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奇  知  外  記

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天一国摂理史

2021.05.05
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カテゴリ:天一国摂理史
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​文鮮明先生御言選集 20070505 - 「双合十勝日」三周年記念式典の御言

『「双合十勝日」三周年記念式典の御言』

天一国七(二〇〇七)年五月五日、韓国・天正宮博物館


 時が変わる節目の時

 訓読の前に、先生が言うとおりに言ってみてください。

 きょうから。(「きょうから……。」)天地創造の主人であられるわたしたちのお父様が。(「天地創造の主人であられるわたしたちのお父様が……。」)摂理上の先頭に立って指導する。(「摂理上の先頭に立って指導する。」)

 変わります。時が変わるのです。それを理解して、きょうが(「双合十勝日」)三周年なので……。きょうは、いろいろあって複雑でしょう? 五日目を越えていく時です。

 訓母様が来ていましたね。なぜ現れなかったのですか? (郭錠煥会長「来られましたが……。」)(「双合十勝日」の説明と訓読)

 (2007年)三月十七日[「キング・ガーデン」奉献式および環太平洋摂理新出発大会、ハワイ、コナ]、四月十七日、五月十七日、三か月です。本格的な出発です。韓国から、日本と米国と太平洋圏を超えるのです。最後の闘いです。

 先ほど始める前に、わたしが何と言いましたか? (「きょうから、天地創造の主人であられるわたしたちのお父様が、摂理上の先頭に立って指導する。」)摂理歴史時代において、初めて神様が先頭に立つのです。

 宗教を通して、思想を通してではありません。直接先生を通して先頭に立つのです。先生が十六歳(数え年)で新しく出発したのも、人間始祖が十六歳で堕落したからです。

 ですから、先生の体を中心としてサタンと闘い、分別するのです。先生が勝ち、内的な基準を中心として生き残ったので、外的なサタン世界が除去されます。蕩減です。

 天一国に入って、一年、二年、三年、四年、五年、六年……。これが逆さまにこのようになり、ここから四、五、六、七となって再び出発するのです。

 八です。これが中心になります。いつも一次から三次に超えていくのです。失ってしまったものを求めて戻ってきて、すべてを経ました。

 そのような意味で、「双合十勝数」というものは全体が入っています。ですから、十になった後は十一です。今までは、十の次の十一に神様がいませんでした。神様が出発しなければならないのですが、サタン世界より優れていなければならず、十より優れていなければ、新しいものはありえません。サタンが十を支配したので、新しく二十へつなぐ十一、また二十を超えて三十に続くことができる二十一、このように前に続く基盤を先生が築いてきたのです。(訓読が行われる)

 数えるときも、一、二、三、四、五、この五つです。これは、サタンが支配しています。三を通して全体を支配しているのです。一、二、三、四、五、これをすべてサタンが支配しているのです。ですから、取り戻さなければなりません。


 「双合十勝日」三周年

 きょうが満三年目です。「双合十勝日」の三年目です。三年が完成数なので、この摂理全体を天に委ねるのです。今まで、自分の不足なものは、サタン世界の助けを受けることはできないので、すべて真の父母に頼ってきましたが、今はもうそのような時が過ぎていきました。

 霊肉を中心として見てみたとき、真の父母が実体基準の体になっていますが、内的な天も父母なので、そこには影がありません。明るくなっているのは、内的な光が体を通して現れたものなので、サタンはここにいません。それを知らなければならないのです。

 この全体の摂理史を皆さんが考えれば、先生が本当に苦労したということを知ることができます。先生に対して「苦労した。」と言うことさえ大変です。自分たちは、個人時代も超えることができないのです。

 家庭時代、氏族時代、八段階の世界を超えていけません。それは、先生が超えていくのです。先生が十六歳を中心として、国のすべての希望も、家庭の希望も、兄弟の希望もなく、父母も信じることができない中で、独り闘ってきたのです。

 そのような位置に立って祈祷したのが、今、皆さんに伝えた「栄光の王冠」です。その時の祈祷です。わたしだけ残ったのです。一人しかいません。そのような責任を中心として、すべてのことが先生に懸かっています。死ぬか生きるかという問題が懸かっているのです。

 そのようなことを理解して、一次、二次、三次、個人時代、家庭時代、氏族時代、祝福家庭が経てきながら……。その祝福家庭が経てきた困難は、個人より家庭がもっと大きく、五段階までは、サタンの戦力がすべて集まってくるのです。

 サタンの全権と天の全権です。天の全権は行使しませんが、真の父母の全権をサタンに浴びせるので、サタンは五を超えて六までも思いどおりに処理しようとするのですが、それは譲歩しません。

 七年間で七千年を代表し、摂理史に必要なすべてのものを超えて、今、この(天一国)七年の一月からなされたすべての諸事実は、この世界、歴史の全体を代身してすべての季節を経るのです。

 四季、四時代、旧約時代、新約時代、成約時代、心情圏時代を超えていくのと同じであるということです。それを代表して超えていくのです。一心、一念、一核です。家庭が分かれることはできません。一つです。

 口と目、鼻が分かれることはできません。堕落していない心と体の考えによって作動するようになっているのであって、目自体、口自体では作動できません。今は目が二つです。口も二つですべて二つです。

 ところが、天の目が見えません。サタンの目で見ています。青盲(目はあいているが視力の全くない人)になっているでしょう? これが原理を通して……。

 「原理」もそうです。今から、(わたしたちの生活自体が)御旨の道になります。『原理解説』、『原理講論』の時代、そして今は実体の時代です。今からは祝福の完成です。

 そのようになっていくのです。それを知らなければなりません。皆さんが持っているこの本、平和のメッセージが最後の内容です。これをすべて覚えなければなりません。

 この先生のみ言の中の結論は一ページにもなりません。二分の一ページにもなりません。み言がそのようになっているでしょう? 百六十二ページ、百六十三ページです。

 何ですか? 結論が、どこですか? 何ページですか? これは別のものでしょう? 最初のものには、巨文島の話が出てきます。完成の日です。絶対性を中心として終わるのです。(「プリントされた本では百八十九ページです。」)

 ここに出ていますね。「平和メッセージ完成の日、二〇〇六年十一月十五日、巨文島にて」とあります。


 先生の時代は過ぎていく

 天正宮博物館においては、「二〇〇七年一月八日午前四時四十二分、完成完結」を宣布しました。

 これは先生です。すべての精誠を尽くして、やり終えたことを報告したものであるということを知らなければなりません。今からは、先生の時代が過ぎていくのです。

 自分たちがしなければなりません。先生に対して支援を願う、それは違います。​天の父母​を中心として実体の父母が一つになり、神様を中心として先頭に立てながら、皆さんがしなければならないのです。

 今までのような、神様が地上のわたしと共にあり、完成できていないわたしを押してくれる時代とは違うのです。神様が、前に立たなければなりません。

 ですから、きょう、皆さんが出発する前に、(「双合十勝日」)三年目の記念日なのでこれを宣布したのです。摂理歴史、摂理世界の先頭に、神様が立たなければならないのです。今から先生は、後ろに戻らなければなりません。称賛することがあれば、文総裁を称賛するのではありません。

 今までレバレンド・ムーンが反対されてきた代表的な言葉が何ですか? 真の父母です。この真の父母を取り戻すために、救世主、メシヤ、再臨主、真の父母、復帰の過程には、このようなたくさんのこぶがぶらさがっていました。それを取ってしまわなければなりません。

 皆さんが真の父母と連結され、神様と、天地父母と連結されようとすれば、神様を足場にするのではなく、真の父母を足場にしなければ、天地父母、神様を連結させることはできません。真の父母が許諾しない皆さんは、天国でも何でも、存在価値がないのです。サタンよりももっと悪い、創造前の土の塊にも劣る位置に落ちるのです。

 再創造の歴史は、言葉だけで終わるのではありません。皆さんが言葉だけであれば、春なら春の風が吹き、夏なら夏の風、秋なら秋の風、冬なら冬の風、春夏秋冬の風が吹く、一年、二年、数十年の歴史が皆さんと何の関係があるのかということです。自分が誇ることができる期間になっていません。

 逆さまに下がっていきます。上がっていくのではありません。引っ繰り返って、上がっていかなければなりません。み言の訓読は、すべて終わりましたか? (「少し残っています。」)それでは読んでください。

 ですから、皆さんは、この日を守らなければなりません。毎年一月八日午前です。一月八日です。新出発する日です。四時四十二分です。サタン数を超えて、完成完結を宣布した記念日です。

 四時四十二分に起きて精誠を尽くさなければなりません。訓読会に参席するためには、精誠を尽くさなければなりません。先生は、十二時を過ぎれば、昔とは違う生活をしています。

 昔は、十二時、一時、二時に寝ましたが、十二時になる二時間前、三時間前、九時、十時になって寝れば、翌日は、必ず一時、二時前には起きるのです。

 きょうもそうです。そうしてすべて準備するのです。歴史時代のすべてのことを、再び行かなければならない道があるのです。


 『天聖経』と「平和のメッセージ」について

 ですから、『天聖経』やこの本(平和のメッセージ)は、皆さんのすべてと自分のすべての先祖を渡しても取り替えることができない本であるということを知らなければなりません。そのようなことを考えてみましたか?

 先祖も億千万金を出し、神様も億千万金を出して、この本と取り替えてもらわなければなりません。神様も解放されていません。真の父母自身が道を開いておいたので、真の父母がすべて解決しなければならないのです。

 今、先生は、神様が命令していない、以前に完成できなかったその道をすべて超えました。何のことか分かりますか? 「原理」にもなく、復帰の再創造理念の中にもないことまで、やってきたのです。それは根を抜くためです。

 題目が、「神様の理想家庭と平和理想世界王国」ですが、「平和理想世界」は取ってしまってもよいのです。「神様の理想家庭と王国」です。理想家庭の中には、神様のすべてがありました。

 理想家庭、理想氏族、理想民族、理想国家、理想世界、理想天宙、理想天上天国、神様の時代まで、そこにおいては神様と一体となって、神様との一体圏を成さなければなりません。八段階です。

 まず個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代の五段階を超えなければなりませんが、五段階を超えれば、この世界には行く所がありません。このようには連結されません。

 ですから、わたしが再び出発してここに合わせなければならないのです。合わせようとするのですが、サタンがこの中に詰まっているので、合わせることができません。これをすべて除去しなければならないのです。

 神様が除去することは、できないではないですか? 偽りの父母が生じたので、真の父母が千万の受難があっても、それをすべて除去しなければなりません。死ぬことが問題ではなく、これをなくすことが問題なのです。

 皆さんが、今まで暮らしていた、その習慣のままではいけません。今まで統一教会を信じていたそのままの姿ではいけないのです。

 アダムとエバが祝福を受ける前夜祭に現れるとき、あるべきものは何であったでしょうか? 水平を中心として、初めて横的な世界の上に縦的な出発が始まるのです。この横的世界は、すべてのものを立てていては、この縦的世界と横的世界の中心が生じません。

 中心がいくら大きくても……。中心というものは、ここで立てることはできません。ここで二つをぴたっと合わせて広げ、ゆがんだ所を広げた所で中心が立つのです。その四方を中心として、この中心の縦の長さに該当する型が四方にできれば、その分、高くなるのです。これが押してなくなれば、これが生じます。

 皆さんが断食するのは、そういうことです。世の中で願う心と体の欲望をすべて否定してなくしてしまえば、その分、上がっていきます。無視した分、上がっていくのです。

 中心はこの二倍ではありません。この二つに折った半分の所に上がっていくのです。合わせれば、中に縦的な基準がぴたっと一点で出てきます。中心点として、ぴたっと一点が出てくるのです。

 ですから、天は、二倍以上努力してこそ残るということです。そのようにして中心が出てきます。そうではないですか? 二倍にするよりも……。二倍にしても、ここから芽は出てきません。それよりも優っていなければならないので、二倍以上、三倍です。三倍であってこそ、折って入っていき、同じ位置に立つのです。そうでしょう? 三倍になってこそ、出てくるのです。


 「初不得三」

 「初不得三」ですが、「初」と「不得」は駄目です。「三」が中央に留まって出発しなければなりません。言ってみてください、「初不得三」。(「初不得三。」)

 わたしたちは、サタンに勝ってこそ、新しい出発ができます。「初不得三」です。ですから、これを中央で半分に折っておけば、この位置を中心として、この中の値がこれと同じにならなければなりません。二つが合わさって代表……。ここでは、一人で行くのではありません。相対理想です。一つ、二つ、三つ。そうでしょう?

 二つが一つになっていないので、三つが一つになりません。二つが一つになり、折って挟み、一つを立てようと犠牲になってこそ……。二倍以上、三倍以上しなければなりません。これは、主人が来てしてくれます。宗教であれば、教団の責任者たちが責任を果たさなければなりません。

 教団の責任者たちが、その権威を中心として……。これは、世界の中心ですが、教会の中心はこれしかありません。そこで、神様が自分と共にあると言い、神様のみ旨がどうだと言いますが、どうやってそこから出発するのですか? 出発できないので、そこで動けば動くほど、だんだん、だんだん落ちていくのです。

 それで、すべての主義が世界主義を主張するその時は、共産主義も滅び、キリスト教主義も滅びます。それがすべてなくなり、残るべきものは、キリスト教や共産主義が求めようとしていた世界主義が残るのです。それは、神様を中心としてアダムとエバ、本然の理想的な基準である最初と二番目と三番目が残ります。三番目が真ん中になっています。そうでしょう? そうではないですか?

 このようにこの二つを折れば、中央がどこかというと、この縦的なものは、二つが合わさった中心に立つので、半分にしかならない所です。その二つの生命体を中心として、その根源がすべてそこにぶらさがっています。

 ですから、絶対に一つにならなければなりません。分かれた存在はありません。絶対信仰という観、絶対服従という観、そこに横的に延長した……。折る前のその延長が役に立ちますか? そうでしょう?

 右側と左側の二つが合わさり、その中に、三を挟んで入れなければなりません。右側と左側の代表なので、そこから根になり、幹になり、新芽が出てこなければなりません。新芽というものは、統一された縦的基準の中心です。

 自分個人主義ではありません。天宙主義まで拡大するのです。人間が暮らしている今の生活環境では、いくら理想が発動してもそこには届きません。その最高の中心、最高の高い所に神様がいるというのですから、そこは安全地帯でしょう。自分のあらゆる精誠を尽くして、それがそこに届けば、神様がそこから下りてくるのです。

 それでは、ここに備えたすべてのものは自分のものではありません。中心のためのものです。中心のために存在するものであって、それが自分のものだという女性や男性たちは、どろぼうです。

 地にあったものを、わたしが天に上げ、神様の所有権内に広げなければなりません。広げれば、下りてくるのです。ここから下りてくるので、サタン世界はなくなります。このように回っていくのです。それで、サタン世界はなくなります。存在することができません。

 ですから、百八十度の基準から上がっていき下りてこようとするときは、サタン世界はありえません。回れば回るほど、すべて風が押してくれ、作動するのです。それで、反対がありません。解放釈放時代が来るのです。

 運動の法則がそのようになっています。じっと見てみれば、運動がそのようになっているのです。それを、度数を合わせて解いていくのです。双合十勝というものが、神様の日になります。

 数に対して、一、二、三、四、五、六、七、八、九まではサタンが支配しました。それで十分の一献金です。十分の一献金というものは、神様にささげるのです。そうすることによって、人間の体はサタンのものになりましたが、神様が人間のしっぽにくっついて離れずにいることができるのです。

 しっぽが生きて、体まで生かそうとすれば、天が霊界に入っていって補充して連結させてあげなければなりませんが、そのしっぽがありません。父母がしっぽになりますか?

 ですから、上がっていってから下りてくるとき、頭がしっぽになり、しっぽが頭になって戻ってこなければなりません。そのようになるではないですか? それで回るのです。回る原則があるので、逆さまの形になっても、それは立て直すための不可避な結論です。


 所有権について

 それで、皆さんが生まれるとき、自分の主人がいますか? 父母も自分の父母ではありません。父母自体も自分の父母ではないのです。自分という存在が、母親の卵子と父親の精子が一つになる場に自分がいましたか? 自分の所有権がどこにあるのかということです。すべて母親と父親の所有権でしょう。

 ですから、父母を信じることができなければなりません。この原則を知れば、孝子にならなければなりません。聖人でも何でも、道人の道というものは必要ありません。宗教でも何でも、必要ありません。父母がいて、そこで母親が認め、父親が認めてこそ自分のものになり、自分の体のように考えてくれてこそ、自分の所有権が生じるのです。

 父母はそうです。皆さんはそうではないでしょう? 父はわたしの父であり、母は永遠のわたしの根本であると考えていますか?

