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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 234

ご機嫌ななめ 2  オリーさん

くそっ!
油断したっ
きつねがガシっと俺の二の腕を掴んだ
運動能力でこいつに劣るとは思わないが
車の運転と腕掴みんちょるは負けるかもしれない

それにしても、今一番抱かれたくない男、もとい
今一番会いたくない男、きつねにつかまるとは
俺としたことが不覚だった.・・
・・ろーしよー・・
きつねは小鼻をふくらませて
ふふんどうだと、自慢げに俺を見ちゅめた
しょしてぐいぐいと俺を引っ張ると
店の外の人通りの少ない場所へちゅれていったのらった
しょして早速、坂の上の田村麻呂攻撃が始まったのらった・・

「イナ、お前テジュンさんと別れたって本当か?」
「・・・」
「なぜ黙ってる?」
「お前には関係ないだろ」
「関係ある」
「何でだよ」
「お前を傷つけたら僕が黙ってないとあの人には言ってある」
「ミンチョル・・」
「本当に別れたのか?」
「ああ・・」
「なぜ?」
「俺が悪い」
「お前のせいか?」
「そうだ」

「また始まった」
「何が?」
「いつもお前はそうやって自分を責める」
「お前のように鈍感じゃないからな」
「・・・」
「あ、すまん・・けほん」
「僕は鈍感ではない。自分のことに無頓着なだけだ」
「それが鈍感って言うんだろう」
「・・・」
「あ、すまん・・けほん」

「まあいい。とにかく本当に別れたのか」
「ああ」
「お前はそれでいいのか?」
「いいも悪いもない。俺が悪いんだから」
「だからそれはやめろ」
「どうして?」
「いいから自分を責めるのはやめろ」
「らって・・」
「5歳児もやめろ」
「・・・」


「とにかく僕にまかせろ」
「まかせろって?」
「テジュンさんに会って、一発お見舞いしてやる」
「何言ってんだよ、やめてくれよ。テジュのせいじゃない」
「いいんだ。あの人は僕に約束した」
「何を?」
「お前と幸せになるって」
「ミンチョル・・」
「だからあのデカイ鼻に一発お見舞いしてやる」

「ミンチョル・・お前のその気持ちだけで俺は・・」
「僕にお前のその涙目は効かない。とにかくびしっとやってやる」
「やめてくれ、テジュだってタダでやられるわけない」
「ちょっと背が高くて指が細いからどうした、ふんっ」
「テジュが喧嘩強くなくてもお前より強いと思う。だから・・やめてくれ」
「ふん、誰があんなエロに負けるか」
「お前が人のことエロって言うなっ」
「僕は存在そのものがエロだ。あの人はヤルコトがエロい。一緒にするな」
「けほっ・・」

「お前を幸せにするって言ったのに・・許せん」
「いいんだ、お前は今大事な時じゃないか。万一怪我でもしたら」
「大丈夫だ」
「喧嘩苦手だろ」
「暴力は好まない」
「だろ?似合わないことするなよ」
「お前のためだ」
「ミンチョル・・やめてくれ」
「嫌だ」

「お前にもしものことがあっても嫌だし、テジュが怪我しても嫌だ」
「怪我なんかするもんか」
「お前喧嘩できねえだろ?」
「あまりやりたくはない」
「だろ、お前のその気持ちだけで俺は・・」
「気にするな。ミンにやらせる」
「はい?」
「殴るのはミンにやらせる。僕は後ろから指示する」
「おいっ!」

「お前の言うとおり、僕は暴力は苦手だし、
もうすぐ『お願いっ!顔はぶたないで俳優だからっ』状態に入る。
だからミンにやってもらう。ミンなら攻撃も受身も完璧だ」
「お前って・・」
「何だ?」
「やっぱ、自己チューだ」
「ほめてるのか?」
「違うっ!」

「まあ殴りこみの件はおいておこう。それよりどうして別れた?」
「だから俺のせいなんだ。しばらくそっとしておいてくれ」
「今どこに泊まってる?ヨンナムさんの所だと聞いたが」
「そうだ」
「ひとつ確認したいんだが」
「何を?」
「お前、テジュンさんとヨンナムさんの区別はついているのか?」
「はい?」
「二人は別人だぞ」
「知ってる・・」(ーー#)

「そうか。念のため聞いてみただけだ」
「聞くなよ、そんなアホなことっ!」
「そうか、あとは・・」
「ん?」
「いつまで家出してるつもりだ」
「家出じぇねえよ」
「RRHに戻ってこい」
「お前だって留守ばっかじゃんかよ」
「僕は仕事だ」
「あそこへは当分帰らない」
「僕もいるしミンもいる。お兄さんだっている」
「ミンチョル、気持ちはうれしいが・・」
「トンプソンさんだって心配してるだろう」

「ミンチョル・・」
「あ、顔パスリストからテジュンさんを抹消しておかないと」
「ミンチョルっお前よくいきなりそう事務的になれるな」
「気にするな、事務仕事は案外僕は慣れてる」
「・・・」――;
「それより、なぜ帰ってこない。ジャグジーの風呂は気持ちいいぞ」
「帰れないんだよ・・ミンチョル・・」
「居候の事を気にしてるのか?」
「居候はお前も同じだろ、そんなこと気にするかよ」
「・・・」
「おい、急に黙るな」

「とにかく、帰ってこい」
「嫌だ」
「洗濯当番を一回免除してやってもいい」
「そういうことじゃないっ」
「風呂掃除も一回とばしてやろう」
「だからっ・・違うんだ」
「何が違う?」
「帰れないんだ・・テジュと過ごした思い出がありすぎて・・・」
「イナ・・」
「実はこの間ちょっと帰ったんだ。でも思い出して・・だめなんだ」
「イナ・・お前・・そんなに・・じわんっ」
「だから・・ミンチョル・・ぐしんっ」

「わかった、こうしよう」
「ん?」
「お前の隣の部屋は空いていたろう。そこを使え」
「はい?」
「あの部屋が嫌なら隣を使え。問題ない」
「そういう問題じゃねえよっ!」
「違うのか?」
「違うっぶぁかっ!」

