531283 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

Freccia  Celeste

Freccia Celeste

混沌の使い魔 第8話 後半 

「これはどこに?」

「ああ、それは……そこのクローゼットの中に」

 部屋の中を片付けながら、何がないのかも確認していく。しかし、それでも大した手間はかからない。人数が多いこともあるし、何より、単なるカモフラージュの為に荒らしたのだから。馬鹿な貴族共ならともかく、少なくともこの姉妹に嫌悪感はない。……まあ、カモフラージュの分ぐらいは許容範囲ということで。


「……あら?」

 隅の実験器具を並べている場所に目を向けたエレオノールが小さく声を上げる。

「どうしました?」
 
 自分でもわざとらしいとは思う。なにせ、盗んだのは自分なのだから。……欲を言えばせっかくカモフラージュに荒らしたのだから、できればもう少し遅らせたかったのだが。

「……ないわ」

 せわしなく視線を動かし、もしかしたら別の場所にあるのではと探している。もちろん、私が持っているのだから見つかるはずはない。 

「何がないんだ?」

 横から本来の持ち主が声をかけてくる。それに対して、言いづらいそうに戸惑いながら答える。

「あの、あなたから預かった薬、確かにここにおいておいたはずなんですが……」

 指でその場所を指し示すが、何かを調べるように器具は並んでいても、その中心にあるようなものがない。並んでいるものは調査用にもかかわらず、その対象となるべきものがないのだ。

「……盗まれたということ!?」

 さっきから様子を伺っていたらしいタバサが、間に入ってくる。慌てており、いつもと様子が違う。私の知る限り、成績などに関しては間違いなくトップクラスであるが、このように感情を出すということはなかったはずなのだが。

「ないんだったらそういうことになるのかしらね」

 ついで、こちらの様子を見に来たキュルケが口を開く。タバサの様子に関しては私と同様の感想なのか、訝しげな視線をそちらへと向けている。

「もしかしてあなたが……」

 何かに気づいたのか、タバサへと視線を向けたエレオノールが言う。この様子を見る限り、タバサがあの薬のことを必要としているということなのだろうか? 二人に対して交互に視線を向けるが、エレオノールの方は考え込むように、タバサの方は珍しく感情をはっきりと表しており、その予想は当たっているのかもしれない。

「……まあ、かえって好都合なのかもしれませんね」

 不意に、エレオノールが視線を横へと向けながら言う。

「……どういうこと?」

 それに対して承服しかねるのか、タバサが殺気立った様子で口にする。子供じみた見掛けに反し、十分な威圧感を持っている。……この様子からすると、子供だと思ってかかったなら痛い目にあうだろう。後々のことを考え肝に銘じる。しかし、好都合というのは気になる。

「何か手がかりでもあるんですか?」

 これは絶対に聞いておかなければならない。こういった、もしかしたらということを警戒してわざわざ様子を見に来たのだから。

「……確認しましたが、サンプルは残っています。うまくいくかは五分五分ですが、それを使って探索することもできるはずです」

 視線をこちらへと戻したエレオノールが一息に言う。五分五分とは言っているが、十分に自信が感じられる。――これは、できると思った方がいいだろう。

「……それはすごいですね。すぐにでも可能なんですか?」

 今すぐにできるとなると非常にまずい。何せ、今は自分の懐にあるのだから。

「さすがにすぐというわけには……。準備があるので、明日の朝にはといった所でしょうね」

 苦笑交じりにといった様子で口にする。とりあえず、すぐにはできないということで一安心といった所だろうか。 

「……そうですか。もしできたのなら私にも手伝わせて下さい」

 少しばかり考える仕草を見せ、申し出る。何をするにせよ、様子は確認しなければならない。

「私も探す」

 私に続いて、予想通りタバサも手を挙げる。……理由は、やはり聞いておくべきだろうか。

「……一ついいですか?」

 タバサに対して言う。返事はないがそのまま続ける。

「なぜ、あなたまで? あまりそういったことには関わりたがらなかったと記憶しているのですが……」

 それに対して、口にするべきか迷っていたようだが、私が諦めないと思ったのか、簡潔に答える。

「……私にはどうしても必要」

 なぜという答えとしては不十分だが、表情を見る限り、どうしても必要としていることは十分に理解できる。

「……まあ、そこまで言うのなら私も手伝うわ。あなたには色々と手伝ってもらっているしね」

 横からキュルケが言うのを聞いて、一瞬表情が緩んだように感じたが、次の瞬間には戻っていた。しかし、面倒なことになった。とりあえずは隠すにしても、どうするか……




◇◆◇

 


