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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 174

Stay at home オリーさん

朝早く寝返りをうとうとして目が覚め彼が居ない事に気づいた
あたりをうかがうと彼がパソコンと向かっていた
プレゼンの企画書を作っているのだ
今日の午後だと言っていたから
僕のために随分時間を潰させてしまった
間に合うのだろうか
僕はそのまま寝たふりをしていた

もう随分日が高くなった頃、彼はベッドへ戻ってきた
そして後ろから僕をそっと抱きしめた
しばらくして、彼の静かな寝息が聞こえてきた
僕はゆっくりと彼の腕をすり抜けベッドから抜け出した
着替えて近くのベーカリーへ出かけ焼きたてのクロワッサンとベーグルを買ってきた

「いつまで寝てるの?」
コーヒーを淹れてから彼を起こしに行った
彼は乱れた前髪の間からぼんやりと僕を見つめた
完璧、寝不足の顔
「プレゼンは何時から?支度しなくていいの?」
プレゼンの一言で彼は飛び起きた
「今何時だ」
「10時ちょっと過ぎ」
「もうそんな時間か」
「パン買って来たよ」
「ミンが?」
「さっき外で買ってきた。もうお粥はいいでしょ」
それを聞いた彼は上目づかいで僕を見てにこっと笑った

コーヒーとパンの遅い朝食をとりながら彼が話してくれた
「スヒョンの相手役のカメラテストがあって、その後で監督達が時間をとってくれるんだ」
「スタジオでプレゼン?」
「正式なものじゃないけど、会ってもらえるだけでもラッキーだ。
スヒョンに無理やりねじこんでもらった」
「準備は大丈夫?」
「さっきちょっと修正して、企画書を仕上げた」
「ごめんね」
「何?」
「スケジュールがその・・タイトだったでしょ、僕のせいで」
「気にしなくていい。時間があればいいって事じゃないし」
「そう?」
「天才に必要なのは閃きだ」
「誰が天才?」
彼は茶目っ気たっぷりにウインクした
「天才に必要なのは謙虚な気持ちだよ」
僕は天才をたしなめた
彼はこほんと咳払いをしてコーヒーを流し込んだ

「そのまま店に出るから、帰りは夜になる」
そう言い残して彼は出かけた
高級スーツにブリーフケースというどこから見てもイケイケのビジネスマンスタイルで

朝食の片づけをしながら今日は何をしようかと考えていると、思いがけない来客があった

「お前、どうなっちゃってるの?」
エレベーターを降りた先輩の第一声はこれだった
「どうなってるって?」
「この超高級マンションはどうした?」
「二重スパイで稼いだ」
「嘘つけっ。宝くじでも当たったか?」
「兄さんも住んでるんだ。兄弟で宝くじに大当たりしたんですよ」
「まったく、どうなってるんだよ」
「とにかく座ってください。で、何の用?」
「何の用はないだろ。人がせっかく見舞いに来てやったのに」
「先輩にお見舞いされると、うう傷がうずく」
「おいおい」
「誰のせいだと思ってるんですか?」
僕はちょっと先輩に厳しい顔をしてからまたコーヒーを淹れた

「で、見舞いの他の用件は?」
「そうつんけんするなよ」
「もう先輩の言う事は信じませんから。翻訳もこれからどうしようかな」
「そう言わずに、とりあえず報告書あげてくれ」
「報告書?」
「今回の件の」
「だってあれは課長がMI6と話して片がついたんでしょ」
「ああ、テロ対策に大きな進展があって極東地区でMI6の協力が得られるってことになった」
「じゃあ別に報告書なんか必要ないでしょ」
「対MI6じゃなくて、上だよ上」
「上?」
「課長が上に出す報告書。どうしてそうなったかって今回の件の詳細だよ」
「だったら先輩が適当に書けば」
「当事者のお前にしかわからない情報があるだろ。例の教授とか、襲ったテロリストだとか」
「ふうん」
「ふうんじゃなくてさ、わかるだろ?組織だからさ、課長も急いでるんだ。
お前が帰国してるってわかったから上もせっついてるし」
「そんなの僕の知ったことじゃありません」

「課長が困るだろ」
「大体ね、仕事がなくなったって僕はMI6の人から聞いたんですよ。
そんな間抜けな話ってあります?」
「そりゃ海外だから連絡不行き届きってことも多々あるさ」
「信じられない」
「そう言わずに、頼むよ」
「先輩が手を合わせたり頭下げたりするとろくな事がないんだから」
「土下座にしようか?」
「やめてくださいっ」

報告書は書くからと言うと、先輩は心底うれしそうに僕の左手を握った
「ありがとう」
「右手が使えないから、時間かかりますよ」
「いいよいいよ。怪我のせいにして時間かせぐから」
「まったく」
「そう言えば、その件で早くもMI6が動いた」
「動いたって?」
「極東地区に大物を送り込んでくるらしい」
「へえ」
「極東を統括するネットワークを作るらしい」
「すごいですね」
「うん。でね、お前そこに入らない?」
「入りませんっ」

「だめ?」
「だめっ。だって僕歌手デビューするんですよ」
「歌手?」
「そう。今のうちにサインしておいてあげましょうか」
「冗談だろ」
「まじめですよ。彼のプロデュースで」
「スパイと歌手って・・お前映画じゃないんだから」
「もう一人なんかカーデザイナーですよ」
「二人組か?」
「アイドルになっちゃったら面が割れてスパイできませんよね」
「いや、案外いい隠れ蓑になるかもしれない」
「は?」
「そのMI6の大物っていうのがな、ハリウッドの大スターにそっくりなんだって」
「え?」
「それでな、それをうまい具合に逆手に取って情報を取るらしい」
「もしかしてその大スターってブラッド・ピットじゃないでしょうね」
「大当たりだ。MI6のブラピってその世界じゃ超有名らしい」
「はあ」
「お前知ってるの?」
「いえ、でその人が新しいネットワークの極東担当?」
「そうそう。近々東京に入るらしいぞ。だからお前、そこに出張・・」
「だめっ」