「僕にぶぁかと言うな。でこれからどこへ出かけるんだ」
「正東津だ」
「砂時計の?」
「ああ」
「お前この間テジュンさんと行ったところじゃないのか」
「ああ・・」
「誰かと一緒か?ヨンナムさんか?」
「ああ・・」
「いいのか?」
「いいんだ。俺が決めた」
「なぜ?」

「なぜなぜばっかし言うなっ!」
「らって聞きたいんらもんっ!」
「お前らの参考にするってか?」
「僕らの参考?」
「お前ら、きわどいじゃねえか」
「そうらった・・」
「お前もどうなるかわからねえだろっ」
「いや、それは問題ない」
「言い切れるのか?」
「ああ」

「なんでだよっ」
「らって僕はミンも好きらし、スヒョンも好きらもん」
「だからっ!それが問題だっつってんだろっ!」
「問題か? 」
「大問題だっ、てか今お前すごいことさらりと言ったな?」
「はうっ!思い出した・・お前に叱られたんだった・・」
「ちっとも反省してねえな」
「お前に言われたくない」
「ふんっ」
「ふんっ」

「んでもって、あしょこの海は気をつけた方がいいじょ」
「正東津の?」
「あの海には魔物がひそんでいるじょ」
「まさか・・」
「ふんとら。わけもなく海に入ってざばんとやりたくなる」
「ふんとか?」
「しかも服着たままでら」
「マジでか?」
「海だーーーーっ!とか叫びたくなる」
「・・・」
「どした?」

「それってお前のことだろ?」
「・・・」
「思い出したじょ。お前修学旅行生の前で海に飛び込んだんだ、○ンスしゃんと」
「若気の至りら、忘れてくれ」
「俺はお前のような馬鹿な真似はしない」
「らから、お前に馬鹿と言われたくない」

「ふふん、馬鹿だから馬鹿らっ!海にざばーんっ!」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ!出来心だっ!」
「ふぉふぉふぉっ~ギョンビンに言ってやろっと」
「やめろ・・」
「あいつ負けず嫌いだから、僕も入りますとか言うぞ」
「やめろ・・」
「お前、海に引きずりこまれるぞ」
「嫌ら・・お靴にまでお水が入って気持ち悪いのら・・」
「くふふ・・」

「くふふじゃないっ。今はお前のことら」
「おっ・・」
「とにかく、ヨンナムさんと海に行ったら気をつけろ」
「俺は朝陽が見たいだけだ」
「ふんとに?」
「ふんとだ」
「嘘つきっ」
「嘘じゃないもん」
「朝陽と一緒に何かあるんだろ」
「ないもんっ」
「とにかく気をつけろ、いいな?」
「わーった」

「場合によったら、ヨンナムさんも殴りに行ってやるじょ」
「偉そうに言うな。ギョンビンにやらせるんだろ?」
「そうら。ミンは頼りになるっちゃ」
「ぶぁかっ!」
「らからっ!僕をぶぁかと呼ぶなっ」
「ぶぁかはぶぁかなんらよっ」
「お前こそぶあからっ!」
「何でら?」
「従兄弟だか何だか知らないけろ、同じ顔の男にふらふらして」
「お前なんか自分と同じ顔の奴にふらふらしてるじゃねえか」
「ふんっ」
「ふんっ」

「いいかっ、ミンはいつでも出せるじょ」
「まだ言うかっ」
「イナ、とにかく帰ってこい」
「ミンチョル・・」
「お兄さんの部屋の隣も空いてる」
「だからっ・・・」
「いいな?」
「わーーったっ!」
「ほんとだな?」
「気が向いたらそのうち帰るよ」
「約束だじょ」
「ああ」
「気をつけて行って来い」
「ああ」
「何なら一緒に行ってやってもいい」
「いいって。心配するな。ちゃんと帰ってくる」
「そうじゃなくて、久しぶりにぶっちぎり三車線変更をやってみたくなった」
「ほんとにお前って・・・」(ーー#)

あほなきつねと話をしていて気がついた
人間、落ち込んだ時には怒るに限ると・・
そういう意味では、あのきつねもちっとは役に立ったのかもしれない

店の出入り口の所にギョンビンが立っていた
俺を見ると寄ってきて、きつねが変なこと言わなかったかと気を使ってくれた
俺のことできつねは機嫌が悪かったそうだ
なるほどな、きつねなりに一応は心配してくれてるわけだ
あんな奴にくっついてるギョンビンも気の毒っちゃ気の毒だ
俺は、お前も大変だな、と声をかけた
きつねに喧嘩しろと言われてもするんじゃねえぞと釘も刺しておいた
きょとんとしながらも、ギョンビンはこくんと頷いた
たまには兄貴のことも心配してやれよ、と言うと
今度もこくんと頷いた
素直じゃねえか
きつねには、もったいないっちゃもったいないよな

とんだとこで時間を食っちまった俺は
もう一度店に戻って忘れ物がないか点検し
ヨンナムさんが待っている駐車場へと急いだ
あの海へ、あの朝陽へ、あの時計に向かって
あの人と・・

濡れないようにしなくっちゃな・・ふるっ・・


千の想い 170 ぴかろん


*****

イナに抱きしめられると、漠然と見えていたはずの輪郭が一気にぼやける
また僕のなかの白砂と汚泥が罵り合っている
僕の辿るべき道を示している白い砂が
僕の本当の気持ちを滾らせている汚泥とせめぎ合う
辿るべき道を選んだら、僕は僕に嘘をつくことになるのか?
本当の気持ちを選んだら、僕は彼に嘘をつかせることになるのか?
どうすればいいのかわからなくて
僕は一番狡い方法を選ぶ
心を伏せる
体で感じる
気持ちいいのはどっち?
楽しいのはどっち?
嬉しいのは…
温かいのは…
イナの唇を吸う
不安が過ぎる
イナにしがみつく
不安を砕く
砕ききれない塊が口から飛び出す

「イナ…」
「…ん?」
「…僕…まだできないよ…どうすればいいのか、わかんないもん…」

精一杯の誤魔化し
イナは大人びた顔で笑う

「…俺に任せて…」

…え…

「…どういう…」

僕の疑問はイナの唇に阻まれる
イナの唇が僕の耳朶にふれる
知らなかった甘い声が僕から発される
彼の唇が耳朶から離れない
体が次第に熱くなる
何も考えられなくなる
堪えきれずに漏れる声に僕自身が操られている
これは…どういうこと?

