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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 232

千の想い  163 ぴかろん

*****

イナは宙を見つめたまま動かなかった
僕は自分自身を何度も何度も問い質した
数分間が何十時間にも感じられた
僕の中の気持ち
僕の本心
こんな風になって見つめ直せるのか?

イナが好き?
ああ、イナが好きだ
どんな風に好き?
それが…
わからなくてこんがらがっているんだ!
テジュンは?
…テジュン?
ラブ君は?

あの二人はどうしてそうなった?僕が追い詰めたからじゃないのか?
僕も…追い詰められている
ラブ君の瞳に
自分に…

項垂れていた僕の体にふわりとイナの腕が巻きつけられた
その頭が僕の肩に乗り
諦めたような声が聞こえた

「貴方、俺を好き?」
「…。…ああ…好きだ…」
「俺が…貴方を好きになっちゃったから…こうなったんだ…」
「イナ…」
「あの時から俺、もう、こっちに向かって歩き出してるんだよね…」
「…」
「俺…今…貴方が欲しいかもしれない…こんなにぐちゃぐちゃなのに…」

堪らなくなって僕はイナの唇を塞いだ
なんだっていい
僕もイナが欲しい…
それが本心なのかなんなのか
もうどうでもいい
そうなりたい…

僕の唇をイナが弄ぶように啄ばむ

「僕を…見て…僕を」
「…ん…見てる…貴方を…」
「僕が好き?ねぇ…僕を」
「好きだよ…」
「テジュンじゃなくて僕を?」
「俺は…」

イナの咽喉が動き、イナの瞳から涙が溢れた
無理をしている
無理に消そうとしている

「イナ…」
「俺が…あの二人を…くっつけたんだ…前も…今も…俺…が…」

イナの頬を伝う一粒の涙
僕の目はその動きを確かに捉えている
安定した形を作りながら揺らめく内部
僅かずつ身を擦り付けながら転がり落ちていく滴

…こんなにも好きなんじゃないか…
ラブ君に盗られることが怖くて震えてるくせに…

「…ヨンナムさん…消してよ…全部…全部!」

崩れ落ちるイナを抱きとめた

*****

「ラブ…止めよう…」
「貴方が好きだ。俺、貴方に元気になってほしいんだ。それだけなんだ!それだけ」
「十分してもらった…明日からは大丈夫だ…ほんとに…」
「帰るなって言ったのはなぜ?俺を欲しいと思わなかった?」
「戻りなさい。…本当に…たくさん慰めてもらった。十分だ」
「俺…貴方を大切に思ってる。あの時、俺を引っ張り上げてくれた貴方をずっと大事に思ってる。だから貴方には笑っていてほしいんだ!」
「…こんな事したらギョンジンが悲しむ…僕はもうギョンジンを裏切りたくない。お前だってそうだろ?あんなに愛されてるんだ…大事にするのはギョンジンだろう?」
「俺は…」

導火線の火が消えなかった
アイツの笑顔が…ルームミラーで絡み合った視線が…頭に浮んだ
強く目を瞑り、唾を呑み込んで目を開けた

「貴方が欲しい…」
「…ラブ…」
「…抱いてほしい…」
「ラブ!」

覗きこんだテジュンの目を真っ直ぐに見た
テジュンはまた瞳を泳がせた

「誤魔化さずに言う…貴方のからだが欲しいんだ…」

泳いでいた瞳が俺の視線とぶつかった

*****

ラブは僕の体が欲しいと言った
僕の気持ちがラブに向かっていようがいまいが関係ないと
ラブは僕をまっすぐ見ながら言葉を続けた

貴方に立ち直って欲しいと思う
俺は本当にギョンジンが好き
そして貴方もずぅっと好きだった
テジュン…ギョンジンね、今…俺を抱けないんだ…だから貴方に抱いて欲しい

「お前の言ってる事がわからない。僕はギョンジンの身代わりか?そんな虚しい事してどうなるんだ」
「…虚しくない…俺は…貴方が好きだから…」
「言い訳だ」
「言い訳じゃない!俺の想い、全部ぶちまけてるんだもん!…俺、我慢がきかない男だから…満たしてほしい…貴方に…」

喰らいつくような強い瞳でラブは話した
僕を好き?体だけでいい?

「そんな風に…自分を投げ出すな…」
「投げ出してない。まだ解んない?俺はほんとの事言ってるだけだ」
「…慰めあうってわけか?あの時、元に戻るのにどれほど辛い想いしたか覚えてるだろう?」
「…元に戻る?…そんな事できないって俺達知ってるじゃない。元に戻るんじゃなくて…歩き出すんだろ?俺は…歩き出したい」

そう言ってラブは僕の唇を吸った
イナは…ヨンナムと…一歩を踏み出した
僕は…ラブと?

さっきラブに「帰るな」と言ったのはなぜだろう
ラブといると心が落ち着いた
ラブにはギョンジンがいるのに…
そのギョンジンは…ラブを…抱けない…
僕の…からだが…欲しいだって?
僕は?
ラブを抱きたいと露ほども思わなかったと?
ずっと僕を見つめていてくれたこの瞳を
もう一度腕の中に抱きしめたいと思ったことはなかったか?
あの時の
あの悦びを
もう一度味わいたいと思ったことは…なかったのか?
僕達はあの思い出を、僕達の幸せのために閉じ込めた

僕はいい…
僕はもう…どうなろうと構わない
でもラブ、お前は…

「…過ちだと思う?」
「…ああ…」
「あれから…俺と…したいと思ったことなかった?」
「…」
「俺は…何度も思ったよ、テジュン」
「…僕だって…」
「なら…いいじゃない…」

ラブは僕の鎖骨に唇を寄せ、ローブの襟元から両手を滑り込ませて背中に指を這わせた

イナは…簡単に僕から離れて行った
そしてヨンナムと…もう…

『ギョンジンが好き…
そして貴方もずぅっと好きだった…』

『テジュンが好きなんだ…
ヨンナムさんを…好きになっちゃったんだ…』

イナが好きだ…
でもラブも好きなんだ…

ヨンナム
お前、確かめられた?
自分の本当の気持ち、解った?

