読者の皆様、先頃連載した「禁酒法時代(1920~1933)の米国--酒と酒場と庶民のストーリー」で一部訂正があります。
第3回の項で、アル・カポネが当時、闇ビジネスで稼いだ金額(年収)について紹介しましたが、その際、「もぐり酒場の経営などで、1927年の1年間だけで約1万5千ドル(当時の平均的米国民の年収約6倍)を稼いだ」と記しました。
しかし、その後さらに幾つかの資料にあたってみると、カポネは実際には、1927年当時、すでに年間約2000万ドルの稼ぎがあったことが分かりましたので、つつしんで訂正させて頂きます。大変大きな数字の違いで申し訳ございません。本ブログ上の本文は、すでに以下のように修正いたしております。
「カポネ自身はシカゴで約160カ所のもぐり酒場も経営し、もぐり酒場のほか、とばく場や売春宿の経営等も含めて、1925~30年頃、少なくとも年間約2000万ドル(貨幣価値が現在とは違いますが、当時平均的米国民の年収の約7700倍)の稼ぎを得ていたと言われています。」
連載を小冊子にしてお送りした皆さんには、大変申し訳ありませんが、このページか修正済みの本文の該当箇所をプリントアウトして正誤表としてお使いください。
なお1920年当時の2000万ドルは、日本円でどれくらいの価値があったかですが、日銀のHPなどによれば、1920年当時の対ドルの円レートは、1ドル=約2.5円でしたので、2000万ドルは単純には5億円となります。
しかし一方、当時の日本の公務員の平均月収は約20円だったそうですから、そう考えるとこれは当時の5億円は、今の貨幣価値だと4兆円くらいにも相当することになります。いかにカポネの稼ぎが凄かったのかを感じさせる数字です。
以上、宜しくお願いいたします。
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うらんかんろ
大阪・北新地のオーセンティック・バー「Bar UK」の公式HPです。お酒&カクテル、Bar、そして洋楽(JazzやRock)とピアノ演奏が大好きなマスターのBlogも兼ねて、様々な情報を発信しています。
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▼Bar UKでも愛用のBIRDYのグラスタオル。二度拭き不要でピカピカになる優れものです。値段は少々高めですが、値段に見合う価値有りです(Lサイズもありますが、ご家庭ではこのMサイズが使いやすいでしょう)。▼切り絵作家・成田一徹氏にとって「バー空間」と並び終生のテーマだったのは「故郷・神戸」。これはその集大成と言える本です(続編「新・神戸の残り香」もぜひ!)。▼コロナ禍の家飲みには、Bar UKのハウス・ウイスキーでもあるDewar's White Labelはいかが?ハイボールに最も相性が良いウイスキーですよ。▼ワンランク上の家飲みはいかが? Bar UKのおすすめは、”アイラの女王”ボウモア(Bowmore)です。バランスの良さに定評がある、スモーキーなモルト。ぜひストレートかロックでゆっくりと味わってみてください。クールダウンのチェイサー(水)もお忘れなく…。
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