 めちゃくちゃになりました。堕落世界では、母が死ねばよいと考え、父が死ねばよいと考え、兄が死ねばよいと考えているでしょう? それは、すべて自分のために……。地が土でわたしを立ててくれたのに、これ(地)を否定すれば、自分はなくなるのです。

 それは、「地獄に行ってはいけない。」と言っても、地獄に行きます。簡単なことです。それは難しいことではありません。哲学や宗教は必要ないのです。それを知らなければなりません。

 皆さん、先生がしたことは、皆さんも自分の生涯ですべてしなければなりません。祝福結婚式をしなければならないでしょう? 天の国の国民証を受けなければなりません。何でもよいのではないというのです。

 先生が死の峠道を歩んできたことが、すべて骨になっていて、手が、骨が……。骨をかたどって体が生じるのです。この地上の堕落した人間たちは、骨がありません。骨があるとしても、臨時のものであり、しばらくの間あるだけで、サタンが喜ぶものです。

 アダムでいえば、一代に連結できる、ふにゃふにゃした骨があったかもしれませんが、それはあってもなくても同じです。十年の歳月で見れば、なかったのと同じです。かえって妨害になるのです。自分の所有権があってはいけません。

 自分の夫と妻が、今から神様が勝利した天国を中心として認定されなければなりません。その天国は、堕落する前の神様の創造理想世界での一つの天上天下であり、天上天国です。それが地に下りてこなければならないというのです。

 地上世界と天上世界は、別々ではなく一つの世界です。天国だけがあり、神様を中心としてわたしの父であり、息子、娘にならなければなりません。「神様の家庭がわたしの家庭である。」と言うことができ、共に暮らすことができる立場にならなければならないのです。

 この天正宮博物館が皆さんの家ですか? 三日なら三日、一週間なら一週間に一度ずつここに来て眠りたい、そうでなければなりません。眠らなければならないのです。ここに連結した地、北漢江の川を中心としてこの川、京畿道、江原道の境界線を引いている、この二つの世界をだれも思いどおりに入ってくることができません。今すべて入ってきているのです。

 ここに、統一教会に反対した人がいます。訓母様を苦労させ、引っかいて血肉をはがし、自分が裕福に暮らそうとした人です。どうなるか、黙って見ていなさい。

 最初はうまくいくように見えますが、だんだん、だんだん風に飛ばされてしまうのです。吹きつける暴風雨は、それをほうっておきません。いくら砂漠の丘があっても、風が吹けば平地になるのです。ぴたっとそのようになります。

 ここに上がっていくのですが、自分の土地があっても、自分がその主人ですか? 神様のものなのですから、神様にお返ししていないものがあれば、墓でも何でも、自分の先祖たちが来て、すべて入れ替えなければなりません。

 それで、ここに新しい花や木を植えるのです。クロフネツツジですか? (「つつじ浄火祭です。」)浄火祭ですか? 浄火祭とは何ですか?

 祝賀するのです。祝賀というものは、神様を抜かしてだれを見て祝賀するのですか? わたし、文総裁は、どれほど苦労した体かということです。サタンに打たれた跡が多いのです。

 その跡は、うれしいものではありません。わたしは苦労しますが、皆さんの苦労をすべて超えさせてあげるのです。ですから、わたしが飢え、わたしが困難でも、皆さんがみ旨を知り、生死の境を意に介さずに行こうとする人には、自分の服を脱いで与え、皮を脱いで与え、肉を脱いで与え、骨を与えてあげるのです。父母がそうです。父母の心情がそうなのです。

 ところが、皆さんが死ぬまで先生を利用し、先生の世話になり、先生を苦しめて死ねば、どうなるでしょうか? では、先生を愛していますか? (「はい。」)どのように愛するのですか?

 自分は、山が溶けて砂の海になり、砂の海が緑地帯になり、花が咲き、オアシスのような泉になって草木が育ち、そこで畑仕事をして神様をお迎えしようと考えなければならないのが、堕落によって地獄に行っている人たちの立場です。

 わたしは、それをそっくりそのままつかんで水平にし、ちょうど半分のここに立たなければなりません。自分中心に、これもわたしのものであり、これもわたしのものだと、永遠にそのようになれば、上がっていくことができません。

 天国がないのです。そうではないですか? 地で億万年暮らしたいと思うでしょう? 霊界に行きたいという思いがありますか? 中心がなければ、中心にいることはできません。中心になるためには、四方、東西南北を中心とすれば、東西南北にすべて与えなければなりません。

 それで、先生は、韓国人として韓国のために生きたのではなく、世界の人のために生きました。どこかの島国に行けば……。島の中で、いちばん大きな島はどの島ですか? (「世界で、ですか?」)そうです。(「オーストラリアがいちばん大きいです。」)オーストラリアは大陸でしょう。(「はい。」)

 島国に旗を挿さなければなりません。ですから今、韓国の地にある四千三百の島を、わたしに任せなさいということです。先生がそのように懇切に願っても、黄善祚氏は、「先生だから言うのだろう。」と、すべて忘れてしまうでしょう? やらなければ、先生が大統領を立ててしまわなければなりません。

 皆さんが先頭に立たなければ、わたしが先頭に立たなければなりません。わたしが先頭に立つことはできないのです。十二か国の大統領を立ててこそ、先頭に立つことができます。十二支派長ではないですか? そうではないですか?

 二千年前、イエス様もその十倍、百二十か国の上に立たなければなりませんでした。ローマを消化すればよいのです。ですから、環境を創造した神様がイエス様を送りましたが、イエス様が行くべき環境においては、そこに主体と対象の組織を編成し、人生と国の形態を成すのは、イエス様自身がしなければなりません。

 皆さんに、すべてただでしてあげたのですが、これをもってこれを成していける部屋もありません。公的な部屋がないではないですか。すべて公的な所有です。ですから、ここにすべての財産をはたいて入れなければならないのです。

 先生が、ここに修理できるお金を用意しなければなりません。また、ほかの宮殿を建てて拡大するために、この宮殿で食べさせることができず、着せることができず、覆うことができずにいるのです。ないからです。自分たちが平安に暮らして、ここに来て、「自分の宮殿である。」と言うことができますか? これが自分の宮殿ですか? それをしなければなりません。

 訓母様、来ていませんか? 訓母!

 きょう五時に訓母様がよく来ました。きちんと知っているからです。日本に行って、責任を果たしなさいと忠告するのです。十七日まで、負債を負ったまま超えてはいけません。負債を負えば、その負債を返して超えていかなければならないのです。

 それで、そこにいる人たちを、どこかに移動できる条件を立て、時になれば移動してしまわなければなりません。今のままでは、日本の国の人は、生きていけません。流れていって、すべてなくなってしまうのです。ですから、深刻なのです。

 さあ、わたしがする話ではありません。結論を下しましょう。(「結論を、最後に奉読いたします。」)最後をよく聞いてください。(訓読)


 わたしはない

 これが一つです。この中にわたしが入っていかなければならないのです。わたしはありません。わたしはないのです。こうして、これが一つの年輪になってこうなります。年輪になるのです。何千年たっても一つの木です。先生と共に同じ年輪にならなければなりません。年輪になっていないでしょう?

 自分たちの所有権はありません。先生の年輪の前から離れれば、離れたものはいつでも破壊されるようになっています。皆さんの一族が引っかかります。

 文氏なら文氏自体が、全体の年輪の中に入っていくことができなくなれば、残された年輪となって、行く道の前に千年万年怨讐です。サタンの振る舞いをするのです。清くなければなりません。

 先生のような年輪……。この年輪が神様の年輪ではないですか? そうではないですか? 心と体が一つになり、それが神様を中心とする年輪にならなければならないのですが、体自体が、自分のもう一つの所有権を中心として天を否定する立場に立つようになれば、これはなくなるのです。

 今からは、救援摂理がないので、残りません。なくなるのです。だれが救ってくれますか? 皆、知っているでしょう? 天国に行ける図面をすべて与えました。これを持っていれば、だれか反対すると思いますか? これを一枚(一ページ)でもつかんで離さなければ、天国に上がっていくのです。

 この本自体が完全な本です。ですから、この本が天上に上がっていくとき、皆さんがつかんだページが破れてはいけないので、皆さんも一緒に引っ張られて上がっていくのです。

 そうなれば、霊界に行った先祖たちはどのようになるでしょうか? ほかの世界に行き、島国のような所に連れて行って、再び教育しなければなりません。それは、先生が行ってするとき、一対一です。条件的な蕩減時代ではありません。春夏秋冬、四季の結実までも、実ができていれば、実に該当するものまでもすべて蕩減されなければなりません。

 エデンの園の土の中に、すべて埋められて戻っていくでしょう? 死んだ人類を燃やして、その灰のようなもので再びつくることはできません。そうではないですか? 本然の土になりません。それ自体が神様の墓になるのです。神様がそれに見向きもせず、それを避けて遠回りするのです。

 優れていると自分を誇っていたことそれ自体が、自分の先祖たちまでなくしてしまうのです。先祖までなくなります。ですから、父母を失ってしまうのです。天地父母と個人的にどのような関係であり、家庭的にどのような関係であり、天地とどのような関係があるのですか?

 わたしは関係がないでしょう。生きていくのに、日月星辰も空気もすべて「関係ない。」と言い、太陽が「関係ない。」と言えば……。関係のあるいちばん重要なものを知らず、一人ですべてなくしてしまいながら、ありがたさを知らずに生きているでしょう? 地に対してありがたいと思い、空気に対してありがたいと思い、太陽に対してありがたいと思いますか?

 未開人たちのほうが、むしろりっぱなのです。文明人たちは、夢にもそのようなことは思いません。未開人たちは、それでも自分よりも大きなものの前に頭を下げようとするのです。それが迷信(自然崇拝)です。迷信の王の峠を越えてこそ、善の人が生まれるのです。

 そうでなければ人の根本がなくなります。そのようなことを深刻に考えれば、どうして独りで暮らせますか? 人里離れて独りで暮らし、働きもせずに暮らせるのですか? ほかのものは、虫のように動いて働いています。太陽もそうであり、日月星辰、すべてのものが万宇宙の存在を生かすために存在し、働き、消耗して犠牲になり、努力して子女を生むのです。なくならないために子女を生むのです。

 最近は、女性たちが子供を嫌うでしょう? 夫も嫌い、女性だけがいなければならないと思っています。女性だけで一人で暮らしてみなさい。

 あとで影もなくなります。故郷もなく、父母もなく、独りで自殺して死んだ後、復活して生き返ると思いますか? 自分で自分を殺した者を、だれが生かしてくれますか? 生かすことができる時代の恵沢を真の父母が与えたのに、また自殺したいというのですか?

 父母に連帯責任があるのです。生かすことができなければ、皆さんの息子、娘、皆さんの子孫が地獄に行くのです。ですから、善の子女の服に着替えさせるまでは、境界線を越えることができません。

 礼服がなければ、人が行き来する村の祝宴の場に入っていって食べ物にあずかることはできても、本当の新郎を迎える場には入れません。そのような主人のいる場に入っていくためには、主人の祝宴を手伝ったという何かの内容がなければ、その場にいることはできないのです。恵んでもらってばかりいる人が、主人の位置に立つことができますか? 追い出されるのです。

 天正宮博物館の主人はだれですか? 神様ですか、先生ですか? 皆さんですか? 皆さんが父母の名によって、真の父母の名によって一つになっていると、この周辺に来て……。

 とんでもないことでしょう。世の中の人が、いくら見物したいと思っても、ここに来ることはできません。許諾しません。「十年、百年、この境界線に入ってくることはできない。」と言えば、ここに訪ねてくる人が何人くらいになるでしょうか? 皆さんは、サタンの四親等、サタンの十親等、サタンの百親等、何と言いますか? 影のような人が入ってくることはできません。

 それを知らなければなりません。深刻に考えずに、ただ群れの中で押されていきながら食べる物を恵んでもらう、そのような不規則(無秩序)な民はありえないのです。それをすべて目覚めさせるために……。

 峠を越えようとすれば、自分が越えなければなりません。だれも越えさせてくれません。最近は飛行機があり、ヘリコプターがあるので、ありがたいのです。統一教会員たちは、ヘリコプターに乗って、飛行機に乗って行き来しましたか? 先生がそのようにしているので、皆さんにもそのような時が来ます。サタン世界が黙っていますか? 過った人は、かみつかれてのびてしまうでしょう。

 ですから、皆さんの先祖が、過去において皆サタン側に入っているので、早く先祖たちを救ってあげるようにということです。

 アダムとエバを最後に創ったでしょう? 今は、皆さんを祝福して先に創ったので、父母の代身、先祖の代身にならなければなりません。

 そうでなければ、先祖たちが逆さまに引っ張っていくのです。また、親戚が怨讐になります。ですから、親戚を祝福するのです。族長たちをすべて祝福したでしょう? すべてしました。先生がそのようなことを無責任に流してしまったりしません。

 今、カインの王たちを皆呼んで参席させています。何が何でも、自分の国の王は、手紙ででもアベルUNの加入書を書かせるのです。書かなければ追い出されます。神様の怨讐であるサタン世界の何倍もの城が、包囲してしまうのです。それは、越えることができません。

 女性が女性を好み、男性が男性を好んで友達になり、そこで……。それは、島国に追放してしまわなければなりません。本来は、男性と女性が一つになって子女を生まなければならないのに、男性は男性同士で暮らし、女性は女性同士で暮らし、互いに自分たちが一番だと言って争うので、最後には皆死んで、なくなるのです。

 今、女性時代が来たと言うでしょう? 女性時代を誇ったからといって、生きることができるのですか? だれが女性時代をつくってくれたのですか? 神様です。天のお父様です。お父様なのです。

 それでは、その時代になって青春を迎えても、赤ん坊を生めなかったおばあさんになれば、どれほど恨が大きいでしょうか? 尽くした精誠がすべて流れていく精誠になるのです。

 歴史時代の新しい時代において、新天新地で精誠を尽くす清い男女が、新しい夫婦の立場で赤ん坊を生むことができていないので、分身をつくりなさいということです。母の分身、父の分身です。接ぎ木してあげるのではないですか? 接ぎ木してあげて代身者になりなさいということです。接ぎ木するということは恐ろしい話です。そのようなことをよく知らなければなりません。


 きょうから神様が先頭に立つ

 きょうから摂理上において、だれが先頭に立つのですか? (「神様です。」)先生が独り祈祷してきたのです。「このような日になります。」と祈祷してきたのです。

 ですから、そのような特別な日なので、先生自身も、時間がなくて精誠を尽くせなければそれを悔い改め、そこに条件を立ててこなければなりません。「このようなことで代身します。」と、そのようにしてこそ引っかかりません。そのようにしなければ波風が立つのです。

 ですから、九十になろうとどうなろうと、座って……。座っていれば足が痛むのです。二時間より三時間はもっと腫れます。立っていても腫れるのです。どうしますか? 横になって暮らさなければなりません。横になって暮らしてもそうです。横になっても、腫れたものがよくなりません。ですから、地上で生きられる時間が長くありません。自分の体の重さがだんだんとどのように変わっていくのかを知ることで、(地上に)いる日があまりないということが分かるのです。

 それで、あの国に行って第二次的な責任が残っているので、その責任を果たすために今準備するのです。

 このような怨讐がいたのに、あの国ではどのようにするつもりですか? 天の直系の息子、娘を刃物で切って殺すのを現場で見た神様が、赦すことができたのかということです。

 「あいつを殺しなさい。あいつの刃物を奪いなさい。」、このようにできなかった天の事情……。神様がそれに手を出すことができなかったので、再臨主が、息子という人が何十倍の鍛錬を受けました。

 そのような怨讐は、先生が喜ばない人であり、夢に見るのも嫌う人であるにもかかわらず、天上に行くときにそのような人を連れて行くのですか? 新しい保留地域があるということを知らなければなりません。

 今は一つの体制なので、地獄と天国が合わさって完全に入れ替わるのです。夏が夏にならなければならないのであって、秋になってよいのですか? そうではないですか?

 皆さん、それを知らなければなりません。あの国に行っても、先生についていくことができません。地で先生が「来なさい、来なさい。」と言っても、来ることができなかったのですから、先生が訪ねていくこともありませんが、訪ねていっても収拾しません。知らないふりをします。それが人情の常です。人が互いに持っている情なのです。

 ですから、先生は、だれの名前も記憶しないようにしようと思っています。姉の名前までもすべて忘れてしまおうと思うのです。もうろくすることを何と言いますか? (「痴呆です。」)侵害ですか、痴呆ですか? (「痴呆です。」)(韓国語で「侵害」と「痴呆」は同じ発音になる)「痴呆」はどのような意味ですか?

