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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 144

恋までの距離 れいんさん

「…つまんねえ」
「何が」
「おめえの世話ばっかでつまんねえって言ったんだ」
「僕だって好きでこうなったわけじゃない」
「なぁ…ちっとばっかし、背中トントンしてくれよ」
「無理言うな」
「んじゃ、子守唄歌ってくれよ」
「そんな気分じゃない」
「なんでぇ。使えねえ奴。…んじゃさ、ハグしてくれよ」
「は?なんでだよ」
「俺は愛に飢えてんだ」
「威張って言うなよ。…ちぇっ、しょうがないな…こっち来いよ」

じいぃぃぃ…

「コホン…」

はぐぅぅぅ…

「…えへへ。あったけぇな」
「ケホ。…そうか?」
「ドンヒ…」
「ん?」
「俺がそんな風になったらよ、おめえ世話してくれっか?」
「え…そりゃ…モゴモゴ」
「あんだよ。聞こえねえ」
「…どうしてもと頼まれたら断る理由はないな」
「ふん。なんでぇ。やっぱおめえなんかに世話してもらうより、ボインの可愛子ちゃんのがいいな」

ふん!何言ってるんだ
僕がそうしたいって言ったらムキになって阻止したくせに

「ところでおめえ、風呂はどーすんだ」
「どーすんだって…これじゃどうにもならない」
「ふぅん…どうしてもって頭下げんなら俺が入れてやってもいいぜ」

ふん!誰がおまえなんかに頭下げるか

「いい。明日病院に行って入浴サービス受けてくる」
「何っ?んなのやってもらえんのかっ?ぱっつんぱっつんのマイクロミニのナース服着た可愛子ちゃんにかっ」
「何、ヤらしい事想像してるんだ」
「そ、そんなのダメだっ!なに、遠慮すんな。俺が入れてやるからよ」

僕が可愛子ちゃんに世話してもらうのが嫌なのか
可愛子ちゃんが僕の世話をするのが嫌なのか
こいつの場合…よく解らない

ま、そんなわけで僕は身ぐるみ剥がされてホンピョと一緒に風呂に入った
泡風呂のおかげで湯舟の中では互いの身体は見えなかった
時々妙なモノが当たってる気がするが、深く考えない事にしよう

それにしても両手を挙げたままの姿勢は辛い
洗い場でゴシゴシしてもらう間もずっとバンザイしてなきゃならない
脇腹あたりは特にくすぐったくてたまらない

「…オイ。ところでよ…ココはどうすんだ」
「…そこはいい…」
「ふん。何恥ずかしがってんだ。気にすんな。俺もおんなじモン持ってっからよ」
「あっ…」

よせ…そこはヤバイって
そんな風にされると…
ほら…な?
言わんこっちゃない…

「…コホ。…おめえ…なんですぐそうなるんだ」
「だからその…デリケートな性質なんだ」

ああ…どうしよう…
ホントやばい
なんとなくヘンな気持ちになりそうで…

急にその場が気まずくなった
水を打った様に静かになった
トイレの時とは違って、僕もあいつも裸だし、この状況は非常にマズイ
僕達は無言のままシャワーを浴びた
そしてぎこちない雰囲気のまま風呂からあがった
ホンピョは無駄口を叩く事もせず僕を着替えさせてくれた
「ありがとう」と「おやすみ」を言って僕は布団に寝そべった
ホンピョの方に背を向けて

僕は…こいつが好きなのか?
いや、僕は女性が好きなんだ
今までずっとそうだった
女性にしか反応しない…はずだ…多分…
そうであって欲しい…
だけど…こいつの事ほっとけなくて
こいつの事、なんだか可愛くて…
ジホ監督がちょっかい出す度、面白くないのはなぜなんだろう
自分でもそんな気持ちを持て余してる
もう観念して認めてしまえと囁く僕と
絶対に認めちゃいけないと声を張り上げる僕
堂々巡りでいつもそこで思考が止まる

そんな事を考えていたら、ふと背中にあいつの温もりを感じた
くの字になって僕の背中にくっついているんだ
解っていた
いつもみたいにただ無邪気に甘えてるだけだって

僕はくるりと向きを変えた
「おっ!起きてたのかよ」
あいつが照れ臭そうに笑った
あいつと僕の目と目が合った
その瞬間、衝動的に僕はあいつの上にのしかかった

「あっ…ドンヒ…何すん…んんむ」
僕は何も考えられずいきなりあいつの唇を塞いだ
どうとでもなれ…そんな気分だった
あいつの両腕を不自由な手で押さえつけ、激しく唇を吸い続けた
固く閉じられていたあいつの唇がわずかに開いた
僕は夢中でその舌を絡め取った

「ん…んあ…あ…」
激情に駆られながらあいつの首筋に唇を這わせる
シャツをたくし上げあいつの身体をまさぐる
僕の手は何かに取り憑かれた様に、もう止まらなくなっていた

「…めろっ!…やめろっ!」

ボカっ☆

横ツラにあいつのパンチが飛んできた
そういやあいつボクサーやってた事もあったんだ
さすがに効くな、そのパンチ

「…何するんだ。痛いな…ケガ人に酷いじゃないか」
「馬鹿やろうっ!おめえこそ何のつもりだっ」
「今さら何だ。おまえが先に挑発したんじゃないか」
「挑発だと?俺はそんなつもりはねえっ」
「そんなつもりはない?…ははは…おまえだってその気になってたくせに」
「馬鹿やろうっ!」

もう一度ホンピョの拳で殴られた
裏切られた様な哀しい目をして見下ろすあいつ
そんな目で僕を見るなよ…

「おめえなんかもう知らねえっ!大嫌えだっ!」

捨てゼリフを残してあいつは部屋を出て行った
凄い勢いで階段を下りる足音が響いた
僕は痛む頬を撫でながら窓の外の闇を見つめた
殴られた頬よりも僕の心は痛かった


もうひとりのソクさん  足バンさん

ソクさんはお店ではテンションが高い
今日も”自分と蟻の行列の関係”を解説してお客さんにウケまくっている

テンション高いのは今に始まったことではないし営業的にはいいんだけれど
問題はその後
終わってヨンナムさんちに帰ると妙に静かになる
みんなの前ではすごくいい感じなのに
ひとりになると何だか考えているような、考えることを放棄しているような…

