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テーマ:車に関するお話(10441)
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HR31スカイラインは、当初4ドアのみのラインナップでスタートしました。
なぜ4ドアのみだったか理由は定かではありませんが この時期、ハイソカー(ハイソサエィー・カー)ブームがありまして 簡単に言いますと高級車、マークツー三兄弟(クレスタ、チェイサー) クラウン辺りのトヨタ車が大人気でバカ売れした時期でした。 日産ではセドリック・グロリアがクラウンの対抗車 マークツー三兄弟には、ローレルが妥当な所でしたが人気や売れ行き 等からスカイラインがやり玉に上がったのではないかと思います。 この為5ナンバーフルサイズの大きく重くなったボディー(当時としては) のおかげで、スカイラインに大ブーイング、走りを忘れたスカイラインからファンが離れかけた頃 2ドアクーペGTSが登場しました。 最終的に、マイナーチェンジでGTS-Xツインカムターボとなり、190psと言うスペックでした。 このGTS-Xは私も所有しておりましたが、速かったかと聞かれると、速く感じるだけで実際の所はそんなに速くなかった、が正解です。 HR31までの日産のターボは、いわゆるドッカンターボ。ブーストが掛かると豹変!急激な加速をするため、速いと錯覚するだけで実際の所は、後に登場するS13シルビアk,s(185ps)にゼロヨンでは負けてました。 話は変わってGTS-Rですが、当時行われていたレース全日本ツーリンガー選手権グループAに出場するための、800台限定のホモロゲマシンとして登場しました。 スペックはノーマルの190psから210psへと引き上げられ、ノーマルとの見た目の違いは、 固定式フロントリップスポイラー、リアウイングの形状、専用ボディーカラー(ネイビー単色) BBSアルミホイールと言った所。 それ以外では、メタルタービン、ステンレスエキゾーストへ換装されレースに耐える事が前提にされていました。 言ってみればレース仕様だったGTS-Rですが、それでもGT-Rの名は付かなかった悲劇スカイラインとでも言うべきマシンです。 レースでは、カルソニックが星野一義、リーボックが長谷見昌弘で出場、対抗馬はスープラ・ターボA、フォード・シェラが強かったのですが マシンの熟成がと共に最終的に総合優勝もしています。 スープラがの名前が出ましたので、次回はスープラで行きます。 スカイライン雑学 ・GTS-Rに乗っていた芸能人=北の国からに出演していた、吉岡秀隆 ・レーサー土屋圭一はRSターボが嫌いだったが、GTS-Xも嫌いだった。 GTS-Xの事を、コーナーでは『亀』、『タクシー』などボロクソ言っていたが R32GT-Rには叶わないと見るやいなや、大絶賛した ・特注トミカ スカイライン R31 パープル ・トミカ 星野一義ヒストリーコレクション(全6種) ・【ミニカー】エブロ[EBBRO] 1/43 ニッサン リコー スカイライン GTR Gr.A 1988 ・スカイライン お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.03.17 10:09:29
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