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あんこくせいうん端

あんこくせいうん端

東方『ゼロゼロ二人』

 三つの出来事が、その夜起きた。
 ひとつ、十六夜咲夜が死んだ。
 ふたつ、西行寺幽々子が剣を取った。
 みっつ、藤原妹紅が夢を見た。



「よう、霊夢。もしあした世界が崩れたら、お前、茶が飲めなくなるなぁ」
「馬鹿ねぇ。世界が消えても茶は飲むわ」




「思い出したの。私が私である理由。五百年前の私が、何を望み何を夢見て何を知ったのか。それが、この老桜。かつて世界の春と成りあらゆる死を奪い続けた黄泉平坂その大門」
「幽々子様」
「楽しかったわ、妖夢……こんな死に方が、ずっと、ずっと続くと思ってた。きっとずっと続くのでしょう。だから妖夢、笑いなさい」
「幽々子様ッ――」
「私は」
 西行寺幽々子はそこでたおやかに微笑んだ。
 妖夢が最後に見る笑顔だった。
「生き返る」
 成りて来たれ、魂魄剣。




「結局のところさぁ」
 藤原妹紅はきせるを引き出し、ぷかりぷかりと吸い出した。文机に向かってさらさらと筆を動かしていた慧音は何の反応も返さない。
「幻想は幻想のまま、現実は現実のまま、ほっときゃいいのよ。鬼どもがそうしたように、ここの連中も幻想の内で過ごせば何の問題も無いでしょうに……」
「そう簡単にはいかんさ。人類八千年の中で完全に化生と人が分離した例は皆無だ。もし今が歴史の転換期だとしても、私はまったく変わらないと思うね」
「なんでよ」
「決まってる。結界を守るのは人間で、決壊するのも人間だからさ」





「さ、引越しするわよ、フラン」
「どうしたの、姉様……」
「うん? まぁ、なんというか」
 フランドールは全てを破壊する不可能予想体ではあるが、いま目の前にいる姉を理屈ぬきで消し飛ばせるかと聞かれたら全く不可能だと答えるしかなかった。体が魔杖にすがり付いているのをフランは気付いていなかった。
 紅の魔王、永遠に幼き吸血姫、下天のおさなご、完全無欠のナイトライダー。
 癇癪玉とは次元の異なる、その名を赤紅魔神レミリア・スカーレット。
「世界征服、しちゃおっかなぁ、って」




 星の素敵な夜だった。これも一応見納めだ、しっかり輝け我が分身、と魔理沙は思う。
「ふん。まぁ、どっちにしろまた見ることになるんだ。もっと近い場所で」
 飛び立つ台詞にしてはいささか格好がつかないかなぁとは思ったが、誰が聞いているわけでもなく、ばつが悪そうに片目を閉じるにとどめておいた。
 次の瞬間、魔理沙は飛ぶ。夜の黒瑪瑙のような世界を、霧雨は疾走した。
 そのさきに、博麗霊夢は待っている。
 天儀『オーレリーズソーラーシステム』起動。
 上海人形及びノーレッジ覚書と新規リンク接続。
 起動、『対幻想破壊』――― 


 「かくして幻想郷は真の幻想と相成りました、と」






 ――東方『ゼロゼロ二人』





 朝焼けがまぶしかった。アリスが文字通り精神を削って作った生体人形はあちこちが戦闘の余波で破損し、もはやここで絶え果ててしまうのかとも思えた。だがその思いは急速に回復していく全身にふきとばされる。
「生きろって、そういうことかい、アリス……」
「生きなければ駄目だろう。せっかく大結界を斬ったんだ」
 魂魄妖夢が凛とした声で言う。魂魄剣と成った彼女は無手のまま、昇っていく朝日をにらんでいた。藤原妹紅は眠そうな目で座り込んだままどこから取り出したのかするめを食む。月は、彼女の背後に消えかかっていた。
「どっちでも良いわよ。で、あんたらどうすんの?」
「私はもうすべきことは無い。お前らに付き合おう」
「私は、決まってるぜ」
 魔理沙は朝日の向こうを見る。彼女たちの背後には、博麗大結界の残骸が砂のように消えていくところだった。
 さようならだ、私の友よ。
「散歩がてら、月まで行くか」
 魔理沙は男前に微笑んだ。



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