僕はどさくさに紛れて、貸しばかり作ってしまったイケメンの顔を思い出していた
見舞いに来たという先輩は結局くどいほど報告書の件を確認して
例のネットワーク機関への出張っていうのもぐちぐち言いながら帰って行った
僕は先輩のことをトンプソンさんのリストに入れないようにと決めた

午後の時間を報告書を作ってすごした
思考が自然と先生の方へ傾いた
今回の件で一番痛手を負ったのは先生だろう
瀟洒な屋敷をなくしただけでなく
青春の美しい思い出に自ら引き金を引いて幕をおろした・・
「僕は学者だ、本があればどこでも生きていける」
先生が漏らした言葉が思い浮かんだ
その人生が先生にとって実り多いものでありますよう
僕はしばらくの間目を閉じて祈り続けた

先生とあのテロリストの関係などは伏せたまま、差しさわりのない報告書を作った
「上」が満足しそうな程度のものを
最後の文字を打ち込んで時計を見ると、もう夕方近くになっていた
ベッドメークをしようと思い寝室へ行った
が、ベッドへ辿り着く前に彼が寝室へ運び込んで仕事をしているデスクに目をとめた
パソコンの横に本が無造作に置かれていた
手にとって見ると映画の台本だった
スヒョンさんの映画・・
僕は手にとってめくってみた
そして読むとはなしに、読み始めていた
スヒョンさんが出る映画の話を

夜、彼はいつもより遅く帰宅した
「遅かったね」
「すまない。ちょっと店の事務処理をしてきたから」
「で、どうだった?」
「何が?」
「プレゼンだよ。監督達に会ったんでしょ」
「ああ。何とかなるかもしれない」
「OKってこと?」
「たぶん・・」
「よかったっ!やったねっ、ほんとによかった・・」
僕は彼の首に飛びついた

準備不足で話がだめになったら僕のせいだと思っていたので、僕は心底うれしかった
だから、彼の様子がちょっといつもと違うことに気づかなかった


いつにも行きたくない  足バンさん

空港で君は巨大な硝子の向こうの雨を見ながら
時々振り向いて時計を気にしていた

時間が来て
小さな手荷物を持ち直した君に僕は思い切って言った

もしも何年か経って…
君の気持ちが落ち着いたら…
会いに行ってもいい?
それまで…君を想っていてもいい?

君は長い間僕の目を見て…そして微笑んだ

 ありがとう…ヨンナム…

とても美しい笑顔だった…初めて会ったときのように

初めまして!
あなたって総支配人にそっくりですね
もしかしてご兄弟ですか?双子?
でもあなたの方が落ち着いてらっしゃる!
お兄さんかしら?

僕が答える間もなくくるくると笑いながら喋っていた

 ありがとう…ヨンナム…

そう言って僕の左手にそっと触れ…そしてするりと離れ…
もう一度微笑んでゲートに歩いて行く

今でもよく憶えている
薄いベージュのさらさらしたワンピース…
君は手をふって…
途中で小さな子供にぶつかりそうになって
くるりと半回転したんだ
スカートの柔らかい裾がふわりと揺れて…
君は僕の方を向いて恥ずかしそうに微笑んだ

こうして思い出してみれば
けっして辛い別れじゃないのかもしれない

君は笑っていた…
その笑顔が誰に向けられていたものであっても
君は笑っていたんだ
僕の中の最後の君は…
君は確かに笑っていた

背後に小さな音がして遠慮がちな声がする

「今夜は帰らない…」

ゆっくり振り向くとドアを少し開けたテジュンがそう言った

ああ…行ってらっしゃい
そう答えたつもりだったけれど口は動いていなかった

テジュンは一瞬怒ったような泣いたような目を…
でも懐かしく深く優しい目を向けて
そのまま戸を閉めた

相変わらず大きな音で玄関を開け閉めする音を聞きながら
昔見た同じ表情を思い出す

おふくろが死んで僕が一晩中泣いていた時
あいつは何も言わずに部屋の隅に座ってあんな目をしていた
側に近寄るわけでもなく
どこかに行ってしまうわけでもなく
ずっと朝まで座っていてくれた

僕はようやく窓際から離れて
座卓の上のふたつ取り残されていたグラスを光の中から取り出し台所へ向かう

茶碗や皿をずいぶん丁寧に洗った
湯呑みの茶渋を何度も何度もこすった

突然…本当に突然…イナの言葉がよぎる

 これからもっと幸せになれるかもしれないのに
 どうして一番だったって決め付けるの?

その声に懐かしい彼女の声が重なる

ねぇヨンナムさん…1回だけやり直すことができるとしたらいつに戻りたい?
さぁ…どうかな…君は?
私はいつにも行きたくない
そうなの?
だって今が一番好きだから

手の中の湯呑みがぼやけた
いきなり涙が溢れ出して何も見えなくなった

それから
僕は声を出して泣いた
何年分もの涙を出して…ひとり泣いた

ずいぶん長いこと台所にいた気がしたが
きっとたいした時間じゃないのだろう

午前中の仕事を思い出して小さなため息ひとつでケリをつけ
冷たい水で勢いよく顔を洗った

台所で顔を洗うなとテジュンのやつによく言われた
そんなところには細かいんだあいつは

ちくちくと鳴く声を耳にして
僕は居間の隅の鳥かごに近寄った

おまえ…こんなところに入って…窮屈だろ
放してやろうか?
でもだめなんだよな
もうひとりじゃ生きていけないんだよな

大丈夫だよ…放り出したりしない…

おまえの名前…ヨンナムにしてやろうか…
いや?
いやだよな…
じゃテジュンは?
もっといやだよな
じゃイナは?
首かしげたとこ…ちょっと似てるんだけど…
たまにひどく僕の指つつくとこも似てるんだけど…
じゃ…おまえももしかして…寂しがりや?

