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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 223

千の想い 128   ぴかろん

真夜中にRRHに帰ってきた
こんな時間でもトンプソンさんはいつもの笑顔で迎えてくれるんだな…
いつ寝てるんだろう…毎度の疑問を抱きつつ、俺も笑顔を返してエレベーターに乗る

テジュンは大丈夫だろうか
まだあそこにいるのだろうか
それともヨンナムさんの家に帰ったろうか…
朝になったら電話してみようか…もう少し時間を置いたほうがいいのだろうか…

俺に洗いざらいをぶちまけたように、ヨンナムさんにも挑んで欲しい
そんな気持ちと、これ以上傷ついて欲しくないという気持ちとが入り混じる

どちらにせよ、俺が決めることではない
俺とのこれからも、テジュン、お前が答えを出してくれよ…

40階についたエレベーターを降りる
どの部屋も静かだ
ジャンスさんの勢いにみんな疲れたろうな…

…ラブは…ギョンジンと帰ってきたのかな…

そんな事を思いながら、俺は自分の部屋に向かった
このところここでゆっくり過ごした覚えがない
毎日考え事をしていてリビングに座っていない
ふとミソチョルのことを思い出した

気持ちが落ち着いたら、ミソチョルと話したいなぁ…
そんな平和な日が来るのかな…

ドアを開け、スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた
デスクの上にクマのぬいぐるみが二つあった
いつの間に?
俺は並んでハートのTシャツを着ているそのクマを一つ手に取った
ぐりぐりと弄繰り回し、首に巻きついたタグを見て、こいつがロンドンから来たのだとわかった

「ぱでぃんとん?…ああ!お前って有名なあのパディントンベアか?」
『しょ…しゅ』
「あぅん?」
『…』

気のせいか…
ミソチョル以外に喋れるぬいぐるみなんていないだろう…
俺は相当疲れてるんだな…

「ロンドンっつーと…んーと…ああ」

ミンチョルの土産か?
あいつがロンドンに行ったのってなんだか何年も前のような気がするぜ…
やっぱり俺は疲れてるんだな…

それにしてもこいつらがここにあるって事は…
むぅ…俺の留守中に部屋に入ったな、きちゅね…

俺はクマの鼻先をチョンと突いてもう1匹の横に並べようとした
その時、もう1匹のクマの下に紙切れがあるのに気づいた

「なんだこれ?」

『一つはお前のだ。もう一つはテジュンさんへの土産だ。お前から渡しておいてくれ。 ミンチョル』

丁寧な字で書いてある
テジュンに?これを?…

「…渡せるかな…」

俺は手に持っていたクマの鼻と自分の鼻をツンと併せた
クマの目が潤んでいるような気がした

「こいつめ!」

クマの額をチョンと突き、もう1匹の…テジュン用のクマの横にそっと置いた

「なぁんかお前らって『なにもかも知ってますぅ』って顔してないかい?ん?…お前らさ、離れたくないんじゃねぇの?もしかすると二匹ともずーっとここでこうやってくっついて座ってるかもな…」

ずうっとここで座ってるとしたら…それは俺がテジュンに1匹渡せなかったって事だよ…
お前らが離れ離れにならないって事はつまり…

「俺達が…」

言葉を飲み込んだ
カフスを外してベッドに寝転がった

ああ…天井にモビールもない…
あれも

「返ってくるのかな…」

大きくため息をついて目を閉じた
俺はそのまま眠ってしまった


短時間で目を覚まし、シャワーを浴びた
8時前
Casaに向かおうとエレベーターを待っていた
遠くのドアが開いて、昨日一番憎いと思っていた男がこっちに向かってきた

「イナさん…」
「…お前…なんてかっこしてんだよ…」
「え…あは…」

ラブはメッシュのスケスケシャツとぱんつというあられもない格好でスタスタと歩いてきた

「…何なんだ、そのはしたないシャツは!」
「イナさん祭の時はかっこいいって言ってくれたのに…」
「…。あん時の俺はコドモだったんだ!今はそのシャツがどんなにヤらしいか物凄く解る!」
「…イナさん…」
「…なんだよ…」
「ありがと…普通に喋ってくれて…」
「…」

そうだな…テジュンがいなけりゃお前と普通に喋れるんだ、俺…

「昨日…ごめんね…俺、ギョンジンがイナさんの心配ばっかりしてると思ってて」
「…。それで?テジュン?」
「…。それだけじゃないけど…。でも…ごめんなさい…」
「いいよ。どうせ懲りないんだろ?またやるに決まってる…」
「なんだよ!しおらしく謝ってるのに!」
「…謝るって事は…ギョンジンと仲良しだったって事…だな?よかったな」

俺はラブに笑顔を向けた
丁度エレベーターの扉が開いたので、俺は中に乗り込んだ

「テジュンはいないの?ここに来なかったの?」

俺は笑顔のまま首を傾げ、閉ボタンを押した
心配そうな顔がフェイドアウトした

何が心配?俺?それともテジュン?

「はぁ…」

どうなるんだろう、俺達…

「はぁ…。考えたって仕方ないか…なるようにしかなんねぇ…かな…」

いつ寝ているのか解らないのにいつも変わらず血色のいい顔をしているトンプソンさんに挨拶をして、俺はcasaに向かった


チェミさんの工房で無言で作業した
チェミさんはいつものように何も言わない
何も考えたくない時は体を動かすのが一番だ
それでもふっとテジュンの顔を思い出す
暫くの間、その残像に囚われる

ちゃんと会社にいったんだろうか…
ちゃんと家に帰ったんだろうか…

「あれか…くちびるぱんは作らんのか?」
「…ん…当分の間、お休み…」
「…そうか…」

チェミさんはいつものようにふふふと笑った

パンをオーブンに入れる
いつもより手早くできたかな…
チェミさんが差し出したミネラルウォーター入りのグラスを飲み干す
何気なく工房全体を見ると、どこかで見たようなミネラルウォーターのボトルがあった

