1640063 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 256

撮影ーLa Mer2  足バンさん

「澄んだ空もいいけど、こういう色は落ち着くな…」

スヒョンが目を細めて追う遠くには灰青の空が広がる
ミンチョルは何か見慣れぬもののようにその横顔を眺めた
どちらかといえば彼の中のスヒョンは
高い青い空の向こうまでを知っているような気がしていたから


予報通り、午後には薄い雲が立ちこめて
ジンとヒョンジュの海は、いくらかの物悲しさに彩られている

待ちの時間、ふたりは並べられたディレクターズチェアに腰掛け
スタッフの途切れることのない動線の中にいた
波際では、カメラテストで砂に残った足跡をならす作業が続いており
その様子が、目の前の暖のための焚火の炎に揺らめいて見える

「あれねぇ、ちゃんとならさないとカッコ悪いんですよぉ
 リハで歩いた跡なんかが見えちゃうと、いいシーンでも興ざめですよぉ」
「チョンマン君~お喋りは終わり~車来たよ~」
「あっはーい」
「もう帰るのか?」
「はい、キミまで休まないよネってイヌ先生に釘刺されてますんで、ジン少年が帰る車に便乗します
 本日の報告は任せて下さい、ではチーフたち頑張…」

チョンマンの脇に、ジンの子供時代役の少年が滑り込んで来た
ぺこりとお辞儀をしながら紅潮させた笑顔は
その半日のスタッフたちのムードを和やかにしたものだ

「お世話になりました!ありがとうございました!」
「お疲れさま、こちらこそありがとう」
「ボク、皆さんの素晴らしい演技を参考にして頑張ります!」
「君の夢は役者さんなの?」
「はい!チョンマン先輩みたいに世界を目指す男になります!」
「おお~おまえかわいいやつだなぁ~ヨシヨシ」
「ふふ、頑張ってね」
「いつかチョンマン先輩たちのお店に遊びに行きたい」
「おおぅ~いつでも来い」

「チョンマン、調子に乗るな」
「いいじゃないですかぁ~お母様のお友達とか一杯引き連れておいでよ、な?」
「ボクも8年経ったらお酒飲めますよ!」
「言っとくけど男ばっかだぞ?」
「ボク、いい男目指してますっ」

チグハグな会話のふたりは、屈託なく手を振りながら帰って行った

「あいつももう直ぐアメリカだな…ちゃんと送別会しなくちゃね」

またぽつりと口を開いたスヒョンの横顔をミンチョルは見た
黒いスタッフコートの襟を立て足を組む
いつものチーフの顔、いつもの穏やかな視線
櫛の入れられた黒髪は、微かな風を受けて時折さらりと額にかかる

ジンとはまるで似ていないように見えるのに
そこにジンの気配を感じる
時折、スヒョンが自分の知らないスヒョンであるような気がするのは
ジンの持つ熱を帯びた何かが、彼の中にもあるのだろうかと思い始めてからだ

ーこれからもずっと側にいてくれるか?
ーああ…ずっと見てる…
そんな囁きを交わしたのは
つい昨日のことのようでもあり、遠い昔のことにも思える

すべてを包む大きな羽根は
決して傷つかぬような気さえしていたが
それは思い込みだったのだろうか
それとも僕が、そうあってほしいと思っていたのだろうか



「ジンは…」
 
ひとり言かと振り返ったスヒョンだったが
思いがけずミンチョルの目は真っ直ぐ自分に向けられていた

「ヒョンジュの中に哀しさがあったとわかっても…なくした時の辛さは同じだろうか」
「ん?」

あと10分ほどで撮影開始だという声が浜に響いて
スタッフのひとりが駆け寄り、同じ内容をふたりに告げる

スヒョンは少しばかり考える様子を見せて
おもむろにその辺りの細い木切れを手にして、足元の砂に線を引き始めた
それは妙な曲線の…

「それ…」
「うん…ゾウを飲み込んだウワバミ」

ミンチョルは一瞬どう反応していいものやら迷った
どう見ても、ひしゃげた空飛ぶ円盤のようにしか見えなかったが
確かに『Le Petit Prince』にあった絵にも
丁度通りがかった美術監督が「ん?UFO墜落?」とつぶやかなければ
笑わずに済んだかもしれない程度には似ていた

スヒョンはその美監をー文句を言うためでなくー呼び止め言葉をかけた
彼が頷き、若いスタッフに持って来させたのは小道具で使われた本

礼を言ってその見慣れた表紙を受け取ったスヒョンは
コートの前を合わせて膝を組み直し本をめくる
巻頭の挿絵をちょいと覗いて渋い顔をしたが
何ごともなかったように後方のページを開いた