僕が今、理解できる自分の気持ち…
ラブとおんなじ…

欲望を満たしたい

封を切っていいのか?
触れられた部分から中心に向かって火花が散る
合意の上だ
お互いの欲望を満たすためだ
虚しい
それも解ってる

いや
僕は
僕を大切にしてくれるこの子を確かに好きだ
もしかしたら僕の希望の光になるかもしれない
この子も僕を好きで
僕もこの子が好きだ
気持ちの半分が違う方を向いていても
もう半分がお互いを求めている
だから…

たくさんの言い訳をつけてその行為を正当化しようとした
ラブの真っ直ぐな瞳が『言い訳はいらない』と言っている
躊躇いながら捉えたラブの唇
滑り込んできた舌が僕達を獣にした

*****

イナを抱きとめると同時に、泥に沈みそうだった自分を引っ張り上げた
彼の心の輪郭を捉えなければ…

「イナ…今なら間に合うかもしれない…止められるかもしれない」
「…何…」
「行こう!テジュンのところへ」
「何言ってるんだよ!俺は貴方を」
「戻れ」
「戻れないっ」
「こんな気持ちで僕とどうこうなるつもりか?お前の心、あいつにあるのにっ」
「だからっ!…だから貴方が…貴方の力で俺を…捕まえて。俺を好きだって言うのならあっちに行ってる俺の心の半分を…取り戻してよ…」
「…半分?」
「…半分はここにあるんだ…貴方を好きなのも本当だ…もう半分取り戻してくっつけてよ…」
「…テジュンにやってもらえ…今なら間に合う…」

深呼吸してそう言った
涙を堪えながら無理にテジュンを断ち切ろうとしているイナを諭そうとした

今すぐにでもテジュンのところに飛んで行きたいくせに…
噛みしめた唇が、潤んだ瞳が…僕にそう叫んでいるのに…
解んないの?気付かないの?イナ…

「連れてってやる。イナ」
「いやだ!」
「イナ!」

強張っていたイナの体がふっと崩れた

「…だめ…だ…。もう…遅い…」
「?」
「…やっぱり…感じるんだ…」
「…え…」
「…テジュンとラブ…また…」

虚ろな瞳から涙が溢れた


シミュレーターの夜は更けて  れいんさん

しんしんと夜も更けてきた
とても静かな夜だ

酔いつぶれたあいつは
隣の部屋でスヤスヤと寝息をたててる
『お邪魔虫は夢の中』ってとこだろうか

早速仕事に取り掛かろうと
バッグの中身を取り出した
机の上に未決済の企画書を置いた時
デジタル式の置時計が
カシャっと音をたて、時刻を変えた
午前零時ちょうど・・

ふと熱いコーヒーが飲みたくなり
キッチンへと立ち上がる
キッチンの仕切りに垂らした玉暖簾を掻き分けると
玉暖簾がチャラチャラと小気味良い音をたてた

この玉暖簾、
通りのアジアン雑貨店で見つけた掘り出し物だ
通りに立ち並ぶショップの一角に
その雑貨店はあった
数日前に何の気なしにふらふらと立ち寄ったその店は
店じまい一掃セールをやっていた

ホンピョの奴は物珍しげにキョロキョロと狭い店内を見渡している
一見、規則性なくゴチャゴチャと陳列された商品も
一つ一つ手に取りじっくり見ると
なかなか個性的で面白い

その時僕はチラチラと不思議な色を発して誘いかける玉暖簾に目が留まった
割引文字が躍っている赤札シールのせいでもあったが
男臭い殺風景な僕らの部屋に
その玉暖簾が丁度いいアクセントになりはしないかと思ったからだ

僕は
ロン毛の髪を無造作に束ねた
不精髭のせいで実年齢より年上に見えるが
実際は意外と若いのかも、と思われる
痩せ型の店主にそれを買う意思を伝えた

旧式のレジを指輪だらけの指で叩きながら
このご時世、不況の波には勝てないんですよ、と
店主がぼやく

アジアン雑貨の店はたたんで
次はアンティーク雑貨店を始めるらしい
リニュアルオープンとはいっても
陳列する商品が変わるくらいで、内装はほとんどこのままなんですけど、と
溜息混じりに店主は呟いた

『その方がいいだろう』
僕も内心そう思った
半年後にはフレンチ雑貨店に変わってるかもしれないし

そういった世間話はそれで終わりで良かったのに
ホンピョがまた、その会話に首をつっこんできた
「何?アジ・・アジアの雑貨の次はアンテークだと?」

アジアの雑貨・・直訳すればそうだけどせっかくだからアジアン雑貨と呼んでやれ
それにもう一つ、アンテークじゃなくてアンティークだ
発音には気をつけろ

「おいアンタ。アンタにはポリシーってもんがないのか?
苦労を共にしたアジアの雑貨達を捨て、取リすましたアンテークに走るのかよ!」

雑貨達の気持がどこまでおまえに分かるかは不明だが
ポリシーだけじゃ生きていけないって
誰だって生き残るのに必死だって
それくらいおまえにだって分かるだろ

レジ越しに詰め寄るホンピョを宥めすかし
逃げるようにあいつを引きずりその店を出た
タジタジした店主が赤札価格以上の割引をしてくれたのは
不幸中の幸いだったが
値切り倒したみたいでなんだか後味が悪い

この玉暖簾をくぐる度あの痩せた店主のその後に想いを馳せる

ポットの湯が沸いたので
コーヒー缶を取り出した

このコーヒーはテソンさんが僕らにくれた
『くれた』というより、『ぶん取った』という方が正しいかもしれない
もちろん主語は『ホンピョが』だけど

準備中の厨房で
難しい顔をしたテソンさんが、このコーヒー缶と睨めっこしてた
どうやらそのコーヒー、二日ほど賞味期限が過ぎていたらしい

ホンピョが
「捨てるには忍びないので、俺らが頂いて帰ります」
「もちろんきっちり責任持って飲み干しますから」
とテソンさんに申し出た

風味が落ちていると分かっていながら、君達に飲んでもらうわけにはいかない、と
誇り高き料理の鉄人であるテソンさんは、キッパリとそれを拒んだ
だがそこで、むざむざ引き下がるホンピョではなかった

「賞味期限ったって、たった二日過ぎてるだけでしょ?大丈夫っす!俺、胃腸関係強いっすから」
確かに、腐るものでなければ、少々の事ではおまえの腹は驚かない

「風味?んなの、色がついてりゃいいですって」
まぁ微妙な風味だの、繊細な味わいだの
『腹に入ってしまえば皆同じ』主義のおまえにかかれば
キリマンジャロもエベレストもただの山の名前だ

そしてテソンさんを決心させた決定的な言葉はこれだった
「賞味期限くらいの事で処分しちゃったら、もう二度とブラジル人に合わせる顔がねぇ」

元々、顔を合わせる機会のある、知り合いのブラジル人などいないはずだが・・
おまえが渡航したのは確かアルゼンチンだったよな?