僕はちょっとばかりおかしくなって笑った

居間の硝子戸を大きく開けてみた
凍てつく気持ちのいい空気が波のように押し寄せる

僕はその静けさの中で思いきり深呼吸をして目を閉じてみる

まだまだ遠い春の香りに想いをはせながら


Misty  ぴかろん

その店を出たのは3時前だった
ここからソウルまですっ飛ばして30分か?
いや、行きはそれ以上かかったような気がするからそろそろ帰路につかなくてはならないはずだ
なのにテジュンはのんびりしていて、何か買って欲しい物はないかとか、アイスクリームでも食べようとか言う
俺はそわそわして、早く帰らないと仕事に間に合わないと言った
テジュンは俺をじっと見つめてからにっこり笑い、まぁいいじゃないかと耳元でささやいた
よくねぇよ!ミンチョルに怒られるというと、ふふっと笑ってようやく車の置いてある立体駐車場へと向かった
間に合うかなぁ…電話入れたほうがいいかなぁ…
…ギリギリでいいか…余計な心配かけちゃうもん…
ポケットから携帯電話を取り出して眺めながらそう思った

「イナ、大丈夫だよ」

運転席に滑り込んだテジュンが自信あり気に言ったので、俺は少し安心して助手席に座った
車を発進させたテジュンは、『ソウル↑』とある標識と反対方向に曲がった

「おい!おいおい、道が違う!」
「合ってるよ」
「へ?」

にやりと笑うテジュンを見て、きっと裏道を知ってるんだと思った
そうだよな…『昔』『三人で』『この街に』『カムジャタンを』『よく食べに来てた』んだもんな…
俺は道を知らない…
まだ免許を持たなかった時代は、ヨンドンポでうろつくぐらいだったし、遠くへ行くなんてめったになかった
伯父貴について回ったガキの頃も、移動は電車だった
その街その街の場末の、あるいは急ごしらえの賭場の場所は解っていても、どこをどういけば首都に辿り着くのかは解らなかった

免許が持てる歳には、免許を取っても仕方のない所にいたし、そこを出てからはテス絡みのいざこざでチェジュドに渡ったし…
それからアメリカだ…
アメリカとチェジュドの道はある程度解る
だけど本土の道はあまり知らない
大きな道なら地図を頼りになんとか移動できるが、裏道となると皆目解らない
それにしても…なんだかどんどんソウルから遠ざかっているような気がする

「心配しなくても大丈夫だって。テジュンを信用してちょうだい」
「…あ…うん…」
「イナ、眠かったら寝ていいよ。着いたら起こしてあげるから…」

満腹だったし昨日の夜もやっぱりちゃんと眠れなかったし
そういう事もあって俺はテジュンの言葉に甘えて眠る事にした

「ちゃんと起こしてよね」
「イナ」
「ん?」

テジュンはポンポンと自分の太腿を叩いた

「…え…」
「お前の枕はココ」
「…いいよ、今日は」
「何でだよ遠慮すんなよ、僕とお前の仲じゃないかぁ」

そう言ってテジュンはぐいっと俺の頭を引っ張った
俺は仕方なくテジュンの太腿に頭を乗せた

「寝にくいんだぜ、結構…」
「どっち向いてもいいよ。ケヒヒ」
「…ばか…」
「おやすみ」
「…ん…」

俺は目を瞑った
寝心地がいいとは言えないが、太股の枕は気持がいい

♪~

テジュンが鼻歌を歌っている
不思議な旋律のその曲は、懐かしいような哀しいような…
あの人やテジュンや、そして俺の『想い出』をそっと包み込んでいく

「…なんのうた?…」

旋律に誘われて俺はうつらうつらしながら聞いた

「ん?サティのね…ジムノペティ…」
「ふ…ん…。気持ちいい…。もっと…ききたい…」
「気に入った?」
「…ん…」

♪~

どこかで聞いた覚えがある…
どこでだろう…
寂しさと哀しさと懐かしさが入り混じるメロディ…
同時に
寂しさも哀しさも懐かしさも解き放ってくれるような気がして…
どこかで聞いたんだ…
どこで…だっけ…


「…彼女が好きだったんだよ…。…イナ?…寝たの?…寝ちゃったか…」

彼女が好きだったんだ…
それはヨンナムに教えて貰った曲だった

イナ…
聞いてくれるかな…僕達の物語を…
お前はなんて言うだろう…
でもあの時があったから僕達は今こうしていられるんだ
彼女に出会ったから、お前と出会えたんだ
ずっと繋がってる
ヨンナムもそれに気付いてほしいな…
きっと…大丈夫だ…
もう大丈夫だ…ね?イナ…お前もきっとそう言ってくれるよね?

僕は寝息を立てているイナの柔らかい髪をそっと弄んだ


早朝の街  足バンさん

監督の事務所を出る時にジホ君が見送りに出た
道路に出た僕をいつになく真剣な目で見る

「スヒョンさん…驚いたでしょ」
「まぁね」
「脚本のイメージ通りの人間を見つけられるかどうかも腕のうちなんだ
 僕から見ても今回のシン監督たちの意気込みはハンパじゃない」
「わかってる」
「納得いくものを創りたいって気持ちわかって下さい」
「わかってるよ」
「僕もしっかり協力します」
「ありがとう」
「それじゃ僕はもう少し打ち合わせがあるんで」
「映画の話になるといつもと全然違うんだね」
「そうね…モードが変わっちゃうのかな」
「近いうちメシでも食おうか」
「ええぜひ」

