テーマ:日本人のルーツ(528)
カテゴリ:歴史
パレスチナのカルメル山にあるタブーン洞穴の「女性」の骨格は
ネアンデールタール人の体の上に、丸くてずっと現代人的な頭が
のっているという明らかに混成的なものであった。 北部イラク山岳地帯のシャニダールの洞穴では、顔の上部全体が 現代人的風貌をもつネアンデールタールの変種が見つかっている。 それは4万5000〜44,000年前のものである。その近くのスリフル共同墓地 から出土したものは、ネアンデールタール人よりもクロマニヨン人に近接し また現生人誕生の前夜といえるまで進化したものであった。 ![]() イスラエル北部のアームッド洞穴からは、頭はネアンデールタール人でありながら 顔はホモサピエンスという、古いネアンデールタール人と現代人とのつながりを 示すものが発見されている。その年代は40,000年前より前であるとされている。 クリミヤ半島の突端のスタロセリエ洞窟でも、1〜2才の子供が埋葬されている のが発見された。たぶんにネアンデールタール人の特質を残しており、 ネアンデールタール人とホモサピエンスの一種であるクロマニヨン人との中間的位置を しめるものとされている。このようにして確かめられた現生人類の祖先は、ほとんど 現在のヨーロッパ人的なものであえうから、学者はこれを【ユーロポイド】と 名付けたのである。これらは、西アジア、中央アジア、この地域で何故ヒトの 進化がありえたのでしょう。 当時、リス氷河期には、この地方では、気候が湿潤化し、広葉樹林、落葉樹林、 そして多くの湖や河川、多種多様の食料源に恵まれるという人類の進化に最も適した地域 だったからでした。この地域に現れたユーロポイドのことをアジア的ユーロポイドと 呼んだ。彼らはやがて、被氷地ユーロポイドと、アフリカ地中海的ユーロポイドを生む。 一方シベリアを見ると、ネアンデールタールじとホモサピエンスの過度期の型から ホモサピエンスにまで進化したものが、バイカル湖にそそぐアンガラ川沿岸のマルタでも 発見されたのである。これはシノ・シベリア的モンゴロイドと名付けられた。 その他、ウラルの東、天山(テンシャン)の北にもモンゴロイドを見出し、 これはツングースモンゴロイドと名付けられた。 何故ここにも人類の進化が行われたのでしょう。 ![]() その時期にあっては、アルタイ山地、サヤン山脈、ヤブロノイ山脈の北面には 未だ氷原がまだらに残って寒気は厳しかったのであるが、 その南面には樹林が茂り、その下草が萌え温暖であり、そしてその南には 湖沼を連ね、緑に囲まれた東トルキスタンという盆地があったからである。 したがって、この時期では、東トルキスタンの北壁と東トルキスタン、 中央アジア、西アジアは、人類進化に絶好な環境に共通する一つの世界をなしていた。 ![]() では、何故被氷地人類がこの進化に立ち遅れたのでしょうか。 シベリアの中央高原が東西を隔離しているオビ川流域は氷原で、これもまた第2の隔離であった。 ドン河とドニェプル河の線には未だ氷河が残っていて、 それはアルプスに連なる欧州の山脈におよんでいた。 その環境がホモサピエンスの出現をシベリアの南側・東パキスタン・ 中央アジア・西アジアの広地に限ってしまったのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022/08/27 02:32:24 AM
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