ホンピョは
ブラジルとの友好関係に悪影響を及ぼす、と
無理やり外交問題にまで発展させ
それが決め手となったわけではないだろうが
とにかく根負けしたテソンさんから
このコーヒー缶をゲットしたのだ

・・・・
コポコポコポ・・

こんもりと盛り上がった
フィルターの中のコーヒーに湯を注ぐと
香ばしい香りがそこら中に漂う
賞味期限はヤバイらしいが
なんのなんの、いい香りだ

マグカップ片手に、淹れたてのコーヒーを一口すすり
仕事をするべく机に戻る

さてと
これをやらなきゃ、清清しい朝は迎えられない
いい具合に目が覚めてきた

机上の未決済企画書をパラパラ捲り
もう一度丹念に読み返す
どの部分を変更するか
または変更できるか
予算内で収まる範囲で
何かサプライズなアイデアは可能だろうか、と頭を捻る

デジタル時計がカシャっと音をたてた
時刻は午前零時15分になっていた
・・・・
何、焦る事はない
夜はまだまだ長いのだから


千の想い 164   ぴかろん

*****

貪りあうようにお互いの体を愛撫する僕達
ベッドになぎ倒した体を押さえつけ噛み付く
喘ぐ声が部屋に響き
僕の脳を刺激する

ラブの脚を押上げてそこに入る
あの日、ラブと一つになった時、僕は言いようのない悦びを感じた
今はただ、何かに突き動かされ、ラブに分け入る

ああぅ

苦しそうな顔を見る
無理に抱いたイナを思い出す
突き上げる
苦痛の声
突き上げる
突き上げる
やがて色づくその声

リズム良く漏らされる息
艶やかな小さな悲鳴
そのどれもが僕にイナを思い出させる

ああ…テジュン…テジュン

頭を振り、体を震わせて、僕に組み敷かれたラブが昇りつめる
僕にはまだ訪れない

朦朧としているラブを抱き起こし、腰の上に据え、揺さぶる
いやいやと首を振り、虚ろな瞳で僕を見るラブ
狂いそうと途切れ途切れに呟く
その顔がイナとスライドする
すり替わるたびに目を凝らす
それがラブだと知り絶望し、また腰を揺らす
ラブが二度目の頂点を迎える
僕もどうにかなりたくて欲望だけに集中する

『てじゅ…』

イナの甘い声が僕を地に突き落とす

ああああぁ…

崩れ落ちるラブを抱きとめる
心に亀裂が入るだけで僕にはまだ訪れない

はぁはぁと肩で息をし、何か言いたそうに唇を動かすラブを唇で黙らせる
僕はラブを貪り続ける
こいつは僕のからだを欲しいと言ったのだ
永遠にラブを貫き続ける体を手に入れたみたいに僕には何も訪れない

もう一度ラブをベッドに押し倒し、圧し掛かる
動こうとする僕の胸を押し、潤んだ瞳で「待って」とラブが言った

「待って…ちょっと待っ…」
「待てない」

平坦な声で僕は答え、ラブの腕を払いのけて脚を抱えた

「いやっ!」
「欲しいと言ったのはお前だ!」
「…やめ…待って!」

強い光を放つ瞳でラブは僕を見た
僕は動きを止めた

*****

「…イナ…」
「ふ…。もう…後ろめたさなんか感じなくていい。どうなろうと俺、もう…ふ…ふふ…」
「…イ…」

塞がれる僕の唇
噛み付くようなキス
シャツのボタンを外すイナの指
僕は混乱する

「んっ…イナ…。どうしたんだよ」
「ふふ。ラブとテジュンが…あは…ふはは…なぁんでだろう…。なんだってこんな事感じ取る…」
「…イナ…」
「なんで…泣いてるんだろ…俺…」

ラブ君とテジュンが…

「こうなったのは…俺のせい…。なんで…泣くんだろ…俺…もう…関係ないのに…」

僕の胸に頭をつけて、ため息をつきながら涙を流している
ほかにどうすることも出来ずに、僕はそっとイナの背中を撫でた

ひやりとした感触が僕の胸を這う

「イ…ナ…」

呼吸が速くなる
イナの唇が僕の胸板に押し付けられる

「…やめ…て…イ…」
「…俺が…貴方を…好きになっちゃったから…」

僕の胸に、イナのため息と涙が届く
半分が僕に
半分がテジュンに
僕のところにいる時はテジュンの事を
テジュンのところにいる時は僕の事を
考えていたんだろ?イナ

「…今…は?」
「え?」
「今…誰のことを思ってるの?」

指先と唇と睫毛が
僕の肌を擦る
体に電流が走る

イナが僕を見つめる
怠惰な瞬きを残して僕から離れ
イナは壁際に行って灯を消した

「イナ…」
「…俺…変かな…」
「…」
「ショックだったのに…妙にすっきりしてるんだ」
「なにが?」
「涙が出るのに…気持ちが楽になった…」
「イナ?」
「ほんとに…貴方だけを…想っていいんだもん…」

薄い暗闇の中を、イナが近づいてくる
額に額を押し当てて、暗闇の中で甘い声がする

「…今から…貴方と…始められる…」
「…ぼ…く…と?」

額をつけたまま、イナが頷いた
きれいに別れていた僕の中の白砂と汚泥が
ゆっくりと渦を描く
やがてそれは複雑な模様に形を変える
交互に表れる欲望と理性
イナの唇から漏らされた短い溜息が
汚泥に勢いを与える