飲みに行きたがることも多くなって
飲むとひどく酔うことも多くなった

「ソクさん、あしたのちずおわたししておきます」
「おおジュンホ君、え?これどっちから見るの?」

控え室で待機しているとジュンホ君が何やらメモや地図を持って近づいてきた

明日は前から約束のジュンホファミリーとの釣りの日
ソクさんは昔から釣り好きで今回もかなり張り切っている
アウトドア系のレンタカーもしっかり手配して
ジュンホ君ちの子供達に教えるからって道具まで新調した

「何年ぶりかなぁ…腕が鳴るなぁ」
「むかしはどのあたりにいってたんですか?」
「え…あぅん…どの辺だったかな…決まってなかったから」

またあの顔だ…
最近ちょっと気になってる顔…寂しそうな?いや不安そうな顔…
そんな顔を見せられると俺まで不安になる
その顔って少し前までの俺の顔だから

「そうだ、これうちのジュンとウォンです」
「おおどれどれ」

ソクさんはジュンホ君が差し出したお子さん達の写真を手にとって…
驚いたのは俺
笑っていたソクさんの表情が一瞬消えた

「かわいいですね、ねぇジュンホさん3人目は?」

たまたま控え室に入ってきたミンギ君が写真を覗き込んで聞くと
向こうからテプンさんが「聞き捨てならぬ!」とか言って割り込んで来た
みんなが顔突っ込んで騒ぎになってウヤムヤになったけれど
ソクさんはひと言も言葉を出さなかった

「何騒いでるの?テプン指名入ったぞ」
「おぉチーフ!ジュンホの抜け駆けを教育的指導してました!」
「おまえが指導できる立場か、早く行け」
「うぃーっす」

スヒョンさんが部屋に入ってきてその場の騒ぎは収まった

「スヒョクたち明日は休みだったね」
「はい。でもチーフ、監視がいないからって気を抜かないで下さいね」
「ふふ、オイタはしないよ」
「ドンジュンたち明日の営業には間に合うんですか?」
「いや、遅くなるから出勤は明後日でしょ」
「楽しみですね」
「え、ま、そうね…コホッ…静かでよかったんだけどね」
「そうですか、えぇと”静かでよかった”と」
「ちょっ…スヒョク何メモしてるのっ」

普通だったら大喜びで食いついてくるこんな会話にも知らんぷりで
隅にある珈琲メーカーの残り具合など見てカップを整えているソクさん
さっきはすけべ天使なんて言ってたくせに

「そうだソクさん、あの話正式に決まりましたよ」
「え?…あ、映画の話ですか?」
「ええ、あなたに勧められてホン読んで決めました」
「そうですか、よかった」
「どうか…しましたか?」
「え?」

ほら、天使に気づかれたぞ

「別に…はは…ちょっと疲れてるかもしれません」

あまりにヒネリのない理由を言うところがこの人らしい

「ソクさん希望の持てる話がいいって言ってらしたでしょ、たぶんそうなりますよ」
「ああ…それはいいですね」
「もうカラッポだと思ってたのに再び満たされるわけです」
「は?」
「ふふ、ここがですよ」

スヒョンさんは自分のジャケットの左胸の辺りを指先でトントンと叩いた
ソクさんはちょっと間をおいて頷いた

「なるほどね、ああ、なるほど」
「じゃ」

スヒョンさんはにっこり笑って部屋を出て行った
その時には控え室には俺とまだ珈琲メーカーに張り付いているソクさんしかいなくて
どこか中途半端に静かな空気が居心地悪い

「ソクさん、そんな話スヒョンさんとしてたんですか」
「うん…そうだった」
「ソクさんって意外と俺に話してくれないんだなぁ」
「そんなことないっ!もう僕の全てを見せたいなん…ちゃって」

俺は全然ノリのなってないソクさんに近づいて背中から抱きしめてみた
ソクさんの胸ポケットにある小さな異物に気づいてはいるけれど
それについては何も触れない

「もし…心配ごとがあったらちゃんと言って下さいよ」
「うん?そりゃそうだよ」

ドアからひょっこりラブが顔を出した

「ソクさーん、単独でご指名ですよ」
「えっ?単独っ?聞いたかスヒョクっ!行ってくるぞっ」
「お客さんに抱きついちゃだめですよ」
「妬くな妬くなっ」
「妬いてません、モラルの話です!」

嬉々として出て行くソクさんを手を振って見送った

「相変わらずほのぼので仲いいなぁおたくたち」
「…そう見える?」
「他にどう見えるのよ」

ドアを出たあの人はきっとそのまま洗面所に行き
胸ポケットからカプセルを出して小さな白い錠剤を口に放り込む
そして頭痛を無理矢理止めて何ごともなかったように笑って店に出る

俺だけが知っているもうひとりのソクさん


London 3  オリーさん

彼へのお土産・・
僕は彼にそれを渡すことができるだろうか・・
後ろでドンジュンさんは店員をつかまえて質問攻めにしている
僕と同じくらいカッコよくて、僕よりちょっとだけ大人びてて、
僕と同じくらいセクシーな奴は何が合う?ってめちゃくちゃな質問
そんなドンジュンさんから離れて僕は一人で店をうろついた
目にとまったのはブルーグレーのVネックのカーディガン
深いブルーとくすんだグレーが微妙に混ざってその中間の色目にも見える
オフのときに家で着たらきっと似合う
僕はそれをつと手に取ってみた
目を閉じるとカーディガンを着た彼が僕に笑いかけた
似合うよ・・

少し離れた所からドンジュンさんに声をかけられた
「ギョンビン、決まったの?」
「僕はやめときます」
「そうなの。僕はこれ!」
ドンジュンさんはカーキ色のリブ編みのクルーセーターを選んだ。
「中に派手めのシャツとかスカーフ入れるといいってさ」
「いいですね」
「だろっ!」
ドンジュンさんの選んだセーターを丁寧に包んでもらい、僕らは店を出た
店を出る前、あのカーディガンを横目で見た