事務所を出たのはそれほど遅い時間ではなかったが
店には戻らずそのまま家に帰った

灯りもつけずコートのままベッドに寝転がる

今のこの気分をどう説明したらいいんだろう

仕事とプラーベートで混乱している?
あまりに突然の出来事に整理できずにいる?
そんな簡単なものじゃない

僕は仕事を引き受けた
初めから難しい仕事だとわかって引き受けた
本に心を動かされ、監督の情熱に動かされ
スタッフの真剣な眼差しに動かされ
あのひとたちと一緒ならやってみたいと思った

そう…落ち着いて考えれば…何の問題もない
引き受けた以上僕もプロ…監督の言葉に反論する術もない
相手が誰であろうとやるべきことはひとつだ

でも…正直言って恐い

あれ程のひとたちが全力で挑もうとしている作品が
僕たちの取り組み方ひとつで大きく左右される

生半可な気持ちでは決してできない
チェ・スヒョンとイ・ミンチョルを捨てて
あのひとたちの求めるものに全力で応えなくてはいけない

僕ひとりの話でないなら尚さら…
自分を捨てて打ち込めるだろうか…

寝苦しくて目覚めるとコートのままベッドの上にいた
暖房で暖められた空気にうっすらと汗をかいている
何やらいくつものワケのわからぬ夢をみて
ほとんど寝たような気はしなかった

まだ外は薄暗い
のろのろとベッドから下りて着替えを済ませ
珈琲をいれソファに座る

ソファの端にドンジュンのスケッチブックが置かれていた

何気なくぱらぱらとめくると
僕にはわからないスケッチやコメントや数式が所狭しと書かれている

あっちこっちに妙なイタズラ書きもある
この…ハートをいっぱい発散させて唇を突き出して
きつねみたいな丸い動物を追いかけ回してるのはどうせ僕のつもりだろう

苦笑とともに…思わずため息が出る

もうすぐあいつもプレゼンだと言っていた
石頭どもをぐにゃぐにゃ頭にしてやると張り切って
毎日遅くまでパソに向かっている
そんな今のあいつに
何をどう説明したらいいんだ…

あいつもプロの世界を知っている人間だ
きっと理解してくれるだろうけれど…
またいらぬ心配をかけるかもしれないと思えば憂鬱になる

何度目かのため息の後…
台本を引っ張り出しもう一度さらの気持ちになって読み返す

ふたつの愛情に支えられ生きていく男
目を閉じれば…
いとおしいヒョンジュと柔らかいスジョンの姿が
ゆっくりと僕をつつむ…

外が明るくなってきた頃
僕は大きな深呼吸をして勢いよく立ち上がった
分厚いセーターを着込み車のキィを持って家を出る

RRHを見上げる場所に車を停めミンチョルに電話をいれた

しばらく待っていると
まだひと気のない通りを横切ってミンチョルが歩いてくる

早朝の切れるような冷たい空気の中
透明な光を浴び冬の街路樹をぬってコートを揺らすその姿は
遠くからでも彼だとわかる

「どうした…夕べ電話を待ってたんだぞ」

助手席に滑り込んだミンチョルは
少し寝不足気味の顔だが意外と明るい口調だった

「監督、何だって?」
「ミンチョル…」
「…」
「…」
「スヒョン?」
「考えてみてくれないか」
「何を?…出演を?」
「ああ」
「本気で言ってるのか」
「勿論だ」

僕は信じられないというような表情のミンチョルに真っすぐ向き直った

「正直言えば僕も戸惑ってはいる…でも監督たちの言葉に異論はなかった」
「スヒョン…」
「本をもう一度じっくり読んだんだ…まっさらな気持ちで…
 監督に言われたようにスヒョンじゃなくジンという男になって考えてみようと思った」
「…」
「…」
「それで?」
「ヒョンジュとおまえが重なった」
「…」
「僕は…監督たちの創りだそうとしている世界を実現させたいと思う
 受けた以上は全霊を傾けようと覚悟してる」
「スヒョン…」
「責任をもって最高の仕事をしたい」
「…」
「そしておまえとなら…求めるものに近づけるんじゃないかと感じたんだ」
「無理だ」
「ミンチョル」
「僕に役者などできるわけがない」

俯いてしまったミンチョルをしばらく見ていた
コートの襟に顔を埋めた横顔
暖かい車内のせいだろうか彼の頬がうっすらと色づく

静かに名前を呼ぶと
その美しいシルエットがゆっくりとこちらを向いた

「僕はジンという男になりきるつもりだ」
「…」
「もう一度…考えてみてくれないか」

目の中にはっきりと動揺の色を浮かべるミンチョルを
僕は尚も強い意志で見つめつづけた

「少し…時間をくれ」

彼はやっとのことでそう言うとドアに手を掛けた

「スヒョン…わざわざありがとう」

ミンチョルはかなり向こうまで歩いてから振り返り
しばらくこちらを見つめてまた歩き出した

僕はその後ろ姿が見えなくなっても
ずいぶん長い時間そこに座っていた



きつね追い



La mia casa_27  妄想省mayoさん

鳥の巣の髪を撫でつけ..懐に預けてある頭を枕に乗せる..
ぷっくりした下唇をぷるんぷるんと人差し指で悪戯すると俺の代わりに抱かせた枕をぎゅっ#っと抱いた..
OK...タレ目のカミさん...寝起きの悪さは天下一品..

足下にいたはるみが俺の腿を伝って来た..
カミさんは寝ながらにして..もぐもぐと口を動かし始めた..
何の夢見てんだか..くりーむぱんでも食ってる夢だろう..それとも...たはは..^^;;..むにゃむにゃ....
俺はひとりでちょいと..というか..かなりヤらしい含み笑いをしていたと見える..

