読めば「神様中心に」と、さももっともらしく語っているが、親子関係(父子関係)、夫婦関係、兄弟姉妹までもごちゃ混ぜにしておられる。個々人が「神様に似た、真の愛の主人」とはどういうことか? 
これは次のヨンギ氏の記事で紹介されていたビデオ講師の間違いとも通じるものがあり、三男さんの誤った考えがそのまま(三男派の)ビデオ講師も語っていたということだ。
  • 真のお母様と独生女問題 金振春の『独生子・独生女』
    https://ameblo.jp/13579watashi/entry-12389006771.html
​​これが、家庭平和協会の公式見解である。

​​(過去のビデオ映像)​​​​
​ビデオでは「性の役割による四大心情圏の完成」との見出しを挙げていた。
簡単に言えば神様を中心として、男性は「息子の愛」「兄の愛」「夫の愛」「父の愛」、また女性もまた同様であるというのである。神様を中心としての「父子関係」は常識的に見ても考えられることかもしれないが、性の役割によってそれぞれが神様と「兄弟関係」、神様と「夫婦関係」、神様と「父母関係」を築くのが四大心情圏の完成だと説いていた。



三男さん・ビデオ講師ともに、原理とは違ったおかしなことを語っているということは、上記のような図式としてみることで皆さんもハッキリと理解できたことと思う。
ヨンギ氏の挙げたビデオは2か月前にUPされたようだが、元ビデオは1年ほど前のものと同じで、私からはその酷評を書き記していた(以下)。
自称ルポライターtomy4509としてはこのビデオ講師は「栄養学の博士」で、原理とは畑違いの講師を引っ張り出してのそれだ、とも書いたりもしていた。それ以降はこの講師は降板されたのか?
酷評記事からは、ビデオで御言葉「祝福と理想家庭」P.145を引用していたが、



私の調べでは、
​​​「祝福と理想家庭」からの引用を出されているのであれば、当然、お父様の語られた「無原罪・独生女」のみ言もしっかりと見られているはず。これを隠しての「独生女批判理論」講義に真実性はない。​

お父様がお母様が「無原罪・独生女」だと語られたみ言が「祝福と理想家庭」にシッカリと印刷されていた。当ブログでは今年2月独生女考(23)ーー「お母様は原罪なし お父様は原罪あり」はお二人だけの「秘密」 」の末尾で紹介していた。





さて、ヨンギ氏よ!!
これまでもヨンギ氏のブログ記事の誤り、デマねつ造文章の指摘をしてきたがもうそろそろ、それらを認識されたらいかがだろうか。
ヨンギ氏の持たれた「独生女批判」「家庭連合批判」のそれら資料の殆どに真実はない。
記事「正統と異端」を見ても然りだ。そこに向けられている刃は「七男さん」であって「家庭連合」ではない。書くカテゴリーを間違えているようだ。
1年ほど前に出されたビデオが「家庭平和協会の公式見解である。」というのも、最早、どこにも通用しないものだ。
原理講論からかけ離れた(三男さん)誤解釈、お父様の語られた「独生女」を隠してのお母様批判、
それをなおも信じているヨンギ氏、あなたこそ「狂った人である」ということを自覚されては如何か。




上記も間違った情報であることを指摘した。私からのこれら忠告に対して謙虚に受け止められるべきである(私とヨンギ氏、どちらが「正統」「アベル」か)。

三男さんを持ち上げてみたところで、​「真の父母に『後継者』はない」​と断言しているのはお母様だけでなく、黒・天聖経にも書かれたことでありどの子女様方にも「後継者の道」はない。三男さんが「祭司長」の位置で安住(アージュ)しようされない限りは、(父母様が直系子女様方「12̪支派編成」を指しての)「長子」になることも決してない。なぜなら、旧約聖書を見れば祭司職(レビ族)に携わる位置の彼らには嗣業といものがなかった。ところが、「真の父母様宣布文」があるにもかかわらず、三男さんはUCIの嗣業を固持し続けているからだ。残された選択はそれを放棄されるか、そのままに今年10月のUCI裁判の判決を待つかである。たとえ、三男さんがその裁判で勝利したとしても、後に残るのは「勝利しての敗北宣言」(父母様の盗賊認定)の結果でしかない。