 次の日の朝、準備ができたということで、昨日のメンバーがエレオノールの部屋へと集まった。結局、皆が行くということになったのだ。

「これで調べることができるはずです」

 手の中にあるものを示しながらエレオノールが告げる。その手の中にあるのは……羅針盤、だろうか? 羅針盤自体も遠目にしか見たことがないので良くは知らないが、なんとなく似ているように思う。盆のようなものに液体が満たされ、周りには何らかの模様が描かれている。羅針盤であれば方位なのだろうが、これは別の意味をもっているんだろう。まあ、探知用なのは間違いないはずだから、似たようなものなのだろう。問題は、これがどこまで使えるかだ。

「それで調べられるんですか?」
 
 皆の疑問をキュルケが代弁する。幾分胡散臭げだが、それも仕方がないだろう。そう大層なものには見えないのだから。
 
「……まあ、やってみれば分かるはずです」

 胡散臭いということは承知しているのだろう。論よりも証拠と準備を始める。ルイズへと盆を渡し、残っていたというサンプルだろう、小さな容器に入ったそれを懐から取り出し、盆の中心へと据える。そして、何やら呪文を唱える。すぐには変化が分からなかったが、ゆっくりと盆の周りの模様が光を放つ。端の一部分だけが光っているが、どういった意味なのだろうか?

「……この光がある方向に、中心にあるものと同じものがあるはずです」

 その言葉に皆が視線を移せば……シキ? 皆の視線に気づいたのか、彼が横へと動く。しかし、それに合わせて光の示す方向も変わる。

「「「「「え?」」」」」

 彼以外の皆の声が重なる。更に彼が動くが、光も更に動く。その様子に彼が止まるが、ややあって、懐から私が盗んだものと同じ瓶を取り出す。

「……まだ他にも持っているだけだ。だから、……そんな目で見ないでくれ」

 困ったように言う。私は違うと分かっていたが、他の者はそうは思わなかったんだろう。キュルケなどは「言ってくれれば下着ぐらい……」とまで言っている。

「……えっと、それを貸していただけますか?」

 エレオノールが困ったように言うが、彼女も半信半疑ということなのだろう。……ちょっと、悪いことをしたかもしれない。




◇◆◇





 三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが、確かに目的の場所へと向かう馬車の中は少々騒がしい。まあ、主にヴァリエール姉妹とキュルケだが。最初はルイズとキュルケの二人のだけだったのだが、下着から胸に関しての話題になった時に姉も参加してきた。なんだかんだで胸のことは気にしているんだろう。……姉妹揃って小さいし。妹の方は全くと言っていいほどないが、姉の方も……見た所似たようなものだ。家同士もそう仲が良くなかった所に気にしている話題が加わったのだから、これはある意味当然なのかもしれない。

 それよりも、今は考えることがある。まだばれてはいないけれど、どうしたものか……。昨日も考えていたのだが、結局思いつかなかった。とりあえず、ということでほとんど使っていない隠れ家においてきたのだが……。考えながら、何時ものように本を読んでいるタバサへとちらりと視線を向ける。見た所あまり集中できていないようだ。理由は、たぶん薬のことが心配なんだろう。

 ……まあ、どうしても必要だって言うなら仕方ないか。やっぱりそういうのは、ね。でも、こんなチャンスはないだけに残念だ。思わずため息が出る。

 
「……どうした?」

 馬を操りながらシキがこちらへと尋ねてくる。最近になって初めてやったということで慣れてはいないようだが、私がやるといっても、男がやるべきだと聞き入れなかった。……相変わらずそういったことには拘る人だ。もちろん、好ましいといえばその通りなのだが。

「いえ、下着を盗むような相手はどんな人間なのかなと思って……」

 その言葉にまずエレオノールが嫌そうな顔をして反応する。そのあたりに関しては他の人間も同様だ。……まあ、それも仕方ないか。どう考えても碌なやつじゃないだろうし。カモフラージュにと下着も盗んでおいたけれど、余計なことをしたかもしれない。実際、大した意味はなかったのだから。こう、詰めが甘いのは自分の欠点だ。反省しないといけない。もっとも、今日をうまく乗り切れたら、の話だが。





