倉敷と言えば、江戸時代は幕府直轄の「天領」として栄え、大原美術館や白壁の家並みが運河沿いに建ち並ぶ歴史的な「美観地区」で知られ、年間を通して全国から多くの観光客が訪れる。うらんかんろも学生時代に二度遊びに行ったことがあるが、情緒あふれる素敵な街という印象をずっと持っていた。そんな倉敷に、実に数十年ぶりに仕事でお邪魔する機会があった。
久しぶりに訪れた倉敷の「美観地区」は昔と変わらぬたたずまいを見せ、相変わらず観光客で溢れていた。しかし、駅前から「美観地区」につながる商店街は、他の地方都市同様、シャッターを下ろしたままの店が目立ち、かつて百貨店があった場所は、広い駐車場に変わっていた。
倉敷はまだ「美観地区」という財産があるからまだいい。しかし、そうした目立った財産を持たない地方都市は、この経済苦況の中で、再生への手掛かりをつかめぬままもがいているところが多い。特効薬はないし、答えは簡単ではない。
さて、日記の本題であるBAR巡りに戻る。まずは、午後6時オープンと聞くBARに行ったところ、まだ電気が暗い。定休日でないことは確認している。念のために、店へ電話を入れてみると、マスターらしき方が出て、「すみませ~ん。きょうはちょっと準備が遅れて、オープンは7時頃になります」とのこと。
それでは、仕方がない。もう1軒お邪魔しようと思っていたBARは、7時オープンなのでまだ早い。で、駅から美観地区へ続くメーン・ストリートを歩いていると、1軒のBARが開いていたので、時間つぶしにお邪魔する=写真右 。
店内にはさまざまなオブジェやポスター、催しのチラシが飾れていて、カジュアルな雰囲気。椅子やテーブルの色や形がみんなバラバラなのは、当然、そういう「ウケを狙った」ものなのだろう。カウンターだって、タイル貼りだ。
店名は「SWLABR」 と書いて「スーラバー」と読ませるという。何から何まで変わった店だけれど、不思議と居心地は良い。BAR巡りのスターターには、こんな店も悪くない。僕はビールを頼んでカウンターに腰掛け、しばしのウォーミングアップ(店は昼間から開いていて、カフェ遣いもできるという)。
店長らしき方に、「店の名前の由来は?」と尋ねる。「(エリック・)クラプトンがやってたクリームの曲名からとったらしいです」。で、その「スーラバーの意味は?」とニの矢を放とうかと思ったが、やめた。それは帰ってから自分で調べてみよう。BARというのは雑学が増える場所でもある。
さて、ようやく7時になり、最初の店へ戻ろうかとも考えたが、2軒目に予定しているBARの方がロケーションが近いことから、急遽まず、その「Bar胤(つぐ)」 =写真左 =を目指すことにする。
「胤」は、切り絵作家の成田さんや大阪の複数のBARのマスターから、「あの店はいいよ」と勧められたBARだ。店はメーンストリートから数分、静かな住宅街の中にある一軒家の1階。気を付けて歩かないと通り過ぎてしまいそうだ(写真右 =成田一徹さんの切り絵も店内に飾られていた)。
重厚な扉を開けるとマスターのYさんが「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。驚いたのは、例えば麻布十番にでもありそうな、おしゃれな空間。僕はカウンターに落ち着き、「大阪から出張でお邪魔しました。複数の方から倉敷へ行ったらぜひ胤へ行きなさいと言われました」と切り出し、ジン・リッキーをお願いした。
「胤」は今年で創業25年。現在地に移転して約10年になるという。店名はYさんの名前の1文字に由来する。2年ほど前に少し病気をして数カ月間お店を休まれたが、現在は快復されたといい、お元気そうで何よりだ。
客は幸いまだ僕ひとり。Yさんが個人的に懇意にしている大阪や神戸のバーテンダーの話題をひとしきりしていると、Yさんは突然涙を流され、ハンカチを取り出された(写真左 =落ち着いた雰囲気のカウンター)。
神戸のBar・Savoyの元マスターKさんの近況に僕が触れた時だった。「すみません、(病気をしたせいか)涙もろくなってしまって…」とYさん。「いやいや、こちらこそ泣かせるつもりはなかったんですが、申し訳ありません」と僕。業界の大先輩のことを思って、思わず胸に迫るものがあったのかもしれない。
NBA(日本バーテンダー協会)中国地区本部の技術研究部長という重責を担っておられることからも分かるように、腕もとても確かな方である。しかしそんな技術的なことよりも、温かい接客が最上のもてなしだということを、Yさんは体で教えてくれる。そのバックには病気と闘った貴重な経験が生きて、その人間味あふれる人柄に現れているのだろうと僕は思う。
「胤」でさらにハイボールを頂いた後、僕は再会を約束して、店を後にした。倉敷は新幹線とJR在来線を乗り継いで大阪から1時間半ほど。再訪するのには嬉しい距離だから、またYさんに会いに行きたいと思う。