ローラ・アシュレイに寄り、奥さんにフラワープリントのエプロンとテーブルクロスを買った
僕からのお礼だ
ドンジュンさんがランチョンマットをつけてくれた
リージェントSt.を網羅して、隣のニューボンドSt.に移った
この通りはブランドオンパレード、世界中の店が集まっている
僕らは端からウインドウショッピングして楽しんだ
ニューボンドSt.からオールドボンドSt.に変わるあたりでいきなりのけぞった
パティック・フィリップの店の前で

ショーウインドウを覗いた僕らはその場に倒れこみそうになった
「ギョンビン、お前何て時計してんだよ」
「も、もらい物ですから」
「それにしても・・ねえ?」
「え?」
「暮らしに困ったらその時計売ろうよ」
「だめですよ」
「いざとなったらだよ」
「だめ」
「万が一の時・・」
「くどいっ!」
それにしても驚いた
僕は彼と交換した時計をそっと触れてみた
君はみんな見てるね、彼の代わりに・・

ギョンビンの時計をショーウィンドウで見つけたときはクラクラした
あいつったら、わかってつけてるんかな・・ちょっと疑問
んなことを考えながらニューボンドSt.を抜けピカデリーに出た
フォートナムメイスンは観光客で混んでいた
紅茶はギョンビンの宿の奥さんの紅茶が美味しいというので
オックスフォードでその紅茶を教えてもらい買うことになった
スヒョクにソクさんの物を頼まれていたのでその近くのダンヒルをのぞいた
ギョンビンと相談してライターを決めた
監視のお礼もあるしな、やっぱスヒョクにも買っていこう
気に入るといいけど
それからブラブラして出発点のピカデリーサーカスに戻った
シャフツベリーAv.をさかのぼってソーホー地区に行った
チャイナタウンにギョンビンおすすめの中華料理店があるというのでそこで夕食
駆け足のロンドン観光もクライマックスっていうわけ

熱々の飲茶を頬張りながら成果を話した
「結構歩いたよね」
「疲れたでしょ」
「お土産はもう大体大丈夫かな」
「後はそれぞれちょっと買えばいいですよね」
「紅茶忘れないでよ」
「わかりました」
「いつかあの人たち連れて、ロンドンアイ絶対行こう!」
「そうですね」
そうこうしているうちに料理がどんどんくる
ローストビーフもいいけど、やっぱりこういうアジアンテイストが落ち着くなあ
焼きそばが美味い、ビーフの炒め物も美味い、マーボー豆腐も美味い
最後に上海蟹にチリソースをからめたもの、美味いっ!
「でさ、そっちの仕事はどうなの?順調?」
僕はちょっと気になってた事を蟹にむしゃぶりつきながら聞いてみた
「今のとこ、うまくいってますよ」
蟹をしゃぶりながらギョンビンが答える
「ただ・・」
「何?」
「帰るのがちょっと遅くなるかも」
「そうなの?」
「明日で決まります。うまくいけば延びる、だめだと帰れる」
「どっちもどっちだな、それって」
ギョンビンはまた黙って蟹にしゃぶりついた
それ以上は聞けなかった

満腹になって僕たちは外に出た
すっかり暗くなってる
もどき君の情けなさそうな顔が浮かんだ
「パブで一杯やりたかったけど、そろそろ帰るわ」
「そうですね。3時間かかりますからね」
ウォタールー駅まではタクシーを使った
駅へ向かう途中、ライトアップされてるビッグベンや
今朝乗ったロンドンアイが見えた
何だかずいぶん昔の事みたいだ

ギョンビンはホームまでついてきてくれた
乗り込もうとしてデッキに足をかけた
「ねえ、ギョンビン」
僕はあいつを振り返った
「僕がバリバリ元気なの、おまえのおかげだよ」
「え?」
「仕事も恋もガンガン行こうって言ってくれただろ。おかげで随分吹っ切れた」
一瞬ギョンビンの体が揺れたような気がした

「僕、そんなこと言いました?」
「ビアガーデンで思いっきり励ましてくれたじゃん、もう忘れた?」
「ああ」
「おかげでパリではすっごく順調でさ、だから・・その・・ありがとうっ!」
「それはドンジュンさんの力ですよ」
ギョンビンは苦笑いした
「人がせっかくお礼を言ってるんだから素直に聞けよ」
「はい」
「お互いこれからもがんばろうな、仕事に恋に」
ギョンビンは笑顔のままうなづいた

「でさ、何かあったら、ミンチョルさんだけでなく僕だってスヒョンだってついてるから」
「わかってます」
「忘れるなよ」
「はい」
僕は乗り込んでまたギョンビンを振り返った
「じゃあ、また店で会おう。そっち担当の土産忘れないでよ」
ギョンビンはわかったという風にこっくりした
ドアが閉まった
そしてゆっくりとユーロスターは動きだした
その瞬間、なぜだか僕はそこに立っているギョンビンが今にも消えそうな気がした
窓にへばりついて叫んだ
「何かあったらすぐ相談しろよっ!」
僕の口の動きをギョンビンは読んだだろうか
ただ笑って手を振っていた
ユーロスターは夜のロンドンを出発し、僕をパリに向けて運んだ
明日のために少し寝ておこう、そう思って目を閉じた
笑っているのにギョンビンが寂しそうに見えたのはなぜだろう
どうして消えてしまいそうな気がしたんだろう
僕は眠りに落ちるまでずっとそればかり考えていた


焦り 4 ぴかろん

「…あります…」
「そう…。どうだった?」
「…好きです。 招かざる客…砂漠…最後の願い…踊る工場…青い鳥…スイート・ブラット…全部見てます」
「…。好き?」
「好きです」
「どれが一番好き?」
「…青い鳥…」
「…。そう…あれ…」