「…チェミさん…あれって…」
「ん?」
「あの水…」
「おお、爽顔さんちのだ」
「…いつから使ってるの?」
「最近だ」
「…昨日もあった?」
「昨日もおとといもあったぞ」
「…」
「気付かなかったか」
「…うん…」
「今お前が飲んだ『おみじゅ』も爽顔さんちのだ」
「…」

コンコンコン

タイミングよくロールカーテンの向こうのガラス窓を叩く音がした
ヨンナムさんだろうな…

小さなため息をついた
チェミさんの瞳がチラリと動いた

「どうした?今日は会いたくないのか?ん?」
「…そうじゃなくて…」

いや…そうなのかもしれない…

コンコンコン

「開けるぞ」
「…うん…」

するするとカーテンを上げたチェミさんの向こうに、中を覗きこんで笑っているヨンナムさんがいた
この笑顔につられる…
俺もにこっと微笑んで応える

「よっしゃ、行ってこい。お前今朝はメシ抜きだろう?手も休めずに作ってたから声かけられなかったぞ」
「…気にしてくれてたんだ…」
「ま、一食ぐらい抜いたってどうってことはないからなぁ」
「…『朝メシは大事だ!』なんじゃなかったの?」
「ははは。時と場合による。今日は、ま、抜いても大丈夫だと思ったんだがな」
「うん…」
「お前のパンばっかりじゃなんだから今日は美味しい昼メシ、爽顔さんと食ってきたらどうだ?」
「…」
「お前のパンは焼きあがったら店に届ける」
「あうん…お願いします…」

きっと俺は薄ぼんやりしているのだと思う
チェミさんにぱんぱんと背中を叩かれ、押し出されるようにcasaを出た
路地で待っていたヨンナムさんは笑顔で俺を迎えてくれた

「ん?今日はパンないの?」
「まだ焼きあがってない」
「ふーん、そか…。じゃ、違うもの食いに行こうか」
「うん…」
「昨日…ごめんな…。余計なことしちゃった…」
「ううん…」

ヨンナムさんが来てくれて、俺、気持ちが安らいだから

そう言うとヨンナムさんは嬉しそうに笑った

「あの後仲直りできた?」
「…え…」
「テジュンと」
「…。テジュン、ヨンナムさんちに帰ってない?」
「朝の配達に行こうとしたら帰ってきた。僕、急いでたから話はできなかったけどさ、あいつ僕の顔見たらしかめっ面して二階に上ってった。多分着替えて会社に行ったんじゃないかな」
「…そか…」

よかった…無事に家に着いたんだ…

「お前んちにいたんだろ?」
「…」

答えなかった
あの公園でテジュンの話を聞いたことを
俺はヨンナムさんに言えなかった

「お昼ご飯、僕の配達先の店で食べよう。おふくろの味だぜ」

その店の女主人は、まるで本当の母親のように、ヨンナムさんのあれこれを心配していた

「お友達とつるんでばかりいないで、いい加減良い人を見つけて結婚なさいな!」
「はいはい。アジュンマ、今日のお薦めランチふたぁつね。なんかサービスしてよね」
「食後の柚子茶ぐらいだね」
「ええぇ…なんかお菓子ちょうだいよぉ」
「…もう…この子ったら…」
「よろしくねっ」

こんなヨンナムさんって初めて見る
アジュンマが店の厨房に入った後、ヨンナムさんは俺を振り返った

「なに?どした?」
「…甘えられるんじゃん…」
「え?」
「…甘えるのが下手だとか言って、嘘つき…」

一瞬真顔になったヨンナムさんは、またふふっと笑って俺を見た

「おばちゃんには甘えられる…。ちょっと商売も入ってるけどね…」

小声で言ってウインクする
明るいヨンナムさん
テジュンはどうしているのだろう…


千の想い 129    ぴかろん

昼ご飯を食べ終えて、配達の手伝いをする
三時過ぎに時間があいた

「さてと、今日のデートはどこ行こう」
「…」
「漢江見に行くか」
「…」
「行こう!デートスポットだ!」

ヨンナムさんは一人で喋り、トラックを漢江に走らた
岸辺に車を停め、二人並んで散歩した
ヨンナムさんとのデートはいつも穏やかだ…
だからかな…会いたいと思うのは…

「イナ」
「ん?」
「何があった?」
「何って…」
「昨日、あれからテジュンと何があった?」
「…別に…」

ヨンナムさんの両手が俺の頬を包み込む

「嘘つき」
「…嘘つきはそっちだろ…」
「うん。僕は嘘つきだ。お前もそうだろ?」
「…」
「僕があんな事したから…ややこしくなっちゃった?」
「…」
「そうなの?」
「…それもあるかもしんないけど…でもそれが原因じゃないよ。やっぱり俺がいけないんだ…」
「イナ」
「テジュンの気持ちを…全部聞いた…」
「…」
「テジュンがどんどん壊れていった…」
「イナ…」
「俺を罵りながらテジュンは自分を傷つけてさ…。見てられなかった…。俺が全ての原因だ」
「…そんな事ないよ、イナ…」
「…今日会社に行けたのかどうか心配で…」
「電話は?してみた?」
「…まだしてない…怖くて…」
「そうか…」
「テジュンな、ヨンナムさんにもぶちまけたいって…」
「うん…じゃ、今夜あたりぶちかますか…」
「ヨンナムさん…あんまり痛めつけないで…。昨日でかなり傷ついてるはずだから…」
「大丈夫だよ。アイツは強い」
「そうかな…」
「うん」

そうかな…そうだといいけど…

「イナ、聞いていい?」
「ん?」
「お前…アイツと別れようと思ったって言ってたろ?」
「…うん…」
「アイツに言ったの?」
「…言った…。今までに何回か言ったよ」
「…こないだだけじゃないの?」
「…うん…」
「いつ?なんで?」

