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将棋雑談アレコレ (SDI)

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PC・ネット将棋・ゲーム・道具・玩具

2017.12.04
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前回の記事について、(知り合い筋も含めて)どうも今一つ話が通じていないように思います。
 そうした点を踏まえて補足してみたいと思います。

 まず、敢えて『過激』と前置きしています。
 今迄に(恐らくは)語られてこなかった新しい提案であり、一種の発想の飛躍であり、誤解を生み易いものである事は覚悟しています。

 僕自身も、最初は「永久に会員停止」でいいんじゃないかと思っていました。

 しかしよくよく考えれば日数を定めてもいいし、そちらの方が相応しい処置であるという考え方に今はなっています。
 日数の候補としては、3日・7日・10日とか、もっと長い案もあるかも知れませんが。とりあえず3日くらいで別にいいんじゃないかと思います。(1日や2日でもいいです)
 そのくらいでも充分に抑制の効果はあるでしょう。

『故意の角不成』ーーこの一言で、将棋やネット将棋を長くやっている人ならばその意味は分かる筈だと思います。飛でも歩でも有り得る事ですが、代表として角の不成、これで充分に意味が通じる筈なので以下は『故意の角不成』で通します。

『故意の角不成』が何故いけないのか? そもそも『故意の角不成』って何なのか?
 どういう位置付けにあるのでしょうか?

 マナーやモラル、はたまたルールに抵触する行為は他にも色々あります。

 助言や、駒を手の中に握り込む行為。ソフト指し、本を見ながら指す行為。
 局中感想戦(自分に対局中に隣の感想戦に加わる人も)、空咳に駒の空打ち。

 やたらと時計のボタンを押し続ける人もいれば、対局中に漫画や小説等を読む人もいたりします。

「あの人は空咳をよくする人だ」とか、そういう人は時たま話題になる事もあるし、それを聞いた人は決して褒められたものではないと瞬間的に感じるでしょう。

 しかしこれまでに町道場や大会会場で、『故意の角不成』についての話が出た事という記憶はあまりありません。僕自身の経験ではこれまでに二、三度あったくらいかと思います。

 でも一旦話題となれば、やはりその行為は褒められたものではない事は暗黙の了解的にその場にいる人は感じるでしょう。そう考えると『空咳』レベルなのかも知れません。(ちょっと、この~レベルについてはあまり深くは考えていませんが……)

(結局の所、その場では『ムッ』として、だけどその後では忘れていまうようなレベルと言えるかも知れません)

『故意の角不成』常習者というのは、「民度が低い」と言えばいいのでしょうか。この民度については、生活水準のようなものではなく、ネット用語的に捉えた方が分かり易いかと思います。

 空咳はネットではやりようがないし、当然禁止のしようもないし必要もない。
 だけど『故意の角不成』は、まさにネット将棋独特の悪習です。

 だからこそネット将棋の運営者には、『故意の角不成』が横行する現状を踏まえ、そして環境の改善を考える責任があるーーそう思い至りました。

 繰り返しますが、これはアイディアです。

 これを読んでいる貴方。貴方の先見性が問われています。(大して読む人はいませんが……)

 なんて妙な煽り方をしてみます。

 僕自身がようやく最近になって思い付いた事で、「先見性がなかったな……」と思っている所ですが。

 自分の先見性が問われている、と考えて下さい。
 この意見に賛成しておけば良かった、後になって思うかも知れません。

 別にそんなものに賛成しておいたからと言って、後になって溜飲を下げるというのは所詮は自己満足に過ぎないものですが。誰に対して何の証拠もないものですし。
 だけどそういう事を意識して生きている人は結構いるんじゃないでしょうか?

 ソフト指しが何故いけないのか?
 真面目にそれが分からない人だっているようです。

 ある意味「文化が違う」と言えるかも知れません。

『故意の角不成』について、やってる殆どの人に好意は無い筈です。棋譜としての意味もありません。
 しかし野放しにしておく事によって、そうした将棋を日常的に見る初心者や子供が、慣れたり疑問を持たずに受け入れる可能性がある。
 ある種の「おかしな文化」を生み出す温床となるかも知れないのです。

『故意の角不成』をなくせるものならなくしておくに越したことはないと思います。「民度の低さ」を生み出す要素をわざわざ残す必要はないでしょう。それが業界の良心ではないでしょうか?

