混沌の使い魔 第5話「外で食べているんですか?」そうロングビルが声をかけてくる。 「食堂の方は堅苦しくて性に合わないからな」 今いるのは食堂の外にあるカフェ席だ。ルイズは一緒に食事を摂るようにと言っていたが、堅苦しいので辞退させてもらった。代わりに食卓に有った物を少々拝借して席に運んで来ているが、もとが特権階級に対して出されているだけあって美味しい。こちらに呼び出される前はこんな手の込んだものは食べられなかったので尚更だ。それに、周りの様子の変化もその理由かもしれない。 服を着た、ただそれだけだが、広場での当事者とは気付けなくなったんだろう。人は目立った特徴の方を良く覚えているもので、その他の特徴は逆に目に入らなくなる。自分の場合は、上半身裸で刺青があるといった所だ。目立ちすぎるその特徴が服を着て隠れてしまったから気付かないらしい。服自体も一般的で、ほとんど目立っていない。おかげでゆっくりと食事ができる。 「そうですね。ああいった雰囲気だと食べていても美味しくないですよね」 そう微笑みながら、丸テーブルの真向かいに座る。 「それで何のようだ?」 昨日はなし崩しに一緒に行動したが、話しかけてくるからには何か理由があるんだろう。 「冷たいですね。用がないと話しかけちゃいけませんか?」 そう拗ねたように言うが、実際、何かあるはずだ。 「本当の所はどうなんだ?」 「……はぁ。話が早いと言えば早いんですけれど、もう少し愛想があっても良いと思いますよ?」 呆れたようにして言ってくる。 「自覚はしている。ただ、性分だからな」 昔はともかく、今は変わってしまった。 「まあ、実際の所を言うとですね、学院の人間が貴方のことを監視していたりするのは知っていますよね?」 顔を上げ、そう確かめてくる。 「……ああ」 教師以外にもいたが、素人だけあって勘のいい人間ならすぐに気付くようなものだった。 「気を悪くしないで下さいね。貴方のような相手が召喚されるというのは初めてだったんで、学院側としては仕方なかったんです」 苦笑しながら言う。 「……分かっている」 納得しているからこそ昨日までは黙っていたのだから。正体の分からない相手を警戒するというのは当然のことだ。 「それで、ですね、監視というのはやっぱりしばらくは必要なんで、昨日のことを報告した時にその役目を私がやることになったんです」 「そのことを本人に言ってもいいのか?」 「まあ、本当は良くないんでしょうが、昨日のこともありますしね。今更です」 自分でもおかしいと思っているのか、苦笑しながら答える。 「そうか」 まあ、裏でこそこそと探られるよりはその方が良い。 「それにですね……」 「何だ?」 「貴方に個人的に興味があるんです」 そう言いながら、上目遣いに見つめてくる。普段クールな雰囲気を持った相手がそんな風に見つめてきたら大抵の男は堕ちるだろう。俺も見つめ返し 「そんなに魔具が欲しいのか?」 「はい。それはもちろ……」 言いながら気付いたのか、固まる。 まあ、そういうことだろう。昨日は随分と興味を持っていたようだった。いきなり惚れるといったことがない以上、大体の予想は付く。色仕掛けのつもりだったのだろうが、生憎と慣れている。流石に何度もそれで死に掛ければ嫌でも慣れる。 「……えーと、その……」 言い訳が思いつかないのか目が泳いでいる。 「諦めろ。少なくとも色仕掛けは通じない」 「……はい」 うなだれる。 「とりあえずは監視に付くことになったということか。まあ、できるだけ問題は起こさないようにするから、そのことについては安心してくれ」 広場でのことはつい頭に血が上ってしまったが、もうそんなことはない。 「……あの」 叱られた子供のように小さな声で言ってくる。 「何だ?」 「……説得力はないかもしれませんが、貴方自信にも興味があるというのは本当なんですよ? ……確かに、魔具にというのが一番なんですが……」 言いながら俯いてしまい、最後は消え入りそうな声になっている。 「……別に気にしてはいない。まあ、渡すわけにはいかないが、昨日も言ったように見せる分には構わない。とりあえずはそれで我慢してくれ」 「本当ですか! ありがとうございます」 随分と嬉しそうに言う。魔具が好きということ自体は本当なんだろう。 ……嘘は見抜けても、あまり強くは出れない。こんなだから利用されてたんだろうな。 ◇◆◇ 「ご主人様との食事を断っておいて何デレデレしてんのよ。