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Prayer Hills Church 滑川一麦教会

Prayer Hills Church 滑川一麦教会

☆6月

6/29 「I love you, my son(daughter)」


「こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。」 (ルカ15:20)

やりたい放題して財産を放蕩した息子を愛をもって待ち続ける父の姿がそこにありました。父なる神様が私達に望んでいるのは“本当に悔いた心、砕かれた魂”です。この下の息子には野心、野望がありました。そしてこの息子は財産は失いましたが、最も大切なものを得ることができたのです。“本当に悔いた心、砕かれた魂”です。この事によって神に近づく事ができるのです。この放蕩息子の父は、息子のそのような姿を見、責めることもなく抱きしめ、一番良い着物を着せ、指輪をはめ、くつをはかせ、そして肥えた子牛をほふらせたのです。神様は私達にもそのようにして下さいます。神が私達に望んでおられるのは、「もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にして下さい。」このような告白なのです。ただただ十字架を見上げ主の前に出ましょう。

pansy


6/22 「主はわたしの羊飼い」


「主はわたしの羊飼い。わたしは、乏しいことがありません。」 (詩篇23:1)

私達はまず自分が羊である事を知らねばなりません。羊とはどのような生きものでしょうか。まず自分で食事を探すことができません。また、すぐに道に迷ってしまいます。そして目が悪いです。また敵に対して無防備なので、弱くてやられてしまいます。また、すぐに争いを起こします。すごい自己中心です。自分がこのような羊であるという事を認められなければ、主を自分の羊飼いとは認められないでしょう。そして主を羊飼いと受け入れられたときに「私は、乏しいことがありません。」と言えるのです。 
主は私の羊飼いで、私は羊です。さらに言えば、夫は地上の妻の羊飼いで、妻は羊です。また親は地上の子供の羊飼いで、子供は羊なのです。そして、良い羊飼いは羊のために命を捨てます。ですから夫は妻のために命を捨てるべきです。そして親は最も小さな子供のために命を捨てるべきです。
それがHSマインドのチャーチスクールです。親は子供の羊飼いとして子供のために命を捨てねばならないのです。献身が要求されるのです。


pansy



6/15 「あなたにとっての最高のささげものは何?」


「この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけ全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」 (マルコ12:43b、44)

貧しいやもめの捧げ物はレプタ銅貨二つでした。今でいうと、160円ほどです。

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(Iサムエル16:7b)

心からの捧げ物を主は受け入れられます。

「神様は罪滅ぼしに何かをせよとはおっしゃいません。もしそうであれば喜んで仰せに従うことでしょう。神様は、祭壇で焼かれる供え物に興味をお持ちになるわけではありません。神様がお望みなのは、悔いくずおれたたましいです。ああ神様。罪を深く後悔して砕かれた心にこそ、神様は目を留めてくださるからです。」(詩篇51:16,17)

主は心をみられます。心からの献げ物が最高の捧げ物となるのです


pansy


6/8 「天国へ行く準備」


「ところで、王が客を見ようとして入って来ると、そこに婚礼の礼服を着ていない者がひとりいた。そこで、王は言った。『あなたは、どうして礼服を着ないで、ここに入って来たのですか。』しかし、彼は黙っていた。そこで、王はしもべたちに、『あれの手足を縛って、外の暗闇に放り出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ。』と言った。招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」 (マタイ22:11~14)

天国はイエス様を愛する者が行く事ができる場所です。大宴会もイエス様を愛する者のために用意されています。間違ってはいけません。天国は決して宴会でおいしい物を食べたいという人や地獄へ行きたくないからという人が行く所ではないのです。ですから私達は地上において最後まで油断することなくこの救いをまっとうしなければならないのです。地上において毎日毎日天国へ行くための準備をするのです。イエス様がいつ来られても婚礼の礼服を着ていることが出来るように、日々主にあって歩みましょう。
 

pansy


6/1 「恵みのゆえに、信仰によって救われる」


「イエスは答えて言われた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は新しく生まれなければ、神の国を見る事はできません。』」  (ヨハネ3:3)

「イエスは答えられた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入る事ができません。」 (ヨハネ3:5)

「暗闇の中で罪を犯したいので、彼らは天からの光をきらいました。罪が暴露され罰せられるのを恐れて、光のほうに出て来ようともしません。しかし、正しい事を行っている人は、喜んで光のほうに出て来ます。神の望まれる事を行っていると、だれの目にもはっきりわかるためです。」 (ヨハネ3:29、21) 

イエス様を信じたら、その後の地上の生涯を御霊によって生きなければなりません。生まれながらの肉と御霊は正反対です。互いに逆らうのです。まるでN極とS極のようです。ただただ御霊様により頼みましょう。
 



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