それは…

祭の頃、テジュンが仕事を辞めるって言い出した時…
俺のために大好きな仕事を辞めて欲しくなんかなかったから…

その次がテジュンとラブのあの事があった時…
帰って来てくれたテジュンを受け入れられなくて別れてほしいって言ったんだ…

それから…貴方を好きになった時…
テジュンを裏切った自分が許せなくて、二度とテジュンに会うまいと思った…

「全部拒否された…」
「…」
「全部…。いやだって言われた…」
「…そう…。くっついて居たいってことだね」
「そうかな…。昨日話聞いてたら、テジュンさ、ずっと辛かったんじゃないかと思う…。俺なんかと居てヤな事ばっかりだったんじゃないかと…思う…」
「…バカだな…そんなはずないじゃん…」
「…けど幸せそうに思えなかったんだ…」
「お前がそう感じただけだよ…な?」
「…」

黙り込んだ俺の頭をクイっと引き寄せ、ヨンナムさんはヨシヨシ、イイコイイコと言いながら撫でてくれた
イイコじゃないじゃん…

『ヨンナムに会わないでくれ』

そう言われたのに…
昨日の今日でこんな事してる
だって俺、ヨンナムさんにも会いたいんだもん…

「今夜、じっくり話してみるよ…あいつと…」
「…。うん…」
「キスしてもいい?」
「えっ?」
「明日になったらできないかもしれないからさ」

にこっと笑ってヨンナムさんは俺の顎をそっと掴んだ
明日になったらできない?
それは…テジュンと話をして、貴方がこれからどうするかを決めるから?
そしたら俺はもう必要なくなるから?だから?

唇が触れ合った途端、涙が流れた
もしかしたら俺は明日、誰からも必要とされなくなっているのかもしれない…
それでも
テジュンがテジュンとして立ち上がってくれるなら…
ヨンナムさんがヨンナムさんとして歩いて行ってくれるなら…
構わないじゃないか…少し寂しいだけだ…

「心配するなよ。人間いつ何が起こるかわかんないって意味だから。人生そういうもんだろ?」
「…」
「だから…今、言わせてね」
「え?何?」
「…好きだよ、イナ…」
「え」
「好きだ」
「…。お…俺は…」
「お前の気持ちは言わなくていいよ」
「…え…」
「それとも『今、どうしても』言いたい?」
「…」
「僕はどうしても伝えたかったから言葉にしただけ。お前はお前の気持ちに従って」

ヨンナムさんへの思いと、テジュンへの思いとは…違っている
どこがどう違うのか説明できない
どちらかが恋愛なのか、それともどちらもが恋愛なのか
俺は解らなくなっている
戸惑っている俺にヨンナムさんはもう一度くちづけた
思いのほか深いキスにぐるぐると回る頭の中で、ヨンナムさんとテジュンの顔が混じりあっていた


イナをRRHに送って配達を続けた
BHCの近くを通ったとき、BHCの駐車場にポツンとテジュンの車が停めてあるのに気づいた
昨日飲んでたから置いて行ったのか…
そのまま置いてあるってことは…あいつ…

その後RRHの前を通りかかるとドンピシャ!スーツ姿のイナを見つけた
昨日もこれぐらいの時間に出勤だったから今日もそうじゃないかと予想していた

僕はイナの横に車をつけ、ウインドウを下ろした

「…ヨンナムさん…」
「お送りしましょうか?」
「…いいよ…」
「遠慮すんなよ」
「…ヨンナムさんに送ってもらうと運動不足になる」
「今日だけだって!ほら」
「いいよ。じゃ」

歩き始めるイナに沿って車を動かした

「…早く配達に行けよ」
「あと二つだけだもん、今日は…」
「だからそこに早く行けよ」
「乗れよ」
「やだ」
「なんで?」
「だから…運動不足になるから…いい!」

ったく頑固な奴だな!
僕は車を停めて運転席から転がり出、イナに駆け寄った
イナは一瞬逃げる素振りをしたけど、ハァっと大きなため息をついて僕を上目で見た

「…もう…強引だな…」

イナを逃がさないようにがっちり腕を掴み、にっこり笑って車に引きずり込んだ
助手席に座らせ、シートベルトもカッチリ留めてやった
それから運転席に座り、車を発進させた

「強引だ…」
「そうだね」
「…やだって言ってるのに…」
「この手の顔は『強引』に『自分を押し付ける』もんなんだ」
「…」
「なんでそんなにイヤがるのさ、ただ送るだけじゃん」
「…なんとなく…。仕事の邪魔したくないし…」
「それなら大丈夫」
「…今日も…偶然なの?」
「うーん。大体見当つけて来てみたらお前が居たからさ」
「…ふーん…」

その後僕達は黙りこくってBHCまで行った
店に着いて僕が運転席から外に出ると、イナは不思議そうな顔をした

「なに?まだなんか俺に用事?」
「仕事」
「へ?」
「本とは夜の配達だけどさ…今のうちに届けておこうと思って。あとココと『オールイン』だけだからさ」
「は…そういう事…。…でもなんで『今のうち』なの?」
「家に帰ってテジュンと勝負するから」
「え?」
「…あそこ…」

駐車場のテジュンの車を指さした
イナはそちらを見て動かなくなった


個展にて   れいんさん

それはコンクリート造りの瀟洒なビルの1Fにあった
隣接するビルと比較してもさほど大きくはなく
その通りにはカフェやブティックが立ち並び
ともすれば気づかずに通り過ぎてしまいそうな場所だった

僕はそのビルのガラス張りのウインドウの前にいた
ウインドウの上部には紺と白の縞模様の日よけがあり
エントランス部分には籐かごがよく似合う年代ものの、イギリス製自転車がディスプレイされていた
多分フェイクだと思うけど、白い小さな花がかごいっぱいに飾られていた

