雨の中で店ももう終わりという頃、早い時間の店長から電話で呼び出しをくった、「おい、北。腹が減ってないか。減ってるんだったっら寿司食わせてやるぞ」 「本当っすか。」 「ああ、新光ビルの向かいの寿司屋にいるからくればいい」 「店が引けたらすぐ行きます。御馳走様です」 僕は店が引けると小雨の中を寿司屋へ走って行った。 寿司屋のカウンターに店長の太田と連れの女がいた。 「お疲れさまです」 「おっ、来たか。好きな物頼んで食えよ」 「はい。でもじゃまじゃ無かったんですか」 「こいつはうちの深夜のピアノだから気にしなくても良いぞ」 「じゃあ遠慮無しで頂きます」 僕は、そう言うと無造作にカウンターの中の職人に寿司を頼んでいた。 そして三十分も経った頃だろうか、そろそろ始発も走り始める頃という時間になって太田の連れが帰ると言い始めた。 「おい北。こいつが帰るっていうからその辺まで送ってやれ」 「はい良いっすよ」 上司の言う事は素直に聞かなくっちゃいけない。僕は傘を持ち太田の連れと一緒に新宿駅へ向かって歩き始めた。 「新宿駅から帰るんですか」 「ええ、電車が走ってるからそのほうが安いでしょ。でも新宿駅まで送ってくれなくて良いわよ」 そうは言われた物の、僕は彼女の横に並んで歩いた。 彼女の何処に惹かれたのかは覚えてはいない。それは彼女の横顔だったかも知れないし彼女との会話の中に惹かれる物があったのかも知れない。そんな何かがあったから僕は彼女ともう少し話をしたいと感じたのだろう。 「もうちょっと、話をしない」 「だって、もう電車走ってるよ」 「だから、もう少しだけ」 「じゃあ、また今度」 「今度とお化けは出た事無いよ」 「そんな事言ったって」 「今度とお化けは出ない。だから今日じゃ無きゃ駄目なんだ」 「大丈夫、私は違うから」 駅はすでに目の前という場所まで来ていた。 「僕と話すのって嫌なの」 「そんな事無いわよ」 「じゃあ、もうちょっとだけ」 「誰にでも言ってるんでしょ」 「こんな雨の中で、初めて会った女に良いなって思わなきゃ言わないよ」 「だって、今日初めて会ったのよ」 「良いなって思えたらそれだけで一緒に居たいと思っちゃいけないのかな」 「だから、また今度って言ってるじゃ無いの」 「自分の直感を信じちゃいけないのかな」 「そんな事は無いと思うけど」 「じゃあ、君は僕の事を嫌って感じてるかい」 「嫌とは思わないけど」 「自分の勘を信じなよ」 「ね、もう少し話ししよ」 「強引なんだから」 本当はこんな会話だけじゃ無く、もっと十分位会話があったと思うのだが、記憶に残っているのはこんなところしかない。 もう少し話したいという話がもう少し一緒に居たいという話に変わり、結局そのままホテルへと行った。出会ってから一時間も経ってはいなかった。 「シャワー浴びさせて」 彼女はそう言うや、シャワールームに消えて行った。そして彼女が消えてから四五分もしないうちに、僕も彼女の後に続いてシャワールームへ入った。ドアの開く音に彼女は身をひるがえし僕に背を向けたままシャワーを浴びていた。 僕は彼女を振り向かせ、頭からシャワーを浴びながら貪るように彼女の口を奪った。そして彼女の身体を僕の手がはい回り始めた頃には彼女の嬌声がシャワールームに響いていた。恥ずかしそうに身を縮めようとする彼女の身体を引き起こし、僕はそれでも彼女の身体をまさぐる動きは止めなかった。彼女の中に別の潤みがはっきりと感じられるようになった頃、僕は彼女を伴ってベッドへと場所を変えた。 崩れるようにベッドへ身を伏せた彼女へ、僕はのし掛かって行った。 週に一二度、彼女を呼びだしてはホテルヘ行く関係が始まったけど、それも長くは続かなかった。今にして思えば、僕は彼女を一度も自分の部屋へは連れて行く事をしなかったし、彼女に部屋へおいでとも誘わなかった。彼女と体を重ねるのはホテルでしか無かった。この辺が原因の一つでは無かったろうか。 ある日、いつも僕の呼び出しには来ない事の無かった彼女が、 「ごめんね、今日は約束があるの」 そう言って初めて僕の誘いを断って来たのだ。そういう事が何度か続いた後、僕から彼女へ連絡を入れる事は無くなっていた。 それから、半年位経ってからだと思う。深夜の店も終えた後、店の先輩がいきなり言い始めた。 「銀座にいるホステスの友達に言われたんだけど、新宿の黒服にその娘の友達が騙されたらしいんだ、何でも田口とか言うそう何だけどあんたじゃ無いかって参っちゃうよな。何でも早い時間は銀座でピアノを引いていて、深夜は新宿でピアノを引いているんだとよ」 早い時間は銀座で、深夜は新宿で働いている。おまけにピアノを引いていて騙した男が新宿の黒服で田口・・・・・・。余りの共通点の多さに僕は何も言わず、店を後にした。 俺は騙して無いぞ、連絡を取っても会わなかったのは向こうのほうじゃ無いか。けど、彼女にしてみれば騙されたような気分だったのかも知れない。そう言えば初めて会った時、 「私のほうが歳が上なのに本当に良いの」 「歳がどうだって言うんだ。たまたま僕より先に生まれたって言うだけじゃ無いか」 なんて言っていた事を思い出した。 うやむやにつき合いを止めた事がやっぱり騙した事になるのかな。 ジャンル別一覧
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