そっと唇を近づけると、イナは濡れた唇で僕にくちづけた
背中にゾクリとした熱さを感じた
僕の上唇だけ捉えているその男の名前を囁く

「…イナ…」

*****

ラブはじっと僕を見つめた

「貴方が俺をどう思おうと構わない…でも俺は貴方が好きだ…」
「…そう?僕もお前が好きだよ」

およそ感情のこもらない声で僕は答えた
ラブは唇を噛みしめて言った

「俺は…後悔しない。貴方にまた抱かれたことを絶対後悔しない…。貴方も後悔しないでほしい…」

生意気に意見する小僧の腰を突いた
苦しいのか嬉しいのか解らないような顔で声を出す
後悔…しないでほしい?
発せられた言葉に囚われ、僕はまた動きを止めた
その隙にラブは僕の呪縛から逃れ、僕と向き合うようにベッドに座った

「何が見える?何を感じる?」
「…は?…え…」
「それを捕まえて…」
「…は?…」

ラブは僕の肩をトンと押した
言われたことがまるで解らず、宙に放り出されたような気がした
僕は、簡単にベッドに転がった

何が…見えるって?
何を感じるかって?
それは…

僕の中心が温かく包まれる

何が見える?
目が霞んで何も見えない
あ…ああ…
気持ちがいい…

僕を唇で捉えているラブ

後悔…しないで?
今更何を…
感じる?何を?
涙が流れる
唇が離れ、ラブが僕の腰に乗る

繋げられたからだが揺ら揺らと蠢く
目を閉じて波に酔う

時折胸に甘い痛みが走る
見えそうで見えない

ああ…ああ…テジュン…あ…

僕の上で揺らめくラブが声を上げている
その顔を見ようとしても涙が邪魔をして見えない
僕を好きだと言ってくれた
僕が好きだった男
二人で海に沈んで
二人で浜に戻った

今は僕一人が沈めばいいのに
お前まで沈むことないじゃない…ラブ
ラブごめん…ラブ

僕を引き上げようとしているラブを今初めてちゃんと見つめた
体が欲しいと言った
だからあげよう…
ちゃんと…君にあげよう…

「好きだよ…ラブ…」
「あ…テジュン…ああ…」

激しい波に揺られ、僕等は漸く一つになれた気がした
ラブは輝くような微笑を見せ、それから目を閉じて一気に昇りつめてゆく
僕は…ラブ…君に何度も助けられているのに…

あ…ああ…あ…テジュンっテジュン…
ラブ…ラブ

お互いの名前を呼ぶ
高みに届きそうになる
頭を抱えながら仰け反るお前

もう…あ…

腰を支え、後を追う僕

ああ…テジュン…

『てじゅ…ん…』

崩れ落ちたラブを抱きとめる
何が…見えた?

ふらふらになっているラブを寝かせ、僕は体を離した
何を…感じた?

「テジュン…」

微笑みながらラブが僕を呼ぶ
僕はベッドの縁に座り、顔を覆う

「…見えたみたいだね…」

頷く僕
ラブは僕が答えるのを待っている
ゴクリと咽喉を鳴らして、僕は震えながら声を出す

「…もう…イナでないと…イけない…」

立ち上がりバスルームに飛び込み頭からシャワーを浴びて泣いた
ラブが見せてくれたのはイナ
僕が感じたのはイナ
イナでなきゃ…イナが傍にいなきゃ…僕は僕じゃなくなる
ラブに申し訳なくて
イナに会いたくて
僕は泣き続けた

*****

解っていたことだから泣くまいと思ってたのに
やっばり言葉で聞くと哀しくなる
バカな事しちゃったのかな…
ギョンジン、ごめんね…
でも俺…

「したかったんだもん…」

喉の奥から熱い塊が込み上げてきた
口を押さえて我慢しようとしたけど
涙と一緒に嗚咽が漏れた

後悔しないんだろ?たとえギョンジンに見放されても…
こうしたかったんだろ?
泣くなよ…
テジュンを…助けたかったんだもん…
泣くなよ…

ルームミラーに映った、ギョンジンの瞳が俺を包み込む
温かくてまた涙が流れた


千の想い 165   ぴかろん

*****

イナは伏せていた目を開け、僕の瞳を射抜く
ゾクゾクした熱が真っ直ぐに僕の体を突き抜ける
僕の指がイナのシャツのボタンを外す
イナがふっと、微笑む
哀しい微笑み
胸が痛む

小さな吐息が僕の耳を掠める
イナの体にくちづけながら僕達は床に倒れこむ
僕はシャツを脱ぎ捨て、イナのシャツを剥ぎ取る
露わになった背中を抱きしめ、滑らかな肌にくちづける
布の擦れる音がする
イナが小さく声を上げる
僕は煽られる
イナの肌を頬と唇と鼻先で撫でる
途切れ途切れの声が僕を焚き付ける

イナの指が僕のズボンのファスナーにかかり
イナの掌が、僕の腰をするりと掴む
僕もつられてイナのズボンを剥いだ
こうして…どうするの?どうなるの?
僕達…ほんとうに…?

迷うたびに唇を塞ぎ、もがくたびに唇が塞がれ
少しずつ僕達はお互いの体を近づけていく

「ヨンナムさ…」

イナの声
イナを見る
潤んだ瞳
震える唇
滑らかな肌
傷ついた…心…

「…消し…」

消してやる!
消してやる!
僕が消して…

何度も何度も何度も
僕はイナの唇を啄ばむ
どれだけ深くくちづけても足りない

イナはそっと僕の体を押して唇を滑らせ始めた

*****

もういいんだと思った
これでほんとうにテジュンのことを考えなくていいんだと…

誤魔化しているのかもしれない
でももう引き返せない

ヨンナムさんの唇を感じる
俺の体を優しく撫で上げる掌
これはヨンナムさんの指
これはヨンナムさんの唇
時々薄目を開けて俺に覆いかぶさる人を確かめる
ヨンナムさんだと解っているのに頭からテジュンが消えない

消して
消してよ…

小さな声で呟き続けた
消えないテジュンを振り切るように俺は起き上がり、ヨンナムさんの体にキスをした

*****

僕の全てに
イナの唇が触れる
僕もまたイナの体の全てにくちづけをした
二人の吐息と接吻の音が
暗い部屋に響いている

時折、堪えきれずに漏らされる甘い声に、僕の体の中は渦を巻く
腰を掴み、脚を抱え込み、体を折られたイナの顔を覗き込む
苦しそうに歪んだ唇から吐息が漏れる
僕はイナと繋がろうとした