さて、3軒目にお邪魔したのは、倉敷一の老舗「Onoda Bar」 =写真右 。駅前商店街のはずれ、ツタのからまる1軒家の脇の階段を上っていけば、そこがBARの玄関。
「さっき電話した者ですが…」と言うと、白髪まじりの短髪のマスターは笑顔で「すみませんでしたねぇ…、いつもは必ず6時に開けるんですが…」と。まぁ、こういう予期せぬことが起きるのがBAR巡りの面白さでもある。
天井の高い店内は、開放感があふれる。一見すると和風の一軒家なのに、壁はコンクリートの打ちっぱなしという面白い造り。ちなみに、1階の日本料理屋とは姉妹店関係にあるとか。
長いカウンターに面した長いバックバーが凄い。4段の棚には、シングルモルトを中心に様々な酒類のボトルが所狭しと並べられている。そして、そのボトルの前には、アンティークぽいグラスがいっぱい(写真左 =「Onoda Bar」の店内風景)。
「地震が来たら大変ですよね」と言うと、「このあいだ、ちょっと大きい震度4くらいの地震があった時は、店にいる時で、ボトルとボトルがぶつかり合う音が凄かったよ。幸い、まだ倒れて割れたことはないけど、まぁその時はその時で…」と大らかなマスター。
もしもの時のためにも、ウイスキーは「秘蔵するより飲んであげてなんぼ」だ。グラスだって、形のあるものはいつか壊れる。僕と同じ哲学の持ち主のマスターに乾杯! で、まず1杯目に頂いたのは、久しぶりにアイラの新顔「キルホーマン」のシングルモルト。スモーキーで旨い。
マスターに名刺をもらうと、「おや、Oさんじゃなくて、Tさんですかぁ…?」と僕。「いやぁ、10年ほど前に婿養子に行って、名前が変わっちゃってねー、アッハッハ」とのたまう。いやいや愉快なマスター。
2杯目は、「ソーダ割りで何かおすすめを」とお願いしたところ、「じゃぁ、これで」と「Ancient Clan」=写真右 =というブレンディドを選ばれた。う~ん、まさかの選択。トマーチンがキーモルトのブレンディドだが、実はこのウイスキー、(偶然なんだけど)前から一度味わってみたいと思っていた銘柄だった。
マスターは大阪のBARのマスターたちとも懇意。僕の行きつけのBARにも行ったことがある。「Mさんの店(Bar・K)では6軒目くらいだったこともあって、寝込んでしまって迷惑をかけちゃってねー」とマスター。大阪でも豪快な人柄だったらしい。
そんなこんなで話し込んでいると、そろそろ新幹線の出発時間。岡山まで戻らなければならない。後ろ髪を引かれる思いで、「Onoda Bar」を別れを告げた。ここもまたぜひ再訪したい。倉敷のBARの皆さん、温かいおもてなしを本当に有難うございました!
【SWLABR(スーラバー)】 岡山県倉敷市阿知2丁目18-2 電話086-434-3099 正午~午前3時(木のみ午後8時~午前3時) 無休 昼間はカフェ営業も 【Bar 胤(つぐ)】 倉敷市阿知3丁目16-8 電話426-6676 午後7時~午前1時 日休 【Onoda Bar】 倉敷市鶴形1丁目2-2 電話427-3882 午後6時~午前0時 月休
【追記1】 「SWLABR」(スーラバー)は、60年代のクリームの名盤「カラフルクリーム」の収録曲で、「She walks like a bearded rainbow」(彼女は髭を生やした虹のように歩く)という、サイケデリック時代ならではの意味不明文の単語の頭文字を並べてタイトルにしたものということです。
【追記2】 Bar 胤はその後、残念ながら閉店されました。
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Profile
うらんかんろ
大阪・北新地のオーセンティック・バー「Bar UK」の公式HPです。お酒&カクテル、Bar、そして洋楽(JazzやRock)とピアノ演奏が大好きなマスターのBlogも兼ねて、様々な情報を発信しています。
Free Space
▼Bar UKでも愛用のBIRDYのグラスタオル。二度拭き不要でピカピカになる優れものです。値段は少々高めですが、値段に見合う価値有りです(Lサイズもありますが、ご家庭ではこのMサイズが使いやすいでしょう)。 ▼切り絵作家・成田一徹氏にとって「バー空間」と並び終生のテーマだったのは「故郷・神戸」。これはその集大成と言える本です(続編「新・神戸の残り香」もぜひ!)。▼コロナ禍の家飲みには、Bar UKのハウス・ウイスキーでもあるDewar's White Labelはいかが?ハイボールに最も相性が良いウイスキーですよ。▼ワンランク上の家飲みはいかが? Bar UKのおすすめは、”アイラの女王”ボウモア(Bowmore)です。バランスの良さに定評がある、スモーキーなモルト。ぜひストレートかロックでゆっくりと味わってみてください。クールダウンのチェイサー(水)もお忘れなく…。