「ちょっといい?」

何が「いい」のかを確かめることもなく、ミンチョルが頷けば
スヒョンのいつもの柔らかい声が伝わる

ー僕、もう死んだようになるけど、それは本当じゃないんだ
 遠すぎるんだよ…僕、とてもこの身体を持って行けない…重すぎるんだもの

 でもそこらに放り出された抜け殻と同じだからね
 哀しくなんかないよ?古い抜け殻なんだから

ーね…だからかまわず僕を行かせて

ー僕は、あの花にしてやらなくちゃいけないことがあるんだ
 本当に弱い花なんだよ、無邪気な花なんだよ
 身を守るものといったら四つの小さな棘だけしか持ってないんだ

スヒョンの低い声と微かな海の音の合間にふと浮かぶのは
自身がこの砂浜のシーンにイメージしていた曲の詩

『あなたを自由にしてあげたい この場所から
 少し悲しいのは なぜ…

 明日の今頃には ぼくは どこにいるんだろう
 あなたを 思ってるんだろう 』


「迷ってたんでしょ?」

不意に質問されて
ミンチョルの視線は前方の小さくはねる火の粉から横の男に移った

「彼は…そこから離れる理由を一生懸命話さなくちゃならなかったし
 飛行機乗りは…何が理由であれ…会えない現実がただ哀しかったんだと思うよ」

先ほどの店のシーンで
監督に「何の憂いもない」ヒョンジュの表情を求められ
結局どうしてもできなかった自分

例え、ヒョンジュが僕たちとは違っている
ーそれをミンチョルは羨ましくさえ思っているけれどーとしても
すべてを花のように受け止められる人間だとしても
その心の底のどこか見えぬ場所は必ず哀しみを感じている
…そういう想いをどうしても拭うことができなかった

監督はずいぶん考えて、ミンチョルの意思を受け止め
あなたのヒョンジュで演じてくれと言った
しかし、その後あの話を聞いて…本当によかったのかと揺れもした

「おまえの感じるヒョンジュでいいと思うよ」
「本当に…そう思うか?」
「いい表情だったよ」
「…」
「心から…失いたくないと思えた」

スヒョンの言葉に
それまで漠としていたことが形になる
やはり自分の中のヒョンジュはそうなのだと思った

見えない星を感じる
それがヒョンジュだとしても

『あなたを自由にしてあげたい この場所から
 少し悲しいのは なぜ…』

その…
その羽根の温もりから離れていくのは
どれほど心残ることだろうか

「わかった…ありがとう…」



波際を歩くジンとヒョンジュ

ジンの砂の足跡を追って踏む
ジンの前を後ろ向きに歩く
手を差し出せば、甘えるように腕を絡める
その腰を抱き寄せて歩けば、ふわりと身体を預ける

カメラには、あるいはスタッフには
リハーサルとほとんど変わらぬように見えたミンチョルの動きも
スヒョンには僅かにその違いがわかるような気がした

ふとジンを振り向く目は
何の戸惑いもなく憂いを含んでいる

それに気づかずに…僕は微笑むんだ

潮の香りに包まれながら
ささやかな陽の光に美しい陰影を刻む身体が
詩のひとひらのようにスヒョンの中に染み込んでいった

飛行機乗りの言葉を思い出す

ーこれが、私にとって一番美しく、いちばん哀しい景色です

・・・・・・・・・・

僕は君と生きていく
他の何を引き換えても

海面に映った果てしない灰色は天と地とを繋ぐ
まるで宙(そら)を分つものなどひとつとしてないかのように

その豊かな水面を見ながらヒョンジュは満足そうだった

「この色好き?」

砂浜に並んで腰を下ろしたヒョンジュを覗き込めば
彼は微笑んで頷き、ジンの肩に頭を預けた
ジンが煙草を取り出し火をつけると自分にもと目がせがむ

「ちょっとだけだよ?」

仕方なく手渡すと、慣れない指が細い紙筒をつまみ
その少し乾いた薄紅の唇が僅かに空気を吸い込んだ

ちょっとした悪戯心で、咳き込むのではと期待していたジンは
無事に息を吐いたヒョンジュにきまり悪そうに顔を歪めて
わけも言わずにごめんと笑った

その楽しそうな笑顔がヒョンジュには限りなく嬉しい

遥か遠くの雲の切れ目から海面に光が降りそこだけが輝いていた
そこにすべての祝福が舞い降りているのだと教えられたら
神を論ずる者でなくても、暖かく大きな何かを感じるだろう

「あそこに行けば陽が降り注いでるんだな…」

ジンの言葉を聞きながら
ヒョンジュはずいぶん長い間光の彼方を見つめていた

海猫のくぐもった鳴き声をきっかけに
その視線はそのままゆっくりと弧を描いて空を渡り
灰青色を捕まえて静かにジンの瞳に戻ってきた

ジンの琥珀を含んだ黒い鏡に、微笑む自分が映っている

『あなたを自由にしてあげたい この場所から』

潤んだ瞳がそう語っていると、その鏡が気づいたなら
ふたりの時間はまた違ったものになっていたのだろうか

『You will always be inside my heart
 きっと 何度 生まれかわっても』

ーずっと側にいるから
しかしその時、そう感じたジンの罪を問える者はいないのかもしれない
通り過ぎねば見えぬものは
誰の心の中にも棲むのだから

『I hope that I have a place in your heart too
 Now and forever you are still the one
 今はただ抱きしめていて
 あなたを憶えていたいから』