シリーズ「ヨンギ氏(マキの夫)の質問に応えて-- お父様に原罪があったか?」
もいよいよ大詰めを迎えてきた。

再々再度の確認だが、私の過去記事「再臨主の位置--原理講論から整理を!!」にもある原理講論からの引用を熟読された上で、次に続く黒・天聖経の一文に目を通していただきたい。
​​​​​​このように再臨主は、初臨のときに実体をもって成就されようとした地上天国を、そのごとくにつくらなければならないので、あくまでも実体の人間として、地上に生まれなければならないのである。……イエスは再臨のときも初臨のときと同じく、彼の道を直くするために洗礼ヨハネの使命(ヨハネ一・23)を担ってくるはずの先駆者たちが、その使命を全うし得ないときには、再臨主御自身が、再び洗礼ヨハネの立場で、第三次世界的カナン復帰摂理のための「信仰基台」を実体的に造成しなければならないので、苦難の道を歩まれなければならないようになるのである。……第三次民族的カナン復帰路程において、モーセのときには、磐石を中心とする「出発のための摂理」をするようになっていたのであるが、ヨシュアのときには、磐石よりももっと内的なそのわき水を中心とする「出発のための摂理」をされたのであった。これと同じく、イエスも初臨のときには奇跡をもって「出発のための摂理」をされたが、再臨のときには、それが内的なものとなった、み言を中心として「出発のための摂理」をされるのである。……神の創造目的を、心情の因縁を中心として見るならば、神は、霊的な父母として、人間を実体の子女として創造されたのである。そして、最初に神の二性性相の形象的な実体対象として創造されたアダムとエバは、神の第一の実体対象として、人類の父母となるのである。それゆえに、彼らが夫婦となって子女を生み殖やし、父母の愛と夫婦の愛、そして子女の愛を表し、父母の心情と夫婦の心情、そして子女の心情によって結ばれる家庭をつくるようになっていたのであるが、これがすなわち三対象目的をなした四位基台であったのである。……彼らが神の直系の血統的子女となるためには、イエスに絶対的に服従して「実体基台」をつくることにより、「メシヤのための基台」を造成し、その基台の上に立っているイエスに、霊肉併せて接がれることによって(ロマ一一・17)、彼と一体とならなければならなかったのである。……彼は初臨のときと同じように、肉身をもって地上に誕生され、初臨のときの路程を再び歩まれることによって、それを蕩減復帰されなければならない。それゆえに、先に既に論じたように、再臨のイエスは、み言を中心とする「出発のための摂理」によって、「メシヤのための基台」を実体的に造成し、その基台の上で、すべての人類を霊肉併せて接がせることにより、彼らが原罪を脱いで、神の血統を受けた直系の子女として復帰できるようにしなければならないのである。……彼は、再臨される場合においても、その「メシヤのための基台」を、実体的に家庭的なものから出発して、順次、氏族的、民族的、国家的、世界的、天宙的なものとして復帰され、その基台の上に、天国を成就するところまで行かなければならないのである。
これらはイエス様の再臨主としての「独生子」--お父様を証しして書かれたものだ。ここでも
彼らが神の直系の血統的子女となるためには、イエスに絶対的に服従して「実体基台」をつくることにより、「メシヤのための基台」を造成し、その基台の上に立っているイエスに、霊肉併せて接がれることによって、彼と一体とならなければならなかったのである。
とあるが、現在の分派子女様方の行動はそうでないことを付記しておく。

さて、「お父様に原罪があったか?」についてだが、これまでも原理講論から、そして、お父様が語られたみ言から見ても、「お父様に(洗礼ヨハネとしての使命的)原罪があった」というのがこんにちまでの私の個人的信仰観である。
だからといってお父様を蔑むものではなく、僕の僕から一段階一段階と勝利して「創造理想を完成したアダム」の位置まで苦難の道を行かれたお父様への敬意の念が増し加わった次第である。さらには、「子羊の婚宴」以降は「メシヤための基台」を実体的に家庭的なものから出発して、順次、氏族的、民族的、国家的、世界的、天宙的なものとして復帰され、その基台の上に、天国を成就するところまで行かれようとされる「独生女(真のお母様)」に対しても同様である。

最後になったが、「お父様に原罪があった」とすれば、その原罪は何処でどのようにして清算されたということになるのだが?
これも​私の過去記事(2017.08.15)で記載済み​のものだ。
八大教材教本・天聖経「祝福家庭」​>第一章 真の父母と祝福 >二、真の父母と重生と血統転換

