テーマ:日本人のルーツ(528)
カテゴリ:歴史
国史でいう【大化の改新】は無かったと次第に分かってきました。 その実体は、新羅本国で起こった【眦曇の乱】という【政治改革】でありました。 白村江の戦い以前、いくつかの小国家が九州と南朝鮮の両方に領土をもっていました。 したがって、その頃の、朝鮮半島南部の歴史と九州の歴史とは密接に結びついていていました ので、中国史では、それらの国々を弁辰諸国と書いたり、倭国と書いたりしていたのです。 時の天皇は皇極女帝、大化の改新後に擁立された天皇は孝徳帝が立って、 そのあと皇極天皇が重祚して斉明天皇になっています。 実際は、新羅の占領下でしたので、皇極、孝徳、斉明ではなく新羅の善徳王、真徳王でした。 従って、飛鳥の【狂心渠】は斉明天皇が行なったのではないと考えられます。 【狂心渠】は文字通り「狂った心の溝」の意味で、日本書紀では無駄な事業だったと 批判されています。ペルシャの地下水路であるカナートと同じものだという【狂心渠】 飛鳥時代というのは、非常にミステリアス、この時代に造られた石造物、文化財などは 実は全てイ妥国(タイコク)(秦王国・古代ユダヤ王朝)の文化遺産だと考えられてきました。 秦人は、【壬申の乱】の時、新羅に協力的だったので、後の百済政権になって【日本書紀】 を改竄された時に、このように悪く書かれたものと思われます。 日本が神話の世界から歴史の世界へと登場することになった飛鳥時代とは 倭国およびイ妥国(タイコク近畿王朝・秦王国)への仏教伝来を契機として、古墳時代晩期の人々が 中国大陸や朝鮮半島の先進文化を受容し、仏教美術を主体とする【上代文化】の基礎を 築いた時代でした。 秦始皇帝の【焚書坑儒】事件に始まったユダヤ人同士の【古代南北朝】の争い シメオン族とガド族の凄絶な戦いは、672年の【壬申の乱】の時、この反乱を 鎮圧したのが新羅占領軍司令、郭務宗(レビ族大伴氏・藤原鎌足のモデル)が 率いる花郎軍団(クシャトリア)でした。彼らは【黒染めの衣】を着た巫僧集団でも あり、郭務宗もユダヤ人でしたから、当初から妥協による和睦を図ろうと執拗に 工作していました。その成果が実り、秦王国=古代ユダヤ王朝存亡の危機に際し 藤原鎌足の仲介でシメオン族とガド族間の長年に亘る確執も解けて、古代南北朝の 争いを中止し、共に新羅軍政に協力することになったと思われます。 飛鳥時代の【酒船石】の遺跡は、実はカバラの「生命の樹」の形を刻んでいます。 水を流したらしい溝とは神の流れで神的属性の間を結ぶ小径であり、 それ故に【生命の樹】は交流する時は小径が二重になっているのですが 「酒船石」も二重になっています。 カバラの【生命の樹】をたどると、古代、中央アジアを中心に全世界に広まったミトラ教に つながります。ミトラは密教、弥勒にもつながります。 空海が長安から持ち帰った密教の曼荼羅が【セフィロト(生命の樹)】といわれるものです。 【生命の樹】とはユダヤの秘儀といわれますが、起源はアーリア人のミタンニと考えられ 世界のすべての事・物・者に影響を与えているおおいなる教えを図にしたものです。 樹木崇拝は世界中にあり、各地で生命の樹の神話とそれぞれの土地の樹木崇拝が 結びつき、樹木の造型として展開しました。 世界の七不思議、バビロンの空中庭園も宇宙軸、生命の樹の観念につながる 象徴的な樹木を配して、天上の楽園を観念的な表現としたものでした。 【セフィロト(生命の樹)】が象徴することには多くの意味と解釈があります。 その基本は、一番上のセフィラーから、順々にエネルギーが流れていき 最後のセフィラーで物質の力として安定する、という「万物創造」の仕組み図です。 そしてパスはエネルギーの通り道です。 森羅万象は日々、様々な創造を繰り返し、人間の営みもまた同じです。 【セフィロト(生命の樹)】には、そうした全ての現象が入っています。 古代、このような宇宙観をもったユダヤ教の神官、ラビの一部の人々は、 バアル(牛頭神教)が、万民の神であるということを伝えるために、カバラという 秘密教団を組織しました。このカバラの神官が古代日本にもやってきたようです。 【ユダヤの秘儀】によると【神】の流れはセフィロト間を結ぶ小径と、幾つかの三つ組 その三角関係を辿ることによって詳しく追ってゆくことが出来ます。 まるで【エヴァンゲリオン】の世界です。魂の成長・浄化。 現代にも通じるスピリチュアルなことです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009/04/23 05:45:49 PM
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