ジンはヒョンジュの背中に腕を回して唇を重ねた

同じ冷たさで、同じ乾きを感じた唇は
次第に互いの体温を分かち合い潤っていく

唇が僅かにずれた瞬間にだけ許される吐息さえ愛おしい

砂浜に横たわるヒョンジュの腕は
自分の腕が溶け込むほどジンの背中を抱きしめた

『あなたを憶えていたいから』

あの5月の光が…あなたに会わせてくれた
真っ白な思い出の中に、ただひとつ色づく陽の色

あなたの穏やかな笑顔が好きです
僕は幸せです

きっと
何度
生まれかわっても

・・・・・・・・・・

最後のくちづけ

ヒョンジュの切ないまでの瞳がスヒョンの胸を掴み
必死に演じていなければ、その場にそぐわぬ辛い表情を出してしまいそうだった

そして堪えていた感情は
次に組まれていたシーンで流れ出た

なくしたヒョンジュを想い、ひとり砂浜に座るジン
台本では、遠くを見て煙草をくゆらすジン

しかしその煙草をくわえれば
つい先ほどのヒョンジュの暖かさが蘇り
火をつける手が微かに震える

つい今しがたの温もり
もう二度と取り戻すことのできない笑顔
もう絡めることのできぬ指

予定をしていなかった涙が零れ
結局火のつかないままの煙草は、震える唇から砂へと落ちる
スヒョンはそのまま片手で顔を覆い
声を立てずに泣いた

監督はそのままカメラを回すよう無言で指示し
存在を消したかのようなユン女史のレンズは
光を失ったジンの心を切り取り続ける


コートの襟を片手で合わせたミンチョルは
息をひそめたスタッフと共に
ただモニターの中の黒い髪を見ていた


ごさいじ・たびのきろく 4   ぴかろん

松岳山から車を飛ばしていると、ヨンナムさんが急にゴソゴソと動き出しました
自分のジャケットやパンツのポケットを探ったり首を傾げたりしています

「なに?あの店にサイフでも忘れたの?」

ヨンナムさんは口をパクパク開けていますが、車の窓を少し開けて走っていたので風切音でお互いの声がよく聞こえません
ヨンナムさんは無声映画のように口を開け閉めしながら僕のジャケットのポケットを探り出しました

「あんだよっ!運転の邪魔するなよ危ない」
「…めろ…」
「え?なに?」
「ま・ど・し・め・ろ!」
「え?ああ…」

大きな声で一音ずつ言われ、僕はウインドウを閉めました。それでようやく声が聞こえるようになりました

「なんだよ」
「やっぱりお前のだ」
「なにが」
「電話鳴り続けてる」

気がつかなかった…ヨンナムさんって耳がいいなぁ、ソクみたいだなぁ…と僕は思いました

「出ろよ。テジュンじゃないか?」
「えー…運転中だからでられなーい」
「どこだよ電話。絶対ずっと鳴らし続けるぞ、あいつ「しつこいから」」

最後のフレーズをユニゾンしました

「「…」」
「「はははははは(>▽<)」」

ヨンナムさんは僕のジャケットの右ポケットから騒ぎ続ける携帯を取り出し、フリップを開いて俺の耳にあてました
やはりテジュンからでした
テジュンは、何時に着くかとか昼飯食ったのかとかうるさいです
仕事中なんだから、仕事に集中してほしいものです!全く、何しに済州島に来ているのでしょう
僕はしつこいテジュンに、スヨンとの夕食時間ギリギリに着くと言って電話を切りました

「停まって話すればいいのに」
「んな暇ねぇよ!」
「なぁんで」
「いっぱい見て回らなきゃなんないもん!」
「…いいのに別に…」
「よくない!済州島はイイトコなんだぞ!ヨンナムさんには何度も来てもらわないといけないんだぞ」
「…何度もって…。済州島に僕のいい人がいるなら、何度も来ますけど…っていうか、そうだったら僕、もうここに住みますけど」
「…」
「ん?」
「…それは…」

もしそうなってしまったら、それは僕にとって、嬉しい事だけど寂しい事でもあります

「ん?何よ!何涙ぐんでるのよ!」
「…らってちっとしゃびしくなった…」
「はぁ?」
「ヨンナムさんがここに住んだら…毎日会えない…」
「…。お前…。抱きしめてほしいのか!」
「へっ?」
「なんでそんな事言うんだよ、僕赤くなるよまったく!」

ヨンナムさんはちっと僕を怒鳴って窓の外を見ました
顔が赤くなる?抱きしめる?
どうしてでしょう?

ヨンナムさん、この島には『ヨンナムさんの運命の人』がいるのですよ
その人はかつての『僕の運命の人』であったのですけれども…

ヨンナムさんとスヨンがうまくいけば、二人とも幸せになれると思います
そしたら…とっても喜ばしいことです…
らから…僕は…しゃびしくても(;_;)

「俺っがまんしゅるからっ(;_;)」
「…なにをだよ!」
「えっえっええっ(T_T)」
「こらこらこらっ!泣きながら運転すんなっこらっ!」

クピプー!

そうこうしているうちに第三の目的地、西帰浦(ソギポ)に着き、僕は駐車場に車を停めました

「ん?本格的に泣くのか?…僕の胸でよければ貸してやるぞ…」
「降りて」
「ん?」
「行くよ」
「あ…おいっおいイナっ!」

第三の目的地は、チョンエの仕事場です
テスによるとチョンエは色んな仕事をしているらしいです
チス叔父貴によると、確かにそうだが、メインの仕事は『マッサージの人』だそうです
車を降りて歩きながら、僕はヨンナムさんにその事を話しました
ヨンナムさんは、マッサージの人って…え?え?と目をあちこちに泳がせながらブツブツと何かを言っていました
そして街中の看板などを物凄い勢いで見ていました

ところで今まで触れていませんでしたが、ヨンナムさんはいつもよりかっくいー服装です
僕が『かっくいー格好してね』とお願いしたからだと思いますが、それはそれはかっくいーです
細身のダークブラウンのレザージャケットれす、きいっ(>▽<)
こんなかっくいージャケツを持っていたなんて、きいっ(>▽<)
襟がコーデュロイになってます、きいっ(>▽<)
なんて洒落てるんでしょう、きいっ(>▽<)
しょの中にふつーのTシャツを着て、ジーンズをはいてましゅ
シンプルなんでしゅけろ、とてもかっくいーでしゅ、きいきいきいっ(>▽<)