◇◆◇





 下着と薬は、林の中の目立たない所にあった小屋であっさり見つかった。まあ、当然と言えば当然だ。別に隠すように置いていたわけではないのだから、大体の場所さえ分かってしまえばすぐに見つかる。小屋自体は見つけづらくても、方向が分かってしまえば意味がない。


「案外あっさり見つかりましたね。……犯人も見当たりませんし、戻りましょうか」

 私がそう言うが、エレオノールの「なぜ?」という言葉にあっさり否定される。

「なぜって……危ないですし……」

 自分でも説得力はないとは思うが一応言ってみる。

「どんな危険があると?」

 エレオノールが言いながら見渡すと、皆が頷く。

「……ですね」

 メイジがこれだけ集まっており、何より彼がいる。正直、敵になるものというのが思いつかない。でも、そういうわけにもいかない。

「ええと、探す方法も……」

 なんとか帰るように誘導しようと思うが、またもやエレオノールに抑えられる。

「薬の方と同様、中に髪の毛でもあれば探せるはずです。下着泥棒など放っておくわけにも行きません」

 その言葉にまたもや皆が頷く。タバサなどはその身に不釣合いな杖を抱え、天罰などと物騒なことを言っている。一番やる気のなさそうなキュルケですら乗り気だ。

「……そ、そうですよね」

 ……どうしよう。このままだと非常にまずい。しかし、いい手が思いつかない。考え込んでいると、横から声をかけられる。

「……さっきからどうしたんだ?」

 この人には――下手なことを言うと見抜かれるかもしれない。いつもの様子と変化はないが、墓穴を掘らないようにしないと……。

「い、いえ 犯人が出たら怖いなーって……」

「あなたなら大丈夫でしょう。実力もかなりありますし」

 横からキュルケに言われる。

「ま、まあそうなんですが……。心理的にですね、嫌だなーって……」

 顔の前で手を組んで誤魔化してみるが、さっきから余計なことを言っている。もう、しゃべらない方がいいかも……

「話はそれくらいにして、早速中を調べましょう。髪の毛などがあれば探せますが、時間が経って遠くに行かれると面倒ですから」

 
 どうしよう。……何か、手は打たないと……

「……あ、私はこの周りを見てきますね。もしかしたらまだ近くにいるかもしれませんし」

 荒っぽいが、ゴーレムで小屋を潰せば何とかなるはずだ。

「……そうだな。なら俺も行こう」

 シキが名乗りを上げる。普段なら頼もしいことこの上ないが、今はこれ以上ないほど困る。

「い、いえ、一人でも大丈夫ですから……」

 何とか一人で行こうと思うが、またもやエレオノールにあっさり否定される。

「さすがに一人だとまずいでしょう。こちらは心配ありませんし、お二人の方がこちらとしても安心ですから」

 二人とも善意なんだろうが、今は何よりそれが困る。

「……そうですね」





◇◆◇





 他の皆を小屋に残し、二人で外に出る。

「えーと、……とりあえず行きましょうか」

 彼が「ああ」と頷くのを確認して、小屋からは死角になっているような場所へと歩き出す。

 ……とりあえず、どうしよう。ゴーレムでもけしかけて小屋ごとなくしてしまうというのが一番手っ取り早かったのだが、このままだとそれもできない。ちらりと、私に少し遅れて歩く彼へと視線をめぐらせる。――何にせよ、まずは一人にならないと。もう少し小屋から離れたら、気は進まないが、やるしかない。


 しばらくは取り留めのないことを二人で話しながら進み、頃合を見て立ち止まる。

「……あ、あの、ちょっと一人になりたいんですが」

「どうしてだ?」

 当然の疑問を彼が口にする。

「その……トイレに……」

 演技でもなんでもなく顔が熱を持つのが分かる。こんなことは言いたくはなかったのだが、他に一人になれるような口実が思いつかなかったのだ。……恥ずかしいが、仕方がない。彼も納得したのか、離れた所へと歩いていく。うまくいったのはいいが、なんとも言えない。

 