 良識ある人ならばそういう方向で考えるべきかと思います。

 仕様として角不成を出来なくするとしても、終盤では打ち歩詰関係で必要な場面もあります。何手目までだったら絶対に有り得ない、という研究は出来るでしょう。具体的に何手まで伸ばせるものか即座には何とも言えませんが。
 流石にコンピュータにその判定をさせて、必要な時に自動的に「成・不成」の選択が現れる、というのはやり過ぎだと思います。それでは不成が正解である事が分かってしまいます。どちらか怪しい場合に現れるようにする、というのは中々難しいのではないかと思います。
 プロの実戦にも、不成の直後に詰むわけではなく打ち歩詰を避ける事によって攻めの継続を図ったという非常に難しい将棋も実際に現れました。

 これを読んだ方(少ないでしょうが……)には、そういった諸々の事柄をよく考えて頂けたらと思います。






Last updated  2017.12.04 00:50:10
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2017.11.13
一つ過激な提案をしてみます。

 ネット将棋で見られる現象(?)ですが、角不成をわざわざ日常的に行う人達がいます。

 こういう人達は会員停止にすればいいのではないかと思います。

 これは一つのアイディアであり、今まで(多分)誰もこういった発言はしなかったのではないかと思います。

 角不成と飛不成と歩不成、この3つは終盤で打ち歩詰に関わる局面が出現しない限りは棋譜としての意味が全く無い手です。(代表して『角不成』を取り沙汰する事にします)

 他にこの種の不成が有効な状況が全くないでもありませんが。例えば、リアルな将棋においては切れ負けの終盤などにおいて駒を裏返す手間すらも省いて時間を減らさないようにするという手段はあります。
 他にも不成を使う理屈はある事はありますが……ちょっとそれは敢えて書きません。どのみちちょっとした『狡い(こすい)』テクニックであって、推奨できるものではないと考えています。

 今ここで言う角不成は、序盤での角交換などを示すものです。

(先に述べた終盤での駆け引きや手段とは無関係の全く意味の無い行為です。先述のテクニックも別に褒められたものではありませんが)

 意味が無いなら、ルール上は何の問題もないわけだし、別にそこまで目くじらを立てるような事でもないのではないかと思われるかも知れません。
 僕自身、この『会員停止』という事を思い付いたのが数日前です。
(だからこそ『アイディア』であるわけです)

 だけど、ルールで定められていないなら何をやってもいいのでしょうか?

 間違いなく角不成には悪意があります。

 大袈裟な言い方かも知れませんが、少なくとも好意ではない。

 角不成にマナーの良さを感じるでしょうか?

 そして、角不成が禁止されたからといってそれで将棋やネット将棋をやめる人が果たしているでしょうか?
 それが当たり前になれば、今までやってた人達も「そういうものか」と思って、角不成をやめて将棋を続けるだけではないでしょうか。

 だから角不成は会員停止でいいと思います。
 勿論、たったの1回で停止にする必要はないでしょう。事前に充分に知らせた上で、一定の回数で停止でいいでしょう。
(会員からの報告を受けて棋譜を調べて、『悪意の不成』を確認して、という流れでしょうか)
(それから永久に停止でなくとも、20日間経過したらまた復帰といったような感じでいいような気がします)

 角不成など、ちょっとした挑発や相手を小馬鹿にした程度の行為かも知れませんが、そのちょっとしたを放っておく事が良くないのではないかと思います。
 角不成を見て、初心者や子供がそれを普通に取り入れていく……徐々に良くない習慣が浸透していく。

 角不成はネット将棋が生み出した悪しき習慣ですが、どんな世界でも膿のような良くないものはあるものです。
 将棋においても、持駒を手の中に握りこんだりする行為は江戸時代からあります。賭け将棋も元々は将棋が賭け事として定義されていましたし、今でも少額を賭ける行為はあちこちであるでしょう。
 とにかく賭け将棋の殆どが町道場から姿を消して、将棋界はかなり綺麗になったと言えるでしょう。

 角不成にしても、浄化できるならば浄化すればいいのです。
 そういうものが業界の良心ではないでしょうか。

 角不成を生んだのはネット将棋であり、ネット将棋の功罪です。だからネット将棋の運営者が責任を取るべきだと思います。

 そして繰り返しますが、角不成を禁止されたからといって誰も困らないのです。

 この考えが広まり、賛同してくれる人が増えてくれる事を願います。新しい常識にしたいと思います。

P.S. 思えば、棋士を『アスリート』と呼ぶ考え方は20年近く前に提唱していました。今でこそちらほらそういった記述を見かけるようになりましたが、当時は変な目で見られていたように思います。この考え方も常識になってくれればいいなと思います。