*****

これはヨンナムさんの手
これはヨンナムさんの体
ちゃんと見つめて
ヨンナムさんを見つめて

俺の脚を抱え込んだヨンナムさんを見た
ふと目が合い、動きが止まった
何かを確かめるように視線だけが小さく動く
何かしらの違和感を覚えながら、俺は、ここにいる人がヨンナムさんであることを確かめ
ヨンナムさんは俺の想いを確かめているのだと思った

*****

イナの瞳を読み取ろうとした
僕を一生懸命見つめている
その奥にテジュンを封じ込めて僕を見ようとしている
だから
このまま
イナに入れば
僕とイナは
ここから始められるんだ

汚泥が僕に指図する
白砂が吹き荒れる

テジュン…

潤んだ瞳と向き合ううちに
僕の欲望が鎮まっていった
少しからだを離すと、イナはきょとんとした顔で脚を下ろした

「ヨンナムさん?」

顔を背けて僕はぽそりと呟いた

「できない…」

イナは起き上がって僕の肩に手をかけた

「…ど…して?」
「…」
「俺の気持ち、あやふやだと思う?」
「半分は向こうにあるんだろ…」
「だから取り戻してって…」
「できない」
「…俺が…好きじゃない?」
「違う」
「じゃ…なんで…」
「…どう…すればいいか…わかんないっ!」

*****

ヨンナムさんはプイッと背を向けた
その言葉の意味を理解するのに数十秒かかった

「…あ…」
「…どこにどう…よ…。ほんとに…あそこんとこで…いいのかよ…」
「…そ…れは…」

押し黙ってあれこれ考え、恥ずかしいのと可笑しいので吹き出してしまった
ヨンナムさんも吹き出して、フハハと笑った

「焦りすぎたね…ごめんヨンナムさん…」
「…」
「今日はこれくらいにしとこうか?」
「…ぅん。これくらいにしといてやる」
「…」
「「ふは…ははは」」

俺はヨンナムさんに抱きついて目を閉じた

「このまま眠ろうか…」
「…うん」

抱き合ったまま布団に横になった

「くふふ…ヨンナムさん可愛い」
「…。なあ…。どうすればいいのさ。こう…どういけばこの…」
「…え…。あは…。そんな事俺に聞くなよ!」
「だぁってさぁ…」
「…チェミさんにでも聞けよ!詳しく教えてくれるぞ」
「…」
「…」
「恥ずかしいよ…」
「ほんとに聞く気だったのかよ」
「だって!わかんないんだもんっ!」

ヨンナムさんは頬を膨らませてくるりと背中を向けた
すぐに拗ねる…全くもう…
俺は天井を見ながら、ほんの少しホッとしている自分を感じた
ごそごそとヨンナムさんが俺の方を向き、黙って俺の肩に頭を乗せる
それがとても可愛くて、ヨンナムさんを抱きしめた
緊張しすぎていたのだろう
ヨンナムさんも俺もお互いのぬくもりの中でストンと眠りに落ちた

*****

シャワーを浴びた後、泣きながら先に眠ってしまったテジュンの横に体を滑り込ませた
丸まった背中をそっと撫でた

「あんな事は本人に言えよな…」

ぼそぼそとその背中に罵った

『イナでないと…』

ったく…
溜息をついてふふっと笑う
後はテジュン、貴方が頑張らなきゃね…

「俺も…頑張らなきゃ…」

明日…アイツと出くわしたらどうなるだろう…
覚悟はできている
深呼吸をして目を閉じた

*****

朝早く、部屋のベルが鳴った
僕は起き上がり、横に寝ているラブをまたいでローブを羽織った
ラブの服がきれいにクリーニングされて戻ってきた

こんな風になるといいのに…

ベッドの傍に立って、まだ眠っているラブの髪を撫でた

「んぁ?…おはよ…」
「…起こしちゃった…。ありがとうラブ」
「…んふ…。今日から会社だね」
「ん」
「今日から新しいテジュンだ」
「…ぅん…」
「…頑張ってね…」
「…」
「ん?」
「…とりあえず、仕事に精を出すよ…」
「…テジュン…」
「…僕の想いは前と変わってないんだって…それが解った…。どうしようもないよ」
「何言ってるんだよ」
「…どうしようもないだろ?イナはヨンナムと…」
「それでも好きだって解ったんだろ?!」
「…そうだけど…」
「嫉妬しちゃうのは解るけどさ」
「…」
「それでも好きなんだろ?」
「…ん…」
「じゃ、頑張れよ」
「…どう…頑張るのさ…」
「そんな事は自分で考えなよ」
「…。ぅん…」
「ねぇテジュン。ここから先は貴方にしか出来ないことでしょ?」
「…」
「焦んなくていいよ。ね?」
「…ぅん…。ありがとう…。…お前の服、戻ってきた…」
「そう?じゃ、そろそろ帰んなきゃな…」
「…朝御飯一緒に食べないか?」
「ずるずるくっついてるとヤバい」
「え?」
「貴方エロいからまたなんかされそうだしぃ」
「…酷いな…」
「あは。冗談。でも俺も…コマ進めなきゃ…」
「ん」

ラブは笑って僕にキスをした
それから服を着て、「ちゃんとご飯食べてちゃんと生活するんだよ」とオフクロのようなことを言った

「帰るね」
「ほんとに…ありがと」
「お礼言いすぎ。俺こそサンキュ。久々に体が満足したわぁ」

悪戯っぽい顔で笑う
僕の大切な人

「ギョンジンに…知られないようにね」
「大丈夫」

ほんの少し不安そうな顔をして、それから明るく笑う

「じゃあね。今度えっちする時は、もっと本格的に色々トライしようね」
「…おい…」
「あ…。イナさんでないと『イけ』ないんだっけ?あは」
「…」

ドアを開けようとしたラブが振り返り、僕に抱きつく
小鳥のようなキスをする
あの時の『終わり』のように…
ラブはまたくふふと笑い、僕も同じように笑う
掌を高く上げ、ラブがクイッと顎で合図する

