2006.11.24

ゆるやかな日常の中の非日常的な光景

カテゴリ:ヒトリゴト
午後の日だまりが心地よい秋の日。私は目を見張る光景に遭遇しました。

ちょっと前の話なのですが、以前住んでいた世田谷のある街に、お気に入りの
スーパーマーケットがありました。
そこはわりと高級スーパーの部類に入る店ですが、成城石井ほどむやみに高い
わけではなく、とにかく2階の売り場の充実度が素晴らしい店でした。
低温殺菌の牛乳、国産大豆の納豆、味噌、豆腐、油揚げ、そして京都の人気店
のロールケーキ、モンテールのデザート類、数多くの調味料。
そして週ごとに開催される地域の特産を集めた特設コーナー。
ため息が漏れるほどのラインナップ。さぞかし凄腕のバイヤーなのでしょう。
現在住んでいる家の隣駅にあるので今でも必ずチェックしてしまうほど素晴ら
しいスーパーなのです。

引っ越すときに一番つらかったのが、近所の猫に会えなくなることと、この店
に毎日通えなくなることでした。

この店の店員さんは、エプロンにでかい名札をつけているのですが、
その中にさる高貴な方の名字を持つ若い男性がいました。

それは15代続いた、日本で知らない人はいない、大河ドラマでもお馴染みの、
あの名字です。
初めに気付いたのは夫でした。
「ねえ、明治時代に平民が名字を名乗れるようになった時って、それでも
貴族の名字はダメっていう規制はあったハズだよね?」と言いながら、
レシートを私に見せました。
そのレシートには担当したレジ係の名前が印字されます。
そこには読み方はカンタンながらも今までに見た事のない名字が。。。。
水戸黄門の印籠がパアッと浮かび上がりました。

まだ大学生のようにも見える若い男の子。ほんとにフツーの青年。

「まさか、ねえ……」

それからというものは夫はそのすごい名字を持つ名前の青年のレジにばかり
並ぶようになりました。いつか勇気を持って「末裔の方ですか?」と聞いて
みたい一心だったのでしょう。
ハツカネズミのように小心な夫はもちろんまだそんな一声もかけられずにいます。
私もですが……。

そしてうららかなある秋の日、私はそのスーパーに寄ったあと近くのバス乗り場
に向かいました。見とれてしまうほど快晴の、空の青さが清々しい日でした。
そんな空を仰ぎながらふらふらと歩いていると、
その店から出て来たと思われる老夫婦の姿が目に入りました。
男性は渋い茶色のロングコートでかなり背の高い上品なひと。
女性は黒いシックなロングコートで、遠目でも分かるほどすごい美人。
二人が着ている服は素人目にもものすごく質の良いものだと一目で判断できます。
そして溢れる気品。あんな煩雑な商店街の中でひと際目立つこの二人。
60前後と思われるその女性の凛とした美しさは、通りすがりの人も振り返るほど。
一言でいうと「濁りのない」美しさ。赤ちゃんの目のように白目がキレイで派手
ではないのにとにかく目立ってしまう、隠しようのない華やかさ。
男性のほうがかなりゆっくり目に歩いていて、女性が笑みをたたえながら
「こっちですよ」という感じで先導しながら歩いていました。
うわぁ、すごい上品な夫婦だなぁ。。。。
そんなふうに見ていたら、向かう先が同じバス乗り場でした。
バスを待っている人の列に並びながらもその夫婦から目を離せずにいる私。

と、バス乗り場の手前で男性の方が立ち止まり、空を仰ぎはじめました。
雲ひとつない青空にまぶしそうに目を細めながら。
そのとき、その連れの女性が男性にこう呼びかけたのです。


殿、こちらでございますよ




私は我が耳を疑いました。 殿?

イマ、トノッテイッタヨネ?

私は隣にいた見ず知らずのオバサンに話しかけそうになりました。
そのオバサンもちょっと驚いている様子でした。

私はいまいち世間の常識を認識していないところもあるのですが、
そのくらいの世代の夫婦で妻が夫に「殿」と呼びかけることって、
別に珍しくないんでしょうか?

うちの両親も大河ドラマを見た後でフザケて「殿!」「御台所!」と呼び合って
遊んでいることがありますが、そういったフザケた感じではありません。
それに雰囲気が、そこらのオバチャン、オジチャンと明らかに違います。

「殿」と呼ばれた男性は、仰いでいた空をぼんやり見つめながら「うん」とだけ
言い、またゆっくり女性に先導されるかのように私の後ろに並びました。

私はハッと気付きました。
「まさか、あの名字の青年の祖父母?」
たしかにあの店から出て来た気がする。でも買い物袋は持ってない。
もしかして孫の働きぶりを見るための視察?

というか、なんでスーパーで働いてるの?
というか、なんでバスに乗ろうとしてるの?

もういろんな疑問がわいてくるわけですよ。

私の隣でバスを待っている夫婦。
近くで見ると、その中年女性の肌の美しさ、瞳の輝き、溢れる気品には圧倒される
ほどでした。
そしてその女性よりちょっと高齢な男性は、物静かながらも貫禄のある面持ち。

「末裔の方ですか?」
そんな言葉をかけたら「不敬罪」で捕まってしまうのだろうか?
もしかしたら近くに護衛のひとがいるのでは?
私がなにか声をかけようとしたと同時に両腕をガッと組まれて連行されたりするのか?

私の中で妄想劇場がめまぐるしく展開する中、バスは発車し、そしてすぐにその老夫婦は
降車してしまいました。
私は二人が降りた先をバスの中からまた観察していましたが、なんと、停車場のすぐ
近くの広大な豪邸に入っていきました。
おそらく庭園があるだろうと思われるお屋敷のような家に。。。。。。

あれが彼らの家なのか、それとも訪ねていった先なのか。。。


奇跡のように美しい秋晴れの日の、ちょっと不思議な光景でした。









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Last updated  2006.11.24 10:18:11
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