 「侵害」です。「害なので沈んだ」という話です。役に立たないということです。かえって妨害です。長生きしようとすれば、朴パク正敏さんのように痴呆にかからない自信がありますか? 今、九十四歳だそうですね。わたしは九十二歳だと思っていたのですが、二歳上の九十四歳だそうです。

 きょうが何の日ですか? 「双合十勝日」ですが、朴正敏さんが出てきて、一曲歌でも歌って、全員で一度万歳をしましょう。

 神様が代表としてこの地上に責任を持つときは、一晩で天下をすべて引っ繰り返し、わたしが願うとおりにするのです。朝になれば夜が来ます。朝に、「ああ、わたしは朝に目が覚めたが、夜が必要だ。」と考えても、夜になりますか?

 まっすぐに立ってみてください。このように体が曲がっています。それが習慣になっているからです。きょう、暗唱したいものをすべて暗唱してみてください。わたしがちょっと聞いてあげます。歌も歌い、暗唱したいものをすべて話してみてください。(朴正敏 勧 士の歌)話したいことを話してみてください。きょうは何ですか? (朴正敏勧士の証し)

 女性たちは、一年に一度ずつ精誠を尽くして朴正敏さんに食事を接待し、喜ばせてあげることが、自分たちが天国に行く一番の近道であると考えるのがよいのです。「あのおばあさんは、遠からず死ぬので関係ない。」と考えてはいけません。

 また、その次に、姜賢實さん。(「はい。」)一度、愚痴を話してみてください。「愚痴」というのは、「お釈迦様の経文だ。」と考えていましたが、自分の嘆かわしい愚痴を話してみてください。(姜賢實会長の証し)(史吉子会長の証し)

 演説文は、すべて終わりましたか、終わっていませんか? (「はい、少し残っています。」)終えましょう。これが必要です。中間に入れておいたものは、すべて必要なのです。きょうは記念する日なので、このような話をすべて聞いて、ふろしきをすべて解き、真っ黒なものを洗わなければなりません。

 自分自身が知っているので、良いものは残しておき、良くないものはすべてほうり投げるのです。毎日のように見物しなければなりません。天国に行けることがどれほど美しく、どれほど巧みで、どれほど不思議で、どれほど貴いかという事実を知らなければなりません。さあ! (訓読)(郭錠煥会長の祈祷)

 きょうたくさんのことを聞き、たくさんのことを感じ、たくさんのことを考え、そのことが皆さんの実として実るように努力さえすればよいのです。結実した世界は永遠です。(「億万歳」三唱)

 今から四回目を迎えるときは、健康で恥ずかしくない皆さんになることを決心するように願います。分かりますか? (「はい。」)


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Last updated  2021.05.05 21:51:07
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2021.04.29
カテゴリ:天一国摂理史
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真の父母経 - 第8篇 - 第3章 - 第5節 祖国郷土還元大会による百八十ヵ国巡回

第五節 祖国郷土還元大会による百八十ヵ国巡回

祖国郷土還元大会、百八十ヵ国巡回

 二〇〇六年三月二十五日、鮮文大学で開かれたソウル圏大会を皮切りに、四月三日まで の十日間、主要な地域圏で百万人の市民たちが参加する中、「天宙平和連合」祖国郷土還元大会が挙行された。この場で真の父母様は、「神様の理想家庭と平和 理想世界王国」というテーマのみ言を宣布され、続いて、祝福式を執り行われた。そして、四月二十八日から五月十日まで、「天宙平和連合」祖国郷土還元大会 をアメリカとカナダの十三の主要都市で主催されたのに続き、八月十九日まで、真の子女様が同参(一緒に参加すること)する中、世界百八十ヵ国で世界巡回大 会を開催された。

1 今までお母様は、私より多くの世界巡回をしました。公式的なみ言を中心として、お父様の実体を身代わりしたみ言をもち、女性を代表して、堕落したエバがで きなかったことを成して、その上で責任完成を完結しなければなりません。お父様が夫の立場で真理を探究し、サタンに勝っておいたのですが、その勝った基盤 は世界的基盤です。

(ですからお母様は)百二十ヵ国を巡回し、百八十ヵ都市を抱いて、お産の苦労をしなければなりません。(※お母様お一人でも「祝福式をされていました!!」)それで、血と汗を流しながらお産の苦労をして きたのです。​その次に、お父様の実体的勝利を受け継いで、エバとして果たすべきことがあります。エデンの園でエバが、夫に侍って愛することができませんでした。ですから、世界の誰もが知るお母様の名で世界を一周し、家庭に戻ってきて、定着しなければなりません。そのような時代に入るのです。​

今日、歴史上に初めて夫婦と神様を中心として家庭が定着したのは、今回のこの期間しかありません。そして、お母様を中心として、女性たちがお母様の分身となり、世界の全人類を生んであげなければなりません。一人ではできないのです。

2 二〇〇六年三月二十五日から天宙平和連合祖国郷土還元大会を開催しました。それでは、どのようになるのでしょうか。国を祝福したので、今やすべての人が入籍をしなければなりません。全世界に、アダムの代わりに真の父母が一代として、そこから世界的な先祖の幹が出てくるのです。そこから枝が出て、一本の木の ようになるというのです。

3 世界のすべての統一教会の人々が、祝福を受けて故郷を訪ねてきています。世界が、祖国郷土還元の世界だからです。ですから、どの国の食口であっても、その 国が本郷ではなく、祖国ではありません。韓国が祖国であり、韓国が本郷の地です。

それゆえ、大移動が起きなければなりません。そのようにして、本郷の地に入籍しなければならないのです。入籍することによって、天の国の先祖になります。入籍ができなければ、恨になるのです。あとで入籍するようになれば、問題が起きます。きょう、ここに一緒にいても、何百代、何千代の差が広がるので す。

4 天宙平和連合祖国郷土還元大会は、何を意味するのでしょうか。「天宙平和連合」がアベル国連なのですが、皆さんはアベル国連の位置に上がっていますか。

その場に上がれば、自分が空っぽにならなければならないのです。ひたすら「私」の体全体が、復帰された絶対信仰の実体、絶対愛の実体、絶対服従の実 体にならなければなりません。神様が創造するときの創造の対象物と実体が一つになった実体圏を備えてこそ、神様の愛が永住するのです。皆さんがそのような 場に立っているかというのです。

5 二〇〇六年五月二十九日にお母様が講演する所が、インドネシアの首都ジャカルタです。霊界を総動員して、海洋圏と半島を中心に、海と陸地の文明を懐胎しな ければなりません。そうして、祝福完成が成し遂げられるようになります。カイン圏である蒙古斑同族圏を、血族として連結しなければなりません。四方に散ら ばって暮らしている蒙古斑同族圏を血族として祝福して、一つの血統に束ねなければなりません。

国の祝福をしてあげるのです。もはや国で反対したり、世界で反対したりすることはできません。世界人類が黙っていないのです。今までは、父母様がしてきましたが、今からは祝福を受けた家庭が立ち上がらなければなりません。サタン世界の力よりも、宗教圏と国家圏が一つになって大きなアベル圏になり、蒙 古斑圏を消化しなければなりません。力でするのではありません。神様の真の愛で一つにしなければならないのです。そのようにすることによって、新しい地上 天国と天上天国の統一が実現し始めるというのです。

6 二〇〇六年六月二日、お母様がインドの大統領にまで会いました。インドの大統領は、「レバレンド・ムーンの家庭理想は、大変偉大なものだ」と言ったそうで す。普通の人は、家庭を収拾して、一つの血統圏を形成するという考えができません。歴史的な記録を破ったのです。最高の指導者たちは、そのようなことがす ぐに分かります。何のためにするのかが分かるというのです。

今まで一生の間、迫害を受けてきた父母様が、国家を越え、宗教圏も超越して、公開して祝福結婚式をするようになりました。今、家庭と青少年の問題が世界的に大きな問題になっています。これを解決するのは、父母様だけの特権です。

7 二〇〇六年六月二十九日に、お母様がイスラエルのエルサレムで講演をしたことに対して、アメリカの食口たちの間で大きな問題が起きました。「そこは今、戦争の本拠地なのに、なぜ行くのですか」と言うのですが、自分たちで決めることではありません。自分が現地に行って盾になろうとは考えもせず、言葉だけで心 配していてよいのでしょうか。

責任者が私に電話をかけてきて、「このようになっているのですが、どのようにすればよいでしょうか」と言うので、「何をどのようにすると言うのだ。 死ぬことが問題か、生きることが問題か。生きることが問題になって死の場に行ったとすれば、死の道も行かなければならないだろう!直面している問題に、自 分たちが責任をもたなければならない!」と言いました。歴史とともに、自分が中心の位置に立ったならば、いつでもその中心の位置を守らなければなりませ ん。

8 アフリカであと数ヵ所だけ大会をすれば、お母様の世界巡回は終わります。今回、世界ですべての人々を復活させる生命の祝福行事を挙行しました。そのすべて の事実は、永遠に消えません。毎日のように成長して、年ごとに大きくなり、世界を覆って余りあるようになるでしょう。これから、次第にそのようになりま す。

お母様の美しい姿と美しい声、美しい天の恩賜の内容が、再創造の力です。ですから、お母様も巡回講演をしながら、聴衆の中に素晴らしい人々が多く集 まるのを見れば、「天の恩賜にたっぷりと浸り、後代に尊敬される先祖になり、国々になってください!」という思いをもって、喜んで前進しなければなりませ ん。

9 愛はお金よりも貴く、知識よりも貴く、権勢よりも貴いものです。ですから、お父様は、お母様がいなければかわいそうだというのです。お母様は今、アフリカ 大会を終え、ウルグアイに移動している途中です。ウルグアイまで行くには、十六時間かかります。お母様がいなければ、地がないのと同じです。いくら世の中 に良いものがあるといっても、それが貴いものではないというのです。

男性も女性も、相対がいなければなりません。互いに与え合える相対がいてこそ、下りていっては上がることができ、上がっていっては下がることができます。天地の道理がそのようになっているのです。

10 天宙平和連合祖国郷土還元大会がすべて終わったので、これからは世界的に一元化しなければなりません。それだけが、国家と世界を連結できる最後の私たちの 使命です。真の父母の血族として霊界と肉界に責任をもち、地上にいる祝福を受けた家庭と霊界の祝福を受けた家庭が、同じ恵沢圏内で神様に侍り得る時代に 入っていくのです。

今までは真の父母に従って、神様に侍るための本然の家庭を求める時でした。家庭を探し出したあとは、天地が父母に侍る侍義時代、侍ることによって救 われる時代だというのです。信じる時代ではなく、実践する時代です。今やすべて成就したので、侍らなければなりません。還元時代が終わりました。

真の家庭三代圏四位基台四十ヵ国世界巡回

「天宙平和連合」の創設記念世界巡回講演は、真の父母様を代表する真のお母様と、真 の父母様の家庭の子女様、そしてお孫様の四家庭など、三代圏を中心に、二〇〇六年八月三十一日から十月十四日まで、四十ヵ国において十二ヵ都市ずつ、四百 八十ヵ都市で行われた。真のお父様は九月五日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で、真の家庭三代圏世界巡回路程勝利祈願特別集会を行われた。そして、十月 十八日、天正宮博物館において、巡回大会勝利帰国歓迎集会も主宰された。

11 私は二〇〇四年、アメリカと韓国の国会で平和の王として推戴され、戴冠式を行ったあと、二〇〇五年九月十二日には、アメリカのニューヨークで「天宙平和連 合」を創設しました。その勝利的基盤の上に、二〇〇六年六月十三日には、実体的天一国創建のための天宙平和の王真の父母様天正宮博物館入宮式と戴冠式を挙 行しました。

「天宙平和連合」の創設直後から始まった私の世界百二十ヵ国み言巡回の勝利を受け継いだ韓鶴子総裁は、真の父母様を代表した立場で、去る六ヵ月間、 全世界を駆け回りながら、百八十ヵ国のみ言宣布による巡回を勝利することによって、歴史的な母子協助の摂理を完成しました。真の父母の立場で真の子女たち を直接帯同し、彼らをみ言宣布と祝福行事の主管に同参させることによって、人類の最初の家庭で母格のエバが失ってしまった血統権とカイン・アべルの統一権 を復帰、還元させたのです。

二〇〇六年八月二十日は、私が一生を通じて経てきた六度の無辜の監獄生活のうち、その最後であるアメリカのダンべリーの監獄で世界的次元の獄苦を 堂々と勝利し、解放・釈放権を勝ち取った出監記念日の二十一周年でした。この意義深い日を慶祝し、また歴史的な世界巡回を勝利して到着する韓総裁を歓迎す る意味で、去る八月二十日、私は世界的次元の平和大会を開催しました。世界百二十ヵ国、百二十万人の平和大使の指導者たちを代表する核心指導者三万人以上 が韓国に集まり、平和世界実現のための決意を固める意味深長な大会でした。

このような摂理的な勝利圏の基台の上に、私は今や「天宙平和の王」の資格で、真の父母の家庭三代圏と共に世界の津々浦々を駆け回りながら、この後天開闢時代に天が人類に下した、天の秘密のメッセージを伝えています。

12 私はいつの時よりも深刻な心情で、二〇〇六年九月十二日の「天宙平和連合」創設一周年を迎えています。創設直後から始まった私の世界巡回は、昼夜を分かた ず、安らぐ日もない強行軍でした。「天宙平和連合」の創設を期して天が下さった特別メッセージを、一人でも多くの人に相続させてあげたいという一念で、自 ら願って犠牲の道に進み出たのです。

今回の世界巡回路程も同じであって、八十八歳になろうとする老齢で、いつ、どこで倒れるか分からない巡回の道でしたが、私は命を懸けてこの道を出発 しました。もしかすると、今回が私としては最後の世界巡回路程になるかもしれません。天から印を押されて顕現した真の父母として、人類に残してあげる最後 の遺言になるかもしれない天の秘密を明かすのです。どうか心の門を大きく開き、この貴い天のみ言を心に刻んで皆さんの生涯の基準とし、氏族と子孫に相続さ せてあげる知恵深い指導者の皆さんになってくださるようにお願いします。

13 世界百二十ヵ国で、堂々と祖国光復を宣布しました。また、百八十ヵ国に愛する妻と子女を送りました。戦場に送り出したのと同じです。これは、常識的に考え られることではありません。祖父と祖母の立場で子女たちを訓練し、二代の峠を越え、三代の峠を越えていきました。

今回、四人の孫と孫娘を祝福した基盤の上で、四十ヵ国に子女たちと孫と孫娘を送りました。旧約時代、新約時代、成約時代、三時代を代表する立場で、最初の祖父圏で失敗したことを開門するために、三代が旗を掲げて進み出たのです。

14 神様と真の父、真の母、カイン・アベルを中心として、最後まで世界を巡回しました。個人の体と心の争いから、男性と女性の争い、夫婦同士の争い、父母と子 女の争い、氏族の争いなど、歴史のすべての事実を蕩減しようとするので、父母様が百八十ヵ国を巡回したのです。イスラエルのような国が、一度に百八十ヵ国 になることはできません。初めて父母様の孫たちまで、三代が四十ヵ国を中心として巡回したのです。

まず、イスラエルが四十ヵ国と一つになっていれば、イエス様が死ぬことはありません。十二ヵ国だけでも一つになっていれば死ななかったというので す。それができなかったので、イエス様も引っ掛かり、イスラエル民族まで引っ掛かっているのです。第一イスラエルが誤ったのですが、そのすべてのことを赦 してあげるのです。それで、三代が動員されて一つになり、代表的な四十ヵ国を巡回したのです。二代以上動員すれば、反対できないようになっています。この ように三代が巡回するようになると、大統領以下、労働者も農民もすべて歓迎したのです。

15 韓国を中心として、地球星の軸を連結させてみるとき、裏側にあるのがウルグアイです。それで、父母様は数十年前にウルグアイにホテルを造り、必要なものを すべて準備してきました。お母様が行って巡回講演をするとき、ウルグアイ政府が国会議事堂を差し出し、大統領夫人を中心として、お母様と一つになって動き ました。その背後で神様が役事(働き)したのです。大成功でした。ですから、父母様が「天宙平和女性堂」の名で、ウルグアイに一千万ドルを寄付しました。 それは偶然の出来事ではありません。

16 今や天に侍って生きていける時が来たので、私たちは二〇一三年一月十三日までに、すべてを収拾して天のみ前に捧げなければなりません。ですから、三代が出 動し、早く世界を回らなけれはならないのです。多くのチームが同じタイトルを掲げて一気に巡回するので、長くかかりません。三チームなら百二十日、四チー ムなら九十日かかります。

