2011/07/10(日)02:51
うどんの会(その1)
それは、昨日(7月6日)のことだった。
朝の風は、まださわやかだったけれど
薄曇りの空に
蒸し暑くなりそうな予感がしていた。
庭に水をまいたあと、
三つ葉の赤ちゃんたちを
そっと、植木鉢に移し替える。
今日は、Hちゃんの家に招かれているのだ。
つるっつるで、しこしこのおうどん
日本から取り寄せたから
遊びにこない?
とお誘いがあったのは、先々週。
2人の予定がようやくあったのが、この日だったのである。
同じ市内とは言え
遠く離れたブルックリンの閑静な住宅地に住むHちゃんと
マンハッタンの喧騒の中に住んでいる私は
なかなか会う機会がない。
私たちの逢瀬は、貴重なのだ。
車に、三つ葉の赤ちゃんやら
アイスクリームやら、
かつおぶしやら、マヨネーズやらもろもろを積み込んで
家を出たのは、午前10時も随分回ったところだった。
イーストリバー沿いの高速も
ブルックリンに抜けるトンネルも空いていて
出だしは好調だった。
ブルックリンに入り
いつものやっかいな大渋滞の場所を通り抜けて
海岸通の高速に入ると
車は殆どいなくなった。
古い古いトヨタ車を追い越した時に
ちょっとゴムの焼ける匂いがした。
少なくとも、25年くらい前の車だろうか。
海に、大きな貨物船やら
ヨットやらが浮かんでいるのが見える。
この海岸沿いの高速を走るのは
本当に気持ちがよかった。
吊り橋を横目に通り過ぎたあたりから
車が再び混み出したけれど
私は、気にしなかった。
ラジオからは、大好きなハービー・ハンコックが流れていたし
Hちゃんの子供たちに会うのも
Hちゃんのジョークの連発に大笑いするのも
本当に楽しみだった。
渋滞は、ますますひどくなり
とうとう、まったく進まなくなってしまった。
工事中の看板が立っていたし
道も悪かったので、しょうがない。
私は、自分に言い聞かせた。
5メートルごとに進んで止まってを繰り返していた時に
砂利の上でタイヤが少しだけ滑り
車が、カクン、とした。
ラジオでは、音楽の合間のニュースで
教育費の予算削減の話しをしている。
もう1度、車がカクンとした。
まったくもう、
いくら工事中でも
高速道路なんだから、
穴ぼこくらいは、きちんと埋めてよね。
と思う。
ラジオでは、今日の最高気温が33℃で
湿度も高くなるだろうと言っている。
天気予報が終わって
ピアノのイントロが始まった時
ラジオが、ふつっと消えた。
かなり古いオーディオなので
最近CDの調子が悪かった。
ラジオまで止まってしまうなんて
日本製なのに、やれやれ。
そう思いながら、アクセルを踏んだところで
車がもう一度、ガクンとした。
私は、生唾を飲み込んだ。
原因はラジオではないのだ。
急いで計器に目を走らせる。
バッテリーのランプは、点灯していない。
エンジンの温度も低いままである。
バッテリーでもオーバーヒートでもないとしたら
なんだろう。
さっきのゴムの匂いが脳裏によみがえり
鳥肌がたった。
道路は、大渋滞が続いていて
流れる気配はまったくなく
5メートル進んでは止まるの繰り返しのままだ。
私は、念の為にエアコンとナビを切った。
前方の高架の上を
コニーアイランド行きの地下鉄が横切って行く。
普通だったら、ここから10分もしないうちに
Hちゃんの家の場所だ。
エアコンを切った車内は、
強い日差しで
あっという間に、蒸してくる。
車の列は、のろのろと進む。
苛立ったドライバー達が
無駄にクラクションを鳴らしている。
と、その時。
エンジンがぶるぶるっと大きく震え
静寂が車内に広がった。
エンジンが止まったのだった。
つづく。(←クリック)