じっと見ると赤面してしまうので、チラチラしか見ていないのでしゅが、本当にかっくよくて、これならスヨンもポーッとなると思いますひひん
でも、初対面で、しかもホテルのレストランでこの格好はマズくないかと思い、歩きながらテジュンに電話しました
電話は繋がりませんでした
それで僕はホテルのフロントに電話して、テジュンと同じサイズのでいいから、かっくいースーツ一式用意しといてと頼みました

「スーツって…何するのさ」
「ヨンナムさん持って来てないだろ?」
「持って来てない以前に、持ってない」
「…。一着ぐらい持ってようよ」
「だって必要ないんだもん。むかーし持ってたけど、流行おくれになったから捨てちゃった」
「捨てたの?ヨンナムさんが?」
「…いや…ほんとはリサイクルに回したけど…」
「だろうな。ヨンナムさんが簡単にモノを捨てるはずないもん」
「悪いかよ」
「いい事だよ」
「だろうが!」
「うん」
「へっ」

ヨンナムさんは何故か照れくさそうにフンっと鼻を鳴らしました

「あ…ところでさ、さっきテジュンにスヨンさんがどうのこうのって言ってたじゃん?スヨンさんってアレじゃないのか?お前の元奥さんの…」
「…うん…」
「食事するの?」
「うん」
「三人で?」
「三人?」
「テジュンとスヨンさんとお前と」
「ヨンナムさんも一緒にだよ、もちろん」
「へ?僕も?」

当たり前です!メインはヨンナムさんとスヨンなんですからっ!

「いいのかな、いや、ちっと不安になったんだ、僕一人でご飯食べなきゃなんないかなぁとか思ってさぁ」
「何言ってるんだよ!ヨンナムさんを一人になんかしないよ!」
「…。お前…。抱きしめてほしいんだな?そうだろ!え?」

ヨンナムさんは真っ赤になって変なことを喚いています
丁度その時、目的地に着いたので、僕はすいっと目的の建物の中に入りました
ヨンナムさんは、なんだよ待てよもう!と叫びながら僕の後についてきました

僕は、受付らしき所でチョンエの名前を言い、それから僕が訪ねてきたと伝えてほしいと言いました
僕達はロビーのソファに座らされ、ハーブティーをごちそうになりました

「…イナ…、高級じゃないか…。なんか普通チックだし…」

ヨンナムさんは畏まって言いました。何がどう普通なのでしょう?

「そう?よくわかんないけど。ヨンナムさんはこういうところ、よく知ってるの?」
「え?!…いや…、僕はその…話にしか聞いたことないけどその…えっと…。チョンエさんって…苦労してるんだね…」

しんみりとそう言いながら、何故か目はキョロキョロしているヨンナムさんです
チョンエは苦労を苦労とも思わない強い女だぞと言うと、そうだね、将来の目的のためにこんな事をしているんだね、それにしても、こんな雰囲気のいい店があるんだなぁ…と意味不明の事を言いました

「イナ!」
「チョンエ」
「「元気だった?!」」

がっつりはぐぅ

僕とチョンエは、男同士のようにがっつりハグをしました
ヨンナムさんはおどおどしながらチョンエを見つめていました

「あら?彼氏と一緒なの?」
「彼氏じゃないよ。友達」
「え?だってこの人、あんたのためにホテルやめてくっついてきたあの総支配人さんじゃないの?」
「…その従兄弟です…」

ヨンナムさんは立ち上がって会釈し、チョンエにぎこちない微笑みを向けました
チョンエも少し引きつった笑顔を返しました
そして僕を突き、ヨンナムさんに聞こえないようにこう囁きました

「あんたまさか同じ顔だからってこの人とも…」
「…。ちがうよ。そんなことしないよ」
「…」

チョンエは僕の瞳を覗きこんで言いました

「なんで一瞬黙った?あ?」
「…。べつに黙ってないよ」
「…」

チョンエはもっとじいっと僕の瞳を覗きこみました
僕はついチョンエから目を逸らしました

「…。ふぅぅん…。ヤバいとこまで行ったわけね」
「…」

こわい!チョンエはやっぱり怖い女ですっ!
バンと僕の背中を叩いて、チョンエはヨンナムさんににっこり微笑みました

「どうする?マッサージする?」
「えええっ?!」

ヨンナムさんは素っ頓狂な声をあげました
僕はヨンナムさんを無視してチョンエに言いました

「時間かかる?」
「いろんなコースがあるからねぇ。短いのだと30分ぐらいかな。手だけとか足だけとか上半身だけとか」
「手だけ?!足だけ?!じょうはんしんだけ?!ゴクリ」

ヨンナムさんは興奮して喚いています
迷惑な人です

「30分ならしてもらおうかな、ヨンナムさんどうする?」
「ぼぼぼくは…けっこうれすっ(@_@;)」
「そ?じゃ、イナだけね。何コース?」
「んと…上半身」
「じょうはんしんだって?!お前テジュンに会うのにそんな(@_@;)」
「?…人に会う前にするとだめかな、チョンエ」
「なんで?全然大丈夫よ」
「じゃ、上半身」

ヨンナムさんは何故かどぎまぎしています
そんなヨンナムさんを見て、チョンエはくすくす笑っています

「お部屋には一緒に来る?」
「え?!」
「イナがマッサージ受けるお部屋に、ご一緒にどうぞ」
「(@_@;)いいいいいやっそそそそんなっ」

慌てふためくヨンナムさんを無視して僕はチョンエに聞きました

「一緒に入ってもいいの?」
「いいわよ別に」
「じゃ、いこうよヨンナムさん」
「えええそそそななな(@_@;)」

挙動不審状態のヨンナムさんを引っ張って、僕はチョンエの後についていきました

済州島の地図
  チス叔父貴の家…済州市
  松岳山(ソンアクサン)…西帰浦市 西の方(地図の下の左あたり)
  中文リゾート…西帰浦市 西の方(^^;;)
  チョンエの勤め先…西帰浦市内 南の方(地図の下の真ん中あたり)
   解りにくくてすみませんm(__;;)m