やがて耳朶を離れた唇が
首筋から肩に落とされ、僕はホッと溜息をつく
次の瞬間、僕はまた甘い吐息を漏らしている
僕の知らない部分をイナがこじ開けている
羽織っていたシャツも、その下のTシャツも
痺れた体から剥ぎ取られている
一昨日とは違うイナ…
これは…どういう…

*****

この間の違和感
正体がわかった
ヨンナムさんを可愛いと思う
テジュンとは明らかに違う
抱きしめると俺に沿う体
拗ねて顔を背けながら俺に甘えている
ヨンナムさんに感じた懐かしさが、スヨンと同じものだと気付き
俺がヨンナムさんを抱くのだと、そう思った

スヨンにしたくちづけを思い出しながらヨンナムさんにくちづける
同じような反応を見て確信する
間違っていない
それから…それからどうするんだったっけ…

俺は俺の過去を手繰り寄せる
俺の辿って来た道を思い出す

テジュンはどんな風に俺を愛し…

這わせていた唇を止め、喘ぐヨンナムさんを見た
重ねてる?
テジュンとじゃなくて、スヨンと?

ヨンナムさんを覗き込む
彼も俺を見つめる
瞳が潤んでいる
半分開いた唇に吸い寄せられる
砂時計の砂が落ちて行く
未来が流れ込んで今になる
過去は俺の中に積み重なって今の俺を作り出している
ならば

唇を離してもう一度彼を見つめる
俺は俺の知っている方法で
今この人を愛したいと思う
重ねているのではなくて
こんな方法しか知らないから
ヨンナムさんに悦びをもたらすために
俺は過去を手繰り寄せて
今の俺がここにいるんだ
だから

強く唇を吸いながら指を這わせる
震える体をもう一方の手で抱きしめる
唇と指が
記憶の底から
スヨンやテジュンや俺が感じた場所を探り出す
その場所は彼を悦ばせる
スヨンの、テジュンの、俺の指の記憶
スヨンの、テジュンの、俺の唇の記憶
それを模して彼のからだを辿る
柔らかく触れる
強く吸う
途切れ途切れの喘ぎ声が彼の悦びを伝える

彼の脚を抱える
彼は顔を顰める
脚を軽く押さえると彼は悲鳴を上げた

「痛いっ」
「…痛い?…そんなに力入れてないけどなぁ」
「痛いっ足が吊るっ」
「…からだ硬いなぁ、貴方…。足、上がんない?」
「いたたっやだっいたいっ」
「…我慢して…」
「やだっ!」
「しょうがないなぁ…じゃ、うつ伏せに…」
「いやだっ!」
「…じゃ、やっぱりこれで」
「痛いってばっ」
「…慣れてくるからさぁ…」

騒ぎ出したヨンナムさんに溢れていた熱気が冷まされる
こんな事が昔あったと脳が俺に語りかける
俺の胸に手を突っ張らせて抵抗しているヨンナムさんを笑って見つめた
少し落ち着いたらガバッといってやろうか…なんて余裕で考えていた
やだ…痛い…と繰り返す潤んだ瞳
それが突然、祭でやった、あの映画の…テジュンの姿と重なった

ヨンナムさんの目が凍ったように思えた
いけない
俺は頭を振り、唾を呑み込み、過去から今へと飛んで戻る
抱えていたヨンナムさんの足を押さえつけた
掠れた悲鳴が聞こえた
前に
進むんだ
俺は
この人と
始めるんだ

…俺の足首を掴むテジュンの指
…俺の心を抉り取るテジュンの掌
振り払っても消えない
どうして…どうして…

過去の想いと今の俺が激しく行き交う中で、俺はヨンナムさんとひとつになろうとした

『よっこらしょっと』
『いってえっ!イナ!こらっ!いてててっ』
『…かったいなぁ体…』
『こらっ!コロすぞ!』
『こんなとこに入れんの?』
『おいっ!いてっ腰が…足が…』

どうして…

祭の準備に疲れ果てて眠ってしまったテジュンを
抱いてみたくて絡み付いた総支配人室のベッドでの
…あの時の一言一句が

どうして…

突き刺さるように俺に降って来た
過去と今とがごちゃまぜになって
俺の未来を砕こうとしている

どうして!

『えっと…何してたっけにゃ~…』
『はあ?』
『えっと…』
『もう!馬鹿野郎!』
『あっ…』
『こうだよ!』
『あ…俺がっあっ…』

翻されて貫かれた俺が
木の枝に突き刺さっている

「…イナ?…」
「…え…なに?」
「…どう…したの?」

俺はヨンナムさんの脚を押さえたまま一瞬にして萎えていた
頬を紅潮させているヨンナムさんの、途切れ途切れの甘い声も
俺を力づけることはできなかった
俺は動揺を隠しながらヨンナムさんに言った

「…ごめ…ん…」
「…え…」
「…や…っぱり…よく…わかんない…」

俺の心に起こった瞬間の竜巻を、どう説明すればいいのか解らなくて
俺は『もうひとつの理由』を述べた
脚を下ろしたヨンナムさんは、俺を押しのけて怒ったようにバスルームに飛び込んだ
唾を呑み込み、目を閉じて、俺は大きな溜息をついた