二・三歩足を踏み出してはみたものの
どうにも気後れがして、ドアを開ける事ができなかった
そういえば、慌てて出てきたものだから
僕はいたって普通の格好をしていた
おまけにランチバスケットなど抱えている
ひどくこの場にそぐわない気がして
彼に恥をかかせる気がして
かといって引き返す事もできずにいて・・

入り口付近にスタンド式の洒落た看板が置かれていた
『ファン・テジン個展
Healing Furniture
聴こえてくる Artの息吹』

刻まれた文字を見て喉の奥が熱くなった
こみ上げる嬉しさと僅かばかりの寂しさがないまぜになって

取っ手に手をかけガラスのドアを思い切り押した
中にいた数人の人達が一斉に僕を振り返った
それからどうしたらいいものか、頭の中が真っ白になった
でもすぐに彼が僕の不安を消し去ってくれた


彼はすっと片手を上げてみせ、隣にいた紳士に軽く会釈をし
つかつかと僕の方に歩いてきた

「来てくれたんだね。待ってたよ」
「お、遅くなって、ご、ごめ」
「いいから、さぁ来て」
「で、でも僕こんな格好で・・」
「・・?別にパーティやってるわけじゃない」
「でも・・あ、これ、後で食べて下さい。僕はここで失礼しますから」
「待ってくれよ、スハ。まだ時間はあるだろ?
それとも何?このバスケット持ったまま僕にお客様のお相手をしろと?」
「あ・・」
「ふふ。頼むよスハ。もう少しで休憩できそうだから」

彼は僕の手を取り、先ほどの紳士のところに戻った

「お話の途中で失礼しました」
「いやいや、構いませんよ」
「スハ、こちらは輸入家具の会社をなさっている○○氏。社長のご友人でもある方なんだ。
○○氏、こちらは僕のパートナー、カン・スハ君です」

え?
パ、パートナーって・・

「は、はじめまして。カン・スハといいます」

失礼のないように、とりあえずお辞儀をする
差し出した右手に手を添え握手を交わしたけれど
僕の掌は汗ばんでいたかもしれない

「カン・スハ君。すると君もアーテイストかい?私は才能ある若者が大好きでね。君の作品もぜひ拝見させて頂きたいな」
「そ、そんなお見せする程のものは何も・・」

事実、何もない
この場合、仕事上のパートナーと捉えたこの紳士の反応はごく普通のものだろうけど
実際この展開では僕としてもそちらの方がありがたいけど

この先専門的な話になってしまったら受け答えなどできない
子供の絵を批評するくらいしか芸術には縁のない僕なのだから

縋るような視線で彼を見ると
彼は僕にしか分からないよう目配せをした

「スハ君の作品は次の機会という事で、今日のところは僕の作品をご覧下さい」

そして彼はゆっくりと歩きながら話し始めた



今回はこのフロアを三つの空間に分け、それぞれの空間にテーマを持たせています
リビングをイメージしたこちらのフロアには北欧家具の思想を取り入れています

ご存知の通り、北欧家具は飽きのこないシンプルさと耐久性・機能性・・それらが欠かせない要素です
基本となるそれらの考え方に僕なりの拘りも加味し作り上げました

例えば、このソファですが、作りはとてもシンプルですが耐久性に優れており、使い心地の良さを徹底的に追求しました

シンプルな作りに相反し、ファブリック類は大胆で鮮やかな配色のものを使用しています
ビビッドなUnikko柄などは広く知られていますね
僕の作品ではアネモネの花をモチーフに、よりエレガントに演出してみました

それから、こちらのスツールをご覧下さい
これは『シューメーカーチェア』と言い、本来は牛の搾乳に使われていたミルキングスツールですが
靴職人が使用する様になってから『シューメーカーチェア』と呼ばれるようになりました

僕の作品では、座り心地を計算しつくし、より体のラインにフィットする自然で優しいフォルムに仕上げ、安定性も抜群です


彼はとても饒舌で、その瞳はキラキラと輝いていた
ファン・ホジンとしての個展ではなく
ファン・テジンとしての個展

彼の心に宿る呪縛が漸く解き放たれ
自分として生きていく事を模索し続けた日々に終止符を打ち
そして今、彼はあの時の自分と対峙している
そんな気がした

話の半分くらいしか意味が分からなかった僕だけど
そんな僕でも彼の情熱は十分すぎるほど分かった

Coffee Table、Round Table
Sfelf 、Cupboad
Rocking・・・

彼は美術館のガイドよろしく僕らを案内した
僕などはまるで落ちこぼれのツアー客といったところだ
完全に浮いている

このままそっとこの場を離れた方がいいのかな、などと考えながら辺りを見回すと
コンソールやキャビネットに置かれた花に目が留まった

花はそこかしこにあり
それは彼の個展を祝う、誰かからの贈り物であるのだろう
ウンスさんやエジュさんからも届いているのだろうか
すぐ傍に洒落たアレンジの花籠があり、メッセージカードが添えられていた
書かれた文字を目で追った

『Artist ファン・テジンに
僕らの笑顔と賞賛とそしてこの花を
BHC一同』

きっと・・チーフだ・・

『花なんか贈られたら照れくさい』

確かテジンさん、そんな事言ってたっけ
その花を見た時の彼の顔が思い浮かび、くすりと笑いがこみ上げてきた


千の想い 130   ぴかろん

「多分昨日からずっと置いてあるんだよね。朝歩いて帰ってきたみたいだし…。取りに来てないってことはアイツ、家に篭ってるんだ」
「…」
「心配すんな。いつもそうだから」
「…いつも?」
「酷く傷つくと部屋に篭る。一日経つと別人になって出てくる」
「…」

イナは目を泳がせた後、慌ててポケットから携帯電話を取り出した
僕はその手を押さえた

「電話…電話してみる」
「出ると思う?」
「だって…」
「僕に任せて」
「だって!」
「ほら、これ持ってくれる?」

動揺しているイナにミネラルのボトルを渡そうとすると、イナは僕の腕を振り切って逃げた

「イナ!」

イナは大通りに出て行った
電話するんだろう
出ないと思うけどなぁ…


ヨンナムさんの推測が当たってるのかどうかわかんない
会社に行かなかったのか?!
俺はテジュンの番号を繰り、発信ボタンを押した
何度かコールした後、留守番電話に切り替わった

出ろよ!出てくれよ!何してんだよ!