ズズ...ズ..ズリッ..ズリッ..★//

「ぁぅ..ぉぉ....ぉ~~~お嬢ぉぉぉ~~#...4本立ちは勘弁してくれぇ~~ぃ...」
「@o@//...(ぁ...ぁ..し..しっちゅれいしみゃした..あしがしゅべってふんばりましたにょ..(^^;;)」

ぺちん☆

「みゃん..(>o<)」
「わざとだな..お嬢..ん?」
「〃@o@〃(ちがいましゅ..ちがいましゅ..ふ--..ふかこうりょくでしゅ..)」
「どうせなら..もちょっと..こう..優しくだな..そこをだな..ん..」
「@@..」

ぱこぱこ★ぱっっこん★

「ぁ..ぁっっっぅ...ぉぃ#....」
「..>o<..(ごめんなしゃい..つよすぎみゃした..)」

毛布の上から俺の"中心"を叩いたはるみにまたデコぺちん☆をもひとつお見舞いし..ベットを出た
シャワーの後黒のボトムに黒のタートルセーターに着替えた..
ベットの端にちょこんと座り直していたはるみに腕を伸ばすと
今度は器用に慣れた足取りで俺の腕をするするする..っと伝い..俺の肩に乗る..

俺が振り返るとはるみのほっぺたが触れた..みゃ#(^▽^)..
触れた頬を上下に動かした..んみゃんみゃ#..(>▽<)//

キッチンに行って牛乳をほんの少し温めた..

「熱くないか?ふーふーするか?」
「〃^^〃」

首を横に振ったはるみはカフェボールに頭を突っ込み温めた牛乳をぺろぺろと飲み始めた..

煙草を1本吸い終わった時..着替えたテソンがベランダのベンチに来て隣に座った..
手に持った2つのマグカップの1つを俺によこした..

「カフェオレにしたよ..」
「ぉ..さんきゅ..」

テソンとカフェオレをずずず..っとすすり..
互いに少し暖まり..互いにふぅっと暖かい息を吐いた..

「闇夜は?」
「ぅん..まだ寝てる..昨日バタンキューだったし..」
「ふぉ?..テソン..”のー”か..」
「ち..違うってばっ#..も--っ..昨日寒いとこ朝早くから出掛けたから..疲れたんだよ..」
「たはは..そうだっだな..^^;;..」

闇夜は昨日朝早くcasaを出..午後に帰ってきて今度はリュルの出版社に出向き..夕方帰ってきて店に出た..

「な..テソン..」
「なに?..ちぇみ..」
「何か言ってたか?..」
「ぅぅん..何も..」
「そうか..」

闇夜は昨日朝早く単車仲間と★彼の法事に出掛けた..
毎年迎えるその日..今までは一人でこっそり行ってたらしい..
今年はやっと仲間達と逢える気がする...っと前日の晩飯の後闇夜は俺等3人に言葉少なに話していた
俺たちも闇夜の心情を汲み..昨日は闇夜に余計なことは問いただすことはしなかった

「闇夜は★彼の顔がまだ思い出せない..だから申し訳ないって..言ってたよね..荒行の時..」
「そうだったな...これは俺の推測だが..
 責め苦にあってたあいつには最期の顔しか浮かばなくたっていた..のかもしれん..」
「責め苦..」
「ん..偶発的な事故だとしてもだ..
 自分を庇い..自分の上に覆い被さったまま..自分にとって大事な人間が息絶えていくんだ..
 自分の方が先に血管が凍り付いていく様だったと思うぞ..その方が相手の体温をまだ感じられるからな..
 瞬きをすることさえ忘れたろう..瞳の奥には決して忘れることの出来ない悲惨な映像がこびり付いたに違いない..」
「ぅん..僕..あれから何も聞かないでいた..酷かっただろうって思うから...」

「ん..俺とテスであんな荒行したが..実際..事故の直後から立ち直るのは過酷だったらしい..」
「闇夜に聞いたの?」
「ぃゃ..俺は祭りの後にオルシンじじいから聞いた..
 これから先も闇夜には聞かないつもりでいる..多分..あいつの口から聞かれることはないだろう..」
「でもちぇみは知ってる...それ..何か..面白くない..」
「はっきり言う奴だな..お前は..」
「ごめん..」
「いずれお前には時期を見て話そうと思ってた..祭が終わってcasaに来てからお前達..ちと不安定な時があっただろ..」
「ぁ..ぅ..ぅん..だって..」
「何だ..俺のせいだと言いたそうだな..」
「ぉ..ぉ..ぅ...違うとは言えない..っと思う..ケド..僕のせいでもありますです..はひ..」
「くっ..まぁいい..かなり辛い話だぞ..聞けるか?..」
「ぅん..」
「ん..」

俺はじじいから聞いた闇夜の話をテソンに話した..
憶測や推測を加えず..感情を外し..事実のみを伝えた.報告に近いと言えようか..
視線を落として聞いていたテソンはやがて奥歯を噛み..途中..握った拳が震えていた..
俺が話し終わると大きなため息をついた..

「テソン..」
「ぅ..ぅん?」
「責められのは辛い..だが責める方も哀しいもんだ..闇夜は自身で両方抱えて来たのかもしれん」
「ちぇみ..」
「だから闇夜はお前の事..お前の父親の事がよくわかるんだろう..
 お前には歪みなく思い出して欲しいんだろう..父親のどんな顔も..」
「ちぇみ..」
「っと..俺に感謝しろよ..」
「..??..」
「闇夜をお前に託したから..ん?」
「ぁぁぅ--..ぁのさぁ--...」

テソンは涙を溜めたアヒル口の顔で俺に振り向いた..
俺は正面を向いたまま..笑いを噛み殺して紫煙をゆっくりと吐いた
涙をしまい込み..テソンが小さくため息を吐くと

けぷっ#....牛乳を飲み終えたはるみがカフェボールから頭を上げ..ゲップをした

俺等に振り返り「みゃ#(*^^*)みゃ#」と笑ったはるみに俺等の顔が緩んだ..