Last updated  2017.11.15 14:23:13
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2017.05.19
アマチュア強豪の早咲誠和さんが「長い持時間の将棋の経験をしている人は感覚が鋭い」と言っていました。また河口俊彦老師が「プロは勝って勝って勝ちまくるから強くなる」と書いていました。

 その理論からいけば最強の将棋はタイトル保持者やタイトル戦経験者の中にある、という事になります。それも2日制のタイトル戦を戦っている棋士、となります。
 そして事実その通りだと思われます。

 しかし最近は周知の通り将棋ソフトが強くなりました。
 将棋ソフト、ソフト、コンピュータ将棋、コンピュータ、将棋AI、AI、人工知能……呼び方は色々ありますがまあ全て同じような意味で使われます。

 ソフトが人間を完全に超えた、と言うと異論を唱える人もいるかも知れません。まあその結論は先延ばしにするとしても、いずれは完全に超えてしまうと思われます。(永瀬六段説もありますが……)
 将来は自動運転のシステムが確立される、とか空軍のパイロットのシミュレーターでAIが人間のベテランパイロットに勝利した、といった話があります。それだけコンピュータが優れているという事であり、その分野がAIに敗北したからといっても決して底が浅いと悲観する必要はないという事でしょう。

 とにかく、これまでは一番将棋の強い人はタイトルホルダーでした。将棋の上達法は強い人と指す事なので、タイトル戦に出るのが最高の上達法でした(上達法、という言い方は語弊があるかも知れませんが)。そしてタイトルホルダーを目標としてその将棋に触れる。棋譜を並べてその感覚を吸収する。

 しかしこれからは更に上の存在がある……。

 藤井聡太四段もソフトを勉強に取り入れているそうですし、他にもそういった奨励会員はいるようです。

 AIによって人間の限界が引き上げられるのではないでしょうか?
 これからは必ずしもタイトルホルダーが最高の存在ではない……
 以前にはない勉強方法で強くなる棋士が現れてくるのではないかと思います。そしてそうしたレベルに達した棋士でなくては通用しない時代が来る。そんな気がしてきました。






Last updated  2017.05.19 13:36:51
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2015.04.14
 電王戦FINALが終わりました。

 結果だけを見るとプロ側の3勝2敗でしたが、色々と物議を醸しているようです……

 僕としても、もう団体戦としてはやってはいけないと思っています。

 第5局では21手で開発者の巨瀬氏が投了するという異例の終局となりました。ある意味有名な2八角の局面となった訳ですが、そこでこれ以上は指しても無駄という判断での投了でした。

 どうにもこれはお互いに気の毒だなと思いました。

 天下のA級棋士がこんな手に頼らなくてはいけないという事実。

 3勝1敗以上で勝ち越しが決まっていれば、恐らくは他の指し方を選んだのではないでしょうか。2勝2敗で勝ち越しの責任がかかる状況だったから使ったのでしょう。

 持時間5時間の対局で、一体誰がこんな将棋を見たいと思うのでしょう?

 もう人間が挑戦者の立場だと自覚するよりないのではないかと思います。そう思ってる人は思っているのでしょうが、それを言えない、というか言わないスタンスを守っている以上はそうした余計な責任を背負ってしまう事になります。

 負ける事が許される空気の中で正々堂々とぶつかってこそ良い棋譜が生まれるでしょう。

 そうでなければ、ファンの期待する将棋を見せる事はもう出来ません(別な意味で別な期待通りの将棋を見せる事は出来るのかも知れませんが)。

 実は今回はどちらの振り歩先だったのかを知らないのですが、昨年の第3回はその前の第2回で負け越しておきながらプロ側の振り歩先でした。こういう所からして何か間違っていると思います。