僕の答えを聞いて、監督は少し口元を引き締めた
今までのおちゃらけた雰囲気が消えた

「あ…あれは…かなり初期の作品だけど…、あんな未熟なのが…好き?」

監督の声が震えているような気がした
こんな有名な監督になっても、自分の作品への評価を直接耳にするのは怖いのかな…

「確か三作目でしたっけ…。とても静かな、穏やかな映像で心理描写は淡々としてるのに妙に風景とマッチしてて…見終わった後、僕は幸せな気持ちになりました
なんでもない日常の一コマ一コマに、感謝したくなりました…。強く印象に残りました
その後の作品も、迫力があってテンポもいいし素晴らしく面白い作品です。けど僕は青い鳥が一番好きです」
「ふぅん…。まぁ…あれ、ヒットした方だからね…それなりの賞も貰っちゃったし…」
「僕はあの作品を作った監督に、とても会いたかった…。あの作品の中に、監督の全てが出ていると思ってたから…でも…」
「…会ってみてがっかりか…。意地悪で怠け者で何を考えてるのか解んない?ふふ」
「…あれ以降のほかの作品は、とても面白いけど…でも青い鳥で感じた清清しさと透明感がない…。むしろ一作目と二作目のほうが、未熟でも清清しさや温かさが感じられて好感が持てる。最近の作品は…なんだか興行成績ばかり気にしてるみたいで…」
「…」
「…監督らしさがないような気がします…」
「…僕らしさ?そう?ふぅん…」

言い過ぎたかなぁ…。監督は顎に手をあてて少し考えていた

「ご意見、参考にするよ。じゃあ…君は…監督になったらどんな作品を撮りたいの?」

最後の質問じゃないじゃんか…
僕の撮りたい作品…

「僕は…僕が見て感じた事を伝えたいんです。ごくありきたりの場所から見た美しい夕焼けに感動した事とか…、田植え前の水を張った水田に写る夕暮れの空の美しさとか、陽の光りを浴びて煌く水滴…、人の笑顔…友情…愛情…そんな 見過ごしがちだけど僕が日々の生活の中で感動した事を伝えたいんです…特別じゃない…些細な事を…」
「…みんな最初はそんな風に思うもんだよ…。だけどそういうのって他人は興味あると思う?自分はこんな些細な事の中にこんなに素晴らしい美しさを感じたんだ!どうだ、見てくれ!って…そういうの、押し付けがましいって感じるんじゃない?他人は」
「そうかもしれないですね。でも、監督も見せたかったんでしょ?『青い鳥』の映像は、監督の繊細な心が現れてると感じました…違いますか?」
「…まぁ…あの時は…若かったからね…。だけど…そういう感性は、得てして受け入れられない事が多い…と思う…。つまらないってね…」
「けど、監督はやったじゃないですか、そして受け入れられた。僕も同じです。僕を伝えたい、僕を現したい…できるなら受け入れられたい」
「…二番煎じどころか、百番煎じって言われるよ」
「でも監督や他の人の感じ方と僕の感じ方は違う…、根底にある思いは同じかも知れないけど、感じ方や見せ方はそれぞれ違う…。僕は僕のやり方で、僕の感じたそのままを人に伝えてみたいんです…。『青い鳥』の映像は美しかった、監督はこんな風景に心を動かされたんだって思った…。しっかりと監督の心を感じ取れた…」
「…。ありがと…」

小さな声で礼を言って監督は黙り込んだ
そしてGパンのポケットからサイフを取り出し、その中から何かを僕に差し出した

「これ…返す。まだ2時前だ。家に帰って一寝入りして明日、出発すればいい。悪かった…引き止めて…」

僕は…それを受け取った
チケットだった…
始めからサイフに入れてあったんだ…
…嘘つき…

監督はビデオを持って立ち上がると僕のスーツケースを玄関に持って行き、僕の腕を引っ張って靴を履かせ、ドアを開けた

「ほらほら。ぐずぐずしてると襲っちゃうよ!いってらっしゃい、空港には見送りに行かないからねっ。あっこれ、餞別な。ほい、じゃ!」

気ぜわしくそう言ってビデオのファインダーを覗きながらバイバイと手を振り、僕を廊下に追い出した
そしてバタンと扉を閉めた
僕は途方にくれ、とにかくチケットをサイフに仕舞いこみ、監督の渡した餞別を見た
500$入っていた…
僕はエレベーターに行きかけて、ふっと、監督の震えた声を思い出した…

『あんな…未熟なのが好き?』

なぜだか涙が込み上げてきた

僕は監督の部屋に引き返し、ドアのベルを鳴らした
何度も鳴らした
暫くしてドアが開いた

「…忘れ物?」

目を伏せた監督が僕を見もせずにボソボソと聞いた

「はい…大事な物を…」
「…早く探して帰りなよ…」

監督は僕をもう一度招き入れた
スーツケースを玄関に置いて、僕は目の前にいる監督の背中に抱きついた

「…なに…」
「監督…泊めてください…」
「…」
「明日、僕の見送りに来てくださいっ…」
「…チョンマン…」

監督を覆っていたヘラヘラした空気がどこにもない…
僕は監督の心を傷つけてしまったのかもしれない…
だから…もう少しちゃんと…監督と話したかった…
旅立つ前にちゃんと…
なんだか監督がはかなげに見えたから…

抱きついた背中が震えている…
僕達には決して見せないけど、きっと監督は人知れず何かを悩んでいたのだろう…
この人は本当は…純粋で優しい人なのだと…僕はとうの昔から知っていたんだった…
あの『青い鳥』を観た時から…


替え歌 「愛しき日々」 ロージーさん

風の流れの 激しさに 
帰る道さえ 見失う
逃れられない 一筋の道 
愚か者と 笑いますか
もう少し 時がやさしさを投げたなら…

雲の切れ間に 輝いて 
空しき願い また浮かぶ
ひたすら夜を 飛ぶ流れ星
急ぐ命を 笑いますか
もう少し 夢にわがままになれたなら…

愛しき日々は 微笑んで
背く心に 囁きかける
きまじめすぎる まっすぐな愛
不器用者と 笑いますか
もう少し 時が穏やかにすぎたなら…

愛しき日々は 瞬いて
遠ざかるほど 煌いている 

(堀内孝雄『愛しき日々』) 