Veritas -Bay Bank   オリーさん

Tの愛称で呼ばれるボストンの地下鉄
グリーンライン、ブルーライン、オレンジラインと
ルートに色の名前がつけられている
市内の要所をカバーし
教授の言ったとおりバスと併用すれば
大抵の場所にはたどり着ける

貸金庫があるというのはベイバンクのケンブリッヂ支店で
マサチューセッツアベニューを挟んで
ハーバード大学の反対側にある

翌朝、僕は時間通り教授の部屋をノックし、
教授は昨日と同じようにすぐに出てきた

「朝食はどうしますか?カフェのバイキングでも?」
僕が尋ねると、教授はホテルで朝食を取らずに
大学前のカフェにしようと言い、
さらにタクシーを拾おうとすると
やんわりと地下鉄に乗ることを提案した
引き続き主導権を握られているような
気のせいだろう・・

昨日と同じくコプリー駅から乗って
パークストリート駅でレッドラインに乗り換え
乗り換えも含めて30分ほどでハーバード駅に着いた
Tのハーバード駅は大学のほぼまん前にある

駅の階段を上って地上に出た途端冷たい風にさらされ
同時に僕の目に飛び込んできたのは
フレンチ風のカフェテリアだった
赤を基調とした明るい雰囲気のカフェテリアは
向かいに建っている大学の雰囲気とは対照的だ

ガラス張りの大きなドアを押し開けると
中の暖かい空気にふあっと包まれた
寒い朝にもかかわらず、店内はそこそこ混んでいた
本を抱えた学生たち、スーツを着たビジネスマン、
それぞれに朝食をここで済ませるのだろう

カウンターでカフェオレと
ベーグルのオープンサンドを頼んだ
フィリングとトッピングを選ぶシステムなので
ツナサラダとレタスとトマトにした
教授はカフェラテと
ターキーとチェダーチーズのホットクロワッサン
少し待たされて、注文の品が揃ったので
トレイにのせて窓際の席に座った

向き合って座りながら僕はさりげなく聞いた
「学生時代はよくここで?」
「いえ、ここができたのは最近です。友人から聞きました」
「そうですか」

昨日より、若干僕らの間の会話は減っている
それは致し方ないことだろう
ムリに話をする気分でもない
金庫の中身は何だと思います?
そんな質問をしてもはじまらない
かわりに暖かいカフェオレを一口飲んだ

向かいの席では
仕立てのいいスーツを着たサラリーマン風の男が
書類をチェックしながらクロワッサンを引きちぎっている
その後ろの席は学生のカップル
金髪のポニーテールと茶髪のイケメンがいいムードで朝ごはんだ
昨夜は素敵な時間を過ごせたのかな

そのさらに後ろには、ラージサイズのコーヒー片手に
一心不乱に専門書を読んでいるボサボサ頭の眼鏡の青年
眼鏡君、本をたくさん読んでおけ
女は後からついてくる
僕は根拠のない励ましの言葉を心の中で呟いた

「ベイバンクにはアーメッドの口座があったんですよ」
突然教授がポツリと言った
僕は眼鏡の青年から教授へ視線を移した
教授は大きなガラス窓の向こう側を見ている
「学生時代にあの銀行に彼の口座が」
「そうですか」
「口座は残してあるのだろうか・・」
教授は独り言のように呟いた

僕は教授の視線の先の外の風景を追った
蒸気で薄く曇っている窓から眺めると
空は相変わらず灰色がかっていて
通りを行く学生たちは
マフラーをぐるぐる巻きに
あるいはニット帽を目深に被り
寒さに向かって歩いている

ガラス一枚隔ててまったく違う世界だ
窓のこちら側と向こう側・・

僕はサンドウィッチをつまみ上げ
教授は静かにラテを口に運んだ
二人とも静かにゆっくりと朝食を摂った

銀行はカフェから2ブロック先の角を曲がった所にあった
顧客カウンターで用件を告げると
カウンターの奥にある支店長のブースへ通された
広いブースのデスクに座っていた神経質そうな細身の男が
僕たちの姿を認めると同時に立ち上がり
愛想のいい笑顔を浮かべて近づいてきた

僕と教授はその男と握手を交わしてから
脇にあった革張りの椅子をすすめられた

「このような手紙をそちらから頂きましたので」
教授が銀行からの通知書をテーブルの上に置いた
「存じてあげております。確かにこちらからお送りしたものです。
イギリスの方にお送りさせて頂きましたが戻ってきてしまいまして」
「最近移動しましてね」
「韓国のご住所を大学の方から教えていただきました」
「お手数をおかけしました」
「とんでもありません」

そう言いながら、支店長はすばやく立ち上がり
デスクの上のトレイから薄いファイルを選んで持ってきた

「それでは早速ですがこちらの書類を確認の上サインをお願いします」
僕は思わず口を挟んだ
「身分照会は?」
「必要ございません。マービン氏の代からよく存じ上げておりますので」
男はそつのない笑みを浮かべた
マービン氏というのが、たぶん教授の祖父なのだと理解するまで
わずかの時間がかかった
地元の名士ってことか