そして、祝福家庭も、父母様がしたのと同じように、三代を中心として世界を回らなければなりません。三代が一人のように、天の国に入っていかなければならないのです。




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カテゴリ:天一国摂理史

天一国摂理史--天宙平和連合祖国郷土還元
世界巡回大会
2006年4月28日~8月29日 120ヶ国巡回


真のご父母様は
2006年4月28日から8月29日まで
天宙平和連合祖国郷土還元大会のために
120ヶ国を巡回された



同年3月と4月に韓国で主催した
天宙平和連合祖国郷土還元大会を
世界的に拡大させたものである















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2021.03.21
カテゴリ:天一国摂理史
過去記事からです。

32    ​第四次アダム圏にならなければならないと、一九九八年に宣布しました。「双十節」に、第四次アダム圏の峠を越えたのです。ですから、十月は栄光の月になるのです。十月は、四日が、お父様が西大門刑務所から解放された日であり、十四日は興南監獄から解放された日です。​

私は、天宙的「四・四節」を宣布しました。コディアクで家庭的「四・四節」を宣布したので、ウルグアイで天宙的「四・四節」を宣布したのです。​ですから、神様の四位基台理想が連結されれば、サタンの峠を越えていきます。それで、サタンを屈服させることができるあらゆることを整備して、これから第四次 アダム圏時代、蕩減が必要ない時代に越えていくのです。蕩減復帰ではなく、自然復帰時代に越えていくのです。​




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2021.02.13
カテゴリ:天一国摂理史

真のお母様は「天の父母様の日」に関して昨年58日、次のように語られました。

人間として、いちばん大切に考えなければならないものは、子どもであれば父母なのです。父母の聖婚記念日です。この日だけが永遠に人類の前に伝わっていくのです。

摂理の完成は春に出発します.春の季節から出発して完成しなければなりません.それで、「真の父母の日」の行事も(天歴)316日、「天の父母様の日」の行事も(天歴)316日にしなければなりません。


「天宙聖婚60周年記念特別集会」(HJ天宙天寶修錬苑)

​このように「天の父母様の日」(天暦1月1日)「真の父母の日」(天暦3月1日)でしたが、今年からは真の父母様の御聖婚記念日(天暦3月16日)に重ねて行われるようになります。





「神の日」宣布
1968年1月1日午前3時 大韓民国ソウル 前本部教会













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2021.02.06
カテゴリ:天一国摂理史
​​​​​​​「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」&
「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」
(2003.02.06、韓国・天城旺臨宮殿)

2003年天暦1月6日(量02.06)天宙清平修練院で「天地父母天一国開門祝福聖婚式」と「天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式」が行われた。家庭連合世界の指導者と家族1万2千人が参加した中、真の父母は祝祷を介して祝福家庭の天一国入籍を宣言された。
神の人類の救いに対する念願は真の父母様の聖婚に加え出発された祝福結婚の儀式を通し行われてきた。特に天地父母天一国開門祝福聖婚式をすることにより、天一国の民に入籍することができる長さ開かれた。この日真の父母様は、全人類が天宙の継承に不足がない天一国の民になることを要請された。







この日の「天一国州印象授賞式」が真の父母様の主管なさる中、天宙清平修練院で行われた。授賞式でパク・ポヒ会長は真のお父様が満15歳の時に造られた時(詩)」栄光の冠」が、2001年の国際詩人協会が主催した国際詩人の詩コンクールで最優秀賞を受けた事実を伝え、この詩載っている詩集<私たちの過去を抱き締めながら(Embracing Our Pasts;「国際図書館」発行)>を真の父母様奉呈した。



また、この日の午後、ソウル蚕室(チャムシル)室内体育館で3万人が参加した中真のお父様84歳生誕の真のお母様61歳還暦を祝う「真の父母様生誕記念式」が盛大に行われた。




<み言>

天一国経典・天聖経 - 第12篇 天一国 - 第1章 - 第2節 天一国宣布とその背景

「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」

8 ​「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」を行ったので、初めてこの地上に天一国が始まります。神様の家庭から氏族的、民族的、国家的条件を 中心として天地を束ね、聖人を祝福してあげて霊界で教育するのです。神様がいることを霊界で分からなかったのです。見えないので信じられなかったのですが、先生を中心として教えてあげるのです。原理教育をすることによって、天宙父母である神様が父母だということが分かるのです。父母を探し出せたのは、自分によってではありません。真の父母が探し出し、真の父母に従って、神様が思いどおりに天上・地上世界に越えていけるのです。​

9 「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」によって初めて国ができました。国ができ、天一国ができたので、その次には「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」を行うのです。家庭に初めて王が生じ、主人が生じるのです。堕落がなかったならば、二十一歳の若さで行うはずだったのですが、何千万年もかかりました。途方もない事実です。神様である天宙父母と真の父母である天地父母が、真の愛を中心として初めて平和統一祝福家庭王即位式を行ったので、家庭の 王を迎えるのです。

10 神様の蕩減復帰全体を中心として、怨讐の塀をすべて崩してしまいました。体と心の塀、家庭の塀、氏族の塀、民族の塀、国家の塀、世界の塀、天地の塀をすべて解放し、蕩減的条件を中心とした内的基準をすべて蕩減したので、天一国が出てくるのです。二人が一つになった国です。アダムとエバが一つになって国が始まります。二人か三人の人が集まって祈れば神様が共にいるという、そのような意味があるのです。二人が一つになる国が天一国です。

11 「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」です!初めて国ができたので、婚姻届を出すことができ、出生届の道が開かれるというのです。それが「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」です。地上で故障したので、真の父母を中心として「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」をするのです。それが、初めて 一つになって出発します。この基盤の上で、出生届を再び出さなければなりません。入籍が始まるのです。

それでは、出生届を出した皆さんは、先祖が願っていたように完成した家庭の基礎を備えられ、堕落しないで祝福を受けたアダム家庭の実体のような家庭になったかというのです。自信がありますか。ですから、悔い改めなければなりません。細胞が痛哭しなければなりません。

12 皆さんが、先生のように神様の王権と祖国定着と天の国、天一国に入籍すべきときです。国ができたので、皆さんが入籍できるのです。出生届、婚姻届、 死亡届を出すのです。それを国が保証するのです。生まれれば国に出生届を出し、婚姻届も出さなければならず、死んだのなら死んだと通告しなければなりません。国があるので、霊界に永遠に入籍するのです。出生届、婚姻届、その次に昇華式(聖和式)を通して、天国に移動するのです。「家庭盟誓」の第五節に出てきたように、天上世界が主体なので毎日、そこに合わせて生きなければなりません。それは、漠然としたものではありません。皆さんがそのように生きることによって、地上と天上が境界線なく連結されるのです。

13 真の父母様の御聖誕日を中心として、「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」を行ったので、初めて婚姻届を出せるのです。その次に、「天宙・天地真の父 母様平和統一祝福家庭王即位式」を行うことによって、家庭が初めて天の国を相続し、王として出発するのです。家庭王が氏族王になり、氏族王が民族王になり、民族王が国家王になり、国家王が世界の聖人、聖子の位置から神様の位置に上がって相続を受けるのです。

14 二〇〇三年の真の父母様の御聖誕日を中心として、「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」を行いました。天一国を中心として、真の父母様の聖婚式を行ったのです。神様と真の父母様が、初めて真の愛、真の生命、真の血統を中心として一体となり、聖婚式を行ったその基準を、世界の頂上を越え、今このときになって、すべて合わせなければならないのです。

天一国を宣布するためには、第一、第二、第三イスラエル国の血統転換をした祝福結婚の基盤がなければなりません。天国は、心情の一体圏にならなければなりません。真の愛、真の生命、真の血統の一体圏ではありません。堕落したので、蕩減一体圏を経てこなければならなかったのです。その一体圏をつくってこそ天国になるはずなのですが、それができなかったので、「三時代大転換四位基台入籍統一祝福式」を挙行したのです。このようなことを宣布し、天一国が宣布され ることによって、すべての霊界と肉界の祝福家庭が入籍するようになったのです。

15 三〇〇〇年の最初の年になる二〇〇一年一月十三日を中心として、「神様王権即位式」を挙行しました。本来、先生が六十歳になる一九八〇年度にしなければならないのですが、延長してお母様が六十歳を超え、六十一歳を迎える還暦のときである天一国三年、新しい天宙・天地父母が一つになって聖婚式ができる記念の日として策定し、挙行したのが「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」です。そして、「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」を挙行したので、初めて天一国 家庭において真の父母が王の位置に即位できるのです。

16 天一国を中心としなければ、天地父母が聖婚式をすることができません。「神様王権即位式」をしなければ、聖婚式をして出生届を出せないというのです。それは、国がないからです。「神様王権即位式」をしたあと、満二年がたち、お母様の満六十歳の御聖誕日に「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」を挙行しました。初めて、神様と真の父母様が祖国光復の土台を整えたその基盤の上で、聖婚式を行ったのです。そのあと、「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」をしました。歴史始まって以来、初めて家庭の王の位置に立つのです。




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2021.01.17
カテゴリ:天一国摂理史
​​真の家庭世界化前進大会、1.25まで、韓国の8つの都市

01.17 ソウル北部圏オリンピック重量挙げ競技場
01.18 光州・全北・全南・済州圏光州数珠体育館
01.19 大田・忠清北道・チュンナムグォン忠州室内体育館
01.20 京畿南部・江原圏水原室内体育館
01.21 釜山・慶尚南道圏釜山九德室内体育館
01.23 大邱・慶尚南道圏大邱室内体育館
01.24 仁川・京畿北部圏富川室内体育館
01.25 ソウル南部圏オリンピック重量挙げ競技場

1999年1月17日、「真の家庭のグローバル化の前進大会」が、ソウルオリンピック公園重量挙げ競技場で開催された。(写真)前進大会は1月25日まで、全国8都市で行われ延べ8万人が参加して大盛況を成した。真の父母様のテーマ講演を通じて「真の愛が創造の起源であり、真の愛を中心とした真の家庭をなす者」を強調した。







<み言>

天一国経典・平和経 第3編-16人間の行くべき生涯路程

日付:一九九九年一月十七日
場所:韓国、ソウル、オリンピック公園重量挙げ競技場
行事:真の家庭世界化前進大会

高名な紳士淑女の皆様。きょう「人間の行くべき生涯路程」という主題で進められるこの大会に、真冬の寒さとあらゆる現実の困難をものともせずに、満場の盛況を呈してくださいましたことに、心より感謝申し上げます。

 

今、全世界は大混乱の中で呻吟しています。個人では心身の紛争、家庭では青少年の淪落と家庭破綻、国家と世界においては不信と戦争が絶え間なく続いています。この諸般の問題の解決は、神人愛一体理想を体恤することによって克服することができます。

 

​神様が人間を創造された目的​

人間はなぜ生まれたのかという問題は、人類が歴史的に追究してきた根本問題です。ある人たちは自分の国のために、あるいは自分の父母のために、または自分自身のために生まれたと考え、信仰者たちは神様のために生まれたとも考えます。しかし、神様が宇宙を創造された目的は人間だけのためであるとか、神様御自身だけのためであるという論理は成立し難いのです。人間が造られる過程に連結された様々な目的、すなわち神様が人間を創造された目的や天使が人間の創造に協助した目的、あるいは万物が人間に投入された目的と人間が生まれたこと自体の目的などが、互いに違ってはならないのです。全体が喜ばなければなりません。人間の創造に関連した神様も喜び、天使も喜び、万物も喜び、そして人間自体も喜べる、そのような共通の内容でなければなりません。

 

それは、もてばもつほどうれしくて喜ばしく、一度もてば永遠に手放したくないと思う、そのような何かなのです。それは外的な内容ではなく、極めて内的なものであり、目に見えないものなのです。知識やお金や権力のようなものは、人間が生きていくのに必要な付帯条件にすぎません。それはみな人間のためにあるものなので、人間には当然そのようなものを所有する権限があるのであって、そのようなものを所有するために生まれたとは考えられません。それはみな流れていくものです。それは自分と一時的な相対関係を結べるかもしれませんが、永遠の相対関係は結べないのです。

 

さらに神様は、お金が必要なのではありません。全能であられる方なので、お金はいくらでもつくることができます。神様は万物を造るとき、原理原則を通して造ったので、知識の根本でもあられます。そして、神様御自身は創造主として権力の主体であられるので、権力が必要なのでもありません。そして、それは、人間の努力だけで追求できるものではありません。人間の努力では生命の根源を支配することはできません。自分の生命の動機や過程、そしてその生命の終末まで動かす、そのような何かでなければならないのです。

 

このように見るとき、それは、真の愛であると言わざるを得ないのです。人間は愛で生まれ、愛の道を行かなければなりません。そして、死ぬときも愛のために死ななければならないのです。ですから、私たちの人生を見るとき、生命より愛がもっと貴いだけでなく、愛が生命よりも先なのです。ですから、愛のためには生命まで喜んで捧げるのです。愛は永遠です。小説や詩のような文学作品を見ても、「不変の愛」や「私の永遠のあなた」という表現が多く存在するのを見ることができます。このようなものを見ると、私たちが瞬間的な愛、一時的な愛を願うのではなく、永遠の愛を願うことが分かります。

 

愛は神様も身動きさせない権威をもっています。神様も愛には弱いというのです。全能であられる神様も人間の愛の香りを嗅ぐならば、満面に笑みを浮かべられるのです。神様も愛の話がお好きなのです。話だけでも好きなのに、実際に愛すれば、どれほど喜ばれるでしょうか。私たちの人体の様々な器官も、愛という一つの目的を中心に生まれました。目は見るために生まれましたが、どのようなものを見るためかというと、共同のテーマである愛を探すために生まれたのです。鼻も臭いを嗅ぐために生まれましたが、臭いの中でも愛の香りを嗅ぐために、耳も愛の声を聞くために生まれました。私たちが聞く言葉の中でいくら聞いても嫌気がせず、好きな言葉は「愛している」という言葉です。これは若者も老人も同じなのです。

 

ですから、あらゆる存在が互いにみな喜ぶことのできるテーマは、愛以外にはないのです。その愛とは、大宇宙が歓迎できる真の愛です。神様も、天使世界も、万物も、そしてすべての人が公認できる愛なのです。愛というふろしきを持ってきてかぶせておけば、その中から抜け出そうとはしません。このような点から見るとき、宇宙創造の起源や生命の発祥地とは、正に真の愛だというのです。

 

​真の愛は宇宙創造の起源​

人間が宇宙を愛する境地に入れば、宇宙のすべての門が開くことを経験できます。また、自分が今、ここの空間に、ただ極めて小さなものとして存在しているとしても、愛を中心とすれば、極めて大きな存在と共同で共通な、そして同等かつ対等な相対的権限をもつようになります。その極めて大きな存在が絶対的な神様ならば、私は愛の権威によって、その絶対的な神様の相対的な立場に上がることができるのです。神様の属性が愛だからです。

 

ですから、神様の愛の公約を立てておいて、その公約の中に存在するようになれば、宇宙のどこに行こうと自由なのです。神様の愛に酔えば、一つの砂粒を千年見つめても飽きません。自分の手を見つめれば、自分の手から光が出ることが分かります。夜に一人で横たわっていると、暗い夜にもかかわらず、自分が黄金の板に横たわって黄金の光を発して寝ている自らを感じるようになります。夢のような話です。そのようになれば、丘に上がっても万物が喚声をもって歓迎するのを感じることができます。皆様もそのような経験をしたことがありますか。

 

私たち自身が愛の宇宙の中に生まれたと考えれば、無限に幸福に感じられるだけでなく、世の中に「私を見なさい」と誇るに値する自分です。神様が実験室で研究している途中に、最も理想的で、驚異的な発見があったとすれば、それは正に自分だったというのです。このような観点から、神様の愛の相対的立場に立てられた自分自身を破綻させることは、罪の中の罪であり、これを愛して保護することは善の中の善であるという結論が出てくるのです。ですから、自殺することは最も大きな罪になります。宇宙を破綻させる行動です。

 

監獄に入って、拷問で血を吐くことになったとしても、神様が抱いてくださる愛のみ手を感じれば、それがかえって神様が骨髄にしみる愛で抱くことのできる一つの条件になるのです。このように考えるとき、死ぬような環境も、幸福な場だと考えて歩むことができるのです。このようなことを考えるとき、男性も女性も、愛の力の中にいる人は、強い人なのです。国や世界を与えても変化させることができません。そのような人の前には、サタンも屈服せざるを得ない驚くべき結果が現れます。