Newcomer  オリーさん

「何だ、その荷物は?」
僕はエレベーターから降りてきたイナを見て声を上げた
「何って、着替えと身の回りのもんだよ」
イナはにこにこしながらリビングに荷物を運び込んだ
「多すぎないか、トランクにボストンバッグって」
「冬物はまた後から持ってくるわ」
「え?」
「とりあえず必要な物だけ持ってきた」
「とりあえずって、お前何考えてる?」
「何って?」
「まるでここに住むみたいじゃないか」
「住むんだよ」
「今夜泊まればって言っただけだぞ」
「今夜泊まるよ、明日も泊まる、明後日も明々後日も」
「何だって?」
「ジムもあるし、ジャグジーつきの風呂はあるし、俺ここ気に入った」
「自分のマンションがあるだろう」
「処分しちゃおうかなぁ」
「何勝手な事言ってるんだ、居候する気か?」
「お前だって居候だろう」
「ケホンッ。僕たちはその、そういう事じゃない」
「ここギョンビンのマンションだろ?お前も居候、俺も居候」
「ミンの留守に困る」
「心配するな、釣り目のボクちゃんには俺から説明すっからよ」
「・・・・」
「さってと、俺はどの部屋にしようかなぁ、テジュの事も考えるとやっぱダブルの部屋だな」
「イナっ!」

その時またエレベーターが開いた
「イナ、何してるの?」
「お兄さん・・」
「ギョンジン、ラブんとこじゃねえの?」
「くふん、ダーリンが今日は帰れって、毎日カーニバルはできないって。でこの荷物どうしたの?」
「俺も今日からここに住むからよ」
「イナ、そんなに僕の事を・・」
「は?」
「でもミンチョルさんの目の前では・・ああでもイナの事も面倒みてあげないと・・
僕とっても忙しくなっちゃうかも・・ダーリンに何て言い訳しよう・・」
「何ブツブツ言ってるんだよ?それよりお前の部屋どこ?」
「いきなりダイレクトだな、イナったら」
「お兄さんは一番奥の部屋だ」
「テジュが来た時とかあいつがラブ連れ込んだ時のこと考えると、
やっぱ離れてた方がいいな。俺、こっち側の端っこにするわ」
「ああ、イナ、何て自制心が強いんだ、くふん」
「ブツブツ言ってないで、トランク運ぶの手伝ってくれ」
「はいっ!でね僕の部屋へ来るときはミンチョルさんとよく相談して順番決めてね」
「何の順番だ?」
「何ってその・・」
「そっか、風呂か、風呂なら一緒に入ればいいじゃんか」
「みんなって3人で?イナ、案外大胆・・くふっ」

僕はイナがゲストルームに荷物を運ぶのをただ見ていた
部屋に荷物を運びこんだイナ達はすぐ戻ってきて言った
「ミンチョル、風呂はいろう」
「・・・」
「黙ってないで風呂の入れ方教えろよ」
「イナ~、僕が教えるよん」
イナが居候、ミンが何て言うか・・

とりあえず部屋に戻ってパソコンを立ち上げた
ミンからのメールは入っていない
便りがないのは無事な知らせ・・か
メールしてみようか、ちょっと考えてからやめた

「合宿みたいで楽しいな」
風呂の中でイナがはしゃいでいる
「合宿だなんて色気ないなあ、くふん・・」
相変わらずお兄さんは意味不明
「ミンチョル、何考え込んでるんだ?」
「いや、別に」
「じゃんけんしよう」
「じゃんけん?」
「洗濯する順番を決めよう」
「洗濯は各自でやればいい」
「どうせ洗濯機回すんだ、いっぺんにやった方が効率いいじゃん」
「何で僕がイナのパンツ洗わなきゃいけない」
「お前が洗うわけじゃない、洗濯機が洗うんだ」
「つまんで入れるだろうが」
「人のパンツつまむとかいうな、ぶぁかっ!」
「ぶぁかとは何だ」
「二人とも喧嘩しないで。僕がやりましょう」
「それでは申し訳ない」
「やっぱりじゃんけんだ」
じゃんけんした
僕が負けた
イナが笑った
「明日はミンチョル、明後日がギョンジン、
んで釣り目が帰ってきたらあいつの担当にしよう」
「ミンはお前のお手伝いじゃない」
「お前のお手伝いでもないだろ」
「まあまあ、二人とも。弟が帰ってきたらその時また考えましょう、ね?」

風呂の後は食事
今日はお兄さんがチゲ鍋を作ってくれた
僕はイナに聞いた
「食事当番は決めなくていいのか」
「それは臨機応変に毎日対応しよう」
「勝手な奴」
「夜はみんな予定があるだろ、だから決めない方がいいんだよ、わかったか、きちゅねっ!」
「きちゅねって言うな、幼稚園児っ!」
「何だと、この石頭きちゅねっ!」
「ああん、二人とも僕のために喧嘩しないで。僕のチゲ鍋食べて機嫌直して」
またしても意味不明
「とにかく、乾杯しましょう。新しい住人のイナに、ねっ!」
お兄さんは明るい
とにかく乾杯してチゲ鍋を食べた

それから僕らは色々な話をしながら食事をして飲んだ
イナはアメリカ不法滞在時代の武勇伝を
お兄さんは任務中の危機一髪敵陣脱出作戦などを
面白おかしく話してくれた
もしかしたらこんな同居生活もいいかもしれない
僕はふっとそんな気分になっていた
あとミンがいれば・・

片づけを済ませ、それぞれの寝室へ引き取った
ドアにノックの音
「ミンチョルさん」
「お兄さん、何か?」
「あいつから連絡あります?」
「2度ほどメールがきましたけど、それが何か?」
「今回はそんなに大した仕事じゃないから心配いりませんよ」
「わざわざそれを?」
「ええ、まあ」
「ありがとう」
「ただ・・」
「ただ?」
「僕らの仕事に要求されるのは勇気だとか愛国心だとかそういうものじゃないんです」
「・・・」
「必要なのは徹底したリアリズムです。それだけは覚えておいてやってください」
「難しそうな話ですね」
「単純ですよ。じゃ、お休みなさい」
「わざわざありがとう」
「イナもいるから恥ずかしいかもしれませんが、何かあったら僕のところへ」
「はあ・・」