教授はその契約書らしき紙を読むこともせず、さっさとサインをすませた
「ありがとうございます。これで金庫の権利が移譲されました。
保管料は今年いっぱい頂いておりますが、それ以上お使いになる時は・・」
「その場合は保管料をお支払いいたします」
「それでは・・金庫の中身をお確かめになりますか?」
「お願いします」
「ご案内いたしましょう」
男は席を立った
僕らも後に続いた

支店長のブースの脇の扉を開けると、店の脇から続く通路になっていて
男は二つ隣の部屋の前で立ち止まった
その部屋に入ると、すぐまた扉があり、
それは金属製の見るからにごつい扉だった

入り口の脇のセンサーにカードキーを通すと
ロックがはずれる音がした
支店長がそのカードキーを教授に渡した
「こちらが表ドアの鍵になります。
次回からは直接お入り頂いて結構です」

男は扉を開けると、僕たちを中に入れた
その部屋はさほど広くなく、とても殺風景だった
天井近くまで小さな扉のついた棚が壁にくっつけて備え付けてあり
部屋の真ん中に木製のラウンドテーブルと椅子が無造作に置かれていた

「この部屋でのことはお客さまにおまかせしておりますが、
最初なので簡単にご説明いたします」
男はそう言いながら、壁のインターフェイスに近づいて行った

「ここで、まず金庫の番号を押してください。続けて8桁の暗証番号。
それで金庫のロックが解除され、ボックスごと取り出すことができます。
あのテーブルをお使いください。金庫の番号は0314ですね」
男は先ほどの教授の手紙の下の方を見て言った
そこに小さくBankbox No. 0314と書かれてあった

「暗証番号?」
「表扉のドアキーと金庫自体の暗証番号ですべてOKです」
「暗証番号は知らされてないのだが」
「それは・・こちらとしては何とも」
男は口ごもった
「そちらもご存知ない?」
「すべてお客様の責任でやっていただいておりますので」
僕たちは顔を見合わせた

「それでは御用がお済みになりましたら、
そのまま店の方から出ていただいて結構ですので」
支店長は逃げの態勢に入った
僕は入り口に歩き出した男に聞いた
「暗証番号はそちらに控えがないのですか?」
「申しわけございません。私どもは金庫の賃貸のみを管理しておりまして」
「控えはない?」
「申しわけございません」

「では、暗証番号がわからなければ、この金庫は永久に開かない?」
「そういうことになりましょうか」
「では開かない金庫にこの人はこれから保管料を払うという事ですか?」
「そうおっしゃられても・・」
「契約を継続しない場合は?」
「金庫の中身を引き取って、解約ということになります」
「中身を引き取る?開かないのに?」

「その場合は・・その・・金庫を強制的に開けます」
「強制的に?」
「お客様の金庫を壊して中身を取り出すことになるかと・・
ただその場合、その費用を全面的にお支払い頂く事になるかと」
「幾らくらいかかるのですか? 」
「まだ事例がございませんので、調べてみないと」
「それでは・・」

「ミスター・ミン、もういいです」
「え?」
教授が代わりに男に聞いた
「暗証番号は何度も入力できるのですか?」
「3度まで。それ以降は無効となります」
「4度目はなしですね」
「そうなります」
「わかりました。引き止めてすみません。どうかお引取りを」
男はほっとした表情を浮かべ、扉の取っ手を握った
扉の閉まる鈍い音がして
僕はその部屋に取り残された気分になった

「思い当たる番号があるんですか?」
「いえ、特には。ちょっと考えてみます・・」
教授はそう言うとインターフェイスの前まで歩いていった

そしてちょと首をかしげながら数字を打ち込んだ
すぐさま不快な金属音がした
教授は天井を見つめながら言った
「誕生日は安易でしたね」

西暦の4桁と誕生日・・
まずはそれを思いつく
だが誰の?

教授はもう一度打ち込んだ
もう一人の誕生日・・
また不快な音

教授はしばらく肘を抱えて黙っていたが
僕の方を振り返り言った
「これがダメなら、突貫工事を頼むことになりますが・・」
「やむを得ませんね。ま、費用はどこかの誰かさん持ちですから」
僕はそう言いながら教授の傍らまで歩いていった
「じゃあやってみます」

教授は僕の顔を見つめ、それから軽く息を吸い込むと
無造作に数字を押した
ピッという今度は軽快な金属音がした

「やりましたねっ」
僕は思わず手を打った
教授はただ笑っていた
「何だったんです?暗証番号は」
「簡単な事でした」
「でもお互いがわかる数字でしょう?」
言ってしまってから僕は自分の迂闊さを悔やんだ
だが教授は気にする風もなく答えた

「πです」
「π?円の?」
「金庫の番号が0314。0を取って3.14、それに続く8つの数字です」
「円周率を暗記してらっしゃる?」
「今は・・そうですね20桁ほどなら」
「20桁・・」
「昔、どこまで覚えれるか競争をしたんです。私はいつも負けてばかりで・・」
教授は静かに答えた
学生が二人、πの桁を空で言い合っている姿が目に浮かんだ

とにかくこうして金庫を壊す必要はなくなり
僕たちは無事0314番の金庫を棚から引き抜いて
部屋の中央にあるテーブルの上に置いた
引き出した金庫は細長い形で思いのほか小さかった
この中には大それた現金は入らない
あるとしたら小切手のようなものだろうか

薄い金属のフタを持ち上げると、中もがらんとしていた
たった2つのものしか入っていなかった
ひとつは古びた小箱、もうひとつは手紙
僕たちは視線を合わせた
それから教授がすっと小箱を取り上げた