だいたい使い魔はご主人様に付き従うものでしょうが!!」 食堂の窓から外の席を覗き、随分と不機嫌そうだ。 「そうなの?」 自分も覗いてみるがそうは見えない。そもそも表情が変わっているのかも良く分からない。時々フレイムを通して見てみることもあるけれど、未だにはっきりと感情を表している所を見たことはない。顔は悪くないし、強いんだけれど、そういったところが何となく物足りない。 「……ご主人様より胸の大きい女と一緒なんて認めないわ」 吐き捨てるようにぼそりと言う。 ……それが本音か ざっと後ろを見渡してみるが 並、並、小、大、並、小でルイズが無と 「……無茶言っちゃ駄目よ」 正直、ルイズが勝てるのってタバサぐらいじゃないかしら? 「駄目ったら、駄目なの!!」 おもちゃを取られた子供のように言う。実際この子にとってはそんな心境なんだろう。子供を見るようで微笑ましいといえば微笑ましいが、彼にとっては大変かもしれない。まあ、彼も困った妹を見るような感じだったし、案外大丈夫なのかもしれないけれど。 「いいじゃないのそれくらい。ちゃんと言うことは聞いてくれているんでしょう?」 「……それは、そうだけど」 ふてくされたように言う。本当に子供のようで微笑ましい。もしかしたら彼もこんな心境なのかもしれない。 「それだけでもいいじゃないの。言うこと聞いてくれるだけでもすごいのよ。なんで従ってくれるのかも分からないぐらいなのに」 本当にそうだ。いきなり成体のドラゴンが使い魔になってくれるようなものだろう。もしかしたらそれ以上なのかもしれない。 「……そんなにあいつすごいの?」 信じられないといった様子だ。 「ギーシュに勝ったじゃない」 「たかがギーシュじゃないの」 即答だ。確かにその通りなのだが。 「……例えが悪かったわね。でも、本当にすごいのよ?」 どうやって勝ったのかを言えばいいのかもしれないけれど、魔法まで使えるなんていったら立ち直れないかしらね。 「……まあ、あいつがどうあれ、使い魔としてしっかりしてれば別にいいんだけれど」 そう口を尖らせて言う。でも、実際彼のことをどう思っているのかしら? 子供の独占欲みたいなものかしらね。 「彼は一応あなたの使い魔よね?」 「何であいつといい、『一応』なんてつけるのよ!!」 そう声を荒げる。 「細かいことには気にしないの。で、彼のことはどう思っているの?」 何だかんだで気にしてくれているし、少しぐらい特別に思っていたっておかしくないはずよね。 「……別に。ただの使い魔よ」 さっきまでとは違って、硬い表情だ。 「それだけ? ……詰まらないわね。でも、ま、それなら好きなことしてたっていいじゃない。ちゃんと言うことは聞いてくれるんでしょう? それだけでも感謝しなきゃ」 「ぁ、う――ぅ……。それは、そうだけど……」 納得がいかないのか、口を尖らせている。ま、自分でも良く分からないって所かしらね。 ◇◆◇ ルイズの部屋に様子を見に来たのだが、随分とご機嫌斜めのようだ。いかにも私は不機嫌ですといった視線を向けてくる。 「どうかしたのか?」 「別にどうもしないわよ。それより……、あんた、ミス・ロングビルと何話してたのよ? というか、いつ仲良くなったのよ?」 「ただ単に俺の見張りだとさ。それと、仲良くというよりも、俺が持っているものに興味があるんだろう」 実際そんなものだ。 「……持っているもの?」 不思議そうに首を傾げている。何となく小動物を思わせる。 「最初にお前が没収したようなものだ」 「……全部出しなさい。それで問題ないでしょう?」 さあ、とばかりに手を突き出してくる。 「そうわがままは言うな。子供……じゃないんだからな」 ルイズの体を見てつい言葉が止まってしまった。 「……どこを見て止まったのよ」 気付いたのか、感情を押し殺した声で言ってくる。 ――これは、下手に誤魔化さない方がいいのかもしれないな。どうせ聞きはしないんだろうから。 「……いや、小さいのが好きというのは案外多い。顔立ちといい、そういった人間には喜ばれるはずだ。――ああ、可愛げはもう少しあったほうがいいかもしれないな。ツンデレとか言うのが流行っているらしいが、実際問題、見て好きになるというのは……」 できる限り角の立たないよう言葉を選んで続ける。 ぐいぐい ルイズが体重をかけて押してくる。ドアの側まで押すと扉を開けて更に押し出し 「あんた今日は食事抜き。