しつこくかけ直したが結果は同じだった

「イナ…」

ポンと肩を叩いてヨンナムさんが俺の腕を掴む
俺はその手を振りほどいてサイフの中からジャンスさんの名刺を出し、電話した

『おー。キム・イナか。昨日はありがとな。楽しかったぞ。テジュンの事か?』
「…は…はい…」
『図星ずぼーし♪ジャンスったらすごぉい♪…今日、休むって電話があった。お前、やっつけたのか?あいつを』
「…」
『ハハハ。黙り込むなよ!まぁえらい落ち込んだ声だったけど、大丈夫だって。あの馬鹿野郎はなんか掴んで這い上がってくるからさ』
「…。でも…」
『大丈夫だって』
「でも」
『とにかくだ。家に篭ってるみたいだから、後はあの意地悪従兄弟さんに任せればよいのだ!』
「…」
『お見通しっ♪イージャンスったらお見通しっ♪』

おどけた調子で歌い始めるジャンスさんに、腹が立つのを通り越して呆れてしまった

『言っとくがキム・イナ、俺はアイツと長いつきあいだ。お前よりもアイツの事は知ってるつもりだよ。ん?』
「…はい…」
『昨日意地悪従兄弟さん、アイツに勝負仕掛けてたからなぁ。そろそろ受けて立つんじゃねぇか?俺はそう思う』
「…」
『ジャンスったら鋭ぉい♪って事だ。心配しすぎるな!普段どおりにして待ってろ。いいな?イナ…なぁんちゃってぇ』
「…」

電話を切ってヨンナムさんを見つめた
ヨンナムさんは『な?そうだろ?』という顔をした
俺はテジュンの事なんにも知らないんだ…

「また泣く!」

ヨンナムさんは俺の涙を親指でグイっと拭いた

「僕の仕事手伝ってよ、な?んで、ちゃんとお前の仕事しろよ。アイツの事は、明日まで待ってて…な?きっと今よりはいい状態になると思う。多少時間かかるかもしれないけど…」
「…」
「ね?僕を信じてくれる?」
「…」
「信じないの?」
「ヨンナムさん…」

その肩に凭れ掛かって泣いた
明日になったら…俺達どうなるんだろう…
不安で堪らなかった…

大通りだというのにイナは僕の胸で泣いている
道行く人々が好奇の目を寄せる
お構いなしに背中を撫でてやる

イナ…
もしかしたら僕、お前に残酷な事するかもしれない…
アイツがどんな答えを出すかわからない
僕もアイツの全てを知ってるわけじゃないから…
だけどイナ
お前を不幸にはしないから…
たとえどんな結果になろうと、お前が幸せになれるように僕、力を尽くすから…ね?

ようやく落ち着いたイナをBHCの前に連れ戻し、有無を言わさずボトルを渡す

「ほれ!働け!体動かしゃ余計なこと考えずに済む」
「…うん…」
「『オールイン』開いてるかな?」
「…多分…。テスかチュニルさんが早く来てると思うけど…」
「んじゃ行こう」

僕達は『オールイン』にボトルを運んだ
扉を開けてくれたのはイナを見て苦虫を噛み潰したような顔をしたマイケルさんだった

「あ…おはよ…」
「くぅっ…」
「昨日、残念だったな」
「…イナ…お前の目は何故そんなに赤い!」
「…」
「くううっ!私の目も赤いだろう!これは昨日からの悔しさに燃えているからだっ!幕を下ろしたのは誰だ!くうっ」
「…どいてよ。ボトル重いんだからさ…」
「むきぃぃぃ!きっといつか絶対に、トリオ・ザ・デラルスはBHCの舞台を踏むぞ!」
「…オーナーに許可貰ってちょうだいね…」

さっきまで泣きっ面だったイナは、マイケルさんと言葉を交わして笑顔になった
やっばりイナには『仲間』が一番の薬のようだ

それからBHCへのボトルをイナに預けた

「なによ!俺が運ぶの?」
「ついでだろ?頼んだよ」
「…待ってよヨンナムさん!」

イナは裏口の扉の前にボトルを下ろして、運転席に乗り込もうとする僕に駆け寄った

「なにさ」
「…テジュンの事…お願いします…」
「うん」
「あんまりキツい事言わないでね…テジュン、弱ってるから」
「お前…テジュンに甘くないか?僕には遠慮なくグサグサ刺したくせに!」
「…」
「心配すんな。アイツだけを傷つけたりしない。傷つけるなら相討ちになるよ。だから、ま、加減する…かも…」

僕は冗談交じりにそう言った
アイツに抉られる覚悟はできている

「ヨンナムさん…」
「なに、まだ何かあるの?」

イナは潤んだ瞳で僕を見つめていた

「ん?…キスしてほしいの?」
「ちっ…違うよ!」

否定したイナを抱き寄せ、僕はもう一度イナにキスをした
イナはゆっくりと目を閉じた
…してほしかったくせに…

唇を外して僕の胸を押し戻すイナ

「…ヨンナムさん…成長早すぎる…。もう俺なんか要らないよね」
「ンな事言うともっと濃いキスするぞ!」
「…」
「悪いけどもう少し付き合ってよ。昨日と今日は、僕確かにイイ線行ってると思うけど、それはお前が弱々しいからだよ。僕、強がってるだけかもしんないし…」
「…ヨンナムさん…」
「さ!勝負に行ってくるわ」
「あのっ…」
「もう何にも聞かない!」
「ヨンナムさん!」
「ボトルお願いね。ちゃんと仕事しろよ!じゃあな」