『焦るんじゃないぞ…』

俺の本心ってどこにあるんだろう…
なぜ
俺の新しい道を
お前は邪魔するの?テジュン…

ベッドに身を横たえて目を閉じた
少し…眠ろう…
俺は疲れてるんだ…


千の想い 171  ぴかろん


*****

イナの動きが止まった
僕はバスルームに逃げ込んだ
コックを捻ってお湯を浴びる
体が震えていた

あのままあそこにいて、イナを見ていたら
見えてしまう
見えてしまう
全てがはっきりと

頭の隅がチクチクと痛む
見なくては
見てはいけない
自分への警告
僕は
見なかった
なにも
見なかった

心でそう唱えた途端、涙が溢れ出した

醒めていく頭
冷めない体
知らなかった『快』を
知ってしまった体
それは一時の迷いだと
醒めていく頭が叫んでいるのに
僕の耳は閉じられ
僕の目はそれを見ない
見たくない
聞きたくない
知りたいなんて思ってもいなかったのに知ってしまった
治まらない心の揺れ

僕と始めると言った
イナも初めてだからどうすればいいか解らなくなったのだ
留まったのはそのせいで
決して…決して…

水を浴びて想いを散らす
何も考えるな
今は突き進む時だ
本当に?
それでいいの?
他にどうしろというのだ
進むしかないだろう
これはお前が選んだ道で
あの男もそれに沿ったのだ
あの男はお前を求め
お前もあの男を求めている
そうだろう?
これからだ

そうだ
僕達は
『これから』なんだ…

荒い息が漸く落ち着く
涙はいつの間にか枯れた
コックを閉じて部屋に戻る
イナは美しい背中を見せながら横たわっていた

あと1時間半は眠れるな
起きて、どこかで昼ご飯を食べて
それからブッ飛ばして帰ればイナの出勤時間に間に合うか…

僕の頭は『そこにある現実』を的確に捉えている
それに則した行動をする
時計のアラームをセットし、美しい背中に寄り添うように寝そべる

背中に触れてみる
眠っているようだ
気付きもしない
いつもならこちらを向いて抱きしめてくれるのに
疲れてるんだな

その背中にくっついて
その体に片腕をかける

体の奥の方に灯った火が
消えずに残ってるよ、イナ…

何も考えずに眠ろう
これははじめの一歩なんだ
僕達は踏み出したんだ
そうだよね?

美しいその肌に唇を寄せようとした
また涙が溢れて唇が震えた
片手で震えを抑えようとした
何が望み?
お前の望みは何?
僕の望みは何?

彼の背中に額をつけて、僕は考えるのをやめた

*****

揺さぶられて体を起こした
ぼんやりした視界に、服を着て微笑んでいるヨンナムさんがいた

「そろそろ起きないと。もうお昼だよ」
「ん…えぁ…ああ…」

ここはどこだっけ…
目を擦りながら周りを見る
ああ…そうだった…そう…

「ヨンナムさん、ごめん、俺」
「早く服着なよ」
「俺」
「ね、店に出るんだろ?間に合わないから」

話を逸らそうとしているヨンナムさんの腕を掴んで強く引いた
倒れこむヨンナムさんを抱きとめた
額にくちづけをして謝った

「…なんで謝るの?」
「…。その…。俺、うまく…できなくて…」
「…おあいこだからいいじゃん…」
「…」
「ね?」

にこっと笑ったヨンナムさんが俺の唇に軽くキスをした

「さ、早く支度してよね」
「あ…うん…」

急いで服を着て部屋を後にした
運転席に乗り込もうとする俺をぐいっと引っ張り、ヨンナムさんは俺を睨んだ

「お前あんまり寝てないんだから!替わるよ」
「…あ…うん…じゃ…お願いする…」

ヨンナムさんの運転で帰路につく
長い沈黙が続く

「寝たら?」

そっけなくヨンナムさんが言う

「…怒ってる?」
「何が?」
「…怒ってるじゃん…」
「怒ってないよ」
「…体…火照ってない?」
「ぶぁっ…。変なこと言うなよ!」
「だって…あのまんまほったらかしで俺…」
「大丈夫だよっ」
「ごめんね。今度はちゃんとする」
「もういい!」
「え…」
「今度は僕がちゃんとするからっ!」
「ぅえ?!ダメだよ!俺がヨンナムさんを抱くんだからっ」
「…はっきり言うな!恥ずかしい」
「俺が抱くの!」
「言うなよ!できもしないくせに!」
「む。なんだよ!元はと言えばヨンナムさんができなかったからなんだぞっ!だから俺が頑張らなきゃって」
「頑張れなかったじゃないか!」
「だから…今度は…」
「もういい!」
「…やっぱり怒ってる…」
「怒ってない!」
「…はぁ…」
「お前が変なこと言うからだ」
「変なこと?」
「もういい!」
「すぐに『もういい!』って膨れる…そういうトコ付き合いきれないな」
「なんだよ!」
「コドモ」
「コドモで結構!ふんっ」

いつものパターン
プリプリ怒り出すヨンナムさん…
俺はもう一度「今度は絶対…」と囁いた

「寝ろよバカ!」

ヨンナムさんは間髪を入れずに怒鳴った
なんだか可笑しくなって笑ってしまった
つられてヨンナムさんも笑い出した
それから俺はヨンナムさんの太腿に頭を乗せて眠った
目を覚ましたのはドライブインの駐車場だった

*****

イナとじゃれ合ったり罵り合ったりするのが楽しい
こうやって過ごしているのは幸せだ
なのになぜ…

浮んでくる疑問を振り払う
今はこうして触れ合う事を喜びたい
その後の事はゆっくり考えよう
僕達は確実に、少しずつ近づいているのだから

眠ってしまったイナの髪を時々撫でる
行き道で、ずっとイナの掌を感じていた
お前も僕の手を感じ取ってる?
気付かないぐらい深く眠ってるかな?
僕の体を枕にして寝息を立てているイナが愛おしい