◇◆◇






「きゃーーーー」

 ……自分でもわざとらしい悲鳴だとは思うが、その辺りは仕方がない。今大事なのは、このまま小屋だけでも壊してしまうことだ。証拠さえなくなってしまえば後はどうとでもなる。ゴーレムの手の中で、考える。

 ゴーレムの手の中にいれば、人質ということになる。私はゴーレムに関してはそこらのメイジには負けない。特に、大きさと再生能力に関しては自信がある。うまく人質になって大技さえ使わせなければ、小屋を破壊するまではなんとか――いや、持ちこたえてみせる。彼も戻って来たが、手を出しあぐねているようだ。しかし、いつまでもそうはいかないだろう。早く小屋の方へ行かないと。――そう考え、周りにある木をなぎ倒しながら、ゴーレムを進ませる。





◇◆◇






 ゴーレムが近づいてくる音に気づいたのか、小屋の中から皆が出てくる。戦闘に慣れているのかタバサがすぐに氷の槍を作って攻撃を仕掛けてくるが、質量が違う。その程度はどうということもない。それに倣って他の者も攻撃に加わるが、結果は同じだ。小回りが利かないのが地の魔法の欠点だが、ゴーレムはタフネスや破壊力では他の魔法の数段上を行く。そのまま気にせずに小屋へと歩みを進める。

「――皆さん、小屋から離れてください!! ゴーレムの狙いはその小屋のようです!!」

 その言葉に、皆が一旦攻撃の手を緩め、離れる。それを確認し、空いている方のゴーレムの腕を振り上げ、そのまま振り下ろす。木でできた粗末な小屋だ。何の抵抗もなくばらばらになる。――とりあえず、これでやることはやった。あとは適当に隙を見せて破壊させればいいだろう。そんなことを考えていた所へ、背中に爆発音が聞こえる。ゴーレムを振り返らせると、特徴的な髪。やはりルイズだ。この子は完全な素人。下手に動かれては困る。

「ミス・ヴァリエール!! あなたの魔法では歯が立ちません!! 逃げてください!!」

 そのまま動かないわけにはいかないので、ゴーレムを彼女の元へと向かわせる。しかし、逃げるようなそぶりは見せず、こちらを見据える。他の者も魔法を唱えるのを中断し、逃げるようにと言うが、聞き入れようとしない。

「――いやよ!! 私だって戦えるんだから!! 敵に後ろ見せない者を貴族と言うのよ!! 私だって――ゼロのルイズじゃないんだから!!」

 そう一息に言うと再び呪文を唱え、いつもの爆発を起こす。――しかし、その程度でどうにかなるようなものではない。

「逃げてください!!」

 言うが、驚いたように見上げるだけで、逃げる様子がない。しかし、動かないわけにはいかない。やむを得ずゴーレムの足を持ち上げ、おろす。

「……命を粗末にするな」

 声の方を見ると、いつの間にかルイズの側に来ていた彼が彼女を右手に抱え、一足飛びに離れる。……どうなるかと思ったが、期待通り彼が何とかしてくれたようだ。こんなことで死なれては後味が悪すぎる。





◇◆◇





「――あ――っ――」

 いきなり抱きかかえられ、思わず声が漏れる。そのままシキが一足飛びにゴーレムから離れ、ゆっくりとおろされる。そして、その相手を見上げる。

「――邪魔しないでっ!!」

 助けられたのは分かっている。でも、口から出たのはそんな言葉だった。

「……あのままだと死んでいたぞ」

 ゴーレムを見据えたまま、いつものような感情の薄い言葉で言う。――いっそのこと、叩かれでもした方が気が楽だったのに……

「……分かって、いるわよ。でも、いつも馬鹿にされて……逃げたら、また、馬鹿にされるじゃない。私には……あんたみたいな力はないんだから!!」

 自分でも滅茶苦茶だ。八つ当たり……八つ当たりにすらなっていない。でも、最高の使い魔に、最低の主人だということがそう叫ばせる。今まで馬鹿にされてもずっと泣かないようしてきたけれど、知らず涙が流れる。

「……お前にもある」

 静かに、そう口にする。

「――え?」

 自分にそんなもの……

「お前は俺を召喚した。俺が――お前の力だ」

 一息に言い切る、でも、それは……

「……私は……何も、できないし……」

 言いながら俯いてしまう。言葉にして、尚更自分が情けなくなる。

「……俺が力を貸す」

 そう言うと、私の方に手を伸ばし、小さく聞いたことのない呪文を唱える。思わず見上げ――体が熱い?