うふふ…ははは…

ハイタッチ

ドアがパタンと閉じられ、僕は一人になる
扉と現実を見つめ、不安になる
あとは僕の努力…
僕の心次第…
でも何をどう頑張ればいいのか皆目解らずにいる

『ちゃんとご飯食べてちゃんと生活するんだよ』

とりあえずはそこから始めればいいだろうか…

『焦んないでね』

…うん…さんきゅ…

*****

ホテルを出て道端でタクシーを捕まえた
俺のマンション近くの大通りで、タクシーを待っている風な人を見つけた
運転手さんに、ここでいいですと言って降りた
待っている風な人は小走りでこちらにやって来て、俺と入れ替わりにタクシーに乗り込んだ
俺はブラブラとマンションまで歩いた

ギョンジンと顔を合わせたら…

俺は…後悔しないんだから
俺は納得してテジュンに抱かれたんだから…

大丈夫

自分の気持ちに喝を入れてマンションの敷地内に入った


砂漠の薔薇   オリーさん  

砂漠に一輪の薔薇の花が咲いている
荒涼とした砂漠に美しい深紅の薔薇が一本
ぽつりと
けれどとても艶やかに咲いている

ごくたまに通りかかる旅人は
みなその薔薇に引き寄せられる
その美しさをひとしきり愛でたあと、
どうしてこんな砂漠にと、いぶかる
どうやって咲いていられるのだろうと

そして貴重な飲み水を分けてしまう
それほどに美しい
水をあげた後、旅人はその薔薇を手折りたくなる
手折って一緒に旅をしたいと
でもその薔薇の棘は強(こわ)い
誰も手折ることはできない

何人もの旅人がその薔薇に水をやり、
その薔薇を手折ろうと手に傷を負い
そして去って行った

僕もその薔薇に引き寄せられた
飽きることなくその薔薇を愛で
飲み水を分けた後、やはり薔薇に手を伸ばす
見る間に手を傷つけ、薔薇は手折れないことに気づく
僕は旅をあきらめ、薔薇のそばに留まる

昼は容赦なくじりじりと陽が照りつけ
夜は歯の根が合わないほどの寒さが襲う
そんな昼と夜を何回かやり過ごし
やがて水が底をつく

自分が枯れていくのを感じながら
僕は薔薇のそばを離れられない
最後に残った水をやり
僕は薔薇の隣に弱った体を横たえる

薔薇はなぜか美しいまま枯れることを知らない
もはや僕の渇いた瞳には
ぼんやりとした薔薇の輪郭だけしか映らない

僕は最後の力を振り絞って薔薇の方へ手を伸ばす
その険しい棘を知りながら

すると薔薇はたやすく折れ、手の中におさまった

僕は震えながら薔薇を引き寄せ
おずおずと花びらに口づける
ひび割れた唇に
花びらは限りなく滑らかな感触を与える
そして初めて薔薇の声を聞く

最後までいてくれたのはあなただけ

かすれていく意識の中で
一輪の薔薇にすべてを掠め取られながらも
僕は報われたことを知る
そして馨しい香りに包まれて目を閉じる

頭上には地平線の向こうまで砂の絨毯が広がる

やがて僕の体は朽ち果て
砂の上を通る風に散らされ、砂と混じり
跡形もなく消える

あとには陽の光を受けた砂がただきらきらと輝く



なぜだか夢だとわかっていた
最初からこれは夢だと
砂漠の眩しい映像に刺激され、僕は目を醒ました

そして隣に眠る彼を見つめた
その整った横顔をしばらく見つめていた
まるで花を愛でるように

朝がやってきた
その朝が・・

僕は彼と軽い朝食を済ませた後、
トレーニングルームで軽い運動をし
彼はソファでコーヒーを飲みながら
たぶん新聞に目を通しているだろう

シャワーを浴びた後、リビングへ行くと
そこは早朝の明るい光で溢れていた
彼は思ったとおりそこで新聞を広げていた
いつもと変わらない新しい一日のはじまり
そう、いつもと変わらない・・

クランクインの朝

僕は新聞を読んでいる彼の後ろに回り
首筋に口づけをする
一瞬棘に刺されるような錯覚に陥る
けれど彼の首筋は柔らかく
いつもの香りが鼻をくすぐり安心する

「まだ行かなくていいの?」
「ああ、そろそろだな」
「緊張してる?」
「そう思うか?」
「そんな風には見えないけど」
「実は・・・緊張してる」

僕は彼の首に巻きつく
「台本はちゃんと読んだでしょ」
「読んだ」
「何回も?」
「何回も」
「暗記した?」
「した」
「台詞ないのに?」
「台詞はある」
「え?ヒョンジュって話ができたっけ?」
「最後にジンって・・」
「あれ台詞って言える?」
「・・・」
「まあ、いっか。」
彼が小さく笑う

「ミン・・」
「何?」
「僕にできると思うか?」
「何を?」
「その・・ヒョンジュを」
「今頃何言ってるの」
「・・・」
「できるよ」
「・・・」
「演技する必要ないって言われたでしょ」
「ああ」
「つまりルックスで選ばれたわけ」
「そうか・・」
「気楽にやれば?心配ないよ。それに・・」
「それに?」
「あの人がいるでしょ・・スヒョンさんが・・」
「・・・」
「できるよ」
さりげなく言おうとして口が回らなかった
スヒョンさんがいるから大丈夫でしょ
本当はそこまで言うつもりだったのに

彼はでかける準備を始め、僕は傍らでそれを見守った
考えた末にスーツをやめ
セーターとスラックスに着替え出かける準備が整った

エレベーターの前まで一緒に歩き出し
ふとテーブルの上の白い紙に気づいた
急いでそれを取りに戻り
エレベーターに乗り込もうとした彼に差し出した

「これ、忘れ物」
「ああ」
彼は一瞬手を出したがすぐにひっこめた
「いや、いい」
「大事な物じゃないの?」
「ああ」
「なら持っていけば」
「いや、いいんだ。大体は覚えたから」
「そうなの・・」
僕は紙を引っ込めた
「じゃ行ってらっしゃい」
「店に出れそうなら連絡する」
「わかった」
「じゃあ」
「ん・・」