開けると中にはダイヤの指輪が入っていた
高価そうな代物ではあるが
とてつもない価値があるのだろうか
随分年代物である事だけは確かだった

「ショーメの特注ですね。かなり古いようです」
教授が箱を僕に差し出して言った
ショーメ・・
フランスの貴族たちに愛されたブランド
僕は箱の中のダイヤモンドが
やや黄色がかった優しい輝きを放っているのに気づいた

僕が小箱をボックスに戻すと入れ違いに
教授は手紙に手を伸ばした
白い封筒を開け、中から手紙を取り出した
僕はそれを黙って見ていた
問題なのはやはりそちらだろう
何が書いてある?
金の本当の隠し場所?
僕は教授の顔をうかがった

手紙を読み始めた教授の顔から血の気が引き
彫像のように固まっていくのがわかった
何度か視線が手紙の上をうろつき
僕は嫌な予感がして、ただその姿を見守っていた

教授が片手で口元を押さえた
まるで声が漏れるのを押さえるように
その手は小刻みに震えていた

たくさんの小さな金庫に囲まれた空間が
みるみる鉛のような重苦しい空気に覆われ
僕は息を殺して教授を見つめた

突然教授が両手で手紙を握りつぶした
その勢いに、僕は手紙が破かれてしまうのではないかと恐れ
教授の手の中からそれを強引にむしり取った

教授はただ呆然と空を見つめていて
僕が手紙を取ったことにさえ気づいているのかどうか
教授の態度を気にかけながら
僕はその手紙を読み始めた

読み進むうちに、僕自身の顔色も変わっていったかもしれない
胸の動悸が激しくなった
これは・・何という事なんだ
混乱した頭で二度目を読み始めた時だった
静まりかえった部屋の沈黙が破られ鈍い音が響き渡った
まるで獣の唸り声のような得体の知れない音が

それが教授の嗚咽だということを
彼が膝を折り上体を折り曲げている姿を見るまで
僕にはわからなかった
人間がこんな声を出すのか

教授は泣いていた
体内のすべての臓器を絞り上げ
それらが上げる悲鳴をひとつひとつ吐き出すかのように

その姿を見て僕の思考も完全に止まってしまった
どうすればいい・・
それでも、ただひとつわかっていることがあった

ギョンビン
ここにいるのがお前でなくてよかった

僕でよかった
ここにいるのが・・


ごさいじ・たびのきろく 5  ぴかろん


「昼は予約も少なくて結構暇なのよ。まだ名前も知られてないしね」

小さな個室に入った僕達は、椅子に座らされました
ヨンナムさんは俯いて目をあちこちに動かしています
チョンエは僕の前に小さなビンの入ったかごを置きました

「リラックスするための香りなんだけど、どれがいいかなぁ、どんな香りが好き?」
「ぶるがりぶらっく!いっきにちからがぬけてきもちよくなるっ!」
「…随分具体的に来たわね…。あんたの恋人の香水じゃなくてさ、あんたに合った香りをブレンドするから…」

そう言ってチョンエは、小さなビンの口に細い紙をくっつけて、それを僕に嗅がせました

「あ…いい匂いだ」
「好き?」
「まあまあ」
「じゃ、こんな感じは?」
「いい匂いだけどちっと甘すぎる」
「ふむふむ」

チョンエは僕の好みの香りを探り当てます
ヨンナムさんは挙動不審のまんまです
ようやくブレンドする香りが決まったようです
チョンエによると、『べるがもっと』と『らべんだー』と『らばんさら』というアロマオイルを混ぜるのだそうです
僕が嗅がせてもらった中では、『べるがもっと』が一番好きでした
甘い中にほんの少し、狂おしいようなもどかしいような香りが混じっているのに後味が爽やかな…そんな香りでした
僕はふとテジュンを思い浮かべました

「じゃ、上だけ脱いでここに横になってね」
「あい」
「いなっ!(@_@;)ぼぼぼくはここにいてもいいのか?!」
「いいんだろ?チョンエ」
「…ふふ…なぁんか勘違いしてませんか?ヨンナムシ」
「えっ?(@_@;)」

うつ伏せに寝転んだ僕の背中に温かい液体が落とされます
チョンエは僕の背中を押したり撫でたりしながら、そばにいるヨンナムさんに説明し始めました
チョンエのやっているのは、エステマッサージとはちょっと違って、整体を取り入れた技術を使うものなのだそうです。チョンエは、済州島に来てすぐに、その技術を学ぶためにアロマセラピーの専門学校に行ったのだそうです。それはテスも知らなかったでしょう…。そうしてアロマセラピストとなったチョンエは、済州島でリラクゼーションのお店を開きたいと思っているそうです。

「全然痛くないんだね」
「そうでしょ?」

チョンエは僕に、これはリンパの流れを良くする穏やかなマッサージ方法なのだと教えてくれました。そして、女性に人気があるだとか、男性の中には彼のようにへんな誤解をする人もいるだとか、少し棘のある口調で言いました
ヨンナムさんは、小さな声ですみません、僕…てっきり…と言いました
チョンエは吹き出して、正直な人ねぇ、ちゃんと覚えておいてよ、と言いました
二人の会話を聞きながらチョンエのマッサージを受けていると、心地よくて段々眠くなってきました
一瞬だったと思います
僕は眠ったような気がします
チョンエのマッサージが急にヘタになったので、ビクッとしました

「あ…ごめん、痛かった?」

それはヨンナムさんの声でした

「い?ヨンナムさん?」
「なかなかセンスいいわよ。本格的に習えばいいのに」
「なんでヨンナムさんが…」
「ちょっとやってみたくて」
「え…」

つまり僕は実験台になっていたのですね(@_@;)