 別に人間が研鑽を怠って来たという訳ではありません。

 それとは完全に違った流れとして、別世界の出来事としてコンピューターというものが生まれ、将棋ソフトというものが生まれた。

 その事にプロ側に罪はありません。

 だからもう認めるしかないのです。

 まだ完全に抜かれていない、とか羽生さんなら……とかそういった期待はあるかも知れませんが、数年後数十年後にはそんなものは吹き飛んでいる事でしょう。

 今ならまだ面白い勝負にはなるし、勝率は低くとも勝てる可能性もある。
 もっとコンピューターが強くなったら、その時の状態に合わせて条件を設定すれば面白くなる。

 連盟が何を恐れているかと言えば、プロの将棋に価値がなくなる事でしょう。

 ソフトの方が上ならば、わざわざ契約金を払って将棋を指してもらわなくても代わりにソフトの将棋を見ればいい、稽古もお金を払って人間にやってもらわなくてもいい……そうなる事でしょう。

 その価値観は世の中の人が決める事で、そうなったらなったで仕方がない。

 そうならないように、人間としてあるべき姿を考えるしかないでしょう。

 強さを認めずにその事実を捻じ曲げる方が信用を失うでしょう。






Last updated  2015.04.18 13:53:36
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2013.11.27
 森下九段が言っていましたが、某作家に言われた事で、コンピューターと対局しても次のような条件だったら人間が勝つという話でした。
 次の条件と書いておききながら、その条件がどうだったか、実は忘れてしまったのですが……

 とにかくやたらと時間の長い将棋です。1手に1日とか3日とかかけて、秒読みだったか終盤にだったか、1手に何十分だったか何時間だったか? そのくらいかけるという事です。

 そういう将棋だったらまだ人間の方がコンピューターより強い、という話ですが、まあこんな対局が実現する事はないでしょう。

 およそ勝負という観点からでは話になりません。

「私もその条件だったら負ける気がしません」
 と森下九段は言っていました。

 まあその条件でも負ける人は負けるし、言いたい事は何となく分かります。見落としをなくして、終盤も間違わずに正確に指せれば、まだ人間の方が強い。
 構想力とか、序盤を創るという感覚、そういったものはまだまだ人間の方が上だという事でしょう。

 コンピューターの序盤なんてものはそれこそ受け売りであって(100%そうとも言い切れない部分もありそうですが……)、上手さがある訳ではありません。

 ただこういった考え方では、人間同士ででも序盤の優れた棋士が強くて優れていて、終盤型の棋士の評価はガタ落ち、という事になります。完全に否定されると言ってもいいでしょう。

 将棋は逆転があるからこそ面白いとも言えるし、勝負強さというものが培われるのもそうした競り合いがあってこそでしょう。
 ただ対コンピューターにおいては、リードされて終盤に入るという事が致命傷になる訳で、そこでそういった有り得ない条件の話とかが出てくるのでしょう。
 とにかくそんな条件では勝負からは逸脱していて、完全に検討とか研究とかの世界になってしまいます。

追記:それから条件として、将棋盤と駒を使って動かして検討してから着手する、というのもありました。コンピューターは読む時にそれが出来るのに、人間は頭の中で読むから不公平だという話でした。コンピューターの発達と人間の能力の限界を考えた上での「何が対等の条件か?」というテーマの、決してふざけた話ではなく真面目な話ではあると思います。

 ただ「負ける気がしない」では、それは対等な条件ではないという事になる気がします。勝つか負けるか、というギリギリのラインが対等という事になるのではないでしょうか。






Last updated  2013.11.27 10:44:01
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2013.09.26
 だいぶ前の話ですが、某県内強豪氏が「コンピューター将棋は『受け』が得意」だと言っていました。僕はその言葉を聞いて初めてその認識を得ました。

 その当時は、コンピューター将棋もだいぶ強くはなってきたけれど、まだまだ穴は多くてプロを脅かすというイメージはなかったような気がします。その少し後にアマ竜王戦に激指が出場したような気がしますが……ちょっと記憶が不正確です。

『受け』というのは相手の手に対応していればよく、『攻め』にはある程度の創造性とか構想力が必要、というのが理由なのか、ハッキリとは分からないけれどとにかくそういうものだと思っていました。
 なかなか攻めてこなくて、一人千日手を繰り返すような特徴を見受けられました。

