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studio PINE SQUARE

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2010.05.07
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カテゴリ:F1
​ ​GW中(一般人のね)は、5月エンドはきっとモノ入りだろうからってことで、
極力支出を控えようと考えてたのに、馴染みのショップから余計なDMが届いて。
曰く「アニバーサリーバーゲン開催」
無視を決め込もうかとも思ったんだが、予約したまま取り置いてもらってるブツの引き取り、
20%オフのこの時期を逃す手はねーやってことで出張ってきた。
当然、取り置き品だけってことになるわけもなく、店内アレコレ物色した挙句に
ウインドウの奥に並んでるのを見つけちゃったこれ。

012
ミニチャンプス1/43 ティレル012フォード
#4 シュテファン・ベロフ

 カルソニック祭りの裏で密かに進行しているティレル祭りにかかせない一台。
本来なら豪雨のモナコ仕様ピンポイントのがあれば更に良かったのかも知れないが、
あっちはデロンギとフロントウィングのイナズママークがウザくて、まだティレル祭りが始まる
以前に買えるチャンスはあったんだけどスルーしたんだよね。
今考えると惜しい気もするけど、ま、しゃあない、ベロフの012は縁がなかったなと思ってた
ところに千載一遇のこの一台(^^)
ボディフォルムは決して好みのカタチじゃないし、戦績も散々だったわけだけど
なんたって夭折の天才ベロフのマシンだからねえ。
 極貧ティレルらしくメインスポンサーのない漆黒のボディにドイツカラーをライン引きした
ストイックなカラーリングは、チームの意向はともかく、なかなかにオトコマエ。
 ターボ全盛の84年、唯一ノンターボの012は予選20位あたりが定位置。
そこから追い上げる激走にリタイアを山積みするもマシンが最後までもてば入賞。
豪雨でハーフディスタンスとなった伝説のモナコでは、首位プロストを猛追するセナに対して
更に2秒も速いラップタイムを刻んで激走、もしレースが規定周回行われていたならば、
ポディウムの頂点にいたのはプロストでもセナでもなくベロフだったかもしれない。
但し、ノンターボでターボにコンスタントに対抗するには、モナコのように天候頼み
ドライバー頼みとゆーわけにもいかず、ティレルには秘策があった。
マシンの最低重量規定をクリアするためのバラストとエンジンの吸気温度を下げるための
水タンクを兼用させる。
レースが始まって水が減少していくと車体重量は規定よりも軽くなりタイムを稼ぐことが出来る。
そしてレース終盤のピットストップで水を補給し車重を元に戻すという作戦だが、
レース後の車検で問題となり、FISAはこれを悪質な不正行為と断罪しチームの出場取消しと
獲得ポイントの剥奪を決めた。
これが世に有名な「ティレル水タンク事件」であり、世紀を超えて不調に喘ぐ第3期ホンダが
まったく同じ轍を踏むことになる基となったスキャンダルである。
この裁定によって、ベロフのデビューイヤーは、本来ならR.パトレーゼとJ.ラフィーの
間に割って入るランク14位のはずが、公式には10連続失格の珍記録のみが残るのみ。
ちなみに012デビューは前年1983年。
この年は珍しくビッグスポンサーがついて、旧車011で久々の(そして最後の)優勝も記録した。

012
ミニチャンプス1/43 ティレル012フォード
#3 ミケーレ・アルボレート

 イタリアの伊達野郎ベネトンがスポンサードして一見速そう(笑)
 シーズン終盤の第11戦オーストリアGPにアルボレート用一台のみデビューした012は
作ってはみたものの、ダウンフォースが極端に不足していたためリアウィングを増設して
思想なき建て増しを繰り返した潰れかけの旅館にみたいな状況に(笑)
しかも、狙った効果はまったく得られず、この「ブーメランウィング」は決勝を前に撤去され
以降は完全にお蔵入りに。。。
つまりは始まりから失敗作の香りがフンプンとしていたものの、水タンク事件のあおりを食らって
財政悪化したチームには新作マシンを開発する力もなく、1985年にも使いまわされることなり
更に初期型シャシーは他チームに売却されて何とF3000に参戦することなったものの
ロベルト・モレノのドライブで6位1回5位1回を記録するに留まった。
格下カテゴリでも大成しないダメシャシーだったが、そーゆーほうが何故か愛らしかったり(^^ゞ







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Last updated  2021.07.30 01:50:42
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