「な、何? 何をしたの?」

 なんだか分からないけれど、体が熱い。思わず両手を見てみるが、魔力の流れが全然違う。今なら、いつもよりもずっと大きな魔力を使えそうだ。

「一時的にだが、魔法の潜在能力を引き出した。今なら戦えるはずだ」

 あっさりと言うけれど、そんなことが……。いや、こいつならできるのかもしれない。

「……でも、私じゃ当てられないもの……」

 たぶん、今ならあのゴーレムにも通じるような爆発を起こせるだろう。しかし、狙いがうまくいくとは思えない。前にこいつと戦ってみた時も、自分じゃうまくコントロールできなかった。このままだと、ただ大きな爆発を起こせるというだけだ。

「心配するな。俺が側まで連れて行く。――それでも、できないのか?」

 ゴーレムから私へと視線を向け、試すように見据える。――そこまで言われて、できないなんて言えるはずがない。

「――やれる、やって見せるわよ!! 私だって、何時までもゼロじゃないんだから!!」
 
 



◇◆◇






 ……もう少し、かな? エレオノールと、タバサ、二人で一定の距離を保ちながら氷の槍で少しずつゴーレムを削っていく。足を中心に狙うそれは同時に足止めにもなっており、そこをキュルケが狙う。――消耗を狙ううまいやり方だ。ゴーレムは破壊力といった面では強い。しかし、小回りが利かないというのと同時に、維持にも魔力を消費し、燃費が悪い。足を止め、破壊すれば更に魔力を削ることができる。このままいけば、ごく自然に逃げたと思わせることができるはずだ。それに、ルイズを連れて下がった彼が戻ってくれば一気に片がつく。――そんなことを考えているうちに彼が戻ってきた。しかし、左手に抱えているのは……ルイズ? なんでわざわざ……

「シキさん!! ミス・ルイズがいては危険です!!」

 言うが、答えたのはルイズの方だった。

「私だって戦えるわ!!」

 そんな予想外のことを言う。そして、彼が更に予想外のことを。

「ルイズと俺で何とかする!! 三人は下がっていてくれ!!」

 そう言うが、納得できるようなものではない。確かに、彼の腕の中ならばルイズは安全だろう。しかし、それでは片手が自由とはいえ、彼が動きづらい。彼が一人だというのならまだ分かる。それなのに、そこまでして連れて行っても、ルイズの起こす爆発程度では力不足もいい所だ。ここにいる誰もが納得していないが、彼が片手に抱えたまま駆ける。しかし――速い。そうなると動かないわけにはいかない。





◇◆◇





「……行くぞ」

 そう私を抱えたまま言うと、走る。馬が遅すぎると感じるほどの速さだ。ゴーレムからは30メイル以上離れていたが、それが一瞬でなくなる。思わず意識を手放しそうになるが、歯を食いしばって耐える。ここで気を失うようでは本当の役立たずだ。意識を集中させ、いつもよりもはるかに調子の良い魔力を、いつもの何倍もまとめる。


 ――ブオンッ――

 遅れて大木をまとめたようなゴーレムの腕が一瞬前にいた場所に振り下ろされるが、走る速さに比べて遅すぎる。危なげなくかわすと急停止し、逆にゴーレムの腕へと向かい、それを足場に駆け上がる。

「――出番だ」

 そんなこと、言われるまでもない。杖を振り上げ、一気に魔力を開放する。

「――ファイヤーボール!!」

 ――ドンッ――

 今までになかったような爆発が起きる。……もしかしたらきちんとファイヤーボールが使えるかと期待していたのだが、そんなに甘くはなかった。しかし、威力に関しては上だ。ゴーレムの頭部へと放った魔法は、上から下へ大きなヒビを入れる。しかし、まだ破壊するには至らない。

「……次で仕留めるぞ」

 そう言うと、再びゴーレムの肩を足場に蹴り、離れる。

「分かったわ!」

 私は次の攻撃のために、集中する。爆発がコンプレックスだった今までとは違い、自分の魔法としての爆発を起こすために。

 ――ブオンッ――

 再びゴーレムが腕を振るってくる。先ほどまでの威力はなく、体の一部を地に落としながらだが、当たれば人間などひとたまりもない。それでも、怖くはない。私の使い魔は最強だから。シキは期待に答えるように危なげなくかわし、今度はそのまま飛び上がり、ゴーレムの前へと行く。