 

ですから、神様がこの宇宙的愛を中心とした人間を代表して呼ばれるとするなら、その方は正にメシヤです。イエス様がその代表者だというのです。メシヤを通さなければ、宇宙愛を見いだすことはできません。ですから、万民はそのあとについていかなければならないという論理が成立するのです。イエス様は、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」(ヨハネ一四・六)と言われましたが、ここに愛という言葉を一つ加えなければなりません。「わたしは道であり、真理であり、命であり、愛である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と言ってこそ、論理がより明確になるのです。私たち人間は、父母の愛の中で生まれました。その父母の愛の一番中心の、主人として生まれたのです。ですから、父母は、私一人をつくり出すために愛し合ったという結論が出てきます。

 

ですから、父母に対して同等な立場で権利を主張することができます。「お父さんとお母さんは私がいなければ不幸です。私がいてこそ幸福でしょう」と言うとき、父母は「そうだ」と言うのです。そして、自分も父母がいなければ不幸だというのです。なぜなら、父母が原因で、私は結果だからです。父母と自分は愛を中心として一つです。原因と結果が一つになって愛の実体圏を形成するのです。これが宇宙の道理です。

 

統一教会の原理では、主体と対象が一つになるところから力が出てくると言います。ですから、原因である父母が自分と一つになれば、主体と対象が一つになって一体となったので、新しい対象となって、より大きな主体と一つになることができます。神様がその主体ならば、その神様と一つになるのです。すなわち、神様の理想的な愛を中心として神様と完全な主体と対象の関係を形成すれば、神様と人間は完全に父子関係になって、一つになるのです。神様と人間の愛の圏が形成されれば、宇宙にはいつも明るい太陽のような愛の光が発せられるのです。

 

自分は、父と母の二つの生命が一つに結合した生命の連結体であるというだけでなく、父母の愛の同参者として父母の愛と一体です。さらには、自分は父母の理想とも一体です。理想には幸福や平和というものがすべて入ります。父母にとって、自分が世の中で成功したときの喜びがいくら大きくても、失った子女に出会ったときの喜びとは比較になりません。子女は父母の最高の理想と一体だというのです。

 

自分には父と母の生命の綱、愛の綱、そして理想の綱が連結されていますが、この綱は誰も切ることはできません。神様も切ることができず、宇宙も切ることはできません。むしろ、宇宙のすべての力がそれを擁護しようとするのです。ですから、私がどこに行っても、父と母がついてくるようになります。あの霊界にまでも、父と母はいつも共にいようとするのです。ですから、父と母が同行するのを嫌うのは、大きな罪です。この宇宙を破綻させる破壊行為だというのです。父母を連れていくことを嫌うのは、既にその人が宇宙の原則から離れていくことを意味します。

 

ですから、父母を自分の体のように思って愛し、父母に孝行することが、人間において最高に価値あることです。「和睦する家庭に福が来る」という言葉も、そこから来るのです。反面、父母が離婚することは、刀で子女を半分に切ることと同じです。それは宇宙の公法が許しません。これに逆らう父母はどこに行っても災いを受け、不幸がついて回るのであって、幸福になることはできないのです。

 

​物質世界、父母、神様は三大父母​

自分は三大父母を通して生まれました。第一の父母は物質世界です。物質の世界からあらゆる要素を取り出して、物質の中心として、物質の複合的な存在として自分は造られました。このような観点から、その物質の元素自体が自分を生んでくれた先祖でもあり、また自分の延長が物質世界でもあります。この物質は愛の理想の立場においてのみ安着するように、宇宙はできています。愛の理想の立場において、すべての細胞が平安に生きられるようになっています。もし腹を立てたりすれば、すべてがこじれてしまうのです。

 

次に、自分の体を生んでくれた父母が第二の父母です。自分を生んでくれた父母が、自分をして一つの形態を備えて生まれてくることができるようにしました。しかし、この父母はどんなに頑張っても愛の主人になることはできません。自分の生命の主人にはなれますが、愛の主人にはなれないのです。

 

愛の主人は神様です。愛を宇宙化させて、愛を永遠化させるために神様がいらっしゃるのです。神様は愛の主体であられるので、愛を中心として父母になっています。ですから、神様が私たちの第三の父母です。このように私たちは三大父母をもっているのです。

 

私たち人間の一生は、腹中時代の十カ月、肉身時代の百年、そして霊界時代の千年、万年を永遠に生きていきます。私たちの顔を見れば、口、鼻、目の三段階になっていますが、これは人間が生きてゆく三時代の姿を見せてくれているのです。口は物質世界である腹中時代を象徴し、鼻は人の世界である地上時代を、目は霊界の天上時代を表します。

 

胎児が育つ母のおなかの羊水の中は、胎児には正に自由天地です。母のおなかの中では、いつも背中を曲げていなければならず、鼻も口もみな塞がっているのですが、胎児には自由天地だというのです。胎児に必要なすべてを供給するパイプがへそについていて、へその緒だけで生きなければなりませんが、そのような世界が胎児には自由天地なのです。胎児がおなかの中から生まれるとき、「私は世の中に出て、口で蜂蜜も食べ、餅も食べ、御飯も食べる」と考えて生まれますか。むしろ、そのおなかの中から外に出る時になって「ああ、ここがいい」と思うのです。しかし「出たくない」と思っても、時が来れば出るようになるのです。羊水が流れ出れば、それに従って外に出るようになりますが、このようにして生まれることを安産といいます。

 

赤ん坊は生まれるやいなや、泣くと同時に鼻の穴で息をするようになり、第二世界、すなわち空気世界に連結されます。おなかの中から空気世界に連結されて出てくるときには、腹中世界で暮らしたへその緒と羊水の袋をみな壊して出てこなければなりません。それらの死(破壊)と同時に、地球星の母の所に生まれるのです。生まれてからは、口で食べて鼻で息をするのです。ところが、地上で食べる食べ物は肉身が生きるのに必要な栄養分であって、本質的な生命要素ではありません。生命要素は、正に愛です。ですから、この世の中でも愛という空気を吸わなければなりません。母と父からの愛の空気を吸わなければならないのです。

 

赤ん坊が生まれると、母の愛の電波に沿って自動的に乳首を探しにいきます。美女であるかどうかは関係なく、愛ある母であればいいのです。これこそ創造の妙味、かつ神聖な姿なのです。人は愛で生まれ、愛を受けながら成長します。

 

このような立場で見るとき、「私」というものは、父母の愛の実です。父と母の愛がどのようなものなのかを実際の実として見せたのが自分なのです。愛の実であるがゆえに、父母は「私」を愛さなければなりません。その実を通して無限な愛がまた実を結ぶのです。個人的愛、家庭的愛、氏族的愛、民族的愛、国家的愛、世界的愛、宇宙的愛、そして本質的な神様の愛にまで連結できる道がここにあるというのです。


​私は父母の愛の実​

出生したのち、肉身時代には、生んであげた父母が子育てを受け持って正しい人に育てるのです。世界と国と家庭を代表し、父母がすべてを教えて供給してくれます。私たちが父母から物質を供給され、教育され、個体として完成すれば、愛を中心とした横的な基盤に連結させなければなりません。それが結婚です。父母は結婚するときまで責任をもつようになります。結婚して、父と母が互いに愛し合っていたその愛を引き継ぐのです。父母が自分を生んでどれほど愛したかを、自分が結婚して子女を生み育ててみることによって知るようになり、その愛を引き継ぐのです。そうすることによって、自分は愛を完全に受けることができ、与えることができる人になります。そうして、完全な一人の男性、女性として成熟するのです。

 

父母の縦的な愛で生まれ、成熟し、横的に愛するようになって、初めて総合的な愛の圏を見いだすことができます。天地は球形世界なので、縦横と上下、左右、前後の愛が連結されてこそ、それを与え合いながら回り、すべてがまとまって一つの調和のセンターとして現れるのです。ですから、天地の縦的愛が内外に軸としてしっかりと立てば、その次に横的な愛が必要なので、思春期というものがあるのです。

 

思春期には、ただ秋風に吹かれて落ち葉がころころ転がるのを見るだけでも笑うのです。乞食が訪ねてきて物乞いの歌を歌っても、思春期には「ああ! また来た。またやっているな」と言って歓迎します。そのように四方に拡大されるのです。ですから、おとなしくしていた女性たちも、髪の手入れや化粧をし、しきりに体に何かを塗るようになります。欲も強くなるのです。それが愛の横的な現象です。ですから、人生行路は旅のような道ですが、ここで備えるべきことは、縦横の愛を体恤していかなければならないということです。真の父母の愛、真の夫婦の愛、真の兄弟の愛、真の息子、娘の愛を中心とした家庭を築いたのち、これを横的に拡大し、東西南北に多くの家庭を広げておかなければなりません。そうして、彼らが縦横を連結できる真の家庭を形成し、氏族圏、民族圏、国家圏、世界圏で神様と真の愛で連結されるとき、その世界を天国というのです。

 

夫婦が愛し合うということは、神様を迎えることです。本来、父母は本然の神様の立場を代表し、ここで夫と妻は互いに他の一方の神様になります。そして、息子、娘はまた一つの小さな神様です。神様は真の愛の本体なので、真の愛と連結されれば、みな同じ体になります。父母は神様の代身として生きている神様であり、夫婦も神様の代身であり、子女も神様の代身です。このように三代が真の愛を中心として神様の立場を身代わりするのです。

 

ですから、父母も、夫婦も、そして子女も真の愛を必要とするのです。このように真の愛を中心に形成された家庭組織が天国の基盤です。そのような基盤を形成しなければ、天国が実現しません。これが公式です。家庭とは、すべての宇宙の現実世界の中心です。今日、人々は自分の家庭が、国と世界と宇宙を代表した家庭であることを知らずにいます。中心としての家庭だということを、知らずにいるというのです。ですから、家庭を破綻させることは、国と世界と宇宙に対する反抗になります。家庭の完成は宇宙完成の基礎になるので、家庭で愛するように宇宙を愛すれば、どこでも無事通過です。この場合、神様は宇宙全体の父母として、愛の複合的な中心の立場にいらっしゃいます。

 

​真の愛を中心とした家庭が行くべき道​

真の愛を中心として男性と女性が一つになり、理想的な夫婦となって家庭を築けば、彼らは神様を身代わりする立場に立つようになり、宇宙のすべてに連結されます。そのようになるとき、神様のすべてが自分のものになるのです。どれほど幸福な立場でしょうか。ですから、私たちは万物を征服したい気持ちになるのです。男性と女性が合わさって家庭と社会と国家、そして世界を築くがゆえに、男性と女性が中心になって築いた家庭は氏族のモデルにならなければならず、氏族は国家のモデルにならなければならないのです。私たちの家庭が行くべき道とは、理想的な家庭と氏族と国を復帰していくことです。ですから、理想的な国が出てくるためには理想的な家庭がなければなりません。

 

尊敬する市民の皆様。真の愛が偉大な理由は、真の愛で私自身が神様の対象になることができ、神様も私自身になることができるからです。聖書にも「父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう」(ヨハネ一〇・三八)とあります。父が息子の中に、孫が祖父の中に、祖父が孫の中にあるという言葉は、ここから生じた言葉だと考えます。

 

祖母と祖父は、孫を中心として情を結ばなければなりません。それでこそ、愛の垂直線が始まるのです。また、孫は、祖母、祖父と一つにならなければなりません。祖父と祖母は神様と同じ立場なので、神様のように侍らなければなりません。そうでなければ、縦的な愛の軸を見いだすことができません。これを立てたのちに、横が生じるのです。横的なものは四方に連結されますが、縦的なものはただ一つの方向です。横的なものは東西南北、三六〇度に動くことができ、縦的なものは一つの点で動くことはできますが、分離することはできないのです。

 

ですから、愛を中心として、まず体と心を一つにしなければなりません。そして、神様を中心とした縦的な世界である霊界を愛することができなければなりません。そして、未来に中心国家が現れれば、その国を中心として全世界の人類を愛さなければなりません。ですから、真の愛を中心として、犠牲、奉仕、献身の道を通じ、霊界と全世界の人類を愛する生活を送れば、人間は自動的に中心的存在になって、二つの世界を主管して一つの世界をつくることができます。そうすれば、神様もそこに臨在されるようになるのです。

 

全霊界と全宇宙が合わさったものを天宙と言いますが、すべての霊界と宇宙は、真の愛を中心として、この天宙が一つに統一されることを願います。天宙を統一できるのも、全体の家庭を理想化させて一つにできるのも真の愛です。それで今日、人間が地上で暮らしても、永遠の生活をする霊界に入っても、絶対に必要なものは真の愛しかないという結論が出てきます。

 

真の愛は、人間や霊界だけでなく、すべてが好みます。ですから、真の愛をもった人は、動物や植物たちからも好まれ、彼を主人として迎えようとし、どのような存在でも真の愛を中心とした人と一つになろうとするのです。被造世界のあらゆる存在は、真の愛をもって生きる男性と女性の前に近づこうとし、彼と共に生き、彼により主管されることを理想とします。ですから、この世の中で一番貴いものとは、真の愛をもった男性と女性、すなわち真の人だという結論が出てくるのです。

 

人間には翼がないので、どんな昆虫や鳥よりももっと遠くに飛び、どんな飛行機よりももっと速く地球星を回るには、実体の肉身ではできません。どんなに走っても、いくらも行けないのです。人は万物の霊長として神様と対等な相対的立場にあります。ですから、一秒間に三十万キロメートルを走る光よりもっと速い作用ができなければなりません。それを可能にするものが霊人体です。今、私がソウルにいても、霊人体はさっとニューヨークに行ってくることができるのです。稲妻よりも速いというのです。このように、思いとともに歩調を合わせて作用できるのが霊人体です。しかし、世の中で一番速い作用とは、愛の作用です。世の中で一番速度が速いのは光や電波ではありません。世の中で一番速く、高く飛べる力をもったものが愛です。この地の果てとあの地の果てにいる人間同士で互いに愛し合うようになれば、その地の果てを越えて引っ張り合うのです。愛はそのような力をもっています。

 

真の愛を体験した人は、神様の本来の理想的な世界では、神様が願うあらゆることを即座に所有できる能力と権限をもちます。そして、そのような資格は地上でもたなければなりません。霊人体を中心として肉身が一つになる過程で、神様の愛の接続点が真の家庭において形成されてこそ、そのような立場に進むことができるからです。

 

神様の真の愛は、同胞を愛しても、世界の人を愛しても、万物を愛しても、感じることができます。どの国の人でも、五色人種を愛する心をもたなければならないのです。人だけではなく、微々たるものまで愛することができる心をもたなければなりません。自動的にそれが湧き出てこなければならないというのです。花が咲けば、その美しい色や香りは自然に出るのです。同様に、愛の花が咲かなければならず、愛の香りが自動的に宿らなければならないというのです。

 

そうするには、その愛の花を咲かせ得る栄養素を受けなければなりません。植物が地と太陽から栄養素を受けるのと同様に、私たちも肉身と霊人体を通して栄養素を受けるのです。それで、肉身を通して生力要素を受け、その次には霊人体を通して生霊要素を受けます。そうすることによって、自分は愛を完備した実体となり、どこでも飛んでいくことができます。そのようになれば、太陽系をはじめとする大宇宙は、すべて自分の活動舞台になるのです。

 

​霊界は愛を中心とした世界​

人間が肉身生活を終えたのちには、第二の出生をします。これが死です。第二の出生をする所、死んで行く世界が正に霊界です。その世界に入って、第三の父母である神様から宇宙全体を代表した愛が供給されるのです。理想的な愛が供給されるというのです。ですから、霊界では統一されざるを得ません。

 

死ぬ瞬間からは第二の空中世界を振り切って、新しい第三の愛の呼吸器官に連結されなければなりません。父母の愛、兄弟の愛を振り切って霊界に入り、結局は大宇宙の神様の本体と和合する愛の世界に入ります。種が本体から出てきたので、結果を結んで、また本体に戻らなければならないのです。霊界は愛の空気でできている世界です。愛の空気で満ちています。ですから、私たちはこの地上世界で、愛の息をすることができるもう一つのパイプ装置を準備しなければなりません。ですから、霊界を体験し、霊的な愛を感じて呼吸できる人になってこそ、霊界で死なないのです。

 

霊界は愛を呼吸し、愛を中心として暮らす世界です。ですから、完全な愛の人格をつくれなければ、行ったり来たりする道が制限され、四方に通じません。門を通ったとしても一つの門だけを通らなければならないのと同じです。春夏秋冬、いつでもどこでも合わせて暮らせる資格を備えようとすれば、完全な愛の人格を具備しなければなりません。ですから、三時代を経るように人間を造ったのです。