お兄さんはちょっとだけカッコよかったが、最後はまた意味不明
またノックの音
「ミンチョル」
「イナ、どうした?」
「しゃびしい・・」
「え?」
「しゃびしいっ!一緒に寝ようっ!」
「おいっ、人の寝室に勝手に入るな」
「しゃびしい、しゃびしいっ!」
「こら、人のベッドに勝手に横になるな」
「しゃびしい、しゃびしい、しゃびしいっ!」
「人のシーツ勝手にかぶるな」
「一緒に寝よう、なっ!」
「だめ。ここは僕とミンの寝室だから」
「親友に向かってちゅめたいっ!ぐすっ」
「泣くなって。お前の部屋はちゃんとあるだろう。そこで寝ろ」
「いやら、しゃびしいっ!それに・・このベッド気持ちいいっ!」
「こらっ!」
イナは僕らのベッドにもぐりこみ動こうとしない
僕は仕方なく枕を持った
「ほら、行こう」
「どこへ?」
「お前の部屋」
「俺の部屋?」
「この寝室は使いたくない。一緒に寝るならお前の所だ」
イナはしばらく考え込んでいた
「わかった、そうしよう!」

僕とイナはイナの部屋へ行ってベッドに入った
「ぐふふ、お前変なことするなよ」
「変なこと?」
「釣り目と間違えて手を出すなよ」
「お前こそテジュンさんと間違えて抱きつくなよ」
「ぐすっ、テジュ・・テジュ・・」
「あ、いや、すまない。とにかく寝よう」
「ん」
こうしてイナと僕はお互いに背中を向けて寝た
イナは時々「テジュっ!」と寝言と言い、寝ぼけて僕を抱きしめそうになった
代わりに枕を押しつけてやった
そう言えばテプンもここを新居にするとか騒いでいたっけ
イナの事は内緒にしておかないとまずいか

そんな事を考えてなかなか眠れなかった
お兄さんから言われたことも少し気にかかっていた
ただそれがどういう意味なのかは、僕は全然わかっていなかった


Paris4  足バンさん
パリ北駅に着いたのはもう深夜に近かった
モドキ君には絶対迎えにくんな、来たらルーブルで暴れると脅しておいたのでさすがにいない

代わりにそこには思いがけない人物がいた
昨日会議で顔を合わせたアル・パチーノフランス風だ
彼はほとんどフランスなまりを感じさせない流暢な英語を話す

「ムッシュドンジュンお帰りなさい」
「どなたかのお迎えですか?」
「あなたを待っていました」
「帰りの時間は誰にも言ってないのに」
「あなたが乗る列車を調べることなど簡単です」
「もしかして実は諜報関係の人?」 
「あっはっは!残念ながらただの車屋です」

そりゃそうだ、ギョンビンに会ってたからってあんまりか

「ほんの少しだけお時間をいただけませんか?」
「仕事の話ならギスのところでして下さい」
「いえ、個人的なお話なので」

パチーノフランス風、略してパチフラは停めてあった黒塗りの車に僕を招き
運転手に”ホテル・ムーリス”と告げた

チュイルリー公園向かいのムーリスはパリで最も古い最高級ホテルで
パリを陥落したナチスの総司令部がおかれていたことでも有名
その中にある”バー・フォンテーヌブロー”は重厚な大人のバーだ
壁一面にフレスコ画ってとこがもうマイリマシタって感じで
店のどっかにナポレオンが座ってたって違和感ないかも

パチフラは年期の入った革張りの椅子に腰掛けるとさっそく口を開いた

「昨日のあなたの講義は面白かった」
「用件を率直にお願いします」
「じゃ単刀直入に。君は実にいい、うちの会社に来ませんか?」
「お断りします」
「ははぁ、参ったな即答か、君はギスのしもべ?韓国のしもべかな?」
「まさか、僕は誰に仕える気もありません」
「ほほう」
「僕が手伝いたいのは誠実で夢のある車づくりだけです、相手が誰かじゃない」

なるほど、と言ってパチフラは暫くグラスを手にして考え込んだ

「私はあなたのような人材は貴重だと思います」
「どうも」
「そこで敬意を込めて、あなたの中の矛盾についてひと言よろしいですか?」
「矛盾?」
「あなたは国産の部品生産にこだわっていましたね」
「はい、今はほとんど頼り切ってますから」

「いいんじゃないですか?それで」
「はい?」
「どこの国の部品だっていいじゃないですか」
「ただの組み立て屋じゃだめでしょ」
「もちろんです、主要部品を自社化しないと利益は上がらない」
「じゃあ何が問題です?」
「要を自社で、あとは世界の優秀な部品で最高のオリジナルを創ればいいじゃないですか
 それが独創です、人はあなたの国を買うのではない、あなたの創造性を買うんです」
「それはそうだけど」
「国の名にこだわってはいけない。あなたは車がA国産だからといって買いますか?
 気に入った車だから買う、それがたまたまA社で、A社がA国の企業というだけに過ぎない
 そしてそれが信頼になった時、次もまたA社の車を買う」

パチフラの言ってることに僕の心拍数は急に上がった
確かにそうだった

「あなたは先ほど言いましたね、相手が誰か、じゃないと」
「ええ」
「そうなんです、ただ素晴らしいものを創ればいいんです
 結果的にその企業や国が認められるんです、認められるために何かをするんじゃない」
「…」
「貴国はそこにこだわりすぎる、もっと目を開いて根っこを共有しませんか
 私たちはずっとそうやって生きてきたんです」
「…」
「もしあなたのような人がそこに気づいてくれれば貴国も変わっていくでしょう」

「なぜ…今回ギスと組もうとしたんですか?」
「針の先ほどの可能性です」
「…」
「はっきり言えば今貴国の会社との提携のメリットは市場拡大だけです」
「ではなぜ?」
「あなたに会えたでしょう?」
「え?」
「あなたのように疑問を持って前に進む人間に会えた、それが可能性というものです」
「…」
「しかし私たちは慈善事業ではない、見込みがなければ即撤収しますよ」

僕は彼の鋭い目を見ながら何も言えなかった
目眩がしそうだった
格が違う
この人達はギスの、僕の、何十倍、何百倍もうわ手だ

「では…近く改めてそちらに伺いますので」
「はい」
「ふふ…面白い展開をお待ちしています、あなたの我が社への参加も含めてね」

彼はグラスを持ち上げにっこり笑ってそれを飲み干した

ホテルまで送るというパチフラの申し出を断って
僕は歩いて戻ることにした
パチフラの言葉があまりにも衝撃的で…少し風に当たって整理したかった

溢れる光が
昨日感じた圧倒的なパリの歴史の偉大さが、今日は身にしみる

ギョンビン…まいったよ…打ちのめされたかも
もしかしておまえも何かに打ちのめされそうだったの?