「――ファイヤーボール!!」

 再び魔法を放つ。巨大なゴーレムだったが、二度目の爆発を受け、ヒビからどんどん崩れていく。……しかし、唱える呪文がファイヤーボールでいいんだろうか? なんと言うか、色々と間違っている気がする。そんなことを考えているうちに着地する。ゴーレムに目を移せば、表面から剥がれ落ちていく。そして、太い腕が……

「――ミス・ロングビルが!!」

 途中から忘れていた。そういえば、人質になっていたんだった。

「任せておけ」

 私を左手に抱えたまま、ミス・ロングビルの捕らえられたゴーレムの腕へと向かう。

「――シャアアアアア――――」

 大きく右腕を振り上げると獣の雄たけびのような声を上げ、そのまま一気にゴーレムの腕へと振り下ろす。どうやったのかは分からないが、大木よりも更に太いその腕を真っ二つに切り裂いてしまう。……やったことにもだけれど、声にちょっとびっくりした。というか、こんなにあっさり切り裂けるんだったら私がやる意味は……。いや、そんなことを気にしてはいけない。やったことに意味があるんだから。――そう思わないとやっていられない。シキはそのままミス・ロングビルも右腕で捕まえる。様子を見てみるが放心状態のようだ。――なにせ、捕まえられている所ぎりぎりで切断されているのだから。たぶん、自分ごと切られると思ったんだろう。逆の立場だったら同じように感じたと思う。

 ……ズ……ズ……

 着地すると同時に、ゴーレムが完全にばらばらになる。小山のように積み上がったその残骸を見て、改めて良くこんな大きなゴーレムを破壊できたと思う。アレだけの大きさ、少なくともトライアングル、もしかしたらスクエアクラスのゴーレムかもしれない。そんなことを考えているうちに、周りに皆が集まってくる。


「大したものじゃないの、ルイズ。あれだけの事ができればあなたの爆発も立派な特技よ」

 キュルケが駆け寄ってくると同時に言う。いつもだったら爆発なんてと反発するが、今日は……素直になれると思う。

「……その……ありがとう」

 キュルケにお礼なんていったことがないから照れくさい。最後の言葉は心持ち小さくなる。でも、キュルケもなんだか照れくさそうだし、お相子だ。

「……すごかった」

 タバサが素直に褒めてくれる。これは、素直に嬉しい。

「……ありがとう」

 魔法で人に認められたのは、本当に初めてのことだ。本当の意味で嬉しい。さっきの涙とは違い、嬉しさで涙が出てくる。こんな涙なら悪くはない。でも、まだ言わなくちゃいけないことがある。私を抱きかかえてくれている相手へ視線を向ける。