高速の途中でドライブインに寄り、食事をした
そこからはノンストップでソウルを目指した

「間に合うかな…ちょっと休憩長かった?」
「いいよ、少々遅れても…。昨日からミンチョル、店に出てるし」
「…ん?」
「ん?」
「…じゃあもしかして…休んでもよかったんじゃないの?」
「いや…それは…」
「ずるいっ!休めるんだったら休んでくれてもいいじゃんか!」
「え…休んでほしかった?」
「…もう少しゆっくりできたのに…」
「…。…やっぱりまだ怒ってるんだ…」
「は?」
「…ゆっくりできたら絶対『せいこう』できてたのにって怒ってるんだ…」
「せ…せいこうって…」
「二つの意味がある」
「…。ばかっ!なんでお前はそっちの話題ばっかり」
「え?ちがうの?ゆっくりしたかったってのはゆっくりじっくり『した』かったって意味があるんじゃないの?」
「ぶぁか!ちがう!」
「どう違うの?」
「…せっかく遠くまで行ったんだから…もっとゆっくり景色とかさ…見たかったのになってことだよ…」
「…へぇん…そっか…。じゃあ今度は二泊ぐらいしようか」
「…」

*****

へへんと笑うとヨンナムさんはまたプリプリした口調で怒った
言っとくけど、僕は変な望みはないからね!なんて言いながら少しだけ瞳が潤んでいた

開店時間ギリギリに店に着いた
凄いね、安全運転なのにちゃんと時間通りに着いた…と感心すると、得意げな顔でヨンナムさんはエッヘンと言った
キスをして車から降りる
手を振るヨンナムさんが寂しそうに見えた
俺は微笑んで彼を見送った
迎えを頼むのを忘れた
きっと言わなくても迎えに来てくれるだろうな…
そしたら今夜こそ…



『焦るんじゃないぞ』

焦りすぎている…

「違うよチェミさん、今夜こそ五右衛門風呂に一緒に入るんだよ」

呟いて俺はBHCの扉を開けた


セピアの残像  れいんさん

カランカラン・・
そこのドアを押し開けると
昔懐かしい呼び鈴の音色がした

ホンヨンと待ち合わせをしていたのは
ごくありふれた清潔感のある喫茶店だった
店に入ると、焼き菓子の甘い香りとコーヒーの香ばしさが鼻を擽った

ホンヨンは窓際の座席に座っていた
僕を見つけ、少しだけ微笑むとすぐに目を伏せた
通路を抜け彼女の正面に腰掛けた
「ごめん。待った?」
「いいえ。ちっとも」

ごく普通の待ち合わせのようなやりとり
傍から見ると僕達は幸せなカップルに映るのだろうか

店内には他に二組ほど客がいた
お昼時のせわしさから漸く解放されたように
緩やかな時間がそこには流れていた


ウエイトレスからメニューを受け取り彼女に尋ねた
「何か頼んだ?」
「いえ、まだ」
「お昼は済んだ?」
「いいえ・・」
「何か食べる?」
「ううん。今はあまり食べたくないの・・朝食食べすぎちゃったみたいで」
はらりと落ちてきた髪を耳にかけ直し彼女は言った

「そうだね・・僕も」
少し考え込んだ後
僕はメニューにあった温かい飲み物を指差し
「これ二つ下さい」とウエイトレスに言った

ウエイトレスが去ると彼女はまた黙り込んだ
何から話していいのか分からず僕も一緒に黙り込む

久しぶりに会う彼女は以前と何も変わらない
ただ睫を伏せた時、彼女が少し痩せたようにも見え
それは僕のせいなんだと辛くなった

ホンヨンはテーブルの上に乗せた手をしきりに組み替え、どこか落ち着かない様子だった
彼女の左手薬指に光る物を見つけた時
ぎゅっと締め付けられるような痛みが走った
それは僕が彼女に贈った指輪だった

彼女は視線に気づいたのか、慌ててその手をテーブルに下に隠した
僕は目尻が熱くなるのを何度か瞬きする事でどうにか堪えた

何か話そうと思うのに
鉛を呑み込んだみたいに唇が動かない
まるで沈黙の壁が僕らを遮断していているみたいに

長い沈黙を先に破ったのは僕だった
ぽつりぽつりと田舎の様子などを尋ね始め
それから一番の気がかりを事を口にした

「・・子供達は・・変わりないかい?」
「ええ」
「随分大きくなっただろうね。字も上手になってて驚いたよ」
「・・ごめんなさいね。あの子達ったら何度も手紙を書いたりして。お仕事お忙しいのよって言い聞かせてるのに、あんまり言うものだから・・」
「いいんだ。とても嬉しいんだから」
「ごめんなさい。私・・あの子達に・・本当の事・・まだ話してなくて・・」

ホンヨンは、そう言ってまた口をつぐんだ
しばたたかせている目の端が涙で滲んでいた

激しく心がかき乱された
「・・無理もないよ・・君には苦労ばかりかけてしまったね」
彼女ははっと僕を見上げた
「そんな事・・あなたがいなければ今の私はいなかった」
潤んだ瞳は真っ直ぐに僕を見ていた


あの時の記憶が瞼の裏に広がった
あの橋に佇み、彼女は河を見下ろしていた
ただぼんやりと、心はそこにないみたいに
どこか遠くに消えてしまいそうに

それがホンヨンとの再会だった
あの時の彼女は、何もかもに疲れ、生きる気力を失っていた
彼女の力になりたいと、そう思ったのは本当だった
志半ばで去った、あの山の学校は
方時も僕の心を離れた事はなかった
ましてや、僕をあんなに慕ってくれた教え子
その彼女が途方に暮れていたのだから

