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April 2, 2019
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カテゴリ:気になるTV番組
2019年NHK大河ドラマ 『いだてん~東京オリムピック噺』
第13回の部分的な感想です。

日本人が初のオリンピック参加となった出来事を描いた
ストックホルム編。
私は金栗四三さんや三島弥彦さんはこのドラマを通じて
初めて名前を知った方々ですが、大会に出場したことを
通じて初めて世界というものに触れ、本当にいろいろな
ことがあったのだろうと想像しています。

またドラマとしては、一行がシベリア鉄道とストック
ホルムの地で見聞きしたものや体験したことの描写は、
これまでの大河ドラマにはない斬新なものでした。
『いだてん』で知る20世紀初めの北欧の風景。
これだけでも価値があると私は思っています。

さて、このオリンピックのときに金栗四三さんは意識
朦朧となって道を間違え、さらに途中にあった民家に
迷い込んでしまったのですが、そのときに彼を助けた
ペトレ家のご子孫が実際にドラマで登場していました。
 ⇒ ⇒  こちら

そしてこの回でストックホルム編は終わりとなるの
ですが、オリンピック競技場を遠くから映したシーン
では、VFXの映像技術が駆使されていました。
 ⇒ ⇒  こちら

昨年の『西郷どん』では幕末~明治初期の背景を作る
小道具があれこれ出てきて、私はそれも楽しみの一つ
でしたが、今年の『いだてん』も同様に明治・大正の
小道具があって背景の映像技術があって、NHK大河
ドラマ班のスタッフさんの陰の頑張りを感じています。


マラソンのときに自分に一体何が起こったのか、途中からまるで記憶がない
金栗四三(中村勘九郎さん)は、ガイドのダニエルと一緒にもう一度コースを
廻って記憶をたどっていました。
17マイル地点で道を間違え、意識朦朧の中を導かれるようにふらふらと歩いて
いたら、庭でパーティーをしているペトレ家に入り込んでしまってました。



四三の後に続いた何人かの選手も道を間違えて一緒にペトレ家に入ってきたので、
ペトレ家の人々は彼らを追い返しました。
しかし意識のない四三は一人ふらふらと庭の奥に入っていき倒れてしまいました。



言葉の通じない四三をペトレ家の人々は必死に介抱してくれました。
家の主人は中で休むよう言ってくれ、さらに四三にコートもかけてくれました。
倒れて休んでいたら内田とガイドのダニエルがやってきて、意識を取り戻した四三は
自分がマラソンの競技中であることを思い出しました。



とはいえ、これ以上走れない四三は競技に戻ることはできず、ダニエルらと一緒に
電車に乗ってホテルに戻るしかありませんでした。
競技を棄権するしかなかった四三は自分がふがいなくて涙が止まらず、電車の中で
一人静かに泣き続けました。



ポルトガルのラザロが競技中に死亡したことにより、4年後のオリンピックはどう
なるかを嘉納治五郎(役所広司さん)考えていました。
しかし大森兵蔵(竹野内豊さん)が、自分の体のせいで監督としての責務を果たせ
なかったと自責の念でいつまでも嘆くので、嘉納が叱りました。


体 悪いんだから、せめて心ぐらいしゃんとしたまえ!
残り短い人生、ずっとウジウジして終わるのかね?
そばにいる者の身にもなれ!


この言葉、すごく心に響きました。
反省も大切だけど、周囲まで気持ちが暗くなっていく
ような雰囲気を作ってはいけない、
自分の気持ちばかりにとらわれていると、特にいつも
そばにいる者には気持ちの負担をかけてしまっている、
そういった思いでしょう。

これは逆のことも言えると思います。
心が沈んでいるときでも、体はしゃんと動かそう。

ドラマの中のセリフですが、いいことを言ってくれた
ので、有り難くいただくことにします。


マラソンの結果は電報で日本に伝えられ、すぐに各社の新聞に載りました。
(これは約100年前の新聞ではなく、たぶんドラマ用に作っているのですよね?
今作ではこういった物が多くて、なかなかの手間だと思います)



四三の結果が新聞に載った後で、四三が2週間前にストックホルムから投函した
手紙が東京高師と、熊本の実家と池部家に届きました。
池部家の手紙には支援の感謝とともに、優勝メダルを手土産にご挨拶に伺うとあり、
始まる前の四三の決意(手紙)と現実(新聞)の2つを同時に見たのでした。



さて、いよいよ噺家としての初高座の時が迫った美濃部孝蔵は、屋台でワニラ
(安い牛飯=ワンコが足元でにらむ)を食べていました。
(ワンコがじっと見ているシーンを作るのに連れてきたこの子がなんか笑える)



車屋の清さん(峯田和伸さん)は友達の美濃部孝蔵(森山未來さん)のために
高座に上がるときの芸名入りの着物をこしらえ、孝蔵に贈りました。



孝蔵にハッパをかけて清さんが客席に行くと、友達の遊女の小梅(橋本愛さん)が
美川秀信(勝地涼さん)と一緒に来ていました。
この二人、熊本に帰って所帯をとか、小梅の笑い方も営業スマイルじゃないし、
いつのまにか「いい仲」になったのでしょうか。



初高座に出てきた孝蔵の姿は清さんが贈ったあの着物ではなく、よれた普段着の
ままで、しかも彼は酒に酔っていました。
緊張のあまり酒が呑みたかったのか、あの着物を質入れしてしまったのです。
初めは緊張から言葉につまったけど、途中で師匠の言葉を思い出してからは異様に
ハイテンションになり、孝蔵のあまりの勢いに客席はあっけにとられていました。
(森山未來さんのハイテンションな演技、私は爆笑してました)



一方ストックホルムでは、マラソン競技中に亡くなったラザロの死を悼み、一緒に
走った各国の選手たちがラザロのお墓に哀悼の意を捧げていました。



その頃IOCの会議では、次のオリンピックについて会議が開かれていました。
会議ではラザロの死を悼みつつもポルトガルの代表は「スポーツの発展のために
息絶えるまで走り続けた彼の死を無駄にしないでほしい、4年後もオリンピックを、
マラソンを続けてほしい、ラザロに捧げるために」と。
そして4年後の1916年もオリンピックが開催されることが決定しました。



その思いは選手たちも同じでした。
ラザロのお墓の前で「4年後に会おう」と互いに握手と抱擁を交わし合い、過酷な
レースを互いに競い合い、共に戦った仲間として再会を約束しました。



この大会でメダル獲得の重責を担いながらも途中で棄権となり、それはおめおめ
生きていられない恥辱と口惜しさであるけれど、その恥をすすぐために粉骨砕身して
マラソンの技を磨き、もって皇国の意を上げん。
四三は自分にそう誓い、亡き友・ラザロのためにも走り続けることにしました。



ストックホルムオリンピックはまだ閉会式を残していましたが、「4年後にまた
オリンピックに帰ってこよう」と、日本チームはもう帰国することになりました。
帰国を前に四三は、倒れたときに世話になったペトレ家にお借りしたコートを返しに
行き、自分が倒れていたあのときのことに思いを馳せていました。



ストックホルム滞在48日目、四三は三島弥彦と嘉納治五郎と共に現地でお世話に
なった方々に別れを告げ、3人はそれぞれ様々な思いを胸に、バルチック海を渡り、
シベリア鉄道に乗って一路日本を目指しました。






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Last updated  April 2, 2019 09:51:06 PM


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