「独生子・独生女」発言は統一教会の神学を揺るがすお母様の発言でもなく、上記からはお父様自らが「結局は、再臨主までエバが生んであげなければなりません。」と語っておられました。
ここにも「独生子」だけでなく「独生女」が出会っての6000年来神様が成すことが出来なかった「子羊の婚宴」の偉大さ、そして、私たち原理講論にも書かれた天からの「善の父母」様によって重生された祝福家庭の位置の素晴らしさを再認識すべきものである。



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最終更新日  2018.07.08 17:54:34
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2018.07.07
7月5日付で「真の父母様宣布文サイト」にて。


2018.7.5 







詳細は宣布文サイトにてご確認ください。




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最終更新日  2018.07.07 08:59:04
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2018.07.06
ヨンギ氏(マキの夫)のブログ記事(以下、2018-07-05)。

反逆の王国と偽りの王国(逆賊は互いに争い合う)埼玉アリーナで
https://ameblo.jp/13579watashi/entry-12388612940.html
忠誠盟誓と除名文化の創造王国、サンクの人々
かつて、文亨進様が、真の父の寝室まで押し掛
け、嫌がる、父を無理やり、書かせ、それでも
こと足りず、次は、真の父母様宣布文を作成し
ただ、顕進様を追放し、現在の混乱をもたらし
た、張本人こそ、文亨進様てはないのか。
良心というものがあるなら、爆破者宣布文、真
の父母様宣布文が如何に偽りに満ちているのか
分かるはずなのです。
ヨンギ氏、向かう方向を間違っていないか?
カテ「家庭連合」でなく、カテ「サンクチュアリ 批判告発」で書かれる内容でしょ。

サンクチュアリは私からすれば、母親を挿げ替えた時点で「善の父母」「真の父母」を脱線してしまっている。堕落論の「偽りの父」だけでなく「偽りの母」まで登場させて何の「血統」だというのか?

サンクチュアリ人はそれについて説明することが出来るとでもいうのか。
マイク片手に1年以上も真のお母様を批判し続ける澤田氏に「姜先生は原罪があったのか?、なかったのか?」、また、「現在(原罪)は?」についても本部教会前でビデオで発表ねがいたいものである。



「お父様に原罪があったか? なかったか?」については、2000年前のイエス様がそうであったように再臨の主も「無原罪で」といった因習にようるところが大きいと話してきた。
原理修練会終了後に再臨主を明かす「主の路程」でもそれをハッキリと明言はしていなかった。
まして『原理講論』は「来られるべき再臨主はどういう姿で、また、何時?」の次元に留めていて「子羊の婚宴」がされたなどといった話も出てこない。

ただ私からは、「お父様に原罪があった(堕落圏から)」といったとしても、原理講論の蕩減復帰原則から見て矛盾するところはない、といった考えもあることを紹介していた。

さて、今回取り上げるのはお父様が語られたみ言からだ。これもまた、両面に渡って語られている故に、これもまた個々人の信仰の判断に留めておいていただければと思う。分派諸氏のように騒ぎ立てる問題ではないということだ。
あくまでも重要なことは、その起点は「真の父母」であり、2000年前のイエス様のように「独生子」だけ、あるいは、「独生女」だけであっても何の意味もなさない。独生子・独生女が出会って「子羊の婚宴」が大切なことだからだ。

お父様が語られたみ言からということだが、これもまた、私の過去記事で紹介済みだ。もしも、手元に「真の御父母様の生涯路程①」がある方はお父様が召命された前後のみ言を読み返していただきたい(今回はその引用は割愛する。)

お父様の路程を見ても「信仰基台」「実体基台」を通じての「メシヤのための基台」も当然あったと見ることが出来る。洗礼ヨハネ的使命者と出会われて仕えていかれたみ言もある。
また、「原理を解明」されていかれたのもその一つの条件物であった。

過去記事「独生女考(26)-- 「お父様は原罪あり、お母様は原罪なし」は『原理講論』と矛盾しない」からみ言集『御旨と世界』の一部を紹介していたが、再度読まれてお父様の路程を確認していただきたい(以下)。