出て行きなさい」 そう一息に言うと音を立てて扉を閉める。 「……困ったものだ」 見た目通り中身も子供だ。俺なりに励ましたつもりだったんだが。 「また追い出されたの? ……たしか、前もなかったかしら」 廊下を挟んだ反対の部屋から扉を開けて、キュルケが声をかけてくる。 「ルイズは子供だからな。まあ、それが可愛くもある」 後ろの方を振り返りながら答える。 「……随分心が広いのね。嫌にならないの? 普通は怒るわよ」 呆れたように言ってくる。 「まあ、何だかんだで妹が欲しかったからか。もう少しぐらいは可愛げが有ってもいいのかもしれないが」 つい苦笑してしまう。たしかにキュルケが言う通り、昔なら多少は腹を立てたりしていたかもしれない。今はむしろ、微笑ましいというのが大きい。 「追い出されちゃったんなら外に行かない? 私もあなたとはゆっくりと話してみたかったのよね」 ◇◆◇ 「何であいつはあんなに生意気なのよ! 強いんだかなんだか知らないけれど、よりにもよってご主人様のむ、胸を見て子供だなんて!! しかも何! その手の相手には好かれる!? 喧嘩売ってるの!?」 そう一息に言って自分の胸に目をやる。 「…………」 胸に手を伸ばして ぺたん 「……ちょっとは、……あるもん。……いつかはちぃ姉さまみたいに大きくなるんだから」 コンコン 「……誰!?」 さっきのは聞かれていないだろうか? つい焦ったように答えてしまう。 「私です。学院長の秘書のロングビルです」 確かにこの声はそうだ。でも何の用だろう? 急いで扉を開ける。 「お忙しい所をすみません。今、お時間はよろしいでしょうか? 学院長がお呼びなのですが……」 丁寧に一礼して言う。 「……どういった用件でしょうか?」 緊張する。呼び出されるということは何かを壊すたびにあったが、この前教室を壊したときにはなかった。そのことかもしれない。 「……ええと、あなたの使い魔の彼のことなんですが」 言いにくそうに言う。 ……もしかしたら決闘騒ぎのことかもしれない。見ていないから詳しいことは知らないが、確か決闘は禁止されていたはずだ。 「……あいつは今いませんが」 つい声が硬くなる。 「ああ、彼はいなくても問題ありません。むしろいない時を見て来たんですから」 こちらの緊張を解くためなのか、つとめて明るくしているのが分かる。 「どういうことですか?」 決闘騒ぎのことならあいつがいた方がいいはずだが。 「……そうですね。詳しいことは学院長室で話しますから、来ていただけますか?」 少し困ったように答える。 「……はい」 本当に何なんだろう。 ◇◆◇ 「わざわざ休みの日に呼び出してすまんの。別に君がどうこうというわけではないから安心して欲しい。といってもこの雰囲気ではそれも無理かの」 少しおどけたようにして言うが、いつもとは違う。 「……いえ」 本当にどういうことなんだろう。オールドオスマンにはいつもの軽い雰囲気といったものはないし、部屋にいる他の教師達もどこか張り詰めた空気がある。そもそも、呼び出された時に教師達のほとんどが来ているなどということは今までなかった。 「まあ、今回呼んだ理由を単刀直入に言うとじゃな、君の使い魔についてなんじゃ」 「……あいつが何か?」 ここまで大事するようなことは思いつかない。決闘についてなら他の教師まで集める必要はないはずだ。 「……そうじゃな。君は彼についてどの程度知っておるかね?」 あまり見たことのない真面目な表情のまま続ける。 「…………名前だけ、ですね。」 言われて気付く。何も知らない。そもそもあいつは何者なのだろうか。ギーシュに勝ったという話を聞いたとき、所詮ギーシュだからそんなこともあるだろうと納得したのだが、そんなことがあるのか。あいつが魔法を使っているというところは見たことがないから変わった平民とでも思っていたが、平民が貴族に勝てるのか。召喚ができたという喜びで忘れていたが、最初にあいつを見た時のコルベール先生の様子もおかしかった。 「ならば、君から見て彼はどう見える? 怖いとか危険だとかは思うかね?」 少しだけ、いつものようなおどけた様子を見せて続ける。 「……別に。少し頼りないとしか。」 自分にとっての印象はそんなものだ。少なくとも、自分が見る限りはそうだ。 「……そうじゃな。例えば、君はもっとも強い生物は何だと思う?」 