「ありがとう。あなたのおかげで自信が持てそうよ。……本当にありがとう」

 なんだか、照れくさい。

「……俺はお前の使い魔になったんだからな」

 こっちも少しばかり照れくさそうだ。表情にはそう表れていなくても、何となく分かる。そして、そんなことも何となく嬉しい。

「……また、力を貸してくれる?」

「ああ」

「……一緒に、いてくれる?」

「ああ」

「……ありがとう」

 いつもと違って随分素直になれている。――でも、それくらい嬉しい。


「――ただし、今日のことは危なかったな」

 急に、雰囲気が変わる。

「……え? ……怒って、いるの?」

 恐る恐る聞いてみる。

「まあ、な。しかし、叱るのは俺の役目じゃない」

「え?」

 言葉と同時に、後ろから肩に手が置かれる。……振り返りたくない。

「私の役目――ですね。とりあえずルイズをこちらに……」

 地面へとおろされ、そのまま引きずられる。

「ちょっと……いらっしゃい……」

 声が……怖い。助けてと視線をシキに送るが、目をそらされる。タバサもキュルケも自業自得とばかりに目をそらす。

「お、お姉さま……お、お手柔らかに……」

 声が震える。多分ゴーレム相手に死にそうになったときよりもずっと……





◇◆◇





 ……うー、さっきは死ぬかと思った。その相手を恨みを込めて睨み付ける。抱きかかえられながらなので、様にはならないが。

「……自業自得だ……」

 こちらを見ると、他の人間には聞こえないように小さく呟く。

「……え? もしかして……」

 ――ばれてた? 思わず驚きに目を見開いてしまう。それに対し彼が小さく頷く。

「……どうします?」

 私の運命は、文字通りこの人の手の中ということになる。

「……別に。分かった上での行動だからな」

 そうしれっと言ってのける。

「……とりあえず、後でお話を……」






◇◆◇





 学院に帰り、一応の報告を済ませると、そのままフリッグの舞踏会へと参加することになった。広々とした会場では着飾った生徒や教師がテーブルを囲み、歓談している。私もそれに見合うよう、一張羅の胸元と背中が大きく開いたコバルトブルーのブルーのドレスを着込み、その会場にいる。胸元にある、もらったエメラルドのペンダントを握り締め、目的の人物を探す。


「……探しているのは俺か?」

 不意に後ろから目的の人物に声をかけられる。

「……随分似合っていますね」

 思わず苦笑する。あまりにも服装が似合いすぎていたからだ。黒のタキシードに身を包み、ご丁寧にも胸元には真っ赤な蝶ネクタイをしている。ヴァリエール姉妹に用意されたんだろう。おそらく相当上等なものなのだろうが、、貴族というよりは、立派な執事といった様子だ。

「……あまり、着たくはなかったんだがな。パーティーである以上仕方がない」

 そう、少しばかり不貞腐れた様に言う。こういったところは微笑ましい。戦うときとは別人だ。しかし、今はそれよりも話すべきことがある。

「……向こうのテラスには人がいないのでそちらへ……」





◇◆◇






「……まず、一つ聞かせていただいてもいいですか?」

 彼が小さく頷くのを確認して続ける。

「……何時から、気づいていたんですか?」

 気づかれないようずっと行動してきたはずだ。しかし、答えは予想外のものだった。

「ほとんど最初からだな。……最初から行動がおかしかった。そうでなくても、人質になった割には交渉だとかいった様子も、近くに犯人がいる様子もなかったからな」

 ……あー、つまり、一人で踊っていたと。


「……どうしますか?」

 どういうつもりなのか、確かめなければならない。

「別に……。盗んだのはともかく、タバサのことを見てからは返す気だったんだろう? ……もともと悪人じゃないようだしな。もうそういったことをしないというのなら、俺から言うことはない」

「……そんなこと、分かりませんよ。もしかしたら単なる悪人かもしれませんし……」

 ――少なくとも、盗人には違いがないのだから。


「その時は、俺が責任を取ろう。それでも、やるのか?」

 そう言うと、こちらを見据える。感情は見えないが、本気だろう。

「……あなたを敵には回したくはないですね」

 それは正直な気持ちだ。

「なら、いいだろう。もうすぐルイズが出てくる。――今日の主役を祝福してやってくれ」

 そう言い残し、踵を返すと、会場へと戻っていく。

「……ふん。甘いね。――まあ、嫌いじゃないけれど……」






◇◆◇






「――あら、シキさん。今までどちらへ?」

 戻った所でエレオノールに声をかけられる。燃えるような――とでも表現するのが相応しいような、真紅のドレスに身を包んでいる。デザインとしては肩だけを露出し、腕は同色の長いグローブで覆っている。ロングのスカートは右側にのみスリットが入っており、露出が少ないにもかかわらず、色気を感じさせるつくりになっている。――胸がないのもうまくカバーしている。

「――何か、失礼なことを考えませんでしたか?」

 少しばかり語気を強める。なかなかいい勘をしている。

「いや、別に。――それよりも、贈った物は身に着けてくれたんだな」

 首元には送ったチョーカーが見える。コーラルを全体にあしらった、銀糸で編まれたベルト状のものだ。

「――ええ。石の選択といい、気に入りましたわ。ありがとうございます」

 指でふれ、嬉しそうに言う。喜んでくれたなら贈った甲斐もあるというものだ。喜ばれれば、こちらも嬉しくなる。


「喜んでもらえたのなら何よりだ。また、後でな。――主役に会ってこないといけないからな」

 それに対して「ええ」と嬉しそうに言う。さっきはこれでもかというぐらいに叱っていたが、やはり心配だったからだろう。たとえ度が過ぎていたにしても、それもまた愛情だ。そうでなければ、本当の意味では叱れないからな。