​​​​​​『み旨と世界』、中でも『創立以前の内的教会史』では「エバの道」についてお父様が語られていた。​

全体を読まれればよいのだが、一部引用を以下に掲載。
文中の女性は、こんにちのお母様ではなく最初の夫人、あるいは、下着まで洗われたという洗礼ヨハネ的使命の女性を指してのものとも思われるが、分派子女様方を見ればi部分的には現在のお母様にも当てはまる点も感じられた。


​​​​​​​​◆摂理の中の女性(一)神の花嫁

​ ​神は歴史を通して、一人の完全な理想の女性を探し求めてこられましたが、すべての女性の中で誰が、真の妻、真の母、真の天宙の女王に値するのでしょうか。ある意味ではすべての女性が、それらの範疇に属し得るそれらの候補者であるといえます。​​

 女性が権利を主張して上位運動を起こし力を得てきたのは、終末期に神が、実体聖霊を選ぶ徴候だと考えられます。神は終わりの日には、最も典型的な真の妻、母を動員しようとしますが、彼らは自らをサタン世界のすべてから完全に分別して、神を中心とした典型的な妻、母、女王として神に来なければなりません。神は、そのように過去のすべての因縁を断ち切って、神に帰ることのできる勇気ある女性を探してこられたのです。そして神中心のある女性を選び出されました。そして神はその女性に命じられました。「あなた自身の今いる環境にありながら、サタン世界を完全に断ち切って勝利的な女性として立つために、神に対する絶対的な忠誠をもって真の女性としての使命を果たしなさい」と。

​ そしてその女性が、自らを完全に神の目的のために神の器として捧げ、神に服従せんと決意した時、サタン側に立つ夫が現れて、子供と一緒になって、「私のもとに帰ってきて忠実な妻として仕えないのなら、お前を殺さなければならない」と言って責め寄ってきたのです。子供も、帰ってこなくなったお母さんに、「どうしてお母さんは私たちを愛さなくなったのですか」と反抗するようになってくるし、周囲の人々、環境のすべてが、絶対的な信仰と忠誠を決意した彼女の道に激しく反対するという状況になってきました。​

 ​神はその女性が想像を絶する苦難に耐え抜いて、夫と子供との情的な因縁をはるかに超越した、そこまで絶対的に神を中心とした、信仰の極致にまで行くのを見届けなければならなかったのです。その女性がそのような蕩減や試練を通過していようとは、神ならぬ誰も知らなかったのですが、真のエバを復帰するためには、そのような人知れぬ試練の道を通過しなければならなかったのです。​

 ​この女性が真に神を中心として立つためには、神への忠誠のゆえに、夫と子供、全家族が、一度ならず二度、三度と、三回以上彼女を殺そうとする試練を通過しなければならないというのです。その女性は夫と子供の憎悪の対象となる心情的十字架を耐え忍び、ナイフで体を切られたりして迫害されながらも、その最高の迫害に勝利しない限り、絶対的神中心の男性の花嫁の立場に立つことはできないのです。​

 ……
 
◆摂理の中の女性(二)霊的メシヤの花嫁

 韓国に、神の摂理歴史において中心となる代表的な女性が現れなければなりません。「私の夫は神であり、イエス様です。そして神とイエス様と常に交流しています」という、選ばれた女性が現れなければならないのです。

……

 ​実体的な摂理路程においては、メシヤは神によってではなく、エバによって祝福され、生み直されなければなりません。その備えられた女性を見いだしたなら、まずそのエバによって祝福されなければならないということです。ですからその女性が初めて主に会う時は、彼女に仕える僕の立場にあります。​

 人類の代表たるアダムでありながら、なぜ僕であるのかというと、エデンの園における堕落において、男性は女性を主管すべき立場であったにもかかわらず、女性に主管されてしまいました。ですからその主管性転倒を復帰するために、信じられないような仕え方でその女性に侍っていくのです。考え得る限りのことを、その女性の体を洗うことまでもして僕として侍らなければなりません。
 その女性は自分の夫より、息子より先生を信頼しました。
 

◆歴史を生きるメシヤ

 そうするうちにこの女性は、「あなた(男性・僕の僕は天使界を意味する)はもう既に僕の道を卒業しました」という啓示を受けました。メシヤは僕の立場から出発しますが、僕の段階は旧約時代に当たります。そこから養子の基準、実子の基準と上がり、それから夫の段階へと進みます。