少し考えるような仕草をしてから、そんなことを尋ねてくる。 「……えっと、……ドラゴン、でしょうか?」 質問の意図は掴めないがそう答える。ゼロと呼ばれる自分であるが、ドラゴンのような使い魔を呼び出せることをずっと夢見てきた。 「まあ、それがこの世界の常識じゃな。しかしな、おそらく、彼はそのドラゴンですらたやすく上回るじゃろう。……エルフですら勝てんかもしれん。」 「……え?」 つい驚きをそのまま口に出してしまう。とてもそんな風には見えない。ましてやメイジにとって天敵と言えるエルフになど。 「驚くのも無理はない。が、たぶん間違いないじゃろう。生徒達によると先住魔法を使ったという話もあるしの」 信じられない。が、表情を伺ってもいつものような冗談を言うような雰囲気はなく、とてもからかっているようには見えない。 「まあ、実際の所良く分からんのじゃよ。人型に角という特徴から東方に伝わる『オニ』と呼ばれる亜人かと思っておったのじゃが、ミス・ロングビルの話によると異世界から来たとかいう話での」 「……異世界、ですか?」 思わず眉をひそめてしまう。何で異世界などという言葉が出てくるのかが分からない。 「こちらとしても良く分からんことばかりじゃ。そんな状態で君に知らせるというのもどうかと思っておったのじゃが、いつまでも知らぬままというわけにもいかんからな」 「……そうですか」 いきなりそんなことを言われても頭が追いつかない。 「それと、じゃ」 「……何でしょう?」 「彼については分からん事ばかりでの、こちらでも調べては見るが、君も何か分かったら知らせて欲しいんじゃ。頼めるかの?」 「そういうことでしたら、分かりました。……あ」 思い出した。 「どうかしたかの?」 「あいつが持っていた薬を貰っていたんです。それを調べれば何か分かるかも……」 「ふむ。見せてもらえるかね?」 「分かりました。今から取ってきます」 そう言って部屋を後にする。 「……彼女自身のことについては言わないんですか?」 周りに控えていた教師達の一人がそう尋ねる。おそらく、他の教師達も思っていることだろう。 「彼がそう言ったとしても、まだ単なる推測でしかないからの。それは確信を持ててからでいいじゃろう。ただし、このことは学院外には他言無用じゃ。良いな?」 教師達を見回し、そう念を押す。 ◇◆◇ 「……見つけた」 薬を持って行った後あいつがどこにいるかと探していたのだが、まさか今度はキュルケなんかとカフェにいるとは思わなかった。 「ちょっと! 何、キュルケなんかと一緒にいるのよ。そんなに胸の大きな女が好きなの!?」 思わず声も荒くなってしまう。 「いや、関係ないだろう。胸のことを気にしすぎだ」 何でこいつはどんなときでも冷静なんだろう。でも、今は何よりも聞かないといけないことがある。 「それよりも、あんた魔法が使えるの!?」 バンッとテーブルに手を叩きつけながら尋ねる。それなのにこいつときたら 「……言ってなかったか?」 淡々と。 「聞いてないわよ!! なんでご主人様を差し置いて魔法が使えるのよ!?」 そうまくし立てる。周りから視線が集まっているが、そんなことは気にしていられない。 「お前も使えるじゃないか」 持っていたカップをテーブルに置くと、こちらを向いてそう言ってくる。 「……何をよ?」 魔法なんかを見せた覚えはない。 「爆発」 「喧嘩売ってるの!?」 思わずまた手を叩きつけてしまう。キュルケは呆れたようにしているが、今はそんなことは気にしていられない。 「いや、あれはちゃんとした魔法だ。……といっても暴発に近いみたいだけれどな」 「……何を言っているのよ?」 言っていることの意味が良く分からない。 「……そうだな。まず、お前の属性が虚無とかいうものじゃないのか?」 少し考えるような仕草をしていたが、そうこちらに対して確かめるように言ってくる。 「そんなわけないでしょう。虚無は伝説のもので……」 人とは違うといっても、まさかそんなことがあるとは思えない。 「まあ、虚無がどういったものかも分からないからな。……とりあえず、使い方を分かっていないようだから、見せたほうが早いか」 そう言うと立ち上がる。 「……どこに行くのよ」 「とりあえず、誰にも迷惑をかけないような広い場所はないか?」 顔をこちらに向け、そう言葉にする。 ◇◆◇ 「ここならわざわざ誰も来ないけれど……」 今は召喚を行った草原に来ている。