でも…
負けないでしょ?
どんなことにだって僕たちは逃げないでしょ?

僕は小さな荷物を持ったままどこかのクラクションを合図に走り出した
シャンゼリゼの光の筋と平行に
周りのぎょっとしてる人達を視界に流して思いっきり走った

「どうしたんですかっ」

凱旋門のあるエトワール広場まで走り抜けて倒れそうになってるアヤシい東洋人
そんな僕に声を掛けたのはモドキのやつだった

「はぁひぃ…おま…何でここに…ひぃ…いるんだよ」
「駅に行くと怒られると思ってこちらでお待ちしてました、これ明日の資料です」
「おま…はぁひぃ…金持ちになったら…銅像作ってやる」
「ありがとうございますっ」

にこにこしてるモドキ君の顔を見てたら涙が出そうになった
僕がそのまま歩道で抱きつくとモドキ君はその場に硬直して固まった

「チクショォ…僕はまだまだだ…」
「う…」
「何だよ、少しは反応しろよ」
「そそそんなことないですっドンジュンさんは素晴らしいですっ」
「どこがよ」
「とにかくやってみるところですっ」

直立不動のモドキ君から身体を離してちょっとマジに顔を覗く

「真っすぐ過ぎるってよく言われるけど」
「思いも光も真っすぐだから綺麗なんですっ」
「君って詩人だね…サンキュ…ちっと元気盛り返した」
「いえっ」
「どうしたの?身体固まっちゃった?」
「あぅ…」
「今の君見てて思い出した」
「はいっ?」
「ロンドンでマダム・タッソーの蝋人形館に行くの忘れた」
「…」

ホテルに戻ってギョンビンにメールをいれる
「きっと出口はある、帰ったらハグしてチューだ」
スヒョンにはわざとメールしなかった

開けられた窓からの冷気で深呼吸をしてパソを開き、
ほとんど明け方までプロジェクトの見直しに費やした

それからちょっとだけ眠った
スヒョンへの土産を抱きしめてたから
丁寧にラッピングされた包みは見た目くしゃくしゃになったけど、いいよね

大事なのは中身だよね

頑張ろうな、ギョンビン


焦り 5 ぴかろん

「泊まるの?」

背中が震えてるくせに、声は平然としている…

「だめですか?」
「布団がない。僕のベッドシングルだし…」
「ソファで寝ますから…」
「婿入り前の君に風邪をひかすわけにはいかないよ」
「何言ってんの!」
「抱き合って寝ようか」
「そうしますか?」
「…」

婿入り前の僕に、手出しなんてできない事ぐらい解ってるよ、監督…

「風呂…入る?」
「入ります」
「…二人で入ろうか」
「そうしますか?」
「…」

どう出る?監督…どうする?

監督はスタスタと自分のベッドルームに入っていって、真新しい下着とパジャマとバスタオルを持ってきた
僕にそれを渡すと、僕を見ないでゆっくり入れと言った

「一緒に入らないんですか?」
「…そんな趣味はないよ…」

ふぅん…

僕は一人でシャワーを浴びた
遠慮なく下着とパジャマを借りる
だって…今まで散々な目に遭わされてきたんだもん…これぐらい借りてもいいよね?

リビングに行くと、監督はソファに寝転がって目を閉じていた

「…監督…。寝ちゃったの?僕どこで寝ればいい?」
「ベッドを使えばいい…」
「…もう…寝ちゃうの?」
「…なに?やっぱり襲ってほしい?」

目を閉じたまま、口元を緩ませて監督が言った

「話しませんか?映画の事…」

監督の口が真一文字になった

「嫌?」

喉が動く

「僕は…話がしたいです…」

監督はむくりと起き上がってダイニングテーブルの椅子に座った

「酒も残ってるし、ね?」
「君、弱いだろ?明日寝坊してもしらないぞ…」
「大丈夫、監督が起こしてくれるし、監督が送ってくれるから」
「そんな事…勝手に決めないでよ」
「監督…もう少し飲もうよ」
「…」

監督はちらっと僕の方を見て、焼酎をもう1本開けた
そしてさっきのグラスにトクトクと注いだ

「何の話をしたいの?」
「だから…映画の話」
「…」
「聞きたいです…最新作の『スゥイート・ブラッド』はホラーでコメディでしたよね?」
「…」
「コメディって難しいですか?」
「…しらない…」
「…」
「僕は…コメディ部分…作ってない…」
「…」

どういう事だろう…

「他に聞きたい事ない?」
「…じゃあ…『青い鳥』の話…」
「ふぅ…。『青い鳥』は、僕が学生の頃から漠然と考えていた事を映像化したものだ…。映画の仕事をやるようになってさ、いつか絶対この『青い鳥』を映画館で上映するんだって…それが僕の夢だった」

「…夢が叶った?」
「うん…叶った…早く…叶いすぎた…」
「…」
「嬉しかった…賞まで貰えてもう十分だと思った…。次はどんな作品を撮ろうかなって、それまでみたいにじっくりゆっくり考えて取り組もうと思ってた…
でも…急かされた…。知名度のあるうちに次回作を撮れって。焦って人の書いたシナリオの中から、ちょっといいかなと思うものを選んだ。実験的にいいかな…と思って
それが『砂漠』ね…。僕がこうしたらどう?って言うだろ?するとスタッフにダメ出しされるんだ…。僕についたスタッフは老練な連中だった…。ほら…僕、善人だからさ…それ以上意見言えなかった…
元々、これを撮りたい!って訳じゃなかったから余計…。周りに相談しまくってさ、毎日会議ばかりしてたなぁ…。監督を降りたかった。でも引くに引けなくなってた…。賞を取った僕の次回作は、賞にふさわしいものでなきゃいけないって、スタッフがやっきになってたよ…。皆が僕のために動いてたんだ…」