それなのに、結局はこの有様だ
彼女の笑顔を取り戻したいと願っていたのに
彼女を傷つけようとする全てのものから
彼女を守りたいと思っていたのに

中途半端な優しさなど無に等しいと今となってはそう思う
こんな風に途中で手を離すなんて、僕はただの偽善者に過ぎない


彼女は窓の向こうを眺めていた
「あなた・・あの時私と出会わなければかったのに・・」
呟きは彼女の溜息に混ざって消えた

窓の向こうを僕も見た
つい先程までは、さらさらと降り注いでいた陽も翳り
空を見上げると、低く垂れ込めた雲が今にも泣き出しそうだった



目の前に夫がいる
夫とこんな風に話をしたのはどれくらいぶりだろう

以前と変わらず夫はとても優しい
顔も声も仕草も、何一つ変わらない
でももう私達は以前の私達とは違う


夫は山の風景を懐かしむ
夏にはユスラウメの実はなったか
よく遊んだあの沢にまだカニはいるのか
ガタガタ道を走るバスは旧い型のままなのか

夫は私の事も案じてくれる
少し痩せたね
ちゃんと食べているの?
送ってるお金に不足はないかと

夫は子供らの事も気遣ってくれる
やんちゃ盛りでケガが絶えないだろう
兄弟ゲンカはしていないかと
お友達はたくさんできたかと

私が話す色々な事を、夫は目を細め嬉しそうに聞いていた
そんな夫を見ていたら、ふと私はこんな事を思う

もしかしたら今までの出来事は全部悪い夢で
長い長い出張を終えた夫は
両手にたくさんのお土産を抱え
あの田舎道を帰ってくるのではないかと


言うつもりはなかったのに
こんな言葉が口を突いて出た
『あの時私と出会わなければよかったのに』

それは本心ではなかった
少なくとも私にとっては
先生と出会った事は
一筋の希望の光だった

結婚の申し出が、愛からではなく優しさからだという事は
若かった私でも漠然と理解していた
愛のない結婚・・
時折よぎる不安も
当時の私にはそれを払いのけるだけの夢があった

あの頃の私は信じていた
夫が私を見る眼差しが、教え子を見るものであったとしても
燃えるような愛とは遠いものであったとしても
家族の歴史を積み重ねていくその過程で
緩やかに、確実に
家族愛という名の『愛』が育まれていくのだと

事実、夫婦として新たにスタートを切った時
毎日の生活がとても新鮮で満ち足りていた
夫は田舎の生活を喜んでいたし
赴任先の小学校の事も気に入っていた
父親の顔も知らない幼い子供達は、夫を父と慕い
夫もまた子供達を我が子のように慈しんでくれていた
私はずっと・・それがずっと続くと思っていた

夫がその人の存在を打ち明けてくれた時
私は夫を自由にしてあげたいと思った
今までとても良くしてくれたのだから
愛する人の元に行かせてあげなければいけないと

なのに・・頭ではそう理解してるのに
あの日から私の時計は止まったまま

毎朝、山の切れ間にのぞく朝日を見ては
前を見て歩いていこうと心に誓う
でも鈴虫が音を奏でる静かな夜には
アルバムの写真を眺め、思い出に涙を流す
変わりたい、変わらなければ・・
そう思うのに、そこから一歩も踏み出せない

なぜ私はここに来てしまったのだろう
夫が愛したその人をこの目で見たかったから?
いいえ、そんな勇気なんてない
ただせめて、その人が創り出したものに触れられたら
私も変わるれるかもしれない・・そう思った

夫が愛したその人は、素晴らしい才能と夫からの深い愛情と
その両方を持っていた

その人は私に対しても真摯な姿勢で接し、私と話がしたいと言った
でも私には、まだその準備ができていない
妬みや憎しみ・・そんな事ではない
私にあるのは、この現実を受け止められないもどかしさと哀しさだけ
ただそれだけ・・

ここに来て、夫とその人を目の当たりにし
二人の間には、入り込む隙もない確かな絆があると分かった
夫がその人に向ける眼差しは
私に向けるそれとは違っていた

今だってそう
夫の優しい眼差しは、私の身体を通り抜け
通りのあの個展の場所へ注がれている
夫の心はずっとあの人だけを見つめてる

色づき始めた街路樹に陽が傾きかけた頃
ホンヨンと僕は喫茶店を後にした
どのくらいそこにいたのだろう

僕達は崩れゆくものから目を背けながら
ただとりとめもなく互いの近況などを語り合った
彼の事に・・核心に触れるのを畏れていたのだ
彼とホンヨンを対面させる事など、到底できるはずもなかった

分かれ道のところで、ここでいいと彼女は言った
駅まで送ると僕は主張した
「戻らなくてもいいの?」
心配顔で彼女は訊いた
「いいんだ。仕事があるから僕もそろそろ行かないと」

個展の通りは意識的に避けて通った
彼女はもう一度、個展のあの場所を振り返った
僕はそんな彼女の背中を押し、並木道を一緒に歩いた

でもホンヨンと肩を並べて歩きながらも
僕の心は彼の事を想っていた

彼はどうしているだろう
個展の初日は無事終わっただろうか
僕からの電話を待っているだろうか

こんな時にもそんな事が過る自分が嫌だった
今はホンヨンといるのだから、彼の事は考えまいと決めた
だから絶対に振り向かず歩いた

道端に踊る枯葉を踏みしめると、乾いた心地よい音がした
昔こんな風にホンヨンと歩きながら
笑い合い、枯葉を踏みしめるのを競い合った事を思い出した

季節は同じように巡ってくるのに
その頃の僕にはもう戻れない
思い出はいつの間にかセピアに色褪せ風化していく
それが堪らなく切なかった


千の想い 172   ぴかろん

*****

「よう!どうだった?正東津は」
「元チーフみたく調子に乗って海に入ったんじゃないでしょうね」
「砂時計見てきた?」
「朝日、見れた?」
「なんで泊まらなかったんですか?遠いのに」
「正東津に行くんなら、どうしてお義父さんちに寄ってくれなかったんですか!」
「どうして日の出シーンをビデオに収めてこなかったのさ(・▽・) BHCのホームページに利用できたかもしれないのにさ」
「お土産買ってきたのょね?今度こそ…(@_@)」
「そうだ!イナさんこないだ行った時は時間なくてどーのこーの言ってたけど、今度行く時は必ず買ってくるって言ってたよな?な?な?」
「本当に僕が一緒に行かなくてよかったのか?運転したのか?『海だー』と叫んだか?」