何もない場所で、誰かが近付いてきてもすぐに分かるから何をしても危険ということはないはずだ。でも、 「何でキュルケまで付いて来るのよ。あんたには関係ないでしょうが! それに、ミス・ロングビルまで!」 「何でって、面白そうだからに決まっているじゃないの」 何を当たり前のことをといった様子だ。 「私は一応は見張り役ということになっていますし、来ないわけにはいきません」 胸に手を当てそう述べる。確かにキュルケはともかく、こちらには納得できる。 「……うー。……まあ、いいわ。で? ここで何をするのよ?」 シキの方に目を向ける。 「来る前に言った通りだ。お前は魔力の使い方が分かっていないせいで安定していないみたいだからな。実際に見せてみようと思っただけだ」 「どういうことよ?」 さっきもそうだったが、言っている事の意味が良く分からない。自分の魔法は失敗して爆発しているだけで、そんなにどうこう言うものではないはずだ。 「まあ、見てみろ。それと、念のため後ろに下がっておいた方がいい」 こちらに対してそう言うと、前の方に出て行く。 「……分かったわよ」 見せるというのなら見てから言えばいい。何をするのかは分からないが、まずは見てからだ。魔法を使うのなら、どんなものなのか見ておきたいと思っていたから丁度いい。 「良く見ておけ」 そう言うと手を前に掲げる。 「……え"っ?………」 シキの方を見て、思わず貴族らしくない声が出てしまった。でも、それも仕方がないと思う。ディテクトマジックなんかを使わなくてもすぐに分かる。あいつの周りにありえないくらいの魔力が集まっている。見ると他の二人も目を見開いているのが分かる。 「――メギド――」 そう呟くと手を向けた先の地面に紫の光が集まっていく。激しく輝く光を中心に周りをはっきりと目に見える魔力が渦巻いているのが分かる。あんなものは見たことがない。そもそも、あれだけの魔力は人に扱えるものじゃない。呆然とその様子を見ていたのだが、不意にその光が中心に集まって、一気に弾ける。 「な、何!?」 思わず目を覆ってしまう。他の二人も口々に何かを言っている。 「……う、うそ……」 本当に驚いたようなロングビルの声が聞こえる。私も恐る恐る目を開いてみる。 「…………」 思わず息を呑む。 光が弾けたところを中心に、大きなクレーターができている。あんなものはありえない。確かにファイヤーボールなんかで地面を吹き飛ばしたりといったことはできる。ただ、それはあくまで吹き飛ばすだけだ。周りに土砂だって吹き飛ぶ。 だが、あれは違う。光があったところを中心にスプーンでえぐり取ったように綺麗に消滅している。それなのにクレーターの周りの草は焼け焦げてすらいない。一体どうやったのか、想像すら付かない。 「どうだ?」 こちらを振り向いて尋ねてくる。 「何なのよ!? 今のは!?」 思わず叫んでしまう。 「何って、お前が使えそうな魔法だ。何か感じなかったのか?」 「……少しはそんな気も。じゃなくて、威力が全然違うし、そもそも先住魔法じゃない!! 使えるわけないでしょうが!!」 確かに何となくだが似ているような気はした。でも、それとこれとは別だ。あんなことができるとは思えない。 「練習でもすれば使えるんじゃないか?」 それなのにあいつは、気軽に言ってくる。 「先住魔法は普通の人間には使えないの!!」 そんな様子につい怒鳴り返してしまう。 「……まあ、どういうことなのかは良く分からないが、やってみたらどうだ?系統的には似ているはずだ。それに、ルイズ、ここに来る前に言ったようにお前のは暴発に近いはずだ」 「……どういう意味よ?」 失敗ならば分かるが、暴発というのは分からない。 「勉強して覚えたものじゃないから伝えるのは難しいが、お前のは形になる前に爆発しているんじゃないのか? 作るべき形がイメージできれば少しは形になるかもしれないと思ったんだが……」 困ったようにこちらを見ている。 「……やってみる」 もし言う通りなら、やってみる価値はある。ああいった形の魔法ということなら、もしかしたら私にもできるかもしれない。似ていると感じたことも気になる。 ◇◆◇ 「さっきのはすごかったですね。あんなのは初めて見ました」 そうロングビルが言ってくる。興味津々と言った様子だ。 「ええ、火の属性かとも思ったけれど、あんなことはできないわ」 キュルケが続ける。こちらも似たような様子だ。 