「結構楽しいなぁ、男でこういうマッサージする人っているんですか?」
「いるにはいるけど、こう言うところには男性客があまり来ないのよね。女性のお客様でも、男の子にしてもらいたいっていう人もいらっしゃるけどそれは稀ね。直接お肌に触れるわけだから…」
「ふぅん…」
「中文リゾートあたりのホテルなんかでアロママッサージできると一番いいんだけどなぁ…客層もいいだろうしね」
「やってないんですか?あの辺りのホテルってこういうサービス…」
「うーん、シーワールドホテルにはあるって聞いたことあるんだけど…よくわかんない」
「ホテルに交渉すればいいのに。こういうリラクゼーションをサービスに入れてはどうですか?って」
「…そうねぇ…。けど受け入れてくれるかなぁ…」
「そんなの聞いてみなきゃわかんないじゃない、あなたの勢いならとっくに激突してるかと思ってた」
「激突って…。人をダンプカーみたいに…」
「なんだよ、あなたらしくないなぁ。そうだ、チョンエさん、そういう時こそ、こいつのツテを使えばいいんですよ。な、イナ」

何の話でしょう…僕にはわけが解りません
そんなことより、一瞬の隙にヨンナムさんはチョンエと随分仲良くなっています!いけません!
チョンエではダメと言うわけではありませんが、僕の『勝負師の勘』から行くと、チョンエとヨンナムさんでは勝てません!
スヨンとでなければダメなのです
え?何に勝てないかって?
えと…そうですね…『愛のある人生』の勝利者になれないのですっ!
え?スヨンとヨンナムさんなら勝てるのかって?
そ…それは…わかりませんが、とにかく『僕の勘』ではヨンナムさんはスヨンとでなければダメなのです!
僕は慌ててチョンエに、恋人はいるのかどうかを聞きました。チョンエは、今は仕事が一番の恋人だと言いました
それを聞いてヨンナムさんは、こんなに素敵な人なのに恋人がいないなんて勿体無い、僕だったらほっとかないのになぁなどとほざいています!(@_@;)

「あははは。目がウソついてるし!アジョッシ面白すぎるわ」
「オッパと呼んでほしいなぁ」
「それは無理よぉあははは」

(@_@;)
心配ですっ(@_@;)
ヨンナムさんがチョンエを気に入ったら、僕の計画は水の泡になりますっ(@_@;)
いえ、チョンエがダメなのではありませんがやはりチョンエでは勝てな…(以下先ほどと同じなので省略します)

「イナ、上向いてぇ」

チョンエに言われて僕は仰向けになりました
ヨンナムさんが僕の胸にバスタオルを掛けました
あなたはいつの間にチョンエの助手になってるんですかっ(@_@;)

「あんた何怒ってるの?」
「…ヨンナムさんとお前…仲いいから…」
「妬いてるの?」
「…ぢがうげど…」
「…」

チョンエはまた僕の目を覗き込みました

「なによこの涙目…。…。はぁん。わかった。大丈夫よイナ、私達、いい友達には、なれそうだけど、恋人同士は無理みたいだから…ね?アジョッシ」
「こいびとぉ?僕とチョンエさんが?…いなっ!何考えてるんだおまえったら!」

僕は何も言わないのに、チョンエは僕の考えを読み取れるみたいです
チョンエは女スヒョンでしょうか(@_@;)
やっぱりチョンエは怖いので、絶対ヨンナムさんには勧めたくないですっ

「ばっかねぇ。私はぁ、アンタとかテス君とかがタイプなのよっ」

そう言えば昔、チョンエは僕のことが好きで好きで大好きで、よく、隙を狙われて唇を奪われたものです…
いつの間にかテスと仲良くなっていたけれど…

「あっ!テスから土産預かってるんだ。後で渡すね。それと…テスが、ごめんねって」
「…なぁんで謝るかなぁあの子は…」
「…ほったらかしにしてたからって、あいつ気にしてる」
「気にしてるのはこっちのほうよ。待ってるのがつまんなくなって勝手にこっちに来ちゃったんだもの…。テス君に言っといてね。テス君のこと、大好きなのは大好きなんだけど、なんていうかぁ…ちょっと…違ったの」
「違った?」

彼と恋はしたと思うけど、でも求めていた恋じゃなくて、どちらかというと『友情に近いもの』をテス君に感じるの…

チョンエは珍しく優しい瞳でそう言いました。するとヨンナムさんが、その気持ちってわかるな…と僕を見ながら言いました
ヨンナムさんの横顔を見たチョンエは、ヨンナムさんに近づいてその瞳を下からじいいいっと覗き込みました
そして、アジョッシもそうか!あははは、気が合うわぁと豪快に笑いました
ヨンナムさんはつられてウハハハと笑い出し、いやぁ面白いアガッシだなぁと言いました
なんでこの二人はこんなに気が合っているのでしょう(@_@;)僕は心配でたまりません

「ふはは、ね、アジョッシ、イナって肌がきれいよね?」
「うん。背中なんかスベスベ」
「ほぉぉんとにこいつったらいつまでたっても罪作りなんだからっ。かわいいっ」ちゅっ
「あ゛」
「あ…」
「よっしゃぁ!」

電光石火の技で僕はチョンエにキスされました
ファーストキスを奪われた時のことを思い出しました
僕はトイレでそっと泣きました…初めてのキスは本当に好きな女の子と…と決めていたのに…
でも今は成長したので、こんな事ぐらいでは泣きません


















© Rakuten Group, Inc.