彼はエレベーターに乗り込み、扉が静かに動き出した
彼の唇が、行ってくると動くのをぼんやりと見ているうちに
扉は完全に閉まった

行ってらっしゃい
扉に向かって僕はもう一度つぶやいた

手の中にある白い紙に目を落とす
大体は覚えたから・・彼の言葉が甦る
そうだね
僕も覚えたんだ
だから知ってる、何が書いてあるか
空で言えるくらいだ


あなたは僕に静かにくちづけをしてくれた。
あの時のあなたの深い琥珀のような目はとても綺麗だった。
そのままずっとそうしていたかった。
しあわせという音がふわりと胸にひろがった。


その朝はいつもと変わりがなかった
部屋には朝陽が柔らかく溢れかえり
そして
僕はその中で一人になった
まるで砂漠に取り残されたように


千の想い 166  ぴかろん


*****

ヨンナムさんを後ろから抱きしめて浜辺で日の出を待つ俺
頬と頬をくっつける
俺の後ろから俺達を抱きしめるのはテジュン…
見ると温かい微笑みを浮べている
俺はテジュンの頬にも自分の頬を擦り付ける
同じ顔に挟まれて、とても幸せな気分だ

日の出を見たのかどうだか解らない
俺とヨンナムさんは手を繋いで散歩をしている
いつだったかテジュンと見た大きな砂時計のあるところを…
その大きな砂時計の前で、チェミさんとテジュンが腕組みして俯いている
何をしているのか聞いてみると、二人は声を揃えてこう言った

愛について思案している

俺達の隣で吹き出す男がいた
派手な柄のシャツを着たテスだった
俺はヨンナムさんと顔を見合わせ
それから5人で大笑いした
朝日が眩しくて俺は目を細めた

朝日が眩しくて俺は目覚めた
あれは…正東津だな…
テジュンと彼女が初めて結ばれたところ…
俺がテジュンに連れられて行ったあの浜辺…
あの時俺はテジュンの腕の中でヨンナムさんのことを考えていたんだ…

俺の肩で眠っているヨンナムさんの髪にそっと口づける
こんな風に過ごした事があった…
誰とだっけ…
テジュン?
違う
テジュンじゃなくて…
誰だっけ…
ヨンナムさんに触れると、懐かしい気持ちになる

よく眠っているヨンナムさんを起こさないように
そっと寝床を出た
服を着て台所に行き、朝食の用意をしようとした
食パンがある
これでいいな…
卵とトマトときゅうりがある
よし、副菜オッケー
あとはコーヒーかなんか飲みたいなぁ…コーヒー…どこにあるんだろう…
ヨンナムさんが起きてから淹れてもいいしな…うん

まずは目玉焼きとぉ、サラダを作ろう

できた

簡単すぎる!
パンはあんまり早く焼くと美味しくないよな…
って俺、毎日パン作ってるのになんでフツーの食パン食わなきゃなんないんだろう…
まぁいいか…
えとコーヒーコーヒー…

ガサゴソとコーヒーのセットを探していると、居間の方でガタガタ音がした

ばたんだだだイナッ
イナぁぁうううえええっいなぁぁいなぁぁ

…泣いてる?

俺は廊下に顔を出し、ヨンナムさんどうしたの?と声をかけた

「あううイナぁぁ」だだだだだ「どっか行っちゃったかと思ったよぉ」

涙を浮べたパン○いっちょうのヨンナムさんが俺のところに走ってきた

「昨日僕お粗末だったから愛想つかして出て行ったのかと思っちゃったよぉぐすん」
「はぁ?」
「…ぐすぐす…」
「…あは…」

可愛すぎるぞ…
お約束で抱きしめる
ああまたこの感覚…

「ぐすん…なにしてんの?」
「ん?朝御飯の用意してたの。ね、コーヒーどこ?」
「コーヒー?僕、淹れるよ」
「いいよ。俺がやるからさ」
「そ?コーヒーは…ここだよ」

ヨンナムさんはコーヒーの粉やらなんやらを出してきた

「ごめんね。うち、コーヒーメーカーないんだ」
「いや、ドリップ式ってのがなんともヨンナムさんらしいから」
「そ?僕ね、気分によってうまく淹れられたり淹れられなかったりするからコレ好きなの」

…まるで俺の作るパンみたい…

「…。こどもコーヒーか?」
「違うもん!」

違わない
こどもコーヒーだ…

「服、着ておいでよ…」
「へ?あっ…やだっ…イナのばか!」

なんで俺がバカよ…
どどどどっと自分の部屋に走っていったヨンナムさんは…可愛い…

くすくす笑いながらコーヒーを淹れてパンを焼いた
居間のテーブルに持って行く
敷いてある布団に目をやり、少し恥ずかしくなった
布団を畳んでいるとヨンナムさんが来た

「…イナ…」
「ん?」
「このトマトときゅうり…なに?」
「何ってサラダだけど」
「…この…半分に切っただけのが?」
「…食えるだろ?」
「…。これは?」
「は?目玉焼きだけど」
「…ふーん…」
「コーヒー、カップに淹れて」
「…ん…」

布団を片付けて食卓につく
ヨンナムさんは仏頂面でコーヒーを俺の前に置いた

「なんだよ…機嫌悪いの?」
「…べつに…」

嘘だ。機嫌めちゃくちゃ悪いじゃん…

「いただきます」
「…いただきます…」

ヨンナムさんは、目玉焼きを箸で突いた

「ん?どした?なんかついてた?」
「…かたい…」
「…は?…」
「半熟じゃない」
「…」
「かたぎる」
「…なんで…。俺、固いのが好きだもん」
「僕は半熟のが好きだもん!」
「…。じゃ、食べないで」
「いやだ!食べる!」

じゃあ文句言うなよ

「かたい。美味しくない…」
「食うなよ!」
「ぽそぽそだ。なんでこんなのが好きなのさ!」
「いいじゃんか!俺はゆで卵も固ゆでがすきなんだっ!
「ふんっ!」

ったく…コドモ!