 このようにある人がメシヤとして来た場合、その人自身の一生の間に、旧約から始まり新約、成約というように、全人類史を通過しなければならないのです。そしてその路程を通じて、メシヤにおいてあらゆる段階が全うされなければなりません。すなわち、僕の立場も、養子の立場も、実子の立場もすべて全うし、さらに夫の立場、父の立場、そして最後に王の立場まで全うして、それらの各段階で完成しなければならないのです。

 一人の男性において、この全プロセスのすべてが通過されなければならないというわけです。しかもその過程においては、神が主管するのではなく、女性が主管していきます。そのために選ばれた女性は、メシヤを僕の段階から次第に最頂点にまで引き上げながら、自らも僕段階から、養子、実子段階と全歴史内容を横的に通過し、完成していかなければならないのです。

 しかし彼女を非常に混乱させたことには、絶えず神の啓示が下りて、各段階を卒業したという告知がたった四十日間に立て続けにあったのです。どこにいても神の声が聞こえてきて、次々と前とは違ったことが啓示されました。まず、「彼はあなたの僕だから僕として彼を用いなさい」と言われたかと思うと、次の日には、「彼はあなたの息子だから息子として愛しなさい」と言われますし、その翌日には、「彼はあなたの夫だ」という具合なのです。そしてついには突如として、「彼はあなたの王であるから彼を王として(彼に)仕えよ」という啓示が来たのです。

 メシヤが歴史路程の各段階を最高の立場で完成し、全歴史路程を横的に通過した時、初めてメシヤとして夫、王の位置に立つことになり、今度は女性のほうが、男性の前に僕の立場から完全に服従していかなければなりません。しかし彼女は、先生を王として侍ることを願わなかったのです。むしろまだ僕として使うことを願ったからです。それが原理を知らなかった彼女には最高の立場に思えたからです。

 イエス様も初めは、洗礼ヨハネから祝福を受けて侍る立場でしたが、一度主管性転倒を復帰してその段階が終わると、完全に主体は逆転します。再臨主においても、僕の段階を完成して主管性転倒を復帰すると、完全に女性を主管し、命令する立場に立ちます。

 これまでこの女性が与えた祝福は、すべて霊的なものでしたが、一度男性が王の立場に立つと、彼女は神の器として、僕の位置から出発し、養女、娘、妻、女王の立場と上がっていかなければなりません。そして女性のほうもすべての段階に勝利して、今度は男性がメシヤの立場において実体的祝福を与えることになります。この女性の場合も、一度主管性の転換がなされると、絶対的に服従する立場に立ち、そうしなければ彼女自身の責任分担を果たせないことになるわけですが、彼女にとって、それは容易なことだったでしょうか?

 先生は原理を知っていますから、通過すべき路程はつぶさに知っていますし、今どこを通過しているかも分かりますが、この女性の方はただ啓示を受けただけで、盲目的にその啓示に従ってきただけであり、原理は全く知らなかったのです。何しろついこの前まで、「その男性は僕である」という啓示を受けていたのが、しばらくするとすぐ、「この男性はあなたの王である、彼に服従しなさい」というのですから、原理を知らない彼女の心はますます乱れ、今や完全に混乱してきました。

 彼女はそれでも神への絶対的な忠誠を示して使命を果たすべきだったのですが、絶対服従ということは、その時の彼女にとって容易なことだったでしょうか。彼女はまるで神様から裏切られたかのように感じてしまったのです。今や神様は私をお見捨てになったのだ、とその女性はその場で気が狂ったようになってしまいました。「どうしたというのでしょうか、神様、あんなにも私を愛しておられたのに、今になってこんなにひどい扱いをなさるとは」と狂ったように先生の周りを回っては、「あなたはサタンだ、サタンに違いない、あなたを殺さなければならない」とサタン扱いし始めたのです。

​ ​しかし一度メシヤが主の立場に勝利している以上、その女性がどういう立場に立とうと、メシヤの勝利は不変であり、摂理は不変であります。もし彼女が悟って悔い改めないならば他の女性(韓鶴子総裁)が代わって摂理されるだけです。​​​​​​​​​​
​​​


ヨンギ氏の別記事からは、お父様のみ言引用から「イエス様の血統とお父様の血統は違う」と、殊更に強調していたものもあったが、イエス様は家庭を持つことが出来ずに十字架で逝かれたのでその血統がない。したがって、そのみ言からは「摂理的責任の使命的継承者」としてのお父様、という解釈もある。