 それがいつの間にかコンピューター将棋は『攻め』が得意になってしまいました。

 それはやはりボナンザの登場以来なのでしょうか。そこら辺の事情をずっと追いかけてきた訳ではなく、正直な所分からない事だらけなのですが。

 今の所持ち合わせている知識ではそうとしか思えなく、ボナンザの登場というのは実に絶大な影響を与えたのではないかと今になってそんな気がしています。

 とにかく、将棋ソフトの『性格』というものがえらく変わってしまいました。

 あるソフトの登場によって、今迄とは違った発想による作り方が知られてそれによって全体が大きく影響を受けて飛躍的にレベルが上がるといった事があるようです。

 金沢将棋(極)、東大将棋(IS将棋)、などがそういった影響を与えたソフトとなったのでしょうか? 他にも並び称されるべきソフトがあったのか、具体的にその後にどういう影響を与えたのか、僕は正直言ってよく分かっていません。
 ハッキリ言って当時は全く気にしていませんでした。

 そうした転換期とかターニングポイントとか……これでは同じ言葉ですか。見方によっては特に大した話でもないのかも知れませんが、とにかくそうした変遷だとかそういったものを書き記しておく事に何かの意味もあるかも知れません。
 忘れ去られてしまうかも知れないし、自分自身の記憶も曖昧になってしまうかも知れない。
 未来の人は、最初からコンピューターの方が人間よりも強かったと思うかも知れない。

 色々な変遷があって性格も変わって、そして現在は部分的には、完全に人間を凌駕する存在として、人間の上に少し浮いた状態でいるようなイメージです。

 しかしどこまで行っても人間の上には位置しても、『神』とは成り得ない、そんな感じです。そこに到達するには、また何か新しい発想、何か革命的なものが必要なのではないでしょうか。






Last updated  2013.09.26 19:50:43
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2013.08.30
 先日指したソフトとの将棋です。
 どうでもいい将棋だと思っていたのが、後になって布団の中で詰手順とか考えていると眠れなくなってきて……再現しようとしたら、どうも歩の数が合わないような気がするのですが……こんな事なら棋譜を保存しておけばよかったと後悔しました。

 某ソフトですが、最強クラスの物とは比べ物にはなりませんが、まあまあ強くて手を焼いています。

 時間が無制限なので(どうも自由対局以外は時間の設定が出来なくて、融通の利かないゲームだと思っています。負ける時は必ず粘りまくって駒を捨てまくった挙句に1手詰まで指すという、あまり質が良くない方です)、いくらでも腰を落として考えようと思えば考えられるのですが、我ながら方針が一貫していないいい加減な指し方でした。

 図は、完全に押さえ込んでいた所から動いてみたら、読んでいない手を指されて包囲網が破れてしまった、といった状況です。

boukyokumen

▲4四歩 △同 飛 ▲4五歩 △2四飛 ▲3二龍 △4六銀
▲1五歩 △5一金 ▲3一龍 △6二銀 ▲4三角 △4七桂

 4四同銀でもそれ程自信はなかったですが(流石に瞬間角得なので悲観的だったかも)、2四飛とぶつけられてしぶしぶ3二龍。4六銀と先に銀を取られて、角か金のどちらを取るか迷いましたが角の方を。この後の3一龍は実にいい加減な手で、とても正しい手だとは思っていません。4一歩と受けられるとまずかったような気がします。

 6九金の形だったらなあ、と思っている所へ4七桂がきました。

kakunoshoti

▲4八角 △3七歩成 ▲同 角 △同銀不成 ▲2五歩
△4二歩 ▲2四歩 △4三歩 ▲3二歩成 △4八銀不成▲4二と
△6一金 ▲2一飛 △4六角

 2五歩と突いても2二飛と銀を取られてどのみち1枚損をします。どこで角を取らせるべきか迷いましたが、3七歩成、同角、同銀とは「はあ、こんな手でいいのか……」とボヤきながら指しました。
 4二歩と指されて角2枚と飛1枚の交換です。2二の銀は場合によっては3三から活用するつもりでしたが、結局最後まで残ってしまいました。

 先に4四歩を入れるか迷いましたが、単に3二歩成。
 脅しをかけたつもりの2一飛に平然と4六角。何だか足元を見られている気分です。

heizen

▲9五歩 △同 歩 ▲9三歩 △同 香 ▲8五桂 △3五角打

 この端からのアヤのつけ方は、あまり読まずに指しています。3一龍も相手に委ねたような感じの手ですが、ここも似ていると言えば似ています。

 3五角打でいよいよ自玉に詰みが見えてきました。この局面は9五香で簡単に良いだろうと思っていたのが、9四歩と受けられると容易でない事に気付きました。

ryuukiri

▲6一龍 △6八角成 ▲同 金 △6一銀 ▲同飛成
△6八角成 ▲同 玉 △5七金 ▲7七玉 △7九飛

 1一銀と香を取ろうかとも思いましたが、 露骨な5七銀成に6九香が受けにならない事に気付きました。

 よくよく読んでみると6一龍と行けるのではないのか、と思いました。直感的にそれは詰みだと思っていましたが、どうやらこれで勝っているのではないのか、と。

 しかしこの手は大会で30秒の秒読みとか切れ負けで残り5分とかそういった状況では指せないと思いました。いや、思い切って行くのかも知れませんが。コンピューターに対しても怖い手です。