「僕さ..」
「ん..どうした..」
「昨日の朝方かな...」
「ぉ..何か見えたのか?」
「ぅん...いつもの.."あの時"の父さん..」
「ぁ..っ..テソン..無理に言わなくてもいいぞ..」

テソンは俺に振り返ると静かに首を横に振って見せた..
はるみはテソンの側に寄り..顔を見上げながらテソンの腿..傷のある腿をすりすり〃した..
そんなはるみの頭を撫で「大丈夫だよ..はるみ..」と言った後..テソンは言葉を続けた..

「幼い僕を目の前に父さんは..物差しを持った手を上げた..いつもの光景..」
「ん..」 
「オトナの僕は..後ろから父さんの両腕を押さえて..喉奥で粘っていた声を何とか絞り出してた..」
「何と言った..」
「『止めて』..って」
「そっか..」
「ちぇみ..」
「ん?..何だ..」
「父さんは震えてた..」
「お前が震えていたんじゃないのか?」
「違う..夢なのに..僕の腕は父さんの震えを感じたんだ..
 そこにいたオトナの僕は父さんの震えを止めたくて今度は後ろから腕ごと強く締めた..」
「テソン..」

俺はそれで合点がいった..
~~~
昨日の朝..部屋から出て来た闇夜は前で腕を組み..幾度か右左の上腕部を擦っていた..
寒くて擦っているのかと思ったが..擦る毎に苦痛で顔を顰める..それもテソンに気づかれないようにだ

眦を細めた俺にテスが言った
『ちぇみ..何か変だ..』
『お前も気づいたか..』
『ぅん..僕..後でmayoシに聞いてみる..』
『ん..』

朝飯の後..俺はテソンと片づけをし..テスは洗濯機の前で闇夜と話をした,,
闇夜はテスに訳を話さず..ただ

『テソンに言わないでくれ..あたしは大丈夫..大丈夫だから..』っと言った

テスはそれ以上何も問わずに..
闇夜がcasaにいる時にはテソンの隙を見計らい..ぽちゃぽちゃで闇夜の腕をスリスリ〃..幾度も擦っていた..

『ちぇみの分も一緒に擦ってるからね..』
『はひ...^^;;..すまんなぁ..』
『へへっ..^_^..』

夜互いの部屋に戻る時,,闇夜の口唇は俺とテスに『さんきゅ』っと言っていた
テソンは現実には闇夜の腕を掴んだ後..両脇を締め付けたのだろう..
闇夜が力を入れ..その腕を弾けばテソンが起きてしまう..
無抵抗で..テソンの太い腕で軋むほどの強さで..細腕を締め付けられたのでは苦痛だったろう..
~~~

「お前は何故父親の震えを止めたいと思った?」
「腕を抑えた時..父さんは少し..振り返った..」
「見たのか?顔が見えたのか?テソン..」
「ぅん....哀しい顔だった..
 今まで僕は父さんの歪んだ顔しか思い出せなかったのに..父さんは哀しい顔で震えてる..」
「テソン..」
「震えが治まって..抱えた父さんから力が抜けて..僕は父さんの腕を解放したんだ
 僕が..僕が父さんにあんな事ができるなんて思ってなかった..」
「それは.."今"のお前だから震えを治めることが出来たのかもしれんな..俺はそう思いたい..」
「ちぇみ..」
「ん..何だ..」
「昨日の朝...闇夜にも同じ事言われた..」
「ぁ..ぁ.そうか..ぁ~~っと...俺は今初めて聞いたんだからなっ#..ん..」
「解ってるって..」
「^^;;...」

「ねぇ..父さんは何故哀しい顔だったんだろう..」
「自分の子供が憎い親なんか何処にもいない..何か理由があるはずだ
 お前が"何故"と思うようになっただけでも前に進んでるぞ..」
「そぅ?」
「ん..闇夜に聞いてないのか?..詳しく..」
「ぅん..また別の顔が見えたら..僕から..ちゃんと聞くよ..」
「ん..」


記憶  ぴかろん

テジュンに揺り起こされたのは、BHCの開店時間を30分も過ぎた頃だった
俺は夢を見ているのだと思った
そこはBHCでもRRHでもヨンナムさんの家でも…ソウルでもなかった
テジュンは微笑んで俺を車から降ろすと、小さなホテルのフロントでチェックインの手続きをした
大きくはないがちゃんとしたホテルだ…
フロントの人間は、テジュンを知っているらしい…
テジュンは手続きを済ませると、自分で出来るからと荷物とキーを持って俺の肩を押して歩き出した

…荷物?
そんなもの持ってたっけテジュン…
ああやはりこれは夢だなと
ふわふわ歩きながら俺は思った
エレベーターを降り、廊下の突き当たりの部屋に入る
こじんまりとしてはいるがスウィートルームなんだとテジュンが言う

「ほら、海が見えるんだよ。来てごらん」

明るい笑顔で俺を呼ぶので、俺はまたふわふわとそちらに歩いて行った

「夜で暗くて見えないけどさ…明日の朝、いいもの見せてあげるからね」

そう言って引き寄せた俺の頬にキスをした
それから暫く俺はテジュンに凭れていた
ロマンチックな夢だ…
テジュンの唇が俺の唇を塞ぐまで、俺は夢だと信じて疑わなかった


俺はテジュンに背中を向けてベッドの中にいる
テジュンはすーすーと寝息を立てて俺の背中にくっついている
車の中で三時間も寝てしまったこともあって…いや…それだけじゃなく…俺は眠れなかった
テジュンは俺をここに連れてきたかったのだと言った
この部屋で一緒に夕飯を食べて、お酒を飲んで…そして僕の話を聞いて欲しいと言った

「店に…」

言いかけた俺を制してテジュンはにっこり笑い、休暇取っといた
ミンチョルさんを通じてスヒョンさんに連絡済だよ
安心して…
そう言った
お前のためにこんなことしちゃった…
照れて笑うテジュンに何も言えなくなった