◇◆◇





「あなたも楽しんでいる?」

 右手に持ったワイングラスを上げ、男に囲まれたキュルケに声をかけられる。相変わらず――いや、いつもよりも更に露出の多いドレスに身を包んでいる。とはいえ、さすがは貴族ということだろう。下品さといったものが表れないようよう、絶妙なバランスだ。まあ、色気はもう少し抑えてもいいのかもしれないが。何せ、周りの男はほとんど胸に視線がいってしまっている。若い男には目の毒だろう。――といっても、そう俺と年は変わらないわけだが。むしろ、この反応の方が普通だ。

「ああ。しかし、男を誑かすのもほどほどにな。周りから怖い目で見られているぞ」

 言葉の通り、遠巻きにだが女生徒達が睨んでいる。こう男を集められたのなら、こういった反応もあるだろう。

「あら、私の二つ名は“微熱”。こういったことは当然よ。できればあなたともお付き合いしたいものだけれど」

 少しばかりからかいを含めたように言う。周りの男は気が気でないだろうが、それは惚れた相手が悪かった。

「光栄だが、体力的に持たないだろう。主役に会いに行くからまた後でな」

 



「……体力的にもたない? ……私が?」






◇◆◇






「……よく、食べるな」

 黒いパーティードレスに身を包んだタバサが、一心不乱に料理を口に入れている。小動物を思わせるが、料理が消えていくペースが速い。確か、昔見た大食いタレントにあんな人間がいたような気がする。それもまた不思議だったが、タバサは更に小さいのだから、尚更疑問が大きくなる。いったいどこに食べた料理が入っているのか。そして、どうしてそれで太らないのか。そんなことを考えていると、こちらに気づいたタバサが口元を拭い、大事そうに皿を持ってくる。

「……私の気持ち。受け取って欲しい」

 そう言って、手に持った皿を差し出してくる。皿には……変わった野菜が載っている。……勘だが、これは食べてはいけないんじゃないだろうか?

「……ああ、ありがとう」

 一応お礼を言い、手に持った皿を見つめる。……もしかしたら、美味しいのかもしれない。

「……また今度、その時はゆっくりと……」

 そう言うと、また席へと戻り、食事を開始する。――ペースは変わらないんだな。そんなことを考えながら、手元の皿に載ったものを口に運ぶ。

「……悪意はなかった……はず。これは……決闘を申し込むという意味か?」

 ――いや、何を考えているんだ。見れば、今食べたものを、タバサは美味しそうに食べている。だったら、これは純粋な善意だ。……とりあえず、何か口直しを……。手の中の皿をテーブルに置き、ワインを一本空ける。だが、味が消えない。……どれだけ癖が強いんだ。というよりも、なんでこんなものを美味しそうに食べられるんだ……。もう少し食べ物を摘んで、ようやく消えた。――その間にシエスタが来たが、逃げていった。まあ、それはいつものことだ。無理を言うわけにもいかない。





◇◆◇

 



「楽しんでいるか?」

 一人でいたルイズに声をかける。桃色の髪を贈ったバレッタでまとめ、大きく肩を露出した純白のドレスを着ている。綺麗――というよりも可愛らしい。小さな花嫁といった所だろうか。……まあ、両頬が腫れているのはご愛嬌といった所か。


「……うん」

 両手を胸の前で握り締め、少しばかり畏まった様子だ。珍しい。

「どうした?」

 聞くと、少しばかり照れたように俯き、ややあって顔を上げる。

「……ダンスの相手がいないの。もし良かったら――ううん、よろしければお相手願えないかしら?」

 頬を更に赤くしながらも、恭しく頭を垂れる。

「……ああ、喜んで」

 こんな場所で踊るようなダンスなどやったことはないが、それくらいは何とかしよう。せっかくのお姫様からのお誘いだ。むげに断るわけにはいかない。それに、こういったことも悪くはない。俺にはもうこんな時間は訪れないと思っていた。だったら、今を精一杯楽しみたい。

 








 ――後日、小さな噂が広がった。曰く、土くれのフーケは下着も盗む、と。


「……ハハ……これは、廃業、かな」




© Rakuten Group, Inc.