 6一龍と指して、ソフトの反応を見ると直ぐには指さない。やはり詰みはないな、とカンニング的に自玉の安全を確認していました。

 6八角成を入れて6一銀とは変わった手順だなと感じました。5七金と打たれて、逃げ方が色々あるなと思いましたが、何となく上へ。そして7九飛と打たれて、ここでも勝ち方が何通りもあって迷いました。

aigoma
 
▲7八銀 △7一金 ▲9四桂 △同 香 ▲9三角 △同 桂
▲同桂成 △7三玉 ▲7一龍 △同 銀 ▲8五桂 △8四玉
▲9四成桂 △同 玉 ▲9三金 △8四玉 ▲9四金打 △8五玉
▲8六歩 まで

 何を合いしてもよさそうだし(金は流石に使い辛いですが)、8六玉とかわしてもいい。人間相手なら8六玉を選んでいたでしょう。

 しかし7五金、同歩、同飛成、9七玉、9六歩、8八玉、9七歩成以下しばらく手が続きます。ソフトの癖で必ずそれをやってくるだろうと思いました。それよりも合いをすれば早く手番が回ってくるという、ただそれだけの理由で合駒をしたのでした。

 そしてようやくの受けに回る7一金。ここで若干の違和感を覚えました。が、その時は深く考えずに詰ましに行きました。

 今その違和感の正体が分かりましたが、それは詰むのに7八同飛成のようにいつもやる手数伸ばしをしなかった事です。それを考えると、8六玉とかわしても7五金と打ってきたかどうか分からない事になります。

 さてここからの詰手順ですが、9四桂でも9三桂成でもどちらでも詰みだろうと思っていました。
 9三桂成以下の一例を挙げると、同玉、9五香、9四歩、同香、同玉、9五歩、同玉、9六香、同玉、8六金、9七玉、8八角、9八玉、8九角、同飛成、同銀、同玉、9九飛、という珍しい手順もあります。

 本譜の9四桂の方が分かり易いだろうと思ったのですが、9三同桂成に7三玉を軽視していました。

 単に8五桂でも、以下8四玉、9三成桂、同玉、9五香、8五玉、8六歩で詰みだろうと思っていたんですが、どうもこれがおめでたい感覚のようでした。

 7一龍と金を補充出来る事に気付いて、単に8五桂でもどちらでも良いと思いながらの7一龍だったのですが、後になって単に8五桂の後を読んでいると、これがなかなか詰まない……
 それが眠れない原因となったのでした。

 今見ると8五桂、8四玉、9四成桂、同玉、9五香、8五玉に8六歩ではなく8六香で以下9五玉、9六歩、9四玉、8五角、9三玉、9四金、9二玉、8三金、同玉、7四角、同玉、7一龍、7三金、7五歩、6三玉、7四金、5三玉、7三龍の順で詰んでそうですが、ちょっとこれは持時間のある将棋で指せるかどうか……という感じです。

 くだらない将棋に局面図を多用してしまいましたが……色々考える材料はあるようです。






Last updated  2013.08.31 16:17:51
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2013.07.26
 谷川会長がコンピューターとの対戦について「タイトルホルダーを出すのは、まだ、かなり先のこと」と語っていました。
 どうもこの言葉の真意はどこにあるのか、やや首を傾げるものがあります。

「今が一番拮抗した時期」「たとえば5年くらいコンピューターと対局しないでいて、コンピューターの方が圧倒的に強くなってしまったら話にならない」とも言っている訳ですから、そこからどうして『タイトルホルダーがまだかなり先』となるのでしょう。

 三浦八段が敗れてしまっては、もうその上はタイトルホルダーしかないのです。

『かなり先』とは『永遠に出さない』という意味なのでしょうか? それなら分からない事もないですが。

 タイトルホルダーが1年間準備すれば勝てるのでしょうか? そうなのかも知れませんが、その1年後がギリギリの所と言ってもいいくらいだと思います。コンピューターの進歩は目覚しいですから。
 かといって、すでにタイトルホルダーがその研究を始めている訳でもないでしょう。