 

とんぼも、幼虫が水の中で泳ぎ回り、地上に上がってきてしばらく這い回ります。その次にはひらひらと飛び回り、食べるとは思いもしなかった虫を捕まえて食べます。天下を自分の舞台として飛び回るのです。このように昆虫類の中には、羽があって三段階の世界を経るものが多いのです。昆虫もこのように水と陸地での生を経て空中で暮らすのですから、万物の霊長である私たち人間は、もっと次元の高い翼をもっているのです。

 

私たちは神様に代わって愛で生まれ、愛で生きながら息子、娘を生み、愛の目的地に到達して、永遠に神様と共に生きるために神様の所に帰るのです。すなわち、私たちの一生とは、愛で始まり、愛で熟し、愛の実として刈り取られるのです。人が死ぬということは、愛の実を収穫することです。

 

私たちは、父母の愛を受け、夫婦の愛を交わし、子女を愛したので、内的な愛の世界に蒔かれた神様の愛のすべてを、一生をかけて実を結んで収穫し、あの世に逝くのです。ですから、私たちが完全に愛で一つになれば、神様に似るようになります。夫婦が合わさってこのような三段階の愛を完全に完成して霊界に行くようになれば、永遠の主体である神様のみ前に、永遠に「相対としての神様」になるのです。真の愛を中心として夫婦が死ねば、そのようになります。ですから、神様で始まって神様で締めくくるのです。

 

人間が死ななければならない理由は、体をもっていては制限された愛でしか愛することができないからです。無限大の神様の真の愛の対象的実権をもって現れようとするなら、制限された肉身だけではできないのです。ですから、無形の霊にならざるを得ません。さらに、真の愛の理想を全天地とともに同一化するためです。死は苦痛の道ではなく、宇宙的な真の愛を所有できる幸福の門を開門する時間です。死ぬということは、這って歩き回る陸地の世界から、ひらひらと飛び回って暮らせる世界に移ることです。全宇宙を自分の舞台にして、真の愛で旅行を楽しめる資格をもった人になり、そのような世界に入門するために死の道を行くのです。ですから、死ぬことは正に新しく生まれることです。

 

私たちは初めに母の胎内にいました。その胎が私たちを育てたふろしきです。そのふろしきの中から出てくるとき、すべてを振り切って生まれるのと同様に、私たちの霊人体に対して肉身はふろしきのようなものなので、これを振り切って飛んでいくのです。ですから、人間は結局、水の世界、陸地の世界、空中の光の世界を経て、永遠な真の愛の世界で暮らすようになるのです。

 

霊界では生命の要素が愛なので、愛を通した命令には不可能がなく、即座に実現されます。そこでは億万人が一度に夕食を食べるとしても、そこに合う食べ物を準備して、あっという間に宴会をすることができます。そのとき、列席する貴賓たちが、みな王女、王子になりたいというときは、すべて本物の王女、王子になります。それが可能なのです。

 

皆様、そのようなことを理解するなら、この地上で暮らしたいですか。あの世に行きたいですか。腹中にいるときは「腹中が一番いい」と言いながら、腹中でただ足をばたつかせながら暮らします。途中で引き出そうとすれば「嫌だ」と言うでしょう。そして、母のおなかの中から外に出るときは、一度死んでから目覚めます。地上での死というものも、一度死んでから目覚めるのと同じ作用なのです。ですから、肉身の死とは、正に第二のお産です。

 

​神様と人類は父子関係​

満場の市民の皆様。きょう一時を生きていく人生の道というものは、平坦な道ではありません。それは人間が堕落したからです。人間は堕落の因縁をもって生まれたがゆえに、その堕落によって生じた怨恨の過程を、いずれ乗り越えなければならない運命をもって生まれ、数千、数万年の歴史過程を経てもそれを越えなければ、その恨の道は私たちの前に永遠に残るようになるのです。

 

エデンの園でアダムとエバが堕落したその瞬間から、人間は不幸の要件をもって出発しました。ですから、人類が幸福の世界に帰るためには、必ず不幸の世界を跳ね返して進まなければなりません。そうでなければ、誰も幸福な世界に帰ることはできません。

 

人類始祖が堕落したことによって人間だけが不幸になったのではなく、神様までも共に不幸になりました。人間が生涯を捧げて生きていく一つの目的は、理想世界の実現だけではありません。それよりまず、生命の根源であられる神様に積もりに積もった悲しみと悲痛さをどのように打開するかということが、私たちの生涯の目的です。ですから、人類が幸福な所を訪ねるとき、神様も幸福になるのです。神様と人類は父子関係だからです。このように神様や人間は同じ立場に立って、一つの目的を指向し、歴史過程を経ながら今まで歩んできました。神様はアダムとエバを失うことによって、険しい道の中でも険しい道、世の中の誰も願わず、また行きたがらなこを歩んでこられたのです。人間もやはり堕落で残された、この避けることのできない運命の道を、救いの一日を願ってやって来ました。

 

神様に対して人間は、その方の息子、娘になることが最高の願いです。なぜなら、父母と最も近い立場は父子関係だからです。「私」という人間は、父母の愛と生命が合わさって、父母の理想を実現するために生まれました。愛や理想という言葉は、一人について語る言葉ではありません。生命も一人で独断的に出てくるものではなく、連結された立場で出てくるのです。ですから、神様が人をお造りになるとき、神様の真の愛と真の生命と理想の対象として造られたのです。これは驚くべき偉大なことです。自分がいなければ、父母の愛は現れることができません。父母の愛と生命と理想は、自分と共に関係しているのです。自分は父母の愛と生命と理想の結実体です。ですから、息子の立場は最高に価値のある立場です。神様と人類は父子の関係だからです。

 

父母と自分が一つのところから共に出発したという事実は、驚くべきことです。父母の愛は自分の愛であり、父母の生命は自分の生命であり、父母の理想は自分の理想として決定することができるのです。ですから、父母は子女を見つめるとき、これは自分の愛する息子、娘だと言います。子女とは、自分の愛と自分の生命と自分の理想の実体だということを、父母は感じて悟り、知っています。愛する息子、娘は、一日だけ会わなくても、会いたいと思い、今見ても、またすぐ見たいと思うのです。それはどんなに離そうとしても離すことができない、骨の中の骨であり、肉の中の肉です。いなければ死ぬほどつらいと思うのであり、そこにはすべての理想がかかっているのです。

 

今日、堕落によって真の愛と真の生命と真の理想をもつことができない人間世界に生まれた父母でも、そのように子女を愛そうとするのですから、そのような父母の主体であられる神様は、それよりもっと愛するというのです。

 

​救援摂理の完成​

​​本来、堕落していないアダムとエバは、神様の直系の息子、娘として神様の血統を引く存在です。アダムとエバは、天上天国と地上天国を受け継げる王子、王女だったのです。王子、王女であると同時に、無形の神様であり、主体であられる神様のみ前に対象として造られた存在であるがゆえに、神様から愛を受けられる実体なのであり、無形の神様が実体として顕現したものです。​​

 

神様の息子の特権とは、その方は自分のものであり、その方がもっているすべてのものも自分のものだというのです。神様の愛までも、生命までも、理想までも自分のものです。このように驚くべき偉大な本然の価値を、人間は再び回復しなければなりません。ですから、神様が主体的真の愛であり、永生するのなら、その真の愛の相対も永生しなければなりません。神様の真の愛と一つになれば、神様が自分のものになるのです。

 

堕落していないアダムとエバの体は、神様が住むことのできる家です。アダムとエバが神様を心の中心として、真の愛で永遠に統一された愛の体、生命の体、血統の体になっていたならば、今日、私たちの心と体は闘わないでしょう。堕落とは、悪魔の愛を中心として、悪魔の生命体と血統を受け継いだことです。偽りの父母から生まれたのです。ですから、この血統を改造しなければなりません。野生のオリーブの木を真のオリーブの木に改造しなければならないというのです。そうするためには、接ぎ木をして三代以上経て、そこで結ばれる実が真のオリーブの木になって、本然の基準を取り戻すようになるとき、初めて堕落した人間が本然の人間に復帰されます。そのとき、救いの摂理が完成するのです。

 

このように神様と一致した愛を中心として、善なる父母の息子、娘にするために、神様がこの地上に救世主として真の父母を送るのです。救世主は人類の血統を清め、本然の創造理想を実現するために来られるお方です。

 

私たち人間は、誰でも最高になりたいと思い、神様の息子、娘になって、神様の王子、王女として王権を受け継ぐ相続者になりたいという本然の欲望がありますが、他の血統を受け継いだがゆえに、生まれても嘆かわしく、生きても嘆かわしく、死んでも嘆かわしいのです。人生は苦海だという言葉が、ここから出てきました。ですから、自分の体と心の闘いをどのように中止させ、一つに統一させるかという問題が重要です。自分の体と心を一つにできなければ、南北統一も、世界統一も、そして霊界統一も、自分とは何の関係もなくなります。

 

主体と対象は、対応的な関係を結んだのちには、より大きなものを中心として一つにならなければなりません。男性と女性が対応して一つになったあと、より大きなプラスやマイナスになって、国の前に忠臣にならなければなりません。そして、これが再びプラスやマイナスとして世界的次元で聖人の道理に接ぎ木されなければならず、聖人の道理が再びプラスやマイナスになって、天宙的次元で聖子の道理に接ぎ木されなければなりません。そのように聖子の道理を備えたのちにこそ、神様に接ぎ木することができるのです。

 

ところが、私たちは発展を願い、大きなものを願い、高いものを願う、このような原則において、自分が行くべき道が運命的に横たわっているにもかかわらず、その道を知らずにいます。本然的な天道の動きに対する対応的な反射として、自分の心の欲望は作用していますが、その成就の道を知らずにいるために、人生は塗炭の苦しみの中で呻吟しているのです。これを見いだすことができないために、世の終わりの日になれば、その道を見いだすために多くの努力をしても不可能なので、自殺がだんだんと増えていくのです。私たちは何としてもこれを克服する道を探さなければなりません。

 

人類は世界の舞台で一番になることを願う前に、まず本然的アダムとエバの家庭で一番になることができなければなりません。アダムとエバが神様のみ前に直系の王子と王女の立場を備えるようになれば、彼らは男性として最高であり、女性として最高になるのです。しかし、彼らが堕落したことによって、彼らが占有すべき長子権の王子、長子権の王女の立場を失ったのです。これが人類歴史に恨として残りました。ですから、人類は神様の真の愛を再び探そうと、最初の息子と最初の娘の立場を求めていく人生の道を歩んできたのです。

 

そのような真の愛を受けるためには、自分自身を中心に生きるのではなく、神様を主にして、兄弟である人類を主にして生きなければなりません。父母に代わって兄弟のために最も多く血と汗を流しながら、長く耐えて克服した真の人であるほど、深く、広く、高い愛を受けるのです。そのような息子になり、娘になってこそ、父と母の全体を相続することができるのです。この道は男性も女性もみな行かなければなりません。ですから、十回でも百回でも死の峠を経て、また死んだとしても絶えず神様の真の愛を求めていかなければならないのが、人生において行くべき最高の道なのです。

 

統一教会の原理は、人間が神様の真の愛の圏内から脱したことが堕落であり、神様の愛の圏内に再び入ることが復帰だと教えています。そのような真の愛の圏内に入れば、自分の手一つを見ても、千回、万回激しく称賛するようになります。その世界では、自分の体も神様の真の愛を受ける体になるので、その喜びは言葉で表現できないのです。そのように素晴らしい世界が天国です。

 

​宗教の使命​

私たち人間の心が神様の真の愛を占領する日には、千年、万年歌い、踊ることができるのです。神様の真の愛に酔うようになれば、酒や麻薬のようなものに酔うこととは比較にもなりません。天下に存在するものすべてを呼べば、そこに応えないものはありません。流れる水だけを見ても、千年間歌を歌うことができます。そこにおけるささやきの甘味は、無窮無尽だというのです。その時は世の中のすべてを成し遂げたことになるので、金銀財宝も他の何も、みな必要ありません。世の中でそれより貴いものがないというのです。

 

このようなことを見るとき、人間の価値は、愛を通して、真の愛の感覚を通して宇宙と和合できる主人格だというのです。これを成し遂げることが人生の行くべき道です。霊界は今まで未知の世界でした。その世界は神様の存在原則である、ために生きた人だけが行く所です。そのような内容で形成された世界が理想天国です。そこが、私たち人間が求めていくべき本郷なのです。

 
今日、私たちは堕落した人生によって本郷から追放された人間となったがゆえに、本郷の地に向かって帰るべき運命にあります。しかし、そこは人間自体だけでは帰ることができません。それで、神様は人間が帰ることのできる道として、その民族の文化背景、風習あるいは伝統に従って数多くの宗教を立て、歴史的に収拾してこられたのです。宗教は本郷の地に帰る資格をもつ人に鍛える訓練の場です。神様は東西南北、四方の文化背景によって、高い所に前進できる一つの統一された宗教世界に導いてこられたのです。

 

そのような本郷の地に導く宗教なので、宗教は「ために生きなさい」と教えてあげざるを得ません。それで、高等な宗教であるほど、ために生きなければならないという原則を強調し、温柔、謙遜であれと教えるのです。無数の人々を高め、彼らのために生きる立場に立って、犠牲になり、奉仕しなさいと教えるのです。

 

今や、私たちの前に到来する二〇〇〇年以降は、世界の全人類が神様を中心とした真の本然の人間の価値を取り戻し、天地父母と一体となった祝福を受けた真の家庭を成し遂げ、神様と真の父母様を中心として、永遠にために生きる、真の愛の道理を実践する、真の平和と真の理想の天国時代を迎えなければならないのです。新年に皆様の家庭と国家に、神様の愛と祝福が一層満ちあふれることをお祈りいたします。ありがとうございました。





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Last updated  2021.01.17 22:29:12
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2021.01.13
カテゴリ:天一国摂理史
20年前の2001年1月13日は、真の父母様によって「神様王権即位式」が挙行されました。以下は、『天一国経典・真の父母経』の概略文です。

​​​真の父母経 - 第13篇 - 第1章 - 第1節 神様王権即位式​

第一章--第一節 神様王権即位式

神様の王権回復のための摂理歴史

二〇〇一年一月十三日、天宙清平修錬苑で神様王権即位式が挙行された。真の父母様 は、神様が失ってしまった真の家庭を探し出された基盤の上で、長子権、父母権を復帰して、神様に王権を奉献してさしあげたのである。​これをもって、神様が 人間の先祖の堕落によって失ってしまった王権を回復することにより、地上と天上に天一国を宣布できる基盤が整った。真の父母様が、神様を地上に迎えて神様王権即位式を開催することによって、初めて神様は地上と天上の二つの世界で王権を手にしていかれたのである。​​

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神様王権即位式と神様の解放

神様王権即位式は、人間始祖の堕落によって失ってしまったすべてのものを還元してさしあげるための儀式である。すなわち、サタンに占領されていた天宙を復帰し、神様が王権を回復したことを意味する儀式である。人間の堕落によってサタンの 手中にあった地上と天上世界を取り戻すことにより、神様の恨が解け、解放される瞬間である。神様の解放と人類の解放のために、一生涯、全力投球された真の父母様の勝利の結果である。神様王権即位式によって、神様の創造理想が実現される天一国基元節に向けた路程が始まったのである。この日、純潔な血統の保存 と人権蹂躙の禁止、公金略取の禁止、真の家庭の模範を打ち立てることなど、天法の四項目が宣布された。これは、創造本然の理想世界である天一国を完成する 新しい時代の民が備えるべき基本徳目である。

また、過去記事「韓鶴子総裁御言選集 4 - 第6部 最終一体宣言と天一国時代 - 1. 神様王権即位式と天正宮博物館入宮戴冠式」(2020.08.05)にても、真のお父様の「神様王権即位式」に関してのみ言が多く引用されていますのでご参照ください。