「あれは万能魔法と呼ばれるものだ。まあ、原理が分かって使っているわけじゃないから全てが分かるわけじゃないが、虚無とかいうものに近いんじゃないかと思う」 今はロングビルが魔法で椅子とテーブルを作ってくれたので、そこでルイズの起こす爆発を見ている。こちらとしては、そんな便利な魔法の方がすごいと思う。錬金ということらしいが、本当に何でもありだ。 しばらくはそこで話をしながら眺める。不謹慎かもしれないが見ていてなかなか面白い。そこかしこで爆発が起きているが、たまにルイズも巻き込まれているようだ。 「……できないじゃないの」 落ち込んだようにこちらに歩いてきたルイズが言ってくる。 「随分ぼろぼろになったわね」 そうキュルケが言うが、本当にそうだ。全身が煤だらけだし、スカートなんかは半分なくなっていてひどい有様だ。それでも怪我をしていないあたりは流石だが。 「具体的に教えるということはできないからな……。まあ、手っ取り早く使えるようになる方法もあるにはあるが」 確かにあるが、とてもお勧めはできない。 「あるなら先に教えなさいよ!!」 怒り出す。他の二人も興味があるようで乗り出してくる。 「……副作用みたいなものがある」 まあ、どちらかと言うと魔法が使えるようになるというのが副作用なのかもしれないが。 「いいわよ、ちょっとぐらいなら。で、どんな副作用があるって言うのよ」 急かしてくるが、本当にお勧めできない。 「たとえば、印みたいなものが体に表れる」 「どういうことよ?」 眉をひそめる。ルイズ以外の二人も同じような表情だ。 「まあ、分かりやすく言うとだ。俺みたいになる。頭に角が生えたりとかな」 それを聞いて俺を見ると 「却下よ。他にはないの?」 そう断言する。他の二人からも口々に「……それはちょっと」といった言葉がもれる。……まあ、分かってはいたが。 「……なら地道に練習するしかないな。――ああ、そうだ。実際に戦ってみるというのもあるな。なんなら俺が相手をしてもいい」 戦いというのは集中力を高めたりといったことには良い経験になる。少なくとも何かのきっかけぐらいにはなる。なにしろ、自分がそうだったのだから。 「……ルイズじゃ無理よ」 キュルケが言うが、それにはロングビルも同意してくる。もちろんルイズは反発してくるが。 「まあ、そうだが……別に怪我をさせるつもりはないからな」 練習相手としてのつもりだ。それでも、実際に戦ってみることで分かることもあるはずだ。 「……なら私達も加わるというのは? それくらいしないと形にすらならないでしょう?」 横からキュルケが乗り出してくる。 「私『達』って、私もですか?」 ロングビルが驚いたように尋ねるが、キュルケはもちろんと頷く。 「三対一ぐらいが妥当か……」 それくらいが丁度いいのかもしれない。 「なら……」 そうロングビルが言ってくる。 「なんだ?」 「勝ったら賞品があるというのはどうでしょう?」 上目遣いに見てくる。言いたいことは、まあ、大体分かる。 「賞品って?」 キュルケも興味を持ったようだ。 チャラ 「これシキさんに貰ったんです」 そう言って、胸元のペンダントを示す。 「……素敵ね」 キュルケもこちらを上目遣いに見てくる。……なぜかルイズは睨みつけてくるが。 「……まあ、構わない。そうだな、俺に攻撃を当てられたら勝ち、できなかったら俺の勝ちでどうだ?」 ルイズにはいい経験になる。それくらいはいいだろう。それに、当たらなければいいだけのことだ。 「……随分余裕ね。でも、まあ、自信過剰ってわけでもないのよねぇ。それと、私達だけに賞品があるというのもなんだし、あなたが勝ったら私達を一晩好きにしていいというのはいかがかしら?」 そう意味ありげに流し目を送ってくる。 「ちょっと、何勝手なこと言ってるのよ!?」 ルイズが反発してくる。 「……ルイズはいいわ」 そう言うとキュルケはこちらに目を向けてくるが、ノーコメントだ。 「……私もそれで構いません」 意外なことにロングビルが乗ってくる。 「無理しなくてもいいんですよ? 私が言い出したことですし」 そうキュルケが言うが 「いえ、女は度胸ですから。それくらいのリスクはあって当然です」 誇らしげに言うが、正直、リスク扱いというのは微妙なものだ。 ◇◆◇ 「……準備は良いか?」 彼は特に構えるといったこともなく、自然体で立っている。と言っても、隙があるようには見えないが。