「えーいうるさいもう!土産は買う暇がなかった!また今度な」
「なんで買う暇ないの?日の出見てからなにしてたの?」
「バカだなチョンマン、決まってるだろ、『ナニ』してたんだよひーっひっひっ」
「誰と?」
「ひ…ひ…」
「ねぇ誰とだよシチュン!」
「…ひ…」

「一晩中運転してったんだ!眠かったから寝てたんだ!」
「どんな風に?」

イナが店のみんなに質問攻めに合っている
僕はダーリンと、その様子を少し離れて眺めていた
イナは明るい顔をしている
ダーリンは襟巻きしていた僕の腕を振り払ってイナのところへ行こうとした

「ほら!開店時刻!整列して!」

チーフ代理のパンパンという拍手と、張りのある声に促され、僕達は戸口あたりに並んだ
ダーリンはイナを睨み付けている
イナはダーリンを見ようとしない

「ラブ、落ち着いて…」

声をかけるとダーリンは視線を床に落とした

「「「「「いらっしゃいませ。夢の花園、BHCへようこそ」」」」」

いつものように営業が始まる

*****

ずっとラブの視線を感じていた
うっとおしい…
何が言いたいんだ
俺は堂々と新しい道を歩んでいる
それが何か?文句でもあるの?
締め上げてやりたかったけど、無視することにした
店が終わってすぐ、俺は裏口から外に出た

最近、逃げるように帰るな…俺

外に出てからそんな事を思った
駐車場を見渡したがヨンナムさんの姿はない
…疲れたのかな?
いつも、何も言わなくても迎えに来てくれてたのにな…

携帯に電話をしてみた
ヨンナムさんが頼りなげな声で出た

「どこにいるの?」
『え…家だけど…』
「ふ…ん…。なぁんだ…お迎えナシか…」
『あ…ごめん…僕…忘れて…』
「寝てたの?」
『ん…』
「ふふ。わーった。そっちに帰るよ」
『…ん…ごめん…』
「帰ったらなんか食べさせてね」
『ん…』

電話を切って歩き出した俺の横に車が停まった
見るとヨンナムさんのトラックだった
一杯食わされたと思って笑いながら運転席を覗き込んだ

「よぉぉこの色男」
「…ソク…。なんでこのトラック…」
「おめぇがヨンナムさんを連れてっちゃうから、僕に配達の仕事振られたんだよ!」
「…あ…そうなの?」
「夜の配達、casaと『オールイン』とBHCだからさ、トラックに乗ってきたんだよははん」
「…どこに停めてたの?BHCの駐車場になかったぜ」
「ん。チェミさんとこ。夜はあんまり邪魔にならないだろ?…乗れよ。家まで送ってやる」
「…家までって…ヨンナムさんちに帰るんだけど」
「…ほ…そ…。じゃラクチンだな。荷台だけどいいだろ?」
「サンキュ」
「ソクさん、俺も荷台に行きます」
「え?スヒョクぅ、そんなぁ僕寂しいじゃないかぁ(;_;)」
「何言ってるんですか!…イナさん、一緒に荷台に乗りましょ」
「お…ああ…」

スヒョクは荷物の詰まった荷台の僅かなスペースを指し、ここが穴場ですと笑った

「穴場って言っても狭いんだけどね、それに寒いから…これかけて」

スヒョクは小さなシートを引っ張って片方の端を俺に持たせた

「一人だと寂しいでしょ?それに、落っこちちゃっても一人だとほったらかされちゃうから」
「落っこちねぇよぉ…」
「ふふ」

トラックはゆっくりと出発した

「ヨンナムさんと…行ったんですか?」
「うん」
「…どうでした?」
「朝日、きれいだったよ。お前もソクと行ってこいよ。しかし…相変わらず仲いいな、お前等は…」

*****

荷台に乗ってカバーを被ったイナさんが笑顔で俺に言った

「スヒョクは一途だものな…。ソクもだけど」

聞こうかどうしようか迷っていると、イナさんが言葉を続けた

「ごめんな…こないだ…。ソクにキス…」
「…いえ…俺も祭の時、似たような事、しましたから…気持ち、解ってるつもりです…」
「似たような事って…俺のフリしたあれか?ふふ…ぜぇんぜん違うじゃん…」

ゴクリと唾を呑み込んで、俺は聞いてみた

「…どうして…テジュンさんと別れたんですか?」
「ん?…そうだな…俺、一途じゃないから…だよ」
「…イナさんは一途ですよ」
「んなわけないじゃん…こないだだって、祭の時だって、それから…。ふ…」
「俺はイナさんは一途だと思います」
「はは。そんな風に言ってくれるのはお前だけだよ」
「みんなそう思ってます」
「…ばか…」
「イナさん…これからヨンナムさんと?」
「うん」
「…じゃ…テジュンさんは」
「テジュンはテジュンで新しい恋人とうまくやるさ」
「…テジュンさん…そんな…気持ちの切り替え、うまくないと思いますけど…」
「…。そう?そうでもないよ」
「…。どうしてそんな風に言うんですか?」

新しい恋人がどうのこうの言い出したイナさんは、なんだか投げ遣りに見えた

「…ギョンジンとラブ、変わった様子ねぇか?」
「は?…別に、いつも通り…っていうか…余計に仲良くなったみたいですけど…」
「ふ…ん…そう…」
「…。イナさん…ラブとテジュンさんの事、まだ気にしてるの?あれはもう終わった事でしょ?」
「終わったけど…また始まったって言ったらどう思う?お前」
「は?…また…始まったって…なに…。え?ラブとテジュンさんが…え?でもラブはギョンジンさんと」
「だから…うまくやるだろうって言ってるんだよ」
「…」
「可哀想なギョンジン…」
「…イナさん、どういう事ですか?何か証拠でもあるんですか?」
「ふ…」
「…そんな風に言わないでください…。俺、テジュンさんはイナさんの事、忘れられないと思います」
「…スヒョク…」
「戻ってきたんですよ、あの時だって…。だからもしそうだとしても、今度もきっと」
「怖いんだ…」
「え…」
「俺…もう…テジュンを失うのがイヤなんだ…」
「…」
「最初にラブとくっついた時に離れればよかったんだよな…なのに…。あれから…ずっと怖くてたまらなかった…いつ愛想をつかされるだろうって…
ほら俺、一途じゃないからさ…」