ところで、
2001年1月13日の「神様王権即位式」でのお父様の祈祷からも、神様を「天の父母様」と呼ばれていました。
これまでのキリスト教では、神様を「天の父(お父様)」として奉じていましたが、家庭連合では神様を「天の父母様」との呼称で敬拝を捧げています。
 《祈祷Ⅰ》
​​ 新千年を迎えて十三日目を迎えるきょう、真の天上父母の王権即位式を挙行しようと思います。全天宙の万象とすべての存在が、そしてまた、祝福を受けた天上の先祖たちと地上の後孫たちが一心一体となって、歴史的な恨の蕩減期間を越えることにより、第四次アダム圏心情時代を迎え、新しい天上世界において、地上と天上が連結された天国を開門することができる時代を迎えるようになりました。​​
​《祈祷Ⅲ》
​ 愛する天の真の御父母様の前に、地上にいる人類が一つになり、地上の真の父母と天上と地上の祝福を受けたすべての家庭が一心一体となって、二〇〇一年を中心として三〇〇〇年に向かって出発する年頭に語ったみ言の内容と同様に、きょうの栄光の日を宣布いたしました。​
 「解放された天地父母と解放された子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」という年頭の標語とともに、神様と地上の真の父母が一体の心情を備えて新千年すべての人類の前に宣布した言葉として、万有の存在が標語を受け入れ、今から地上において神様が即位することができ、根となる時代を迎えましたので、今日の祝福を受けた家庭は、天地の王権に侍る直系のアダム完成の立場に立つようになり、万国万象を代表した立場で天の前に報告するときにも、「祝福の中心家庭誰々の名によって懇切に報告します」と言う新しい歴史時代を迎えました。
​ 振り返ってみれば、旧約時代においては、物質を両分してサタンと神様が分けなければならなかったという恨めしい事実があり、新約時代にイエス・キリストを中心として心と体が分かれ、心に当たる霊界の整備と体に当たる肉界の整備を残したという事実がありました。その霊肉が一つになることができる時が第二次大戦後でしたが、霊肉を統一してすべてを蕩減復帰し、この地上に本然の理想世界を完成して、地上の真の父母の名をもって天上の真の父母を解放する立場で神様王権即位式をすることができなかったという事実が残ったのです。​
……
​ 最後尾にお立ちになった神様が、真の父母によって、最後尾ではなく先頭に立つことができる即位式を挙行いたしましたので、あなたが願われるみ言の内容はすべて宣布され、天の国の構成において、個人の統一問題、家庭の統一問題、氏族、民族、国家、世界、天宙の統一問題、すべての問題を知っておりますので、今からは実践躬行(注:自分で実際に行動すること)してその実体圏を地上に成し、真の父母の名と天の真の父母の名を奉り、最後の勝利的権限をすべて備えた祝福家庭、中心家庭としてすべてを終結させることができる天宙の永遠な解放の時代に前進することを許諾してくださいますように。​
​​ そのようにすることによって、天の真の父母と地の真の父母の主権国家を中心として、万万世の太平盛大な王権を勝利し、あなたが理想とされる、万民皇族圏と神様に侍る天上直系の子女たち、すべての地上と天上の祝福家庭たちの上に一律的な恩賜を分け与えてくださることを、真の御父母様はこの日を期して願いますので、特権をもたれた王権王座にいらっしゃる神様の権限として、このすべてのことを約束とともに実践してくださることを懇切に、懇切に、お願い申し上げます。​​
 今、この一年から、あすから出発するすべてのことは、統一家のすべての祝福が勝利の覇権的旗を掲げ、万国を治めることができる天の国の大使と天の国の総督の名をもち、一方通行、勝利、勝利、万世に前進することができる解放者となることを許諾してくださることを懇切にお願い申し上げ、天の真の父母と地上の真の父母が共に一体となるこの場を通して懇切に報告、報告、報告、宣布、宣布、宣布いたします。アーメン! アーメン! アーメン! 感謝いたします。
神様王権即位式における神様の玉座(天の父母様--「天のお父様」「天のお母様」)は以下です。



参考までに、2003.02.06における「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」(韓国・天城旺宮殿)での神様の玉座も次のようになっていました。


「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」における神様の玉座



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Last updated  2021.01.13 22:13:55
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2021.01.08
カテゴリ:天一国摂理史
​​​​​1999年1月8日、「ジャルジン第七宣言ー真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布」を宣布されました。
具体的には、2000年9月に霊界の文興進様に「祝福権委譲」がされて以降、霊界の霊人たちの祝福の門が開かれるようになりました。




天一国経典・真の父母経 - 第10篇 - 第3章 -

第2節 サンバウロ宣言とジャルジン(Jardim)宣言

ジャルジン第七宣言ー真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布


真の父母様は、一九九九年一月八日、ウルグアイのブン夕・デル・エステにおいて、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布式」を挙行され、「この宣布は、天宙的四・四節である」と語られた。また、この宣布をジャルジン第七宣言であると語られた。

「ジャルジン第七宣言」の要旨

地上天国を建設しようとすれば、天上に恨をもった霊が一人もいてはいけない。特に未婚の霊たち、結婚できなかった人々、あまりにも幼くして死んだ 人々も祝福してあげなければならない。その霊人たちもみな、成長するための教育を受けるようになる。幼い時に死んだとしても、成長したあとに教育を受け て、未婚の青年男女として祝福を受けられる恵沢を受け、その次に、地獄の殺人鬼までも、聖人たちと共に祝福が受けられる門を開いてあげたのである。

(※「天一国摂理史--ジャルジン第六宣言ー総霊界霊人解放式(1998.10.05)」参照)

22 一九九九年一月八日、午前七時半を越え、八時に向かう四・四数の立場で、「四・四節」とともに家庭と国と全世界が天国に入ることのできる解放的起源を備え、真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布式をすることによって、全天宙がこれを認識し、それによって地獄や善なる霊人たちの前を塞いでいた塀を崩し、完全に解放いたしました。ですから、光明の天国を眺める地上の蕩減路程を早く解消し、本然の基準において真の父母がこの地上にいる間、地上に来て共に侍って暮らしたという条件を残すことによって、完全解放圏を備え、すべてが天国行きの祝福を受ける家庭の群れになれるようにお許しくださることを切にお願 い申し上げます。

この時間、この式典を、(天の)お父様、喜んでお受けくださることを切に願い、望みながら、このことに同行し、成就して、宣布してくださるようにお願い申し上げます。アーヂュ、アーヂュ、アーヂュ!

23 霊界にいるすべての先祖たちを解放してあげなければなりません。サタンも解放してあげなければなりません。皆さんが祝福してあげた百六十家庭が、カイン圏の一族になるので、彼らを自分の一族と連結させて、献納式をしなければならないのです。総生畜献納式をすれば、その基盤の上で百二十代の先祖(現在は430代の先祖)を祝福してあ げることができます。そして、百二十代の先祖と共に、百二十代の王と大統領たちを祝福することによって、その国民と息子と王が主流に対して横的に傍系の皇 族圏になるのです。

彼ら全体を祝福することができるよう、解放してあげなければなりません。百二十家庭は、イエス様がイスラエル圏の国を中心として解放してあげようと したものですが、霊界でそれをすべて解放してあげなければなりません。キリスト教圏をすべて解放してあげなければならないのです。真の父母の時代なので、 百二十代さえするようになれば、自動的に統一天下圏に越えていきます。百二十代をすれば、天国に入るのです。これを、真の父母と神様が許諾します。

24 神様は、「地獄の門を開いて、殺人鬼まで祝福してあげなさい」と言うことはできません。神様もそれをしないのです。ところがお父様は、大胆にも地獄の門を開き、「天国に早く来なさい」と言うのです。死んだ人々の中で、統一教会に反対していた人々に対しても霊肉結婚(霊肉界祝福結婚)をさせ、地上で三日式 (三日行事)までさせました。霊肉祝福一体圏を形成して三日式までするようになったので、地上で結婚もできずに霊界に行っている哀魂(哀しみをもった霊人)たちと、年齢が十六歳以上のすべての人たちまで解放してあげるのです。その人々まで祝福してあげます。

ですから、地獄の門を開き、霊界に行ったすべての人々を祝福してあげることによって、神様の血族的権限を認定するのです。それゆえ、サタンは完全に 後退せざるを得ません。これは革命です。堕落によって死んだすべての霊人たちが天国に行ける環境をつくっておいたのです。すべての先祖たちが祝福を受けた 圏内で霊界に入ることのできる環境をつくり、天国に行ける高速道路を造っておいたのです。そのような基盤をすべて蕩減復帰したということです。

神様が造られた霊界には、堕落した人間が住むようにはなっていません。その霊界では、完成した祝福家庭たちだけが暮らすことができるのです。アダムが完成したのちに生活する天国のような環境です。ですから、神様が全権をもって、世の中のすべての小さな所から大きな所まで、思いどおりにできるのです。 祝福を受ければ、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」が成就します。打ち砕くのです。あらゆる地上の一族が天国に向かう、出エジプトのような地上世界の出 発が始まります。モーセが八十歳で出エジプトしたのと同じように、これからは真の父母、家庭王として、世界、地球星の出発をするのです。




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Last updated  2021.01.08 23:38:01
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2021.01.04
カテゴリ:天一国摂理史
​​​​​​​​​​​​​​​​​「天一国摂理史--成約時代の出発宣布(1993.01.03) 」続き。



天一国経典・真の父母経 - 第12篇 - 第3章 -

第1節 成約時代の宣布と氏族メシヤ活動の強化

「真の父母と成約時代」宣布の背景


 真の父母様は、一九九三年一月三日、ソウルの青坡洞二街の前本部教会で、「摂理史的 回顧と成約時代」というみ言を通し、新約時代の完成と成約時代の出発を宣布された。そして、一月十日、アメリカのベルベディア修練所でも、第二次世界大戦 直後の七年期間の失敗によって再び出発した、一九五二年から一九九二年までの四十年間の再蕩減路程を勝利した基盤の上に、初めて成約時代が出発したと宣言 された。続いて、一九九三年四月十日を期して、世界百六十ヵ国に「真の父母と成約時代」というテーマのみ言を一斉に宣布することを指示された。


1 旧約時代は希望を見つめながら実践してきた時代であり、新約時代は信仰を求めて実践してきた時代です。したがって、これから訪れる成約時代は、愛を求めて 実践していく時代です。希望を探し出すための摂理時代だった旧約時代には、割礼を通して選民の条件を立ててきたのであり、新約時代には、水の洗礼と火(聖霊)の洗礼を通して神様のみ前に信仰を立ててきました。その次の成約時代には、神様の愛の印を押してもらうことによって、神様と愛の縁を結んでいくことが できるというのです。


2 旧約時代は僕の時代であり、新約時代は養子の時代です。統一教会が主張するのは、成約時代です。新約時代には、養子となって息子の位置に上がっていってこそ、父母に出会うことができます。しかし、成約時代には、養子ではなく直系の子女になるのです。養子は血統が違います。父母と(血縁的)関係はありません。ただ、一つの目的をもって、すなわち養父母としての父と、養子としての息子になるという目的をもって、父子関係を結ぶのです。したがって、息子がいな いために養子を迎えるようになるとき、養子としての息子が入ってきても、養父の願っている目的と一致しなければ、養子として選ぶことができません。

しかし、直系の子女になれば、そのような目的も必要ありません。直系の子女は、生まれながらにして、父はこちらに行き、息子はあちらに行ったとしても、分かれることは全くないというのです。どの道を行っても、その道が悪いと感じれば、二人で一緒に良い所を求めていけばよいのです。そのようになってい ます。それが養子と違うのです。養子はある一時を中心として会うのであり、直系の子女は父子の関係の中で、永遠を中心として会うのです。ですから、養子は 血統的関係においても、血統が違います。血統は、歴史の起源から歴史の果てまでつながっていくのです。数千万代が流れても、数千万代前の血統をすべてもっているのです。


3 復帰摂理を見るとき、成約時代は新約時代を完成しなければならず、新約時代は旧約時代を完成しなければなりません。旧約時代にみ旨を完成できなかったこと によって、そのみ旨が新約時代に移ってきたのであり、新約時代にみ旨を完成できなかったことによって、そのみ旨が成約時代に移ってきました。このような点 で、成約時代は歴史的なすべての使命を果たさなければならない時代なのです。


4 旧約時代までは物質の時代、新約時代は息子の時代、成約時代は父母の時代です。家庭には父母が入り、息子も入り、万物も入ります。このように見るとき、蘇生は物質、長成は子女、完成は父母です。家庭を中心として、父母と息子、娘と万物があります。神様がアダムとエバのために、エデンの園に天地万物を造って くださいました。これを取り戻すために、六千年間、僕や養子というものを立てて摂理してきたのです。

旧約時代までは僕の僕、僕の時代です。僕の僕は万物よりも劣るものとして扱うのです。新約時代は養子の時代です。息子を立てて役事していたのがイエ ス様の時代です。成約時代は、父母が苦労する時代です。ですから、祭物を捧げるに当たって、旧約時代までは物質をもって祭物を捧げ、新約時代は息子を祭物として捧げ、成約時代には父母を祭物として捧げるのです。成約時代は、父母が蕩減しなければなりません。


5 旧約時代までは、万物を復帰するための世界的な条件を立てておく時代であり、新約時代は、世界の万民を復帰するための基盤を世界的に築く時代であり、成約時代は、世界を一つの主権で統一するための時代です。このように、使命分担があるというのです。

主権を復帰しようとすれば、その国土を思いどおりにできるようにしなければならず、民を思いどおりにできるようにしなければなりません。その次に、 民と一つになる位置で、神様に代わって立たなければなりません。それが主権復帰です。国土と民、言い換えれば万物と人が、神様に代わる一組の父母を中心と して、完全に一つになったその場が、天の国を代表する地上の主権だというのです。神様が求めていく主権とは何でしょうか。その主権は、この世の中の主権ではありません。

旧約時代までは万物を復帰する時代、新約時代は子女を復帰する時代、成約時代は父母を復帰する時代です。国家と世界を見てみると、旧約時代までは万 物である地、すなわち国土復帰時代に該当します。新約時代は国民復帰時代に該当します。成約時代は主権復帰時代に該当するのです。


6 お母様が「真の父母と成約時代」というみ言を発表したのですが、成約時代とはどのような時でしょうか。神様が生活を始めるということです。愛の生活を始めるというのです。神様の創造の役事は、まだ終わっていません。創造理想とは、愛の理想を完成することです。つまり、四位基台の完成、人間の責任分担の完成を意味するのですが、神様と人間の愛を中心として生活できなかったので、それをこれから歴史時代に新しく始めるというのです。​

神様を中心として生活を始めるというのは、神様の家庭が出発するということです。それで、人間と神様が愛を中心として一つになり、家庭が出発するの ですが、私たちの家庭だけが出発するのではありません。天の国の家庭出発とともに、並行していかなければなりません。その世界は、神様の全権時代です。で すから、このような真の父母の理念を宣布し、成約時代を宣布することによって、サタン世界はその下に入るようになります。


7 神様は、私(お母様)の夫を選ばれて、韓国のキリスト教徒に新しい真理のみ言を伝えるようにされました。しかし、キリスト教界の指導者たちは、当時、一介のみすぼらしい青年にすぎなかった私の夫が、そのような新しい真理を伝えるように選ばれたかもしれない、という可能性を黙殺してしまいました。

新約時代は旧約時代の延長なので、当時のユダヤ人たちがイエス様の顕現を不信したように、韓国のキリスト教の指導者たちも、再臨主が人の姿で地上に 生まれたという事実を信じることができなかったのです。もしその当時、キリスト教が夫と一つになっていたならば、地上世界はもちろん、天上世界においてま でも天国ができあがったはずです。一九四五年から五二年までの七年間に、神様の摂理に従って全世界が一つに統一されていたでしょう。

しかし、その当時、宗教指導者たちは、夫に盲目的に反対しました。神様は、キリスト教を育てて発展させ、再臨主のための道を整えさせるために、アメ リカのようなキリスト教絶対権の国家を育成しました。彼らがたとえ悟れなかったとしても、その当時、韓国の牧師たちは、全世界のキリスト教を代表する位置 に立っていました。

しかし、第二次世界大戦後、アメリカと世界のキリスト教が夫と一つになれなかったので、アメリカとキリスト教はその時から下り坂に差し掛かり始め、道徳的権威も失墜し始めたのです。

第二次世界大戦後、アメリカとキリスト教は、カインとアベルが一つになった勝利的な基台の上に立ち、再臨主を迎える機が熟していました。しかし、彼 らは再臨主を迎えることに失敗し、それに同調して、世界が夫の活動に反対しました。それで、夫は荒野へと追い出され、どん底まで追い落とされましたが、再 び上がってきたのです。
(真のお母様 1993.10.04、韓国ソウル)


8 キリスト教文化を根として立てられたアメリカを新約時代に例えれば、(それまでの)韓国は旧約時代に例えることができます。ですから、最初の二十年間、夫 は韓国において、イスラエル国家の立場と同じ韓国と、ユダヤ教の立場と同じ統一教会を中心として、旧約時代を蕩減する路程を歩みました。この基台の上で、 私たちは一九六〇年に、国家的な次元で真の父母の聖婚式を成し遂げました。

