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カテゴリ:プロ棋界・プロ棋士・将棋連盟
(*図面では後手の持駒が表示されていませんでした。いずれの局面も後手の持駒は角桂香歩です)
3月27日に行われた第32期竜王戦4組ランキング戦の中田宏樹八段ー藤井聡太七段戦の終盤での大逆転の場面について、なるべく将棋の分からない人に分かるものを目指して書いてみたいと思います。 (誰が読むんだ、だからどうした、という話ですがまあ実験のようなものです) 下の図は101手目、先手の中田八段が5四歩と後手の5三銀の頭を歩で『叩いた』局面です。 この手は厳しい手で、放っておけば次に5三歩成と後手玉の側近の銀を取られて『まむし』と呼ばれると金が出来て更に王手となります。 王手とは絶対的な手で「所沢の東吉も王手にゃ逃げる」という言葉もあるくらいです。 後手としては銀の処置をどうするかですが、これがどう応じても具合が悪いのです。銀を動かすとすれば①4四銀②5四同銀③6二銀の3通りです。 ①の4四銀は駒損を避けるには(この最終盤でその考え方はあまり意味が無いですが)この手が自然ですが、5四歩の『楔(くさび)』を残したまま玉の側面がガラ空きになって上部への逃げ道を自ら塞いでしまい生きた心地がしません。 ②の5四同銀の方がまだましに見えますが、この手も自玉の下の風通しが良く、先手に左右の銀取りの選択肢を与えます。 ③の6二銀……これはタダです。しかし藤井七段の指した手はこの6二銀で下の局面となりました。 102手目6二銀。 この手は一体何なんでしょう? 6二同龍として先手必勝に見えます。一体どういう理由で藤井七段は6二銀と指したのか……? また6二同龍以外に指す手はあるのでしょうか? 3四桂とこちらの銀を取る手もあります(実際はこの3四桂が最善手だったようです)。他にも指す手はあったようです。 6二同龍は絶対ではありません。しかし後手玉に迫るにはこの手が一番強力で確実な手です。 銀という敵玉を仕留めるために大変に役立つ駒、しかも敵玉の守りの要である側近の銀をはぎ取りながら龍が一路接近する。 6二同龍とすれば、もうこれは後手に受けはありません。絶体絶命の状態です。 しかし逆にこの6二の銀を取れないとすると、何だかこれは癪に障る銀にも思えます。龍の横利きを遮って敵玉が何だか遠くなったような、図々しく居座ったような銀です。 迫りくる敵兵に、手にしていた盾をポンと放り投げるような手。「何だ、この盾は?」。簡単にどかせるじゃないか、いやこっちの手持ちに出来るじゃないか。だけど取れないとしたら何だか邪魔だな、そんな感じのする手です。 この銀は取れるのか、それとも取れないのか? 取れないとするならば、一体どういう理由が考えられるのでしょうか? そもそも藤井七段は何を考えてこの6二銀を指したのでしょうか? 中田八段は残っていた3分の持時間全てを投入して、6二同龍と指しました。それが下の図です。 103手目、6二同龍。 もう後手玉は助かりません。 今まで耐えに耐えてガードをしてきたその藤井七段のガードがついにはじけてしまったかという局面。ガラ空きとなった顔面へフィニッシュブロウを放とうと中田八段が前に出た所です。 しかしそこで待っていたのは必殺のカウンターでした。 この103手目6二同龍の局面で先手勝ちの局面が一転して大逆転、後手の藤井七段の勝ちが確定したのでした。 とんでもないどんでん返し。中田八段にとっては天国から地獄へと一気に転落した瞬間でした…… 6二銀を取れない理由、取ってはいけない理由。それは7筋にいた龍が6筋にどいてしまって、7筋の自玉への守りにも利いていた龍の利きがなくなる事。 それは中田八段も分かっていたと筈なのです。 しかし、6二同龍が敵玉に迫るには一番強力な手。それに代わる手というのは、6二同龍と比べるとどれもややボンヤリした感じがします。その先にはまだ難しい闘いが続く予感がします。 そして龍が7筋からズレると自玉の危険度が上がるとはいえ、本当に自玉が詰むのかどうか、それが読み切れなかったのだと思います。 だから詰まない方へ賭けたという事でしょう。 少し角度を変えて、藤井七段の6二銀と指した理由として考えられるのはーー 他に指す手がなかった。時間に追われ、やむを得ず指した。