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カテゴリ:詰将棋・フェアリー・作図
今月の詰パラの首猛夫さんのエッセイの最後の部分を引用します。
「桃花源」を作者自身が見つめたときに、きっとその図面から「声」が聞こえたのでしょう。 きっと、どこかにもう少しの可能性があるはずだと。 その「声」を聞き逃さなかった作者のコミュニケーションの高さが、名作「新桃花源」の完成につながったと思われます。 「桃花源」767手詰が「新桃花源」1205手詰と改良された訳ですが、その改良の余地を感じ取った事を『図面からの声を聞いた』と表現されています。(因みに「桃花源」は合駒なしの最長手数作品です) 僕の場合もレベルが途轍もなく低いのですが、しょっちゅう作品・・・と呼ぶのもおこがましいかも知れませんが自分の作った詰将棋から「声」が聞こえてくるような気がします。角生22回作にしても、あの素材を一流の作家に料理させればもっといい作品が出来上がるとしか思えないのです。もっと考え出すと、あれを自分が仕上げて発表した事自体に一種の罪悪感を覚えます。しかるべき人にアイディアだけを教えて発表してもらうべきだったんじゃないのか?とさえ思える訳です。 指将棋でも以前雑誌の講座で端歩の応接に関して「端歩を突かれた時に、強者ほど同歩と取る」「『お願いですから、同歩と取らせて下さい』と駒の声が聞こえてくる」などと書かれていました。 そういえばハチワンダイバーの文字山も駒と会話しています・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.02.10 11:03:05
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