僕は運転席に乗り込み、車を発進させた
鬱々としたテジュンと、言いたいことを言い合う
やってみたかった事だ
怖いけれど、ここを通らなければ僕達は永遠に同じことを繰り返すんだ
今日で決着をつけようぜ、テジュン

唇に残ったイナの感触が僕を奮い立たせていた


千の想い 131   ぴかろん

ボトルを担いで店に入っていくと、客席の方が騒がしい
俺は厨房に入り、テソンにボトルを渡して何かあったのか尋ねた

「んー、なんか双子のHPだかBHCのHPだかの撮影やってた…」
「…は?」
「双子ちゃん、デビューするでしょ?」
「…あ…ああ…」
「それの撮影してて…みんな便乗して舞台で踊ってたんだ。イナシももうちょっと早かったら映してもらえたのに…」
「…ふーん…」

テソンの話を半分以上飲み込めないまま、俺は店内に入って行った
通路でスヒョンと一緒になった
スヒョンは口の端を上げていつものように微笑んだ
一番後ろにいたミンチョルの腰のあたりをチョイと小突き、微笑みを交わしてからドンジュンの傍に寄りそうスヒョン
俺もそんな風にうまくやれたらな…

ミンチョルの少し後ろに立って、代理チーフのイヌ先生の話を聞いた
なんだかみんなニコニコしている
そのHPとかの撮影のせいだろうか
とてもいい雰囲気だ
とてもいい雰囲気なのに
俺は一番後ろでぽつねんと突っ立っている
みんなの中にいるのに、強烈に一人だと感じた
ふとギョンジンと目が合った
ギョンジンはいつものようにラブに纏わりついている
俺を見てニッコリ笑う
俺も微笑み返す
いつ見ても爽やかな笑顔だな…どんな時も…
ラブがギョンジンの様子に気付いてこちらを見た
俺とギョンジンをチロチロ見比べて、少し頬を膨らませた
いいじゃないか、微笑むぐらい…
俺は俯き、ふふふと笑った
そしてまた一人を感じた

「何?何か変か?」

ミンチョルが振り向いて俺に言った

「んあ?あ…いや…思い出し笑い…」
「そうか」
「…あ!お前、俺のいない間に俺の部屋に入ったろ」
「あ?」
「あのクマ…いつの間に」
「クマ?…ああ…パディのこと?」
「…ぱでぃ?」
「パディントン」
「…お…おお」
「渡しそびれてたから…。どっちかテジュンさんに渡しておいてくれないか」
「…。ん…」

渡せると…いいんだけどな…
テジュンの歪んだ顔を思い出した
胸が痛くなった
ヨンナムさん、今からテジュンと何を話すの?

「イナ?」
「ん?」
「お前元気ないな。どうした?ん?」

ミンチョルがすだれ髪の向こうからキラキラした瞳で俺を見つめた
こんなミンチョルを見たら、ジャンスさんならイチコロだろう…

「…ん。寝不足かな…」

じいいいい

「なんだよ…」
「腰は大丈夫か?」
「は?!」
「寝不足なんだろ?」
「…」
「あまり激しくすると腰をやられる」
「…お前…何言ってるの?お前のイチャイチャ経験談なんか聞きたくねえよ!」
「…ぼ…僕はただ…お前が元気ないから心配で…」
「ただの寝不足だ!ふつーのっ!」
「…」
「あんだよ!」
「…だったら余計に心配じゃないか…」
「…」
「何かあったのか?」
「…別に…」
「いつでも相談にのるぞ」
「…」

ばか…
お前、これからクソ忙しくなるってのに…

「お前に相談したって埒が明かない」
「む」
「ややこしくなるだけだ」
「むぅ」
「…ミンチョル…」
「む」
「さんきゅ」
「む…ん…」

イヌ先生の話をほとんど聞かないまま、開店時間になった
ミンチョルの肩をポポンと叩いて、俺は入り口に向かった


カラカラカラ

引き戸を開け、家の中に入った
テジュンの靴がある
よかった…部屋にいるようだ
念のため僕は二階に上がり、テジュンの部屋の扉を開けた
テジュンは布団に丸まっていた

「ただいま」

返事はなかった

「…メシ、食うだろ?今から作るから」
「…いらない…」
「朝から食ってないだろ?」
「…」
「作るから食べよう、一緒に」
「…いらない…」
「じゃ、できたら呼びに来るから」
「…いらないって言ってるだろ…」
「ん」

頑固者め!
僕は台所に行って簡単な夕飯を作った

「テジュン!テジュ~ン!メシできたから降りて来い!」

僕は階段を上りながら叫んだ

「テジュン!テジュ~ン!テジュンちゃぁん」

部屋のドアを開けると、布団に座り込んでいる奴がいた

「…しつこいな…」
「起きてた♪さ、行こう」
「…いらねぇって言ってるだろ?!」
「腹が減っては戦はできぬってね」
「…」
「僕と勝負しろよ、逃げないで」
「…なに?」
「いいから来いよ!」

僕はテジュンのシャツを強く引いた
テジュンは僕を睨みつけながら漸く立ち上がった


モソモソと夕飯を食べた
ヨンナムが手早く作ったのはキムチスパゲティだった

「味、どう?」

明るいヨンナムが気に障る

「…うまいよ…」
「そう?よかった。適当に作ったわりにはうまくできたよね。僕って『味を想像する力』があるのかな?くふっチャングムみたい」

何を浮かれてる!

「…焼酎飲むか?」

そう言ってヨンナムは台所に行き、焼酎を何本か持ってきた

「これ、つまみにもいいだろ?」
「…。ああ…」

差し出された焼酎の栓を抜き、僕はグビグビとそれを流し込んだ
夜中飲んだ味気ない焼酎を思い出した

『お前が…もう…答え出してるんじゃない…。俺にはそう思える…』

意味が解らない
僕が答えを出している?