 今迄のスローペースからいって、第3回電王戦が来年、それにタイトルホルダーが出ないとして、第4回が再来年……
 そんな事をやっていたら、ことごとく負けるだけだと思います。

 まずは女流棋士を出して、次に引退した前会長、そして現役棋士、と段階を踏んでいって、順番にことごとく敗れていっているのです。第2回電王戦は阿部光瑠四段が初戦に勝ちましたが、団体戦としては1勝3敗1分けで勿論負けた訳です。
 ずっと負け続けているのです。

 格下のプロを出しておいて、そこで勝っていれば勿論歯止めになりましたが、結局は段階を踏みながら順調に負けて、次を出さざるを得ない状況になっているのです。

 最初から全力を出して勝ちに行くべきだったのです。今更もう遅いですが、今後についても、腹を決めるしかないでしょう。

 タイトルホルダーを出さないと決めるならば、絶対に出さない。それを各人が「自分に回ってくるかどうか……」と逃げ腰になっていて、出る人に任せるという感覚でいてはいけません。出るならば、将棋界の総意として送り出す。いかなる協力も惜しまない、という態度で臨むしかありません。
 もはやそうしないと勝てないと思った方がいいでしょう。

 そして、それが出来る時間も限られているのです。






Last updated  2013.07.27 02:28:16
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2013.07.22
 先日のNHKの番組を観て、コンピューター将棋についての認識がまた少し変わりました。

 3つの駒の作る図形がどうのという話は、確か以前にも聞いた事があったのですが、その時は意味がよく分かっていませんでした。
 いや、今でもよく分からないのですが、少し目の前の視界が開けたような気分になりました。

 ボナンザが登場した頃に『全幅検索』という言葉を聞きましたが、その意味もよく分かっていませんでした。聞いた時には「なんだか、かえって負担を増やしているんじゃないのか?」と漠然と感じたのですが、恐らくはその『全幅検索』に図形の考え方がプラスされたものがセットになっていたのではないかと思います。

 数十万局に及ぶ過去の膨大な棋譜の中から、『勝利を呼ぶ図形』というものを見付け出して、その図形が多く含まれている局面を評価の高い局面とする……

 どうも、分かる人には未熟な説明のような気がするし、分からない人にとっては何を言っているのかさっぱり分からないような……まあ、構わずに続けます。

 まずは教材となる棋譜の存在が絶対的に必要となる訳で、決してルールさえ教えればあとは自動的にコンピューターの計算能力で答えを出してくれる、という事ではありません。
 詰将棋を解答する事に関してはそうなるのでしょうが、一局の将棋を指す能力というのは、その部分も含むけれどもそれ以外の割合の方がはるかに多い訳です。

 ようは、序中盤の人間でもよく分からない、明確に答えを示し難い局面において、いかに判断材料を得るか、そのために無理矢理にというか試行錯誤を繰り返して編み出した方法という事なのでしょう。

 ボナンザの登場によってある意味横並びになったとも言えますが、個々の開発者の独自の工夫とかがあり、ソフトによって細かな違いもあれば大きな違いもあるのでしょう。(コンピューター選手権では25分切れ負けという条件に合わせたりまたは対コンピューター専用の珍妙とも言える作戦がとられる事もあります)
 今後もまた新たな手方が編み出されて行くのでしょう。

 ただ、現状では人間の棋譜をベースにしているだけ、という見方も出来るように思います。
もし自身の思考を人間的な会話として説明出来るロボットがあるとして、そのロボットに将棋ソフトを内臓させた、そんな存在があったとしたら、そのロボットと将棋を指して感想戦をすれば

「この手は、羽生さんがよく指している形なので指しました」

 と言った具合に、むしろ人間をリスペクトする発言が頻繁に出てくるのではないでしょうか。

 入玉の将棋が苦手だったり、銀鋏みを理解していなかったりするのは、入玉将棋では特有のテクニックがありその考え方の切り替えが難しく、また人間の棋譜の教材が少ないために学習出来ていなかったり、そんな弱点も抱えています。