監督の口からスルスルと語られる思い出
笑みを湛えてはいるけれど、どこか乾いている声色

「スタッフのおかげで『砂漠』も好評…。斬新なアイディアが光るとか、硬質な映像が前作とがらりと変わっていて、いくつもの可能性を感じさせるだとか…。当たり前だよね、何人の頭で創り出したと思ってるのさ
監督の名前、僕じゃなくて『砂漠チーム』全員が監督ってことにしたらって言ったんだよ…でもダメだって。賞を取った僕の『名前』が必要だって。でなきゃ誰も見てくれないだろって言われて…。善人の僕はまた黙り込んだ。まあいいか…この一作だけだ…そう思ってたら、それ以降ずるずるとそのスタッフがついてきた…
もちろん撮りたいと思った作品もある…でもさ、スタッフに助言されると僕はそっちの方がいいのかなって流されてった…
僕の意志は埋もれて行った」
「じゃあ…映画撮ってても楽しくなかったの?」
「…映画に携わってる間は楽しいんだ、すっごく。現場の雰囲気も、間近で見る俳優達の演技も、熱気と活気に溢れててそこにいるだけで高揚してくる…
僕は映画が好きなんだって思える…。でも『監督』っていう肩書きがとても重たかった。どうしてこんな僕が監督なんだろうって」
「降りればよかったのに」
「何度も打診したけどいつもノーって言われた…。…あのね…『青い鳥』の時の音楽でピアノを使ったの。演奏したのが僕の奥さん…。その時知り合って、『砂漠』の中でもピアノ演奏部分をやってもらった。少し付き合って『踊る工場』撮る前に結婚した…。彼女はお嬢様なんだ…。お義父さんが映画好きでね…スポンサーを買って出た…。だから余計ににっちもさっちも行かなくなった…」
「そう言えば…監督の奥さんは?どうしてるの?」
「…」

監督は視線を落としてグラスの酒を飲む

「別居中…。ピアニストだから演奏旅行なんてしょっちゅうだし…」
「…」
「…でも実はもう離婚届渡してある…」
「え…」

グラスの酒を一気に飲み干し、ため息をつく監督

「僕って、ほら、善人の上にハンサムでしょ?スヒョンさんやミンチョルさんと同じ顔だしさ」
「…僕も同じ顔ですけど…」
「君と同じ顔だとは思えない…」
「…なんですか、どういう意味ですか!」
「僕、ハンサムじゃん?…その上、賞貰って、一応ヒット作品撮ってる監督じゃん?知名度もある…。妻は若手でこれからっていう時だった…。二人が組めば二人とも知名度あがるでしょ?」
「…なによそれ…」
「そういう計算もあって僕達は結婚したんだ…お互いにそんな事言わなかったけど…。彼女は若くてキレイでお金持ちで、そんな女を抱けるんだぜ?そして僕は好きな映画を撮れる…。映画をヒットさせて、彼女と一緒に暮らしてさえいれば、お義父さんは機嫌よくお金を出してくれる…。いいだろ…」

監督は、ちっともよくないという顔で淡々と語っている

「僕は、監督であって監督でない…、中心に座っていながら仲間はずれにされてたみたいなもんだ…。お金も地位も名誉も女も、欲しくないといえば嘘になるけど、僕は…僕は善人だからさ、多くは望んでなかったんだ…なのに…。いや、善人だから神様が僕に多くを与えてくださったのかな…。いや…でも…僕が本当に欲しかったものは与えてくださらなかったな…善人なのにな…」

『善人』と言うたびに、監督の『善人面』がひび割れていくような気がする
監督の本当の顔がそこに隠れてるんだ…きっと…


テプンとチェリム2 びょんきちさん

最近なんだか回りの連中の身辺が慌ただしい。
ギョンビンはロンドンに行った。ドンジュンはパリに行った。
チョンマンも明日アメリカに立つ。 テジュンは研修に行ってる。
ミンチョルはミューズの室長になったし、スヒョンは映画に出演するらしい。
ラブは時計のレンタル始めるとか。ちぇみのパン屋ももうすぐ開店だ。
俺って全然進歩がないよなあ。少年野球のコーチやってる場合じゃないかも・・

へぇ、へぇっくしょい・・風邪引いたのかな。誰か俺のこと噂してんのか?
なんか一瞬、脳内映像が浮かんだ。なんでイナとミンチョルが一緒に寝てんだよ。
なんだよ。イナのやつ居候してんのか。どうしてイナはOKで俺はダメなんだよ~
なんで俺はそこに住めないんだよ。俺も入れてくれよ。あっ、トンプソンさんに阻止された!

「テプン様、申し訳ございません。テプン様はリストからはずされております」
「リストってなんだよ。なんでイナがよくって俺がダメなんだよ~」
「あいすみません。これは規則でございまして・・」
「馬鹿野郎!これは差別だ!俺も入れろ~~~」

はぁはぁ~ぜ~ぜ~ な、なんだ、夢か・・ってこれもしかして正夢?
あっ、電話が鳴ってる。うるさいなあ。はい、はい、今出ま~す。

「もしもし」
「もう、なんですぐ出ないのよ!何回鳴らしたと思う?!」
「ごめん、寝てた・・」
「あのさ、今日、私の手料理食べに来ない?」
「チェリムの手料理? 食えるのか?」
「失礼しちゃうな。これでもずいぶん上達したのよ」
「ほ、ほんとかよ・・」

「それでさあ、テプン、今日お泊まりできる?」
「お、お泊まり?!(@o@;)」
「なによ、ダメなわけ?」
「できる、できる。行く、行く。お泊まりする!」
「じゃあ、待ってるから」

おい、おい、久しぶりだぞ。何日ぶりか・・いや何週間ぶり? 
チェリムから誘われるなんて。へへっ、やっぱあいつ俺に惚れてんだな。
料理のほうはかなり心配だけどよ。メインディッシュはチェリムだから、まっ、いいか!
少し早めに行って料理手伝ってやんなきゃな。腹こわすのは嫌だからさ。

○○ファンドの配当金でプレゼントも買ったし・・チェリムを喜ばしてやんなきゃな。
あっ、でも何着てこうか。いつもの21番Tシャツじゃ怒られそうだし・・
俺、センスないからよ~ラブにコーディネートしてもらおうかな~
まあ、いいや、どうせすぐ脱ぐんだし・・えへへ・・









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