「なんで会社休んだんだ?」

ヨンナムの声に思考が遮られた

「…調子悪かったから…」
「珍しいな、仕事大好きなお前が休むなんて」
「…」
「調子悪いとき程、仕事に行って体調治すんだとか言ってなかったっけ?」
「…昔はな…」
「気持ちが萎えてても仕事してると前向きになれるとも言ってたよな?」
「…」
「そんなに、昨日、辛かったのか?」
「…昨日?何のことだ?」
「イナから聞いた」
「!」
「お前が辛そうで見てられなかったって」
「…」

コツン☆

ヨンナムは僕が持っていた焼酎のビンに自分のビンを軽くぶつけてヒョイと上にあげた

「乾杯」
「…」
「僕に乾杯だ」
「…は…」

何を言っているんだ
何が乾杯なんだ!
腹立たしくヨンナムを睨むと、奴は口元だけ微笑んで僕を見据えていた

「なん…だ…」
「イナとさ」
「…」
「別れてくンないかな」
「…な…」
「別れてくンない?」

微笑んだ口元と強い光を放つ瞳に気圧されて、僕はうろたえた


ジョンドゥの近況   足バンさん

僕が控え室にひとり座っている時
「あれ?ジョンドゥ?こんな早くから何やってんのよ」と声をかけたのは
ファイルとノートパソコンを抱えたドンジュンさんでした

「あの…ここ静かなんで小説の構想練るのによくて…チーフには了解をいただいてます」
「家は?彼女は遅くまで仕事でしょ?」
「自宅だとどうも…生活感ダラダラというか…ズルズルというか…」
「まいいや!開店まで僕もちっと仕事するから、いい?」
「あ、はい」
「そんでさ」
「はい?」
「んと…まだ…映画関係のジジイたちは来てないよね?」
「はい、って、あう」
「いいんだってジッジーはジッジーなんだから」
「あ…その事務室にはまだ誰も…きっ今日は告祀でしたよね?」
「うんそう…らしい」

ドンジュンさんはニーッと笑ってテーブルにファイルをドサッと置き
パソコンを開いていきなり仕事を始めました


あ、申し遅れました…僕はジョンドゥです
「誰だっけ?もしかしてキレちゃって銃乱射した人?」
と言われることにはもう慣れましたが
そうです、飲み屋でライフルをぶっぱなして捕まった男です

あの事件で僕の人生は変わりました
あの頃の自分は言葉が足りず劣等感のかたまりだったと…
今になって考えればずいぶん子供っぽかったと反省はしてます
もっと自分に正直になろうって思えて
それで製薬会社も辞め、夢であった小説家をしっかり目指そう!と
ただ今7度目の文学賞挑戦を試みてるわけです

婚約者のジュヨンに食わせてもらってるみたいで
やっぱりたまに気が滅入ったりもしますが
BHCでの指名も増えれば彼女の負担も減ると思うし
考えすぎるとまた昔の自分に戻っちゃうのでその辺はココロしてます

で…そんな状況の僕は
今目の前にいるドンジュンさんにとても感心があるわけです

なぜかと言えば
彼は現在非常に辛そうな…というか耐える立場にあるって
まぁいろんな話が耳に入ってくるわけでして
昔ブッ放し事件に至るまでプルプルするほど「耐える」ってことを散々やってきた僕は
どうしてこの人がその状況で「元気印」でいられるのか

いや、個性豊かなBHCには微妙な関係は沢山渦巻いているわけで
そんな事情はドンジュンさんに限ったことではないんですが
僕が師と仰ぐジホ監督によれば
チーフと元チーフに関しては「サワラヌカミ」だそうで
正面からズバリ切り込めるのはイナさんぐらいなものだということです

余談ですがジホ師匠は
チーフと元チーフふたりの秘蔵映像を「美しき悪しき深海の吐息」というタイトルで
編集しているとかいないとか?
ホントに好奇心旺盛な方で僕も見習わなければと

ああ話が逸れてしまった!
僕の弱点は話がまとまらないことにあるのです
だから僕の小説は構成力が弱いって言われ続けるんです
あ…誰に言われるかというと彼女にです
彼女は疲れていても僕の文をちゃんと読んでくれて…面白くもないと思うんですが…
僕がやっと夢に向かって歩き出したのでそれだけで満足だって…くふっ
僕は愛情をヒシヒシと感じ

ってあああっまた話が逸れた!

そうです、ですからドンジュンさんの話なんです
こちら側の椅子に座って考え事してるふりをして
僕はこっそり向こうのドンジュンさんの横顔を覗き見ています

同じ顔のはずなのになぜ明るく見えるのか
表情のせいかな…口元?目かな…うろつくことなく真っ直ぐ見据えるあの目?
どうしてそんな目ができて
思ったことを全部言っちゃえるんだ?この人は
相手にどう思われても構わないんだろうか
だとしたらそんな自信はどこから来るんだろう

「何よジョンドゥ」
「はっ!えっ?えっ?」
「さっきからじっと見ちゃって…僕に気があんの?」
「えっやっそんなんじゃ…そんなっ」
「君たちってかわいいなぁ」
「え…かかかわ…あう…色気ナイっていつも叱られるんですが」
「今度チーフがひとりずつ”味見する”って言ってたよ」
「えっ!」
「間違えた”指導する”だったわ」
「ぜっ全然違うじゃないですか!」

「あれれ?突撃青年が後輩イジメしてる~♪」

ドアからひょっこり顔を覗かせたのはジホ師匠でした

「だってコイツすぐ顔がコワ張ってサンダーバードみたいでかわいいんだもん」
「その気持ちはわかる…そのメガネなんかも考え方次第でセクシーだもんね」
「かかか監督までやめてくらさいぃぃ」

