茶飲話飲茶
「何者かと彼は問いを暗闇に投げかけた。私を誘い、惑わすのは何者か、と。 暗闇は答えた。我は闇であるからして、ただ我の座すべき拠り所に在るのみ。お前を呼びしは我ではなく、おまえ自身であろう、と。 彼はさらに問いを重ねた。いな、貴様が私をかどかわしたのは承知の上。月明かりも差し込まぬのはまさしく貴様の術に相違なかろう。姿を見せよ、畜生。 暗闇は答えた。我は闇であるからして、ただここに眠るのみ。お前の事など、知ったことか、失せろ。 彼は惚れ惚れとするほど立派な剣を抜き、いいや、姿を見せよ、もののけめ。私が首を落としてくれる。そういって暗闇に剣を振り下ろした。 暗闇は答えた。痛い。 彼はその答えに手ごたえを感じ、幾度も剣を振るった。痛い、いたい、と暗闇は何度も答え、彼が疲労困憊の態で剣をつくと、こう答えた。 痛いと言っているのに、少しも労わりの念を持たぬとは浅ましい、人間よ。我はいつの時も貴様らの傍に在った。貴様らを獣から守ったのは明々と燃える炎とそれを助ける我だ。貴様らを暖めたのは燦然と燃え盛る炎と眠りの門を開く我だ。貴様らを愛したのは命のきらめきたる炎と母なる大地、そして、静かに静寂を差し出す我だ。我に剣を向けるとはそれすなわち我の加護を受けぬと言うことに相違ない。愚かしい人間よ、貴様のようなやつは、もはや幾度も見た。誰もが我に剣を向け、誰もが我に抱かれて眠っていった。ゆえに貴様もそうしよう。 彼は剣を取り落とし、ゆっくりと暗闇に抱かれていった。 暗闇自身が言ったように、彼のような人間は数多いた。あまりに多く、また数を増すごとに強力になっていく人間たちに、やがて暗闇は飽きてきた。もともと面倒だったのかもしれない。人間に加護を与える、というのは、人間から何かしらの見返りがなくてはできないことで、暗闇はそれを拒んでいた。その結果が、人間からの反逆だった。だから暗闇が飽きるのは当たり前だったし、暗闇自身も面倒くさがりだった。 暗闇は炎に相談した。あいつらの相手をするのが嫌なので、なにかいい案はないか、と。炎と暗闇は善き友であり、善き敵であった。ある時はともに人間を見守り、あるときはどちらが人間を殺せるか競い合った。炎と暗闇は人間の守り手であり最大の敵であったが、人間は気づかなかった。だから暗闇を人間は嫌ったのだろう、と炎は考え、暗闇に同情した。炎は三日三晩を悩んだが、よい智慧は浮かばなかった。なので、よい智慧を借りるため、大地に相談した。大地はあまりにも気が長いため答えが帰ってくるころには暗闇はもう炎に相談した事を忘れていた。炎も忘れかけていたが、ある時大地の使いであるという瑞獣が訪れ、暗闇にあわせてほしい、と言ってきた。それで炎は暗闇の事を思い出し、瑞獣を暗闇に会わせた。 瑞獣は暗闇にこう告げた。いと気高き静寂のぬしよ、人を厭うのはあまりに悲しき事。どうぞお考え直しを、と、暗闇は自分が言った事を忘れていたので、なんのことだ、と炎がつれて来た輝かしい瑞獣をまぶしがっていた。緊張していた瑞獣はこれで肩の力が抜け、そしてこう考えた。暗闇は自分の言った事を忘れているが、それにしても人間に倦んでいるのは確かだろう。だが、暗闇の加護なき人間がどうなってしまうかわからない。人間が好きな瑞獣は、ここはひとつ、暗闇様には休憩をしていただこう、と結論付けた。瑞獣は暗闇から智慧をわずかだけ残して預かり、こうして暗闇は深く物事を考えなくなった。もとから考えていないということもあるが、それで瑞獣は安心し、炎も安心し、暗闇は炎と瑞獣のほっとした顔をみてそーなのかーと答えた」「慧音、蕎麦が伸びるぜ」「お前が聞きたいと言ったんだろうが」「そばなのかー」「なんだそのバージョン違い」「そーめんかー」「蕎麦だと言ってるだろう」「ぞーきんかー」「……智慧を預かって話」「ヌ?」「嘘だろ」「ああ、嘘だ」「ぞーさんかー」