4四銀もダメ、5四同銀もダメ、順番に読んでいき6二銀を考えていた所で秒読みに迫られ……何だかウソくさく見えるかも知れませんが『捨て鉢』とも言えるような手です。高層ビルでの火災にでも巻き込まれたような……建物の内側からの火が迫って追い詰められて、堪らずに窓から飛び降りたような…… 本当に負けの局面というのは指す手がないものです。精神錯乱に近い状態で手を動かすという事もあるものです。 そして、当然6二銀を取ってしまうと先手玉に即詰みが生じる事を読み切っていた事は考えられます。 次に即詰みを完全に読み切ってはいないけど、「粗方詰みだ」或いは「ほぼ詰みだ。詰んでいるはず」という考えで指したという事もあります。(これは勝ち寄りの考え方ですが) それから、「詰むかも知れない?」という考えで指したという事も有り得ます。これはやや弱い考え方ですが、龍をどかす事で最後に詰むかどうかに賭けてみよう、というものです。(これは負け寄りの考え方です) 更に考えられるのは『時間稼ぎ』です。実は龍はどかさなくても詰んでいた。そのままでも詰んでいたけど、秒読み中で1分でも読む時間を稼ぐために1手余計な手を指して時間を稼いだ。 本譜ではそんな事はなかった訳ですが、これは局面が変わり条件が変われば実戦では起こり得る事です。 読み切れるならば読み切るのが一番良い。だけどそれが出来ない場合、そこに『推理』だとか『賭け』だとかいった要素が入り込んできたりします。 実戦の限られた持時間の中で、序盤・中盤と過ぎてきて迎えたこの最終盤。彼我の力の比較ーーどこまで自分を信じられるか、また相手の力をどう見るか。それまでの流れが微妙に精神状態に影響を与え…… どう時間を投入しどこで決めに出るか。『勝負勘』によって『判断』して指し手を決めます。 中田八段が自玉が詰まない方に『賭けて』6二同龍と指すのも尤もなのです。プロでも読むのが難しい詰手順、だけど秒読みの中で藤井七段は読み切っていました。持駒が1枚も余らない、実に見事な即詰みでした。 「将棋は『勝った』と思った瞬間が一番危ない」とはよく言われますが、中田八段がとどめを刺しに前に出るのがやや早かったという事になります。もう少し間合いを保っていれば勝ちに結び付いていたでしょう。(それにしても中田八段の悪手はこの6二同龍のたった1手ではないでしょうか) ずっと中田八段が押していた将棋です。激闘12時間。午前10時に始まった対局が、午後10時を過ぎての終局。 ずっと先手が有利に進めてきて、最後の5分で形勢が引っくり返りました。 中田八段にもう少し時間が残っていれば、この6二銀の罠も見破れたのではないかと思います。藤井七段も耐えに耐えながら相手にもダメージを与えてきた。それが中田八段の時間を削ってきた訳です。 将棋というのはつくづく『我慢比べ』である事を教えられた将棋でした。そして改めて藤井七段の終盤力を見せつけられた将棋でした。 この将棋を引っくり返す、それが藤井七段の底力というものなのでしょう。そして中田八段が強かったからその力を引き出したとも言えます。どちらか一方だけが強くても名局は生まれません。 (追記)6二銀のような手を指す理由としては『ブラフ』というのもあります。『はったり』ですね。 「この銀は取れると、本気で思っているのか?」「俺を誰だと思ってる」「俺は藤井聡太だぞ。そんなおかしな手を指すとでも思うのか? 考えてもみろ」「取れるのか? さあ、取ってみろ。ほら、どうした」 (何だか、どういうキャラクターなのかよく分かりませんが……) 実は取られると困るのだけれど、いかにも何かあるぞと見せかける。 その手は中身があるのか、それともないのか? 心理戦を挑む訳です。 ダニエル・J・ダービーとのポーカー勝負で空条承太郎がやったようなものですね。諸葛孔明の用いた『空城の計』とか。 または単なる見落としとか。自信満々で指したその手は、実は読み抜けていた。 また、自信の度合いにも色々あって……色々考えていくと、かえって取り留めのない文章になっていきそうです…… お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.03.30 02:05:33
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