それと、破れたら困るということで、最初の頃と同じように上着は脱いでしまっている。 ……それにしても、良く見ると、細身ではあるが随分と鍛え込まれた体だ。魅せる体ではなく、戦うための体。意味の分からない刺青も、戦いの為の装飾に見えてくる。 「ミス・ロングビル。打ち合わせ通りでいいかしら?」 そうツェルプストーが言ってくる。 「……ええ」 役割は分担した。私が土系統いうことで、主に足止めを。ツェルプストーは火の本分ということでその後の攻撃だ。ヴァリエールには期待していない。……ヴァリエールを鍛えるという目的とずれてしまっているかもしれないが、こんなチャンスはなかなかない。普通に勝つのは無理でも、当てるだけならどうとでもしてみせる。当然ヴァリエールは不服なようだが、最初は見てみることも大切だと二人で何とか説得した。 「ルイズは後ろに」 不服そうだがおとなしく従う。 「……まずは様子見」 そう言うとファイヤーボールを放つ。普通の人間が当たればただでは済まないだろうが、その心配はないだろう。だから遠慮なく行くということになっている。私はその間にゴーレムを作る。足止めということで、とにかく数を。 「……分かっていたけれど、あっさり避けるわね。当たる気がしないわ……」 そうツェルプストーが呟くが、全くだ。ほんの少し、体を半歩横にずらすだけであっさり回避する。私がどう足止めするかが勝負になる。 「……私が足止めしますから、なんとか当ててください。一分はもってみせます」 そう言って作ったゴーレムを前に進ませる。彼を囲ませるが、攻撃には移らない。とにかく動きを封じることが目的だ。先に壊されたらどうしようかと思っていたのだが、そこまでは待ってくれるようだ。別に馬鹿にされているような気はしないが、なんとか一矢ぐらいは報いたい。 「了解」 そう言うと呪文の詠唱に移る。 ゴッ 準備ができたと判断したのか、彼の拳が目の前のゴーレムをあっさりと砕く。……土で作ったとはいえ、あんなに簡単に砕けるものではないのだが。 「……やっぱり15秒ぐらいで」 15体作ったので一体一秒計算だ。できる限り補充はするが、あまりもちそうにない。 「もうちょっと頑張って下さい!!」 詠唱を中断して言ってくるが、文句は彼に言って欲しい。 「とにかく攻撃を! ゴーレムは補充しますが、このままだとすぐに尽きてしまいます!」 話している間にもどんどん潰されていく。補充が追いつかない。 「……分かっています」 そういうと炎の玉を作り出す。普通のファイヤーボールよりも小ぶりだが、数が三つある。とにかく当てるという目的なら良い選択だ。 「行きなさい」 言葉とともに炎が向かう。流石に無視するわけにはいかないということで、そちらに注意を向け、避け、もしくは素手で叩き落す。出鱈目な体だが、今はそんなことは気にしていられない。とにかくゴーレムを補充する。その間もツェルプストーは攻撃し続ける。誘導したり、フェイントを掛けたりはしているが、向こうの方がそういったことにも上手な様だ。決定打にはならない。 「なんとか動きを止めます。その時に当ててください」 攻撃が加わったことで、ゴーレムが壊されるスピードが落ちた。ほんの少しだが余裕ができる。ゴーレムを操りながらということで大したことはできないが、少し体勢を崩すぐらいならできる。 ズルッ 「……ぐっ……」 例えば、拳が当たる瞬間に足元で潰されたゴーレムを泥にしたり。離れた場所のものをすぐに変化させるということはできないが、もとが自分の魔力が通ったものならできる。倒れるとまではいかなかったが、体勢は崩した。 「今です!!」 思わずツェルプストーの方に叫ぶ。 「もちろん」 言われずとも分かっていたのか、ほぼ同時に攻撃に移る。今度は小さな火の玉ではなく、ファイヤーボールだ。普通のものよりは大きく、そして早い。今はゴーレムを潰そうと手を伸ばしていたので手は使えない。バランスも崩しているので避けられない。これで積みだ!! 当たる前に、彼は焦った様子ではあるが、息を吸い込むと炎に向かって青白い、氷混じりの冷気のブレスを吐きかける。向かってきていた炎をあっさりかき消すと周りのゴーレムにも向け、凍りつかせる。それなりに数が残っていたゴーレムだがそれでみな動けなくなってしまう。 「……口からって、ありですか……」 思わずそんな言葉が口からもれる。口からというのは正直予想外だ。