テーマ:日本人のルーツ(528)
カテゴリ:歴史
今夜は七夕です。 雲が切れて、大きな明るい月が出ているのに彦星と織姫星が見えました・・・と 友人からステキなメールが届きました。 牽牛と織姫の七夕伝説は古代オリエント史がルーツになります。 地球の北半球諸語に於いて、動物の【牛】の原音には【ウル】が多い。 牛の原産地はメソポタミア。BC3500年、ウルク期に於いて牛はウルと呼ばれていました。 ウル王朝とかウル王朝の【ウル】が動物の牛のウルに由来することは明らかです。 動物の牛が部族のトーテムとなり、部族名となりました。 古代満州の扶余に【牛加】が実在し、高句麗には【牛加】は存在しませんが 牛の原音のウルの入った部族名がありました。 蚕友落部・・・ザム・ウルク・プ 【蚕】のザムは、シュメール語のシォンsionの転でした。古代イスラエルのシオン部族です。 そして、ウル人、蚕友落部を直訳すると、シオン・ウル人部族・・・ということになり 一つの名の中に、古代オリエントの部族名が二つも入っていることが分かります。 シオン族と牛族(ウルク)は対婚部族でした。 即ち、この二つの部族が【織姫】と【牽牛】のルーツです。 養蚕や絹織物技術にすぐれていたとされるシオン族は、 BC2800年頃から 牛族のウルクと帯同して原郷のメソポタミアを離れたと考えられます。 インドでは釈迦の名で呼ばれ、殷では【召方しょうほう】と呼ばれていたといいます。 シオン族は塩を作る技術者集団でしたので【塩族】、新羅の旧称【斯櫨しろ】という国の 特産品は【塩】で、それもシオン族の手によるものでした。 新羅のはじめの国号は【徐那伐ソナボル】といいました。【徐ソ】はsioの転。 【那ナ】は助詞の【の】。【伐ボル】は【馬】の仮借です。 即ち、新羅は塩族と馬族によって樹立された国だったのです。 馬加(加は人という意)は新羅の始祖、朴氏ナーガ族のことです。 因みに新羅の旧称【斯櫨しろ】から新羅や源氏のカラーシンボルが【白】になります。 古代イスラエルの民がシルクロードに於いて秦氏に変容し、シオン祭を祇園精舎大祭、祇園祭へと 変容させながら日本の祭祀文化として醸成し、京都で開花させたようです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009/07/08 11:05:52 PM
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