『一途じゃない』と言い張るイナさんの気持ちは、多分まだテジュンさんにあるのだと俺は思った

「…こっちに帰って来てからはイナさん真面目に…」
「真面目に…そう、真面目にテジュンだけを見て、テジュンにくっついていた…なのに俺は…ヨンナムさんを好きになった…」
「…それは…」
「自分の気持ちに気付いたとき、また怖くなった。テジュンがいつ俺の目の前から消えてしまうだろうって…。俺ってさ、祭の時…ほんとに酷かったよな。あっちこっちフラフラフラフラ…」
「けどあの時は理由があったじゃないですか…。ソクさんもギョンジンさんも、イナさんのおかげで救われたんだもん。だから…」
「別に俺、自分のやりたい事やってただけだ…人を救おうとか助けようとかって思ってなかった…。お前にも…ラブにも…辛い思いさせた」
「イナさん」
「とにかく…俺とテジュンはもう終わったんだ。俺はヨンナムさんと始めるんだ。ダメかな…」
「…」

なんと言葉をかけていいのか解らなかった
ぼんやりと『それは違う』という言葉が心に浮んだ
何がどう違うのか、うまく説明できない
でも…
違うと思った

「イナさんらしくない…」
「え?」
「なんだか…イナさんらしくないです…」
「…そう…か?」
「うまく言えないけど…なんか…不安定な気がします」
「…。まだ始まったばっかりだからさ…見守っててよ…ね?」
「…。イナさん…」

イナさんは笑って俺の肩をポンポンと叩いた
俺はそれ以上何も言えなくなってしまった

*****

トラックがヨンナムさんちの駐車場に着いた
カバーを畳んでスヒョクと俺は荷台から飛び降りた
運転手のソクに礼を言い、暫く二人で星空を眺めてから入って来いと言ってやった
ソクはスヒョクの顔を見つめてウヒヒと笑った

引き戸を開け、玄関に入ると、ヨンナムさんが口元に手を当てて突っ立っていた
なんだか俺の特許を全て盗まれているような気がする
靴を脱いですぐにヨンナムさんを抱きしめ、耳元で「ただいま」を言った

「た…だいま…って…ここは…僕の…」
「だからぁ…ヨンナムさんちにぃ…帰ってきたんじゃないか」
「あ…うん…」
「ただいま」
「お…おかえり…」

口元の手を離さずにヨンナムさんは俯いてぽそぽそと答える
なんでそんなに可愛らしいのさと言うと、少しムッとした顔で俺を睨んだ
頬にキスして、それから唇にもキスをした

「ソクとスヒョクも来たよ」
「…ん…」
「今のうちにのーこーなキスしとこうか」
「あっ!」

ヨンナムさんは急に俺を突き飛ばして居間に駆け込んだ

「どうしたのさ」
「ふっ布団そのまんまだった…」
「へ?畳んであるだろ?」
「…だらしない…」
「…」
「ああんもう…」

バタバタと奥の部屋に布団を運ぶヨンナムさんを、俺は笑いながら見ていた

「あん?ヨンナムさん何してるの?」
「片付けじゃない?」
「布団持って走ってるけど、どうせまた居間に持ってくるんだろ?なんで片付けてるの?」

ソクの何気ない言葉にどきんとした

「お前、何赤くなってんの」
「え?なっ…なにが?」
「お前、居間に寝泊りしてるんでしょ?」
「えっ…う…うん…」
「なんで顔赤いのよ…ヨンナムさんと一緒に寝てるからか?」

ソクが意地悪そうに聞いた
目が鋭かった
俺は頷こうかどうしようか迷った

「マジになるなよ。どうリアクションしていいかわからなくなる」
「…あ…うう…」
「おっおっ…おかえりなさい、ソクさんスヒョク君今日は配達ありがとうすみませんでしたお風呂沸いてますからよかったらどうぞっハァハァハァ」
「「…」」
「はぁはぁ…は?どうしました?ソクさん」
「…いや…なんだか…ヨンナムさん可愛くなったみたいで…。へっ…へへっ」

ソクの隣でスヒョクが険しい目つきをした

「んじゃぁスヒョク、お言葉に甘えて一緒に入ろうかぁ♪」
「イヤです!俺はイナさんと入ります」
「え?」
「イナさん、行きましょう」
「え…ちょっと待ってよスヒョク、俺はヨンナムさんと後で一緒に…」
「俺を助けてくださいっ」
「は?」
「セクハラ怪人から俺を助けてくださいよ、ね?」

スヒョクは俺の腕を強く掴み、鋭い目で言った

「スヒョクぅ~セクハラ怪人ってなによぉ~」
「そうじゃないですかっ!五右衛門風呂は狭いんです!それなのにムリヤリ湯船に一緒に入ろうとするじゃないですかっ!」
「うぅ~ん…それが楽しみなんじゃないのぉ~」
「とにかくっ!俺、イナさんと入りますから!行きましょう」
「あっスヒョク、俺はヨンナムさんと…」
「ヨンナムさんはソクさんと同じ顔で一緒に入ればいいんですっ!」
「「うえっ…やだよそれ…」」

ヨンナムさんとソクが同時に拒否反応を示しているのを背中に感じながら、俺はスヒョクにどんどんと引っ張られ、脱衣場で衣服を剥ぎ取られ、先に風呂場に放り込まれた
スヒョクってテキパキしてる…(^^;;)

それから俺は、スヒョクに五右衛門風呂の浸かり方を教わって湯船に浸かった
湯船というより釜だよな…
確かに狭いから二人で一緒に入るなんて無理だなぁ、と言うと、スヒョクは顔を顰めて、セクハラ怪人は入るんです!と吐き捨てるように言ってシャワーの栓を開いた




























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