その後、一九七一年に、私(お母様)は夫と共にアメリカに渡りました。そうして、過去二十年間、私たちは、アメリカで新約時代を完成し、成約時代を 出発するための蕩減路程を歩みました。その結果、神様を中心とした真の愛、真の生命、真の血統の根源となる真の父母の家庭を探して立てることができたので す。
(真のお母様 1993.10.04、韓国ソウル)


9 今日、復帰摂理歴史の転換点において、真の母の位置にいる女性は、真の父を迎えることのできる基盤を造成しなければなりません。キリスト教が新郎を迎えることができなかったあと、神様の摂理は四十年延長し、一九九二年まで来ました。この期間、私(お母様)は失った世界的新約時代を探し立てるために、韓国、 イギリス、アメリカ、フランス、日本、ドイツ、イタリアを一つにしようと祈りながら、努力してきました。

そうして、一九九二年四月、夫と「世界平和女性連合」を創設し、世界的に女性時代の到来を宣布しました。その基盤の上に、一九九二年の一年間、私は 真の母の心情で、先に列拳した七ヵ国はもちろん、ロシアと中国、オセアニアまで訪ねていき、そこの女性たちを動員して「世界平和女性連合」の支部を創設し ました。

このようなことを中心として、第二次世界大戦の時から、カインとアベルの関係で分かれていた国々が真の母を迎え、戦後に失っていた新婦の基台を復帰し、真の父を迎えることのできる基盤ができました。​このように、勝利した世界的な基盤の上で、真の父母になったことを初めて宣布したのです。​
(真のお母様 1993.10.04、韓国ソウル)


10 新約時代は、再臨主を迎えることによって終わります。新約時代に再臨主が顕現され、家庭、氏族、民族、国家を七年間で収拾すれば、その時から成約時代で す。再臨主が来て、地において、世界的な版図圏の基盤の上で、失ったアダム家庭型を清算し、定着して出発する時が、約束を成就する成約時代だというのです。荒野に追い出されてこれを失ってしまったのに、その成約時代がどうしてやって来るのでしょうか。

ですから、仕方なく旧約時代と新約時代にイスラエルが準備した新婦圏を、アメリカが代表するようになったのです。したがって、アメリカがこれを逃してしまえば、旧約時代と新約時代を放棄しなければなりません。そのようにすれば成約時代の基盤が崩れてしまいます。旧約時代、新約時代の基盤を中心に、そ れを条件として残さなければ、蕩減できる基盤がなくなるからです。ですから、アメリカをアベルの位置に再び立てたのです。


11 成約時代は、霊肉を中心とした時代なので、霊を中心とした新約時代それ自体では、成約時代に越えていくことができません。この時代に来られる方が再臨主で す。この時、キリスト教が世界的にあらゆる蕩減をして再臨主と一つになれば、成約時代にそのまま越えていくのですが、一つになることができなければ、再蕩 減が展開されるのです。言い換えれば、基盤が崩れれば、崩れたこの基盤を代わりに築かなければ、定着して立ち上がることができないというのです。

それでは、メシヤがメシヤとして登場しようとすれば、第一に何をしなければならないのでしょうか。新約時代の霊的な事実を完全に引き継がなければなりません。洗礼ヨハネからイエス様が洗礼を受けたのと同様に、霊的世界であるキリスト教が今日の世界的な舞台まで備えているので、それを霊的にイエス様か ら引き継がなければならないというのです。再臨主が霊的な引き継ぎをするとき、そのまま受けるのではありません。その方は、すべてに勝たなければなりませ ん。サタンに勝たなければならず、霊界にいる大勢の霊人たちがすべて自然屈伏する基盤を築かなければならないのです。そのような最高の勝利基盤の上に立ってこそ、引き継ぐことができます。

第二に、霊的に引き継いだものを、地上で実体として完成しなければなりません。旧約時代に完成されなければならない摂理が新約時代まで延長されてき て、いまだに霊肉ともの完成が成し遂げられていないので、成約時代を出発するためには、これをすべて霊的に蕩減復帰しなければなりません。そのようにしな ければ、成約時代に越えていくことはできないのです。言い換えれば、イエス様が霊肉共に成し遂げようとしたすべてのことを、再臨主が再び蕩減してあげなけ れば、成約時代の出発をすることができないという結論が出るのです。


12 メシヤは真の父母です。偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統、偽りの良心の基準で出発した歴史を清算するためには、真の父母が出てきて本然の完成したアダ ム、すなわち神様と一致できる理想的な男性を中心として、失った母と息子、娘を連結させなければなりません。

第二次世界大戦終結直後、エバ、母の代表国家のイギリスとアベルの代表国家のアメリカ、そして、カインの代表国家のフランスを中心として、キリスト 教文化圏が統一天下を成就したのですが、その時にお父様と一つにならなければなりませんでした。お父様と一つになっていれば、共産圏は出てきません。これ を四十年で蕩減復帰するのです。新婦圏を失ったので、お母様を中心としてアベル国家のアメリカを収拾しなければなりません。

お父様の妻は、世界を代表した真の母にならなければなりません。そのためには、失ったイギリスを取り戻さなければならず、失ったアメリカを取り戻さ なければならず、失ったフランスを取り戻さなければならないのです。失った連合国の基盤、統一世界の新婦圏の基盤を取り戻さなければなりません。それで、 世界と闘って平定し、​世界的勝利の基盤を築いて、その上にお母様を立て、「真の父母と成約時代」を発表したのです。​

偽りの父母が、「成約」ではなく約束の失敗、約束を成し遂げられない「破約」時代に導いたので、そこから神様と真の父母を中心として、初めて破約ではなく、成約時代に入っていくのです。「真の父母と成約時代」です。創造理想の約束の上に、世界的版図でこれを宣布したのです。


13 真の父母が定着することによって、女性解放とともに、「真の父母と成約時代の到来」を宣布しました。キリスト教文化圏が新婦として立つことができなかった ので、お母様が再び女性を束ねて、一九九二年にお母様の大宣布運動を展開したのです。それが女性解放運動です。お母様が解放を宣布し、「真の父母と成約時代」を発表したので、もはやサタン世界は終わるのです。

家庭を収拾し、国を収拾できる所は、統一教会しかありません。真の父母様の家庭の伝統を新たに編成することによって、真の氏族、真の民族、真の国家、真の世界、真の天地、真の天の国が成し遂げられるというのです。このように、公式的な発展をしていくのです。


14 統一教会で言う「真の父母と成約時代」とは、転換期を意味します。それで理想的家庭編成、理想的氏族編成をしようとするので、家庭連合が出てこなければな りません。統一教会の祝福は、長成期完成級で天の側の天使長(の立場の者)が結婚することです。このようにして完成圏を越えてこそ、直接主管圏であるアダ ム家庭に入っていくのです。

それで、お父様も一九六〇年を中心として、長成期完成級を通って完成期に越えていく過程で、世界的迫害時代を迎えたのです。その迫害時代を越えて定 着しなければなりません。本来、一九五二年には定着しなければならないのですが、延長して一九九二年に、お母様を中心とした女性時代を発表し、女性解放と ともに、新たに父母様が同じ位置で天のみ前に立てるようになりました。

女性解放をしなければ、アダム解放圏を備えることができません。アダムとエバの愛を中心として、失ってしまったアダム家庭の夫婦の基準を立てるまでは、すべてが兄弟です。神様の子女の位置を備えた基盤を通して、新たに理想的家庭を編成して越えていかなければなりません。


15 お父様は、すべてを実践してから教えてあげます。今ではもうすべて成し遂げたので、第二次世界大戦直後の統一的な世界と失った新婦圏を再び収拾するために お母様を立て、一九九二年の「世界平和女性連合」の創設とともに、一年間活動してきました。お父様が一生の間に蕩減した内容を、一年間ですべて伝授してあ げ、お母様を同じ位置に立てて、キリスト教文化圏の相続というものを蕩減復帰するのです。

このように、解放された本然の位置に立つことによって、神様も解放され、父母様も解放され、万民も解放され、新約時代全体が完成するようになったので、これから成約時代を出発することができるのです。


16 再臨の時までは再臨主一人で来ましたが、再臨主がこの地に定着することによって、数万人の氏族メシヤを横的に配置しました。したがって、これを取り除ける 悪魔の勢力はありません。既に完成した立場で、長成期完成級を超越した完成期完成級ですべて配置したので、これから統一天下が現れるようになっています。 これをどこに行って定着させなければならないのでしょうか。家庭に帰って定着させなければなりません。これが重要な内容なので、「統班撃破」という言葉を 中心として、家庭教会活動を教示してきたのです。

女性たちを立てて、これを再び整備しています。公式的な基準、最後のプログラムを各家庭に適用させ、家庭で失ったエバとカインとアベルを取り戻し、 種として植えるのです。そうすることによって、本然的な故郷で善なる支派の族長になり、先祖になります。その世界は、サタンと関係のない世界であり、そこ から地上天国が顕現するのです。


成約時代における氏族メシヤの責任

 真の父母様は、成約時代の宣布とともに、全世界的に救援歴史を締めくくるため、氏族 メシヤ活動を本格化することを指示された。氏族メシヤは、家庭を復帰し、さらには氏族と民族、そして、国家を復帰すべき使命を帯びた人々であると明かさ れ、先頭に立って真の父母様を世の中に知らせることを強調されたのである。


17 これから世界的に、すべて還故郷しなければなりません。氏族メシヤを配置したというのは、父母が地上に着陸したということです。新約時代に来られる主は一 人です。この一人の主が再び来て、縦的に真の父母となり、この地上に着陸することによって、息子、娘を生んで横的に数万双の氏族を配置したのです。これが 成約時代の出発です。

一九九三年からは、世界に向かう南北統一の運勢なので、これからは本格的な成約時代に出発するのです。歴史始まって以来、アダム・エバ、カイン・ア ベルが定着できないことによって成し遂げられなかった世界的な版図を、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会および世界既成家庭祝福結婚式を 中心として、右翼と左翼とバラバ圏を統一しました。

その時、イスラーム圏の八ヵ国の指導者たちを呼んで祝福してあげたのです。今までは蕩減の道が多かったのですが、今や万民解放とともに、サタン世界で反対していた父母、功のない人たちも、無条件に祝福してあげ、完成したアダムの位置、父母の位置に立ててあげたのです


18 今までの歴史には、宗教の志のために、世界を捨て、国を捨て、先祖を捨て、郷里を捨て、父母や妻子まで捨てて出家しなさいという言葉がありましたが、今や 蕩減復帰時代がすべて過ぎ去ったので、世界を抱き、国を抱き、民族を抱き、氏族を訪ねていかなければなりません。

イエス様を中心として見れば、蘇生、長成、完成ですが、これをひっくり返せば、真の父母が先祖になるのです。蕩減復帰は、このように逆さまになりま す。旧約時代と新約時代を経てきましたが、成約時代が完成すれば、成約時代が先祖になるのです。新約時代である二代目は、イエス様の時代に該当します。そ の次に、三代目が成約時代に該当するので、氏族メシヤを中心として、家庭を収拾しなければなりません。

ヨハネの黙示録を見れば、「キリストと共に千年の間、支配する」(黙示録二〇・六)とあります。今、支配しているのです。万王の王として来るキリス トと共に支配するというのは、父母の位置に上がっていくということです。そのような氏族的責任の中心者を、統一教会では「氏族メシヤ」と言うのです。この 時代は、成約時代の門が開かれる時だというのです。


19 お父様は闘って基盤を築きましたが、皆さんは闘わずに上がることができます。お父様は故郷に背を向け、世界に背を向けて、追い出されて再び取り戻してきましたが、皆さんはお父様が勝利した世界、国、民族まで(の勝利圏を)相続できるので、ここに氏族さえ連結させれば、その氏族たちが民族と国家と世界の福を 受けるようになります。皆さんが氏族たちに、それ以上に与えることができる福はありません。ですから、氏族メシヤは、王の権威を備えた先祖の位置に立つの です。

これは誰もがやらなければなりません。例外はありません。イスラエル民族がカナンの福地に入っていくとき、一人でも残していけば、それを知っている人が責任をもたなければなりません。もうカナンの福地に入ったので、建国理念を求めなければならないのです。統一教会も同じです。国を求めなければなりま せん。南北を統一しなければならないのです。


20 氏族メシヤになろうとすれば、家庭的メシヤを探し出さなければなりません。氏族メシヤの活動をしなければ、霊界にいる先祖たちが降りてきて打つというので す。霊界の先祖たちは、天使長の位置です。完成したアダムの位置ですべて生かしてあげなければならないのに、これを妨げているので、霊界の先祖たちが打つというのです。旧約時代までのように万物にすべて蕩減させ、その次に、新約時代のように息子に蕩減させます。成約時代には、父母が蕩減するのです。

自分の実体が激しく打たれます。そのような恐怖の世界が霊界から不意に襲撃してきます。これが起きる前に、早くやって入籍しなければなりません。そ のため、イエス様の時代に、イエス様が氏族メシヤと家庭的メシヤを率いて国に入籍しようとしたのですが、できなかったので、再臨時代に世界的版図圏内で入 籍して国をつくらなければなりません。

氏族メシヤになれず、家庭的メシヤになれなければ入籍できません。氏族メシヤになろうとすれば、家庭的メシヤを完成しなければならないのです。家庭的メシヤも、なぜメシヤというのかといえば、サタンと関係がないからです。


21 今まで宗教は、出家を命令し、(聖職者に対して)結婚を否定しました。しかし、統一教会は、「還故郷をしなさい」と言います。「世界統一国開天日」を宣布 し、「真の父母と成約時代」を発表したので、家庭を求めていかなければなりません。そして還国です。国を求めていかなければならないのです。

アダム家庭では世界を統一できません。アダム家庭の基準と同じ英米仏が、世界的国家を代表し、カインとアベルが新婦国家と一つになって、来られる新郎の再臨主、真の父に侍り、神様と一つにならなければなりません。そうすることによって、平面的に、再臨主の完成圏が氏族メシヤの完成圏に延長されるので す。

第一次先祖のアダムが堕落によって失敗したことを、第二次先祖のイエス様が復帰しようとしたのですが、再び失敗したので、第三次先祖が来てイエス様の失敗を復帰してこそ、成し遂げられます。祝福家庭は、家庭的メシヤであるアダム家庭を復帰しなければなりません。このようにして、平面途上で同等な価値 を認めるのです


22 今日の統一教会は、荒野四十年路程を終え、カナンに上陸しました。これから真の父母を宣布し、国を復帰しなければなりません。還国とサタン圏整備です。国に帰らなければなりません。ですから、建国思想をどのように立てるかが問題です。今は、イスラエル民族がカナン復帰したその時と同じなのですが、世界版図、それ自体がサタン側と天の側に分別されます。国家ではなく世界です。国家の限界線を越えた世界的版図で、同じ位置に立っているのです。


23 成約時代の開幕とともに、全世界的に救援歴史を完成するメシヤの分身となる氏族メシヤの時が来ました。皆さんの家庭を復帰し、さらには皆さんの氏族と民族、そして、国家を復帰しなければなりません。このような使命を帯びた人々を「氏族メシヤ」と呼ぶのです。

既に私たちは、数万組の氏族メシヤ宣教師を全世界に派遣しました。遠からず、世界的な次元で理想的な家庭が立てられるでしょう。成約時代には、母の役割が大変重要です。堕落した時とは正反対に、母が子女たちと一つになり、(皆さんの)夫を復帰し、真の父母様の祝福を受け、神様のみ前に戻っていかなければなりません。
(真のお母様 1993.10.04、韓国ソウル)


24 皆さんの家庭を中心として誇るべきものは、真の父母しかありません。皆さんが神様の息子、娘になり、真の父母の息子、娘になったという事実は、歴史時代に おいて勝利者の中の勝利者であり、救援摂理の中でサタンを退治した大将の中の大将だということです。世界的に真の父母を宣布したのと同じように、父母様の 伝統を誇り、宣布しなければなりません。村に入って「真の父母の息子、娘になった」と言い、皆さん自身を村の人々に誇らなければならず、皆さんの家庭を彼 らに誇らなければならず、氏族に誇らなければならず、国家に誇らなければならず、世界に誇らなければなりません。

そのようにすることによって、村のどこでも真の父母を誇らなければ、皆さんの行く道が塞がるのです。真の父母を誇り宣布する人たちは、行く道が万事亨通(すべてが思いどおりにいくこと)に開かれるというのです。ですから、「私」が家庭から氏族、民族、国家、世界を巡りながら真の父母を宣伝することに よって、解放された勝利者になれるということを知らなければなりません。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2021.01.04 07:31:03
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