2024年前半の読書
もうあと4日で今年も半分終わりですね。1月から読んだ40冊ほどの中から、大変面白かった本を5点ほど書きとめておきましょう。すでにご紹介済みのフォークナー『死の床に横たわりて』や、瀧井孝作『無限抱擁』は省きます。1 ミラン・クンデラ『冗談』(みすず書房、1992年)及び『笑いと忘却の書』(集英社文庫、2013年)ともにクンデラの、チェコ追放、フランス亡命という苦難の時期を物語る切実な作品です。『冗談』の最初に置かれた日本の読者へのメッセージで、クンデラは人間の根底にあるものを、「忘却によって絶えず蝕まれている人生とわれわれとを結びつけている絆としてのノスタルジー」だと述べています。私は欧州大陸はアテネ以外訪ねることができませんでしたが、いちばん訪れたかったのは、クンデラやカフカやスメタナを産んだチェコだったかもしれません。学部生時代の恩師である、ルートヴィヒ・アルムブルスター先生の故国でもありました。R大学にはマルティン君という留学生もいました。チェコのネコ・チョコレートをもらいましたが、その6年後、私が病を得て明治の文豪のようになってしまったとは、知る由もないことでしょう。2 大仏次郎『ドレフュス事件』(創元文庫、1951年)故国というもののないユダヤ人に対する欧州人の眼、そしてエミール・ゾラという卓抜した作家をいくぶんなりとも知ることができました。3 池澤夏樹『マシアス・ギリの失脚』(新潮文庫、1996年)この作品を発表して間もないころ、R大学のタッカー・ホールにて、作家とラテン・アメリカ文学の野谷文昭氏との対談が催され、私も前のほうで聴きました。が、本作を読んでいなかったので、対談の内容は覚えていません。ガルシア・マルケスの影響が色濃いところから、野谷さんが企画したのでしょうね。池澤夏樹は、実父の福永武彦を越えていると思いますが、本作のような、質・量ともに重い作品を、あと二つ、三つ発表していたら、ノーベル賞候補になっていたのではないでしょうか。4 宮本輝『蛍川・泥の河』(新潮文庫、1994年)「蛍川」は1977年の芥川賞受賞作ですが、その前年の受賞作は「限りなく透明に近いブルー」でしたね。「蛍川」も「泥の河」も傑作でほろりとします。後者は、小栗康平によって1981年に映画化され、その映画作品も、私にとっては、「心中天の網島」や「津軽じょんがら節」と並ぶ、最も忘れられない邦画のひとつです。5 尾高修也『近代文学以後ー「内向の世代」から見た村上春樹』(作品社、2011年)「内向の世代」の代表は、R大学独文科の教授でもあった古井由吉でしょうが、私は日野啓三の作品が印象に残っています。「第三の新人」の後、中上健次の前の世代ですね。本書で語られる村上春樹批判には、納得させられるところ深いものがありました。