 そういう事を全く考えないで、単純に人間を超えてしまったと決め付けてしまうのはどうかと思います。

 それでも人間よりも強ければ、それで充分じゃないか、という事は言えますが。トッププロが勝率5%とかだったら、それはもう人間の敗北といっていいでしょう。

 ただ、コンピューターが神様の代わりになる、という事はまだまだ実現されないのではないかと思います。
 これは某掲示板に書かれていた事から思い付いた事で、コンピューターに人間が抜かれてしまって落胆するよりも、むしろ新しい希望というか楽しみ方の一つを見付けたような気分になっていたのですが、どうもそれの実現はまだ遠いように思いました。

 ようは、コンピューター=神、となるかどうか、という事です。

 神様と角落ちで指したらどうなるか? というテーマは昔からありました。香落ちなら負ける、角落ちなら絶対に勝つ、という感覚の棋士は多いのではないでしょうか。将棋世界の「イメージと読みの将棋観」でもテーマとして取り上げられました。
 角落ちなら自信はある、けど100番指して、90勝という人もいれば100勝、70勝という答えもあったように思います。

 そうした事はあくまで机上の話であって、実際に確かめようのない話でしかない筈だったのですが、コンピューター将棋の登場によってそれが現実のものとなるのではないかと思いました。

 そうなるとコンピューターにかなわないという絶望感よりも、むしろ楽しみが増える、という考え方もあってもいいでしょう。
 ただ、そうなるにはまだまだ遠いのではないかと認識を新たにしたのでした。






Last updated  2013.07.22 07:20:08
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2013.05.28
先日の名人戦第4局は森内名人の勝ちでしたが、羽生さんの負け方があまりにも不可解なもののように思えました。

3手目2五歩から結局あのような将棋になった訳ですが、3三~4二角のルートから7五歩と交換に行って先手が7九角から3五歩と行けば明らかに手損となるのは分かり切っています。いかに形の違いを活かすか、どのような作戦があるのか……と注目されていたと思いますが、変化出来ずに収まったようです。

その後も粘りを欠いた手順で一直線に手負け。1手は確実に違っていたように見えます。実質何手違っていたのでしょうか……?

粘っても結局は押し切られる事になり易いとも言えますが、本譜の順では素人目にも駄目そうに見えました。これが9時間の持時間で羽生さんが指した将棋なのか……? 一体全体、何が起こったのだろうか?

(勝った森内さんを褒め称えて、3手目2五歩を「すごい手を指した」などと異様なまでに持ち上げている人もいましたが、そもそも振飛車党にとっては何でもない手だし(まあ最近のゴキ中や角交換の振飛車ではそうとも言い切れないですが)、いくらでも対応の仕方はあるはずです)

人間には波があって当然だしたったの1局で何が分かるのかと言われそうですが、たったのあの1局で、何だかガラリと物の見方が変わったような感覚にとらわれてしまいました。

それは電王戦の事です。
羽生さんが電王戦で指す将棋を見てみたいかどうか、という事です。

今迄は、単純に考えればそれは『見たい』と思っていました。

実際問題、指すとなれば立場の事とか様々な事情で難しいものがあるだろうとは思います。簡単に実現するとは思えないけど、単純な話、羽生さんがコンピューターと指す将棋を見たいかどうかと言われれば、当然ながら見たいと思いました。

勝ち負けを超えて、どんな内容の将棋となるのか、純粋な気持ちで見たいと思っていた。それがあの将棋を見て、何だか非常な不安にかられるようになりました。

むしろ羽生さんは指すべきではないのかも知れない……恐ろしく失礼な発言になるかも知れませんが、そのようにすら思えてきてしまったのです。

しかし、今日になって別の考えが生まれてきました。

ひょっとすると羽生さんは、本気でコンピューターと指す気なのかも知れない、と。

第3回電王戦に自分の出番を意識している棋士もいれば、全くの蚊帳の外と感じている棋士もいるかも知れない。出る確率が高いと感じている人もいれば、全くないと思ってる人、絶対に断る、という人もいるでしょう。

羽生さんならば嫌でも意識せざるを得ない立場にある訳で、これは想像以上に深刻な問題だと思います。

あの変調(?)は本気でコンピューター対策を考えているから……そうなのかも知れません。本気でコンピューターと指す事を考えるなら、平静でいられるはずがない、とすら言えます。

単なる思い付きに過ぎない話ですが、もしかすると名人戦7番勝負が終了した後で衝撃の発表があるかも知れません。






Last updated  2013.05.28 21:27:20
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