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最終更新日  2018.07.07 18:01:09
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2018.07.05
​​パシセラ氏のブログ記事(2018-07-14)

地獄への道は、善意で舗装されている
https://ameblo.jp/pacificera/entry-12388348076.html
​​​​​統一教会では、「長子は祭司長である」と教え始めています。そのうち、批判されたら変えるかもしれませんけれども、「祭司長」という特別な存在としてみなすようになったということで、長子というものが大切だ、ということが統一教会でも認識されるようになったようです。それは、文顕進会長が長子の重要さを教えたからです。

でも、「長子は祭司長である」というのは間違っています。祭司長というのは伝統的宗教の中の位置であり、血統とも関係なければ、長子権とも関係なければ、神様の主権とも関係ありません。

「長子は祭司長である」とみなすような考え方は、文顕進会長を統一教会が邪魔者として追い出した考え方と大差がありません。文顕進会長は、統一教会のリーダーにとって、上の方にいる邪魔な存在だった、というのが正直な話だと思います。上の方にいてくれて、何もしなければ都合がよかったはずです。

文顕進会長がイエス様のことを話すときに、イエス様はユダヤ社会の宗教者にとても批判的だったことに言及するときがあります。先日の日曜にも、「宗教的だからと言って、善人になるのではありません。イエス様は、神様の名を語って神様とかけ離れたことをする宗教者たちに最も批判的でした。」というお話が出てきました。

祭司長という宗教的タイトルを使ったからと言って、何も解決しないし、何の意味もありません。統一教会は、自分たちの宗教団体に属することが善であり天国に行く道であると教えていますけれども、一つの宗教団体に属することで、自動的に善になり天国に行くのでもありません。祝福というのが天国に行くチケットでは無いのも同じことです。​​​

……​​


『統一教会では、「長子は祭司長である」と教え始めています。』は、私のブログ記事では『徳野会長の講和から。「直系の長子の立場にいる者が中心人物(祭司長)に」で、今年3月に米国でお母様が語られたみ言で徳野会長も引用して語られたものだ(以下に引用)。

​直系の長子の立場にいる者が中心人物に

「天の摂理において明白なことは、「真の父母」です。真の父母は、『天地人真の父母』です。この天地人真の父母は、前にも、あとにもありません。ただお一人です。後継者という概念があり得ないという話です。分かりましたか。
 この天地人真の父母の伝統を受け継ぐにおいては、直系の長子の立場にいる者が中心人物になることはできます。それは易しく言えば祭司長の各位です。皆さんの国に責任を持った人は、国の祭司長です。
 けれども全体的に、真の父母を中心とした伝統を立てていくにおいては、直系の長子の子孫が代を継いでいくようになります」​
ところで、これは三男さんを排斥するためにお母様が今年語られたものか、というとそうではなかったことは、これもまた私の過去記事で紹介していた。お父様が1985年8月に、孝進様に対して語られていたもので、長子としての祝福の儀式と、また「長子とは」についてのお父様と一致するものだ。

  1. お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その1)
  2. お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その2)
  3. ​​お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その3)

    これから、先生以後に、(長男の)​孝進の後孫たちがそうするとき、代々に亘って受け継いでいくのです。誰が継代を受け継ぐかという問題ですが、もちろん、長男が受け継ぐのが原則です。​​

     ……
    今後、孝進はお父さんの代わりにいろいろな事をしなければならないけれども、すべての命令はお父さんからの指示を受けて行動するのです。決して自己の自由行動があってはならないというのです。祭司長に自己の自由な行動などあり得ないのです。国民が捧げる祭物の精誠の基盤の上に立ち、公的な行為を経てから、神の御旨の伝授を受けます。​
  4. お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その4)
  5. お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その5)


さて、パシセラ氏の以下は三男さんが「祭司長」の位置を放棄されたということだろう。
でも、「長子は祭司長である」というのは間違っています。祭司長というのは伝統的宗教の中の位置であり、血統とも関係なければ、長子権とも関係なければ、神様の主権とも関係ありません。


よってパシセラ氏のそれは、三男さんが「長子(祭司長)」の位置を軽んじたものであり、まさに、(エサウがヤコブに)「長子権」を孝進様とそのお孫さんに譲り渡した、その瞬間である。

ということか?!


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最終更新日  2018.07.05 06:22:55
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