082339 ランダム
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あんこくせいうん端

ゼロイチ二人

 夏の盛りであった。

 蝉の声は四方八方の木々からうなる様に響き、玉砂利と石畳から立ち昇るように熱気が広がっていた。
 空は、青く、雲は大きく、太陽はこの世のすべてを覆い照らしていた。
 神社で一人の童女が、井戸から汲んだ冷水を柄杓で蒔いていた。齢は十にも満たぬように見える。神社であるからには紅白の巫女姿であるが、果たして神主もおらず真実その神社には童女一人であった。
 歳に似合わぬ仏頂面を、汗が一筋流れていく。
 井戸水をまくごと、立ち昇る熱気は拡散して、心地よい水気が広がっていくようだった。
 夏の盛りである。


 からん、と桶に柄杓を投げ入れ、幼い巫女はふいっと境内の先を見やった。その先には石階段があり、境内と階段の間には朱塗りの少々剥げた鳥居がある。
 その鳥居の下に、また童女が立っている。
 巫女よりも多少幼い。
 右手に箒を引きずり、頭につばの広い三角帽子を被っている。
 帽子から漏れ出した柔らかそうな金髪が、密度の高い日の光を照り返し、きらきらと輝いている。
 巫女はしばらく興味のない様子で幼女を眺めていたが、やがてゆったりとした足取りで近づいていく。足音も無い。
 蝉が、いっそう騒ぎ出しだす、気がした。
 三間を置いて正対する。大きな帽子のせいで、幼女の顔は半ば隠れていた。
 ミーン……ミーンミンミンミン……。
「いらっしゃい。伴天連でも家は差別しないから、お帰りなさい」
 く、と、
 幼女が呻く。
「お邪魔するわ。おそらくこの先、さようならを言うことはない」
 くい、と幼女が帽子のつばを押し上げた。
 そこには、幼さに見合わぬ笑みが。
「霧雨魔理沙。普通の人間さ。多分長い付き合いになるだろうから、覚えときな」
「あの境界を越えてくる、という意味を、貴女は知っているのなら、好きなようにすればいいんだけどね。
 つまり、まあ、言うことは変わんないわ。帰りなさい」
「なあに、すぐに気が変わって、茶の一杯でももらう予定だ。
それと、言ったはずだぜ、東方シャーマン。
 ――魔理沙だ。いまならちゃん付けでも見逃すぜ」
 ミーンミンミンミン……イーン……イィーン……。
 仏頂面の巫女は面倒そうに首を傾け、力ずく、と聞いた。
 微笑む幼女は悪戯っぽく片目を閉じ、力ずく、と答えた。
刹那、

ひゅばん!

鎌鼬が幼女を襲う。ではなく、石畳の隙間から飛び出た護符が列を成して幼女を覆いからめとったのだった。巫女は右腕を振り上げており、彼女が何らかの術を使ったのだというのがわかる。
「よっこい」
 護符の繭の中から、気合の声。
「そうら!」
 ばさばさばさとまさに紙を破るように幼女が出てくる。引き摺っていた箒の柄を両手でもち、横殴りに降りぬいただけだが、如何な道理か巫女の術を破る。箒になんらかの呪いをかけているのか、少女自身の力量か。
「……ああ、もう、厄介ね。白状すると、私、力ずくって趣味じゃないのよ」
 つぶやき、巫女は右腕を鋭く下ろす。袖口から払い串が滑り出して、右腕にするりと納まる。
「ふるへふるへといはせたまひてかしこみかしこみもうしあげる……」
 拍手を打ち払い串を縦横に払う。すると、社の扉がひとりでに開き始め、その奥から雲霞の如く護符が湧き出、濁流のように幼女へ向かう。明らかに奥義かそれに類する術であった。
「……こりゃいかん。私もいきなり本気で行くぜ」
 言うと幼女は箒を回し、脇に抱えるように枝を向けた。護符の雪崩は境内を埋め尽くし、幼女の前方左右からやってくる。一歩分、後退する。
「ええと、確か――来るべし、霧雨魔理沙の名において。一つに願うは、トラペゾヘドロンより放つ光輝。二つに願うは、天を穿つ天。三つに願うは、いまだ芽の出ぬ、恋の星。顕現せよ」
 ずあぁぁ……と箒の枝が熱気を吸い込んでいく。ひんやりとしだした境内と裏腹に、箒の枝は爛れるような熱気を立ち昇らせて、まもなく爆発した。枝の部分を境界に、傘が開くように黄金色の熱風が発射され、護符の雪崩を焼き消した。だが護符が消えていくのと同様に、箒の熱気も消滅していく。
 相殺だった。
 ……みーんみんみんみん……。
 いつのまにか鳴き止んでいた蝉が、再び雨のように鳴きだす。雲が太陽を翳らせ、速い速度で流れて再び突き刺さるような日光をあらわした。
 巫女と幼女は座り込んでいる。衝撃で立っていられなかった。
「ははは……いやあ、派手だ。あっは」
 幼女はからからと笑う。噴出した汗が、幾筋も顔を流れて、小さな身体に落ちた。
「……っはーあ」
 巫女は面倒臭そうにため息をついて立ち上がり、のそのそと社へと歩き出す。
「お、おい? なんだよ、放置プレイかよおー」
「喧しいわねぇ……」
 蝉が、いっそう大きく鳴きだす。鬱陶しそうに眉をしかめ、ちょいちょいと指を社へ振った。
「麦茶でもおごったげるわ」
 幼女は一瞬呆けた顔になり、次いで、
「……できれば、昼飯も欲しいなぁ! おい、ええと」
「霊夢。博麗霊夢よ、魔理沙ちゃん。それと賽銭箱の意味は知ってるわよね?」
 箒を引き摺って駆け寄る魔理沙へ言い、霊夢は僅かに笑いながら草鞋を脱いだ。

 夏の盛りの、出来事であった。


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