俺のために…俺の休暇を貰った…

俺になんの断りも無く…

ふと湧いたその思いを俺は慌てて掻き消した
だってテジュンは俺のために…
俺と居たくてここへ…
俺とずっと一緒に居たくてそれで…

「もう少ししたらルームサービスのディナーが来るから、先にシャワー浴びよう」
「…」
「一緒に浴びるか?」
「…。ルームサービス…来るんだろ?どっちかいないと…お前、先に入れよ…疲れたろ?」
「そだな…じゃ、お楽しみは」

後に取っておこうと言って俺の唇に軽くキスをしてテジュンはバスルームに行った
大丈夫だと言っていたけれど気になって、バスルームの水音を確めてから俺は店に電話をかけてみた
事務所か厨房には繋がるはずだ…

『お待たせいたしました。夢の花園BHCでございます。いつも有難うございます』

おい…そんな風に外からの電話、受けるのか?誰が決めたんだよそのセンスのない文句は…

「ヨボセヨ…イナだ…」
『イナさん!どしたの?テジュンさんとケンカ?』
「…ウシク?」
『うん…どした?』
「ごめん俺今日…急に…」
『ああん休暇の話?チーフから聞いたよ。イナさんここんとこ元気なかったからゆっくりテジュンさんに甘えてね』
「…」
『え?ケンカした?』
「…してないよ…」
『どしたのさ…テジュンさんと一緒なのに元気でないの?』
「…いや…。ごめん…。勝手な事…」
『気にしないでよ。それよりうんと元気貰ってきてね。イナさんがしょぼくれてるとつまんないからさ』
「…ウシク…」
『んでぇ、イナさん帰ってきたらぁ…引越ししたいんだけどぉ…』
「…ああ…。俺が居なくてもいつでもどうぞ…。俺の服は纏めといてくれたら…」
『そういう訳にはいかないでしょ?…ま、帰って来てからの話。今日はゆっくりたっぷりアマアマで甘えてね』
「…ウシク…」
『ん?』
「…俺…甘えてもいいのかな…」
『…何言ってんのさ…。テジュンさんに甘えなくて誰に甘えるのさ!まさかイヌ先生狙ってるんじゃないだろうね!』
「…ばか…フフ…」
『思いっきり…甘えなよ…。イナさん…遠慮しすぎだ…』
「…え…」
『祭のときは甘えきってたのに…』
「…そうかな…」
『うん…。テジュンさんだってイナさんに甘えて欲しいんだと思う…』

ウシクとそんな会話をした
甘える…思いっきり
『我儘いっぱい言ってやれ
掴まえておかないとどっかに飛んで行っちゃうぞ…って』
ミンチョルの言葉が甦る

そだな…
甘えてもいいんだよな…

テジュンと入れ替わりにシャワーを浴びて、バスローブを羽織って部屋に戻るとルームサービスの食事が用意されていた
海に面したガラス戸の側のテーブルに並べられたイタリアンの軽い食事とワイン
そしてクリスマスローズの花束

「…どしたのさ、花束なんて…」
「お前に…」
「…何よ…。俺、花なんて…」
「渋い花だろ?」
「…ん…」

テジュンは俺の手を取って抱き寄せ、椅子に座らせてくれた
俺のために…

それから肩越しに腕を回してまた抱きしめ、頬にキスをくれた
思いっきり…甘えて…

俺は回された腕に自分の腕を巻きつけて頬ずりをした
風呂上りだというのにテジュンのいつもの香りがする…
俺はこの香りが好きなんだ…
この腕が好きなんだ
「愛してる…イナ」
呟く声が好きなんだ…
テジュンの体に凭れてテジュンの顔を見つめる
優しい瞳が俺を包む
俺のために…

「あいしてるよ…テジュン…」

テジュンの唇が俺の唇に重なる
熱くて優しいくちづけに俺は応える
応えなきゃ…

やがて唇が離れ、テジュンは俺の向かい側に座る

「バスローブ姿ってのがちょっとマヌケだけど…」

ワインをグラスに注ぎながらテジュンは笑って言った

「僕達のこれからに…乾杯…なんちゃって…」

乾杯した後、食事を始めた
軽い夕食
ディナーとは言えないか…
サラダとバジルのパスタと肉料理一品…

「足らなかったらまた追加するよ」
「十分だ…」
「ね…イナ…」
「ん?」
「食べながら聞いて欲しい」
「何?」
「昼間、言いかけた事」

…彼女の…話?

食事の手を止めてテジュンを見つめた

「僕とヨンナムの憧れの彼女との話…」
「いやだ」
「聞いて欲しい」
「聞きたくない!」
「イナ」
「今は聞きたくない!別の時にして!」
「今しか話す気はない。別の時なんてない。今でなければ一生話さない」


テジュンは…
まっすぐ俺を見つめている
ため息をついて止めていた手を動かし、パスタを口に運んだ

「じゃあ…話せば…」
「ちゃんと聞いて欲しい」
「…」
「知ってほしい僕の事を…」

俺はもう逆らわなかった
テジュンの話はほとんど知っていた
知らなかった事と言えば、彼女とテジュンが深い関係だったって事
想像のつく話だ…

「僕が今、どんなにお前を好きか…わかる?」
「…。それは…彼女が死んじゃったから?もし生きていたらお前は彼女と一緒になって…」
「言ったろ?彼女はヨンナムを選んでたって…」
「…でも…お前が避けなきゃ彼女はお前のところに…」
「彼女は僕にヨンナムを求めていたんだ…」
「…」
「最初は僕を好きでいてくれたと思う。僕が忙しくて中々会えなかった時は…ヨンナムに僕を求めていたんだろうね…。でも…それが段々変わってきた
彼女に必要なのはヨンナムなんじゃないかって感じた…。だから…彼女と離れた。本とは…僕のところへ…戻ってきてくれると…。虫のいい話だよな
最後の最後にやっぱり…ヨンナムだったんだって…。解ってたけどショックだった…」
「…」
「ヨンナムに今まで彼女の最期の事、言えずにいた…。あいつが聞かないのをいい事に…。あいつに負けたくなかったのかな…悔しかったからかな…
本当に好きだった。初めて彼女を抱いたとき…これで彼女は僕のものだって思ったのに…ダメだった。心の狭い男だな…僕って…」
「…」
「今日やっと言えた。あいつが突然聞かせてくれって言ってきた…。勇気を出してあいつに話した。長い間つっかえていたモノが取れた…」
「だから…今日俺に話したかった?」
「…ん…。お前は…僕とラブとの事も受け止めてくれた…。僕の我儘を許してくれる…。お前は僕の全てを包み込んで癒してくれる…。僕にとってなくてはならない人なんだ」