思いきり楽しそうに僕イジメをしてたドンジュンさんが
ちょっと間をおいて唇を噛んだ時には目が真面目になってて驚きました

「で?式典は終わったの?…おっさんひとりで帰ってきたの?」
「うん、チーフと元チーフならシン監督に掴まってるから遅くなるよん」
「そ…おっけ」
「たぶんW.T.C.の件じゃないかな…クランクイン前に話したいって言ってたから」
「ああ…そか…なるほど…」

ドンジュンさんは持ったペンのお尻をかじりながら
ちょっとテンションの低いため息を漏らして椅子に寄りかかった

映画の話だっていうことはわかってるけれど
わざわざ触れるのもどうかなと思い
「あのW.T.C.ですか?」なんて何気なくふたりの話題に入ったりして…
いろいろな文献漁ってるおかげで時事問題に関して自信ある僕は
師匠の前で「鎮魂」というテーマで一席ぶってみたわけです

師匠は腕を組んでニヤニヤして聞いてくれてたんですが
それとなく聞いていたドンジュンさんがちょっと冷たい目で僕を見たのは
僕が「犠牲者の魂は永遠に心の中に」という言葉を発した時です

「ホントにあると思ってんの?」
「え?」
「永遠って…あると思うの?」
「あ…ええ…もちろんですよ」
「ふぅん…」

ジホ監督が急にひどく興味をそそられた表情で
丸椅子を引きずってきてドンジュンさんの向かいに座り彼を覗き込みました

「ちょっと教えてよ…突撃青年はどう思ってるのよ」
「永遠って言葉はいいけど、その概念が嫌い」
「ほぉ…ていうと?」
「それだけで美しく考える人がいる」
「そうかな」
「そうよ…永遠の愛とか意味ある?」
「いっ…いいんじゃないですか?真実の愛情に終わりなんてないし」

ヤバイかもっ…出しゃばったかも…と思った時には既に遅く
ドンジュンさんはかなり恐い顔で僕を睨みました

「おまえ仮にもモノ書き志望でしょ?そんなアホみたいな言葉使っていいわけ?」
「え…」
「”真実”の”愛情”って何よ、終わりがないっていったいどういうことなのよ
 じゃ始まりって何よ、人はどこから来てどこへ行くわけ?」
「それは…」
「まぁまぁ青年よ熱くなるなって、言いたいことはわかるから」
「ぼっ僕はわかりません!どこが変なんですか」

ドンジュンさんは短いため息をつくと椅子にズルリと身体をずらして
恨めしそうに僕を横目で見てまた唇をちょっと噛み…

「だから概念が嫌いなの…永遠って言った瞬間にものを考えなくなるのが嫌なの」
「だから…」
「永遠っていうとずっと変わらないって錯覚するのが嫌なの」
「だから…」
「だから!永遠と書いて”時を重ねる”って読むんならいいわけよ!
 そこいらの草も石コロも身体も記憶も必ず変わるって前提ならいいわけよ!」

どうにか反論したかったけれど言葉が出ませんでした
僕が今まで思い込んできたものとごちゃ混ぜになってよくわからなくなって
頭の中が整理できず

「くうう~今の言葉シン監督が聞いたら泣いて喜ぶなぁ」
「おっさんマジで聞いてる?」
「マジマジ!だから単なる”言葉”で片付けたくないんでしょ?」
「うん…そう…だって…」
「だって?」
「言葉ってやつで安心したくないもん…わかったふりして考えなくなるのヤだもん…
 挑んでいきたいから…こんなもんだって自分をごまかしたくないから」

どきん…としました

こんなもんだって生きてきたつい最近までの僕
乱射事件の時「誰のせいでこうなったと思ってる」って叫んだけど
それはみんな自分のせいだって…今ではよくわかってる…
わかってる…僕は…ぐしっ

「あららら~メガネズ1号?2号だっけ?泣いちゃった~」
「うそ!ジョンドゥ!何で泣くのよ!」
「だって…ドンジュンさん…あうあうぐひっ」
「あらら~新人イジメ~♪」
「黙れおやぢ!」

ちょっと慌てたドンジュンさんは僕の隣に飛んできて
僕の顔をムギュムギュ伸ばして
「かわいい後輩に僕の気持ちを言っときたかっただけだよぉ」とか
「メガネ取ると二枚目だし”ソフト7:3分け”も慣れるとグーよ」とか
めちゃくちゃにいじくるので僕は泣き笑いで遂に吹き出してしまいました

「ったく…泣き虫は僕のウリだったんだかんね」
「すみません…」

ドンジュンさんは僕の頭をグシャグシャにしながら
さっきまでとは違う優しそうな目で僕を覗き込みます

「まぁ…僕だって偉そうなこと言えないんだけどさ」
「…」
「だからさ…おまえだけの言葉を使えって言いたいだけだって」
「ドンジュンさん…」
「僕は他人の決めたことで納得した気になりたくないだけ」
「…」
「ただのワガママって説もあるけどね」
「どんじゅんざぁん…」

僕はどんなにへの字に口を閉じて我慢しても
やはりまた涙が出てきちゃうわけです

「おまえさ、泣いてないでちっとその話読ませてよ」
「えっっあっダダダメです!」
「いいじゃんちっとだけ」
「おい!やめておいた方がいいぞ~アブナイ世界だぞ~」
「そうなのっ?」
「ちがあああう!ウソです!普通ですって!」
「じゃいいじゃん」
「ジョンドゥ君、タイトルは『僕の猿ぐつわをお見せします』だっけ?」
「きゃははは!」
「ウソだああああ!ドンジュンさん嘘です!全然違います!」
「あれ?『猟奇的なキムさんの膝カックン』だっけ?」
「ぎゃーははは!」
「どどどっからそんな発想するんですか!」


楽しそうにめちゃくちゃなことを言い続けるジホ師匠にも
おかしくて仕事になんないと笑い転げるドンジュンさんにも
僕はその日何かを
自分の中の小さな何かを動かされた気がしました

僕の文章がちょっと変わったと言われたのは
ーあ、言ってくれるのは勿論彼女なのですがー
この頃からかもしれません








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