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幸せに日向ぼっこ

April 30, 2019
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カテゴリ:気になるTV番組
2019年NHK大河ドラマ 『いだてん~東京オリムピック噺』
第16回の部分的な感想です。

今作前半の主役は金栗四三を演じる中村勘九郎さんで、
全力で走ったり裸で水浴びしたりと毎回ホントに身体を
張って演じておられます。

でもさりげなく目に留まって面白いのが、ドラマで脇を
固める役者さんたちだとよく感じます。
例えば、東京高師の可児 徳@古舘寛治さんと永井道明@
杉本哲太さんのお二方。
第一章のストックホルム編では楽しいコンビでした。

第二章になってからは、四三の故郷の熊本での大地主の
池部幾江@大竹しのぶさんと四三の兄・金栗実次@中村
獅童さんが面白いです。

弟の四三が結婚によって幾江の養子となり、そのおかげで
経済的にはラクになった金栗家だけど、四三が幾江を怒ら
せるたびに実次は怒鳴り込まれ、ただただ幾江に平謝り。
でもその姿がなんか笑えます。
大竹しのぶさんと中村獅童さん、いいコンビです。

そしてドラマの中で要るのか要らないのか、視聴者の中で
微妙な位置にある落語パートを演じている美濃部孝蔵役の
森山未來さん。
私はスポーツ史の部分は真剣に見ているけど、この落語の
パートは特に考えて見ていません。

しかし孝蔵の師匠・橘家円喬を演じた松尾スズキさんも
そうでしたが、森山さんも松尾さんも「本職は噺家か?」
と思うほど本当に素晴らしい演技です。
お二人ともすごく稽古したんだろうなといつも思います。

なので今回も、途中で孝蔵と円喬の姿が交錯する場面では、
お二人の演技に惹きこまれて不思議な感動がありました。
役者さんたちのパワーって、すごいですね。


大正3年(1914)春、東京高師を卒業した金栗四三(中村勘九郎さん)は今までの
寄宿舎には居られないので、「足袋の播磨屋」の黒坂辛作(三宅弘城さん)の家に
下宿することになりました。
(諸事情で中の人が変更になり、やっと三宅さんが登場しました。
朝ドラ『あさが来た』の中番頭・亀助さん、好きだったから嬉しいな~。)



黒坂から下宿代さえ心配された四三だけど、実は熊本の池部家から潤沢な仕送りを
もらっていたので、毎晩のように一緒に練習する皆に豚鍋をおごっていました。
ただこの振る舞いは自分が見栄を張るためではなく、次のベルリン五輪にたくさん
選手を送って皆が活躍してお国のためになれば、という四三の願いからでした。



さて四三が下宿した家の向かいには、三島家で女中をしていたシマ(杉咲 花さん)が
下宿していて、互いにびっくりの久々の再会となりました。
シマは三島家の女中を辞め、レストランで働きながら東京女子高等師範学校の合格を
目指して勉強をしていたのでした。



シマは三島弥彦や四三の影響を受け、進学を決意したのでした。
ところでシマちゃん、おひげのおじさま=嘉納治五郎先生(役所広司さん)は以前
三島家のパーティーに来てたけど、そのときお顔は見てなかったのですね。



嘉納治五郎は届いたばかりで他には未公開のオリンピックのシンボルマークを
四三とシマにもこっそりと見せてくれました。
五輪のマークにはアジア州も含まれ、これは弥彦と四三がストックホルムで先駆者
として走った功績だと、嘉納は四三にそう言ってくれました。
しかしこのときヨーロッパでは、第一次世界大戦(1914)が勃発していたのでした。



一方、浜松の八百庄では次男坊の政治が腸の病気で苦しんでいました。
母親の田畑うら(根岸季衣さん)は、政治の身体の弱さをあきらめることにしました。
そしてこの少年は、50年後に日本にオリンピックを招致する立役者となる田畑政治
その人だったのでした。



その頃、同じ浜松では美濃部孝蔵が無銭飲食で逮捕され、牢屋に入っていました。
そしてそのとき、師匠だった橘家円喬(松尾スズキさん)の死を知りました。
牢の中で牢名主を相手にしゃべってみても孝蔵の噺は不評で、でも牢名主の批評で
自分の欠点に気がついた孝蔵は、亡き師匠を思い出しながら渾身の噺をしました。
(このときの円喬と孝蔵が交錯しながらの場面は、松尾さんと森山さんのお二人の
演技に圧倒された感動の場面でした)



自分の噺は牢名主にはつまらなかったようでしたが、美濃部孝蔵(森山未來さん)は
何かを決意しました。
看守からはさみを借り、落語の稽古をしながら自分の長い髪の毛を切っていきました。



席亭のちいちゃんが宿賃を立て替えてくれたので孝蔵は釈放されました。
そして孝蔵は師匠の小円朝に許しを乞い、再び高座に上がることができました。
心を入れ替えた孝蔵は田舎の寄席で一から修行をやり直し、人気も出てきました。



次のベルリン五輪で表彰台を目指す四三は、盆も正月も熊本には帰らずに、ひたすら
トレーニングに励んでいました。
ただ故郷に残る妻のスヤとは手紙のやりとりは欠かしませんでした。



大正4年(1915)1月、義母の池部幾江の後押しでスヤ(綾瀬はるかさん)は夫・
四三のいる東京にやってきました。
ちょうどその頃、女子体育を学ぶために3年間イギリスに留学していた二階堂トクヨ
(寺島しのぶさん)が帰国しました。



大日本体育協会における会議で二階堂トクヨは、今はヨーロッパ全土に戦争が拡大
していてベルリンオリンピックどころではない、と報告します。
しかし嘉納は、政治とスポーツは別、オリンピックは平和の祭典、戦争は関係ない!
と激しく主張します。(自身の大借金にしろ、嘉納先生は現実を見ないようです)



四三がトレーニングから戻ると下宿には妻のスヤが熊本から上京していました。
スヤが作ってきた故郷の味・いきなりだごをほお張りながら目の前にスヤがいて、
しかし四三はスヤに(せっかく東京に来たけど)熊本に帰るよう言います。
それは日本を背負ってベルリンで走るために妻も故郷も忘れて集中したい、スヤが
傍にいると甘えがでて自分が堕落してしまう、という四三の思いからでした。



とはいえ、とっさになると適切な言葉が出てこない四三なので、ストレート過ぎる
思いをスヤにぶつけたために、熊本では幾江が激怒していました。
可愛いスヤを傷つけられ恥をかかされたと怒りMAXの幾江さん、四三の兄・実次
(中村獅童さん)のところに怒鳴り込みです。
代わりに土下座して平謝りの実次さんだけど、四三のおかげで池部家と親戚になれた
のだから、それぐらいは我慢してあげましょう。



この頃の四三は絶好調で、マラソンの練習では世界記録を出していました。
しかしヨーロッパでは更に戦争が激化していて、翌年のベルリン五輪は中止に。
やがてその現実を知った四三は、どこにぶつけていいのかわからない怒りとともに
失意のどん底にいました。







Last updated  April 30, 2019 06:22:04 PM
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