「あぶ…」

あぶ?
今度はなんだよ…
見るとヨンナムさんがトマトと悪戦苦闘していた

「てぃっしゅとってよ!」
「…」

俺は無言でティッシュを渡す

「なんで半分にしか切ってないの?普通もう少し小さく切るだろ?!」
「っせぇな。文句いうなら食うなよ!」

俺は半切りのトマトをがぶっと食った

「…なんで一口で食べれるの?」
「ひょんなの…られれもれきるらろ?あぶ…ティッシュティッシュ…」

文句に文句を返した途端、口の端からトマトの汁が滴り落ちた
ヨンナムさんが俺をじっと見ている

「なんらよ!」
「おっきいくち」
「…ふんっ!」

口を拭こうとした瞬間、ヨンナムさんが俺の口の端に吸い付いた

「わ゛」
「…ほら見ろ…食べにくいだろ?」
「…ふ…ふだんは…食えるもの…」
「…うそだ…」
「食えるよ…文句言うコドモが居なかったら…」
「…ふ…」

うう…
トマトが口にあるっつーのにこの…
俺は唇を塞がれながら、口の中のトマトを必死で飲み込んだ
こんな難しい芸当は初めてだ
飲み込んだと同時にヨンナムさんの舌が俺の口の中に入ってきた
大丈夫か?
気持ち悪くないのか?
あれこれと余計な事を考えてキスに集中できなかった
漸く唇を解放された俺は、慌ててコーヒーを飲んだ

「…トマト味のキスだ」
「ぶほっ…」
「…イナ…」
「ぶほほっ…なんだよっ」
「昨日…ごめんね…僕」
「ぶふっ…」

気にしてたの?

「今度はもっと上手に…その…研究して…そのあの…けほ…」

俯いてブツブツ呟く
とても可愛い
拗ねたり甘えたり…
…可愛くて…

ヨンナムさんの睫毛を見る
今朝の夢を思い出す
俺の口からするすると言葉が出る

「ヨンナムさん…明日の仕事、休めない?」
「…え?」
「今日さ、俺の仕事終わったらすぐにさ…」
「…」
「ドライブに行かないか?」
「は?」
「正東津…行こう…日の出見に…」
「…は…」
「夜中飛ばしていけば十分間に合うだろ?」
「…なん…で…正東津…」
「見たいんだ、日の出、貴方と…」
「…」

俺を見つめたままヨンナムさんは動かなくなった
俺は微笑んでヨンナムさんを抱き寄せる

「…あそこは…テジュンと…彼女の…」
「うん」
「…お前…テジュンとあそこで…」
「うん」
「…なんで…」
「貴方と行きたい…」
「…なん…で…」
「行きたくない?」

ヨンナムさんはぼんやりと俺を見た
そしてゆっくり首を横に振った
俺はヨンナムさんを抱きしめてもう一度キスをした

*****

マンションの入り口の壁に凭れている男がいた
俯いて、コートのポケットに両手をつっ込んでいる
格好のいいその男はふと顔を上げ
俺を見つけると柔らかな笑顔を浮べた

「おはよ」
「…何してんの…」
「待ってた」
「…。合い鍵もってるじゃん。中で待てばよかったのに」
「うん…ここで待ちたかった」
「…。中、行こう」
「うん」

ギョンジンは俺の後から静かについてきた
エレベーターに乗り込み、並んで突っ立っていた
チラリと顔を見ると、柔らかな笑みを浮かべたままだった

部屋に着き、リビングに入る
何か飲むかと聞くと、うんと頷く
ココアでも作ろうかなというとまたうんと頷いた
お湯を沸かし、準備をしている間、ギョンジンはリビングの大窓から外を眺めていた

「コート脱げば?」
「あ…うん…」
「いつから待ってたの?」
「ん…1時間ぐらい前かな…」
「…なんで…来たの?」
「ちょっと心配だったから…」
「ギョンビンの心配は?」
「色々話したから少し安心した」
「…そ…」

お湯が沸き、俺はココアを淹れた
クルクルとココアを練り、またお湯を足した

「牛乳ないからお湯で作った」
「サンキュ」
「ここ、置くね」
「ん」

窓際からソファに歩いてくるギョンジンはとても格好よかった
コートを羽織ったまま三人がけのソファに座り、俺の作ったココアを啜る
嬉しそうな顔をして、美味しいと呟く
湯気の向こうのその顔を、俺は眩しく思った

「何も…聞かないの?」
「…んふ…」
「俺が何してたか…気にならないの?」
「…ばか…。気になって仕方ないって知ってるだろ?」
「じゃ、なんでそんなに穏やかなのさ。ギョンビンとゆっくり話せたから?」
「…それもあるかな…」
「ほかに何があるの?」
「ん…。お前がとてもきれいだから…」
「…」
「よかったと思って」

きれい?俺が?

ココアを啜る男を見つめた
俺の視線に気付いて、ギョンジンはまたにこりと笑った
包み込むような温かい眼差し…
もし俺がしてきた事を知ったら…アンタのその視線はどんな風に変わるのかな…
俺はカップを置き、立ち上がってギョンジンに言った

「眠くなってきた。そこどいて」
「へ?」
「こっちと代わって」
「あ…うん…」

俺の座っていた一人がけのソファに腰を降ろすギョンジン
その膝に跨る

「…なに…あっちで寝るんじゃないの?」

驚いた顔をしてギョンジンが言う
奴のカップを取り上げ、テーブルに置く

「なによ…飲みかけなのに」

じっとギョンジンの瞳を見つめる
まあるい瞳が俺を見つめ返す
睨めっこをするようにじっと見つめる
ギョンジンは二、三度瞬きをして、口元に笑みを浮かべ、両腕を斜め下に広げた
俺はまだ格好いい男を見つめ終わっていない
ギョンジンは『ん?』と何かを問うような顔で俺を覗き込む
ゆっくりと彼の首に巻きつき彼の肩に顎を乗せる
彼の腕がそっと俺を包む
ほんわりと、俺の全てが温もる
その心地よさの中で俺は呟く

「愛してる」

俺の呟きに、ギョンジンの体が一瞬引き締まる
一拍おいて、間の抜けた言葉を発する

「へっ?」

そんなところも大好き

「愛してる」
「…。ラブ?」
「俺、アンタを愛してるよ」
「…」

耳元でもう一度囁く

「愛してるよ、ギョンジン」











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