ツェルプストーの方も唖然としているようで、動けないでいる。 今のは流石に危なかった。泥に変えてしまうのも錬金というものなのかもしれないが、使い方、タイミングともにうまかったと思う。だが、二人だけで頑張ってもらっても仕方がない。今回の目的はルイズに実戦を経験させることだ。ルイズに視線を向ける。目が合い、少し悩んだようだが、細長い指揮棒のような杖を構え、前に出てくる。 ――それでいい。とにかく向かって来い。 ドンッ 彼の側で爆発が起きる。流石に目の前でいきなり爆発が起これば反応できないのか、避けようとした様子はなかった。 「何しているのよ!! とにかく攻撃でしょう!!」 そうヴァリエールが言ってくる。いつの間にか前に出てきて彼に杖を向けている。その間にも爆発を起こしているようだが、命中精度が低いのかなかなか当たらない。 「ヴァリエールの援護を!!」 思わず叫ぶ。普通の魔法では当たらない。当てるなら予備動作のないヴァリエールの魔法だ。ツェルプストーもすぐに理解したのか、行動に移る。最初と同じ小さな炎の玉だ。それを使って一箇所に誘導しようとしている。私も負けてはいられない。もう一度ゴーレムを使ってとにかく動きを止めるために進める。 「ミス・ヴァリエールはとにかく数を打ってください。何とか一箇所に留めます!」 下手な鉄砲も数を打てば当たるはずだ。たった一発、それが当たれば勝ちだ。 「分かったわ!」 ヴァリエールも理解したのかとにかく魔法を放つ。全く関係ないところで爆発が起きたり、ゴーレムが巻き込まれていたりしているが、そんなことは気にしていられない。とにかく数だ。彼もそれには対処できないのか焦っているようだ。下手な鉄砲の話通り、足元で爆発が起きる。 ただし、『私達』の足元で 「「「え"っ?」」」 ドンッ ◇◆◇ 「………大丈夫か?」 上から顔を覗き込んでいた彼が心配そうに声を掛けてくる。 「………怪我は、ないみたいです」 上半身を起こして自分の体を見てみるが、確かに怪我はない。ツェルプストーもヴァリエールも同様なようだ。 「………まあ、惜しかったな。最初のバランスを崩す所はうまかったし、爆発の使い方も良かった。ただ、………運が悪かった」 彼はそう言うが、納得できるものではない。よりにもよって自爆など。 「………あの………ごめんなさい」 ヴァリエールが俯きながら言う。普段の勝気な様子はなく落ち込んでいるように見える。 「そう、気にするな。これは練習だったんだ。すぐに上達するというものでもない」 頭を撫でながら言う。まるで兄が妹を慰めているみたいだ。私もティファニアのことは妹のように可愛がっているから良く分かる。 「賭けのことは気にしないでいいから、あまり責めないでやってくれ」 彼が言う。――そんな言い方をされると何も言えなくなる。 「………ま、ルイズの爆発に頼った時点で運頼みだったしね。普通にやったって勝てそうもなかったし、仕方ないんじゃないの」 そう髪をかき上げながら言う。何だかんだで仲がいいんだろう。庇っているのが分かる。 「仕方ないですよね。私達の負けです。そろそろ暗くなりますし、学院に戻りましょうか? 汗をかいちゃったんでお風呂にも入りたいですし」 命のやり取りということはなかったが、それでも本気だった。埃まみれにもなったし、服が汗で張り付いている。早くお風呂に入りたい。でも、まあ、こんなのも悪くはない。盗みに入る緊張感とはやっぱり違う。これはこれで楽しかった。 「そうだな」 彼は言うが。良く見たら彼は全く汗をかいた様子もない。やっぱり本気で動いていたというわけでもないんだろう。実際、本気になったらどうなのか、考えると恐ろしい。まあ、それがこちらに向くというのは想像できないが。 「勝ったのはあなただし、背中ぐらい流しましょうか?」 ツェルプストーがニヤリと笑いながら彼の腕に胸を押し付ける。私も乗ってみよう。 「私も手伝いますよ?」 反対の腕に同じよう胸を押し付ける。大きさでは勝てないが色気では負けない。ヴァリエールが後ろでうーうー唸っているが、彼女は………頑張れとしか言えない。ティファニアとはそう年も違わないのに、この差はなんなのか。こんな所にも不平等があるなんて。まあ、ティファニアに比べれば誰の胸も貧しいのかもしれないけれど。 ジャンル別一覧
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