俺はワインを飲み干し、それからパスタをフォークに巻きつけた
うまく巻きつけられなくて俺はフォークを乱暴に置いた
テーブルに左肘をついて、腕に頭を乗せ、テジュンの顔を見上げた
テジュンは戸惑ったような顔をしている
俺は…右手でパスタを掴みテジュンから目を離さないでゆっくりと自分の口にそれを収めた
指に絡み付いているバジルのソースを、丁寧に舐め、手の甲で唇を拭う
テジュンから視線を逸らさずに…

まるで誘ってるみたいだ…
そんなつもりもないのに俺…
テジュンは口元でふふっと笑った
そして空のグラスにワインを注いでくれた
俺はもう一度パスタを指で掴み、今度はそれをテジュンの口に持っていった
テジュンは軽く口を開け、俺の指ごとパスタを食べた
いつものテジュンなら遠慮なしに俺の指を愛撫する
でもテジュンはそうしなかった…
だから俺はテジュンの口の中に指をねじ込んでやった
そしてテジュンの唇を親指で拭い、その指を舐めた

「誘ってる?」
「べつに…」
「…たまんないな…」
「…肉も…食うか?…」
「いや…」

俺は肉を一切れ摘んで自分の口に運んだ
指についたソースをテジュンの口にねじ込んだ
テジュンは丁寧にそれを舐めてからにっこり笑うと俺の唇についたソースを長い指で拭った

「お前…色っぽいよイナ…」
「ふ…」
「堪えてるの…大変だ…」

そう?
お前の期待に応えてる?
お前の…お望み通りのイナ?

俺はだらだらとテーブルに寝そべったまま、テジュンに微笑みかけた
きっとそそるんだろう…こうすれば…

ふいに涙が流れた
腕で顔を隠したからきっとテジュンには見つかってないはずだ…
なんで涙が流れるんだろう…
自分がよく解らない…
起き上がって注いで貰ったワインを半分ほど胃に流し込んだ

「ヨンナムさんは?」
「え?」
「ヨンナムさんは…その話聞いて…どうしたの?」
「…。かなりショックだったみたい…」
「そのまま放ってきたの?」
「…。出てくる時に声をかけた。まだ呆けていたけど…でも…でもね…」

微かに煌いていたとテジュンが言った

煌いて…
よかった…
だいじょうぶだね…

零れそうになった涙を俯いて誤魔化した
俺はテジュンを…テジュンを見なくては…
顔を上げてまっすぐに前を向いた

「キスして」
「…イナ…」
「キスしてよ…」
「…」
「3日も大人しく待ってたんだ…すっげぇキスしてくれよ…」

テジュンが立ち上がって俺の横に来た
頬を包み込んで顔を近づける
深く口付けする
俺は思い浮かぶ別の唇の感触を振り解こうと、テジュンの舌についていく事だけに専念した…

その後はお決まりの情事…
ベッドになだれ込んで愛を確かめ合う
俺はこの男が好きで…この男は俺が好きだ
掻き消したいものが沢山ある
忘れさせて
俺を虜にして
ほんの数日前の俺に戻して
お前ならできるよな?
俺を捉まえていて
離さないで…

「イナ…どうしたの?…随分積極的…」

テジュンが驚くほど俺は淫らだったんだろう…
離れようとするテジュンにしがみついたり、普段しないような事をしたりして
俺は…テジュンの…期待に応えようと…

『根っからのスケベだと思うよ、アイツ』

突然思い出したヨンナムさんの言葉
目を開けて俺を突き上げる男の顔を見つめる

「あ…あ…あは…、スケベ…」
「…ぁはぁ…な…なに?」
「すけべ…あぁぁ…」
「…ィナ…ああ…」


いつも先に果ててしまう男の、その震える髪にくちづけを落とす
テジュンの香りがする
俺の名前を小さく呼びながら肩で息をしている
テジュンを胸に抱きしめる

俺達…繋がってるね…

ああ…イナ…愛してる…

…ん…

涙が溢れ出した

『君だけは…待っててやってくれないかな…あいつは…あいつは幸せにならなきゃいけないんだ…』

もう貴方も幸せになれるよね?
大丈夫なんだよね?

仰向けに寝転んだテジュンに背を向けて眠ったふりをした
暫くしてテジュンが俺の背中にぺったりとくっついてきた
すきだよと呟く声が聞こえた

なんの涙?
誰の涙?
君がまだいるの?
どうして俺は泣くの?

「…日の出…見に行くから…寝ようね…」

寝言のようにテジュンが言った
そうだな…眠らなくちゃな…
目を閉じるとそこに…ぼんやりと窓辺に突っ立っている男の背中が見える
俺はその背中に縋りつき、俺の背中にテジュンが縋りついている

「さよなら…」

小さい声で別れを告げて
俺はテジュンの方を向いた
テジュンは寝ぼけたまま、俺を抱きしめてくれた
その顔を見つめてみた

「テジュンだよね…」
「…ん?ぁぁ…」

曖昧に返事をしてまた寝息を立てる

テジュンだよね…ヨンナムさんじゃ…ないよね…
大きく息を吸い込んで、昨日の朝を呑み込んだ










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